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寝癖のまま出勤。気にしないのはなぜ?その心理と原因を考える。

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朝、鏡を見る。

今日も寝癖が大爆発している。

右へ跳ねる。

左へ跳ねる。

後ろはどうなっているのか、自分でもよくわからない。

一本だけ、天を目指している奴もいる。

髪が躍っている。

跳ねている。

誰にも指図されず、自由気ままに生きているみたいだ。

僕より自由だ。

普通なら、これを直すのだろう。

水で濡らして、ドライヤーを当てて、綺麗に整える。

でも鏡を見る。

こいつら、なんだか楽しそうだ。

右へ行きたい奴は右へ。

左へ行きたい奴は左へ。

上へ行きたい奴は上へ。

それぞれが自分の意志を持っているように見える。

楽しそうなこいつらを、直したくない。

よし、行くか。

僕はそのまま家を出る。

……。

なんて言ってみたが、

本当はめんどくさいだけだ。

髪の自由を尊重しているわけではない。

寝癖にも人権を。

そんな思想を持っているわけでもない。

水で濡らす。

ドライヤーを出す。

乾かす。

形を整える。

たった数分で終わる。

それだけのことが、めんどくさい。

だから僕は今日も、寝癖を連れて出勤する。

目次

僕は必ずと言っていいほど寝癖がつく

僕は朝起きると、かなりの確率で寝癖がついている。

少し毛先が跳ねています、なんて可愛いものではない。

大爆発している。

「寝てました」という情報を、髪全体を使って表現している。

誰が見てもわかる。

この人は少し前まで寝ていた。

証拠は頭に残っている。

それでも僕は、そのまま出勤することが多い。

もちろん、寝癖には気づいている。

鏡を見ているからだ。

「気づいていないから直していない」のではない。

気づいたうえで、直していない。

ここが自分でも少し不思議だった。

寝癖を直すのなんて数分で終わる。

それなのに僕は、その数分を使うくらいなら寝癖のまま外へ出ることを選ぶ。

普通は逆なのだろうか。

「寝癖のまま人に会うのは恥ずかしい」

「だらしないと思われたくない」

「身だしなみくらい整えたい」

そういう気持ちが、数分の面倒くささに勝つ。

だから直す。

でも僕の場合は、

寝癖を直す面倒くささが、寝癖を人に見られる恥ずかしさに勝っている。

なぜだ。

そもそも僕は、どうしてこんなに寝癖を気にしないのだろう。

その前に、もっと基本的なことが気になった。

そもそも寝癖って、なんでつくんだ。

毎晩、僕の頭では何が起こっているのだろう。

気になったので調べてみた。

そもそも寝癖はなぜつくのか

調べてみると、寝癖にはちゃんと科学的な仕組みがあった。

髪の形には、髪内部の「水素結合」が関係している。

髪は濡れると水素結合が切れて形を変えやすくなり、乾くと再び結合して、そのときの形が保たれやすくなる。

花王のヘアケア情報では、寝癖がつく大きな原因として、「髪を完全に乾かさず寝ること」と「乾かしていても寝ている間に汗をかくこと」の二つが挙げられている。

なるほど。

つまり夜、髪が少し湿っている。

その状態で枕に押しつけられる。

髪が曲がる。

そのまま乾く。

完成。

朝、僕が鏡の前で目撃している芸術作品は、夜中に制作されていたのだ。

しかも表面だけ乾いていても、根元や内側に水分が残っていることがある。

その部分が枕などに押しつけられて動き、その状態で乾くことで寝癖になるという。

ということは、

夜。

髪「まだちょっと湿っています」

僕「知らん。寝る」

枕「ではこちらへ」

髪「えっ」

僕「ゴロッ」

髪「ちょっと待って」

僕「ゴロッ」

髪「反対!?」

寝汗「ちょっと濡らしておきますね」

髪「やめろ」

枕「押さえます」

髪「助けて」

乾燥「それでは、この形で固定します」

朝。

大爆発。

こういうことなのだろう。

楽しそうに自由気ままに生きていると思っていた。

違った。

こいつら、一晩中僕に振り回されていた。

すまん。

寝相も関係しているのだろうか

ここでもう一つ気になった。

僕の寝相はどうなのだろう。

寝ているので、自分では知らない。

朝起きたら布団の位置がおかしいこともある。

枕から頭が落ちていることもある。

寝返りを何度打ったのかなんて当然わからない。

寝癖が枕などに押しつけられて形を変えた髪が、その状態で乾くことで生じるなら、寝ている間の動きも無関係ではなさそうだ。花王も、濡れている部分が枕などに押しつけられ、動いた状態で乾く仕組みを説明している。

ただし、

「寝癖が激しい=寝相が悪い」

と単純に決めつけることはできない。

髪がどれくらい湿っていたのか。

寝汗をどれくらいかいたのか。

どこが枕に当たっていたのか。

髪質や長さ、生え方も違う。

いろんな条件が重なって、朝の作品が完成する。

だから僕の頭が毎朝爆発しているからといって、夜中にベッドの上でブレイクダンスをしているとは限らない。

たぶん。

見ていないから知らない。

ただ、朝の頭だけを見ると、

「昨晩、何があった?」

とは聞きたくなる。

寝癖を防ぐ方法もちゃんとある

もちろん、対策もある。

髪を根元からしっかり乾かす。

そして、乾かして終わりではない。

花王によると、ドライヤーなどで温まった直後の髪は水素結合が不安定なため、室温程度まで冷ましてから寝ることが寝癖対策になるという。

なるほど。

髪を根元までしっかり乾かす。

内側も乾かす。

さらに冷めるまで待つ。

それから寝る。

そうすれば寝癖を減らせる可能性がある。

勉強になった。

今日から実践してみよう。

とはならない。

めんどくさい。

寝る。

そして翌朝。

鏡を見る。

大爆発。

右へ。

左へ。

上へ。

今日も元気そうで何よりだ。

よし、行くか。

調べた意味はあったのだろうか。

知識は増えた。

寝癖は減っていない。

そもそも、なぜ寝癖は直すものなのか

ここからが僕にはもっと不思議だった。

寝癖がつく原因はわかった。

でも、そもそもなぜ僕たちは寝癖を直すのだろう。

「そんなの身だしなみだから」

と言われれば、それまでなのかもしれない。

でも、その「身だしなみだから」が気になる。

寝癖がある。

髪が右に跳ねている。

だから何なのだろう。

臭いわけではない。

誰かにぶつかるわけでもない。

右へ跳ねた僕の髪によって、隣の人の仕事が遅れるわけでもない。

一本だけ上を向いているからといって、電車が止まるわけでもない。

誰が困るんだ。

もちろん、職業によっては見た目も仕事の一部になる。

接客や営業など、相手に与える印象が重要な仕事もある。

会社に服装や身だしなみのルールがある場合もある。

そういう場面まで「寝癖なんてどうでもいい」と言いたいわけではない。

ただ僕自身について考えると、寝癖を直したことで仕事の能力が上がるわけではない。

寝癖があったことで、できていた仕事ができなくなるわけでもない。

そう考えると、

僕にとって寝癖を直すメリットが、かなり小さい。

だから面倒くささが勝ってしまうのかもしれない。

人は他人からどう見られるかを気にしている

心理学には「自己呈示」や「印象管理」と呼ばれる考え方がある。

人は社会の中で、自分が他人からどう見られるかをある程度調整しながら生活している。

研究でも、好ましい印象を他者に与えようとする印象管理は、社会生活の基本的な側面の一つとして扱われている。

考えてみれば当たり前だ。

初対面の人に会う。

面接へ行く。

デートへ行く。

仕事へ行く。

どこへ行くかによって服を変える。

髪を整える。

言葉遣いまで変わる。

僕たちは毎日、知らないうちに、

「今日は他人にどういう自分を見せるのか」

を選んでいる。

寝癖を直すことだって、その一つなのかもしれない。

「きちんとしている人」

「清潔感のある人」

「仕事へ行く準備ができている人」

そういう印象を相手に与える。

つまり寝癖を直すという行為には、単純に髪型を整える以上の社会的な意味がある。

では僕は、なぜやらないのか。

たぶん、

寝癖についての評価を、それほど欲しがっていない。

「今日も髪が綺麗に整っていますね」

と言われたところで、

そうですか。

で終わる。

逆に、

「寝癖すごいですね」

と言われても、

そうなんですよ。

で終わる。

どちらに転んでも、僕の中で大事件にならない。

「他人の目を気にしない人」ではない

ただ、ここを、

「僕は他人の目を気にしない人間だから」

で終わらせるのも違うと思う。

人は、他人からどう見られるかへの関心の強さや、どんな印象を与えたいかがそれぞれ違う。自己呈示についての研究でも、他者の印象をどの程度気にするかには個人差があることが指摘されている。

でも、それだけではない。

同じ一人の人間でも、

気にするものと、気にしないものがある。

僕だって全部どうでもいいわけではない。

文章を書けば誤字は気になる。

人に迷惑をかけたなら気になる。

自分が大切だと思っていることなら、他人からどう評価されるかを考えることもある。

でも寝癖は、

どうでもいい。

人間は「他人の目を気にする人」と「他人の目を気にしない人」の二種類に分かれているわけではないのだろう。

これは気になる。

これは気にならない。

ここはちゃんとしたい。

ここは別にいい。

一人の中にも境界線がある。

僕の場合、その境界線のかなり外側に、

寝癖がいる。

実はみんな、僕の寝癖なんて見ていないのかもしれない

もう一つ面白い心理がある。

「スポットライト効果」だ。

人には、自分の外見や行動が、実際以上に他人から注目されていると考えてしまう傾向がある。

有名な研究では、恥ずかしいと感じるTシャツを着た参加者が、実際よりも多くの周囲の人にそのTシャツを気づかれたと見積もる傾向が示された。

これを知ると、寝癖も少し違って見える。

僕は鏡を見ている。

真正面から、自分の寝癖を確認している。

当然、目に入る。

「うわ、今日もすごいな」

と思う。

でも電車で向かいに座っている人は、僕の寝癖を研究しに来たわけではない。

今日の仕事を考えているかもしれない。

眠いのかもしれない。

スマホを見ているかもしれない。

晩ご飯を考えているかもしれない。

僕の右後頭部がどちらへ向いているのかなんて、

たぶん、どうでもいい。

自分にとっては大爆発。

他人にとっては背景の一部。

そう考えると、寝癖を直さず外へ出るハードルはさらに下がる。

寝癖で出勤しても、何も起こらない

そして、僕が寝癖を気にしなくなっている理由として、もう一つ思い当たることがある。

何も起こらないのだ。

寝癖で出勤する。

何も起こらない。

次の日も寝癖で出勤する。

何も起こらない。

たまに、

「寝癖すごいですね」

と言われる。

「そうなんですよ」

終わり。

怒られない。

仕事は普通に始まる。

地球は回り続ける。

給料もたぶん変わらない。

電車も走る。

コンビニにも入れる。

寝癖があることで何か大きな不利益が起きるなら、僕だって直すようになるだろう。

でも今のところ、

寝癖を直さなかったことによる重大事件が一件も起きていない。

だったら、明日の朝も、

「まあ、ええか」

となる。

これは寝癖に限らないのかもしれない。

僕たちは「やった方がいい」と言われていることをたくさん抱えている。

でも実際にやらなくても何も起こらないことに気づくと、少しずつ優先順位が下がっていく。

寝癖は僕の中で、その最下層付近まで落ちた。

清潔にすることと、見た目を整えることは同じなのか

ただし、ここで誤解されたくない。

僕は、

「身だしなみなんて全部いらない」

と思っているわけではない。

風呂には入る。

歯も磨く。

服も着る。

さすがに全裸で出勤して、

「他人の目なんて気にしません」

とはならない。

そこで考えた。

清潔にすることと、見た目を整えることは、少し違うのではないか。

例えば強い体臭があれば、近くにいる人にも影響する。

口臭だって同じだ。

汚れた服なら衛生面もある。

でも寝癖はどうだ。

右に跳ねている。

それだけだ。

僕の髪が右を向いたことで、誰かの鼻に何かが届くわけではない。

僕の後頭部が爆発していることで、隣の人が仕事に集中できなくなるとも思えない。

だったら僕の中では、

「まあ、いいか」

になる。

もちろん、相手に与える印象も社会生活の一部だから、完全に個人だけの問題とも言い切れない。

ただ、

「清潔だから整える」と「社会的にちゃんとして見えるから整える」は、同じようで少し違う。

寝癖について考えていたら、そんなところまで来てしまった。

僕は朝、髪を直したくなかっただけなのに。

「だらしない人」で終わらせるのも少し違う

寝癖のまま歩いている人を見ると、

「だらしないな」

と思う人もいるかもしれない。

実際、僕についてはかなり正しい。

面倒くさいから直していない。

反論できない。

しかし、寝癖があるという一つの情報だけで、その人全部を「だらしない人」と決めてしまうのは少し早い。

髪は爆発している。

でも仕事はめちゃくちゃ丁寧かもしれない。

髪は爆発している。

でも時間はきっちり守る人かもしれない。

髪は爆発している。

でも家は信じられないほど綺麗かもしれない。

人間はそんなに一枚岩ではない。

僕らはどうしても、目に見える一部分から、その人全体を説明したくなる。

寝癖。

服。

靴。

表情。

話し方。

そこから「こういう人なんだろう」と想像する。

もちろん第一印象は社会生活では重要だ。

でも、

寝癖一本に、その人の人格すべてを背負わせるのは荷が重い。

あいつはただ上を向いているだけだ。

本当に疲れていて、寝癖を直せない人もいる

そして、もう一つ考えておきたい。

僕みたいに、

「めんどくさいから」

という、どうしようもない理由で寝癖を放置している人ばかりではないだろう。

本当に疲れている人もいる。

昨日、遅くまで働いていたのかもしれない。

子どもの世話をしていたのかもしれない。

朝から家族の準備に追われて、自分の髪まで手が回らなかったのかもしれない。

寝坊したのかもしれない。

眠れなかったのかもしれない。

今日はもう、髪を整えるための数分すら使いたくなかったのかもしれない。

僕らから見れば、

「たった数分」

だ。

でも、その人にとっては、

一分でも長く眠りたかった朝だったのかもしれない。

寝癖だけを見て、その人の昨日まではわからない。

これは別に、街で寝癖の人を見つけるたびに、

「あの人にはきっと深い事情が……」

と勝手に物語を作ろうという話ではない。

ただ、

見えているものだけで、その人全部はわからない。

それくらいは覚えておいてもいいと思う。

みんなの寝癖を見てみてほしい

そう考えると、寝癖って意外と面白い。

電車に乗る。

前に立っている人の後頭部を見る。

ちょっとだけ跳ねている。

あ、この人も寝癖ある。

駅を歩く。

前の人の髪が一本だけ上を向いている。

お前もか。

会社へ行く。

綺麗に整えているように見えた人の後ろ側だけ、少し跳ねている。

仲間だ。

もちろん、じろじろ見るのはやめてあげてほしい。

寝癖観察家として不審者になる必要はない。

でも、少しだけ見てみると面白い。

右に跳ねている人。

左に跳ねている人。

後ろだけ爆発している人。

完璧に整えている人。

「直そうとしたけど、こいつだけ言うことを聞かなかったんだろうな」という一本を残している人。

そこには、その人の朝が少しだけ残っている。

寝癖は、

睡眠の痕跡なのかもしれない。

数時間前まで、この人も布団の中にいた。

枕に頭を押しつけていた。

寝返りを打っていた。

そして起きた。

会社へ行かなければならない。

学校へ行かなければならない。

どこかへ行かなければならない。

髪を直した。

あるいは、直さなかった。

そして今、ここを歩いている。

そう考えると、ただの寝癖が少し面白く見える。

寝癖を直す人も、直さない人も、それぞれでいい

ここまで考えてきたけれど、もちろん、

「寝癖を直さない方が自由だ」

と言いたいわけではない。

毎朝きっちり髪を整える人も、それでいい。

むしろ僕からするとすごい。

朝起きる。

鏡を見る。

寝癖を発見する。

濡らす。

ドライヤーを使う。

整える。

完成。

これを毎朝やっている。

偉い。

僕なら途中で、

「もうええか」

となる。

髪を整えることで気持ちが切り替わる人もいるだろう。

髪型が決まれば一日気分よく過ごせる人もいる。

仕事のスイッチになる人もいる。

人からどう見られるかではなく、自分自身が整った状態を好きな人もいる。

それも立派な理由だ。

一方で、

僕みたいに、

「別に跳ねててもええか」

という人もいる。

どちらが正しいという話ではない。

大事なのは、

自分が何を気にして、何を気にしないのか。

その境界線は、人によって違うということなのだと思う。

僕の寝癖は、たぶん明日も爆発する

寝癖について調べてみて、いろんなことがわかった。

寝癖には髪内部の水素結合が関係している。

髪を完全に乾かさず寝たり、寝汗で髪が湿ったりすると、枕などに押しつけられた形で乾いて寝癖になりやすい。

防ぐなら、根元や内側までしっかり乾かして、髪が冷めてから寝るといい。

そして心理学を見れば、人は他人からどう見られるかを考えながら自分の印象を調整しているし、その程度には個人差もある。

さらに僕たちは、自分の外見を他人が実際以上に注目していると思ってしまうこともある。

いろいろわかった。

非常に勉強になった。

では僕は、明日から髪をしっかり乾かして、寝癖を防ぎ、朝は綺麗に髪を整えて出勤するのだろうか。

たぶんしない。

明日の朝。

目が覚める。

眠い。

起きる。

顔を洗う。

鏡を見る。

きっとまた、そこにいる。

右へ跳ねている奴。

左へ跳ねている奴。

後ろで暴れている奴。

一本だけ天を目指している奴。

髪が躍る。

跳ねる。

自由気ままに生きている。

大人になると、いろんなものを整えろと言われる。

服を整える。

言葉を整える。

態度を整える。

生活を整える。

髪も整える。

そんな中で、

僕の頭の上くらい、好き勝手に生きていてもいいのかもしれない。

楽しそうなこいつらを、直したくない。

……。

いや。

違う。

最後くらい正直になろう。

本当はめんどくさいだけだ。

鏡を見る。

今日も元気に大爆発している。

よし。

行くか。

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