30代になると、人生は少しずつ変わっていく。
20代の頃は、友人と気軽に遊んでいた。
仕事が終われば飲みに行き、休日になれば誰かと出かける。
特に予定がなくても、友人に連絡すれば何とかなった。
「今週末、暇?」
そんな一言で、休日の予定が決まることもあっただろう。
しかし、30代になると事情が変わってくる。
周囲の友人たちは結婚し、子どもが生まれ、家庭を持つ。
仕事でも役職がつき、責任ある立場になる人が増えていく。
当然、昔のように気軽には遊べなくなる。
誘ってみても、家族との予定がある。
子どもの行事がある。
仕事が忙しい。
もちろん、それは仕方のないことだ。
それぞれに人生があり、それぞれに大切なものがある。
しかし、独身の自分はどうだろう。
休日になった。
予定がない。
友人を誘おうにも、みんな忙しい。
さて、何をしよう。
とりあえずスマホを開いてみる。
SNSには、家族で出かけている同年代の姿が並んでいる。
子どもと遊ぶ父親。
家族旅行。
誕生日のお祝い。
幸せそうな家族写真。
そんな投稿を眺めながら、ふと思う。
みんな、いつの間にこんなに人生が進んでいたのだろう。
自分だけが、昔と同じ場所に取り残されているような気がする。
そして、スマホを閉じる。
……。
で、今日は何をすればいいんだ?
そんなふうに、30代独身の休日をつらく感じている人もいるのではないだろうか。
暇で、つまらなくて、寂しい。
休日なのに、何もすることがない。
しかし、僕は思う。
本当に、30代独身の休日はつまらないのだろうか。
ちなみに、僕は34歳独身。
一人暮らしである。
そんな僕は、休日に寂しさを感じるのだろうか。
まったく感じない。
微塵もない。
強がりでも、負け惜しみでもない。
本当に、寂しくないのだ。
むしろ、休日が足りない。
やりたいことが多すぎる。
本を読みたい。
文章を書きたい。
知らない場所へ行きたい。
新しいことを始めたい。
そして、寝たい。
何より、しっかり寝たい。
しかし、時間がない。
休日なのに、時間がない。
なんということだ。
世の中には休日が暇で仕方ない人がいるというのに、僕は休日が足りなくて困っている。
そこで今回は、そんな僕の休日の過ごし方を紹介してみたい。
別に、僕の過ごし方が正解だと言いたいわけではない。
人によって、楽しいと感じることは違う。
ただ、もし休日に何をすればいいのかわからず、退屈している人がいるのなら。
僕の過ごし方から、何か一つでも盗めるものがあれば嬉しい。
30代独身の休日は、自由すぎるからつらいのかもしれない
具体的な過ごし方を紹介する前に、一つ考えてみたい。
なぜ、30代独身の休日はつらいと感じられるのだろうか。
僕は、自由がありすぎることも原因の一つではないかと思っている。
仕事の日は、やることが決まっている。
何時に起きて、何時に出勤して、何時まで働く。
嫌でも予定がある。
しかし、休日は違う。
何をしてもいい。
どこへ行ってもいい。
何もしなくてもいい。
すべて、自分で決められる。
なんとも素晴らしいことではないか。
しかし、この自由が厄介なのかもしれない。
映画を観に行こうか。
買い物に行こうか。
久しぶりに遠出してみようか。
いや、家でゆっくりするのもいい。
何をしよう。
どうしよう。
……。
面倒くさい。
もういいや。
そうして、考えることをやめてしまう。
気づけばスマホを眺めている。
動画を見て、SNSを開いて、また動画を見る。
そして、夕方になる。
あれ?
もうこんな時間?
結局、何もしないまま休日が終わってしまった。
そんな経験はないだろうか。
心理学には、選択肢が多すぎることで、かえって選びにくくなるという考え方がある。
もちろん、すべての人に当てはまるわけではない。
しかし、休日にも似たようなことが起きているのかもしれない。
何でもできるからこそ、何をすればいいのかわからない。
そして、考えることをやめてしまう。
ここで、僕は一つ区別したい。
何もしないことと、何もできなかったことは違う。
今日は一日中寝よう。
そう決めて、思う存分寝る。
素晴らしい休日ではないか。
しかし、本当は何かしたかったのに、何をするか決められないまま一日が終わってしまった。
それなら、後悔が残ることもあるだろう。
つまり、問題は暇そのものではない。
自由な時間をどう使えばいいのかわからないことなのかもしれない。
だったら、その自由の使い方を考えてみようではないか。
① SNSを見る側から、発信する側に回ってみる
まず、僕が強くおすすめしたいのは、SNSで発信する側に回ってみることだ。
もう、SNSのリアルアカウントなんてやめちまえ。
……。
いや、少し言い過ぎた。
もちろん、友人との交流を楽しんでいる人は、そのままでいい。
しかし、他人の投稿を見るたびに、自分と比較して落ち込んでしまうのなら。
いっそのこと、見るのをやめてみてはどうだろうか。
友人の結婚報告。
子どもの成長記録。
家族旅行の写真。
それらを見て、自分だけが取り残されているような気持ちになる。
だったら、無理して見る必要なんてない。
ちなみに、僕はSNSでリアルの知り合いを全員フォロー解除している。
だから、誰が結婚したのか、誰に子どもが生まれたのか、今どこへ旅行しているのか。
そんなことは、ほとんど知らない。
なんとも清々しい世界である。
ただ、僕の場合は、そもそも他人の生活を羨ましいと思わない。
幸せそうだな、とは思う。
しかし、それだけだ。
他人の人生は、他人の人生。
僕には僕の人生がある。
そして、僕が提案したいのは、SNSそのものをやめることではない。
見る側から、発信する側に回ってみることだ。
僕の場合は、本が好きだった。
だから、Instagramで本を紹介することにした。
ただ、それだけである。
33歳になってから始めた。
最初は、ほとんど誰にも見られていなかった。
それでも、本が好きだったから続けた。
紹介する本を選ぶ。
画像を作る。
文章を書く。
投稿する。
すると、少しずつ反応が届くようになった。
「私も読みました!」
「この作品、大好きです!」
「紹介を見て、読んでみたくなりました!」
そんなコメントをもらえるようになった。
同じ本が好きな人と語り合う。
知らなかった作品を教えてもらう。
おすすめされた本を読んでみる。
すると、また新しい発見がある。
そうしているうちに、気づけばフォロワーは1万人を超えていた。
もちろん、誰でも1万人に到達するという話ではない。
しかし、僕が伝えたいのは数字のことではない。
好きなことを発信すると、その好きなことがさらに深まっていくのだ。
そして、交流が生まれる。
同じ趣味を持つ人たちとつながり、やがて自分の居場所のようなコミュニティができることもある。
現実の友人と予定が合わなくても、新しいつながりを作ることはできる。
しかも、直接会う必要はない。
自分の好きなことを、自分のペースで発信すればいい。
本でなくても構わない。
映画でも、料理でも、音楽でも、ゲームでもいい。
散歩中に見つけた景色を紹介するのもいいだろう。
何でもいいのだ。
「今から始めるなんて遅い?」
そんなことはない。
まだ30代だ。
僕だって33歳から始めた。
そして今、34歳になっている。
何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはないと思う。
他人の人生を眺めて落ち込んでいるくらいなら、自分の好きなものを発信してみようではないか。
② 本を読む
次におすすめしたいのは、読書である。
何を隠そう、僕は本が大好きだ。
そして、読書には素晴らしい利点がある。
暇がなくなることだ。
休日に予定がない?
素晴らしいではないか。
誰にも邪魔されず、本が読める。
小説を開けば、自分とはまったく違う人生を生きることができる。
行ったことのない場所へ行ける。
出会うはずのなかった人に出会える。
ときには笑い、ときには泣き、言葉を失うほどの衝撃を受けることもある。
それなのに、必要なのは一冊の本だけだ。
しかも、図書館を利用すれば、お金をかけずに楽しむこともできる。
そして、読書の恐ろしいところは、一冊読んだら終わりではないということだ。
例えば、面白い小説を読み終えたとする。
ああ、面白かった。
すると、同じ作家の別の作品が気になってくる。
調べてみる。
おお、こんな作品もあるのか。
さらに、その作品に似た小説も見つかる。
こちらも面白そうだ。
あれも読みたい。
これも読みたい。
気づけば、読みたい本が山積みになっている。
そして、絶望する。
時間が足りない。
なんということだ。
ついさっきまで暇だったはずなのに、今度は時間が足りなくなっている。
なんとも贅沢な悩みではないか。
僕の場合、読みたい本が次から次へと増えていく。
一冊読み終えたら、また別の本が読みたくなる。
終わりが見えない。
本当に困っている。
あと百年くらい休日が欲しい。
しかも、読書は先ほど紹介したSNSとも相性がいい。
本を読む。
感想を考える。
SNSで紹介する。
誰かから別の本を教えてもらう。
また読む。
一つの趣味が、次の楽しみを生んでいく。
普段あまり本を読まない人なら、まずは興味のある一冊から始めてみてほしい。
難しい文学作品でなくてもいい。
短い小説でも、エッセイでも、好きな映画の原作でもいい。
自分が面白そうだと思った本を選べばいい。
そして、もし面白い本に出会えたなら。
きっと、次の休日が待ち遠しくなるはずだ。
③ 小さな「新しい」を体験する
三つ目は、小さな「新しい」を体験することだ。
新しい体験というと、何か特別なことを想像する人もいるだろう。
海外旅行に行く。
スカイダイビングに挑戦する。
高級レストランで食事をする。
もちろん、それも素晴らしい。
しかし、僕が言いたいのは、もっと小さなことである。
例えば、コンビニで新発売のパンを買ってみる。
普段は絶対に選ばない飲み物を買ってみる。
いつもと違う道を歩いてみる。
電車に乗って、知らない駅で降りてみる。
それだけでいい。
何も、大きなお金を使う必要はない。
新発売のパンを食べてみる。
美味しい。
おお、こんなパンがあったのか。
それだけで、小さな発見になる。
反対に、まずかったらどうだろう。
……。
まずい。
もう二度と買わない。
それでもいいではないか。
少なくとも、そのパンが自分の好みではないということがわかった。
昨日まで知らなかったことを、今日一つ知ったのだ。
知らない駅で降りてみるのも面白い。
改札を出る。
知らない街が広がっている。
商店街があるかもしれない。
古い喫茶店があるかもしれない。
小さな神社があるかもしれない。
何もないかもしれない。
それなら、それでいい。
何もないということがわかったのだから。
僕は、こういう小さな発見が好きだ。
毎日同じ場所へ行き、同じものを食べ、同じことを繰り返していると、どうしても生活が単調になりやすい。
だからこそ、ほんの少しだけ、いつもの生活からはみ出してみる。
昨日とは違うものを選んでみる。
それだけでも、日常は少し面白くなる。
休日を充実させるために、特別な予定なんて必要ない。
コンビニで初めて見るパンを買う。
そんな小さな出来事だって、立派な新しい体験なのだ。
④ 散歩する。余裕があれば遠くへ行ってみる
四つ目は、散歩である。
これは本当におすすめしたい。
何より、お金がかからない。
誰かと予定を合わせる必要もない。
思い立った瞬間に始められる。
休日に何をすればいいかわからない。
だったら、とりあえず外に出てみてはどうだろう。
別に、目的地なんてなくてもいい。
いつもは通らない道を歩いてみる。
気になった路地に入ってみる。
知らなかった公園を見つける。
こんなところに喫茶店があったのか。
あれ、こんなところに神社があったのか。
毎日暮らしている街なのに、意外と知らない場所がある。
そして、散歩をしていると、季節の変化にも気づく。
春には桜が咲く。
夏には蝉が鳴く。
秋には風が冷たくなる。
冬には空気が澄んでくる。
いつの間にか、日が暮れるのも早くなっている。
そんな変化を感じながら歩くのも、僕は好きだ。
しかも、散歩は無料である。
なんという素晴らしい娯楽だろう。
そして、もしお金に少し余裕があるのなら、遠くまで足を延ばしてみるのもいいと思う。
電車で一時間ほど離れた街に行ってみる。
海を眺めに行く。
知らない商店街を歩いてみる。
気になっていた美術館を訪れる。
日帰り旅行でもいい。
一泊してもいい。
一人なら、すべて自分で決められる。
行きたい場所に行く。
食べたいものを食べる。
疲れたら休む。
帰りたくなったら帰る。
なんとも自由ではないか。
もちろん、お金がないなら近所の散歩でも十分だ。
大切なのは、どれだけ遠くへ行ったかではない。
普段とは違う景色に触れてみることだと思う。
⑤ 何かを作ってみる
五つ目は、何かを作ってみることだ。
僕の場合は、文章を書くことが好きだ。
ブログを書いたり、エッセイを書いたりしている。
何を書こうか考える。
頭の中にあることを、言葉にしてみる。
書いては消し、また書く。
そして、一つの文章が完成する。
これが面白い。
自分の考えていたことが、形になるのだ。
しかも、何かを作っていると、不思議なことが起きる。
次に作りたいものが出てくるのである。
一つ完成する。
よし、できた。
すると、別のことを思いつく。
あれも書きたい。
これも書きたい。
また新しいものを作りたくなる。
気づけば、休日が足りなくなっている。
もちろん、文章でなくてもいい。
料理を作る。
絵を描く。
写真を撮る。
動画を編集する。
音楽を作る。
何でもいい。
最初から上手にできる必要なんてない。
誰かに見せる必要もない。
ただ、自分で何かを作ってみる。
そして、完成させてみる。
それだけでも、達成感が生まれる。
何より、創作には終わりがない。
上手になれば、もっと上手になりたくなる。
新しいことができるようになれば、さらに別のことを試したくなる。
一つの趣味が、どんどん広がっていく。
休日に何をすればいいかわからない人は、何か一つ作ってみてはどうだろうか。
思っていた以上に、夢中になれるかもしれない。
⑥ 何でも一人で楽しめるマインドを作る
六つ目は、少し考え方の話になる。
何でも一人で楽しめるようになることだ。
僕は、これが非常に重要だと思っている。
一人で映画館に行く。
一人で外食する。
一人で旅行する。
そんなことに抵抗がある人もいるだろう。
しかし、僕は思う。
なぜ、誰かと一緒でなければいけないのだろう。
映画が観たい。
だったら、観に行けばいい。
美味しいものが食べたい。
だったら、食べに行けばいい。
行きたい場所がある。
だったら、行けばいい。
それだけの話ではないだろうか。
もちろん、誰かと一緒に楽しむことも素晴らしい。
しかし、誰かがいなければ楽しめないというのは、少しもったいない気がする。
例えば、観たい映画が公開されたとする。
友人を誘ってみる。
しかし、予定が合わない。
来週も無理。
再来週も無理。
そうしているうちに、上映が終わってしまう。
なんということだ。
自分は観たかったのに。
友人の予定が合わなかったという理由だけで、観られなかった。
だったら、最初から一人で行けばよかったのではないだろうか。
一人で楽しめるようになると、休日の選択肢が一気に増える。
誰かを誘う必要がない。
予定を合わせる必要がない。
自分の気分で行動できる。
もちろん、最初は抵抗があるかもしれない。
だったら、一人で喫茶店に入ることから始めてもいい。
慣れてきたら、一人映画。
一人で美術館。
一人で日帰り旅行。
少しずつ、自分の世界を広げていけばいい。
そもそも、一人でいることと、寂しいことは同じではない。
僕は一人暮らしだが、寂しさを感じることはほとんどない。
それは、一人の時間を楽しめているからなのだと思う。
誰かと過ごす時間もいい。
一人で過ごす時間もいい。
その両方を楽しめるようになれば、人生の選択肢はもっと増えるのではないだろうか。
⑦ 新しいことを勉強してみる
最後におすすめしたいのは、新しいことを勉強してみることだ。
大人になると、勉強する機会が減ってしまう人もいるだろう。
しかし、僕は思う。
勉強は、学生だけのものではない。
仕事に役立つものでなくてもいい。
資格を取るためでなくてもいい。
ただ、興味があるから勉強する。
それで十分ではないだろうか。
例えば、英語を勉強してみる。
歴史を調べてみる。
楽器を始めてみる。
パソコンの使い方を覚えてみる。
何でもいい。
僕自身、30歳になってからピアノを習い始めた。
それまで本格的にピアノを習った経験はなかった。
しかし、弾いてみたかった。
だから、始めた。
週に一度、ジャズピアノのレッスンに通った。
最初は、思うように指が動かない。
簡単そうに見えることが、全然できない。
しかし、練習を続けていると、少しずつ弾けるようになっていく。
昨日できなかったことが、今日できる。
先週は弾けなかった曲が、少しずつ形になっていく。
これが面白い。
そして、約2年間続けた。
発表会にも出演した。
30歳から始めたって、こんな経験ができるのだ。
ピアノを始めたときのことについては、別の記事でも詳しく書いている。
【関連記事:30歳からピアノを始めた僕の体験談】

何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはないと思う。
そして、勉強のいいところは、次の目標が生まれることだ。
最初は簡単な曲を弾けるようになりたい。
弾けるようになったら、もう少し難しい曲に挑戦したくなる。
すると、練習したいことが増えていく。
暇だった休日が、楽しみにしていた練習の日になるかもしれない。
30代だから、もう遅い。
そんなことを考える必要はない。
まだ30代だ。
これから何十年も生きていくかもしれないのだから。
今から始めたって、十分に楽しめるはずだ。
30代独身だからこそ、できることもある
ここまで、僕がおすすめする休日の過ごし方を七つ紹介してきた。
SNSで発信する。
本を読む。
小さな新しい体験をする。
散歩する。
何かを作る。
一人で楽しめるようになる。
新しいことを勉強する。
さて、これらを全部やろうと思ったら、どうなるだろう。
時間が足りない。
まったく足りない。
僕は実際に、やりたいことが多すぎて困っている。
本も読みたい。
文章も書きたい。
SNSの投稿も作りたい。
知らない街にも行きたい。
新しいことも勉強したい。
そして、寝たい。
本当に寝たい。
しかし、休日はあっという間に終わってしまう。
なんということだ。
ところで、これほど自由に時間を使えることは、独身生活の大きな魅力ではないだろうか。
結婚して家庭を持てば、家族との時間がある。
子どもがいれば、育児や学校行事もあるだろう。
もちろん、既婚者でも趣味を楽しんでいる人はいる。
家庭を持つことで得られる幸せも、きっとたくさんあるのだと思う。
しかし、自分の好きなことだけに休日のすべてを使うのは、難しい場合もあるだろう。
一方、独身の僕には、自分で使い道を決められる時間がある。
朝から本を読んでもいい。
昼から映画を観てもいい。
夕方に散歩してもいい。
夜中まで文章を書いてもいい。
誰かと予定を合わせる必要もない。
誰かに許可を取る必要もない。
もちろん、独身だからといって誰もが自由なわけではない。
仕事や介護など、それぞれに事情はあるだろう。
それでも、少なくとも僕は、今の生活に大きな自由を感じている。
そして、その自由が好きなのだ。
だから、周囲が結婚しているからといって、羨ましいとは思わない。
自分だけが取り残されているとも思わない。
そもそも、人生は競争なのだろうか。
結婚した人が先に進んでいて、独身の人が遅れている。
そんなことはないはずだ。
それぞれに、違う人生がある。
違う楽しみがある。
違う幸せがある。
僕には、僕の幸せがある。
それでいいではないか。
何もしない休日だって、素晴らしい
ただし、ここまで読んで、一つ誤解してほしくないことがある。
僕は、休日に何かをしなければいけないと言いたいわけではない。
SNSを始めなくてもいい。
本を読まなくてもいい。
散歩に行かなくてもいい。
何かを作らなくてもいい。
勉強しなくてもいい。
別に、全部やる必要なんてないのだ。
それどころか、一つもやらなくたっていい。
昼まで寝る。
起きて、ご飯を食べる。
テレビを観る。
また寝る。
素晴らしいではないか。
何もしない休日だって、立派な休日である。
大切なのは、自分で選んでいるかどうかだと思う。
今日は何もしない。
そう決めて、ゆっくり休む。
それなら、何も後悔する必要はない。
休日を充実させなければいけない。
何か成果を残さなければいけない。
そんなことを考えていたら、せっかくの休日まで疲れてしまう。
仕事の日には仕事がある。
休日には休日がある。
それだけで十分ではないだろうか。
ただ、もし休日が暇でつまらないと感じているのなら。
今回紹介したことを、一つだけでも試してみてほしい。
コンビニで新発売のパンを買ってみる。
気になっていた本を一冊読んでみる。
いつもと違う道を歩いてみる。
それだけでいい。
小さなことから始めればいいのだ。
そして、何か一つでも面白いと思えるものに出会えたなら。
次の休日は、少し楽しみになるかもしれない。
俺たちは、自由なんだ
30代独身の休日は、つらい。
暇で、つまらなくて、寂しい。
そんなふうに言われることがある。
しかし、本当にそうだろうか。
確かに、30代になると周囲の環境は変わっていく。
友人は結婚し、子どもが生まれる。
仕事でも責任が増えていく。
昔のように気軽に遊べなくなることもあるだろう。
そして、一人で迎える休日。
予定がない。
何をすればいいのかわからない。
そんな日もあるかもしれない。
しかし、僕は思う。
俺たちは、何でもできる。
朝から映画を観に行ってもいい。
知らない街へ出かけてもいい。
一日中、本を読んでいてもいい。
何か新しいことを始めてもいい。
そして、何もしなくてもいい。
昼まで寝て、起きて、ご飯を食べて、また寝たっていい。
何をするかも、何をしないかも、自分で決められる。
誰かの許可を取る必要もない。
誰かの予定に合わせる必要もない。
俺たちは、自由なんだ。
もちろん、その自由を持て余してしまうこともあるだろう。
何をすればいいのかわからず、考えることをやめてしまう日もあるかもしれない。
しかし、だからこそ、自分が楽しいと思えるものを探してみてほしい。
何でもいい。
小さなことでもいい。
そして、何か一つ見つけたなら、大切にしてみてほしい。
きっと、そこから新しい楽しみが生まれていく。
僕は34歳独身。
一人暮らしである。
寂しさなんて、微塵もない。
それどころか、やりたいことが多すぎて困っている。
誰かの人生を羨ましがっている暇なんてない。
何しろ、僕は忙しいのだから。
さて、次の休日は何をしようか。
そんなことを考えている時間さえ、僕は楽しい。
