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LINEグループをほとんど退会した。その心理とは。人間関係を整理したら最高。

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ある日、知り合いからLINEが届いた。

僕はそのメッセージを見て思った。

面倒くさい。

返信したくない。

別に相手が悪いことをしたわけではない。何か揉めているわけでもない。ただ、今の僕には、その人とやり取りを続けたいという気持ちがなかった。

だったら返信しなければいい。

実に簡単な話である。

しかし、ここで一つ問題が発生した。

その人物とは、共通のグループLINEに所属しているのである。

個別のLINEを無視しておきながら、グループLINEには所属している。

今後、グループ内で何か発言する機会があるかもしれない。

そうなったら、少々気まずい。

個別のLINEは無視しているくせに、グループLINEには反応している。

そんな状況になりかねない。

何とも面倒くさい話である。

僕は考えた。

どうしたものか。

個別のLINEに返信するべきか。

いや、返信したくないから悩んでいるのである。

それでは何も解決していない。

そこで、ふと気がついた。

あれ?

グループLINEも抜けたらいいんじゃないか?

……。

天才かもしれない。

なぜ、今まで思いつかなかったのだろう。

僕はさっそく、そのグループLINEを退会した。

もちろん、何も言わずに。

すると、どうだろう。

気持ちがいい。

実に気持ちがいい。

何だ、この解放感は。

僕はただ、スマホの画面を操作しただけである。

しかし、何か大きな荷物を下ろしたような気分になった。

そして、僕は思った。

ほかのグループLINEも、いらないのではないか。

そこから、僕のグループLINE大掃除が始まった。

同窓会。

地元の知り合い。

大学のゼミ。

昔、何かの集まりで作られたグループ。

一つずつ確認していく。

これは必要か。

いや、いらない。

こっちはどうだ。

これもいらない。

退会。

退会。

また退会。

中には、今でも時々メッセージが届くグループもあった。

しかし、僕にとって必要かと聞かれれば、そうでもない。

だったら、退会すればいい。

気がつけば、残ったグループLINEはたったの二つになっていた。

僕はスマホの画面を眺めた。

何とも清々しい。

まるで部屋の中にあった不要な家具を、一気に処分したような気分だった。

しかも、驚いたことに、思考までスッキリしたような感覚がある。

一体、これはどういうことなのだろう。

僕は今回の出来事をきっかけに、グループLINEというものについて、改めて考えてみることにした。

目次

グループLINEというのは、非常に面倒なものである

そもそも、グループLINEというのは、非常に面倒なものである。

誰か一人が発言する。

すると、全員のスマホに通知が届く。

別の誰かが返信する。

また通知が届く。

さらに別の誰かが返信する。

また通知が届く。

「了解!」

「ありがとう!」

「よろしく!」

「はーい!」

……。

もうわかった。

何人がかりで僕のスマホを鳴らすつもりなんだ。

しかも、僕はその会話に参加していない。

何なら、参加する予定すらない。

例えば、何人かが集まって食事に行くことになったとする。

「土曜日どうする?」

「何時集合?」

「私は18時からなら行ける!」

「じゃあ19時?」

「お店どうする?」

「何でもいいよ!」

「私も!」

……。

知らん。

僕は行かないのである。

参加する人たちだけで話してくれないだろうか。

なぜ、僕のスマホまで鳴らされなければならないのか。

もはや通知テロである。

しかも、犯人は全員知り合いだ。

もちろん、グループLINEが便利なことも理解している。

大勢に同じ情報を伝えるときには役に立つ。

一人ずつ連絡する必要もない。

予定を決めるときにも便利だろう。

しかし、便利だからといって、全員がその会話に参加したいとは限らない。

ここが厄介なのである。

一人にとって必要な連絡が、別の誰かにとっては不要な通知になる。

そして、その不要な通知が何度も繰り返される。

一対一のLINEなら、まだわかる。

相手は僕に連絡している。

しかし、グループLINEでは、僕に関係のない会話まで勝手に届けられる。

僕のスマホは、みんなの掲示板ではない。

通知をオフにすれば解決するのか

ここまで読んで、こう思った人もいるだろう。

通知をオフにすればいいではないか。

その通りである。

実際、通知をオフにすれば、スマホが何度も鳴ることはなくなる。

それだけでも、かなり快適になるだろう。

しかし、今回の僕が感じた面倒くささは、それだけではなかった。

グループLINEに所属しているという事実そのものが、何となく面倒だったのである。

例えば、誰かが集まりを企画する。

参加するかどうか聞かれる。

行きたくなければ断ればいい。

もちろん、その通りだ。

しかし、僕はそもそも、その誘いについて考えること自体が面倒なのである。

行くか。

行かないか。

どう断るか。

いつ返信するか。

そんなことを考えたくない。

だったら、最初から誘いが届かない状態にすればいい。

通知をオフにしても、グループLINEに所属している限り、そうしたやり取りは残る。

しかし、退会してしまえば、その可能性自体がなくなる。

ここに大きな違いがある。

通知をオフにすることは、音を消すことである。

退会することは、関係のないやり取りから離れることである。

僕が求めていたのは、どうやら後者だったらしい。

なぜ人はグループLINEを退会できないのか

それにしても、不思議な話である。

グループLINEは、簡単に退会できる。

退会ボタンを押せばいい。

それだけである。

しかし、実際には、抜けたいと思いながらも抜けられない人がいる。

なぜなのだろう。

理由の一つは、周囲からどう思われるかを気にしてしまうからではないだろうか。

グループLINEを退会すると、ほかのメンバーにも退会したことが表示される。

「〇〇が退会しました」

何とも大げさな仕組みである。

ただグループを抜けただけなのに、わざわざ全員に知らせてくれる。

頼んでいないのだが。

そして、その表示を見た人が何を思うのか。

怒っているのだろうか。

誰かと揉めたのだろうか。

何か不満があったのだろうか。

そんなことを想像して、退会をためらう人もいるのかもしれない。

しかし、僕は思う。

何もないから抜けたのかもしれないではないか。

誰かと喧嘩したわけでもない。

誰かを嫌いになったわけでもない。

ただ、もう必要ない。

それだけである。

そもそも、グループLINEに残ることには理由を求められないのに、退会すると理由を求められる。

これは少し不思議だ。

何年も発言していない。

誰とも会っていない。

それでも、グループに残っている限り、誰も何も言わない。

ところが、退会ボタンを押した途端、何か特別な意味が生まれる。

僕はただ、不要なものを整理しただけなのである。

なぜ、そこに人間関係の重大事件を見いださなければならないのだろう。

LINEの中だけで、いつまで大学生を続けるつもりなのか

今回、僕が退会したグループの中には、大学時代のゼミもあった。

大学を卒業して、もう何年も経っている。

当然、今はゼミに所属していない。

授業を受けることもない。

研究発表をすることもない。

教授から課題を出されることもない。

しかし、LINEの中では、いまだにゼミのメンバーなのである。

……。

いつまでゼミ生なんだ、僕は。

もう卒業させてくれ。

大学はとっくに卒業している。

卒業証書だって受け取っている。

それなのに、スマホの中だけ学生生活が続いている。

何とも奇妙な話である。

もちろん、昔の仲間とつながり続けることが悪いわけではない。

卒業後も交流が続いている人たちにとっては、大切な場所なのだろう。

しかし、僕にとっては、もう必要のないグループだった。

だったら、退会すればいい。

同窓会のグループも同じである。

昔、一緒に学校へ通っていた。

それは事実だ。

同じ教室で授業を受け、同じ時間を過ごした。

しかし、だからといって、何十年も同じグループLINEに所属し続けなければならないのだろうか。

そんな決まりはない。

過去に関係があったことと、現在も関係を続けたいことは別である。

昔の思い出は、グループLINEを退会したところで消えない。

学生時代の出来事も、当時の友人との記憶も、そのまま残る。

僕は思い出を削除したわけではない。

ただ、今は必要のない連絡先の集まりから抜けただけなのである。

グループLINEを抜けると、個人まで無視しやすくなる

そして、今回の退会で、僕が特に大きなメリットを感じたことがある。

それは、個別のLINEを無視しやすくなったことだ。

そもそも、今回の大掃除は、一人の知り合いから届いたLINEがきっかけだった。

返信するのが面倒くさい。

しかし、共通のグループLINEがある。

だから、何となく無視しづらい。

そんな状況だった。

ところが、グループLINEを退会してしまえば、どうだろう。

共通の場所がなくなる。

個別のLINEを無視したまま、グループ内で顔を合わせることもない。

今後、その人と連絡を取るかどうかを、自分で選べるようになる。

何という自由だ。

もちろん、返信しなければならない重要な連絡まで無視していいという話ではない。

しかし、単なる雑談や、気乗りしない誘いにまで、必ず応じる必要があるのだろうか。

僕は、そうは思わない。

LINEを知っている。

連絡先を交換している。

だからといって、いつでも会話に応じなければならないわけではない。

連絡できる関係と、連絡を取りたい関係は違う。

ここを混同してしまうと、人間関係はどんどん面倒になる。

相手が連絡してきたから、返信しなければならない。

誘われたから、何か理由をつけて断らなければならない。

そんな義務感が生まれてしまう。

しかし、本来、誰とどれくらい関わるかは、自分で決めていいはずである。

僕は今回、グループLINEを退会することで、その当たり前のことに気がついた。

最初は、一人のLINEに返信したくなかっただけである。

それが、気がつけば人間関係の整理にまで発展していた。

我ながら、なかなか大がかりな作戦である。

そもそも、もう会わないのだから気まずくなりようがない

グループLINEを退会すると、人間関係が気まずくなるのではないか。

そう心配する人もいるだろう。

しかし、今回の僕には、その心配がほとんどなかった。

なぜなら、今後その人たちと会わないという選択ができるからである。

例えば、昔の同級生。

大学時代の知り合い。

地元のグループ。

もちろん、偶然どこかで再会する可能性はある。

しかし、日常的に顔を合わせる関係ではない。

会うかどうかを、自分で選ぶことができる。

だったら、気まずいも何もないではないか。

仮に、僕がグループLINEを退会したことについて、誰かが何か言っていたとする。

「あいつ、何で抜けたんだろう」

「何かあったのかな」

そんな会話が繰り広げられていたとしても、僕の生活にはほとんど関係がない。

そもそも、その会話を聞く機会がない。

何を言われているのかも知らない。

そして、僕はその人たちと会う予定もない。

一体、何を気にする必要があるのだろう。

もちろん、退会した相手を嫌いになったわけではない。

二度と会いたくないと決めたわけでもない。

ただ、会わないという選択ができる。

ここが重要なのである。

人間関係というのは、一度つながったら一生続けなければならないものではない。

学生時代には毎日のように会っていた人でも、卒業すれば生活は変わる。

仕事も変わる。

住む場所も変わる。

興味のあることも変わる。

それなのに、LINEの中だけ昔の関係を維持し続ける必要があるのだろうか。

僕には、そうは思えなかった。

グループLINEをすぐに退会する人の心理とは

ここで少し、僕以外の人についても考えてみたい。

世の中には、グループLINEをすぐに退会する人がいる。

何かの集まりが終わると、いつの間にか退会している。

旅行が終わったら退会。

飲み会が終わったら退会。

イベントが終わったら退会。

実に潔い。

では、そういう人たちは、何を考えているのだろう。

もちろん、理由は人それぞれだ。

しかし、一つ考えられるのは、グループLINEを単なる連絡手段として捉えていることだ。

例えば、旅行の予定を決めるためにグループを作ったとする。

集合時間を決める。

宿泊先を共有する。

当日の連絡を取る。

そして、旅行が終わる。

だったら、もう役割は終わっている。

退会しても何もおかしくない。

ところが、人によっては、そこからグループLINEが雑談の場になる。

旅行の思い出を話す。

次の予定を考える。

何でもない日常の出来事を共有する。

それが楽しい人もいるだろう。

一方で、そこまでの交流を求めていない人もいる。

どちらが正しいという話ではない。

グループLINEに求めているものが違うのである。

また、大人数のやり取りが苦手な人もいるだろう。

一対一なら普通に話せる。

しかし、グループになると、誰に返信しているのかわからなくなる。

どの話題に反応すればいいのか迷う。

全員に気を遣うことが面倒になる。

そうした人にとって、退会は自分の負担を減らすための行動なのかもしれない。

あるいは、単純に自分の時間を大切にしたい人もいる。

スマホを見る時間を減らしたい。

必要のない連絡を受け取りたくない。

人間関係を増やしすぎたくない。

そんな考え方もあるだろう。

そして、もう一つ。

他人からどう思われるかを、あまり気にしない人。

退会したら何か言われるかもしれない。

しかし、それはそれ。

自分に必要がなければ抜ける。

実に合理的である。

僕も今回、少しだけその感覚がわかった気がした。

退会するときに挨拶は必要なのか

ところで、グループLINEを退会するとき、挨拶をする人がいる。

「今までありがとうございました」

「お世話になりました」

「グループを抜けさせていただきます」

もちろん、丁寧なことは悪くない。

しかし、僕は今回、何も言わずに退会した。

そもそも、なぜ挨拶が必要なのだろう。

会社を退職するのか、僕は。

送別会でも開かれるのだろうか。

花束を渡されるのだろうか。

「長い間、お疲れさまでした」

そんな言葉とともに、拍手で送り出されるのだろうか。

いや、ただのグループLINEである。

退会ボタンを押すだけでいい。

しかも、LINEは親切にも退会したことを表示してくれる。

「〇〇が退会しました」

もう十分ではないか。

それ以上、何を説明する必要があるのだろう。

もちろん、現在進行中の仕事や活動で、役割を引き継がなければならない場合は別である。

必要な連絡はしておいた方がいい。

しかし、何年も前の同窓会や、すでに役割を終えたグループなら、無言で退会しても構わないと僕は思う。

退会する理由を説明することで、かえって話が大きくなる場合もある。

「何かあったの?」

「どうして?」

「残っておけばいいのに」

……。

だから、そういうやり取りが面倒なのである。

僕はただ、静かに抜けたい。

それだけだ。

今後も顔を合わせる人たちのグループLINEはどうすればいいのか

とはいえ、今回の僕のように、簡単に退会できるグループばかりではない。

例えば、職場のグループLINE。

退会した翌日、普通に顔を合わせる。

しかも、仕事上の連絡が届く場合もある。

そんなグループを突然退会すれば、支障が出るかもしれない。

友人同士のグループでも同じである。

今後も頻繁に会う人たちなら、退会した理由を聞かれる可能性がある。

では、どうすればいいのだろう。

僕は、ひとまず通知をオフにするのがいいと思う。

これなら、突然の通知に振り回されることもない。

必要なときに確認すればいい。

そして、ここが重要である。

通知をオフにした時点で、気持ちはもう退会していていい。

形式上は所属している。

しかし、心はすでに退会しているのである。

いわば、幽霊部員だ。

名簿には名前がある。

しかし、活動にはほとんど参加しない。

僕はグループLINEに籍だけ置いて、自分の生活を送る。

そして、いつか現実の関わりがなくなったとする。

職場を辞めた。

活動を終えた。

集まりに参加しなくなった。

そのときは、退会すればいい。

心の退会届は、とっくの昔に提出しているのだ。

もちろん、業務連絡など必要な情報まで見落としてはいけない。

そこは現実の事情に合わせる必要がある。

しかし、雑談にまで無理して参加する必要はないだろう。

グループLINEに所属していることと、すべての会話に参加することは別である。

僕は、そう考えている。

なぜグループLINEを退会すると、こんなに気持ちがいいのか

さて、ここで最初の話に戻ろう。

僕は今回、ほとんどのグループLINEを退会した。

残ったのは、たったの二つ。

そして、驚くほど気持ちがよかった。

しかし、冷静に考えてみると、不思議なことである。

僕がしたのは、スマホの画面を何度か操作しただけだ。

部屋を掃除したわけではない。

仕事が減ったわけでもない。

収入が増えたわけでもない。

生活そのものが劇的に変わったわけではない。

それなのに、なぜか頭の中までスッキリした。

これは、グループLINEに所属しているだけで、目に見えない負担を感じていたからなのかもしれない。

いつか連絡が来るかもしれない。

何かに誘われるかもしれない。

返信を求められるかもしれない。

個別に連絡してきた人と、グループ内で関わることになるかもしれない。

実際には、何も起きていない。

それでも、そうした可能性が残っている。

僕は、そのことを無意識に面倒だと感じていたのだろうか。

そして、退会することで、その可能性が一気に消えた。

もう、そのグループから通知は届かない。

誰かの会話に巻き込まれることもない。

集まりへの参加を考える必要もない。

何となく残していた過去の人間関係について、気にする必要もなくなった。

だから、これほど気持ちがよかったのかもしれない。

考えてみれば、部屋の片付けにも似ている。

何年も使っていないものを、何となく持ち続けている。

いつか使うかもしれない。

捨てるのはもったいない。

そんな理由で残している。

しかし、思い切って処分すると、意外なほどスッキリすることがある。

LINEグループも、僕にとっては同じだった。

いつか連絡するかもしれない。

いつか会うかもしれない。

何か必要になるかもしれない。

そんな曖昧な理由で、何年も残していた。

しかし、よく考えてみれば、必要になったときに連絡を取ればいいだけの話である。

グループLINEに所属し続けなければ、二度と会えなくなるわけではない。

連絡を取りたい人がいれば、個別に連絡すればいい。

逆に、連絡を取りたくない人とは、無理に関わらなくてもいい。

それだけのことだった。

人間関係は、多ければ多いほどいいのだろうか

僕は今回、グループLINEを整理しながら、もう一つ考えたことがある。

人間関係というのは、多ければ多いほどいいのだろうか。

友人が多い。

知り合いが多い。

連絡先が多い。

グループLINEがたくさんある。

そうした状態を、人付き合いが充実していると考える人もいるだろう。

もちろん、たくさんの人と交流することが楽しい人もいる。

それはそれで素晴らしいことだと思う。

しかし、僕はそうではない。

誰かとつながっていること自体に、それほど価値を感じない。

大切なのは、人数ではなく、自分がその関係を続けたいと思っているかどうかではないだろうか。

昔は仲がよかった。

それはそれでいい。

一緒に過ごした時間があった。

それも事実である。

しかし、だからといって、現在も同じ関係を維持しなければならないわけではない。

人は変わる。

生活も変わる。

興味も変わる。

そして、人間関係も変わる。

僕は、そこに無理に逆らう必要はないと思っている。

今回、僕が整理したのは、友人との思い出ではない。

誰かに対する感謝でもない。

ただ、今の自分には必要のない所属である。

人間関係を減らしたというより、必要のない「つながり続けなければならない」という感覚を減らした。

そう考えると、今回の解放感にも納得がいく。

もちろん、これから新しい出会いがあれば、また誰かと連絡先を交換することもあるだろう。

新しいグループLINEに参加することもあるかもしれない。

それは別に構わない。

ただ、必要がなくなったときには、また抜ければいい。

一度つながったからといって、永遠に所属し続ける必要はないのである。

グループLINEを整理したら、最高だった

こうして、僕のグループLINE大掃除は終わった。

きっかけは、たった一通のLINEだった。

返信するのが面倒くさい。

ただ、それだけだったのである。

しかし、共通のグループLINEがあることに気づいた。

だったら、そこも抜ければいい。

そう思って退会したら、あまりにも気持ちがよかった。

そして、ほかのグループも次々と退会した。

同窓会。

地元。

大学のゼミ。

今でも時々動いているグループ。

気がつけば、残ったのは二つだけ。

僕はスマホの画面を眺めた。

何とも清々しい。

これまで、なぜこんなにたくさんのグループLINEに所属していたのだろう。

そして、なぜもっと早く退会しなかったのだろう。

不思議で仕方がない。

もちろん、グループLINEが好きな人は、そのまま楽しめばいい。

大勢で会話することが好きな人もいるだろう。

昔の仲間とつながり続けたい人もいるだろう。

僕は、それを否定するつもりはない。

ただ、僕には必要なかった。

それだけである。

そして、退会してみて初めて気がついた。

自分が思っていた以上に、不要なつながりを持ち歩いていたことに。

スマホの中だけでなく、頭の中まで軽くなったような気がした。

何だか、これからはもっと自由に生きられそうである。

……。

そこで、僕はふと思った。

いっそ、LINEそのものを消してしまおうか。

これほど気持ちがいいのだから、アプリごと消したら、どれほどスッキリするのだろう。

想像しただけで、少しワクワクしてしまった。

しかし、さすがに思いとどまった。

危ない。

グループLINEを整理するつもりが、連絡手段そのものを消すところだった。

どうやら、断捨離にも勢いというものがあるらしい。

僕はそっとスマホを置いた。

残ったグループLINEは、二つ。

今のところ、それで十分である。

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