職場にいる。
口を開けば、
「しんどい」
と言う人が。
朝からしんどい。
仕事が始まってもしんどい。
ちょっと動いたらしんどい。
休憩に入ってもしんどい。
休憩から戻ってもしんどい。
仕事が終わってもしんどい。
一日中しんどいやないか。
僕の職場にもいる。
仮に彼を、
「しんどいマン」
と呼ぶことにする。
もちろん本人には言わない。
心の中だけだ。
僕はそこまで勇者ではない。
しんどいマンは今日も元気に、
「しんどい」
と言っている。
元気なのか、しんどいのか、もうよく分からない。
ただ一つ確かなのは、
今日もしんどいマンは、しんどそうである。
「しんどい」のは分かった。みんなしんどい
最初に言っておきたい。
しんどいこと自体を責めているわけではない。
そりゃ、しんどい日くらいある。
寝不足の日もある。
体が重い日もある。
仕事が忙しい日もある。
なんとなくやる気が出ない日だってある。
「今日ちょっとしんどいわ」
くらいなら何とも思わない。
僕だって言うことはある。
人間なんだから、弱音くらい吐けばいい。
問題はそこではない。
回数だ。
「あー、しんど」
「今日しんどいわ」
「いやー、しんどい」
「あー、ほんましんど」
さっき聞いた。
僕の記憶力をなめないでほしい。
あなたがしんどいという情報は、すでに受信している。
電波良好だ。
アンテナ3本立っている。
再放送はいらない。
しかも、仕事なんて多少はみんなしんどい。
あなたがしんどい。
分かった。
でも隣の人もしんどいかもしれない。
僕もしんどい日くらいある。
みんな、何かしら抱えて働いている。
ただ、
いちいち実況していないだけだ。
「腰がしんどい」
「眠い」
「疲れた」
「帰りたい」
心の中では、それぞれいろんなことを思っているだろう。
ありがたいことに人間には、
心の声
という機能が搭載されている。
使ってくれ。
僕はあなたの心の声を聞けない。
それでいい。
聞きたくないからだ。
もはや鳴き声なのかもしれない
あまりにも頻繁に聞いていると、途中から疑問が湧いてくる。
これは本当に言葉なのだろうか。
犬は、
「ワン」
と鳴く。
猫は、
「ニャー」
と鳴く。
しんどいマンは、
「しんどい」
と鳴く。
そういう生き物なのかもしれない。
そう考えると、少しだけ優しい気持ちになれる。
「あー、しんど」
お。
今日も鳴いてるな。
元気そうだ。
そのうち僕の中では名前まで変わってくる。
「お疲れさまです、しんどいさん」
「あー、今日しんどいわ」
「そうですか。今日もお元気そうで」
何を言っているのか分からない。
でも毎日聞いていると、それくらいの境地に達する。
なぜ「しんどい」をそんなに連発するのだろう
とはいえ、ここまで毎日「しんどい」と言っていると、逆に気になってきた。
なぜ彼らは、こんなにも「しんどい」を連発するのだろう。
本当に毎秒しんどいのだろうか。
「しんどい」と口に出さないと死ぬのだろうか。
何か理由があるはずだ。
そこで少し考えてみた。
もちろん、本人に聞いたわけではない。
僕の勝手な考察である。
①もう口癖になっている説
一番ありそうなのがこれだ。
もう意味なんてない。
「よいしょ」
「さて」
「えーっと」
みたいなものだ。
立ち上がる。
「あー、しんど」
物を持つ。
「しんど」
歩き出す。
「いやー、しんどいわ」
掛け声になっとる。
本人の中では、「私は現在つらい状態です」という重大な意思表示ではないのかもしれない。
ただ口から出る。
息を吐く。
「しんどい」が出る。
もはや句読点だ。
「今日はこっちやな。しんどい。」
「これ持っていこ。しんどい。」
「休憩行こか。しんどい。」
文章の最後に全部ついている。
もしそうなら本人には悪気なんてない。
たぶん「しんどい」と言ったことすら覚えていない。
しかし、本人に意味がなくても、
こっちの耳にはちゃんと届いている。
悪意がないことと、うるさくないことは別だ。
②言葉にして吐き出すと少し楽になる説
これもありそうだ。
「あー、しんど」
と口に出すことで、少しだけ気持ちが楽になる。
嫌なことがあったとき、
「最悪や」
と言う。
疲れたとき、
「疲れたー」
と言う。
言葉にして外へ出すことで、自分の中にあるものを少し放出しているのかもしれない。
なるほど。
それなら理解できる。
ただ、一つ聞きたい。
吐き出したその「しんどい」、誰が受け取ってると思ってる。
こっちや。
あなたの中から、
「しんどい」
が一個減った。
その瞬間、
僕の耳から、
「しんどい」
が一個入ってきた。
これでは、
しんどさの分割払いを僕にしているだけではないか。
僕は契約した覚えがない。
③共感してほしい説
「しんどい」は、単なる独り言ではないのかもしれない。
実はその後ろに、
「分かってほしい」
が隠れている。
「あー、今日しんどいわ」
「分かります。今日キツいですよね」
「そうやねん。今日あそこやからさ」
「大変ですね」
これで会話が成立する。
「しんどい」は、共感を引き出すための入り口なのかもしれない。
もちろん、それ自体は悪いことではない。
人間なんだから、誰かに分かってほしいことくらいある。
ただ、毎回だとこちらも大変だ。
「大変ですね」
「分かります」
「キツいですね」
僕は一日に何回「大変ですね」ボタンを押せばいいのだ。
④しんどさで仲間を作りたい説
職場には独特の会話がある。
「あー、帰りたい」
「分かるー」
「今日長いな」
「ほんまそれ」
こういう愚痴で仲良くなることもある。
同じ敵に向かって一緒に文句を言うと、妙な連帯感が生まれる。
だから、
「しんどいな」
に対して、
「しんどいっすね」
と返すことで、
しんどい同盟
が結成されるのかもしれない。
だが僕は入りたくない。
勝手に入会させないでくれ。
会費無料でも嫌だ。
⑤空白を埋めるため説
これは結構ある気がする。
二人で作業している。
会話が途切れる。
……。
……。
沈黙。
……。
「あー、しんど」
出た。
しばらくして、
……。
……。
「今日ほんましんどいわ」
もしかすると、
会話をしたいわけですらないのかもしれない。
ただ、沈黙を埋めたい。
何も喋っていない時間が落ち着かない。
でも話題がない。
そんなときに便利なのが、
「暑いですね」
「眠いですね」
「今日忙しいですね」
そして、
「しんどいですね」
なのかもしれない。
なるほど。
空白を埋めていたのか。
でも僕からすると、
その空白、別に埋めなくていい。
僕は沈黙が嫌いではない。
むしろ快適だ。
二人で黙って仕事している。
いいじゃないか。
平和だ。
そこへ突然、
「しんどい」
が投げ込まれる。
なんでや。
静かにしんどがってくれ。
⑥「俺、頑張ってるで」アピール説
少し意地悪な見方をすると、こういう可能性もある。
「しんどい」
という言葉によって、
「僕は疲れるほど頑張っています」
と伝えている。
今日こんなに大変だった。
これだけ働いた。
こんな仕事をした。
だからしんどい。
つまり、
頑張ってる感のセルフ字幕
である。
本人が仕事をしている横に、
《現在、とても頑張っています》
という字幕がずっと表示されている。
「あー、しんど」
《現在、とても頑張っています》
「腰痛いわ」
《かなり頑張っています》
「今日キツいわ」
《引き続き頑張っています》
分かった。
字幕を消してくれ。
疲労は仕事量を測る単位ではない。
「しんどい」の回数で給料が決まるなら、
しんどいマンはたぶん部長になっている。
⑦「俺はみんなと違う仕事してます」アピール説
これも似ている。
「今日あそこやからしんどいねん」
「この仕事ほんましんどいわ」
そこに、
「俺はお前らより大変なことをしている」
という副音声が乗っているように聞こえることがある。
もちろん、本当にそう思っているのかは分からない。
僕がそう受け取っているだけかもしれない。
でも何度も言われると、
「分かった。あなたは今日、大変な仕事をしています」
と表彰状を渡したくなる。
認定する。
あなたは大変です。
僕とは違います。
すごいです。
だから、
もう静かにしてくれ。
⑧かまってほしい説
「あー、しんど」
これはもしかすると、
釣り針
なのかもしれない。
「あー、しんど🎣」
誰かが食いつく。
「大丈夫ですか?」
来た。
「いやー、今日めっちゃキツくてさ」
会話開始。
誰も食いつかない。
もう一度。
「ほんま今日しんどいわ🎣」
まだ来ない。
「あー、腰も痛いししんどい🎣」
投げすぎや。
僕はその釣り針に食いつきたくない。
「大丈夫ですか?」
とは聞かないぞ。
自力で帰ってきてくれ。
⑨承認してほしい説
かまってほしいより、もう少し深いところには、
「自分の大変さを認めてほしい」
があるのかもしれない。
「しんどい」
は自己申告。
それに対する、
「大変ですね」
「頑張ってますね」
が承認印だ。
「しんどいわー」
「大変ですね」
\承認されました/
これなら、「頑張ってるアピール」や「自分だけ大変アピール」ともつながる。
結局、
「僕の大変さを誰かに分かってほしい」
のかもしれない。
そう考えると、少し分かる気もする。
人間、誰にも見てもらえないと寂しいこともある。
頑張っているなら認めてほしい。
大変なら分かってほしい。
分かった。
あなたはしんどい。
あなたは頑張っている。
大変な仕事もしている。
認める。
認めるから、
もう静かにしてくれ。
⑩先に保険を作っている説
そして、これもあるかもしれない。
保険だ。
仕事を始める前から、
「今日しんどいわ」
と言っておく。
すると、そのあと少し動きが悪くても、
ミスしても、
仕事が遅くても、
心のどこかで、
「だって今日はしんどかったから」
と言える。
つまり、
未来の自分への免責事項
である。
《本日の私はコンディション不良です》
と先に掲示している。
普通なら100できる人が70しかできなかった。
何も言っていなければ、
「今日は70だった」
となる。
でも先に、
「今日めっちゃしんどい」
と言っておけば、
「しんどいのに70もやった」
に変換できる。
失敗への保険。
そして、自分の評価を守るための保険。
なるほど。
先に加入していたのか。
ただし、その保険には問題がある。
掛け金を周囲が払っている。
一日中、
「しんどい」
「しんどい」
「しんどい」
を聞かされる。
高い。
僕は加入していない。
本当にしんどい可能性も、もちろんある
ここまで好き勝手に考えてきたが、当然ながら、
本当にしんどい
という可能性もある。
体調が悪い。
寝不足。
仕事が大変。
家庭で何かあった。
精神的に余裕がない。
本当にギリギリだから、思わず「しんどい」が何度も漏れてしまう。
そういう日だってある。
だから僕は、
「しんどいと言う奴は全員かまってちゃんだ」
なんて言うつもりはない。
事情なんて本人にしか分からない。
ただ、
事情があることと、毎日聞かされる僕がうざいと思うことは両立する。
あなたが本当にしんどい。
それは分かった。
でも僕は、
あなたのしんどさを一日中受信する係ではない。
「しんどい」を聞き続けると、こっちまでしんどくなる
これが一番困る。
最初は僕も元気だった。
普通に仕事をしていた。
そこへ、
「あー、しんど」
が来る。
少しして、
「今日ほんましんどいわ」
また来る。
さらに、
「いやー、しんど」
また来る。
すると不思議なもので、
こっちまでしんどくなってくる。
調べてみると、これは完全に気のせいとも言い切れないようだ。
職場で他人の愚痴やネガティブな感情を繰り返し受けることが、聞き手側の心理的な苦痛や情緒的な消耗と関連することを示した研究もある。
もちろん、
「『しんどい』という単語を聞いたらメンタルが低下する」
なんて単純な話ではない。
ただ、ネガティブな言葉を延々と浴びていれば、聞いている側にも負担がかかることはあるらしい。
そりゃそうだ。
朝から横で、
「しんどい」
「しんどい」
「しんどい」
「しんどい」
と言われ続けたら、
こっちまでしんどい。
僕のしんどさではなかったはずなのに。
あなたのしんどさを聞かされて、
僕がしんどくなっている。
つまり、
あなたが「しんどい」と言う。
↓
少しスッキリする。
↓
僕が聞く。
↓
僕がちょっとしんどくなる。
待て。
職場全体のしんどさの総量、増えてないか?
しんどさを空気中に放出するな。
せめて換気してくれ。
では、どうすればいいのか
そこでだ。
毎日「しんどい、しんどい」と聞かされて、こちらまでしんどくなってきたらどうすればいいのか。
僕なりに考えた。
方法は二つある。
対処法① 共感しない。そして会話を強制終了する
一つ目は少し高度だ。
相手が、
「あー、今日しんどいわ」
と言う。
そこで、
「分かります」
と言わない。
「今日キツいですよね」
とも言わない。
「僕もしんどいです」
とも言わない。
僕なら、
「え? しんどいっすか?」
くらいでいい。
「うん、めっちゃしんどい」
「そうっすか」
終了。
冷たく無視するわけではない。
聞いてはいる。
あなたがしんどいことは確認した。
ただ、
共感のラリーを始めない。
「しんどい」は会話のボールなのかもしれない。
相手が、
「しんどいわー」
と投げてくる。
そこで、
「僕もしんどいですよ」
と投げ返したら、ラリー開始だ。
「今日ヤバいですよね」
「ほんまそれ」
「しかも今日あそこやろ?」
「そうなんすよ」
「俺昨日もさ……」
始まった。
しんどいラリー2026。
僕は参加しない。
ボールが飛んでくる。
受け取る。
見る。
地面に置く。
「え? しんどいっすか?」
「うん」
「そうっすか」
終わり。
あなたがしんどい。
以上。
僕は今のところ元気だ。
しんどいの単独所有をお願いしたい。
対処法② 逃げる
そして二つ目。
こっちの方が簡単だ。
逃げる。
しんどいマンが現れた。
「あー、今日ほんましんど……」
来た。
逃げろ。
トイレに行く。
水を飲みに行く。
別の仕事をする。
その場を離れる。
何でもいい。
しんどいマンの射程圏内から離れる。
頭の中ではゲームだ。
しんどいマンが現れた!
どうする?
▶︎ たたかう
▶︎ 共感する
▶︎ 励ます
▶︎ にげる
僕は迷わない。
にげる。
逃げることに成功した。
別に相手を変える必要なんてない。
「しんどいって言いすぎじゃないですか?」
と注意する必要もない。
本人が「しんどい」と言いたいなら好きなだけ言えばいい。
僕に他人の口癖を矯正する権利なんてない。
だから僕も、
聞かない自由を行使する。
あなたは好きなだけしんどがればいい。
僕のいないところで。
逃げられないときは、
「そうっすか」
で会話終了。
逃げられるときは、
逃げる。
非常にシンプルである。
でも、僕は本当に言っていないのだろうか
ここまで書いて、ふと思った。
僕は散々、
「しんどいしんどい言うな」
と言ってきた。
でも、
僕は本当に言っていないのだろうか。
「眠い」
「疲れた」
「だるい」
「帰りたい」
言っているかもしれない。
いや、たぶん言っている。
人の口癖は耳につく。
でも自分の口癖は、自分ではなかなか気づかない。
僕が心の中で、
「またしんどい言うてるわ」
と思っている横で、
相手も、
「こいつまた眠い言うてるわ」
と思っている可能性だってある。
恐ろしい。
人の『しんどい』には敏感なのに、自分の『しんどい』には鈍感なのだ。
だから僕も気をつけようと思う。
しんどい日はある。
言いたい日もある。
一回くらいなら言うだろう。
別に我慢大会をしたいわけではない。
弱音くらい吐けばいい。
でも、
一日38回はやめよう。
僕のしんどさを、周囲へ無料配布する必要はない。
しんどいのは分かった。でも心で思っといてくれ
結局、僕が言いたいのはそれだけだ。
しんどい。
分かる。
仕事なんだから、しんどい日もある。
人生だって、しんどいことくらいある。
あなたもしんどい。
僕もしんどい。
みんなしんどい。
でも、みんなが自分のしんどさを四六時中口に出したら、
職場は、
「しんどい」
「疲れた」
「帰りたい」
「だるい」
だけで埋め尽くされる。
そんな空間、
しんどすぎる。
だから、ときには心の中だけで言おう。
「あー、しんど」
心の中なら何回言ってもいい。
100回でもいい。
1000回でもいい。
僕には聞こえない。
それでいい。
しんどいのは悪くない。
弱音を吐くのも悪くない。
ただ、周囲には周囲の気分がある。
自分が吐き出して楽になるたび、誰かがその言葉を受け取っていることもある。
だから僕も、自分の言葉には少し気をつけようと思う。
そして他人の「しんどい」を全部まともに受け止める必要もない。
共感しなくてもいい。
会話を広げなくてもいい。
逃げてもいい。
相手のしんどさは、
相手のものだ。
僕まで一緒にしんどくなる必要はない。
ということで、
僕は今日も職場でしんどいマンを発見した。
「あー、今日ほんましんど……」
来た。
僕は逃げた。
距離を取った。
無事、生還した。
これで今日も平和に仕事ができる。
やれやれ。
……。
……。
あー、しんど。
