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付き合う前の映画デートはやめとけ。気まずいしもったいない。

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付き合う前のデートといえば、何を思い浮かべるだろうか。

食事。水族館。遊園地。観光地。

いろいろある。

その中でも、定番として名前が挙がるのが映画館だ。

映画デート。

何とも響きのいい言葉である。

薄暗い映画館。隣り合って座る男女。スクリーンには美しい映像が流れ、二人は同じ時間を共有する。

なるほど。

いかにもデートらしい。

しかし、僕は以前から疑問に思っている。

付き合う前に映画館へ行く必要があるのだろうか。

いや、映画が嫌いなわけではない。

むしろ好きだ。

映画館という空間も好きだし、大きなスクリーンで物語に没頭する時間も好きだ。

だからこそ、思うのである。

映画は映画で楽しめばいいではないか。

まだ付き合ってもいない二人が、わざわざ映画館へ行く必要があるのだろうか。

食事でいい。

観光地でもいい。

公園を散歩するのだっていい。

もっとお互いのことを知れる場所があるだろう。

なぜ、よりによって映画館なのだ。

今回は、そんな付き合う前の映画デートについて考えてみたい。

目次

会話をしなくて済むからおすすめ?

映画デートをおすすめする理由として、よく挙げられるものがある。

「会話をしなくて済むから」

……。

ちょっと待ってくれ。

お前、喋らなくていいから映画を選択するのか?

いや、わかる。

付き合う前のデートは緊張する。

何を話せばいいのかわからない。沈黙が怖い。会話が途切れたらどうしよう。

そういう不安があるのだろう。

映画館なら、上映中は喋らなくていい。

二時間近く、黙って座っていればいい。

しかも、映画が終われば共通の話題ができる。

確かに合理的だ。

しかし、僕は思う。

そもそも、付き合う前だからこそ喋る必要があるんじゃないのか。

まだ相手のことをよく知らない。

何が好きなのか。どんな性格なのか。どんなことに笑うのか。

そういうものを知るために、デートをするのではないだろうか。

ところが、会話が苦手だから映画館へ行くという。

おいおい。

大丈夫なのか。

もし、その相手と付き合えたらどうするんだ。

その後。

毎回、映画館へ行くのか。

一週間後も映画館。

一か月後も映画館。

一年後も映画館。

上映作品をすべて観終わってしまうぞ。

どうするんだ。

映画館のスタッフに「また来た」と思われるぞ。

そもそも、付き合ったら会話をしなくて済むわけではない。

むしろ、付き合ってからの方が話す機会は増えるだろう。

それなのに、付き合う前から会話を避けてどうする。

もちろん、会話が苦手な人を否定したいわけではない。

緊張するのは自然なことだ。

僕だって、初対面の人と延々と会話を続けるのが得意なわけではない。

しかし、だからこそ、少しずつ話してみればいいのではないだろうか。

好きな食べ物でも、休日の過ごし方でも、最近あった出来事でもいい。

何でもいい。

相手と会話をすること自体が、デートの大切な時間なのではないかと思う。

二時間も会話できないのは、もったいない

映画一本の上映時間は、作品にもよるが、おおむね二時間前後だろう。

二時間。

冷静に考えると、結構な時間である。

その間、二人は隣に座っている。

しかし、会話はできない。

映画館なのだから当然だ。

上映中に喋り始めたら、周囲の迷惑になる。

つまり、デートの貴重な時間を使って、二人は黙ってスクリーンを眺めるのである。

もちろん、同じ作品を観ることにも意味はある。

一緒に笑ったり、驚いたり、感動したりする。

それは素敵なことだと思う。

ただ、付き合う前の二人にとって、最も大切なのは何だろう。

僕は、お互いを知ることだと思う。

相手がどんな話をするのか。

どんなものに興味を持つのか。

どんな価値観を持っているのか。

一緒にいて、自然体で過ごせるのか。

そうしたことを知るためには、やはり会話が必要だ。

二時間もあれば、いろいろな話ができる。

食事をしながらでもいい。

街を歩きながらでもいい。

景色を眺めながら、何でもない話をするのもいい。

それなのに、映画館では二時間も黙っている。

もったいなくないか。

もちろん、映画を観たあとに食事へ行けばいいという意見もあるだろう。

それなら、最初から食事へ行けばいいではないか。

映画を挟まなければ、会話が成立しないのだろうか。

少し厳しい言い方かもしれない。

しかし、付き合う前だからこそ、僕はその時間を大切にしたいと思う。

映画館より、食事や観光地でいい

では、付き合う前のデートはどこへ行けばいいのか。

僕なら、食事でいいと思う。

別に高級なレストランである必要はない。

落ち着いて話せる店なら、どこでもいい。

料理を注文する。

食べながら話す。

好きな食べ物の話から、自然と別の話題へ広がることもある。

相手の好みもわかる。

会話が少し途切れたとしても、料理を食べればいい。

沈黙が訪れたからといって、何かが終わるわけではない。

あるいは、観光地でもいい。

一緒に街を歩く。

気になる店を見つける。

景色を眺める。

「あれ、何だろう」

「ちょっと行ってみる?」

そんな何気ない会話が生まれる。

予定していなかった場所に立ち寄ることもあるだろう。

歩き疲れたら、どこかで休憩すればいい。

その過程で、相手のいろいろな一面が見えてくる。

何に興味を示すのか。

何を見て笑うのか。

疲れたときに、どんな反応をするのか。

こうしたことは、一緒に過ごしてみなければわからない。

映画館の暗い座席に並んで座っているだけでは、なかなか見えてこない部分だと思う。

もちろん、食事や観光地なら必ず距離が縮まるわけではない。

会話が盛り上がらないこともあるだろう。

しかし、それも含めて、相手との相性を知る機会になるのではないだろうか。

映画館で沈黙を避けるより、少し気まずい会話を経験する方が、僕には意味のある時間に思える。

映画を観たいなら、二人で家で観ればいい

そもそも、映画を一緒に観ること自体を否定しているわけではない。

二人で映画を楽しむのは、いいことだと思う。

ただ、それなら家で観ればいいではないか。

ソファに座って、お菓子でも食べながら。

気になった場面があれば、感想を言ってもいい。

途中で飲み物を取りに行ってもいい。

少し疲れたら、休憩してもいい。

映画館のように、二時間近く黙っている必要はない。

もちろん、作品に集中したければ、黙って観ればいい。

そのあたりも、二人で自由に決められる。

映画館では、二人ともスクリーンに向かって座っている。

しかし、家なら、もっと自然に同じ時間を過ごせるのではないだろうか。

映画を観終わったあとも、そのまま話せる。

気になった場面をもう一度観ることだってできる。

その方が、よっぽど距離が縮まると思う。

ただし、付き合う前から相手の家へ行くことに抵抗がある人もいるだろう。

それは当然だ。

信頼関係ができていない段階で、無理に家へ誘う必要はない。

だったら、食事に行けばいいのである。

何も、映画を観なければデートが成立しないわけではない。

映画館で映画を観ることと、二人で映画を楽しむことは別の話だと思う。

映画館は、意外と気まずい場所ではないか

映画館は暗い。

そして、座席の距離が近い。

まだ付き合っていない相手が、すぐ隣に座っている。

これが意外と気まずいのではないだろうか。

肘掛けは、どちらが使うのか。

飲み物を取ろうとして、手が近づいたらどうするのか。

相手が笑ったとき、自分も笑った方がいいのか。

いや、笑いたければ笑えばいいのだが、付き合う前だと余計なことまで考えてしまう人もいるだろう。

映画に集中したいのに、隣の人の存在が気になる。

……。

何をしているんだ。

映画を観に来たのではないのか。

僕の場合、映画を観るなら、できるだけ作品に集中したい。

登場人物の言葉を聞き逃したくない。

映像の細かな部分も見たい。

物語の世界に入り込みたい。

それなのに、隣の相手が気になってしまうのなら、映画を観る環境としても微妙ではないだろうか。

もちろん、気にならない人もいるだろう。

むしろ、その距離感が心地よいという人もいるかもしれない。

ただ、付き合う前の二人にとって、映画館が必ずしも気楽な場所とは限らないと思う。

ホラー映画なら吊り橋効果が期待できる?

映画デートと恋愛心理について考えると、吊り橋効果という言葉が思い浮かぶ。

恐怖や緊張によるドキドキを、目の前の相手への恋愛感情と結びつけてしまうことがある、という考え方だ。

これを映画デートに応用しようとするなら、ホラー映画が候補になるのだろう。

怖い映画を一緒に観る。

驚く。

心臓がドキドキする。

その高揚感が、相手への好意につながるかもしれない。

なるほど。

……。

お前、映画に何を期待しているんだ。

怖がらせて、惚れさせようとしているのか。

何という作戦だ。

しかも、相手がホラー好きだったらどうする。

スクリーンでは恐ろしい怪物が暴れている。

隣の女性は平然としている。

一方、お前はどうだ。

怖い。

めちゃくちゃ怖い。

思わず目を閉じる。

……。

お前だけが怖がって終わるぞ。

もちろん、吊り橋効果は、恐怖を共有すれば必ず恋愛感情が生まれるというものではない。

相手との関係性や、その場の状況にも左右されるだろう。

それに、相手がホラーを苦手としているなら、そもそも選ぶべきではない。

恋愛を進展させたいからといって、相手に怖い思いをさせる必要があるのだろうか。

映画は恋愛の道具ではない。

まずは、二人とも楽しめる作品を選んだ方がいいと思う。

恋愛映画なんて、逆に気まずくないか

では、恋愛映画ならどうだろう。

映画デートなのだから、恋愛映画を選ぶ。

いかにも雰囲気が出そうである。

しかし、僕はこれも疑問だ。

まだ付き合っていない相手と、恋愛映画を観るのは逆に気まずくないか。

スクリーンの中では、男女が愛を語り合っている。

手をつなぐ。

抱き合う。

キスをする。

その隣には、まだ付き合ってもいない二人が座っている。

……。

何だ、この空間は。

お互いに、妙な意識をしてしまわないだろうか。

もちろん、恋愛映画を観たからといって、全員が気まずくなるわけではない。

純粋に作品を楽しめる人もいるだろう。

しかし、相手のことを少し意識している段階だからこそ、映画の内容と現実の関係を重ねてしまうこともあると思う。

しかも、映画の中の男性は格好いい。

絶妙なタイミングで愛を告白する。

相手の心を動かす言葉を口にする。

一方、現実の僕はどうだ。

映画が終わった。

「……トイレ行く?」

この落差である。

そもそも、恋愛映画を観たからといって、現実の恋愛が進展するとは限らない。

映画の中では結婚までしているかもしれない。

しかし、こちらはまだ次のデートの約束すらしていない。

映画に恋愛の雰囲気をつくってもらうのも、一つの方法なのかもしれない。

ただ、僕には少し不自然に感じられる。

恋愛映画は、恋愛映画として楽しめばいいのではないだろうか。

映画の好みが合わなかったらどうする

もう一つ、映画デートには難しい問題がある。

作品選びだ。

何を観るのか。

ホラーが好きな人もいれば、苦手な人もいる。

恋愛映画が好きな人もいれば、退屈に感じる人もいる。

アクションが好きな人。コメディーが好きな人。難解な作品が好きな人。

好みは人それぞれだ。

付き合う前なら、なおさら気を遣うだろう。

自分が観たい作品を選んで、相手がつまらなかったらどうしよう。

相手に合わせて選んだ作品が、自分の好みではなかったらどうしよう。

そんなことを考えているうちに、無難な作品を選ぶことになる。

しかし、僕は思う。

映画を観に行くのに、観たい映画を我慢するのか。

何だか本末転倒ではないか。

もちろん、二人で楽しめる作品を探すこと自体は悪くない。

それもデートの楽しみの一つだろう。

ただ、付き合う前の微妙な関係だからこそ、相手に合わせすぎてしまうこともあると思う。

さらに、映画を観終わったあとにも問題がある。

「面白かったね!」

相手がそう言った。

しかし、自分はそれほど面白いと思わなかった。

さて、どうする。

「そうだね」と合わせるのか。

それとも、正直に「僕はあまり好きじゃなかった」と伝えるのか。

反対もある。

自分は素晴らしい作品だと思った。

ところが、相手は言う。

「なんか微妙だったね」

……。

そうか。

微妙だったのか。

もちろん、感想が違うこと自体は悪いことではない。

むしろ、違う感想を聞くことで、新しい発見がある場合もある。

ただ、付き合う前だと、その違いを素直に楽しめるとは限らない。

嫌われたくなくて、本音を隠してしまうこともあるだろう。

それなら、もっと気軽に話せる場所で、少しずつお互いの価値観を知っていけばいいのではないだろうか。

映画デートにもメリットはある

ここまで否定的なことを書いてきたが、映画デートにもメリットはある。

まず、予定を立てやすい。

上映時間が決まっているので、待ち合わせや食事の時間も組みやすい。

天候にも左右されにくい。

雨が降っていても、暑くても寒くても、映画館なら快適に過ごせる。

また、共通の体験ができることも大きい。

同じ作品を観て、笑ったり驚いたりする。

映画が終わったあとには、感想を話せる。

会話が苦手な人にとっては、話題が一つ用意されているという安心感もあるだろう。

最初から長時間話し続けるより、映画を挟んだ方が緊張しにくい人もいると思う。

だから、映画デートが間違っていると言いたいわけではない。

実際に映画デートをきっかけに、距離が縮まった人もいるだろう。

ただ、僕は思う。

映画デートは、予定を成立させやすいだけで、必ずしも相手を知るのに最適な方法ではないのではないか。

行き先を決めやすいことと、二人の距離が縮まることは別だ。

会話をしなくて済むことと、一緒にいて居心地がいいことも違う。

付き合う前だからこそ、僕はもう少し相手と話す時間を大切にしたい。

食事をして、街を歩いて、何でもない話をする。

そういう時間の方が、相手のことを知れる気がする。

映画が面白ければ面白いほど、帰りたくなる

そして、ここまでいろいろ考えてきたが、僕が付き合う前の映画デートをおすすめしない理由には、もう一つある。

これは、完全に僕自身の問題だ。

映画を観終わったあと、もう何かをする気が起きなくなるのである。

映画が終わる。

エンドロールが流れる。

僕はまだ、物語の余韻に浸っている。

登場人物のことを考える。

あの場面には、どんな意味があったのだろう。

あの言葉は、どういう気持ちで口にしたのだろう。

そんなことを考えている。

映画館を出ても、まだ頭の中には物語が残っている。

そして、思う。

もう帰りたい。

家に帰って、今日観た映画のことを考えていたい。

別に、相手が嫌なわけではない。

会話をするのが嫌なわけでもない。

ただ、映画を観終わったことで、僕の中では一日が終わってしまうのだ。

特に、素晴らしい作品だったときはそうだ。

心を揺さぶられるような映画を観たあと、すぐに別のことをする気になれない。

その作品について、しばらく考えていたい。

余韻を味わいたい。

何もせず、ただ物語のことを思い返していたい。

しかし、映画デートならそうはいかない。

「このあと、どこ行く?」

そう聞かれる。

……。

そうだった。

デートだった。

食事に行く予定だった。

もちろん、行けば楽しいのかもしれない。

相手と話し始めれば、自然と会話が弾むこともあるだろう。

ただ、映画を観終わった直後の僕には、その気持ちがなかなか湧いてこない。

もう帰って、映画の余韻に浸りたい。

だから、僕にとって映画デートは少し難しい。

映画がつまらなかったら、それはそれで残念だ。

しかし、映画が素晴らしかったら、今度はデートの続きをする気が起きなくなる。

何ということだ。

映画デートなのに、映画が成功するほど、デートの続きが難しくなる。

もちろん、これは僕個人の感覚である。

映画を観終わって、すぐに誰かと感想を語り合いたい人もいるだろう。

そのまま食事に行き、映画について何時間でも話せる人もいると思う。

それはそれで、素敵な時間だ。

ただ、僕は一人で余韻に浸りたくなる。

映画を観たあとは、物語の世界からゆっくり戻ってきたいのだ。

付き合う前だからこそ、もっと話せばいい

結局、付き合う前の映画デートが向いているかどうかは、人によるのだろう。

映画が好きな二人なら、共通の趣味を楽しめる。

会話が苦手な人にとっては、緊張を和らげるきっかけになるかもしれない。

だから、映画デートを選ぶこと自体が悪いわけではない。

ただ、僕なら別の場所を選ぶ。

食事でいい。

観光地でもいい。

一緒に歩いて、景色を眺めて、気になった店に入る。

その中で、いろいろな話をすればいい。

何が好きなのか。

何が嫌いなのか。

どんなことに笑うのか。

どんな時間を心地よいと感じるのか。

そういうものを知ることが、付き合う前のデートでは大切なのではないだろうか。

会話が途切れたっていい。

少しくらい気まずくなったっていい。

その気まずさも含めて、二人の相性が見えてくるのだと思う。

会話をしなくて済むから映画館へ行く。

その考え方も理解はできる。

しかし、付き合ったあとも、二人の時間は続いていく。

いつまでも映画に会話を任せるわけにはいかない。

だったら、最初から少しずつ話してみればいい。

映画は、もっと仲良くなってからでもいいではないか。

一緒に観たい作品があれば、映画館へ行けばいい。

家でゆっくり観るのもいい。

映画そのものを楽しむ時間と、お互いを知るための時間。

その二つを、無理に一緒にする必要はないと思う。

そして、僕の場合は、やはり映画を観終わったあとが問題だ。

素晴らしい作品に出会う。

心が震える。

しばらく、その世界に浸っていたくなる。

そのとき、隣にいる相手が悪いわけではない。

ただ、僕はもう帰りたくなっている。

映画が好きだからこそ、映画デートには向いていないのかもしれない。

何とも皮肉な話である。

だから、付き合う前のデートなら、僕は食事を選ぶ。

あるいは、どこかへ出かける。

一緒に歩き、話し、笑う。

その方が、きっと相手のことを知れる。

映画は映画で、ゆっくり楽しみたい。

そして、素晴らしい作品を観終わったら、家に帰って余韻に浸りたい。

僕にとって、それも映画を楽しむ大切な時間なのである。

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