電車に乗っていると、どこからともなく音楽が聞こえてくることがある。
シャカシャカシャカ。
イヤホンから漏れている音だ。
何の曲なのかは分からない。
ただ、誰かが音楽を聴いていることだけは分かる。
これが、いわゆる音漏れというやつだ。
電車の音漏れは迷惑だ。
静かに過ごしたい人もいるし、眠りたい人もいる。本を読んでいる人もいる。
自分の好きな音楽だからといって、周囲の人まで聴きたいとは限らない。
そんなことは、少し考えれば分かる。
ただ、僕は音漏れしている人を見ても、最近はあまりイライラしなくなった。
昔は違った。
「うるさいなあ」
と思っていた。
しかし、今はそこまで腹が立たない。
理由はいくつかある。
それに、僕には音漏れしている人を偉そうに批判できない過去がある。
僕自身、電車で音漏れをして、知らないサラリーマンに怒られたことがあるのだ。
しかも、就職活動中の大事な日に。
あれは本当に恥ずかしかった。
今でも覚えている。
昨日、電車で音漏れしているサラリーマンがいた。
昨日のことだ。
電車に乗っていると、近くから何やらかわいらしい声が聞こえてきた。
女性の声だったと思う。
歌なのか、セリフなのか。
アイドルなのか、アニメなのか。
そこまでは分からない。
とにかく、かわいらしい声が聞こえてくる。
音の発生源は、50歳くらいに見えるサラリーマンだった。
イヤホンをしている。
本人は普通に過ごしていた。
きっと、好きなものを楽しんでいるのだろう。
何を聴いているのかは知らない。
もしかしたら、仕事へ向かう途中だったのかもしれない。
あるいは、仕事を終えて帰る途中だったのかもしれない。
隣に座っていた人が咳払いをした。
そして、別の場所へ移動していった。
音漏れが原因だったのかどうかは分からない。
ただ、僕はその光景を見ていた。
以前の僕だったら、きっと音漏れが気になっていたと思う。
しかし、最近は違う。
「ああ、音漏れしてるなあ」
それくらいだ。
注意することもない。
イライラすることも、ほとんどない。
そして、僕は本に視線を戻した。
最近の僕は、電車ではもっぱら読書をしている。
昔はあれほど音楽を聴いていたのに。
人間、変わるものである。
僕は音楽が大好きだ。隙さえあれば聴いていたい。
僕は昔から音楽が大好きだ。
今でも好きだ。
隙さえあれば聴いていたい。
好きな曲を聴いている時間は、単純に楽しい。
テンションも上がる。
気持ちが沈んでいるときには、音楽に助けられることもある。
音楽には不思議な力がある。
同じ景色でも、聴いている曲によってまったく違って見える。
いつもの通学路が、何だか特別な場所に思えたりする。
退屈な移動時間が、ちょっとしたライブ会場になる。
僕にとって、音楽はそんな存在だった。
大学生の頃もそうだった。
電車に乗れば、イヤホンを耳に入れる。
そして、好きな音楽を聴く。
当時よく聴いていたのが、THE BLUE HEARTSだった。
ブルーハーツ。
あの勢い。
あの声。
あの真っすぐさ。
何度聴いても気持ちが高ぶる。
しかも、僕は音楽を小さな音で聴くのがあまり好きではない。
どうせ聴くなら、しっかり聴きたい。
音に包まれたい。
思い切り楽しみたい。
もちろん、今は周囲への配慮が必要だと分かっている。
しかし、大学生の僕は、そこまで考えられていなかった。
そして、ある日。
事件が起きた。
就職活動の面接へ向かう電車で、ブルーハーツを爆音で聴いていた。
大学生だった僕は、就職活動をしていた。
その日も面接があった。
スーツを着て、電車に乗る。
これから面接だ。
当然、緊張している。
何を聞かれるのだろう。
うまく答えられるだろうか。
そんなことを考えていた。
そこで僕は、音楽を聴くことにした。
ブルーハーツだ。
しかも、かなり大きな音量で。
緊張を吹き飛ばしたかったのかもしれない。
とにかく、音楽を聴いていた。
僕の耳にはブルーハーツが流れている。
最高だ。
気分が上がる。
さっきまでの緊張も、少し忘れられる。
電車の中にいるのに、気持ちは完全に音楽の世界に入っていた。
そのときだった。
ドン。
突然、横から肘で小突かれた。
何だ?
驚いて隣を見る。
サラリーマンがいた。
そして、その人は僕に言った。
「うるさいねん!」
一瞬、何のことか分からなかった。
しかし、すぐに理解した。
音楽だ。
僕のイヤホンから音が漏れていたのだ。
恥ずかしかった。
本当に恥ずかしかった。
そして、申し訳なかった。
なぜなら、僕はそれまで、自分の音楽が周囲に漏れているとは思っていなかったからだ。
本当に気づいていなかった。
自分だけが聴いているつもりだった。
ところが、実際には隣の人にまで聞こえていた。
しかも、注意されるほどに。
恥ずかしい。
何をやっているんだ、僕は。
これから就職活動の面接へ向かうというのに。
社会人になるための面接へ向かう途中で、社会人から電車のマナーを教わってしまった。
しかも、肘付きである。
なかなか強烈な社会勉強だった。
そして、その後の面接。
結果は最悪だった。
音漏れを注意されたことと、面接の結果に関係があったのかは分からない。
ただ、僕にとって、その日は忘れられない一日になった。
ブルーハーツを聴いていたこと。
突然、小突かれたこと。
「うるさいねん!」と言われたこと。
そして、面接がうまくいかなかったこと。
全部、覚えている。
あの日から、僕は音漏れに敏感になった。
あの出来事以来、僕は音漏れに気をつけるようになった。
自分の音量は大丈夫だろうか。
周囲に聞こえていないだろうか。
そんなことを意識するようになった。
そして、不思議なことが起きた。
他人の音漏れにも、やたらと気づくようになったのだ。
電車に乗っていると、意外と音漏れしている人がいる。
シャカシャカ。
小さく聞こえてくる音楽。
何となく分かるリズム。
たまに聞こえる歌声。
以前は気づいていなかっただけなのかもしれない。
一度、自分が注意されたことで、音漏れというものに意識が向くようになった。
すると、今まで気にならなかった音まで気になる。
そして、昔の僕は、そういう音にイライラしていた。
うるさいなあ。
音量を下げてくれないかなあ。
そんなふうに思っていた。
ただ、ここで忘れてはいけないことがある。
僕も、かつては音漏れしている側だった。
しかも、自分では気づいていなかった。
他人の音漏れに腹を立てながら、昔の自分のことを思い出す。
何とも都合のいい人間である。
自分がやっていたことを、他人がやると気になる。
人間というのは、不思議な生き物だ。
なぜ電車内の音漏れが気になるのか?
そもそも、なぜ電車内の音漏れは気になるのだろう。
電車は静かな場所ではない。
走行音がする。
ドアの開閉音もする。
車内アナウンスも流れる。
人の話し声も聞こえる。
それなのに、イヤホンから漏れてくる小さな音が、妙に気になることがある。
単純に、音量の問題だけではなさそうだ。
少し考えてみたい。
自分が聴きたくない音を聴かされるから。
まず、これが大きいと思う。
音楽は、自分で選んで聴くから楽しい。
好きな曲を選ぶ。
好きなタイミングで再生する。
好きなところで止める。
ところが、他人の音漏れは違う。
こちらには選択権がない。
聴きたくなくても聞こえてくる。
しかも、いつ終わるのか分からない。
一曲で終わるのか。
次の駅までなのか。
終点まで続くのか。
それすら分からない。
音楽そのものが嫌いなのではない。
自分の意思とは関係なく、他人の音楽が耳に入ってくることが不快なのだろう。
音楽として楽しめないから。
音漏れというのは、何とも中途半端な音だ。
シャカシャカ。
シャカシャカ。
メロディーがはっきり聞こえるわけではない。
歌詞も分からない。
低音もほとんど聞こえない。
ただ、何かが鳴っている。
これが気になる。
音楽を聴いているというより、音楽の残骸を聴かされているようなものだ。
曲全体が聞こえれば楽しめる、という話でもない。
しかし、断片的な音だけが耳に入ってくると、どうしても意識が向いてしまう。
一度気になり始めると、さらに気になる。
気にしないようにしよう。
そう思う。
シャカシャカ。
また聞こえる。
もう気にしない。
シャカシャカ。
気になる。
人間の耳は、なかなか言うことを聞いてくれない。
マナー違反だと思うから。
これもあると思う。
同じような音でも、電車の走行音にはそこまで腹が立たない。
電車なのだから、音がするのは当たり前だ。
しかし、イヤホンから漏れる音楽には腹が立つ。
なぜか。
おそらく、避けられる音だと思っているからだ。
音量を下げればいい。
イヤホンを変えればいい。
周囲に配慮すればいい。
そう思う。
つまり、音そのものだけではなく、音を出している人の行動に対して不満を感じているのかもしれない。
「うるさい」という感覚の中には、「どうして周囲に配慮しないんだ」という気持ちも含まれている。
だからこそ、余計にイライラするのだろう。
音漏れしている本人は、なぜ気づかないのか?
これについては、僕自身の経験がある。
だから、少しは分かるつもりだ。
まず、イヤホンをしている本人には、外にどれくらい音が漏れているのか分かりにくい。
自分の耳には、音楽がしっかり聞こえている。
しかし、その音が周囲にどう聞こえているのかは分からない。
特に、電車の中は走行音が大きい。
音楽が聞こえにくくなる。
すると、音量を上げたくなる。
本人にとっては、ちょうどいい音量になったつもりでも、周囲には漏れていることがある。
イヤホンの種類や装着状態によっても、音の漏れ方は違う。
そして、もう一つ。
音楽に夢中になっている。
これが大きいと思う。
昔の僕がそうだった。
ブルーハーツを聴いていたとき、周囲のことなんて考えていなかった。
面接前で緊張していた。
音楽で気分を上げたかった。
好きな曲を楽しみたかった。
そのことで頭がいっぱいだった。
もちろん、だから許されるわけではない。
ただ、本人が気づいていない可能性は十分にある。
僕も、注意されるまで本当に気づいていなかった。
だから、音漏れしている人を見ると、たまに思う。
この人も、自分では漏れていないと思っているのかもしれない。
自分だけが聴いているつもりなのかもしれない。
そう考えると、以前ほど腹が立たなくなった。
ただし、気づいていないから仕方がない、という話でもない。
気づいていないことと、迷惑をかけていないことは別だからだ。
僕も、あの日それを学んだ。
注意する側にもリスクがある。
音漏れがうるさい。
注意したい。
そう思う人もいるだろう。
しかし、知らない人に注意するのは、なかなか勇気がいる。
相手が素直に謝ってくれるとは限らない。
「すみません」
と言って音量を下げてくれる人もいるだろう。
しかし、中には怒り出す人もいるかもしれない。
口論になる可能性もある。
大きなトラブルに発展することだって考えられる。
音漏れを注意しただけなのに、余計に嫌な思いをする。
そんなことになったら、たまったものではない。
だから、僕は注意しない。
もちろん、注意する人が間違っているとは思わない。
周囲に配慮してほしいと伝えること自体は、おかしなことではない。
ただ、相手がどんな人なのか分からない。
僕は、わざわざトラブルの可能性を増やしたくない。
昨日の電車でも、音漏れしているサラリーマンの隣にいた人が、咳払いをして席を移っていった。
音漏れが理由だったのかは分からない。
もしそうだったとしたら、注意するよりも、その場を離れることを選んだのかもしれない。
それも一つの方法だ。
もちろん、本来なら周囲の人が移動しなくても済むのが一番いい。
音漏れしている本人が気づいて、音量を下げる。
それが理想だと思う。
でも、現実にはそう簡単にいかないこともある。
僕自身、昔は突然肘で小突かれた。
あれは驚いた。
本当に驚いた。
音漏れしていた僕が悪かった。
それは間違いない。
ただ、今になって思う。
もう少し優しく教えてくれてもよかったんじゃないか。
いきなり肘である。
こちらはブルーハーツを聴いていただけなのに。
いや、だからこそ怒られたのだが。
とにかく、注意する側も、される側も、できれば穏やかに済ませたいものだ。
昔はイライラしていた。でも、最近はしなくなった。
以前の僕は、他人の音漏れが気になると、イライラしていた。
うるさい。
迷惑だ。
何とかしてほしい。
そんなことを考えていた。
しかし、最近はほとんど腹が立たない。
なぜだろう。
考えてみると、いくつか理由がある。
イライラする時間がもったいない。
まず、これだ。
他人の音漏れに腹を立てたところで、何か得するわけではない。
むしろ、自分の時間がもったいない。
せっかくの移動時間だ。
本を読みたい。
考え事をしたい。
ぼんやり過ごしたい。
それなのに、知らない人のイヤホンから漏れてくる音に、わざわざ自分の感情を使う。
何だか、もったいない。
もちろん、音漏れが迷惑であることに変わりはない。
ただ、迷惑だと思うことと、腹を立て続けることは別だ。
音漏れしている人は、僕が怒っていることすら知らないかもしれない。
それなのに、僕だけが不機嫌になっている。
何とも割に合わない話だ。
だったら、気にしない方がいい。
最近は、そう思うようになった。
音楽を聴いてテンションを上げないと、やっていけない人もいる。
これもある。
電車で音楽を聴いている人には、それぞれ事情があるのだろう。
仕事へ向かう途中かもしれない。
嫌なことがあった帰り道かもしれない。
疲れ切っているのかもしれない。
そんなとき、好きな音楽を聴いて気分を上げる。
分かる。
ものすごく分かる。
僕だって、大学生の頃はそうだった。
就職活動の面接へ向かう電車で、ブルーハーツを聴いていた。
緊張していた。
不安だった。
だから、好きな音楽を聴いていた。
昨日のサラリーマンも、何か事情があったのかもしれない。
かわいらしい声を聴くことで、元気をもらっていたのかもしれない。
もちろん、実際のところは分からない。
ただ、僕はそんなことを考えた。
「まあ、音楽でも聴いてテンション上げないと、やっていけないよな」
そう思うと、少し気持ちが変わる。
相手が何を聴いているのかなんて、別にどうでもいい。
アイドルでも、アニメでも、ロックでも、クラシックでも。
好きなものを楽しめばいい。
誰にだって、好きなものくらいある。
それが一日の楽しみになっている人もいるだろう。
ただし、音漏れしていいという話ではない。
そこは別問題だ。
好きな音楽を楽しむことと、周囲に配慮することは両立できるはずだ。
そもそも、僕は本に夢中になっている。
そして、これも大きい。
最近の僕は、電車に乗ると本を読む。
小説を読む。
ページをめくる。
登場人物のことを考える。
物語の世界に入っていく。
すると、周囲のことがあまり気にならなくなる。
多少の音漏れが聞こえても、また本に意識が戻る。
昔の僕は、音楽に夢中になっていた。
今の僕は、本に夢中になっている。
考えてみれば、あまり変わっていないのかもしれない。
好きなものに夢中になっているという点では、昔も今も同じなのだ。
ただ、今の方が少しだけ周囲を見るようになった。
そして、他人の音に自分の時間を奪われなくなった。
これも読書のおかげなのかもしれない。
ただ、音漏れしている人には、もう少し客観的に自分を見てほしい。
ここまで、音漏れしている人に対して寛容なことを書いてきた。
しかし、誤解してほしくない。
僕は、音漏れしてもいいと思っているわけではない。
音漏れは迷惑だ。
そこは変わらない。
音楽を聴いている本人は楽しいだろう。
好きな曲が流れている。
テンションが上がる。
気分がよくなる。
でも、少しだけ考えてほしい。
その音楽を、隣の人も聴きたいと思っているだろうか。
疲れて眠りたい人がいる。
仕事のことを考えている人がいる。
静かに本を読みたい人がいる。
何もせず、ぼんやり過ごしたい人もいる。
電車には、いろいろな人が乗っている。
自分だけが乗っているわけではない。
これは、音漏れに限った話ではない。
大きな声で電話をする人。
荷物で場所を取る人。
周囲を気にせず騒ぐ人。
本人にとっては、何でもないことなのかもしれない。
しかし、周囲の人にとっては迷惑になっていることがある。
だから、ときどき自分を客観的に見てみる。
今、自分は何をしているのか。
周囲の人には、どう見えているのか。
誰かの邪魔になっていないか。
それだけでも、ずいぶん違うと思う。
僕は大学生の頃、それができていなかった。
自分の音楽に夢中だった。
周囲の人がどう感じているのか、考えていなかった。
だから、怒られた。
あのサラリーマンに注意されなければ、気づくのはもっと遅かったかもしれない。
ただ、音漏れはトラブルの原因にもなり得る。
注意されて、言い争いになることもあるだろう。
せっかく好きな音楽を楽しんでいたのに、嫌な思いをする。
それでは、もったいない。
音楽を楽しむためにも、周囲への配慮は必要なのだと思う。
今の僕は、電車で音楽を聴かない。
実は、今の僕は電車でほとんど音楽を聴かない。
昔は、あれほど聴いていたのに。
理由は簡単だ。
僕は音楽を大きな音で聴きたいからだ。
小さな音で、うっすら聴く。
それが、どうにも物足りない。
音楽を聴くなら、しっかり聴きたい。
ドラムも、ベースも、ギターも、歌声も。
全部楽しみたい。
もちろん、音量を下げれば電車でも聴ける。
それは分かっている。
でも、僕はそこまでして聴きたいと思わなくなった。
うっすらブルーハーツを聴いて、どうする。
いや、うっすら聴いてもブルーハーツはブルーハーツなのだが。
僕としては、どうせ聴くなら思い切り楽しみたい。
しかし、電車で大きな音を出せば、周囲に迷惑をかける可能性がある。
だったら、聴かない。
それだけだ。
音楽が嫌いになったわけではない。
今でも大好きだ。
ただ、音楽を聴く場所が変わった。
そして、電車では本を読むようになった。
本はいい。
どれだけ夢中になっても、周囲に文章が漏れることはない。
僕がどれだけ感動していても、隣の人には分からない。
登場人物がどれだけ叫んでいても、車内には響かない。
殺人事件が起きようが、世界が滅亡しようが、隣の人は静かに座っていられる。
実に平和だ。
もちろん、本を読んでいても周囲への配慮は必要だ。
しかし、少なくともイヤホンの音量を気にする必要はない。
それが、僕には心地いい。
あのときのサラリーマンは、今も音漏れを注意しているのだろうか。
ふと、大学生の頃に僕を注意したサラリーマンのことを思い出す。
今、何をしているのだろう。
まだ電車に乗っているのだろうか。
今でも音漏れしている人に「うるさいねん!」と言っているのだろうか。
それとも、もう気にならなくなったのだろうか。
もちろん、分からない。
顔もはっきりとは覚えていない。
ただ、あの言葉だけは覚えている。
「うるさいねん!」
なかなか忘れられない言葉だ。
当時の僕は、恥ずかしくて仕方がなかった。
突然肘で小突かれたことにも驚いた。
しかし、今になって思えば、あの出来事は僕にとって一つのきっかけになった。
自分の音が周囲に聞こえていること。
自分では気づかないうちに、誰かに迷惑をかけていること。
そういうことを知った。
ただ、やっぱり肘で小突かなくてもよかったとは思う。
そこだけは、今でも少し思っている。
音漏れは迷惑だ。でも、僕はもう怒らない。
音漏れは迷惑だ。
これは、今も変わらない。
できれば、周囲に聞こえない音量で楽しんでほしい。
電車には、自分以外にも人が乗っている。
そこは忘れないでほしい。
ただ、僕は最近、他人の音漏れに腹を立てなくなった。
イライラする時間がもったいない。
音楽を聴いてテンションを上げないと、やっていけない人もいるだろう。
そして、僕には読みたい本がある。
音漏れしている人を見ても、注意することはない。
自分の本に戻る。
それでいいと思っている。
もちろん、すべての音漏れを我慢しなければならないわけではない。
どうしても気になるなら、席を移動することもできる。
無理に耐える必要はない。
大切なのは、自分の時間をどう使うかだと思う。
他人の行動に腹を立て続けるのか。
それとも、自分の好きなことに時間を使うのか。
僕は、後者を選びたい。
大学生の頃、ブルーハーツを爆音で聴いていた僕。
今、電車で静かに小説を読んでいる僕。
ずいぶん変わったように思う。
でも、根っこの部分は変わっていない。
僕は今でも、好きなものに夢中になっていたいのだ。
ただ、その楽しみ方を少し覚えた。
自分の好きなものを楽しむことと、他人の時間を大切にすること。
どちらも大事だと思う。
昨日のサラリーマンも、きっと好きなものを楽しんでいたのだろう。
何を聴いていたのかは、結局分からなかった。
僕は、そのまま本を読み続けた。
ページをめくる。
物語の世界へ戻る。
電車は走っている。
近くからは、まだ何かが聞こえていたかもしれない。
でも、もう気にならなかった。
あの日、ブルーハーツを爆音で聴いていた僕が、今では静かに本を読んでいる。
人生、何があるか分からない。
ただ一つ言えるのは、あの日のサラリーマンの「うるさいねん!」は、今でも僕の中に残っているということだ。
音漏れだけは、しなくなったけれど。
