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知り合いとすれ違う時に気づかないふりで挨拶しない。どうすれば正解?

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街を歩いている。

前から人が来る。

なんとなく顔を見る。

「あ。」

知り合いだ。

この瞬間、僕の頭の中では緊急会議が始まる。

声をかけるのか。

会釈するのか。

向こうは気づいているのか。

目は合ったのか。

いや、僕ではなく僕の斜め上を見ている気もする。

あれはどっちだ。

声をかけるパターンに入ったのか。

それとも、

「お互い気づいていないふりで通そうぜ」

というパターンなのか。

早く教えてくれ。

もう近づいてきている。

あと10メートル。

8メートル。

5メートル。

おい。

どっちなんだ。

僕としては、できることなら後者でお願いしたい。

目次

僕は知り合いに気づいても、気づいていないふりをする

僕は街で知り合いを見かけても、気づいていないふりをすることがある。

いや、結構ある。

もちろん誰に対してもではない。

親友だったら普通に声をかける。

「あ、おった」

「おー!」

でいい。

仲のいい友達でもそうだ。

家族でもそうだろう。

まったく知らない人なら、そもそも何も起こらない。

問題はその間にいる人たちだ。

知っている。

顔も分かる。

名前も分かる。

何回か喋ったこともある。

でも、

二人で会うほど仲良くはない。

このゾーン。

人間関係における魔境である。

声をかけるには少し遠い。

でも無視するには少し近い。

僕はこういう人を街で見つけると、かなりの確率で、

気づいていないふりをする。

見えている。

完全に見えている。

「あいつや」

とも思っている。

でも僕の中では、見えていないことになる。

高度な情報処理である。

昔、気づいていないふりを見破られた

一度、この作戦を完全に見破られたことがある。

場所はTSUTAYAだった。

相手は、友達の友達。

まったく知らない人ではない。

共通の友達を含めて、何回か一緒に遊んだことがある。

だから顔も分かる。

向こうも僕を知っている。

でも二人で遊ぶような関係ではない。

TSUTAYAの店内で、その人を見つけた。

「あ、おる」

と思った。

そして僕は、

気づいていないふりをした。

今日はそういうことでいきましょう。

あなたはあなたで好きなものを見てください。

僕も僕で好きなものを見ます。

本日、我々は出会っていません。

そういう無言の協定を、僕は一方的に締結した。

ところが相手は、その協定を破棄した。

「おい」

声をかけられた。

そして言われた。

「お前、気づいてないふりしたやろ。えぐい」

バレていた。

僕の演技は、まったく通用していなかった。

いや。

そこまで分かっているなら、声をかけないでくれ。

何、声かけてんねん。

僕が気づいていないふりをしていることまで見抜いたのなら、僕の意図も察してくれ。

「あ、こいつ俺に気づいてるな」

「でも気づいてないふりしてるな」

「なるほど。今日は話さないパターンね」

これでいいじゃないか。

なぜ突破してくる。

しかもTSUTAYAである

これが結婚式とか同窓会なら分かる。

人と会う場所だ。

でもTSUTAYAである。

僕はTSUTAYAにあなたと会いに来たわけではない。

あなたも僕と会うために来たわけではないだろう。

お互い何かを見に来た。

何かを借りに来た。

だったら、その目的を遂行しようじゃないか。

なぜ偶然同じ建物に入ったというだけで、人間関係イベントを発生させなければならないのか。

声をかけたら、そこから会話を作らなければならない。

「久しぶり」

「久しぶり」

「元気?」

「まあまあ」

「何してんの?」

TSUTAYAにいる。

見れば分かる。

そして恐ろしいのは、その先だ。

話題がない。

でも、せっかく声をかけた手前、すぐに終わるのも変な気がする。

すると、こんな質問が出てくるかもしれない。

「何借りたん?」

やめろ。

聞くな。

僕が何を借りたかなんて、どうでもいいだろう。

もし見られたくないものを借りていたら、どうしてくれる。

えっちなものだったらどうするんだ。

「何借りたん?」

「…………これ」

なんで偶然会った友達の友達に、僕のレンタル履歴を開示しなければならないのか。

しかも聞いた側も、そこまで興味がない可能性が高い。

ただ会話を続けるために聞いただけだ。

僕も気まずい。

相手も気まずい。

誰が得したんだ、この再会。

「なんかいたな」でいいじゃないか

僕は思う。

こういう関係なら、

「なんかいたな」

くらいでいい。

家に帰ってから、

「そういえば今日、TSUTAYAにあいつおったな」

それで終わり。

向こうも、

「あいつおった気するな」

それでいい。

別に嫌いではない。

次に共通の友達と一緒に会ったら普通に喋る。

「あ、この前TSUTAYAおったやろ」

「おったおった」

「やっぱりおったんかい」

それでいい。

なぜ発見したその瞬間に、必ず交流しなければならないのだろう。

知り合いを見つけた。

なんかいた。

終わり。

僕はそれくらいの人間関係があってもいいと思う。

もちろん親友なら声をかける

とはいえ、僕もすべての人から逃げているわけではない。

親友なら声をかける。

これは迷わない。

仲のいい友達でもそうだ。

こういう関係は判断が簡単だ。

「あ!」

で終わる。

声をかけるかどうかを考える前に、もう声をかけている。

逆に、一度しか会ったことがないような人も簡単だ。

ほとんど他人である。

そのまますれ違えばいい。

難しいのは、

声をかけるほど仲良くない。でも、知らないふりをするには知りすぎている。

この絶妙なゾーンだ。

何回か遊んだ友達の友達。

昔の同級生。

以前の職場でたまに話していた人。

顔と名前は一致する。

向こうもたぶん自分を知っている。

でも二人になった瞬間、何を話せばいいのか分からない。

こういう人との遭遇が一番難しい。

上司とすれ違ったらどうするか

では、上司はどうだろう。

これはまた別枠である。

会社なら当然挨拶する。

でも休日、街中で偶然会ったらどうするのか。

僕なら、

相手の反応を待つ。

これがいい。

上司を発見する。

「あ、上司や」

気づく。

しかし、こちらからはいったん動かない。

相手がこちらを見て、

「あっ」

という顔をしたら、

「お疲れ様です」

でいい。

向こうが何も反応しない。

そのまま通り過ぎようとしている。

分かりました。

本日は休業日です。

お互い休日である。

会社の外まで無理に仕事を持ち込まなくてもいい。

向こうが声をかけてきたら話す。

向こうが通過するなら、こちらも通過する。

上司には先攻を渡そう。

後輩ならどうするか

後輩は少し違う。

こちらから軽く声をかけた方が、相手は楽かもしれない。

後輩からすると、

「あ、先輩や」

「挨拶した方がいいかな」

「気づいてるかな」

「でも休日だしな」

と考えている可能性がある。

だったら先輩側から、

「おう」

くらいで済ませる。

立ち止まらなくてもいい。

そのまま通り過ぎればいい。

あるいは、何も言わない。

そして後日、

「お前、この前おったやろ」

と言う。

後輩が、

「え、気づいてたんですか?」

と言ったら、

「めちゃくちゃ気づいてた」

と答える。

何のために黙っていたんだ。

人数によっても変わる

さらに面倒なのが、相手が一人とは限らないことだ。

友達が一人で歩いている。

これは声をかけやすい。

でも、その友達が知らない人を三人くらい連れていたらどうだろう。

僕はもう、

気づかないふりでいいと思う。

そこで、

「おー!」

と声をかける。

「おー!久しぶり!」

知らない三人がこちらを見る。

「…………」

僕も見る。

「…………」

何だこの時間。

友達と少し話す。

その間、知らない三人は待っている。

別れたあとには、

「今の誰?」

と聞かれる。

「昔の友達」

「へえ」

終了。

必要だったか、このイベント。

だったら最初から、お互いそれぞれの時間を過ごせばいい。

嫌いだから無視するのではない。

相手が今いるコミュニティに、わざわざ割り込まないだけだ。

一番困るのは「どっちなのか分からない時」

そして知り合いとのすれ違いで、一番難しい瞬間がある。

遠くから相手が歩いてくる。

「あ、あいつや」

相手もこちらを見た気がする。

目が合った。

……ような気がする。

しかし次の瞬間、相手は少し斜め上を見た。

ここで僕は混乱する。

どっちだ。

目が合ったかどうか、ではない。

僕が知りたいのは、

お前は声をかけるパターンで来ているのか。

それとも、

「今日はお互い気づかないふりで通そうぜ」パターンなのか。

どっちなんだ。

方針を示してくれ。

相手が気づかないふりで来るなら、僕は全面的に協力する。

分かった。

今日は会っていない。

それでいこう。

ところが相手が、

「声かけようかな」

と思ってタイミングを探しているだけだった場合。

僕が完全に無視すると、

「あいつ、俺のこと無視したな」

となる可能性がある。

難しい。

しかも考えている間にも距離は縮まる。

10メートル。

7メートル。

4メートル。

早くしろ。

人間関係の判断を数秒でやらせるな。

本当に必要なのは「方針の一致」なのかもしれない

結局、気まずいのは「声をかけること」でも「声をかけないこと」でもないのかもしれない。

二人の方針が違うこと。

これが一番気まずい。

僕は、

「今日は気づかないことにしましょう」

と思っている。

相手も、

「そうしましょう」

と思っている。

完璧だ。

無言ですれ違う。

誰も傷つかない。

ところが僕が、

「気づかないふりで」

と思っているのに、相手が、

「おー!」

と来る。

崩壊する。

TSUTAYAのあいつである。

僕は平和条約を結んだつもりだった。

向こうはそんな条約の存在すら知らなかった。

当然である。

一言も話していないのだから。

遠くにいるなら逃げればいい

では、知り合いをかなり遠くで発見した場合はどうするか。

これは簡単だ。

違う道に逸れればいい。

まだ向こうはこちらに気づいていない。

今なら間に合う。

右へ曲がれ。

左へ曲がれ。

目的地まで多少遠回りになってもいい。

平和には代えられない。

曲がる道がない。

どうする。

店に入れ。

コンビニでもいい。

ドラッグストアでもいい。

服屋でもいい。

買いたいものなんてなくていい。

「あ、ちょうどこの店に入りたかったんだ」

という顔をしろ。

昨日も前を通っている。

店の存在は前から知っている。

でも初めて発見したような顔で入れ。

そして知り合いが通過するのを待つ。

何の訓練なんだ。

同じ電車に乗ってしまったらスマホを見ろ

問題は逃げられない場所である。

電車。

同じ車両に知り合いがいる。

これは厳しい。

次の駅までならまだいい。

しかし20分。

30分。

ずっと同じ空間にいる可能性がある。

こんな時はどうするか。

スマホを見ろ。

そして夢中になれ。

中途半端ではいけない。

一回見て、顔を上げる。

また見る。

また顔を上げる。

これでは相手も困る。

「あいつ、俺に気づいてる?」

「話しかけてほしいの?」

「どうなの?」

となる。

だから徹底しよう。

僕はいま、この小さな画面以外の世界を認識していません。

そのくらいの気持ちで見る。

何を見てもいい。

ニュースでもいい。

Instagramでもいい。

天気予報でもいい。

何もなければ設定画面を見ろ。

「一般」

「情報」

そんなものを真剣に読め。

大切なのは内容ではない。

スマホを見ることによって、相手に意思を伝えるのだ。

「あなたには話しかけません」

スマホは無言の意思表示である

これは相手にも伝わると思う。

同じ車両にいる。

たぶんお互い気づいている。

でもこちらはスマホを見ている。

ずっと見ている。

「あ、今日は話さない感じね」

相手もそう判断できる。

そして相手もスマホを出す。

交渉成立。

二人とも下を向く。

平和である。

誰も「最近どう?」と言わなくていい。

誰も近況報告をしなくていい。

電車を降りたら、それぞれの人生へ戻ればいい。

これは無視ではない。

僕は勝手に、

無言の意思表示

だと思っている。

「あなたのことが嫌いです」

ではない。

「今日は話しません」

それだけだ。

一人同士なら、もう気づかないことにしませんか

僕から一つ提案がある。

親友でもない。

嫌いでもない。

顔は知っている。

何度か話したことがある。

でも二人で会うほどではない。

そんな絶妙な知り合い同士が、一人で街を歩いている時に偶然出会った。

もう、

お互い気づかないことにしませんか。

いいじゃないか。

別に。

声をかけても、

「久しぶり」

「久しぶり」

「元気?」

「元気」

「何してんの?」

「買い物」

「そっちは?」

「買い物」

である。

そこから無理やり話を広げなくてもいい。

あなたはあなたの買い物を続けてください。

僕も僕の買い物を続けます。

そして家に帰って、

「あいつおったな」

くらいでいい。

僕たちは街で知り合いを発見するたびに、交流イベントを発生させなくてもいいのだ。

気づかないふりをすると罪悪感がある

とはいえ、こういうことが苦手な人もいると思う。

気づいていたのに声をかけなかった。

そのあと、

「感じ悪かったかな」

「向こうも気づいてたかな」

「無視したと思われたかな」

「嫌われたかな」

と気になる。

分かる。

でも僕は言いたい。

気にするな、そんなこと。

そもそも本当に気づいていなかった可能性だってある。

人は視界に入ったものを全部認識しているわけではない。

考え事をしていたかもしれない。

急いでいたかもしれない。

相手だって、

「気づかなかったのかな」

で終わるかもしれない。

そして仮に、

「あいつ絶対気づいてたのに無視した」

と思われたとしても。

それで嫌われたらどうしよう。

そんなことを心配する必要はない。

それだけで嫌いになるなら、もう嫌われていいじゃないか

一回、街ですれ違った。

声をかけなかった。

それだけで、

「あいつ嫌いやわ」

となる。

だったら、

もう嫌われていいじゃないか。

それくらいで壊れる関係なら、遅かれ早かれ何かで壊れている。

本当に大事な友達なら、一回声をかけなかったくらいで関係は変わらない。

次に会ったら、

「おー」

である。

それで戻る。

だから帰宅してから、

「声かければよかったかな」

「嫌われたかな」

と一人反省会をしなくていい。

今日は話さなかった。

それだけだ。

むしろ嫌われたら楽になる

そして、よく考えてほしい。

気づかないふりをした。

それが原因で嫌われた。

一見、悪いことのように思える。

しかし、メリットもある。

次から堂々とすれ違える。

もう迷わなくていい。

「あ、あいつや」

「声かける?」

「目合った?」

「斜め上見てる」

「どっち?」

そんな高度な心理戦は必要ない。

向こうは僕が嫌い。

僕もそのことを知っている。

よし。

前を向いて歩こう。

むしろ目が合ってもいい。

今までは必死に斜め上を見ていた。

でも、もうその必要はない。

堂々と見ればいい。

なんなら、

睨みつけろ。

「…………」

「…………」

強い。

最初は、

「気づかないふりしたら嫌われるかな」

と心配していた人間が、最終的に相手を睨みつけながらすれ違っている。

何があったんだ。

でも、これでいい。

もう迷わない。

知り合いを見かけた。それだけでいい

街には人がいる。

その中には、ときどき知っている人もいる。

親友なら声をかければいい。

話したい人なら話せばいい。

久しぶりに会えて嬉しいなら、立ち止まればいい。

でも、

「別に今日は話さなくてもいいかな」

という人だっている。

それは嫌いという意味ではない。

ただ今日は話さない。

それだけだ。

無理に目を合わせなくていい。

無理に声をかけなくていい。

無理に、

「最近どう?」

を始めなくていい。

相手が誰かと一緒なら、そのまま行かせてあげればいい。

遠くにいたら違う道へ行けばいい。

必要なら店に入ればいい。

同じ電車ならスマホを見ればいい。

相手もスマホを出したら完璧だ。

本日は双方、非接触。

そして次にちゃんと会う機会があったら、普通に喋ればいい。

「あ、この前おったよな」

「おったな」

それで十分だ。

知り合いを見かけた。

声はかけなかった。

向こうもたぶん気づいていた。

でも何もしなかった。

家に帰って、ふと思い出す。

「そういや、あいつおったな」

それくらいでいいじゃないか。

もし、それだけで嫌われたら。

その時はもう、堂々とすれ違おう。

なんなら次は、

ちゃんと目を見てやろう。

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