職場に、せんべいおばさんがいる。
ボリボリ。
ボリボリ。
ボリボリ。
今日も元気にせんべいを食べている。
一体、いつまで食べているのだろう。
僕は仕事をしている。
おばさんも仕事をしている。
しかし、おばさんはせんべいも食べている。
正確には、仕事の合間にせんべいを食べているのか、せんべいの合間に仕事をしているのか、よくわからない。
ボリボリ。
また始まった。
僕は思わず、おばさんの方を見る。
実に幸せそうである。
いや、幸せかどうかは知らない。
しかし、少なくとも僕よりはせんべいを楽しんでいるように見える。
そもそも、ここは職場だ。
お茶の間ではない。
お菓子食べ放題の会場でもない。
それなのに、おばさんの口は今日も忙しい。
一体、何をそんなに食べているのだろう。
そして、なぜ僕は他人がせんべいを食べているだけで、こんなにもイライラしてしまうのだろう。
今回は、職場に生息するせんべいおばさんを観察しながら、仕事中にお菓子を食べ続ける人の心理や、咀嚼音が不快に感じられる理由について考えてみたい。
せんべいおばさんは、せんべい専門ではない
まず、ひとつ訂正しておかなければならない。
せんべいおばさんは、せんべいだけを食べているわけではない。
実にさまざまなお菓子を繰り出してくる。
クッキー。
チョコレート。
キャンディ。
そして、せんべい。
実に多彩なラインナップである。
もはや、ちょっとしたお菓子売り場だ。
ただし、主力商品はせんべいである。
これだけは譲れない。
僕が勝手に決めたことだが、せんべいおばさんという名称には、それなりの根拠がある。
何しろ、よくせんべいを食べているのだ。
ボリボリ。
バリバリ。
実に豪快である。
せんべいという食べ物は、そもそも音が出やすい。
硬いものを歯で砕くのだから、当然だ。
しかし、せんべいおばさんの場合、その音が妙に気になる。
ボリボリ。
ボリボリ。
いつまで続くのだろう。
一枚食べ終わったかと思えば、また次の一枚が登場する。
ようやく静かになった。
そう思った瞬間、袋が動く。
ガサガサ。
おお。
次が来る。
僕は身構える。
そして、再び始まる。
ボリボリ。
やはり来た。
もはや、せんべいの袋を開ける音が開戦の合図になっている。
しかし、せんべいおばさんの恐ろしいところは、せんべい以外のお菓子でも同じような音を出すことだ。
特に驚いたのが、キャンディである。
キャンディ。
つまり、飴だ。
普通は舐めるものではないのか。
口の中でゆっくり溶かし、甘さを楽しむ。
僕はそういう食べ物だと思っていた。
ところが、せんべいおばさんは違う。
ボリボリ。
……。
今、何を食べている?
キャンディだ。
キャンディを噛み砕いている。
しかも、実に豪快だ。
キャンディに与えられた、舐められるという役割。
そんなものは一瞬で奪われる。
せんべいおばさんにかかれば、すべてのお菓子が平等に砕かれるのだ。
恐ろしい。
一体、どんな歯をしているのだろう。
僕なら歯が欠けそうである。
もちろん、キャンディを噛んで食べる人は珍しくない。
食べ方は自由だ。
しかし、せんべいおばさんの場合、何を食べてもボリボリという音が聞こえてくる。
もはや、お菓子の種類は関係ない。
せんべいおばさんにとって、すべてのお菓子はせんべいなのかもしれない。
デスクには、せんべいのかけらたちが散らかっている
せんべいおばさんの問題は、音だけではない。
デスクである。
おばさんのデスクには、せんべいのかけらたちが散らかっている。
小さな破片。
粉々になった残骸。
あちらこちらに転がっている。
一体、どんな食べ方をすればこうなるのだろう。
せんべいというものは、口に運んで食べるものだと思っていた。
しかし、おばさんの場合、どうやら一部が机の上に帰還しているらしい。
ボリボリ。
パラパラ。
ボリボリ。
パラパラ。
食べているのか。
粉砕しているのか。
もはや、せんべい工場である。
しかも、製造しているわけではない。
ひたすら破壊している。
僕はデスクに散らばったかけらたちを見つめる。
なんだこれは。
せんべいの墓場か。
ここで無数のせんべいたちが最期を迎えたのだろう。
実に壮絶な光景である。
もちろん、食べ物のかけらが多少落ちることはある。
僕だって、パンを食べればパンくずが落ちる。
クッキーを食べれば、細かい破片が出ることもある。
問題は、そのあとだ。
自分の机なら好きにすればいい、という考え方もあるだろう。
しかし、職場は仕事をする場所である。
食べかすを放置すれば、衛生面の問題も出てくる。
共用の机なら、なおさらだ。
それに、せんべいのかけらは勝手に消えてくれるわけではない。
誰かが片付けなければ、そこに残り続ける。
せんべいおばさんが確かに存在していたという証拠である。
何千年後かに発掘されたら、考古学者も驚くだろう。
「この地域には、せんべいを主食とする民族が暮らしていたようです」
違う。
ここは職場だ。
古代遺跡ではない。
僕はただ、きれいなデスクで仕事をしたいだけなのだ。
おお、せんべいおばさんが喋り始めた
さらに困ることがある。
せんべいおばさんは、当然ながら人間なので、会話をする。
ある日、おばさんが僕に話しかけてきた。
おお。
せんべいおばさんが喋り始めた。
別に珍しいことではない。
しかし、僕には嫌な予感がした。
そして、その予感は的中した。
せんべえくせえ。
ものすごくせんべえくせえ。
おばさんが口を開くたびに、せんべいの存在を感じる。
今さっきまで食べていたのだから、当然なのかもしれない。
しかし、なかなか強烈だ。
僕は話を聞こうとする。
ところが、どうしてもせんべいが気になる。
そして、事件が起きた。
なんか飛んできた。
……。
今、何か飛んできたぞ。
一瞬の出来事だった。
小さな何かが、僕の方へ飛んできたのだ。
まさか。
せんべいか?
せんべいの破片なのか?
正体はわからない。
しかし、直前までせんべいを食べていた人の口から何かが飛んできたとなれば、疑わずにはいられない。
やめてくれ。
僕は会話をしているのであって、せんべいの配給を受けているわけではない。
せんべいおばさんは、何事もなかったかのように話し続けている。
僕は、話の内容がまったく頭に入ってこない。
今、何が飛んできたのか。
それだけが気になって仕方ない。
もし、せんべいの破片だったとしたら。
いや、考えるのはやめよう。
僕はそっと距離を取った。
頼む。
せめて飲み込んでから喋ってくれ。
食べながら話すことは、本人にとって何気ない行動なのかもしれない。
しかし、相手にとっては不快に感じられることもある。
特に、口の中に食べ物が残っている状態では、咀嚼音が聞こえたり、食べ物や唾液が飛んだりする可能性がある。
これは音の好き嫌い以前に、会話のマナーの問題ではないだろうか。
もっとも、僕はその場で何も言えなかった。
せんべいの破片かもしれない何かを浴びながら、ただ話を聞いていた。
情けない。
僕にも、もう少し勇気が必要なのかもしれない。
なぜ他人の咀嚼音は、こんなにも不快なのか
ここで、少し真面目に考えてみたい。
なぜ僕は、せんべいおばさんの咀嚼音にこんなにもイライラしてしまうのだろう。
せんべいを噛む音など、日常生活の中では珍しくない。
家族と食事をしていれば、咀嚼音が聞こえることもある。
飲食店でも、周囲の人が食べ物を噛む音は聞こえているはずだ。
それなのに、職場で聞こえるボリボリという音は、妙に気になる。
理由のひとつは、音が発生する状況にあるのかもしれない。
食事をする場所なら、食べる音が聞こえるのは自然だ。
しかし、仕事をする場所ではどうだろう。
周囲が作業をしている中で、一人だけずっとお菓子を食べている。
すると、その音が必要以上に目立つ。
そして、一度気になり始めると、今度はその音ばかり聞こえてくる。
ボリボリ。
まただ。
ボリボリ。
まだ食べている。
ガサガサ。
次のお菓子か。
僕の意識は、すっかりせんべいおばさんに支配されてしまう。
本来なら仕事に集中したい。
しかし、耳は勝手におばさんの方へ向いてしまう。
一体、僕は何をしているのだろう。
仕事をしているのか。
せんべいおばさんの食事を監視しているのか。
わからなくなってくる。
ちなみに、特定の音に対して強い嫌悪感や怒り、不安などを覚える現象として、ミソフォニアというものがある。
咀嚼音や鼻をすする音、繰り返される小さな音などが、強い不快感の引き金になることがあるという。
ただし、咀嚼音が気になるからといって、必ずしもミソフォニアというわけではない。
音に対する感じ方には個人差がある。
疲れているときや、集中したいときには、普段なら気にならない音が不快になることもある。
僕の場合も、せんべいおばさんの音そのものだけでなく、仕事中にずっと食べていることや、食べかすを散らかしていることへの不満が重なっているのかもしれない。
つまり、ボリボリという音を聞くたびに、それまでの不満まで思い出してしまうのだ。
そう考えると、せんべいおばさんの咀嚼音は、単なる音ではなくなっている。
僕にとっては、不満を呼び起こす合図なのだ。
恐ろしい。
もはや、条件反射である。
いつか、別の場所でせんべいを食べる音を聞いただけで、せんべいおばさんの顔が浮かんでくるのではないか。
そんなことになったら困る。
僕はせんべいに罪はないと思っている。
せんべいはおいしい。
せんべいそのものを嫌いになりたくはないのだ。
なぜ仕事中に、そんなにお菓子を食べ続けるのか
そもそも、なぜせんべいおばさんは、仕事中にあれほどお菓子を食べ続けるのだろう。
単純に、お腹が空いているのかもしれない。
しかし、それにしては頻繁ではないだろうか。
せんべい。
クッキー。
チョコレート。
キャンディ。
そして、再びせんべい。
まるで、お菓子のフルコースである。
一体、どこにそんな食欲があるのだろう。
もちろん、僕には本人の本当の理由はわからない。
そこで、仕事中にお菓子を食べ続ける心理について、いくつか考えてみたい。
まず考えられるのは、習慣だ。
毎日同じ時間にお菓子を食べているうちに、特に空腹でなくても手が伸びるようになることがある。
仕事を始めたらコーヒーを飲む。
休憩時間になったらスマホを見る。
そんな日常の習慣と同じように、お菓子を食べることが仕事の一部になっているのかもしれない。
次に考えられるのは、ストレス解消だ。
仕事中には、さまざまなストレスがある。
忙しい。
疲れる。
人間関係が面倒くさい。
そんなとき、甘いものや好きなお菓子を食べることで、気分転換をする人もいる。
噛むという行為そのものが、気持ちを落ち着かせるきっかけになる場合もあるだろう。
さらに、退屈しのぎという可能性もある。
手持ち無沙汰になると、何となく口に物を入れたくなる。
テレビを見ながらお菓子を食べていたら、いつの間にか一袋なくなっていた。
そんな経験がある人もいるのではないだろうか。
つまり、必ずしも強い空腹があるとは限らない。
お菓子を食べること自体が、ひとつの行動習慣になっている可能性がある。
ただし、せんべいおばさんがどれに当てはまるのかはわからない。
もしかすると、ただ純粋にお菓子が大好きなだけかもしれない。
それなら、それでいい。
好きなものがあるのは素晴らしいことだ。
僕だって好きなものはある。
しかし、好きだからといって、周囲への配慮が不要になるわけではない。
問題は、そこなのだ。
お菓子を食べる自由は、どこまで許されるのか
僕は、仕事中にお菓子を食べること自体が悪いとは思わない。
職場によっては、デスクでの飲食が認められているところもある。
小腹が空いたときにチョコレートをひとつ食べる。
疲れたときにキャンディを舐める。
そんな行動まで否定するつもりはない。
しかし、何事にも程度というものがある。
例えば、静かな職場で延々とせんべいを噛み砕く。
食べかすをデスクに散らかす。
口に食べ物を入れたまま人に話しかける。
これは、単にお菓子を食べる自由という話ではないと思う。
周囲にどんな影響を与えているのか。
そこを考える必要があるのではないだろうか。
もちろん、咀嚼音に対する不快感には個人差がある。
少し音が聞こえただけで、誰かを責めるのは違うと思う。
しかし、だからといって、周囲がすべて我慢しなければならないわけでもない。
自分が快適に過ごすことと、周囲の人が快適に過ごすこと。
その両方を考える必要がある。
これは、お菓子に限った話ではない。
大きな声で話す人。
キーボードを必要以上に強く叩く人。
机を指でトントン叩き続ける人。
本人にとっては何気ない行動でも、周囲には不快に感じられることがある。
しかも、本人は気づいていない場合もある。
自分が出している音は、意外と気にならないものなのかもしれない。
せんべいおばさんも、自分の咀嚼音が周囲にどう聞こえているのか、考えたことがないのだろうか。
いや、考えているのかもしれない。
考えたうえで、気にしていないのかもしれない。
どちらなのだろう。
僕にはわからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
今日もせんべいおばさんは、ボリボリ食べている。
職場で咀嚼音がうるさい人への対処法
では、職場にせんべいおばさんのような人がいた場合、どうすればいいのだろう。
僕自身もイライラすることがあるので、対処法について考えてみたい。
まず、可能であれば距離を取ることだ。
咀嚼音が気になるのであれば、物理的に音から離れるのがわかりやすい。
席を移動できるなら移動する。
別の場所で作業できるなら、そうする。
ただし、職場によっては自由に席を変えられないこともある。
その場合は、別の方法を考える必要がある。
次に、意識を別のことへ向けることだ。
一度気になり始めると、その音を待ち構えるようになってしまう。
ガサガサ。
来るぞ。
ボリボリ。
やっぱり来た。
これでは、僕自身がせんべいおばさんの専属観察員になっている。
給料も出ないのに。
何をしているのだろう。
音が気になったときには、意識的に作業へ集中し直す。
職場で認められているなら、環境音などで気になる音を和らげる方法もあるだろう。
ただし、無理に気にしないようにしようとして、余計に意識してしまうこともある。
その場合は、別の対処法を試した方がいい。
そして、必要であれば本人に伝えることも大切だ。
とはいえ、これはなかなか難しい。
「せんべい、うるさいです」
いきなりそう言えば、角が立つ可能性がある。
「いつまで食べているんですか」
これも、あまり穏やかではない。
ましてや、
「あなたはせんべいおばさんです」
これは絶対に言ってはいけない。
僕の心の中だけに存在する名称なのだから。
伝えるのであれば、相手の人格を否定するのではなく、具体的な行動について話した方がいい。
「食べる音が少し気になってしまうので、控えめにしていただけると助かります」
そんな言い方なら、少なくとも何が困っているのかは伝わる。
また、食べかすの問題は、音とは分けて考えた方がいい。
音の感じ方には個人差がある。
しかし、デスクを清潔に保つことは、職場の衛生管理にも関係する。
共用スペースに食べかすが残っているなら、片付けてもらうよう伝えることには十分な理由がある。
本人に言いにくい場合は、上司に相談する方法もある。
その際も、「あの人が嫌い」という話ではなく、咀嚼音で集中しにくいことや、食べかすが残っていることなど、具体的な問題を伝える方がいいだろう。
そして、最後にもうひとつ。
自分自身のイライラを必要以上に大きくしないことも大切だと思う。
相手の行動を変えることは、簡単ではない。
だからといって、毎回怒り続けていたら、こちらが疲れてしまう。
せんべいおばさんは、お菓子を食べている。
僕は、その音にイライラしている。
しかし、おばさんは僕がイライラしていることなど、知らないかもしれない。
そう考えると、少しばかばかしくなってくる。
僕だけが、せんべいと戦っているのだ。
せんべいに罪はない
ここまで、せんべいおばさんについて散々書いてきた。
しかし、最後にひとつだけ言っておきたい。
僕は、せんべいが嫌いなわけではない。
むしろ、好きだ。
醤油せんべいもおいしい。
塩せんべいもおいしい。
海苔が巻かれたせんべいもいい。
パリッとした食感。
香ばしい風味。
日本が誇る素晴らしいお菓子だと思う。
だからこそ、せんべいに罪はない。
問題は、食べる場所や食べ方、そして周囲への配慮なのだ。
せんべいは、ただ食べられているだけである。
何も悪くない。
それなのに、僕の中では、せんべいという食べ物が少しずつ不穏な存在になりつつある。
ガサガサ。
あの袋の音。
ボリボリ。
あの咀嚼音。
パラパラ。
あのデスクに散らばる破片。
そして、せんべいおばさんの会話。
せんべえくせえ。
なんか飛んできた。
思い出すだけで、なかなか強烈だ。
しかし、こうして文章にしてみると、少しおもしろくもある。
職場でお菓子を食べ続ける人。
何を食べてもボリボリ噛み砕く人。
デスクにせんべいの残骸を残す人。
そして、口の中にせんべいの気配を残したまま、元気に話しかけてくる人。
世の中には、本当にいろいろな人がいるものだ。
僕は、そんな人間の何気ない行動が、どうしても気になってしまう。
なぜそんなことをするのか。
本人は何を考えているのか。
周囲の人はどう感じているのか。
考え始めると、きりがない。
もっとも、せんべいおばさん本人からすれば、僕の疑問など知ったことではないだろう。
ただ、お菓子を食べているだけなのだから。
それでも、僕は願っている。
せめて、食べかすは片付けてほしい。
できれば、少し静かに食べてほしい。
そして、何より。
口の中のものを飲み込んでから喋ってほしい。
そんなささやかな願いを胸に、僕は今日も仕事をしている。
ガサガサ。
……。
おや。
聞こえてきた。
せんべいおばさんが、何かを取り出している。
次は何だろう。
せんべいか。
クッキーか。
それとも、キャンディか。
僕は思わず耳を澄ませる。
ボリボリ。
ああ。
始まった。
どうやら、今日もせんべいおばさんは絶好調らしい。
僕は静かに仕事へ戻る。
頼むから、こっちには飛ばさないでくれ。
