MENU

インターホンが嫌いだ。リラックス中の暴力について

当ページのリンクには広告が含まれています。

インターホンが嫌いだ。リラックス中の暴力について

ピンポーン。

嫌いだ。

出ない。

誰が来たのか確認するつもりもない。

少しして、もう一度鳴る。

ピンポーン。

だから、出ないって。

僕はインターホンが嫌いだ。

知らない人が怖いとか、訪問販売が苦手だとか、そういう話だけではない。

そもそも、出るつもりがない。

問題は「出るか、出ないか」ではない。

鳴ること自体が嫌なのだ。

目次

リラックス中の暴力

休日。

ソファに寝転がる。

本を読む。

コーヒーを飲む。

スマホを見る。

ぼーっとする。

何もしない。

完璧である。

誰からも何も要求されていない。

僕は今、世界から一時的にログアウトしている。

そのとき。

ピンポーーーーン。

暴力である。

もちろん殴られてはいない。

蹴られてもいない。

玄関も突破されていない。

ただ、さっきまでそこにあった平穏だけが、一瞬で消えた。

誰?

何?

宅配?

何か頼んだっけ?

管理会社?

営業?

勧誘?

宗教?

脳が勝手に働き始める。

出るつもりはない。

それなのに、考えさせられている。

ここが腹立つ。

僕は今日、あなたについて考える予定などなかった。

今日の予定は、

読書。

コーヒー。

昼寝。

以上。

「知らない人が突然玄関に現れるので、その正体について考える」

という予定は入っていない。

勝手に追加しないでほしい。

玄関には入れない。でも音は入れられる

よく考えると、インターホンは不思議な装置だ。

玄関には鍵がある。

知らない人は勝手に入ってこられない。

当然である。

でも、インターホンのボタンだけは玄関の外側にある。

つまり、知らない人でもボタン一つで、

僕の家の中に音を発生させることができる。

なかなかすごい。

身体は入れない。

でも、

ピンポーン!

だけは送り込める。

音だけの不法侵入である。

しかも音が妙に明るい。

ピンポーン♪

ではない。

こっちは全然「♪」ではない。

出ても、だいたいろくでもない

もちろん、宅配便なら出る。

僕が頼んだ荷物だ。

配達してくれた人には感謝しかない。

時間指定までしておいて、

「インターホン鳴らすなよ」

と言い始めたら、僕が一番ろくでもない。

問題は、何も予定していない日のインターホンだ。

経験上、出てもそんなに素晴らしいことは起きない。

「突然ですが、100万円差し上げます」

ではない。

「あなたの小説を出版したいのですが」

でもない。

「実はあなたが遠い国の王族の末裔であることが判明しました」

でもない。

だいたい営業。

勧誘。

案内。

確認。

その他、僕が頼んでいない何か。

出ても、だいたいろくでもない。

だから、もう期待もしない。

インターホンが鳴って、

「もしかして……!」

とはならない。

「また何か来た」

である。

宝くじの一等当選を玄関まで知らせに来てくれる制度が始まったら、そのときは考え直す。

用事があるのは、あなたである

考えてみれば、不思議な関係だ。

突然やってきた人には、僕に用事がある。

でも僕には、その人に用事がない。

整理すると、

訪問者 → 僕に用事がある。

僕 → 特にない。

以上である。

なのにインターホンを押した瞬間、

訪問者「ピンポーン」

僕「はい」

という応答が当然のように想定されている。

なぜ?

用事があるのは、あなたである。

僕ではない。

あなたが僕に話したい。

あなたが僕に何か伝えたい。

あなたが僕に何か売りたい。

知らんがな。

こちらには、コーヒーを飲むという重要な仕事がある。

居留守ではない。ただの在宅である

家にいるのにインターホンに出ないことを、「居留守」と呼ぶらしい。

でも僕には、そもそも居留守という概念がない。

いないふりをする必要がないからだ。

インターホンが鳴っても、テレビの音量は下げない。

足音も消さない。

物音にも気をつかわない。

息を潜めない。

玄関の向こうの気配を探らない。

普通に歩く。

普通にトイレに行く。

普通に冷蔵庫を開ける。

普通にお菓子も食べる。

外から見れば、明らかに人がいるかもしれない。

いる。

だから何なのだ。

「家にいることがバレたら、出なければならない」

そんなルールはない。

僕はあなたから逃げているのではない。

あなたが来る前からここにいた。

あなたが帰ったあとも、ここにいる。

ただ、あなたに会う予定がないだけだ。

ピンポーン。

テレビを見る。

ピンポーン。

ポテトチップスを開ける。

バリバリバリ。

たぶん外まで聞こえた。

それでいい。

僕は家にいる。

そして、出ない。

居留守ではない。ただの在宅である。

なぜ僕が自宅で忍者にならなければならないのか

むしろ「居留守」を使おうとすると、訪問者に生活を支配される。

ピンポーン。

静かにする。

テレビの音量を下げる。

足音を立てない。

カーテンに近づかない。

息を潜める。

……なんで?

知らない人が玄関に来たせいで、なぜ僕が自宅で忍者にならなければならないのか。

ここは僕の家である。

僕が一番自由であるべき場所だ。

玄関の外に知らない人が立っているという理由だけで、急に抜き足差し足になる必要はない。

僕は普通に暮らす。

訪問者も普通に帰ればいい。

お互い、それでいい。

在宅は面会予約ではない

「家にいるなら出ればいいじゃん」

という感覚もよく分からない。

家にいることと、人に会いたいことはまったく別である。

むしろ家にいるからこそ、人に会いたくない。

外では人と話す。

仕事をする。

電車に乗る。

店に行く。

知らない人とすれ違う。

そして、ようやく家に帰る。

ドアを閉める。

ふう。

一人だ。

その瞬間、

ピンポーン。

帰れ。

まだ何も言われていないけど、帰れ。

僕の在宅は、あなたの面会予約ではない。

二回押す人

そして、たまにいる。

一回目。

ピンポーン。

僕は出ない。

十秒くらい待つ。

もう一度。

ピンポーン。

何が変わった?

一回目から二回目までの十秒間に、僕の思想が大きく変化したとでも思っているのだろうか。

一回目。

「出ない」

十秒後。

「よし! 出よう!」

そんな劇的な心境の変化は、なかなか起きない。

むしろ二回目で、

さらに出たくなくなった。

三回押されたら、もう来世でも会わない。

「出るかどうか」を考えない

だから僕は、予定のないインターホンには基本的に出ない。

「出た方がいいかな」

とも考えない。

出ない。

最初から選択肢にない。

インターホンが鳴る。

出る?

出ない?

誰?

どうしよう?

ではなく、

鳴った。うるさい。以上。

もちろん、必要な訪問なら別だ。

宅配便を頼んでいる。

点検を予約している。

友人が来る予定になっている。

そういうときは出る。

自分が了承した訪問だからだ。

でも、何も予定していない。

誰かも分からない。

僕には何の用事もない。

なら、僕の日常はそのまま続く。

テレビもそのまま。

足音もそのまま。

お菓子もバリバリ食べる。

あなたも、そうすればいい

インターホンが鳴るたびに、

「出ないと失礼かな」

「家にいるのバレてるかな」

「居留守って思われるかな」

と気をつかっている人がいるなら、僕は言いたい。

あなたも、そうすればいい。

出なくていい。

気配も消さなくていい。

ソファから立たなくていい。

本の続きを読めばいい。

コーヒーを飲めばいい。

ポテトチップスをバリバリ食べればいい。

家にいることを隠す必要なんてない。

向こうに用事がある。

こちらにはない。

それだけだ。

ピンポーン。

また鳴った。

嫌いだ。

もちろん出ない。

僕はページをめくる。

コーヒーを飲む。

普通に歩く。

生活音も消さない。

僕は今日も、堂々と在宅している。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次