最近、とあるアイドルグループが炎上しているらしい。
何をしたのだろう。
失言でもしたのか。
何か大きな問題でも起こしたのか。
気になって見てみると、どうやらメンバー同士の「不仲説」が話題になっているらしい。
不仲。
それで炎上するのか。
僕は最初、そこがよく分からなかった。
しかも、調べてみると、本当に不仲なのかどうかも分からない。
本人たちが、
「私たちは仲が悪いです」
と発表したわけではない。
何か決定的な出来事が明らかになったわけでもない。
目を合わせていない。
少し距離が離れている。
以前より絡みが減ったように見える。
片方の表情が少し硬く見える。
そういう場面から、
「この二人、仲が悪いんじゃない?」
という声が出ているようだった。
しかも、そういう場面だけを切り取って集めた動画まである。
目を合わせていない。
次の映像。
少し離れている。
次の映像。
会話していない。
次の映像。
表情が硬い。
並べられる。
なるほど。
こうやって続けて見せられると、
「確かに仲悪いのかな」
と思えてくる。
証拠映像みたいになっている。
でも、そこで僕は思った。
待て待て。
これは、
「不仲の証拠がたくさんある」
のだろうか。
それとも、
何時間、何十時間、もしかすると何百時間とある映像の中から、
「不仲に見える瞬間」を集めただけなのだろうか。
ここは全然違う。
僕だって一年中カメラを向けられていたら、職場の人と目を合わせていない瞬間なんていくらでもある。
会話していない瞬間もある。
真顔で横を通り過ぎることもある。
なんなら一人でどこかへ行くこともある。
それだけを集めて、少し重たい音楽でも流しながら、
「職場で孤立か」
なんて字幕をつけられたら、それなりの映像が完成するだろう。
僕自身が見ても、
「こいつ、嫌われてるんじゃないか」
と思うかもしれない。
こいつ、僕だけど。
映像そのものは嘘ではない。
目を合わせなかったのも事実。
離れていたのも事実。
会話していなかったのも事実。
でも、
事実を並べることと、その事実が何を意味するのかは別の話だ。
それでも今回、僕が一番気になったのはそこではなかった。
本当に不仲なのか。
不仲ではないのか。
それは本人たちにしか分からない。
僕は楽屋にいたわけでもない。
本人たちの友達でもない。
相談を受けたこともない。
だから分からない。
僕が一番分からなかったのは、もっと手前のことだった。
なんで、不仲で炎上するんだ。
そもそも僕は、アイドルなんて全員仲良しじゃないと思っている
これは完全に僕の感覚なのだけれど、僕は昔から、アイドルグループを見ていて、
「この人たち、全員めちゃくちゃ仲良しなんだろうな」
と思ったことがあまりない。
もちろん、本当に仲のいいメンバーもいるだろう。
プライベートでも遊ぶ人もいるだろう。
何年も一緒に活動して、本当の友達になることだってあると思う。
でも、
全員が全員、仲良しなわけないだろう。
くらいに思っていた。
だって、考えてみてほしい。
それぞれ違う場所で生まれて、違う家庭で育って、違う学校へ通って、違う友達と過ごしてきた人間が集まる。
性格も違う。
価値観も違う。
好きなものも違う。
仕事への考え方だって違うだろう。
そんな人たちがオーディションなどを経て集められる。
そして、ものすごく乱暴に言えば、ある日こうなる。
「今日からお前ら、メンバーな」
歌え。
踊れ。
一緒に写真を撮れ。
一緒に移動しろ。
一緒に動画に出ろ。
一緒にライブをしろ。
何年も一緒に活動しろ。
そして、
全員仲良くしろ。
無茶を言うな。
学校だってそうだった。
四十人くらいの人間が集められて、
「今日からお前ら、2年3組な」
と言われる。
だからといって、翌日から四十人全員が親友になるわけではない。
気が合う人がいる。
普通に話す人がいる。
ほとんど話さない人がいる。
ちょっと苦手な人もいる。
嫌いな人だっているかもしれない。
それで普通だった。
職場もそうだ。
同じ会社に採用されたからといって、全員と休日に遊びに行くわけではない。
そんなことになったら、僕は休日を守るために会社を辞めるかもしれない。
なのに、なぜかアイドルになると、
「同じグループ=みんな仲良し」
という前提が発生する。
いや。
そんなわけないだろう。
僕はそう思ってしまう。
アイドルだって、喧嘩くらいするだろう
そもそも、仲がいい二人だって喧嘩くらいする。
昨日は一緒に笑っていた。
今日、ちょっとしたことで喧嘩した。
明日は気まずい。
三日後には普通に喋っている。
そんなこと、人間ならいくらでもある。
今日は機嫌が悪い。
疲れている。
仕事でうまくいかなかった。
一人になりたい。
今はちょっと話したくない。
あるだろう。
アイドルも人間だ。
ところが、その一日だけカメラに撮られて、
「あの二人、目を合わせていない」
と言われる。
そこから、
「不仲なのでは?」
となる。
いや。
昨日、喧嘩しただけかもしれない。
もっと言えば、別に喧嘩すらしていないかもしれない。
単純に眠かったのかもしれない。
考え事をしていたのかもしれない。
たまたま視線が合わなかっただけかもしれない。
もちろん、本当に仲が悪い可能性だってある。
僕には分からない。
ただ、人間関係って、そんなに固定されたものではないと思う。
昨日と今日で違う。
一年もあればもっと変わる。
仲が良かった人と少し距離ができることもある。
逆に、最初は苦手だった人と仲良くなることもある。
なのに僕らは、一瞬の映像から、
「この二人は不仲」
と名前をつける。
人間関係は写真じゃなくて動画なのに、僕らは一コマで判断する。
これは少し怖い。
「仲良くない」と「仲が悪い」は違う
もう一つ気になる。
僕らは「仲良くない」と「仲が悪い」を同じように扱いすぎていないだろうか。
人間関係って、本当はもっと細かい。
親友。
仲良し。
よく喋る。
普通に喋る。
仕事では仲がいい。
二人では遊ばない。
特に仲良くはない。
ちょっと合わない。
少し苦手。
嫌い。
いろんな場所がある。
ところがSNSでは、
「仲良し」
か、
「不仲」
か。
急に二択になる。
「仲良し」と「不仲」の間には、とんでもなく広い土地がある。
そこにはたくさんの人が住んでいる。
僕もたぶん、その土地に大量の知り合いがいる。
嫌いではない。
でも休日に会おうとは思わない。
普通に話す。
仕事も一緒にする。
困っていたら助ける。
でも親友ではない。
それでいい。
アイドルだって同じではないのだろうか。
同じグループだけど、特別仲良くはない。
嫌いでもない。
仕事仲間としては信頼している。
プライベートでは別々。
そんな関係があっても、何もおかしくない。
むしろ自然だと思う。
仲間であり、ライバルなのかもしれない
それに、アイドルという仕事は少し特殊だ。
同じグループで一つのステージを作る。
仲間だ。
でも同時に、比較される世界でもある。
歌。
ダンス。
人気。
立ち位置。
仕事。
グループによって事情は違うだろうけれど、同じメンバー同士で比較される場面は少なからずあると思う。
だったら、
「あの人には負けたくない」
と思うことだってあるんじゃないだろうか。
もっと歌がうまくなりたい。
もっと前に立ちたい。
もっと認められたい。
悔しい。
羨ましい。
負けたくない。
そういう感情があったとして、僕はそれほど不思議だと思わない。
もしかすると、距離があるように見える二人は、本当に仲が悪いのかもしれない。
でも、
お互いを強く意識しているライバル同士なのかもしれない。
もちろん、これも僕の想像でしかない。
だから「実はライバルなんだ」と言いたいわけではない。
僕が言いたいのは、
可能性なんていくらでもある
ということだ。
仲が悪いのかもしれない。
少し合わないだけかもしれない。
昨日喧嘩したのかもしれない。
仕事仲間として普通なのかもしれない。
ライバルなのかもしれない。
実は普通に仲がいいのかもしれない。
分からない。
だからこそ、
「不仲だ」
とも簡単には言えない。
でも、アイドルはファンビジネスでもある
ここまで考えて、
「じゃあ別に仲悪くてもええやん」
で終わりそうになった。
でも、少し待った。
アイドルは、普通の会社員とは違う。
いわば、
ファンビジネスでもある。
ファンは歌だけを見ているわけではない。
ダンスだけでもない。
メンバーの性格。
トーク。
SNS。
動画。
舞台裏。
メンバー同士のやり取り。
そういうものまで含めて楽しんでいる人も多い。
「この二人の絡みが好き」
という人もいる。
「このグループのわちゃわちゃした感じが好き」
という人もいる。
メンバー同士が笑っている姿を見て嬉しくなる。
支え合っている姿を見て感動する。
つまりファンは、
本人だけではなく、本人たちの「関係性」まで推している
ことがあるのだと思う。
そう考えると、不仲説にショックを受ける気持ちは少し分かる。
ずっと仲がいいと思っていた。
楽しそうに見えていた。
お互いを大切にしていると思っていた。
その関係性も含めて好きだった。
ところが突然、
「実は仲が悪いのでは?」
という話が出てくる。
ああ。
なるほど。
もしかすると、
不仲だから怒っているのではなく、「仲がいいと思っていたのに」という失望なのかもしれない。
ここで僕は、少しだけ炎上する側の気持ちが分かった気がした。
自分が信じていたものと違った。
今まで見ていたものは何だったんだ。
そんな気持ちになる人もいるのだろう。
ただ。
ここでまた疑問が出てくる。
「仲良くあってほしい」と「仲良くなければならない」は違う
好きなアイドルグループなら、仲良くあってほしい。
これは分かる。
どうせなら楽しそうに活動してほしい。
メンバー同士で支え合ってほしい。
仲良く笑っていてほしい。
その方が見ている側だって楽しい。
これは、とても自然な願いだと思う。
でも、
「仲良くあってほしい」
と、
「仲良くなければならない」
は違う。
前者は願いだ。
後者は要求になる。
関係性を好きになることと、その関係性を本人たちに要求することも違う。
ファンが、
「この二人、ずっと仲良しでいてほしいな」
と思う。
それは自由だ。
でも二人は人間だ。
関係が変わることもある。
喧嘩することもある。
少し距離を置くこともある。
価値観が変わることもある。
それまで仲が良かったからといって、未来永劫ずっと同じ距離でいなければならないわけではない。
僕らだってそうだ。
昔は毎日のように遊んでいた友達と、今はほとんど連絡を取っていない。
そんなことは普通にある。
だからといって、
「あの頃の友情は全部嘘だった」
とはならない。
その頃は本当に仲が良かった。
ただ、人間関係が変わった。
それだけかもしれない。
アイドルだって同じだと思う。
今、少し距離があるように見えたからといって、
過去の笑顔まで全部嘘だったことにする必要はない。
プロなら表に出さないでほしい?
ただ、もう一つ意見がある。
「仲が悪くてもいい。でもプロなら表には出さないでほしい」
これは僕も少し分かる。
アイドルはファンを楽しませる仕事でもある。
ステージ上で露骨に嫌な態度を取る。
仕事が成立しない。
パフォーマンスに支障が出る。
そういうことなら、
「仕事なんだから、そこはちゃんとしてほしい」
と思うのは自然だ。
裏で一緒にご飯を食べなくてもいい。
休日に遊ばなくてもいい。
連絡を取り合わなくてもいい。
誕生日を祝わなくてもいい。
でも仕事中くらいはプロとして振る舞ってほしい。
なるほど。
これも分かる。
ところが、そこで僕はまた最初に戻った。
今回、本当に表に出していたのだろうか。
僕が見たのは、誰かが「不仲に見える」と判断した場面を集めたものだった。
本人たちがステージ上で喧嘩を始めたわけではない。
「お前嫌いやねん」
と言ったわけでもない。
一瞬、目を合わせなかった。
少し距離があった。
表情が硬く見えた。
それを僕らが見つけている。
そして切り抜く。
集める。
拡散する。
「不仲なのでは?」
と話題にする。
そこで妙なことに気づく。
「プロなら不仲を表に出すな」と言いながら、一番不仲を表に出しているのは誰なんだ。
本人たちが隠していたとしても、何百時間もの映像から数秒ずつ拾えば、いくらでも物語は作れる。
これはアイドル側からしたら、なかなか大変だ。
一度「不仲説」ができたら、もう逃げられない
しかも、一度「この二人は不仲なのでは」という物語ができると、その後の映像まで全部そのフィルターを通して見られる。
目を合わせない。
「やっぱり不仲だ」
目を合わせる。
「炎上したから意識してる?」
仲良く喋る。
「運営に言われたのかな」
一緒に写真を撮る。
「不仲説を払拭しようとしてる」
……。
もうどうしたらええねん。
目を合わせても不仲。
目を合わせなくても不仲。
喋っても不仲。
喋らなくても不仲。
不仲説、強すぎる。
こうなると、何をしても「不仲」という結論に回収されてしまう。
人間は一度物語を知ると、その物語に合うものを探してしまうのかもしれない。
「この二人は仲が悪い」
そう思って映像を見る。
すると、目を合わせなかった一秒がものすごく意味のある一秒に見える。
でも、何も知らずに見ていたら、たぶん気づきもしなかったかもしれない。
本当にプロ意識を見るなら、仕事を見ればいいのでは
そもそも「プロ意識」という言葉を使うなら、僕は別のところを見たい。
ちゃんと歌う。
踊る。
ステージを作る。
ファンを楽しませる。
グループとして作品を完成させる。
そっちではないだろうか。
二人が休日に一緒に遊びに行ったかどうかは、僕にはあまり関係ない。
一緒に晩ご飯を食べているかどうかも知らなくていい。
誕生日の0時ちょうどに連絡しているかどうかも、別にいい。
友達であることと、いい仕事仲間であることは別だ。
むしろ、本当に仲が良くないのに、ステージでは完璧に合わせているのだとしたら、
それはそれでプロなんじゃないかと思う。
裏ではほとんど喋らない。
でも曲が始まれば、一緒に最高のステージを作る。
僕はそれでもいい。
というか、少しかっこいいとすら思う。
仲良しだから一緒にできる。
もちろん素敵だ。
でも、
仲良しじゃなくても一緒にいいものを作れる。
それも人間のすごさではないだろうか。
もちろん、本当にいじめがあるなら話は別だ
ここは分けて考えたい。
もし本当に、誰か一人を意図的に仲間外れにしている。
無視している。
傷つけている。
立場を利用して追い詰めている。
そういういじめや嫌がらせが実際にあるのなら、話は別だ。
それを、
「人間なんだから仲が悪いことくらいある」
で済ませていいとは思わない。
でも、
「仲が悪い」と「いじめ」も同じではない。
ここも一緒にしてはいけない。
「あまり仲が良くなさそう」
から始まった話が、
「無視している」
になり、
「いじめている」
になり、
「許せない」
になっていく。
もし、その間に新しい事実が増えていないのなら怖い。
映像は同じなのに、
言葉だけがどんどん強くなっていく。
もちろん、本当に何かが起きている可能性はある。
だからこそ、分からないものは分からないままにしておく必要もあると思う。
「自然体でいてほしい」のに、自然な感情は許されない
アイドルについて、
「作られた姿じゃなくて、素の姿が見たい」
という言葉を聞くことがある。
自然体がいい。
本当の性格が見たい。
普段の姿が見たい。
それも分かる。
でも、本当に「素」を見せたら、その中には当然、綺麗じゃない感情も入ってくる。
機嫌が悪い日。
誰かにイラッとする日。
喧嘩する日。
嫉妬する日。
一人になりたい日。
笑いたくない日。
人間の「素」って、いつもニコニコしていることではない。
それなのに、
自然体でいてほしい。
でも機嫌が悪いのはダメ。
本音を見せてほしい。
でも嫉妬はダメ。
人間らしくいてほしい。
でも人間関係は常に円満でいてほしい。
となると、
それは本当に「素」を求めているのだろうか。
もしかすると僕らが求めているのは、
「自分が見たい自然体」
なのかもしれない。
自然に笑っている姿は見たい。
自然に仲良くしている姿も見たい。
でも自然に生まれた不機嫌や衝突は見たくない。
それは少し都合がいい。
まあ、アイドルという仕事自体が、ある意味では夢を見せる仕事でもあるのだろう。
だから完全に間違っているとも思わない。
難しい。
それでも、なぜ「炎上」なんだろう
ここまで考えて、ファンがショックを受ける理由は少し分かった。
アイドル本人だけではなく、メンバー同士の関係性も好きだった。
仲良しだと思っていた。
だから、不仲かもしれないと感じて失望する。
「プロなら仕事中くらいは仲の悪さを出さないでほしい」
という気持ちも分かる。
好きなグループだからこそ、仲良くあってほしい。
それも分かる。
僕は最初より、少し理解できた気がする。
でも。
やっぱり、まだ一つだけ分からない。
なんで、それが「炎上」するんだろう。
「あの二人、仲悪いのかな」
「そうだったらちょっと残念だな」
それではダメなのだろうか。
なぜそこから、誰かを責めるところまで行くのだろう。
人間が何人も集まれば、仲のいい人と悪い人がいる。
喧嘩もする。
嫉妬もする。
距離ができることもある。
また仲良くなることもある。
それはアイドルだから突然なくなるものではない。
アイドルになった瞬間、人間関係のアップデートが止まるわけでもない。
「今日からお前らメンバーな」
と言われた瞬間、
全員の相性が100になるわけでもない。
ゲームじゃないんだから。
そもそも、この炎上は誰かの得になるのだろうか
そして、もう一つ考えた。
そもそも、この炎上は誰かの得になるのだろうか。
誰かを救うのだろうか。
仮に、本当に二人の仲が悪かったとする。
ファンがそれに気づいた。
過去の映像を探す。
目を合わせていない場面を見つける。
切り抜く。
拡散する。
「やっぱり不仲だ」
「このときも態度がおかしい」
「あの頃から怪しかった」
そんな言葉がどんどん増えていく。
そして炎上する。
その先に、何があるのだろう。
二人の仲は良くなるのだろうか。
たぶん、そんな単純な話ではない。
むしろ、本当に関係がぎくしゃくしているのだとしたら、何万人もの人から、
「お前ら仲悪いだろ」
と観察され続ける方がしんどい気がする。
少し目を合わせれば、
「炎上を気にしてる」
距離を取れば、
「やっぱり不仲」
仲良く話せば、
「運営に言われた?」
何をしても人間関係を分析される。
これで仲良くなれと言われても困る。
人間関係の修復に、観客席はいらない。
もし本当に二人の間に何かがあるのなら、それは本人たちが話せばいい。
必要なら、周囲の人が支えればいい。
僕らが数秒の映像を集めて、関係性を判定する必要があるのだろうか。
仮に、
「かわいそうなメンバーを守りたい」
という気持ちから始まっていたとしても、その人が本当に助けを求めているのかは分からない。
普通に話しているかもしれない。
昨日喧嘩して、今日には仲直りしているかもしれない。
そもそも何も起きていないかもしれない。
そんな二人の周りで、
僕らだけがずっと喧嘩を続けている。
それは少し変だ。
本人たちはもう仲直りしているのに、ファンだけがまだ怒っている。
そんなことだってあり得る。
だったら、いったい誰のための炎上なんだろう。
アイドルのためなのか。
ファンのためなのか。
グループのためなのか。
誰かを守るためなのか。
それとも、
ただ怒るために怒っているのか。
もちろん、炎上すれば数字は動く。
動画は見られる。
投稿は拡散される。
コメントが増える。
さらに別の人がその炎上を取り上げる。
また数字が動く。
炎上によって得をする仕組みそのものは、確かにあるのかもしれない。
でも、
その中心にいる本人たちはどうなんだろう。
好きなアイドルに、
「仲良くあってほしい」
と願っていたはずなのに。
不仲に見える場面を探して、
切り抜いて、
拡散して、
たくさんの人に、
「この二人は仲が悪い」
と思わせる。
なんだか順番がおかしい。
仲良くなってほしいはずなのに、
不仲という物語を、僕らの方が大きくしている。
もし本当に好きなら。
もし本当に二人のことを心配しているなら。
何もしないという選択肢だってあるのではないだろうか。
本人たちの関係は、本人たちに任せる。
ステージに立ったら、その仕事を見る。
楽しませてもらったら、楽しむ。
それくらいの距離があってもいい。
本当に何でも炎上する時代になった
今回のことを考えていて、最後に思った。
本当に、何でも炎上する時代になったなあ。
誰かが違和感を持つ。
SNSに書く。
誰かが映像を切り抜く。
別の人が過去の映像を探す。
「ここも怪しい」
となる。
拡散される。
反論する人が出る。
その反論にまた反論する人が出る。
そして、
「炎上」
になる。
最初にあったのは、
「あの二人、ちょっと仲悪そうじゃない?」
くらいの話だったかもしれないのに。
もちろん、本当に誰かが傷つけられているなら別だ。
問題があるなら、それは問題として考えればいい。
でも、誰かと誰かが仲良くない。
ただそれだけなら、
人間が集まる場所では普通に起こる。
僕はそもそも、アイドルグループを見て、
「全員仲良しなんだろうな」
と思っていない。
仲のいい人もいる。
合わない人もいる。
親友もいる。
ライバルもいる。
ちょっと苦手な人もいる。
でも、ステージでは一緒に歌う。
一緒に踊る。
一つのものを作る。
それでいいんじゃないだろうか。
むしろ僕は、その方が人間らしいと思う。
仲良くあってほしい。
その願いも分かる。
仲が悪かったら残念。
それも分かる。
でも、
「仲良くあってほしい」と「仲良くなければ許さない」は、やっぱり違う。
アイドルだって人間だ。
喧嘩くらいする。
誰かをライバルだと思うこともある。
ちょっと距離を置きたい日もある。
そして、その関係が明日には変わっているかもしれない。
僕らには分からない。
だから僕は、今回の不仲説について、
「本当に不仲なのか」
という答えを出すつもりはない。
出せない。
ただ、いろいろ考えてみて、ファンがショックを受ける理由は少しだけ分かった。
それでも最後には、やっぱり最初と同じ場所に戻ってきてしまう。
仲が良かったら、それは素敵だ。
仲が悪かったら、それも人間だ。
仕事が始まったら、プロとして一緒にいいものを作る。
それで十分じゃないだろうか。
何でも見える時代だからこそ、
何でも見に行かなくていい。
何でも言える時代だからこそ、
何でも言わなくていい。
そして、何でも炎上する時代だからこそ、一度くらい考えてもいいと思う。
この炎は、
誰かを暖めるのか。
誰かを照らすのか。
誰かを救うのか。
それとも、
ただ燃えているだけなのか。
