映画館が好きだ。
大きなスクリーン。
暗い館内。
家では出せない音響。
映画が始まれば、しばらく現実から離れられる。
スマホを見ることもない。
途中で別のことを始めることもない。
ただ映画を見る。
映画を見る場所として、これほど素晴らしい場所はないと思う。
ただ、一つだけ問題がある。
お尻が痛い。
なぜなんだ。
映画館に行くと、かなりの確率でお尻が痛くなる。
最初は何ともない。
むしろ快適だ。
席に座る。
背もたれに身体を預ける。
ドリンクを置く。
「おお。いい席だ」
なんて思う。
予告が始まる。
映画が始まる。
30分。
何ともない。
1時間。
まだ大丈夫。
1時間30分。
ん?
ちょっとお尻が痛い。
まあ、大丈夫だろう。
映画もいいところだ。
そのまま見る。
10分後。
痛い。
明らかに痛い。
右のお尻に体重を移してみる。
少し楽になる。
よし。
これでいける。
さらに10分。
右尻が死ぬ。
今度は左へ。
左尻に避難する。
少し楽になる。
しかし、当然ながら左尻も無敵ではない。
しばらくすると、
左尻も死ぬ。
どうする。
少し前にずれる。
今度は腰がしんどい。
深く座り直す。
一瞬楽になる。
しかし数分後。
おかえり、お尻。
映画では主人公が絶体絶命になっている。
僕も絶体絶命である。
向こうは世界を救おうとしている。
こっちは尻を救おうとしている。
映画のクライマックスと僕のお尻のクライマックスが、だいたい同じ時間にやってくる。
これは一体なんなんだ。
映画より先に、お尻が限界を迎える
最近の映画は長い作品も珍しくない。
2時間。
2時間半。
場合によっては3時間近い。
映画好きとしては、長いこと自体が嫌なわけではない。
面白ければ3時間でも見たい。
むしろ、
「まだ終わらないでくれ」
と思う作品だってある。
問題は、
僕のお尻が作品への愛についてきてくれないことだ。
心はまだ見たい。
目もまだ見たい。
耳も聞きたい。
脳も、
「面白い。最後まで見よう」
と言っている。
しかし尻だけが、
「もう帰ろう」
と言っている。
意見が割れている。
身体の中で僕と尻の交渉が始まる。
僕「あと40分や」
尻「無理」
僕「めちゃくちゃいいところやねん」
尻「知らん」
僕「もうちょっと頑張ろう」
尻「先に帰るわ」
尻だけ先に帰るな。
全部連れて帰りたい。
後ろの人、本当にすまない
お尻が痛くなると、当然じっとしていられなくなる。
右へ。
左へ。
少し前へ。
深く座る。
足を組み替える。
戻す。
また右へ。
モゾモゾ。
モゾモゾ。
モゾモゾ。
このとき僕は思う。
後ろの人、絶対気になってるよな。
「前のやつ、さっきから何モゾモゾしとんねん」
と思われているかもしれない。
横の人も、
「落ち着けよ」
と思っているかもしれない。
分かる。
僕が逆の立場なら気になる。
目の前の人が10分おきに右へ行ったり左へ行ったりしていたら、
「どうしたお前」
と思う。
だから申し訳ない。
本当にすまないとは思っている。
僕だって動きたくない。
できることなら微動だにせず映画を見たい。
映画に集中したい。
周りの人の邪魔もしたくない。
しかし、こちらにも事情がある。
けつが崩壊しそうなんだ!
分かってくれ。
今、僕が右に3センチ動いたのには理由がある。
右尻の一部が限界を迎えたのだ。
左へ移ったのにも理由がある。
右尻を休ませている。
また右へ戻ったのは、左尻まで限界を迎えたからだ。
僕は落ち着きがないわけではない。
残された尻の生存可能区域を探している。
映画館でお尻が痛くなった人間は、静かに戦っている。
誰にも言わない。
声も出さない。
ただ数センチずつ移動しながら、
まだ痛くない場所
を探している。
尻の陣取りゲームである。
そもそも、なぜお尻は痛くなるのか
でも、考えてみれば不思議だ。
映画館の椅子って、別に硬い木の椅子ではない。
むしろかなり立派だ。
クッションもある。
背もたれもある。
座った瞬間は快適である。
なのに、なぜ1時間半、2時間と経つとお尻が痛くなるんだろう。
調べてみると、どうやら単純に、
「椅子が硬いから」
だけではなさそうだ。
座っていると、当然ながら身体の重さが座面にかかる。
その中でも、お尻の下にある坐骨周辺には圧が集中しやすい。
そして長い時間、同じような姿勢で座っていれば、同じ場所に圧がかかり続ける。
なるほど。
そりゃ尻も怒る。
僕は映画を見ているだけだと思っていた。
しかし尻からすれば、
2時間ずっと僕の体重を受け止める仕事
をしていたのだ。
しかも休憩なし。
ブラック企業である。
僕が経営者だ。
すまん。
モゾモゾには意味があった
さらに面白いのが、人間は長時間座って不快感が増えると、自然に姿勢を変えるということだ。
つまり僕が映画館でやっていた、
右。
左。
前。
後ろ。
右。
左。
という謎の動き。
あれは単なる落ち着きのなさではない。
身体が、
「同じところばっかり使うな」
と圧のかかる場所を変えようとしていたのだろう。
そう考えると、少し安心する。
僕は映画館でモゾモゾする変なおじさんではなかった。
尻を守るために生命活動をしていた。
とはいえ、
「人体の自然な防御反応ですので」
と言いながら前後左右に大暴れしていいわけではない。
後ろの人の映画鑑賞も守らなければならない。
だから映画館では、いかに静かに尻を救うかが重要になる。
映画の内容とは別のゲームが始まっている。
「正しい姿勢で動かない」が正解ではない
じゃあ姿勢を良くすればいいのか。
最初は僕もそう思った。
背筋を伸ばす。
深く座る。
足を床につける。
よし。
この姿勢を2時間維持するぞ。
でも、これも違うらしい。
身体への負担が少ない姿勢は大切だけれど、どれだけ良い姿勢でも、長時間まったく同じ姿勢を続けるのはよろしくない。
そりゃそうだ。
同じ場所にずっと圧がかかるのが問題なら、
完璧な姿勢で2時間固まる
というのも変な話だ。
人間は銅像ではない。
少しくらい動いていい。
むしろ動いた方がいい。
僕はこれまで、
「また動いたら後ろの人に悪いな」
と思いながら限界まで耐えていた。
そして完全に痛くなってから、
モゾモゾモゾモゾモゾモゾ。
としていた。
たぶん逆なんだ。
限界まで耐える前に、周囲の邪魔にならない程度に少しずつ姿勢を変えればいい。
右尻が死亡してから左尻へ全軍撤退するのではない。
まだ右尻が元気なうちに、
「そろそろ交代しとく?」
くらいでいい。
尻にも働き方改革が必要だ。
家で映画を見ると、ここまで痛くない
ここで気づいた。
家でも映画を見ることはある。
同じ2時間である。
でも映画館ほど、
「尻いいいいい!」
となることは少ない。
なぜだ。
椅子の違いもあるだろう。
でも、それ以上に家では自由に動いている。
飲み物を取りに行く。
トイレへ行く。
座り直す。
ソファで横になる。
足を伸ばす。
途中で立つ。
場合によっては一時停止する。
スマホを見る。
これは映画鑑賞としては集中力がないとも言える。
でも尻からすれば最高の職場環境である。
適度に休憩が入る。
一方、映画館。
立たない。
歩かない。
横になれない。
映画を止められない。
前後左右に人がいる。
スクリーンから目を離したくない。
尻にとって逃げ場がない。
これが映画館でお尻が痛くなりやすい大きな理由なんじゃないだろうか。
しかも皮肉なことに、
映画が面白いほど立てない。
つまらなければトイレに行ける。
「まあ、この辺は見逃してもいいか」
と思える。
でもめちゃくちゃ面白い。
残り40分。
物語は佳境。
伏線が回収され始める。
主人公が最後の戦いへ向かう。
尻「立て」
僕「無理や」
尻「立て」
僕「今めちゃくちゃいいところや」
尻「知らん」
僕「あと30分」
尻「ほな壊れるわ」
やめてくれ。
映画が面白いほど尻が犠牲になる。
こんな悲しいことがあるか。
映画館でできるお尻対策を考える
原因が分かったところで、対策を考えたい。
ただし、
「定期的に立って歩きましょう」
みたいな、映画館で実行できない対策はいらない。
映画が始まって30分。
立つ。
「すみません」
横切る。
廊下を5分歩く。
戻る。
「すみません」
また30分後。
立つ。
邪魔すぎる。
健康にはいいかもしれないが、周囲の人の血圧が上がる。
映画館では映画館でできる対策が必要だ。
まず、深く座る
基本としては、背もたれを使える位置まで深く座った方がいい。
映画に夢中になっていると、気づけば身体が少しずつ前へずれていることがある。
ズル。
ズルズル。
気づけば変な姿勢になっている。
その状態で長時間。
そりゃ腰や尻もしんどい。
だからまずは、
椅子をちゃんと使う。
深く座る。
背もたれを使う。
足も無理のない位置に置く。
映画館の椅子に座っているのに、自分だけ謎の空中椅子みたいな姿勢になる必要はない。
痛くなる前に少し動く
これも重要だと思う。
完全に痛くなってから姿勢を変えるのではなく、まだ平気なうちから少しずつ荷重を変える。
足の位置を少し変える。
身体の重心を少し変える。
座り直す。
もちろん周囲に迷惑をかけない範囲で。
尻が非常ベルを鳴らしてから避難するのでは遅い。
警報が鳴る前に避難訓練をしておく。
僕はこれまで、
「まだいける」
「まだ大丈夫」
「あとちょっと」
と耐えすぎていた。
そして限界が来てから大移動していた。
今後は早めに動こうと思う。
後ろの人。
少しだけ許してくれ。
僕も最大限静かにやる。
尻ポケットから物を出す
これも簡単にできる。
財布。
スマホ。
鍵。
尻ポケットに何か入れたまま長時間座ると、その部分だけ余計に当たる。
そもそも映画館の座席と僕のお尻の間に、
財布を挟む必要がない。
映画が始まる前に出しておけばいい。
バッグに入れる。
前のポケットに移す。
ドリンクホルダーには入れるな。
財布がジュースを飲み始める。
とにかく、お尻の下はできるだけ平和にしておく。
これはすぐできる。
上映前に少し歩いておく
上映開始20分前から座席に座り、
予告。
CM。
注意事項。
本編。
とやっていると、作品が終わる頃にはかなり長い時間座っていることになる。
だから上映前くらいは歩いておく。
トイレに行く。
ロビーを少し歩く。
ギリギリまで立っておく。
もちろん、これだけで3時間無敵になるわけではない。
上映前に5分歩いたから、
「よし。これで180分、尻は完全防御だ」
とはならない。
そんな尻はない。
でも最初から座りっぱなしにするよりはいい。
長編なら通路側もありかもしれない
2時間半、3時間級の映画なら、通路側の席を取るのも一つだと思う。
万が一、本当に限界になったときに出やすい。
中央のど真ん中。
左右に10人。
残り40分。
尻崩壊。
これはもう詰んでいる。
立とうにも、
「すみません、すみません、すみません」
と人の前を横切らなければならない。
だったら耐える。
そしてさらに尻が死ぬ。
通路側なら最終手段として立てる。
スクリーンの見え方との交換にはなるけれど、
尻を取るか、中央を取るか。
長編映画では座席選びの基準に「尻」を追加してもいいのかもしれない。
そして、クッションである
調べてみると、クッションによって座面にかかる圧の分布が変わることも分かっている。
だったら映画館にもクッションが欲しい。
ここで僕は映画館にお願いしたい。
クッションを貸してくれ。
子ども用のクッションを用意している映画館はある。
座高が足りなくてスクリーンが見えにくい子どものためのものだ。
分かる。
必要だ。
子どもにも映画を楽しんでほしい。
でも、大人にも困っている人間がいる。
スクリーンは見える。
めちゃくちゃ見える。
字幕も見える。
俳優の表情も見える。
尻だけが耐えられない。
だったら大人にも貸してくれ。
「お子さま用クッション」
の横に、
「お尻いたいた用クッション」
を置いてほしい。
無料なら最高だ。
難しいなら100円でもいい。
受付で、
「本日の作品は上映時間178分となっております」
「はい」
「お尻いたいたクッションはいかがなさいますか?」
「お願いします」
これでいい。
何も恥ずかしくない。
むしろ3時間映画ならチケットと一緒に渡してほしい。
90分。
通常。
120分。
注意。
150分。
警戒。
180分。
尻非常事態宣言。
180分を超えたら全員に配布してくれ。
もちろんクッションなら何でもいいわけではないだろうし、分厚すぎれば座高が上がって後ろの人の視界を邪魔する。
だから映画館用に薄くて圧を分散しやすいものを用意してほしい。
僕の尻を救うために、後ろの人からスクリーンを奪ってはいけない。
全員で幸せになろう。
それでも無理なら、立たせてくれ
ただ、クッションだけでは限界がある。
どれだけ座りやすい椅子でも、長時間ずっと同じ姿勢ならしんどくなる。
そこで僕は、映画館にもう一つお願いしたい。
最後列の後ろでもいい。
スクリーンを遮らない場所でいい。
ほんの少しでいい。
立ってもいい場所を作ってくれ。
僕は立ち見席を復活させてほしいわけではない。
最初から最後まで立って映画を見たいわけでもない。
座りたい。
基本は座って見たい。
ただ、
立ってもいい権利が欲しい。
2時間の映画。
1時間30分経過。
尻が限界。
静かに席を立つ。
後方へ移動。
5分だけ立つ。
映画を見る。
尻を休ませる。
少し身体を動かす。
復活。
また座る。
これだけでいい。
その名も、
お尻いたいたスタンディングゾーン
どうだろう。
名前はともかく、かなり合理的だと思う。
長時間同じ姿勢が問題なら、途中で立てる場所を作ればいい。
しかも、今みたいに席で、
右。
左。
前。
後ろ。
モゾモゾ。
モゾモゾ。
を延々繰り返すより、周囲への迷惑も少ないかもしれない。
最後列の一角に、
STANDING OK
と書いておく。
いや、そんな格好つけなくていい。
お尻いたいたスタンディングゾーン
でいい。
恥ずかしいけど分かりやすい。
上映から2時間。
一人の男が立つ。
スッ。
「あいつ……尻が来たな」
しばらくして別の人も立つ。
スッ。
「お前もか」
さらに一人。
スッ。
最終的に後方のお尻いたいたスタンディングゾーンに、尻を負傷した者たちが集まる。
誰も喋らない。
映画館だから。
ただ黙ってスクリーンを見る。
しかし全員の気持ちは同じだ。
座りたい。でも座ったら痛い。
映画が終わる。
照明がつく。
なんとなく目が合う。
言葉はいらない。
よく耐えたな。
戦友である。
映画館は、尻にも優しくなってほしい
映画館はどんどん進化している。
スクリーンは大きい。
音響もすごい。
映像も綺麗。
座席だって昔より豪華になっている。
映画を楽しむ環境として、本当にすごい。
だからこそ、あと一歩。
尻を救ってほしい。
人間は目と耳だけで映画を見ているわけではない。
尻も映画館に来ている。
2時間。
2時間半。
3時間。
ずっと僕を支えている。
僕はこれまで、尻の存在を軽視していたのかもしれない。
映画が面白ければそれでいい。
作品に集中すればいい。
尻の痛みくらい耐えろ。
そう思っていた。
でも違う。
尻が痛すぎると、
映画に集中できない。
感動的なシーン。
泣きたい。
でも尻が痛い。
主人公が大切な人に別れを告げる。
僕も泣きそうになる。
同時に、
左尻が限界を告げる。
やめてくれ。
感情を一つにさせてくれ。
クライマックスで僕に、
「右尻にするか、左尻にするか」
を考えさせないでほしい。
僕は映画について考えたい。
尻について考えるために1800円や2000円を払ったわけではない。
これからは早めに尻を救う
もちろん、映画館側に全部を求めるつもりはない。
自分でもできることはある。
深く座る。
背もたれを使う。
尻ポケットを空にする。
上映前は少し動いておく。
痛くなるまで同じ姿勢で耐えない。
周囲に迷惑をかけない程度に、ときどき小さく姿勢を変える。
長編なら通路側も考える。
使えるならクッションも検討する。
これだけでも今までよりはマシになるかもしれない。
何より、
「正しい姿勢で耐え続ける」のが正解ではない
と分かったのは大きい。
身体は動きたがっている。
尻は悪くない。
僕が無視していただけだ。
尻「痛い」
僕「まだいける」
尻「痛いって」
僕「あと1時間」
尻「動け」
僕「クライマックスだから」
尻「知らん」
これを繰り返していた。
今後はもう少し尻の声を聞こうと思う。
痛みが小さいうちに少し動く。
限界になる前に座り直す。
尻にも休憩を与える。
尻と対話する映画鑑賞。
なんだそれ。
全国の映画館へお願いしたい
それでも最後に、映画館のみなさんへお願いしたい。
映画館でお尻が痛くなる人間は、たぶん僕だけではない。
上映終了後、
「面白かったー!」
と言いながら立ち上がった瞬間、
「いったぁ……」
となっている人を救ってほしい。
まず、
お尻いたいたクッション。
できれば貸してほしい。
そして、
お尻いたいたスタンディングゾーン。
最後列の後ろでいい。
端っこでいい。
誰の視界も邪魔しない場所でいい。
ほんの数人分でいい。
尻が限界になった人間が、一時的に立って映画を見られる場所を作ってほしい。
僕は映画を最後まで見たい。
途中で帰りたいわけではない。
映画が嫌になったわけでもない。
むしろ面白いから席を立ちたくない。
だからこそ、
尻だけ休ませたい。
映画を愛する心と、尻の耐久力は別物なのだ。
3時間の大作を最後まで楽しみたい。
エンドロールまで見たい。
余韻にも浸りたい。
でもその頃には、
「いい映画だったなあ」
より、
「やっと立てる」
が勝ってしまうことがある。
これは悲しい。
映画の最後の感情を、尻に持っていかれている。
監督。
あなたはまだ撮りたいのかもしれない。
分かる。
伝えたいことがあるんだろう。
このシーンも必要なんだろう。
あと20分必要なんだろう。
でも、
僕のお尻はもうエンドロールを流している。
だから映画館のみなさん。
どうかお願いします。
音響。
映像。
スクリーン。
座席。
ポップコーン。
どれも素晴らしい。
次は、
尻です。
映画館を、もう少しだけ尻に優しい場所にしてほしい。
クッションを貸してください。
立てる場所を作ってください。
僕は映画を最後まで観たい。
そして、
僕のお尻も最後まで連れて帰りたい。
