MENU

大人になってゲームがつまらなくなった。楽しめない原因について。

当ページのリンクには広告が含まれています。

子どもの頃、ゲームが大好きだった。

学校から帰ったらランドセルを置いて、ゲーム機の電源を入れる。宿題なんて知らない。明日の準備も知らない。とりあえずゲームだ。

新しいゲームを買ってもらった日は、それだけで一日中そわそわした。説明書を読むだけでも楽しかった。パッケージの裏に載っている数枚のスクリーンショットを何度も眺め、「ここはどこなんだろう」「この敵、強そうだな」と勝手に想像していた。

電源を入れれば、知らない世界が待っていた。

街を歩くだけで楽しい。洞窟に入るだけで怖い。新しい敵が出てくるだけで嬉しい。レベルがひとつ上がれば満足した。意味もなく同じ場所をうろうろしたり、必要もないのにお金を貯めたり、使う予定もないアイテムを集めたりした。

それなのに、大人になった今。

ゲームを買っても、なかなか起動しない。

面白そうだと思って買ったはずなのに、パッケージを置いたまま数日が経つ。ダウンロード版なら、もっとひどい。買ったことで半分くらい満足している。

ようやく起動しても、一時間ほど遊んだところで疲れてしまう。

そして電源を切ったあと、なぜか思う。

「……俺、何してるんだろう」

昔はあんなに楽しかったのに。

ゲームがつまらなくなったのだろうか。

それとも、僕が変わってしまったのだろうか。

目次

新しいゲームなのに、新しく感じない

大人になってからゲームをすると、展開がなんとなく読めるようになった。

やたら親切な仲間が出てくる。

「こいつ、裏切りそうだな」

意味深なことを言う謎の人物が出てくる。

「たぶんラスボスと関係あるな」

平和で幸せそうな村に到着する。

「ここ、燃えるんじゃないか」

そして結構当たる。

ゲームだけのせいではないと思う。

これまでにゲームだけでなく、小説、漫画、映画、ドラマと、たくさんの物語に触れてきた。自分の中に物語のパターンが蓄積されている。

子どもの頃なら純粋に驚けた展開でも、「このパターンね」と思ってしまう。

ゲームの構造まで見える。

洞窟を進んでいると、突然やけに広い場所に出る。

昔の僕なら、「うわ、広いところに出た」と思った。

今の僕は思う。

「ボス戦やな」

その少し手前に回復アイテムがたくさん置いてある。

「はい、ボス来ます」

セーブポイントまである。

「絶対来ます」

もはや冒険者ではない。

ゲーム制作側の都合を読んでいる人になっている。

子どもの頃、画面の向こうには洞窟があった。

今の僕には、**「ボス戦用に用意された広めのマップ」**が見える。

これは少し寂しい。

ゲームが変わったというより、僕がゲームを知りすぎてしまったのかもしれない。

どのゲームも、やることが同じに見えてくる

もちろんゲームにはいろんな種類がある。

世界観も違う。キャラクターも違う。戦闘システムも違う。

でも長くゲームをやっていると、その違いよりも「結局やること」が目に入るようになってくる。

街へ行く。

人と話す。

依頼を受ける。

目的地へ行く。

敵を倒す。

素材を拾う。

レベルを上げる。

装備を強くする。

次の街へ行く。

新しいゲームを始めたはずなのに、どこかでやったことがある。

オープンワールドでもそうだ。

マップを開く。マーカーを見つける。そこへ向かう。敵を倒す。アイテムを拾う。拠点を解放する。そしてまたマップを開く。

もちろん、それぞれのゲームには工夫がある。

それでも僕の頭の中では、少しずつ「ゲーム」という巨大な共通フォーマットに見えてしまう。

新しいゲームを買った。

キャラクターも世界も違う。

なのに、なぜか新しくない。

昔は新作が出るたびに、「こんなことまでできるのか」と驚いた。

今、新作の映像を見て最初に出てくる感想は、

「めっちゃ綺麗やな」

だったりする。

水が綺麗。

草が綺麗。

人の顔が綺麗。

光の反射がすごい。

もちろん技術の進歩はすごい。

でも昔は、新しいゲームそのものに驚いていた。

今は、新しいゲームの画質に驚いている。

僕の中から「初めて」が減ってしまったのだと思う。

ゲームを起動するだけなのに、面倒くさい

そして大人になると、単純に忙しい。

仕事から帰る。

ご飯を食べる。

風呂に入る。

スマホを見る。

少しぼーっとする。

ゲーム機はそこにある。

「久しぶりにやろうかな」

とは思う。

でも時計を見る。

寝るまであと一時間。

「一時間しかないなら、今日はいいか」

そうしてYouTubeを見る。

気づけば一時間経っている。

ゲームできたやないか。

これは本当に不思議だ。

ゲーム機の電源を入れるだけなのに、ものすごく大きなことを始めるような気分になる。

ゲームは受け身では楽しめない。

操作しないといけない。

考えないといけない。

前回までのストーリーを思い出さないといけない。

操作方法も思い出さないといけない。

「このボタン何やったっけ」

「俺、今どこ向かってたんやっけ」

ゲームを再開するだけで記憶の復旧作業が始まる。

動画なら再生ボタンを押せばいい。

寝転がっていても勝手に進んでくれる。

ゲームは僕を待っている。

僕が動かさなければ主人公は一歩も動かない。

昔なら、それがゲームの楽しさだった。

今は時々、それが面倒くさい。

「60時間も遊べる」が「60時間もかかる」になった

ゲームを買う前に、クリア時間を見ることがある。

「クリアまで約60時間」

子どもの頃なら、たぶん喜んでいた。

60時間も遊べる!

長く遊べるなんて最高だ。

今は違う。

「60時間もかかるの……?」

同じ60時間なのに、意味が完全に変わっている。

しかも大人は毎日ゲームできるとは限らない。

月曜日に二時間やる。

火曜日は仕事。

水曜日もやらない。

木曜日に久しぶりに起動する。

「……この人、誰?」

ストーリーを忘れている。

目的地も忘れている。

操作方法も微妙に忘れている。

なぜ僕はいま洞窟にいるんだ。

とりあえず歩いてみる。

敵が出てくる。

攻撃しようとして回復薬を飲む。

違う。

このボタンじゃない。

そうこうしているうちに、だんだん面倒になってくる。

「また今度でいいか」

そして一週間が経つ。

次に起動したときは、さらに何も覚えていない。

こうなると恐ろしい考えが浮かぶ。

「最初からやり直そうかな」

やり直す。

最初のムービーを見る。

「ああ、これ見たな」

最初の街を歩く。

「ああ、ここもやったな」

知っているから退屈になる。

やめる。

永久にクリアできない。

子どもの頃の50時間と、大人になってからの50時間は違う。

子どもの頃は毎日のように遊んでいたから、ひとつながりの50時間だった。

今は、

二時間。

四日空く。

一時間。

一週間空く。

三十分。

また五日空く。

細切れになった50時間だ。

これでは物語の中に入り続けるのも難しい。

ゲーム実況を少し見たら、もう満足する

さらに今は、ゲームを自分でやらなくても見られる。

気になる新作が出る。

昔なら買うしかなかった。

今はYouTubeを開けば、誰かがもう遊んでいる。

ちょっとだけ見てみる。

グラフィックを見る。

戦闘を見る。

街を見る。

どんなゲームなのか分かる。

「へえ、こんな感じなんや」

満足する。

終わり。

自分では何もしていない。

レベルも上げていない。

素材も集めていない。

道にも迷っていない。

ボスにも負けていない。

ゲームのおいしいところだけ、他人に食べさせてもらっている。

しかも実況なら、退屈なところを飛ばせる。

移動が長ければ飛ばす。

レベル上げも飛ばす。

同じボスに何度も負けても編集で短くなっている。

ものすごく効率がいい。

そして気づく。

僕はゲームが嫌いになったわけではない。

ゲームを見るのは今でも結構好きなのだ。

ただ、自分でやるのが面倒になっている。

これはなかなか悲しい。

ゲームの外でも、ゲームをしていた

もうひとつ大きいのが、一緒に話す相手がいなくなったことだと思う。

子どもの頃、ゲームは一人で遊んでいても完全な一人遊びではなかった。

次の日、学校へ行く。

「どこまで進んだ?」

「昨日あいつ倒したで」

「レベル何?」

「その武器どこで取ったん?」

「俺もうクリアした」

ゲームの話をする。

友達が自分より先まで進んでいたら悔しい。

家に帰ったら続きをやる。

珍しいアイテムを取ったら、明日言いたくなる。

倒せなかったボスがいたら攻略法を聞く。

そしてまたゲームをする。

プレイする。

学校で話す。

友達の話を聞く。

またやりたくなる。

ゲームの外でもゲームが続いていた。

今はボスを倒す。

「よし」

終わり。

レアアイテムを手に入れる。

「おお」

終わり。

レベル99になる。

「……だからなんなんだ」

もちろん今はオンラインで誰かと遊ぶこともできるし、SNSで感想を共有することもできる。

でも、翌日学校で会う友達と競い合っていたあの感じとは少し違う。

ゲームが変わったんじゃなくて、ゲームの周りにいた人がいなくなった。

もしかすると僕は、ゲームそのものだけを楽しんでいたわけではなかったのかもしれない。

ゲームのある生活を楽しんでいた。

攻略情報を見れば、すぐに正解が出てくる

昔は分からないことがあったら、本当に分からなかった。

ボスが倒せない。

隠しアイテムが見つからない。

どこへ行けばいいか分からない。

友達に聞く。

攻略本を読む。

それでも分からなければ、自分でうろうろする。

だから偶然見つけたときは嬉しかった。

今は検索すれば数秒だ。

「○○ 倒し方」

「○○ 最強装備」

「○○ 取り返しつかない」

「○○ おすすめスキル」

全部出てくる。

失敗しなくて済む。

効率よく進められる。

でも、効率よく遊ぶって何なんだろう。

遊びなのに。

僕はいつからゲームにまで効率を求めるようになったのだろう。

「このサブクエスト、やる意味ある?」

「このアイテム取る必要ある?」

「どのスキルが一番強い?」

そんなことばかり考える。

子どもの頃は、意味もなく寄り道していた。

行き止まりだと分かっていても歩いた。

よく分からないアイテムも拾った。

弱い武器だって使ってみた。

今は最短距離を歩こうとする。

その結果、自分でゲームから無駄を削っている。

そして無駄を全部削ったゲームは、なんだか仕事みたいになる。

冒険だったものが、タスクに見える

これが一番大きいのかもしれない。

ゲームって、よく考えたらタスクの連続だ。

村人に話しかけてください。

森へ行ってください。

敵を10体倒してください。

薬草を5個集めてください。

この荷物を届けてください。

戻って報告してください。

子どもの頃は、それを冒険だと思っていた。

「森に魔物がいるらしい!」

行くぞ!

「伝説の薬草を持ってきてほしい!」

探すぞ!

今は違う。

「薬草を5個集めてください」

……5個も?

「村人3人から話を聞いてください」

……自分で聞いてくれへん?

仕事から帰ってきた。

今日もいろいろやった。

ようやく自由時間だ。

ゲームを起動する。

NPCが僕に近づいてくる。

「お願いがあります!」

ないです。

僕にはありません。

今日はもう誰からもお願いされたくありません。

画面の向こうでも仕事を渡さないでください。

オープンワールドのマップを開けば、さらにすごい。

「!」「?」「★」「◆」

あちこちにマークが並んでいる。

昔なら「うわ、行くところいっぱいある!」だった。

今は、

「仕事、溜まってるな……」

に見える。

ひとつずつマーカーを消していく。

クエスト一覧を上から処理していく。

収集物を集める。

拠点を解放する。

実績を解除する。

気づけば、遊んでいるはずなのにToDoリストを消化している。

仕事でも、

「これお願いします」

「終わりました」

「じゃあ次これお願いします」

ゲームでも、

「これお願いします」

「終わりました」

「じゃあ次これお願いします」

一緒やないか。

昔は「魔王を倒す」という壮大な冒険だった。

今の僕には、

「本日の残タスク:魔王討伐」

に見える。

そら、ちょっとしんどい。

ゲームの中でまで、効率よく生きようとしている

タスクに見えるようになると、効率を考え始める。

どうせなら最短で終わらせたい。

一番強い装備が欲しい。

無駄な戦闘は避けたい。

経験値効率のいい場所を知りたい。

取り返しのつかない要素は先に調べたい。

すると攻略を見る。

答えを知る。

その通りに進める。

失敗しない。

迷わない。

無駄がない。

そして、あまり面白くない。

考えてみれば当然なのかもしれない。

ゲームの面白さには、分からないことや失敗や寄り道も含まれていた。

僕は効率を求めて、それを自分で消している。

現実では効率を考える場面が多い。

仕事は早く終わらせたい。

移動は短い方がいい。

買い物も便利な方がいい。

調べものもすぐ答えが欲しい。

それ自体は悪いことではない。

でも、その感覚をゲームの中まで持ってきてしまった。

せっかく異世界に来たのに、やっていることは業務改善である。

三時間遊んだ、ではなく、三時間失った

そしてゲームを楽しめなくなった理由を考えていて、一番嫌なことに気づいた。

ゲームをしている最中は、別に楽しくないわけではない。

面白い。

ボスを倒せば嬉しい。

新しい場所に着けば少しワクワクする。

気づけば三時間経っていることもある。

問題は、そのあとだ。

電源を切る。

時計を見る。

三時間経っている。

昔なら、

「今日めっちゃゲームした」

で終わっていた。

今は、

「三時間なくなった」

と思う。

三時間遊んだ、ではない。

三時間失った。

この感覚は何なんだろう。

ゲームの中ではいろいろやった。

レベルが三つ上がった。

武器を強化した。

素材も集めた。

新しい街にも着いた。

でも電源を切れば、現実の僕には何も起きていない。

レベルは上がっていない。

お金も増えていない。

資格も取れていない。

部屋も綺麗になっていない。

むしろゲームの中では立派な家を建てたのに、現実の部屋は散らかっている。

何をしてるんだ、僕は。

三時間あれば、本を読めた。

運動できた。

勉強できた。

何かを書けた。

掃除もできた。

もっと寝ることだってできた。

ゲームをしている間は楽しかったはずなのに、終わった瞬間に「その時間で何ができたか」を計算し始める。

遊びにまで機会損失を持ち込んでいる。

僕は、無意味を楽しめなくなった

ここまで考えて、もしかすると一番変わったのはこれなんじゃないかと思った。

僕は大人になって、無意味なことを楽しむのが下手になった。

子どもの頃、ゲームの中で意味のないことを山ほどやっていた。

必要以上にレベルを上げる。

使わないアイテムを集める。

意味もなく街を歩く。

同じ敵を何度も倒す。

クリアしたあとも遊ぶ。

最強の武器を手に入れる。

隠しボスを倒す。

それが現実の何になるのか。

何にもならない。

でも、そんなことは一度も考えなかった。

楽しかった。

それだけだった。

子どもの頃の僕に、

「それをやって何になるの?」

と聞いても、たぶん困ると思う。

何にもならないからだ。

でも、その答えでよかった。

大人になった僕は、遊びにまで意味を求める。

何が残る?

何の役に立つ?

その時間に価値はある?

三時間使って何を得た?

ゲームの中でレベルを99にしたところで、現実の給料は上がらない。

伝説の剣を手に入れても履歴書には書けない。

世界を救っても、明日は普通に仕事だ。

当たり前だ。

ゲームなんだから。

遊びなんだから。

本当は、何にもならなくていい。

それなのに僕は、「楽しかった」のあとに「それで?」を付けるようになった。

子どもの頃は、

「楽しかった」

で終われた。

大人になった僕は、

「楽しかった。それで?」

と考える。

もしかすると、この「それで?」がゲームをつまらなくしているのかもしれない。

もう、僕はゲームを楽しめないのかな

少し寂しくなる。

もう僕は、昔みたいにゲームを楽しめないのだろうか。

新しい街に着いただけでワクワクすることもない。

広い場所を見ればボス戦を予想する。

クエストを見ればタスクに見える。

60時間遊べるゲームを見れば、「長い」と思う。

攻略を調べる。

効率を考える。

実況を少し見て満足する。

数日空けば操作を忘れる。

三時間遊べば、三時間失ったような気持ちになる。

昔の自分とはずいぶん変わってしまった。

でも、ゲームそのものが嫌いになったわけではないと思う。

新作を見ると少し気になる。

ゲーム実況も見る。

昔好きだったゲームの音楽を聞けば懐かしくなる。

面白そうなゲームを見つければ、「やってみたい」とは思う。

たぶん僕は、ゲームを楽しめなくなったというより、昔と同じ方法では楽しめなくなったのだ。

そして、もうひとつ。

僕が取り戻したいのは、ゲームへの情熱だけではないのかもしれない。

無意味を楽しむことを、もう一度取り戻したい。

何の役にも立たなくていい。

何も残らなくていい。

レベルを上げてもいい。

意味もなく街を歩いてもいい。

弱い武器を使ってもいい。

道に迷ってもいい。

攻略を見ずに失敗してもいい。

三時間遊んで、電源を切る。

現実の僕には何も増えていない。

それでも、

「三時間失った」

ではなく、

「三時間、楽しかった」

それだけで終われたらいい。

考えてみれば、人生の楽しいことなんて、全部に意味がある必要はない。

何にもならない時間があるから、面白いのかもしれない。

子どもの頃の僕は、それを知っていたわけではない。

もっと単純だ。

そんなことすら考えていなかった。

楽しいからやる。

飽きたらやめる。

またやりたくなったら電源を入れる。

それだけだった。

大人になった僕は、ゲームをする前から時間を計算し、ゲームの中でも効率を考え、ゲームを終えたあとには成果を確認する。

ずいぶん忙しい遊び方をしている。

そりゃ疲れる。

ゲームくらい、何も考えずにやればいい。

久しぶりに、何にもならないことをやってみよう。

伝説の剣を取りに行こう。

誰の役にも立たないレベル上げをしよう。

意味もなく知らない街を歩こう。

世界くらい救ってやろう。

もちろん、現実の僕には何も残らない。

それでいい。

「楽しかった」が残れば、それでいい。

そう思って、久しぶりにゲーム機の電源を入れた。

画面に表示された。

「アップデートが必要です」

残り時間、47分。

……長いな。

今日はやめとこう。

また今度にしよう。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次