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「他に誰が来る?」と聞く人は失礼なのか。「あの人が来るなら行かない」に思うこと。

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「今度、飲みに行くけど来る?」

こう聞かれたとき、僕はたぶん聞く。

「他に誰が来る?」

すると、この質問を失礼だと思う人がいるらしい。

ネットを見ていても、「飲み会に誘われて『他に誰が来る?』と聞くのは失礼でしょうか」と悩んでいる人がいる。

実際、「他に誰が来る?」と聞かれると、「自分だけじゃ来たくないってこと?」「メンバーによって行くかどうか決めるの?」と感じる人もいるようだ。そういう趣旨の意見は昔からある。

なるほど。

気持ちは分からなくもない。

誘った側からすれば、

「俺が誘ってるんだから、とりあえず俺と飲みに行くかどうかで決めてくれよ」

ということなのかもしれない。

でも僕は思う。

別に聞いてよくないか。

むしろ僕からすれば、誰が来るのかはかなり重要な情報である。

日にち。

場所。

時間。

そして、

誰。

全部知りたい。

というより、最初から全部書いてほしい。


目次

「他に誰が来る?」は本当に失礼なのか

たとえば友人から突然、

「今度飲みに行くけど、来る?」

と連絡が来たとする。

まず思う。

いつだ。

どこだ。

何時だ。

そして、

誰だ。

僕には何も分からない。

「飲みに行く」ということしか分からない。

情報が少なすぎる。

これで、

「行く!」

と即答できる人はすごいと思う。

僕には無理だ。

だって、来週なのか来月なのかも分からない。

梅田なのか難波なのか、北海道なのかも分からない。

18時なのか23時なのかも分からない。

そして誰と飲むのかも分からない。

だから聞く。

「いつ?」

これは失礼ではない。

「どこ?」

これも失礼ではない。

「何時?」

これも失礼ではない。

なのに、

「誰が来る?」

ここだけ突然、

「え? 来る人によって決めるの?」

みたいになる。

いや。

全部、行くかどうか決めるために聞いている。

日にちが合わなければ行かない。

場所が遠すぎれば行かないかもしれない。

時間が合わなければ行かない。

そして当然、

誰が来るかによっても行かないことはある。

なぜ「誰」だけ聖域なんだ。


来る人によって変えてるの? そうだ。その通りだ

「じゃあ、来る人によって行くかどうか変えてるってこと?」

そう聞かれたら、僕はこう答える。

そうだ。

その通りだ。

変える。

だって飲み会って、誰と飲むかがかなり重要じゃないか。

同じ金曜日。

同じ19時。

同じ梅田。

同じ居酒屋。

同じ5000円のコース。

それでも、メンバーが変わればまったく違う時間になる。

気の合う友人3人と飲む5000円と、ほとんど知らない人15人と飲む5000円。

僕にとっては別の商品である。

同じビールが出てきても違う。

同じ唐揚げが出てきても違う。

片方では、

「この唐揚げうまいな」

と言いながら楽しく食べる。

もう片方では、

「この唐揚げを食べている間だけは喋らなくていい」

と思いながら食べるかもしれない。

唐揚げの役割まで変わっている。

誰といるかは、それくらい大きい。

そもそも酒だけ飲みたいなら、家で飲めばいい。

料理だけ食べたいなら、一人で店に行けばいい。

わざわざ複数人で集まるのは、人と話したり、一緒に時間を過ごしたりするためだろう。

だったら、

その「人」が誰なのかは、一番重要な情報の一つじゃないか。


誰が来るか聞かずに行って、3時間我慢するのか

「でも、誰が来るか聞くのは失礼かもしれない」

そう思って聞かなかったとする。

誘ってもらった。

ありがたい。

誰が来るか気になる。

でも聞いたら感じが悪いかもしれない。

よし。

何も聞かずに行こう。

当日。

店に着く。

扉を開ける。

知らない人。

知らない人。

あまり得意じゃない人。

知らない人。

ちょっと苦手な人。

知らない人。

帰りたい。

でも来てしまった。

席も用意されている。

コース料理も始まる。

今さら、

「思ってたメンバーと違うので帰ります」

とは言えない。

座る。

乾杯する。

笑う。

話を聞く。

笑う。

ビールを飲む。

時計を見る。

まだ30分。

長い。

誰かが仕事の話を始める。

興味がない。

でも相槌を打つ。

「へえ」

「そうなんですね」

「大変ですね」

時計を見る。

まだ1時間。

あと2時間。

これをやるのか。

誰が来るかを聞かなかったばかりに。

3時間。

ただ耐える。

酒を飲みながら耐える。

料理を食べながら耐える。

誰かが喋っているから笑う。

別に面白くない。

でも笑う。

トイレに行く。

ちょっと長めにいる。

席に戻る。

まだ終わっていない。

そしてようやく、

「そろそろお開きにしましょうか」

という神の言葉が聞こえる。

帰宅。

玄関を開ける。

「ああ、疲れた……」

いや。

何しに行ったんだ。

飲みに行ったのか。

疲れに行ったのか。

愛想笑いの練習をしに行ったのか。

3時間を消費しに行ったのか。

もはや分からない。

それなら最初から、

「他に誰が来る?」

と一言聞けばよかった。


無理して行って楽しめない方が失礼じゃないか

僕はむしろ、こっちの方が気になる。

「誰が来る?」と聞くのが失礼だから、聞かずに参加する。

でも実際に行ったら楽しめない。

ずっと帰りたいと思っている。

話もほとんど聞いていない。

笑顔だけ作っている。

時計ばかり見ている。

二次会に誘われても、

「明日ちょっと早いんで」

と断る。

本当は明日、別に早くない。

突然、明日の予定まで捏造し始めた。

そこまでして参加する方がいいのだろうか。

誘った側だって嫌じゃないか。

自分が誘った飲み会で、

一人だけずっと、

(帰りたい。帰りたい。帰りたい)

と思っている。

僕ならそっちの方が嫌だ。

だったら最初に聞いてくれ。

「誰来る?」

「田中と山田と鈴木」

「ああ、ごめん。今回はやめとくわ」

それでいい。

また別の機会に二人で飲めばいい。

別のメンバーのときに誘えばいい。

無理して参加してもらって、3時間ずっと苦痛を与えるより、その方がお互いに楽だと思う。

断ることが失礼なのではない。

少なくとも僕はそう思う。

行きたくないのに義理だけで参加することが、必ずしも礼儀だとも思わない。

僕は人数合わせの観葉植物ではない。

席に座っているだけでいいわけではない。

行くなら楽しみたい。

楽しめそうにないなら行かない。

その判断をするために、

誰が来るかくらい聞かせてくれ。


そもそも、最初から誰が来るか書いてくれ

さらに言えば、

僕は「誰が来る?」と聞きたいわけではない。

できれば聞きたくない。

なぜなら、

最初から書いてほしいからだ。

「10月10日、19時から梅田で、田中と山田と飲むけど来る?」

これでいい。

完璧である。

誰。

日にち。

場所。

時間。

全部分かる。

僕はその情報を見て、

行ける。

行けない。

行きたい。

今回はやめておこう。

判断できる。

それだけの話だ。

ところが、

「今度飲みに行くけど来る?」

だけだと、ここから質問大会が始まる。

「いつ?」

「10日」

「何時?」

「19時」

「どこ?」

「梅田」

「誰来る?」

「田中と山田」

何往復させるんだ。

最初に書け。

別に難しい情報を求めているわけではない。

店の創業年を教えてほしいわけでもない。

料理長の経歴もいらない。

当日の降水確率もいらない。

座席表もいらない。

必要なのは、

誰・日にち・場所・時間。

これくらいでいい。


「毎回、誰が来るか聞かれると面倒」

「他に誰が来る?」について調べていると、

毎回毎回聞かれると、「またか……」と思ってしまう、という趣旨の意見もある。

なるほど。

確かに毎回聞かれたら面倒なのかもしれない。

飲み会を企画する。

誘う。

「誰が来る?」

答える。

次の人を誘う。

「誰が来る?」

また答える。

次の人。

「誰が来る?」

また。

確かに面倒だ。

だったら僕から提案したい。

最初に書け。

終わりである。

毎回聞かれるということは、毎回その情報が足りていないということでもある。

「また聞かれた……」

ではない。

また書いてない。

「10月10日19時、梅田。今のところ田中と山田が来るよ。どう?」

これを最初に送ればいい。

そうすれば僕も、

「誰来る?」

と聞かない。

あなたも答えなくていい。

お互い一往復減る。

世界から無駄なLINEが二通消える。

平和である。


一人ひとりに説明するのが大変? コピペしろ

とはいえ、

「一人ひとりに詳細を送るのは地味に時間がかかる」

という話もあるかもしれない。

そうか。

大変なのか。

では、素晴らしい方法を教えたい。

コピペしろ。

同じ文章を送ればいい。

毎回、

「久しぶり! 最近どう? 実は来週の土曜日に……」

と一人ひとりのために新作を書き下ろす必要はない。

小説家ではない。

「10月10日19時、梅田で飲みます。今のところ田中、山田、鈴木が参加予定。来れる?」

コピー。

貼り付け。

送信。

次。

コピー。

貼り付け。

送信。

終わり。

僕は別に、

「僕に送る文章だけ特別に心を込めて書いてほしい」

とは思わない。

情報が分かればいい。

むしろ必要な情報が全部入っているコピペの方がありがたい。


人数が多いならグループを作ればいい

もっと人数が多いなら、さらに簡単である。

グループを作ればいい。

グループに招待される。

開く。

参加者を見る。

田中。

山田。

佐藤。

鈴木。

僕。

一目で分かる。

「誰が来る?」

という質問すら必要ない。

もう見えている。

誰がいるのか分かる。

そこで、

「10月10日19時から梅田。店はここで考えてます」

と送ればいい。

終了。

参加できる人は返事をする。

無理な人は断る。

メンバーが増えれば、グループに人が増える。

減れば分かる。

これでいい。

だから、

「毎回誰が来るか聞かれるのが面倒なんですよね」

という問題は、もしかすると「誰が来ると聞く人」の問題ではなく、

連絡方法の問題なんじゃないか。

聞かれたくないなら、聞かなくても分かるようにしてくれ。

僕はそれで満足だ。


誘う側は、それくらいの手間は負ってくれ

もちろん、飲み会を主催するのが大変なのは分かる。

店を探す。

予約する。

人数を確認する。

日程を合わせる。

いろいろある。

ありがたい。

そこまでやってくれる人には感謝している。

でも、

誰・日にち・場所・時間を伝える。

これくらいの手間は、誘う側が負ってもいいんじゃないかと思う。

別に、

「幹事なんだから全員を絶対に楽しませろ」

と言っているわけではない。

帰りの電車まで調べろとも言わない。

一人ひとりの好物を調査してメニューを決めろとも言わない。

僕が翌朝ちゃんと起きられるようにモーニングコールをしろとも言わない。

ただ、

参加するか判断できる情報をくれ。

それだけだ。

誘われる側に、

「いつ?」

「どこ?」

「何時?」

「誰?」

と一個ずつ聞かせておいて、

「質問が多いなあ」

と言われても困る。

いや、

誘ったのお前だ。

僕は突然召集された兵士ではない。

「来い」と言われたら装備を整えて集合するわけではない。

参加するかどうかを決める権利がある。

そのために情報が必要なのだ。


それが面倒なら、主催するな

そしてもし、

「そこまで書くの面倒だな」

「一人ずつ連絡するの大変だな」

「誰が来るか説明するのも面倒だな」

と思うなら、

僕は一つだけ言いたい。

主催するな。笑

なぜ宴を開こうとした。

誰に頼まれたんだ。

自ら人を集め始めて、

「人を集めるの大変なんですよ」

と言われても困る。

もちろん本当に大変なのは分かる。

だから僕も主催する人には感謝する。

でも、自分から企画したのであれば、最低限の連絡くらいはやってくれ。

それが嫌なら、

誰かが開いた宴に参加する側へ回ればいい。

僕はそっちが好きだ。


「誰が来る?」と聞くのを迷っている人へ

だから、

「誘われたけど、誰が来るか聞きたい。でも失礼かな」

と悩んでいる人がいるなら、僕は言いたい。

ガンガン聞いていこう。

僕は全然いいと思う。

もちろん言い方はある。

「お前以外に誰来るん? メンバーしょぼかったら行かんわ」

これは感じが悪い。

それは「誰が来る?」が悪いのではない。

お前の言い方が悪い。

普通に、

「他に誰来る?」

でいい。

あるいは、

「今のところ誰が来る予定?」

でもいい。

参加者を尋ねること自体は、英語学習サイトでもパーティーに招待された際の普通のフレーズとして「Who else is coming?」が紹介されているくらいで、質問そのものが特殊なものではない。

誰が来るかを知りたい。

普通のことだと思う。

その答えによって参加するかどうかが変わる。

それも僕は普通だと思う。

だって、自分の時間なのだから。


でも「あの人が来るなら行かない」はどうなんだろう

ここまで、

メンバーによって行くかどうかを決めていい。

と散々書いてきた。

では、当然こうなる。

「○○さんも来るよ」

「あの人が来るなら行かない」

これもいいのか。

僕は、

いいと思う。

行きたくないなら行かなければいい。

ここで急に、

「嫌いな人がいても我慢して参加するべきだ」

と言い始めたら、ここまでの話は何だったんだとなる。

苦手な人がいる。

その人と3時間過ごすのがつらい。

だったら行かない。

それも自由だ。

特に、過去に大きなトラブルがあった相手だったり、会うだけで強いストレスを感じる相手だったりするなら、わざわざ休日に会いに行く必要はないと思う。

ただ。

僕は「あの人が来るなら行かない」という言葉を聞くと、少しだけ不思議に思うことがある。


嫌いな人に、自分の予定を決めてもらってないか

たとえば、会いたい人が5人いる。

久しぶりに会う。

楽しそうだ。

店もいい。

予定も空いている。

行きたい。

でも一人だけ、苦手な人が来る。

「あいつ来るの?」

「来るよ」

「じゃあ行かない」

もちろん自由だ。

でも僕なら少し考える。

あいつ、強すぎないか。

何もしていない。

まだ店にも来ていない。

僕に連絡すらしていない。

ただ、

「参加する」

と表明しただけ。

それだけで僕を一人消した。

すごい能力である。

「あいつが来るなら、俺は行かない」

つまり、あいつが来るか来ないかによって僕の予定が決まっている。

あいつが来ない。

僕は行く。

あいつが来る。

僕は行かない。

めちゃくちゃあいつ中心に動いている。

嫌いなのに。


好きな人より、嫌いな人の方が影響力が強くなっている

これって考えると少し面白い。

好きな人から、

「俺も行くよ」

と言われても、

「へえ、そうなんや」

くらいかもしれない。

でも嫌いな人が、

「俺も行く」

となった瞬間、

予定変更。

行きません。

好きな人より影響力が強い。

僕の休日を一撃で変更できる。

そんな権力を嫌いな人に与えていいのだろうか。

もちろん、これは程度による。

本当に一緒の空間にいるのも嫌な相手なら、避けた方がいい。

自分を守るために距離を取るのは大切だと思う。

でも、

「なんとなく嫌い」

「ちょっと合わない」

「話したくない」

くらいの相手なら、

別に放っておけばよくないか。

僕は僕で楽しめばいい。

その人と話さなくてもいい。

隣に座らなくてもいい。

他の人と話せばいい。

10人いる飲み会なら、残りの8人や9人と楽しめばいい。

嫌いな一人のために、会いたい人たち全員との時間まで捨てるのは、僕には少しもったいなく感じる。


「嫌いだから行かない」も、「嫌いだけど行く」も自分で決めればいい

結局、僕が気になるのは、

「あの人が来るなら行かない」

という選択そのものではない。

それが自分にとって一番楽なら、それでいい。

嫌な思いをすることが分かっているのに、無理して参加する必要はない。

僕が引っかかるのは、

嫌いな人を基準にして、自分の行動まで全部決めてしまうこと。

本当は行きたいのか。

本当は行きたくないのか。

そこを一回考えてもいいと思う。

「あいつが来るから行かない」

ではなく、

「あいつが来るとしても、僕は行きたいのか」

と考える。

行きたくない。

なら行かない。

それでいい。

行きたい。

なら行けばいい。

嫌いな人は、その辺に置いておけばいい。

別に全員と仲良くする必要はない。

大人なのだから。


全員と仲良くする必要なんてない

僕は、集まりに参加したからといって、そこにいる全員と仲良くしなければならないとは思わない。

10人いれば、合う人もいる。

合わない人もいる。

よく喋る人もいる。

ほとんど喋らない人もいる。

それでいい。

学校の遠足ではない。

先生から、

「今日はみんなで仲良くしましょう」

と言われているわけでもない。

嫌いな人がいたら、少し離れた席に座ればいい。

話しかけられたら必要な分だけ話せばいい。

それ以外は好きな人と話す。

僕ならたぶんそうする。

相手が僕を嫌っていても別にいい。

向こうも僕と話したくないなら、むしろ話が早い。

お互い喋らない。

平和である。

同じ店にいるだけ。

それくらいなら僕は気にならない。

だから僕の場合は、

「あの人が来るなら行かない」

より、

「あの人も来るんだ。まあいいか」

になりやすい。

会いたい人がいるなら、僕はそっちを優先したい。


「誰が来る?」と聞くことと、「嫌いな人に支配されること」は別の話

ここは少しややこしい。

僕は、

誰が来るかで参加を決めていい

と思っている。

そして、

嫌いな人が来るから参加しない

という判断も別に悪いとは思わない。

それでも、

嫌いな人一人の存在に、自分の楽しみを全部持っていかれる必要はない

とも思う。

矛盾しているようで、僕の中では少し違う。

誰が来るかは判断材料。

でも、

最終的に決めるのは自分。

これだけだ。

「○○が来る」

という情報を知る。

そのうえで考える。

僕は行きたいのか。

行きたくないのか。

それで決める。

「あいつが来るから自動的に欠席」

というプログラムにする必要はない。

僕の予定なのだから。


誰が来るかは、ただの情報でいい

だから僕は、やっぱり「誰が来る?」と聞く。

その情報を知ったうえで決めたい。

楽しそう。

行こう。

今回はあまり気が乗らない。

やめておこう。

苦手な人がいる。

でも会いたい人もいる。

じゃあ行こう。

苦手な人がいる。

しかも他に会いたい人も特にいない。

じゃあ行かない。

それでいい。

誰が来るかは、ただの情報だ。

日にちと同じ。

場所と同じ。

時間と同じ。

それを材料にして、自分で決めればいい。


「誰が来る?」くらい聞かせてくれ

僕はこれからも、飲み会や集まりに誘われたら聞くと思う。

「誰が来る?」

別に誘ってくれた人を軽く見ているわけではない。

「お前だけなら行く価値ないな」

と思っているわけでもない。

ただ知りたいのだ。

どんな集まりなのかを。

二人で飲むのか。

3人なのか。

10人なのか。

知っている人ばかりなのか。

知らない人も来るのか。

それによって、同じ「飲み会」でも全然違う。

だから教えてほしい。

そして毎回聞かれるのが面倒なら、

最初から書いてくれ。

誰。

日にち。

場所。

時間。

この四つ。

一人ひとり送るのが大変ならコピペしてくれ。

人数が多いならグループを作ってくれ。

グループなら、誰が来るかなんて見れば分かる。

それすら面倒なら、

もう主催するな。笑

そして、

「他に誰が来る?って聞いたら失礼かな」

と悩んでいる人がいるなら、僕はこう思う。

聞けばいい。

ガンガン聞いていこう。

誰が来るかによって行くかどうかが変わってもいい。

そうだ。その通りだ。

自分の時間なのだから、自分で決めればいい。

無理して参加して、3時間ずっと時計を見ながら酒を飲むより、その方がいい。

そして嫌いな人が来ると分かったときも、もう一度自分で決めればいい。

本当に行きたくないなら行かない。

それでいい。

でも、本当は会いたい人がいるのに、

「あいつが来るから」

という理由だけで諦めるなら、少しだけ考えてみてもいい。

嫌いな人に、自分の楽しい時間まで渡す必要はない。

結局、

誰が来るかは大事だ。

だから聞く。

でも最後に決めるのは、その「誰か」ではない。

僕だ。

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