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毎回いつもちょっと遅刻の心理とは。許せない。イライラする。

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毎回、ちょっとだけ遅刻する人がいる。

5分。

10分。

長くても15分。

決して大幅に遅れるわけではない。

しかし、毎回遅れる。

不思議だ。

一度なら分かる。

電車が遅れたのかもしれない。

寝坊したのかもしれない。

出発直前にお腹が痛くなったのかもしれない。

人間なのだから、そういうこともあるだろう。

しかし、毎回となると話は変わってくる。

なぜ、いつも少しだけ遅れるのだろう。

毎回5分遅れるのなら、5分早く家を出ればいい。

10分遅れるのなら、10分早く準備を始めればいい。

非常に単純な話に思える。

それなのに、なぜ改善されないのだろう。

僕は考えた。

もしかすると、遅刻する人には、何か特別な心理が働いているのではないだろうか。

時間の計算が苦手なのか。

少しくらい許されると思っているのか。

それとも、最初から時間どおりに来るつもりがないのか。

実に興味深い。

ちなみに、僕は遅刻する人間を許せない。

時間を守るというのは、人として大切なことだと思っている。

約束した時間には到着するべきだ。

人を待たせるなんて、もってのほかである。

なぜなら、他人の時間を奪ってしまうからだ。

僕は、そんなことをする人間が理解できない。

……。

まあ、昔の僕のことなのだが。

目次

1.昔の僕は、平気で30分遅刻していた

今だから言える。

昔の僕は、よく遅刻していた。

特に飲み会である。

19時集合。

普通なら19時までに到着する。

しかし、僕は違った。

19時30分くらいに到着する。

30分の遅刻だ。

しかも、電車が遅れたわけではない。

道に迷ったわけでもない。

急用ができたわけでもない。

最初から30分遅れて行くつもりだった。

なぜ、そんなことをしていたのか。

理由は非常に単純だ。

30分遅れて行けば、30分いなくて済むからである。

例えば、19時から21時までの飲み会があるとする。

最初から参加すれば、2時間。

しかし、19時30分に到着すれば、1時間30分。

なんと、飲み会の時間を25%も短縮できる。

素晴らしい。

しかも、何も難しいことはしていない。

ただ、遅れて行くだけだ。

飲み会の終了時間が決まっているなら、到着を遅らせるほど滞在時間は短くなる。

当時の僕は、そんなことを考えていた。

いや、だったら最初から断ればいいではないか。

今ならそう思う。

しかし、当時はまだ、そこまで割り切れていなかった。

誘われたら参加する。

ただし、できるだけ長くいたくない。

だから遅刻する。

なんとも中途半端な抵抗である。

そして、恐ろしいことに、僕が遅刻していた理由はそれだけではなかった。

もう一つ、とんでもない理由があったのだ。

2.ヒーローは遅れてやってくる

当時の僕は、あることを信じていた。

ちょっと遅れて登場する人間は、かっこいい。

今、自分で書いていて恥ずかしくなってきた。

しかし、本当にそう思っていた。

時間どおりに到着する人は、何だか張り切っているように見えた。

集合時間の10分前に到着する。

みんなが集まるのを待つ。

きっちり予定どおりに行動する。

そんな人たちを見て、当時の僕は思っていた。

「めっちゃ張り切ってるやん」

一方、僕は違う。

集合時間には現れない。

みんなが集まってから、ゆっくり登場する。

余裕のある男。

周囲に流されない男。

時間に縛られない男。

そして、何より注目される男。

完全に主人公のつもりだった。

考えてみてほしい。

19時。

飲み会が始まる。

みんなが集まっている。

乾杯が行われる。

料理が運ばれてくる。

しかし、そこに僕の姿はない。

19時10分。

まだ来ない。

19時20分。

相変わらず来ない。

そして、19時30分。

店の扉が開く。

ついに、僕が現れる。

「おう、遅れた」

ヒーローの登場である。

頭の中では壮大な音楽が流れている。

みんなが僕を見る。

待ちわびた男が、ついに現れたのだ。

ヒーローは遅れてやってくる。

しかし、ここで冷静に考えてみたい。

誰が助けを求めていたのだろう。

誰も困っていない。

敵もいない。

怪獣も現れていない。

世界の危機も訪れていない。

テーブルの上にあるのは、枝豆と唐揚げだ。

ヒーローの出番など、どこにもない。

しかも、ヒーローが遅れて登場するのは、それまで別の場所で戦っていたからである。

仲間を守るために戦っていた。

街の平和を守っていた。

強大な敵と死闘を繰り広げていた。

では、僕は何をしていたのだろう。

飲み会に30分いなくて済むように、時間を調整していただけである。

なんという情けないヒーローなのだろう。

3.周囲からすれば、ただの鬱陶しい男だった

当時の僕は、遅れて登場する自分に満足していた。

しかし、周囲の人たちはどう思っていたのだろう。

もちろん、全員の本音を聞いたわけではない。

ただ、今になって考えると、おそらくこうだったのではないだろうか。

「鬱陶しいわ、こいつ」

それだけである。

僕の頭の中では、壮大な登場シーンが繰り広げられていた。

しかし、周囲からすれば、ただの遅刻者だ。

「あいつ、また遅れてるな」

「先に始めよう」

「もう料理来てるで」

そんな程度だったのかもしれない。

僕が登場しても、

「あ、来たんや」

それだけだ。

誰も歓声を上げない。

誰も立ち上がらない。

拍手も起こらない。

当たり前である。

飲み会に30分遅れて来ただけなのだから。

むしろ、人数の確認や注文の都合で、迷惑をかけていた可能性もある。

当時の僕は、そんなことまで考えていなかった。

時間どおりに来る人を、張り切っていると思っていた。

遅れて来る自分を、余裕があると思っていた。

しかし、本当に余裕のある人間なら、時間どおりに到着することもできるはずだ。

時間を守らないことと、周囲に流されないことは違う。

今なら分かる。

僕は自由な男だったのではない。ただ、約束の時間を守らない男だったのだ。

なんとも恥ずかしい話である。

4.では、ほかの人はなぜ遅刻するのだろう

僕が遅刻していた理由は分かった。

飲み会の時間を短縮したかった。

そして、ヒーローになりたかった。

しかし、世の中の遅刻者が全員ヒーローを目指しているとは考えにくい。

もしそうなら、街中がヒーローだらけになってしまう。

そこで、ほかの人はなぜ遅刻するのか、考えてみることにした。

もちろん、遅刻の理由は人それぞれだ。

本人にしか分からない事情もあるだろう。

ここからは、あくまで僕なりの仮説である。

① 少しくらい許されると思っている説

まず考えられるのが、これだ。

30分の遅刻はまずい。

1時間の遅刻はもっとまずい。

しかし、5分なら大丈夫。

10分くらいなら許してもらえる。

そんな感覚があるのかもしれない。

「ごめん! ちょっと遅れる!」

この「ちょっと」という言葉が便利なのだ。

5分でも、10分でも、15分でも使える。

しかし、僕は思う。

その『ちょっと』を決めるのは、待たせる側ではないのではないか。

もちろん、5分程度なら気にしない人もいる。

僕もその一人だ。

しかし、全員がそうとは限らない。

時間どおりに来て、相手を待っている人もいる。

次の予定がある人もいる。

その人たちにとって、5分が小さな時間とは限らない。

しかも、毎回遅刻するとなれば、話は別だ。

一度の失敗なら仕方がない。

しかし、毎回同じように遅れるなら、改善する機会は何度もあったはずだ。

「ちょっと遅れる」が、毎回の挨拶になっていないだろうか。

② 準備時間を楽観視しすぎる説

これも、かなりありそうだ。

例えば、19時に待ち合わせをしている。

家から目的地までは30分。

だから、18時30分に家を出れば間に合う。

本人はそう考えている。

しかし、18時20分になっても、まだ部屋着だ。

「着替えるだけやし、5分でいけるやろ」

着替える。

「あれ、財布どこや?」

財布を探す。

「そういえば、トイレ行っとこ」

トイレに行く。

「あ、スマホ充電してたんや」

充電器を抜く。

時計を見る。

18時37分。

まだ家にいる。

そして思う。

「なんで毎回こうなるんやろ?」

いや、準備時間を計算に入れていないからではないだろうか。

しかも、こういう人は、すべてが理想どおりに進む前提で考えているのかもしれない。

着替えは3分。

駅までは5分。

電車の待ち時間はゼロ。

信号は全部青。

エレベーターは最初から1階にいる。

世界中が自分の出発を応援してくれる前提で予定を組んでいる。

しかし、現実はそんなに都合よくできていない。

心理学には「計画錯誤」という考え方がある。

作業などに必要な時間を、実際より短く見積もってしまう傾向のことだ。

準備や移動に必要な時間を甘く見積もれば、遅刻につながることもあるだろう。

このタイプは、遅刻したくて遅刻しているわけではない。

時間どおりに行くつもりなのに、結果として遅れてしまう。

だからこそ、余裕を持って準備を始めることが大切なのだと思う。

③ ギリギリまで自分の時間を使いたい説

待ち合わせの10分前に到着する。

すると、10分待つことになる。

それが嫌なのかもしれない。

だったら、できるだけギリギリに到着したい。

そう考える。

確かに、気持ちは分からなくもない。

家にいれば、好きなことができる。

スマホを見られる。

テレビを見られる。

もう少し寝ていられる。

だから、出発をギリギリまで遅らせる。

しかし、少しでも予定が狂えば、遅刻する。

ここで疑問が生まれる。

自分が10分待つのは嫌なのに、相手を10分待たせるのは構わないのだろうか。

もしそうなら、ずいぶん都合のいい話だ。

ただ、待ち時間をどう感じるかは人によって違う。

何もせずに待つのが苦痛な人もいるだろう。

しかし、相手も同じように待つのが嫌いかもしれない。

自分の時間を大切にするのはいい。

でも、それと同じくらい、相手の時間も大切にしてほしい。

④ 最初から時間どおりに来る気がない説

これは、準備時間を読み間違える人とは違う。

そもそも、時間どおりに到着することを目標にしていないのだ。

19時集合。

しかし、本人の頭の中では、

「まあ、19時15分くらいでええやろ」

となっている。

勝手に集合時間が変更されている。

しかも、誰にも相談していない。

19時になっても、まだ家にいる。

19時10分。

そろそろ出発する。

19時20分。

ようやく到着する。

「ごめん! ちょっと遅れた!」

いや、お前の中では予定どおりやろ。

これが、なかなか厄介だと思う。

時間どおりに来ようとして失敗した人と、最初から遅れて行くつもりだった人。

結果は同じ遅刻でも、そこに至るまでの考え方は違う。

もちろん、毎回遅れるからといって、必ず故意とは限らない。

ただ、もし最初から遅れるつもりなら、相手にそのことを伝えるべきではないだろうか。

19時30分にしか来られないのなら、最初からそう言えばいい。

19時に来ると約束しておいて、勝手に19時30分へ変更する。

それは、相手との約束を一人で書き換えているようなものだ。

まあ、昔の僕がやっていたことなのだが。

改めて考えると、なかなかひどい。

⑤ 相手を少し見下している説

これは、少し踏み込んだ仮説だ。

例えば、会社の重要な会議には絶対に遅れない。

取引先との約束にも遅れない。

飛行機の出発時間も守る。

しかし、友人との待ち合わせには毎回遅れる。

なぜだろう。

もしかすると、相手によって時間を守る意識が変わっているのかもしれない。

「この人なら許してくれる」

「少しくらい遅れても大丈夫」

「別に怒られないだろう」

そう考えている可能性がある。

もちろん、親しい相手だからこそ気が緩む場合もある。

遅刻するという事実だけで、相手を見下していると決めつけることはできない。

しかし、特定の相手にだけ毎回遅れるのなら、少し考えてみてもいいと思う。

「遅刻しても許してくれる人」と「遅刻しても構わない人」は違う。

相手の優しさに甘えているのか。

それとも、相手の時間を軽く扱っているのか。

その違いは大きい。

親しい関係だからこそ、約束を大切にしたいものだ。

⑥ 時間の価値を理解していない説

最後は、これだ。

「たった5分やん」

「10分くらい別にいいやろ」

そう考えている人もいるのかもしれない。

しかし、5分も10分も、その人の人生の一部だ。

例えば、毎回10分遅刻するとする。

月に4回なら40分。

一年間なら480分。

8時間である。

相手は、一年間で8時間も待たされている計算になる。

もちろん、待ち時間を有効に使っている人もいるだろう。

しかし、それは待っている本人が決めることだ。

遅刻する側が勝手に決めていいことではない。

しかも、時間はお金と違って返せない。

「ごめん! 今度10分返すわ!」

そんなことはできない。

僕は、ここが大切だと思っている。

自分の時間は自分のものだが、他人の時間は自分のものではない。

これは、昔の僕が理解できていなかったことでもある。

5.今の僕は、遅刻を良くないことだと思っている

昔の僕は、平気で30分遅刻していた。

しかも、少し遅れて登場することをかっこいいと思っていた。

しかし、今は違う。

遅刻は良くないと思っている。

理由は単純だ。

人の時間を潰してしまうからだ。

相手が待ち合わせ場所に到着している。

しかし、自分が来ない。

その間、相手は待つことになる。

もちろん、スマホを見たり、本を読んだりすることはできるだろう。

しかし、本来なら、その時間に別のことができたかもしれない。

家でゆっくりできたかもしれない。

用事を済ませられたかもしれない。

何より、相手は約束の時間に合わせて行動してくれている。

それなのに、自分の都合で待たせてしまう。

これは、やっぱり良くない。

もちろん、どうしても遅れてしまうことはある。

電車の遅延。

突然の体調不良。

予想できないトラブル。

そういう事情なら仕方がない。

問題なのは、遅刻を当たり前のことにしてしまうことだ。

毎回遅れる。

毎回謝る。

そして、また遅れる。

もしそれが続いているなら、何かを変える必要があると思う。

僕自身、昔の行動を振り返ると、恥ずかしくなる。

時間どおりに来る人を、張り切っていると思っていた。

遅れて登場する自分を、かっこいいと思っていた。

しかし、今なら分かる。

時間を守る人は、張り切っているのではない。約束を守っているだけなのだ。

当たり前のことだった。

6.ところが、今の僕は待たされても全然腹が立たない

ここで、少し不思議な話をしたい。

僕は今、遅刻は良くないことだと思っている。

しかし、実際に自分が待たされても、ほとんど腹が立たない。

むしろ、嬉しいことすらある。

例えば、友人と待ち合わせをしているとする。

集合時間の少し前に到着する。

すると、連絡が来る。

「ごめん! 30分くらい遅れる!」

普通なら、少しイライラする人もいるだろう。

しかし、僕は違う。

「全然いいよ!」

これは社交辞令ではない。

本当に、全然いいのである。

なぜなら、時間ができたからだ。

僕は本を読むことが好きだ。

だから、待ち時間ができれば、本を開く。

小説の続きを読む。

登場人物たちの世界に入り込む。

気づけば、あっという間に時間が過ぎている。

あるいは、近くに本屋があれば行く。

棚を眺める。

気になっていた新刊を探す。

知らなかった作品に出会う。

これが楽しい。

本屋に行く時間が突然できたのだ。

なんて素晴らしいのだろう。

本を持っていなければ、スマホで作業することもある。

文章を書く。

考え事を整理する。

やろうと思っていたことを進める。

つまり、僕にとって待ち時間は、必ずしも無駄な時間ではない。

予定外に生まれた自由時間なのだ。

7.なんなら、あと1時間くらい遅れてくれてもいい

そして、最近の僕は、さらにおかしなことを考えるようになった。

相手から連絡が来る。

「ごめん! 30分遅れる!」

「全然いいよ!」

「ほんまごめん!」

「気にせんといて!」

そう返事をする。

しかし、心の中では、こう思っている。

「なんやったら、あと1時間くらい遅れてくれてもええで」

相手は申し訳なさそうにしている。

しかし、僕は本屋で楽しい時間を過ごしている。

新刊を眺める。

気になる本を手に取る。

裏表紙を読む。

また別の棚へ移動する。

まだまだ見たい本がある。

そんなときに、相手から連絡が来る。

「着いたで!」

……。

もう来たんか。

いや、もちろん、来てくれて嬉しい。

待ち合わせをしていたのだから、当然だ。

しかし、もう少し本屋にいたかった気持ちもある。

何とも勝手な話である。

昔の僕は、30分遅刻することで、自分の自由時間を確保していた。

今の僕は、相手が30分遅刻することで、自分の自由時間が増えている。

昔は遅刻して時間を作っていた。今は遅刻されて時間ができる。

不思議な変化だ。

ただし、ここで勘違いしてほしくない。

僕が待たされても平気だからといって、遅刻していいと言っているわけではない。

僕は本を読むのが好きだ。

本屋に行くのも好きだ。

スマホで作業することもできる。

だから、待ち時間を楽しめる。

しかし、全員がそうとは限らない。

待つことが苦痛な人もいる。

次の予定がある人もいる。

寒い場所や暑い場所で待たされている人もいるだろう。

僕が待ち時間を楽しめることと、相手が遅刻していいことは別なのだ。

8.待たされる時間まで、不幸にする必要はない

僕は、遅刻する側と待たされる側の両方を経験してきた。

そして、今は一つ思うことがある。

時間を守ることは大切だ。

人の時間を奪わないようにすることも大切だ。

しかし、もし相手が遅れてしまったのなら、その時間をどう過ごすかは自分で決められる。

もちろん、怒るのも自然なことだと思う。

大切な予定があったのかもしれない。

長時間待たされたのかもしれない。

毎回同じことを繰り返されて、うんざりしているのかもしれない。

それを我慢する必要はない。

ただ、僕の場合は、待ち時間ができたら好きなことをする。

本を読む。

本屋へ行く。

文章を書く。

そうしていると、時間はあっという間に過ぎていく。

むしろ、もう少し時間が欲しくなる。

だから、僕は思う。

遅刻は良くない。でも、待たされる時間まで不幸にする必要はない。

これは、遅刻する人を許すべきだという話ではない。

自分の時間を、できるだけ自分の好きなように使いたいという話だ。

他人が遅刻したからといって、自分まで不機嫌になる必要はない。

その時間を楽しめるなら、楽しめばいい。

僕はそう考えている。

9.ヒーローは、もう遅れてやってこない

昔の僕は、ヒーローになりたかった。

みんなが集まってから登場する。

余裕のある男。

周囲に流されない男。

時間に縛られない男。

そういう自分が、かっこいいと思っていた。

しかし、実際にはどうだったのだろう。

飲み会に30分遅れてくる男。

周囲からすれば、ただの迷惑な人間だったかもしれない。

今になって考えると、恥ずかしい。

そして、もう一つ変わったことがある。

今の僕は、そもそも行きたくない飲み会には参加しない。

昔は、誘われたら参加していた。

しかし、長くいたくない。

だから30分遅刻する。

今は違う。

行きたくないなら、最初から断る。

そうすれば、誰も待たせない。

自分も嫌な思いをしない。

何より、飲み会の時間を丸ごと自由に使える。

30分どころではない。

2時間でも、3時間でも、自分の好きなことができる。

遅刻という小手先の技術から、欠席という根本的な解決へ。

ずいぶん遠回りしたものだ。

そして、今の僕は待ち合わせに遅れてくる人を、特別責めたいとも思わない。

もちろん、時間は守ってほしい。

ただ、遅れてしまったのなら仕方がない。

その間、僕は好きなことをしている。

小説を読む。

本屋へ行く。

スマホで文章を書く。

時間は無駄にならない。

むしろ、思いがけない楽しみが生まれることもある。

昔の僕は、遅れて登場することで注目を集めようとしていた。

今の僕は、誰にも注目されず、本屋の片隅で静かに過ごしている。

そして、気づいた。

僕は、ヒーローになりたかったのではない。自分の時間を自由に使いたかったのかもしれない。

ただ、当時はその方法を間違えていた。

自分の時間を大切にするために、他人の時間を軽く扱ってしまっていた。

今は、自分の時間も、他人の時間も大切にしたい。

だから、約束した時間は守る。

そして、相手が遅れてきたら、自分の時間を楽しむ。

それでいいと思っている。

最後に、昔の僕に一つだけ言っておきたい。

ヒーローは遅れてやってくる。

確かに、そういう物語はある。

しかし、ヒーローが遅れてくるのは、誰かを助けるために戦っていたからだ。

お前は違う。

ただ、飲み会に30分いなくて済むようにしていただけだ。

世界を救っていたのではない。自分の30分を救っていただけである。

しかも、その30分を救うために、ほかの人を待たせていたかもしれない。

まったく、何をやっているのだろう。

そんな僕も、今では少し変わった。

ヒーローは引退した。

遅れて登場することもなくなった。

そして今日も、誰かを待ちながら本を読んでいる。

「ごめん! あと30分遅れる!」

連絡が来た。

僕は返事をする。

「全然いいよ!」

そして、心の中で静かにつぶやく。

「なんやったら、あと1時間くらい遅れてくれてもええで。」

さて、次はどの本を読もうか。

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