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本好きあるある?同じ本を何度も買ってしまう、手に取ってしまう理由と心理。

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僕には、どうしても直したい癖がある。

それは、同じ本を何冊も買ってしまうことだ。

一度ならまだわかる。誰だって、うっかりすることはある。すでに購入していたことを忘れて、もう一冊買ってしまう。まあ、仕方がない。

しかし、二度目となると話は変わってくる。

一度失敗しているにもかかわらず、また同じ本を買ってしまうのだ。

つまり、三冊目である。

お前、何してんだ。

自分でもそう思う。

別に保存用として買っているわけではない。観賞用でもないし、誰かにプレゼントする予定もない。

ただ、買ったことを忘れているのだ。

しかも、どうやら同じ経験をしている本好きは、僕だけではないらしい。

世間では「本好きあるある」などと呼ばれている。

いや、待て。

あるあるで済ませていいのだろうか。

同じ本が三冊もあるのだ。

そのお金で、違う本が買えたではないか。

今回は、なぜ本好きは同じ本を何度も買ってしまうのか、その理由と心理について考えてみたい。

できれば、この癖を直したい。

本当に、できれば。

目次

本を買って帰ったあとの至福の時間

僕は本を買うのが好きだ。

もちろん、読むことも好きである。しかし、本を買うことには、読書とはまた違った楽しみがある。

本屋に入る。

ずらりと並んだ本を眺める。

気になるタイトルを見つける。

「おっ、これ面白そうだなあ」

ぽいっ。

別の棚へ移動する。

「おお、これもいいじゃないか」

ぽいっ。

あらすじを読み、表紙を眺め、著者の名前を確認する。

そうして気になる本を次々と選んでいく。

そして、何冊か購入して帰宅する。

ここからが、また楽しい。

買ってきた本を一冊ずつ取り出して、並べてみる。

表紙を眺める。

裏表紙のあらすじを読み返す。

ページをぱらぱらとめくってみる。

「いやあ、いい買い物をしたなあ」

実に幸せな時間である。

まだ一文字も読んでいない。

それなのに、すでに満足している。

これからどんな物語に出会えるのだろう。どんな登場人物が待っているのだろう。どんな文章に心を動かされるのだろう。

そんなことを考えているだけで楽しい。

本というのは不思議なものだ。

買った瞬間から楽しめるのに、読む楽しみはまだ残っている。

いわば、楽しみの前払いである。

そんな幸福感に包まれながら、買ってきた本を本棚にしまおうとする。

すると、見覚えのある背表紙が目に入る。

ん?

ちょっと待て。

これ、同じ本じゃないか?

買ってきた本と、本棚にある本を見比べる。

タイトルが同じだ。

著者も同じだ。

表紙まで同じだ。

……。

やってしまった。

また買ってしまった。

まあ、仕方がない。次から気をつけよう。

そう思いながら本棚を整理していると、さらにもう一冊出てくる。

ん?

一冊。

二冊。

三冊。

三冊目だ。

お前、何してんだ。

ついさっきまで幸せだったのに、急に自分の記憶力が心配になってくる。

そして、三冊の本を眺めながら考える。

なぜ僕は、これほどまでに同じ本を選んでしまうのだろう。

① 過去の自分と現在の自分の好みが一致している

まず考えられるのは、単純に自分の好みが変わっていないということだ。

本を選ぶとき、僕たちはさまざまな情報を参考にする。

タイトル、表紙、あらすじ、著者、帯に書かれた紹介文。

そうした情報を見て、面白そうだと思った本を購入する。

そして、何か月後、あるいは何年後。

同じ本を見つける。

「おっ、面白そうだなあ」

また買う。

ここで少し考えてみたい。

過去の自分も、現在の自分も、まったく同じ本を面白そうだと感じているのだ。

これは、ある意味すごいことではないだろうか。

人間の好みというのは、そう簡単には変わらないのかもしれない。

たとえば、僕が人間の内面を深く描いた小説に惹かれるとする。

数年前にそうした作品を見つけて購入した。

ところが、そのことを忘れてしまう。

そして数年後、再び同じ作品を見つける。

やっぱり面白そうだと思う。

つまり、過去の僕と現在の僕は、知らないところで同じ選択をしている。

記憶は失われても、好みは残っている。

そう考えると、少し面白い。

ただし、これには問題がある。

自分の好みが一貫していることを確認するために、毎回お金を払う必要があるのだろうか。

ない。

まったくない。

自分の好みくらい、無料で確認させてほしい。

② 買った記憶はなくても、惹かれる感覚は残っている

次に考えたいのは、記憶と感覚の違いである。

本を買ったという出来事は忘れていても、その本に惹かれる理由まで消えるわけではない。

たとえば、ある小説のタイトルが気になったとする。

何となく美しい響きだった。

あるいは、表紙の色合いが好みだった。

もしくは、あらすじに書かれた一文が妙に心に引っかかった。

そうして購入した。

しかし、読まずに本棚へしまい、そのまま時間が経ってしまった。

すると、買った記憶が薄れていく。

けれど、その本を魅力的に感じる自分自身は変わっていない。

だから、もう一度見つけたときにも興味を持つ。

これは必ずしも、以前の購入体験を無意識に覚えているということではないだろう。

単純に、同じものを魅力的に感じる判断基準が残っているのかもしれない。

ここで厄介なのが、見覚えのある本だ。

「あれ? このタイトル、どこかで見たことがあるなあ」

普通なら、ここで疑うべきなのだ。

もしかすると、すでに持っているのではないか。

ところが、僕は違う。

「前から気になっていた本なのかもしれない」

そう考えてしまう。

いや、違う。

前から気になっていたのではない。

前に買ったのだ。

しかも、場合によっては二回も。

自分の記憶に、もう少し疑いの目を向ける必要がありそうだ。

③ 本を買う喜びと、読む喜びは別物である

そもそも、本好きはなぜ本を買うのだろう。

読むため。

もちろん、それが基本である。

しかし、必ずしも買った本をすぐに読むとは限らない。

今読んでいる本がある。

次に読む予定の本もある。

その次に読む本まで決まっている。

それでも、気になる本を見つけると買ってしまう。

なぜなのか。

おそらく、本を買うという行為そのものにも喜びがあるからだ。

本を購入すると、これから読む楽しみが手元に増える。

まだ知らない世界への入り口が、ひとつ増えたような感覚になる。

今日買った本を、明日読むとは限らない。

来週かもしれない。

来月かもしれない。

数年後かもしれない。

それでも構わない。

いつか読みたいと思える本が、自分の本棚にある。

それだけで嬉しいのだ。

ただ、この「いつか」が厄介である。

いつか読むつもりで買った。

しかし、まだ読んでいない。

そのまま存在を忘れる。

そして再び見つける。

「これ、いつか読みたいなあ」

ぽいっ。

また未来への期待を購入してしまった。

しかも、その未来はすでに一度購入済みである。

本を買うことが好きなのはいい。

しかし、同じ未来を何度も買うのは、さすがに効率が悪すぎる。

④ 所持している本が多すぎる

これは、かなり大きな原因だと思う。

本好きというのは、気づけば本が増えている。

最初は十冊だったかもしれない。

それが五十冊になり、百冊になり、さらに増えていく。

もちろん、すべての本好きが大量の本を所有しているわけではない。

図書館を利用する人もいれば、読み終えた本を手放す人もいる。

しかし、僕のように本を買い続ける人間の場合、蔵書は増える一方である。

そうなると、何を持っているのか把握すること自体が難しくなってくる。

数十冊なら覚えていられるかもしれない。

しかし、何百冊もあればどうだろう。

一冊一冊のタイトルを、すべて正確に思い出せるだろうか。

少なくとも、僕には難しい。

しかも、本棚というのは、必ずしも整然と管理されているとは限らない。

作家別に並べているつもりでも、途中で別の本が入っていたりする。

読みかけの本が机に置かれていることもある。

購入したまま、別の場所に積まれている本もある。

こうなると、もはや自宅の蔵書を完全に把握するのは簡単ではない。

自分の所有物なのに、自分でも何があるのかわからない。

何とも不思議な話である。

そして、さらに困るのが、同じ本を買ってしまった場合だ。

蔵書が一冊増える。

いや、作品の種類は増えていない。

物理的な冊数だけが増えている。

本棚のスペースは減っているのに、読める物語の種類は増えていない。

これは、なかなか悲しい。

⑤ 積読が多いと、購入した記憶が薄れやすい

蔵書の多さと関係しているのが、積読である。

積読。

なんとも便利な言葉だ。

まだ読んでいない本が積み重なっている状態を、たった二文字で表現できる。

しかも、本好きの間では珍しいことでもない。

しかし、積読が増えるほど、同じ本を買ってしまう可能性も高くなるのではないだろうか。

読んだ本なら、内容と結びつけて記憶できる。

登場人物の名前。

印象的な場面。

物語の結末。

好きだった文章。

そうした記憶があるため、同じ本を見つけても気づきやすい。

ところが、未読の本は違う。

まだ物語を体験していない。

記憶にあるのは、購入したという出来事だけである。

そして、その購入体験も、ほかの買い物の記憶に埋もれてしまう。

先週も本を買った。

先月も買った。

その前の月も買った。

いったい、いつ何を買ったのか。

そんなもの、いちいち覚えていられない。

いや、本当は覚えておくべきなのだろう。

しかし、覚えていないのだから仕方がない。

ここで重要なのは、積読そのものが悪いわけではないということだ。

読んでいない本が手元にあることには、それなりの楽しさがある。

問題は、その存在を忘れて、もう一度購入してしまうことなのである。

⑥ 新装版や装丁違いが別の本に見える

これも、本ならではの原因だろう。

同じ作品でも、表紙が変わることがある。

新装版として発売されたり、文庫化されたり、出版社が変わったりする。

映画化やドラマ化に合わせて、カバーのデザインが変更されることもある。

以前は落ち着いた色合いの表紙だったのに、新しい版では鮮やかなデザインになっている。

写真を使っていたものが、イラストに変わっている。

そうなると、まったく別の作品のように見えることがある。

「おっ、これ面白そうだなあ」

ぽいっ。

帰宅して本棚を眺める。

……ん?

同じタイトルがある。

著者も同じだ。

しかし、表紙が違う。

お前、変装してたんか。

いや、もちろん本は悪くない。

タイトルも著者名も、ちゃんと書かれている。

それを見落とした僕が悪い。

ただ、こうして考えると、装丁というのは本の印象を大きく左右するものなのだと感じる。

僕たちは本を選ぶとき、内容だけで判断しているわけではない。

色、写真、イラスト、文字の配置。

そうした視覚的な情報からも、作品の雰囲気を想像している。

だからこそ、装丁が変わると新鮮な印象を受けるのだろう。

もちろん、装丁違いを承知のうえで購入する人もいる。

好きな作品だから、別の表紙も所有しておきたい。

そういうコレクションの楽しみ方もある。

それはそれで素敵なことだと思う。

しかし、僕の場合は違う。

同じ本だと気づかずに買っているのだ。

これはコレクションではない。

ただの重複購入である。

⑦ 本棚にあるときと、店頭にあるときでは印象が違う

同じ本でも、置かれている場所によって印象が変わることがある。

自宅の本棚に並んでいるときは、特に気にならない。

毎日見ているからだろうか。

すっかり風景の一部になっている。

ところが、店頭で見つけると、なぜか魅力的に感じる。

平積みされていたり、目立つ場所に置かれていたりすると、つい手に取ってしまう。

自宅では見向きもしなかった本なのに、外で再会すると興味が湧く。

何とも勝手な話である。

人間関係にも、少し似ているかもしれない。

普段は何とも思っていなかった相手が、いつもと違う場所にいると、妙に魅力的に見える。

もちろん、本と人間を同じように考えることはできない。

しかし、周囲の環境によって印象が変わるという点では、共通する部分があるように思う。

本棚にあるときは、ただの所有物。

店頭に並んでいるときは、新しい出会い。

そう感じてしまうのかもしれない。

ただし、これは同じ本を買う直接的な原因というより、購入を後押しする要素なのだろう。

結局のところ、持っていることを覚えていれば、買わずに済むのだから。

⑧ 本を買う瞬間は、意外と冷静ではない

僕が思うに、これも大きい。

本を選んでいるときというのは、楽しい。

気になる作品を見つける。

あらすじを読む。

面白そうだと思う。

その瞬間、頭の中はその本への期待でいっぱいになる。

「これ、読みたいなあ」

ぽいっ。

実に単純である。

しかし、このとき僕は、自宅の本棚のことをどれほど考えているだろうか。

おそらく、ほとんど考えていない。

目の前の本に夢中になっている。

今、この本を読みたい。

その気持ちが先に立ってしまう。

もちろん、すべての買い物が衝動買いというわけではない。

以前から欲しかった本を計画的に購入することもある。

しかし、偶然見つけた本の場合は、興味が湧いた瞬間に購入を決めてしまうことがある。

そして、その判断の中に「すでに持っているかもしれない」という確認が入っていない。

これが問題なのだろう。

考えてみれば、たった数秒立ち止まるだけでも違うはずだ。

「あれ? この本、持っていなかったっけ?」

そう自分に問いかければいい。

ところが、その数秒すら惜しい。

早く買いたい。

家に持って帰りたい。

そして、買ってきた本を眺めたい。

そんな気持ちに負けてしまう。

購入するときの僕は、未来の僕が困ることなど考えていない。

実に無責任な男である。

本好きあるあると言われても、僕は直したい

ここまで、同じ本を買ってしまう理由について考えてきた。

好みが変わらないこと。

購入した記憶が薄れていること。

本を買う喜び。

蔵書や積読の多さ。

装丁の違い。

購入時の高揚感。

いろいろな理由が考えられる。

そして、こうした失敗を経験する本好きは、どうやらほかにもいるらしい。

「同じ本を二冊買ってしまった」

「新装版だと気づかなかった」

「帰宅したら本棚にあった」

そんな話を聞くと、少し安心する。

ああ、僕だけではないのか。

しかし、安心している場合ではない。

僕は三冊目を買っている。

しかも、できればこの癖を直したいと思っている。

なぜなら、単純に無駄だからだ。

同じ本が三冊あったところで、読める物語が三つに増えるわけではない。

一冊で十分なのである。

もちろん、好きな作品を複数所有すること自体を否定するつもりはない。

保存用や観賞用として購入する人もいるだろう。

しかし、僕はそうではない。

間違えて買っている。

それだけなのだ。

仮に一冊八百円だとしよう。

同じ本を三冊買えば、合計二千四百円。

一冊だけでよかったのだから、千六百円が余計な出費になる。

千六百円。

別の本が二冊買えたかもしれない。

その二冊から、新しい作家に出会えたかもしれない。

今まで知らなかった物語を読めたかもしれない。

心に残る一文に出会えたかもしれない。

そう考えると、やはりもったいない。

僕は同じ本を三冊欲しかったわけではない。

違う本が欲しかったのだ。

自分の好みが一貫している証拠だとか、過去の自分と現在の自分が同じ選択をしたとか、そんなことはどうでもいい。

いや、考察としては面白い。

しかし、現実問題としてお金は減っている。

本好きあるある。

便利な言葉である。

失敗したときも、そう言えば何となく許される気がする。

しかし、あるあるだからといって、無駄遣いがなくなるわけではない。

僕は、このあるあるを卒業したい。

同じ本を買わないためには、どうすればいいのか

では、どうすれば重複購入を防げるのだろう。

まず考えられるのは、買う前に確認することだ。

これは当然である。

気になる本を見つけたら、一度立ち止まる。

「この本、持っていなかったっけ?」

そう考える習慣をつける。

しかし、問題がある。

考えたところで、思い出せない場合はどうすればいいのだろう。

「持っていたような気もする」

「いや、持っていなかったような気もする」

結局、判断できない。

そこで、次に考えられるのが蔵書管理である。

持っている本を記録しておけばいい。

スマートフォンのアプリなどを利用して、購入した本を登録する。

そうすれば、店頭で気になる本を見つけたときにも確認できる。

タイトルを検索する。

登録されていれば購入済み。

登録されていなければ未購入。

実にわかりやすい。

もちろん、登録漏れがあれば意味はないし、同じ作品の別版をどう扱うかという問題もある。

それでも、何も管理しないよりは重複購入を減らせるだろう。

これは、かなり有効な方法だと思う。

さらに、買った本をその日のうちに登録する習慣をつければ、今後の管理も楽になるはずだ。

問題は、すでに持っている本である。

今ある蔵書を、一冊ずつ登録しなければならない。

一冊。

二冊。

三冊。

十冊。

五十冊。

百冊。

……。

想像しただけで疲れてきた。

そもそも、僕は本を読むのが好きなのであって、本の在庫管理が好きなわけではない。

もちろん、蔵書を整理すること自体が楽しい人もいるだろう。

しかし、僕にとっては少々面倒くさい。

それに、登録作業を始めたところで、途中で別の本が気になってしまうかもしれない。

「ああ、そういえばこの本、まだ読んでいなかったなあ」

ぱらぱら。

「おっ、面白そうじゃないか」

読み始める。

気づけば、登録作業が止まっている。

そんな未来が簡単に想像できる。

ほかにも、本棚を整理する方法がある。

著者別に並べる。

未読と既読を分ける。

同じ作品が重複していないか確認する。

これも有効だろう。

しかし、結局は整理する手間がかかる。

そもそも、僕が直したいのは同じ本を買ってしまう癖であって、本棚の整理が苦手なことではない。

いや、もしかすると両方直す必要があるのかもしれない。

だんだん話が大きくなってきた。

結局、本を買う楽しさには勝てない

こうして考えてみると、同じ本を買ってしまう原因はいくつもある。

記憶の問題。

蔵書の問題。

積読の問題。

装丁の問題。

そして、本を買うこと自体が楽しいという問題。

しかし、最後のひとつについては、問題と呼びたくない。

本を買うのが楽しい。

これは、別に悪いことではない。

知らない作品を見つける。

気になるタイトルに出会う。

表紙に惹かれる。

あらすじを読んで、物語を想像する。

そうした時間が好きなのだ。

購入するたびに、いちいち疑心暗鬼になりたくもない。

「この本、持っていたかなあ」

「これも買ったことがあるかもしれない」

「いや、これも怪しいぞ」

そんなことばかり考えていたら、せっかくの買い物が楽しくなくなってしまう。

もちろん、確認することは大切だ。

それくらいは理解している。

しかし、僕は本を見つけた瞬間の、あの高揚感も大切にしたい。

「おっ、面白そう!」

ぽいっ。

「これも読みたいなあ!」

ぽいっ。

そして帰宅する。

買ってきた本を並べる。

一冊ずつ眺める。

至福の時間である。

この楽しさを、できれば失いたくない。

とはいえ、同じ本を三冊買うのは無駄だ。

それも理解している。

ならば、どうすればいいのだろう。

やはり、蔵書管理アプリを使うのが一番なのかもしれない。

今ある本を一冊ずつ登録する。

そして、今後購入した本も忘れずに記録する。

そうすれば、同じ本を何度も買うことは減るだろう。

うん。

実に合理的だ。

これ以上ない解決策ではないか。

よし。

決めた。

……。

めんどくさい。

よし、何冊でも買おう。

お前、何も解決してないじゃないか。

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