今日も疲れたなあ。
さて、寝よう。
僕は布団をかぶり、目を閉じた。
今日も一日が終わった。あとは眠るだけだ。何も考えず、ゆっくり休もう。
……ん?
足が出ている。
僕の布団は、なぜか絶妙に足が出る長さなのだ。
全身が収まらないほど短いわけではない。しかし、普通に寝転がると、足先が少しだけ布団からはみ出してしまう。
別に寒いわけではない。
足が出ていたところで、何か困ることがあるわけでもない。
ところが、ふと気になった。
……怖い。
なぜだろう。
わからん。
何が怖いのか、自分でもよくわからない。ただ、布団から出ている足が、妙に無防備に感じられる。
このまま寝ていたら、何かに足首をつかまれるのではないか。
そんな想像が頭をよぎった。
いや、待て。
何に?
幽霊か?
いるのか、そんなものが。
もちろん、足元には何も見えない。そもそも、幽霊がいるという証拠もない。
それでも、怖い。
仕方がないので、僕は体を少し回転させ、足を布団の中へ収めた。
よし。
これで安心だ。
……暑い。
今度は暑くなってきた。
足を出せば涼しくなる。しかし、出すのは怖い。
暑い。
怖い。
暑い。
怖い。
僕は布団の中で、存在するかどうかもわからない幽霊と、確実に存在する暑さの間で揺れ動いていた。
僕は一体、何をしているんだ。
ただ寝たいだけなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。
考えてみれば、布団から足を出して寝るのが怖いという感覚は、僕だけのものではないらしい。
では、なぜ足を出すと怖くなるのか。
そして、そもそも足を出して寝てはいけないのだろうか。
今回は、この何とも不思議な恐怖について、真面目に考えてみたい。
なぜ布団から足を出すと怖いのか
まず、当然のことを確認しておこう。
布団から足を出して寝ても、基本的には何の問題もない。
むしろ、暑いときには足を出すことで熱を逃がしやすくなる。人間の体は、眠りにつくときに体の深部の温度を下げていく。手足から熱を逃がすことも、その調節に関わっている。
つまり、足を出して涼しく感じることには、ちゃんと理由がある。
では、怖くなることにも理由があるのだろうか。
考えられるのは、見えない場所への不安だ。
人間は、視界に入らない場所で何が起きているのかを、完全には把握できない。
特に、寝ているときの足元は見えにくい。
仰向けになって天井を見ていれば、足先で何が起きているのかはわからない。
その状態で、布団から足だけが出ている。
無防備である。
何とも心もとない。
そして、そこへ想像力が入り込む。
もし、ベッドの下から手が伸びてきたら。
もし、誰かが足元に立っていたら。
もし、突然、足首をつかまれたら。
何も起きていないのに、頭の中では次々と恐ろしい出来事が始まる。
これが厄介なのだ。
現実に危険があるから怖いのではない。
危険があるかもしれないと想像するから、怖くなる。
しかも、暗い部屋では、その想像を否定する材料も少ない。
何も見えない。
だからこそ、何かがいるかもしれない。
実に理不尽な話である。
なぜ顔は出していいのに、足は駄目なのか
ここで、一つ疑問が生まれる。
なぜ、足だけが怖いのだろう。
考えてみてほしい。
僕たちは、普段から顔を布団の外に出して寝ている。
顔である。
目も鼻も口もある。人間にとって、非常に大切な部分だ。
それなのに、顔は堂々と外へ出している。
一方、足はどうだ。
足先が少し出ただけで、急に怖くなる。
おかしくないか。
もし幽霊が人間を襲うつもりなら、最初から出ている顔を狙えばいいではないか。
わざわざ足元まで移動する必要もない。
それなのに、僕は顔を出したまま、必死に足だけを守っている。
顔は無防備。
足は厳重警戒。
どういう防犯体制なのだ。
もちろん、顔が布団の外に出ていることには理由がある。息をしやすいし、周囲の様子もある程度わかる。
一方、足元は視界に入りにくい。
つまり、顔と足では、見えているかどうかが違う。
見えている顔より、見えない足元の方が不安になる。
そう考えれば、少しは納得できる。
しかし、それにしても足首への警戒心が強すぎる。
僕の足首には、いったい何があるのだろう。
幽霊を引き寄せる何かがあるのか。
そんなものはないはずだ。
あるとしたら、ただの足首である。
なぜ幽霊は足首を狙うのか
そもそも、なぜ僕は足首をつかまれると思ったのだろう。
幽霊が足首を狙うという決まりでもあるのか。
そんな話は聞いたことがない。
少なくとも、幽霊が足首を好んで狙うという科学的な根拠はない。
それなのに、布団から足が出ていると、自然に「つかまれる」という想像をしてしまう。
おそらく、ホラー作品や怪談の影響もあるのだろう。
ベッドの下から手が伸びてくる。
暗闇の中で、突然、足を引っ張られる。
そんな場面は、恐怖を演出するうえでわかりやすい。
足元は見えにくく、逃げようとしても体勢を崩しやすい。何より、何かにつかまれるという感覚そのものが怖い。
そうしたイメージが、いつの間にか頭の中に残っているのかもしれない。
しかし、冷静に考えると不思議だ。
幽霊にも、狙いやすい部位と狙いにくい部位があるのだろうか。
足首ならつかみやすいのか。
それとも、幽霊の世界では、足首を狙うのが伝統なのか。
「人間を怖がらせるなら、まず足首から」
そんな指導でも受けているのだろうか。
もしそうなら、一度その理由を聞いてみたい。
いや、実際に現れたら困る。
聞きたい気持ちはあるが、会いたくはない。
このあたりが、ホラー好きの面倒なところである。
怖いものには興味がある。
しかし、実際に自分の身に起きるのは嫌なのだ。
布団の中は、本当に安全なのか
さて、僕は足が怖くなったので、体を回転させて布団の中へ収めた。
そして、安心した。
ここで、重大な疑問が生まれる。
なぜ安心したのだろう。
足を布団の中へ入れただけである。
幽霊を退治したわけではない。
部屋の鍵を確認したわけでもない。
何か特別な防御装置を作動させたわけでもない。
ただ、布団をかぶっただけだ。
それなのに、僕の中では安全が確保されたことになっている。
一体、布団を何だと思っているのだろう。
防弾チョッキか。
鉄の扉か。
要塞か。
違う。
布である。
しかも、寝具として作られた布だ。
幽霊の侵入を防ぐ機能など、どこにも書かれていない。
それなのに、足を収めた瞬間、何となく守られている気がする。
この感覚には、心理的な理由がありそうだ。
人間は、何かに包まれていると安心感を覚えることがある。布団や毛布は、外の刺激をある程度遮り、体を温めてくれる。
子どものころから、布団の中を落ち着ける場所として経験してきた人も多いだろう。
その安心感が、暗闇への恐怖にも働いているのかもしれない。
しかし、安心できることと、実際に危険を防げることは違う。
布団に入れば、寒さは防げる。
多少の光も遮れる。
だが、幽霊はどうだろう。
そもそも存在するかどうかもわからない相手に、布団の防御力を期待している。
我ながら、ずいぶん都合のいい話である。
足首をつかめるなら、布団くらいめくれるだろう
ここで、さらに恐ろしいことに気づいてしまった。
仮に、幽霊が存在するとしよう。
そして、その幽霊には、人間の足首をつかむ能力があるとする。
つまり、物理的に人間へ触れられるわけだ。
では、なぜ布団をめくらないのだろう。
足首をつかめるほどの握力があるなら、布団くらいめくれるだろう。
布団だぞ。
鉄格子でもなければ、頑丈な金庫でもない。
軽く持ち上げれば、簡単にめくれる。
それなのに、足を布団の中へ入れた途端、幽霊は諦めるのだろうか。
「あっ、隠れた。残念」
そんなことになるのか。
いやいや。
もう少し頑張れよ。
……いや、頑張らなくていい。
むしろ、すぐに諦めてほしい。
しかし、考えれば考えるほどおかしい。
足首をつかむことはできる。
でも、布団はめくれない。
そんな都合のいい能力制限があるのだろうか。
もしかすると、幽霊の世界には、布団の中にいる人間へ手を出してはいけないという規則があるのかもしれない。
「布団に入った人間は対象外」
実に紳士的な幽霊である。
それなら安心だ。
しかし、そんな規則があるという話も聞いたことがない。
結局、布団に足を入れたところで、何の解決にもなっていない可能性がある。
むしろ、僕は自分で自分の安心材料を壊してしまった。
余計なことを考えるものではない。
もし僕が幽霊なら、どこを狙うだろう
では、ここで立場を変えてみよう。
もし、僕が幽霊だったら。
人間を怖がらせるために、どこを狙うだろうか。
まず、足首。
確かに悪くない。
布団から出ている足を突然つかめば、相手は驚くだろう。
しかし、問題がある。
足が出ていなければ、つかめない。
わざわざ相手が足を出すまで待たなければならないのだ。
何とも効率が悪い。
幽霊にも、もっと合理的な作戦があるはずだ。
では、顔はどうだろう。
顔なら、最初から出ている。
しかも、人間は目を閉じて眠っている。
そこへ、そっと近づく。
そして、目を開けた瞬間、目の前に知らない顔がある。
……。
怖い。
ものすごく怖い。
待て。
自分で考えた作戦なのに、自分で怖くなってしまった。
これはいけない。
では、布団をめくるのはどうだろう。
足が隠れているなら、めくればいい。
そして、足首をつかむ。
いや、それも怖い。
もっと言えば、幽霊なら布団の上から触れるかもしれない。
そもそも、壁をすり抜けるような存在だとしたら、布団の中へ入ってくることだって考えられる。
……もうやめよう。
幽霊から身を守る方法を考えていたはずなのに、いつの間にか幽霊の立場で攻略法を考えている。
しかも、自分で自分の逃げ道をなくしている。
僕は一体、何をしているんだ。
布団の中へ足を入れて安心していたのに、今度は顔まで怖くなってきた。
完全に逆効果である。
なぜ、存在しないかもしれないものが怖いのか
ここまで考えて、改めて不思議に思う。
幽霊がいるという確かな証拠はない。
足を出したらつかまれるという根拠もない。
布団の中が安全だという根拠もない。
何一つ、はっきりしていない。
それなのに、僕は怖がっている。
なぜだろう。
人間の恐怖は、必ずしも目の前に危険があるときだけ生まれるものではない。
何かが起きるかもしれない。
そう予測するだけでも、不安を感じることがある。
特に、暗闇や静かな場所では、普段なら気にならないことまで意識しやすい。
日中なら、布団から足が出ていても気にならないかもしれない。
しかし、夜になると違う。
部屋は暗い。
周囲は静かだ。
足元は見えない。
そこへ、ホラー作品で見た場面や、昔聞いた怖い話が思い出される。
想像力が働く。
そして、まだ起きていない出来事を、まるで起こりそうなこととして感じてしまう。
これは、人間が危険を予測する能力を持っていることとも関係しているのだろう。
本当に危険なものが近づいてから反応するより、危険かもしれない段階で警戒した方が身を守れる場合がある。
ただ、その仕組みが働きすぎると、実際には危険のない場面でも怖くなる。
布団から出た足を見て、幽霊を想像する。
まさに、その一例なのかもしれない。
もっとも、幽霊が足首を狙うという想像が、生存にどれほど役立つのかは疑問である。
少なくとも、僕の睡眠には何の役にも立っていない。
夏の夜は、暑さと恐怖のせめぎ合いだ
さて、現実の問題へ戻ろう。
暑い。
布団の中が暑いのだ。
足を出せば涼しくなる。
そんなことはわかっている。
しかし、出すのは怖い。
ここで、僕は奇妙な選択を迫られる。
暑さを我慢するか。
幽霊への恐怖を我慢するか。
どちらを選ぶべきだろう。
冷静に考えれば、答えは簡単である。
暑さは現実に存在している。
一方、足首をつかみに来る幽霊は、僕の想像の中にしかいない。
ならば、足を出せばいい。
それだけの話だ。
ところが、そう簡単にはいかない。
足を出そうとすると、あの想像が頭をよぎる。
突然、何かにつかまれたらどうしよう。
いや、何もいない。
大丈夫だ。
そう思いながらも、足を引っ込める。
暑い。
また出したくなる。
怖い。
また引っ込める。
この繰り返しである。
布団の中で、何とも無駄な攻防戦が続く。
しかも、幽霊がいるという証拠は一つもない。
実際に戦っている相手は、幽霊ではなく、自分の想像力なのだ。
もちろん、暑さを我慢して眠る必要はない。寝苦しいほど暑いなら、室温や寝具を調整した方がいい。
怖さを紛らわせるために、少し明かりをつけたり、別のことを考えたりする方法もあるだろう。
それでも、布団から足を出すという、ただそれだけの行為に勇気が必要になる。
人間とは、不思議な生き物である。
怖いと思った瞬間から、怖くなる
もう一つ、興味深いことがある。
僕は、布団に入った瞬間から怖かったわけではない。
最初は、普通に寝ようとしていた。
今日も疲れたなあ。
さあ、寝よう。
それだけだった。
ところが、足が出ていることに気づいた瞬間、急に怖くなった。
つまり、恐怖のきっかけは、足が出ていたことそのものではなく、そこへ意識を向けたことだったのかもしれない。
何も考えていなければ、そのまま眠れた可能性もある。
しかし、「足が出ている」と気づいた。
続いて、「つかまれたらどうしよう」と考えた。
すると、足元が気になり始めた。
一度気になり始めると、なかなか頭から離れない。
これは、怖い話を聞いたあとにも似ている。
普段なら何とも思わない廊下が、妙に暗く感じる。
いつもと同じ物音なのに、何かの気配に思えてくる。
部屋の隅が気になる。
背後が気になる。
怖い話を聞く前と、何も変わっていないはずなのに。
変わったのは、周囲の環境ではなく、自分の受け取り方なのだ。
そう考えると、布団から足を出す恐怖も、想像力によって大きくなっている部分がありそうだ。
そして、その想像力は、止めようとすると余計に働くことがある。
「幽霊のことは考えないようにしよう」
そう思った瞬間、もう幽霊のことを考えている。
困ったものだ。
では、どうすれば怖くなくなるのか
ここまで真面目に考えてきたが、結局、どうすればいいのだろう。
まずは、足を出しても危険になるわけではないと理解することだ。
足を布団の中へ入れたから安全になるわけでもなければ、外へ出したから幽霊に狙われるわけでもない。
少なくとも、そのような因果関係を示す根拠はない。
そして、怖くなったときには、頭の中で想像していることと、現実に起きていることを分けて考える。
実際に起きているのは、足が布団から出ているということだけだ。
何かにつかまれたわけではない。
誰かが足元に立っているのを見たわけでもない。
怖い場面を想像しているだけである。
もちろん、理屈がわかったからといって、すぐに怖さが消えるとは限らない。
そんなに簡単なら、僕だって最初から苦労していない。
無理に足を出す必要もない。
布団を少し長いものに替えたり、寝る姿勢を工夫したりしてもいいだろう。
ただし、暑くて眠れないほど我慢する必要はない。
快適に眠ることの方が大切だ。
そもそも、僕が布団に入った目的は、幽霊と戦うことではない。
眠ることだ。
いつの間にか、その目的を忘れてしまっている。
布団一枚に、どこまで期待しているのだろう
改めて考えると、僕は布団を信頼しすぎていたのかもしれない。
足が出ている。
怖い。
足を隠す。
安心する。
たったこれだけの行動に、何の根拠があるのだろう。
もし本当に足首をつかむ幽霊がいるのなら、布団くらいめくれるだろう。
もし幽霊が壁をすり抜けられるのなら、布団だって通り抜けられるかもしれない。
そして、もし僕が幽霊なら、そもそも足首ではなく、最初から出ている顔を狙う。
……。
だから、やめろ。
その想像は、もうやめよう。
足だけでなく、顔まで怖くなってしまう。
結局、どれほど理屈を並べても、怖いものは怖い。
それが人間なのだろう。
頭では、何もいないとわかっている。
足を出しても問題ないとわかっている。
布団に幽霊を防ぐ力などないとわかっている。
それでも、暗い部屋で足が出ていると、何となく落ち着かない。
だから、足を引っ込める。
暑い。
また出したくなる。
怖い。
また引っ込める。
そして、ふと思う。
僕は一体、何をしているんだ。
今日も疲れた。
もう寝よう。
そう思って布団をかぶっただけなのに、気づけば幽霊の心理を考察し、襲撃方法を検討し、布団の防御力に疑問を抱いている。
こんなことをしているから、なかなか眠れないのだ。
もう、余計なことは考えない。
幽霊なんていない。
足首だって、誰にもつかまれない。
布団をめくられることもない。
大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせて、目を閉じる。
……。
待てよ。
もし僕が幽霊なら、目を閉じた瞬間を狙うな。
もう嫌だ。
寝かせてくれ。
