挨拶のせいにするな。
挨拶そのものを否定しているわけではない。
したい人が、したいときにすればいい。
「おはようございます」でもいい。
「ウェーす」でもいい。
会釈でもいい。
アイコンタクトでもいい。
僕はたぶん、ウェーす派だ。
ただ、世の中には「挨拶は大事」という、ほとんど憲法みたいな言葉がある。
学校でも言われる。
職場でも言われる。
「挨拶はコミュニケーションの基本です」
「気持ちのいい挨拶をしましょう」
「みんなが気持ちよく働くために、元気に挨拶しましょう」
待ってほしい。
みんな?
いつの間に、全国民が挨拶大好きということになったのだろう。
朝から、
「おはようございます!!!」
と元気よく言われて、
「うおおおおお! 気持ちいい朝だあああ!」
となる人もいるのだろう。
僕はならない。
まだ眠い。
職場では今日も、
「おはようございます」
「おはようございます」
という挨拶が交わされる。
たぶん二人とも、特に言いたいことはない。
Aは思う。
(挨拶しなかったら感じ悪いと思われるかな)
Bも思う。
(挨拶しなかったら感じ悪いと思われるかな)
そして、
A「おはようございます」
B「おはようございます」
社会規範だけが元気に生存している。
二人とも別に敵意はない。
二人とも仕事では普通に協力する。
二人とも朝から声を出したいわけではない。
それでも毎朝開催される。
虚無の挨拶の往復。
これを「みんなが気持ちよく働くため」と言われると、少し困る。
むしろ二人とも、
挨拶しなくていい方が気持ちよくない?
と思う。
目が合ったらペコッ。
以上。
必要になったら、
「これ終わった?」
「終わった」
「じゃあこっちやるわ」
「ありがとう」
普通にコミュニケーション取れてるやん。
ところが、朝の「おはようございます」がないだけで、
「あの人、コミュニケーションが苦手だから」
となることがある。
判定が早い。
人類のコミュニケーション能力を、朝の五文字に背負わせすぎである。
そもそも、なぜ挨拶は大事なのか。
「礼儀だから」
と言われる。
では、礼儀とは何なのか。
相手を尊重することだというなら、挨拶以外にも方法はいくらでもある。
困っていたら助ける。
話をちゃんと聞く。
仕事を押しつけない。
感謝する。
人によって態度を変えない。
相手を雑に扱わない。
毎朝、
「おはようございます!!!」
と素晴らしい発声で挨拶したあと、困っている同僚を完全無視する人がいたとする。
礼儀正しいのだろうか。
逆に、朝は何も言わないけれど、重い荷物を持っていたら黙って手伝ってくれる人がいる。
僕はそっちの人と働きたい。
挨拶コンテストを開催しているわけではない。
「挨拶は相手を認識するために必要なんです」
という説明も聞く。
なるほど。
それならアイコンタクトでもいい。
会釈でもいい。
なんなら、その理屈だけなら清掃ロボにも挨拶しなければならない。
「おはようございます!」
清掃ロボは無言で床を磨いている。
「今日もよろしくお願いします!」
無視された。
失礼なロボットである。
上司に報告しよう。
「コミュニケーションの基本だから」という説明もある。
でも、挨拶は完璧なのに何も相談できない職場と、挨拶は適当だけど何でも相談できる職場。
どちらがコミュニケーションを取れているのだろう。
僕には後者に思える。
挨拶はコミュニケーションの一つではある。
でも、コミュニケーションそのものではない。
カレーに福神漬けが乗っているからといって、福神漬けがカレーそのものではない。
たぶん。
そして、さらに分からないものがある。
「後輩から先輩へ」
「部下から上司へ」
「目下の人間から挨拶するもの」
というルールだ。
なんで?
挨拶が人と人とのコミュニケーションなら、先に気づいた方から言えばいい。
上司が先に、
「おはよう!」
と言ったっていい。
むしろ言いたいなら言えばいい。
朝からめちゃくちゃ元気よく、
「おはよう!!!!」
と言う上司もいる。
それもいい。
たぶん本人は気持ちいい。
今日も一日頑張ろう。
俺は元気だ。
みんなも元気だ。
太陽が眩しい。
世界は美しい。
好きにしてほしい。
ただ、
上司「おはよう!!!!」
僕「……おはようございます」
上司「元気ないな! もっと元気よく!」
となった瞬間、話が変わる。
あなたの朝のテンションに僕を参加させないでほしい。
自分が元気になるために大声を出したいなら、
壁に向かって言っとけ。
壁なら毎朝聞いてくれる。
たぶん返事もしない。
理想的な関係だ。
そして、挨拶を大切にしている人ほど、
「あいつは挨拶してこない」
と怒ることがある。
これも不思議だ。
そんなに挨拶したいなら、自分からすればいい。
「おはよう」
と言ったのに意図的に無視されたなら、不快になるのは分かる。
でも、自分も黙っていたのに、
「あいつ、俺に挨拶してこなかった」
となると、
二人ともしてないやん。
なぜ片方だけが有罪なのだろう。
さらに、それが上司と部下になると、
「部下から挨拶するのが普通だろ」
になる。
ここまで来ると、挨拶はコミュニケーションというより、
上下関係のログインボーナス
みたいになってくる。
部下「おはようございます!」
上司「うむ」
本日の主従関係、確認完了。
そんな挨拶なら、僕はいらない。
そして僕が一番違和感を持つのが、人間関係の問題を挨拶のせいにすることだ。
職場の雰囲気が悪い。
上司が話を聞かない。
仕事を押しつける。
人によって態度を変える。
陰口を言う。
困っていても助けない。
意見を言えば不機嫌になる。
会議が開かれる。
「最近、職場のコミュニケーションが不足しています」
なるほど。
ついに問題に向き合うのか。
「そこで――」
おお。
「明日から、元気に挨拶しましょう!」
そこ?
上司は話を聞かないまま。
仕事は押しつけられたまま。
陰口もそのまま。
ただ、
「おはようございます!!!」
だけが元気になった。
そして一か月後。
「最近、職場が明るくなりましたね」
なってない。
声量が上がっただけだ。
むしろ怖いのは、全員が笑顔で、
「おはようございます!」
「お疲れさまです!」
と言えるようになったことで、
「うちの職場はコミュニケーションが取れている」
と錯覚することだ。
挨拶のせいにするな。
挨拶は便利なものだと思う。
人と人が接触するときの、小さな潤滑油みたいなものかもしれない。
でも、潤滑油はエンジンではない。
挨拶ができることと、人を大切にできることは同じではない。
そして「便利」と「正しい」も違う。
挨拶したい人はすればいい。
「おはようございます」でもいい。
「おはよう」でもいい。
「ウェーす」でもいい。
会釈でもいい。
今日は誰とも喋りたくない。
それもいい。
そうして挨拶を義務から解放してやった方が、逆に本当に気持ちのいい挨拶が生まれるんじゃないだろうか。
言わなければならないから、
「おはようございます」
ではなく、
なんとなく今日は、この人に言いたい。
「おはよう」
それでいい。
したいやつは、したいときにすればいい。
そうして初めて、気持ちのいい挨拶ができるのかもしれない。
僕は、今日も挨拶をせずタイムカードを押す。
