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電車で酒を飲むやつが臭い。なぜ飲んでいるのか?おっさんの底辺感がすごい。

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電車に乗っている。

いつものように座席に座り、本を開いた。

一日の中でも、電車で本を読む時間は好きだ。誰にも話しかけられず、ただ文字を追う。電車の揺れも、慣れてしまえば悪くない。

ところが、その日は違った。

……。

臭い。

何だ、この匂いは。

鼻先を、何ともいえない酒の匂いがかすめていく。

僕は顔を上げた。

いた。

おっさんである。

酒を飲んでいる。

いや、待て。

ここは電車だ。

普通の電車だ。仕事帰りの人も、学生も、買い物帰りの人も乗っている。誰かの家でもなければ、居酒屋でもない。

なのに、おっさんは当然のように酒を飲んでいる。

しかも、足を組んでいる。

なかなか態度がでかい。

僕は目を疑った。

ここは自宅か?

お前のリビングなのか?

自分の部屋でテレビでも見ながらくつろいでいるような姿である。

だが、まだ終わらなかった。

おっさんが鞄をごそごそと探り始めた。

何をするのだ。

取り出したのは、おつまみだった。

……。

おつまみ。

おつまみまで持参している。

準備がいいな、おい。

どうやら偶然酒を買って、つい飲んでしまったという雰囲気ではない。少なくとも、つまみを用意する程度には、飲む気満々だったのだろう。

おっさんは酒を飲み、おつまみを食べ、足を組む。

何という充実した晩酌だ。

僕を巻き込まないでくれ。

こちらは本を読んでいるだけなのだ。なぜ見知らぬおっさんの晩酌に同席させられているのだろう。

しかも、酒臭い。

おっさんにとっては楽しい時間なのかもしれない。しかし、こちらは鼻を使って、その楽しさを強制的に共有させられている。

いらない。そんな共有は。

おっさんは何を肴にして飲んでいるのだろう。

仕事が終わった喜びか。

今日一日の思い出か。

それとも窓の外の景色か。

こいつ、何を肴にしてくれてんだ。

もし景色なら、もう自走しながら飲んでくれ。

電車に乗らなくても景色は見られる。

河川敷でも疾走してくれ。

夕日に向かって走るおっさん。片手には酒、もう片方にはおつまみ。

いや、危ないな。酒を飲みながら走るのはやめてくれ。

何より、河川敷にいる人たちにまで迷惑を押しつけてはいけない。

結局、家で飲んでくれという話である。

そんなことを考えている間も、おっさんの晩酌は続いていた。

電車は走る。

おっさんは飲む。

僕は臭い。

この三者の関係は、なかなか改善しない。

ようやく電車が駅に着いた。

おっさんが立ち上がる。

よかった。降りるのか。

そう思った瞬間、酒臭い息を吐きながらこちらへ歩いてきた。

最後の最後まで臭い。

しかも、フラフラしている。

足元がおぼつかない。

お前、どれだけ飲んだのだ。

おっさんが電車を降りた。

……。

僕も降りた。

同じ駅だった。

何なのだ。

車内だけで十分だというのに、まさか駅まで一緒とは。

おっさんはフラフラと歩いていく。

僕はその背中を見ながら考えた。

そもそも、なぜ電車で酒を飲むのだろう。

家まで待てないのだろうか。

僕が気になったのは、あのおっさんが、まったく悪びれる様子を見せなかったことでもある。

もちろん、悪いことをしているという認識がなければ、悪びれる理由もない。

だが、こちらとしては不思議なのだ。

僕なら、車内で匂いの強いものを食べるだけでも少し気になる。隣に人がいれば、なおさらだ。

それなのに、酒を開け、おつまみを取り出し、足まで組む。

ここまで迷いなく行動できるのは、ある意味すごい。

僕が車内で弁当を食べようものなら、蓋を開ける前に周囲を見渡すだろう。いや、そもそも普通電車で食べようとは思わないかもしれない。

一方、おっさんには迷いがない。

酒を飲む。

つまみを食べる。

足を組む。

まるで、あらかじめ決められた手順をこなしているようだ。

晩酌の段取りだけは完璧なのである。

しかし、その段取りに、周囲への配慮という工程が入っていない。

そこを忘れないでほしい。

目次

電車で酒を飲む人の心理とは?

腹が立つのは事実だ。しかし、腹を立てるだけでは疑問は解決しない。

本人に聞くわけにもいかないので、考えられる理由を整理してみたい。もちろん、あのおっさんの本当の理由は知らない。ここからは、あくまで可能性の話である。

① 仕事終わりの解放感を味わいたい

仕事が終わった。

今日も一日、頑張った。

あとは家に帰るだけ。

そんな瞬間に飲む酒は、格別なのかもしれない。

僕にも、仕事が終わったときの解放感はわかる。もう働かなくていい。誰かの指示を聞かなくていい。好きなことをして過ごせる。

だから、すぐに一杯飲みたくなる気持ちも、理解できなくはない。

ただし、問題は場所である。

解放されたのはお前であって、車内ではない。

僕たちはまだ電車に乗っている。仕事が終わったからといって、公共の空間まで自分の部屋に変わるわけではない。

足を組み、おつまみを取り出す姿を見ていると、どうしてもそう言いたくなる。

② 家に着くまで待てない

帰宅まで、あと何十分か。

その時間すら待てないのだろうか。

僕なら家に帰ってから飲めばいいと思う。しかし、飲みたい気持ちが強い人にとっては、帰宅までの時間が長く感じられるのかもしれない。

酒を飲むことが楽しみで仕方ない人もいるだろう。

一方で、飲みたい気持ちを自分で抑えにくくなっている場合も考えられる。ただ、電車で飲んでいるという事実だけで、依存症だと決めつけることはできない。

それでも、僕は思う。

あと少し、我慢できないのか。

家なら好きな椅子に座れる。冷蔵庫もある。おつまみも並べられる。誰かに酒臭いと思われる心配も少ない。

何より、僕がいない。

お互いにとって、いいことばかりではないか。

③ 電車をくつろぐ場所だと思っている

毎日乗る電車は、生活の一部だ。

同じ時間に乗り、同じ景色を見て、同じ駅で降りる。繰り返しているうちに、電車が自分の居場所のように感じられるのかもしれない。

しかし、慣れた場所と自分の場所は違う。

おっさんの足の組み方を思い出す。

酒を飲み、おつまみを食べ、実に堂々としていた。

ここはお前のリビングではない。

僕だって電車ではくつろぎたい。だから本を読む。だが、僕がくつろぎたいからといって、車内に本棚を設置したり、読書灯を持ち込んだりはしない。

まして、隣の人に「次のページをめくってくれ」などと頼まない。

くつろぐにも限度があるのだ。

④ 周囲が迷惑していると気づいていない

これは十分ありそうだ。

酒を飲んでいる本人は、その匂いをあまり気にしていないのかもしれない。

しかし、飲んでいない人にとっては、酒の匂いが不快なこともある。

香水でも、食べ物でも、本人にとって心地よい匂いが、他人にとって心地よいとは限らない。

まして、電車は簡単に離れられない空間だ。混んでいれば移動することも難しい。

本人は「静かに飲んでいるだけ」と思っているかもしれない。

だが、静かでも臭いものは臭い。

音を出していないから迷惑ではない、という話ではないのだ。

⑤ 他人の視線を気にしない

電車で酒を飲むことに、まったく抵抗がない人もいるのだろう。

誰かに見られても構わない。どう思われても気にしない。本人の中では、ごく普通の行動なのかもしれない。

僕は他人の目を気にしすぎるのも疲れると思う。何をするにも周囲の顔色をうかがっていたら、落ち着いて過ごせない。

しかし、他人の目を気にしないことと、他人への配慮をしないことは違う。

好きに生きるのは自由だ。

ただ、その自由の結果として、隣の人が酒臭い思いをしている可能性くらいは考えてほしい。

僕だって、おっさんの晩酌を眺めるために電車に乗っているわけではない。

⑥ 毎日の習慣になっている

仕事帰りにコンビニへ寄る。

酒とおつまみを買う。

電車に乗る。

缶を開ける。

そんな流れが習慣になっている可能性もある。

毎日同じことを繰り返していると、最初は少し気になっていた行動も、当たり前になっていく。

本人にとっては、歯を磨くようなものなのかもしれない。

いや、歯磨きは家でしてくれ。

話がややこしくなってきた。

しかし、習慣というのは厄介だ。自分が当たり前だと思っている行動を、わざわざ疑うことは少ない。

あのおっさんも、毎日のように同じ電車で飲んでいるのだろうか。

だとしたら、どこかに僕と同じような被害者がいるのかもしれない。

⑦ ストレスを解消したい

仕事や人間関係で嫌なことがあった。

疲れた。腹が立つ。もう何も考えたくない。

そんな気持ちを酒で紛らわせたい人もいるだろう。

ストレスの解消方法は人それぞれだ。音楽を聴く人もいれば、運動する人もいる。甘いものを食べる人もいる。

酒を飲むこと自体を、僕が否定するつもりはない。

しかし、電車で飲むとなると話は別だ。

自分のストレスを解消するために、他人にストレスを与えている。

なんというストレスのリレーだ。

お前のストレスは軽くなったのかもしれない。

しかし、そのストレスは今、僕のところに来ている。

こっちに回してくるな。

もちろん、本人がわざと迷惑をかけて発散しているとは限らない。むしろ、自分が楽になることばかり考えて、周囲への影響に気づいていない可能性の方が自然だろう。

それでも、結果として誰かが不快な思いをしているなら、少し考えてほしい。

⑧ 移動時間を有効活用したい

家に帰ってから酒を飲むと、時間がかかる。

それなら、電車の中で飲んでしまえばいい。

帰宅する頃には晩酌も終わっている。

なるほど。本人なりには合理的なのかもしれない。

僕だって、電車の時間を読書に使っている。移動時間を有効活用したい気持ちは、よくわかる。

ただ、僕の読書は基本的に、隣の人の鼻へ何かを送り込まない。

ページをめくる音くらいはするかもしれないが、酒の匂いを漂わせるわけではない。

同じ時間の使い方でも、周囲への影響は違う。

時間を節約するために、他人の快適さを使わないでほしい。

⑨ 迷惑をかけているという意識が薄い

最後は、これまでの理由とも重なる。

酒を飲むこと自体は悪いことではない。だから、電車で飲むことも問題ないと思っているのかもしれない。

確かに、酒を飲んだというだけで誰かを責めるのは違うだろう。

しかし、公共の場では、できることと、しても周囲が困らないことは同じではない。

足を組めるからといって、隣の人の空間まで使っていいわけではない。

おつまみを食べられるからといって、匂いや食べこぼしを気にしなくていいわけではない。

酒を飲めるからといって、フラフラになるまで飲んでいいわけでもない。

大切なのは、自分が何をしたいかだけではなく、その行動が周囲にどう影響するかということなのだろう。

なぜ電車で酒を飲むおっさんに、底辺感を覚えるのか

さて、ここで一つ、自分自身の感覚について考えてみたい。

僕はあのおっさんを見て、正直、ものすごく底辺感があると思ってしまった。

酒を飲み、おつまみを食べ、足を組んでいる。

しかも、最後はフラフラだ。

なんというか、だらしない。

しかし、よく考えると、僕はあのおっさんのことを何も知らない。

名前も知らない。仕事も知らない。収入も知らない。家族がいるのかどうかさえ知らない。

もしかしたら立派な仕事をしている人かもしれない。誰かにとっては優しい父親かもしれない。普段はきちんとした生活を送っているのかもしれない。

それなのに、電車での姿を見ただけで、僕は「底辺感がすごい」と感じた。

なぜだろう。

おそらく、公共の場所で自分の欲求を優先しすぎているように見えたからだ。

家まで待てない。酒を飲みたい。おつまみを食べたい。足を組んでくつろぎたい。

その一つひとつが重なり、周囲への配慮が見えなくなっていた。

僕が感じたのは、経済的な意味での底辺というより、振る舞いの品のなさだったのだと思う。

ただし、それはあくまで僕が受けた印象であって、あのおっさんの人間としての価値を表すものではない。

そこは分けて考える必要がある。

例えば、同じおっさんが自宅で同じことをしていたら、僕は何とも思わないだろう。

足を組んで酒を飲む。おつまみを食べる。テレビを見ながら笑う。

好きにすればいい。

それどころか、仕事終わりの楽しみとして、微笑ましく思うかもしれない。

ところが、場所が電車になった途端、印象は変わる。

不思議なものだ。

同じ酒。同じおつまみ。同じ足の組み方。

それでも、場所が変われば、周囲との関係も変わる。

自宅では、くつろぐことが目的になる。

電車では、見知らぬ人と空間を共有している。

僕が嫌だったのは、おっさんが楽しそうだったことではない。

自分の楽しみのために、周囲が我慢することを当然のように見せていたことだ。

その違いを、うまく言葉にできず、僕は「底辺感」という乱暴な言葉で片づけようとしていたのかもしれない。

おっさんだけが悪いのか

今回、僕が見かけたのはおっさんだった。

だから、ここまでおっさん、おっさんと書いてきた。

しかし、若い男性だったら許せるのか。女性だったら気にならないのか。

そんなことはない。

誰であっても、酒臭い息を吐き、足を組み、周囲に迷惑をかけていたら不快だろう。

問題は年齢でも性別でもない。

その人が、公共の場所でどう振る舞っているかだ。

もっとも、あの日のおっさんの姿は、僕の頭に強烈に焼きついている。

酒。おつまみ。組んだ足。フラフラの歩き方。

一つの完成された光景だった。

何が完成したのかは、僕にもわからない。

なぜ普通電車での飲酒は禁止されていないのか

ここまで考えているうちに、別の疑問が浮かんできた。

そもそも、なぜ電車で酒を飲むことを禁止しないのだろう。

車内での喫煙は禁止されている。

それなら飲酒も禁止にすればいいのではないか。

もちろん、タバコの煙と酒の匂いを同じものとして扱うことはできない。健康への影響も違う。

ただ、酒の匂いを不快に感じる人がいるのも事実だ。

それに、酔いが進めば、騒いだり、他人に絡んだり、転倒したりする危険もある。

あのおっさんだって、駅に降りた頃にはフラフラだった。

ホームで転んだらどうするのだ。誰かにぶつかったらどうするのだ。

僕は、酒を飲む自由があることと、どこでも飲んでいいことは別だと思う。

一方で、静かに少量を飲む人まで一律に禁止する必要があるのか、という問題もある。

飲酒そのものを禁止するのか。迷惑行為を問題にするのか。どこで線を引くのか。

考え始めると、案外難しい。

だからといって、何も気にしなくていいわけではない。

少なくとも、普通の通勤電車で周囲を酒臭くするような飲み方は、控えてほしい。

僕が望んでいるのは、それほど大げさなことではない。

ただ、普通に電車に乗って、普通に本を読みたいだけなのだ。

新幹線で飲む酒と、普通電車で飲む酒は何が違うのか

ただし、ここで一つ、僕にも理解できる場面がある。

新幹線だ。

旅行へ行く。出張から帰る。長い時間、車内で過ごす。

駅弁を買って、ビールを飲む。

これはわかる。

旅の楽しみというものがあるだろう。

新幹線にはテーブルもあり、長時間の飲食を想定したつくりになっている。

もちろん、新幹線だからといって何をしてもいいわけではない。匂いや騒音への配慮は必要だ。

しかし、普通の通勤電車とは、車内での過ごし方が違う。

僕が見かけたのは、いつもの普通電車である。

そこに、足を組み、おつまみを頬張りながら酒を飲むおっさんがいる。

……。

お前、何の旅をしているのだ。

自宅への帰路だろう。

壮大な冒険でも始まったのか。

そんなに景色を楽しみたいなら、河川敷でも走ってくれ。

いや、飲酒した状態で走るのは危ない。やはり家に帰ってほしい。

結局、そこに戻ってくる。

酒を飲む自由と、酒の匂いを嗅ぎたくない自由

僕は酒そのものが嫌いだと言いたいわけではない。

家で飲むのも、居酒屋で飲むのも、本人の自由だ。

気の合う人と楽しく飲む時間は、きっといいものなのだろう。

しかし、電車には飲みたくない人も乗っている。

酒の匂いが苦手な人もいる。疲れて静かに帰りたい人もいる。体調が悪い人だっているかもしれない。

そんな場所で、自分の楽しみだけを優先してしまうのは、どうなのだろう。

「酒を飲むくらい自由だろう」と思う人もいるかもしれない。

確かに自由だ。

しかし、僕にも、酒の匂いを嗅がずに帰りたいという気持ちがある。

お前の晩酌の自由は、僕の鼻の自由より優先されるのか。

大げさな言い方かもしれない。

けれど、公共の場所では、誰か一人の快適さだけを守るわけにはいかない。

僕が本を読んでいるのも、隣の人からすれば邪魔に感じることがあるかもしれない。ページをめくる腕が当たらないようにする。荷物を広げないようにする。

そんな小さな配慮の積み重ねで、電車という空間は成り立っているのだと思う。

酒を飲む人だけに、特別なルールを押しつけたいわけではない。

ただ、自分が気持ちよく過ごすために、他人を不快にさせていないか。

そのことを、少し考えてほしいのである。

いいことあればいいな

あの日のおっさんを、もう一度思い出す。

酒を飲み、おつまみを食べ、足を組んでいた。

僕は臭いと思った。

家で飲めと思った。

河川敷でも疾走してくれと思った。

しかし、最後には同じ駅で降りた。

おっさんはフラフラと歩いていた。

その姿を見て、腹が立つと同時に、少し心配にもなった。

転ばないだろうか。

無事に家まで帰れるのだろうか。

酒を飲むほど疲れていたのかもしれない。何か嫌なことがあったのかもしれない。

もちろん、そんな事情は知らない。

だからといって、僕が酒の匂いを我慢しなければならない理由にもならない。

ただ、あのおっさんにも、僕の知らない一日があったのだろう。

僕にも僕の一日があるように。

おっさんはフラフラと駅を歩いていく。

僕はその背中を見送った。

河川敷を疾走してくれ。

そんなことを考えていたが、今の状態では到底無理だろう。

まずは真っすぐ歩いてくれ。

いいことあればいいな。

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