お盆や年末年始になると、毎年同じニュースを見る。
「帰省ラッシュがピークを迎えています」
新幹線は満席。
高速道路は大渋滞。
駅には大きなキャリーケースを引いた人たちが溢れている。
僕はそれを見るたびに思う。
みんな、そんなに実家に帰りたいのだろうか。
もちろん、帰りたい人はいる。
久しぶりに親に会いたい。
家族みんなでご飯を食べたい。
甥や姪に会いたい。
地元の友達と飲みに行きたい。
それなら、帰ればいい。
僕が気になるのは、
「帰りたくない。でも、帰らなきゃ」
という人だ。
「お盆だから」
「正月だから」
「親が待ってるから」
「家族なんだから」
「たまには顔くらい見せないと」
理由はいくらでも出てくる。
でも、よく考えると不思議だ。
いつから帰省は、義務になったのだろう。
「帰りたい」と「帰らなきゃ」は全然違う
「実家に帰りたい」
と、
「実家に帰らなきゃ」
は、よく似ている。
でも、全然違う。
「帰りたい」には、自分の意思がある。
「帰らなきゃ」には、誰かの意思が混ざっている。
親かもしれない。
親戚かもしれない。
世間かもしれない。
あるいは、自分の中にいつの間にか住みついた「普通」という、家賃を一円も払わない住人かもしれない。
お盆になった。
だから帰る。
正月になった。
だから帰る。
みんな帰っている。
だから自分も帰る。
僕は、この「そういうものだから」があまり好きではない。
帰りたいなら、帰ればいい。
でも、帰りたくないなら、
帰らなくてもいいじゃないか。
たったそれだけの話だと思う。
実家だから疲れる人もいる
「実家に帰ったら、ゆっくりできるでしょ」
と言われることがある。
もちろん、そういう人もいる。
親の料理を食べて、ゴロゴロして、昼寝する。
最高だ。
でも、実家が全員にとって休める場所とは限らない。
久しぶりに帰った途端、
「仕事はどう?」
「結婚は?」
「いい人いないの?」
「これからどうするの?」
親戚まで集まれば、
「○○ちゃんは結婚したよ」
「△△君は家を買ったらしいよ」
知らんがな。
こっちは餅でも食べようと思っていただけなのに、突然、人生の進捗報告会が始まる。
仕事。
結婚。
子ども。
家。
将来。
正月早々、人生のプレゼン大会である。
しかも実家を出て長くなると、生活リズムも違ってくる。
寝たい時間に寝られない。
食べたい時間に食べられない。
風呂に入るタイミングにも、なんとなく気を遣う。
数日過ごして、また大量の荷物を持って駅へ向かう。
新幹線は満席。
高速道路は渋滞。
ようやく自宅に着く。
玄関を開ける。
荷物を置く。
ソファに座る。
「ああ、帰ってきた」
実家から帰ってきて、
「帰ってきた」と思う。
もう答え出てるんじゃないだろうか。
翌日から仕事。
疲れている。
何をしに帰ったんだ。
実家だから落ち着く人がいる。
実家だから疲れる人もいる。
どちらも普通でいいと思う。
家族にも、ちょうどいい距離がある
家族という言葉には、不思議な力がある。
「家族なんだから」
この一言で、いろんなことが当然になる。
仲良くする。
定期的に会う。
正月には集まる。
親の顔を見に行く。
でも、家族だって人間関係の一つだ。
友人なら、心地いい距離が人によって違うことを僕たちは普通に認めている。
毎週会う友人。
年に一回会う友人。
数年会っていなくても、久しぶりに会えば普通に話せる友人。
毎日LINEする人もいれば、誕生日にすら連絡しない人もいる。
それでも友達は友達だ。
なのに家族になった途端、
「近くなければならない」
という空気が生まれる。
毎週会いたいなら、毎週会えばいい。
年に一回で十分なら、それでもいい。
LINEくらいがちょうどいいなら、それでもいい。
家族との距離まで、世間に決めてもらう必要はない。
近いから大切にしているとも限らない。
遠いから冷たいとも限らない。
人間関係に適正距離があるなら、家族にだってあるはずだ。
帰らないと、親不孝なのか
とはいえ、
「でも、親は会いたいんじゃない?」
という話もある。
それは分かる。
親だって、久しぶりに子どもの顔を見たいだろう。
親はいつまでも元気ではない。
「あのとき会っておけばよかった」
と後悔する日が来るかもしれない。
だから僕は、
「実家には帰るな」
と言いたいわけではない。
帰りたいなら、帰ればいい。
会いたいなら、会えばいい。
ただ、
親を大切にすることと、お盆や正月に実家へ帰ることは、同じではない。
電話をしてもいい。
LINEをしてもいい。
何でもない日に会いに行ってもいい。
一緒にご飯を食べてもいい。
困っているときに助けてもいい。
年に二回、決められた日に実家へ帰ることだけが親孝行ではない。
新幹線の切符は、家族愛の証明書ではない。
むしろ僕は、
「正月だから帰ってきた」
より、
「なんとなく会いたくなったから来た」
の方が好きだ。
そっちの方が、ずっと自然な気がする。
帰省しない休日も、ちゃんと休日だ
帰省しないと決めたら、別に代わりの予定を入れる必要もない。
家にいればいい。
好きな時間に起きる。
適当にご飯を食べる。
本を読む。
映画を見る。
昼寝する。
また起きる。
お菓子を食べる。
また寝る。
完璧な一日である。
「せっかくの連休なのに」
なんて思わなくていい。
高速道路で三時間渋滞しなくてもいい。
満員の新幹線に乗らなくてもいい。
何万円も交通費を払わなくてもいい。
休みの日くらい、
自分が一番休める場所にいればいい。
それが実家なら、実家へ帰る。
自宅なら、自宅にいる。
どこでもいい。
実家になんて、無理に帰らなくていい
今年も帰省ラッシュのニュースが流れる。
たくさんの人が、それぞれの故郷へ向かっている。
帰るのが楽しみな人は、帰ればいい。
家族みんなで鍋でも囲めばいい。
久しぶりに会って、くだらない話でもすればいい。
それはきっと、いい時間だ。
でも、帰りたくない人まで帰らなくていい。
お盆だから。
正月だから。
家族だから。
みんな帰っているから。
そんな理由だけで、自分を何百キロも移動させなくてもいい。
家族との距離くらい、自分で決めよう。
会いたくなったら、会えばいい。
話したくなったら、話せばいい。
帰りたくなったら、帰ればいい。
そして、帰りたくないなら。
家で好きなものでも食べて、ゴロゴロしていればいい。
実家になんて、無理に帰らなくていい。
