僕はライブが好きだ。
好きなアーティストが目の前にいる。音源では何度も聴いた曲を、その人たちが今、自分の目の前で演奏している。
ギターを見る。ベースを見る。ドラムを見る。ボーカルを見る。そして聴く。
これが僕にとってのライブだ。
ところがフェスや一部のライブでは、演奏が盛り上がってくると、別の催しが始まる。
人が走り出す。
ぶつかる。
押す。
飛ぶ。
人の上を人が流れていく。
モッシュとダイブである。
怖い。
そして申し訳ないが、僕にはちょっと気持ち悪い。
何が楽しいんだ。
彼らは音楽なんて聴いていない
これは完全に僕の偏見である。
先に言っておく。
モッシュをしている人だって音楽は聴いているだろう。好きなバンドだからそこにいるのだろうし、好きな曲だからテンションも上がっている。
分かっている。
分かっているのだが、僕にはこう見えてしまう。
彼らは音楽なんて聴いていない。
走っている。
ぶつかっている。
飛んでいる。
人の上を転がっている。
音楽どこ行った。
僕はステージを見ている。
ギターが何を弾いているのかを見る。ベースの手元を見る。ドラムの音を聴く。ボーカルの声を聴く。
彼らは知らない男の背中を見ている。
そして、その男に向かって走っている。
ドンッ。
「うおおおお!」
何をしている。
多分、途中でバンドが演奏をやめて、スピーカーから音源を流し始めても気づかないんじゃないだろうか。
そして恐ろしいことに、本人たちもそれで普通に楽しいのではなかろうか。
「この曲きたあああ!」
ドンッ。
「最高!」
ドンッ。
おい。
今、バンド休憩してるぞ。
それでも彼らは走っていそうだ。
もしかすると、彼らは音楽を聴きに来ているのではない。
ただ暴れに来ているのだ。
ライブは口実なのではないか
爆音が鳴る。
照明が光る。
ボーカルが叫ぶ。
それを合図に、
「よし! 暴れていいぞ!」
となる。
僕にはそう見える。
だとしたら、いっそのこと出演者はいらないのではないか。
体育館を借りる。
巨大なスピーカーを置く。
好きなバンドの音源を流す。
照明をピカピカさせる。
あとは全員で走る。
ぶつかる。
回る。
好きなだけやればいい。
チケット代も安くなる。
バンド側も疲れない。
モッシュしたい人も思う存分走れる。
全員幸せだ。
途中で音源が止まっても、しばらく気づかず走っているかもしれない。
運動会は別のところでやってくれ
ライブ中、突然人の輪ができる。
そして走り出す。
ぐるぐる回る。
知らない人同士がぶつかる。
運動会が始まった。
いや。
運動会は別のところでやってくれ。
ここはライブ会場だ。
徒競走の会場ではない。
しかも普通の運動会より怖い。
コースがない。
知らない人が突っ込んでくる。
人が飛んでくる。
全員汗だく。
競技名すら分からない。
「次の競技は、知らない人間同士による円形体当たりです」
知らん。
僕は参加申込書を書いていない。
なのにモッシュの輪が広がってきて、突然ぶつかられる。
強制参加である。
モッシュ部へ勝手に入部させられた。
僕は音楽を聴いていた。
十分楽しかった。
勝手に新しいイベントを追加しないでくれ。
彼らは巻き込む
自分たちだけでやっているなら、僕はここまで何も思わない。
遠くでやっている。
楽しそうに走っている。
「ああ、今日も元気だな」
それで終わる。
でも彼らは巻き込む。
これが嫌なのだ。
横からぶつかられる。
後ろから押される。
人が飛んでくる。
自分は参加するつもりなんて一切ないのに、突然その遊びの一部にされる。
「みんなで盛り上がろうぜ!」
いや。
僕はさっきまで一人で十分盛り上がっていた。
僕の盛り上がり方は静かなだけだ。
じっとステージを見ていても、心の中ではめちゃくちゃ楽しい。
それを勝手に、
「盛り上がってない」
と判断しないでほしい。
そして体当たりという形で盛り上がりを提供しないでほしい。
いらない。
「嫌なら前に来るな」はおかしくないか
こういう話をすると、
「モッシュが嫌なら前に来なければいい」
と言う人がいる。
は?
お前らが後ろでやっとけ。
僕が前に行きたい理由は単純だ。
好きなアーティストを近くで見たい。
表情を見たい。
演奏している姿を見たい。
ギターを弾いている手を見たい。
ベースを弾いている手を見たい。
生の声を近くで聴きたい。
つまり、
ライブを見たいから前に行きたい。
では、あなたたちはなぜ前に行きたいのか。
走りたい。
ぶつかりたい。
円になってぐるぐるしたい。
それ、後ろでもできるだろう。
むしろ広い場所の方がやりやすいのではないか。
僕はステージを見たいから前に行く。
君たちは人間にぶつかりたい。
ステージ、いらんやん。
なぜ暴れない側が場所を譲る前提になっているのだろう。
好きなアーティストを前で見たい人がいる
特に怖いと感じる人もいるだろう。
女性に限った話ではないが、小柄な人にとって、大きな人が勢いよくぶつかってくる状況は普通に恐怖だと思う。
でも、その人だって好きなアーティストを前で見たい。
ずっと楽しみにしていたライブかもしれない。
せっかくチケットを取った。
今日は大好きな曲を近くで聴ける。
そう思って前へ行きたい。
でも前方を見る。
人が走っている。
ぶつかっている。
飛んでいる。
怖い。
そして泣く泣く後ろで見る。
そこで、
「モッシュ嫌なら前来んな」
と言われる。
いや、なんでやねん。
チケット代は同じだ。
好きなアーティストを近くで見たい気持ちだって同じだ。
体が小さい人は、前で見たければ知らない人からの体当たりを受け入れなければならないのか。
そんなルール、いつできた。
だから僕は思う。
モッシュしたい人が後ろへ行けばいい。
あるいは、ちゃんと場所を分ければいい。
「突っ立って何が楽しいの?」
さらに、こういうことを言う人もいる。
「あの人、ずっと突っ立ってるけど何が楽しいんだろう」
「ライブはもっと暴れてなんぼでしょ」
「何しに来たの?」
いや。
お前らが何しに来たんだ。
音楽を見て、聴きに来たんだ。俺は。
好きなアーティストが演奏している。
だから見る。
歌っている。
だから聴く。
僕はライブに来た目的と行動が完全に一致している。
お前らは?
走っている。
ぶつかっている。
押している。
飛んでいる。
人の上を転がっている。
お前ら、見てもないし、聴いてもないじゃないか。
もちろん、本当は聴いているのだろう。
分かっている。
でも、人に「何しに来たの?」と聞くなら、こちらからも聞き返したくなる。
僕は音楽を見て、聴きに来た。
あなたは何をしに来た。
ライブの楽しみ方を勝手に決めるな
僕は別に、ライブで全員静かに立っていろと言っているわけではない。
拳を上げてもいい。
跳んでもいい。
ヘドバンしてもいい。
叫んでもいい。
じっと見てもいい。
腕を組んでいてもいい。
目を閉じて聴いていてもいい。
僕なんてベースをやっていたから、ベーシストの手元ばかり見ていることもある。
それぞれ好きに楽しめばいい。
だからこそ、
「ライブはこう楽しむものだ」
という押し付けが嫌いだ。
お前がライブ文化の制定者なのか。
いつ決まった。
誰が署名した。
僕はその条約に批准していない。
棒立ちでも、本人が楽しければいい。
手を上げなくてもいい。
周りと同じ動きをしなくてもいい。
音楽の楽しみ方くらい、自分で決めさせてくれ。
僕はあなたをモッシュから救出して椅子に座らせようとはしない。
だからあなたも僕をモッシュに勧誘するな。
ペットボトル、発射
そして、ライブでは時々さらに理解不能な行動を見る。
ペットボトルを投げる人。
何をしている。
僕には感情の変換が理解できない。
「この曲最高!」
↓
ペットボトル、発射。
イカれてる。
僕だって好きな曲が来ればテンションは上がる。
「うお、この曲きた!」
となる。
でも、その感情の次に、
「よし、手に持っている飲み物を空中へ放とう」
という選択肢は出てこない。
どこでそうなるんだ。
しかも、飲み物を放ってはいけない。
当たり前である。
幼稚園児に言うようなことだが、言わなければならない。
ペットボトルだって危ない。
中身が残っていれば重さもある。
誰かの顔に当たるかもしれない。
目に当たるかもしれない。
ライブ会場に入った瞬間、ペットボトルが安全な物体に変化するわけではない。
そして投げた本人も飲み物を失う。
好きな曲が流れた。
テンションが上がった。
ペットボトルを投げた。
飲み物がなくなった。
誰かに当たるかもしれない。
収支が全部マイナスだ。
肩車。急に人間の身長が2倍になる
そして肩車されている人。
急に人間の身長が2倍になっている。
真後ろの人なんて、たまったもんじゃない。
さっきまでステージが見えていた。
好きなアーティストが見えていた。
次の瞬間。
人間が生えてくる。
視界100%、人。
しかも一人分ではない。
二段重ねだ。
何なんだこれは。
こっちは同じようにチケットを買っている。
それなのに突然、目の前に、
人間版二階建てバス
が完成する。
「うおおおお!」
じゃない。
降りろ。
お前が高いところから見えるようになった代わりに、真後ろの人は何も見えなくなっている。
しかも落ちれば危ない。
本人だけの問題ではない。
周囲まで巻き込む。
これも結局、同じなのだ。
モッシュ。
ダイブ。
ペットボトル。
肩車。
自分だけで完結していない。
自分しか見えていない
僕がこういう行動を嫌なのは、結局ここなのかもしれない。
もう、自分しか見えていない。
自分が楽しい。
自分が暴れたい。
自分が走りたい。
自分が高いところから見たい。
自分がテンション上がったから物を投げたい。
その瞬間、周りの人間が消えている。
後ろの人が見えなくなっても知らない。
ぶつかられた人が怖くても知らない。
押された人が転びそうになっても知らない。
投げたものが誰かに当たっても知らない。
その一方で、
「みんなで盛り上がろうぜ!」
と言う。
お前の「みんな」に俺入ってないやん。
本当にみんなで楽しみたいなら、まず周りを見るべきではないだろうか。
自分が楽しむことと、他人の楽しさを削ることは違う。
ダイブは「信頼」なのかもしれない。でも僕は怖い
ダイブも不思議だ。
自分の体を、知らない人たちの上に預ける。
よく考えたら、ものすごい信頼である。
普段の生活で、知らない人が十人くらい集まっているところへ行き、
「今から僕、あなたたちの頭上へ飛び込みますので、よろしくお願いします」
なんてことはしない。
通報されるかもしれない。
でもライブ会場では成立する。
音楽が鳴っているというだけで、人間は急に他人の手のひらを信用する。
ある意味すごい。
僕にはできない。
まず落ちるのが怖い。
そして自分が落ちること以上に、下にいる人が怖い。
僕が飛びたいからといって、下にいる全員が僕を運びたいとは限らない。
突然、知らない人の靴が頭の上からやってくる。
嫌だ。
僕は宅配業者ではない。
人間を後方へ配送するためにライブへ来たわけではない。
ダイブしている本人は最高に気持ちいいのかもしれない。
でも、その「最高」の土台になっている人たちはどうなのだろう。
全員が同じように楽しんでいるならいい。
でも一人でも、
「いや、俺これやりたくないんだけど」
と思っている人がいるなら、その人にとってはただの恐怖だ。
だからやっぱり、参加したい人としたくない人を分けてほしい。
全員が人間を運びたいエリアなら、好きなだけ運んでくれ。
僕は音楽を見る。
なぜ「前方=覚悟しろ」になるのか
ライブによっては、前方が激しくなることを知っている人も多いだろう。
それを承知で前へ行く、という文化もあるのだと思う。
それ自体は分かる。
でも僕が引っかかるのは、それがいつの間にか、
「前に来たんだから何をされても文句を言うな」
のような空気になることだ。
そこまでは違うだろう。
前方に行くことは、モッシュ参加への同意書ではない。
前方に行くことは、ダイブしてきた人間を受け止める契約でもない。
ましてや、ペットボトルを顔面で受け止めるオプションでもない。
ただ前で見たいだけの人もいる。
僕ならそうだ。
アーティストに近づきたい。
音を近くで感じたい。
それだけである。
前に行くことと、危険を受け入れることがセットになっているのなら、普通に考えておかしい。
「ここはそういう場所だから」
という一言で、怖い人が追い出される。
結果として、暴れたい人だけが前を占領する。
そして後ろへ追いやられた人に、
「嫌なら後ろで見ればいいじゃん」
と言う。
いや。
お前らが前をそういう場所にしたんだろう。
僕は最初から後ろへ行きたかったわけではない。
あなたたちが怖いから、仕方なく下がったのだ。
そこを「本人が後ろを選んだ」に変換しないでほしい。
前で静かに見たい人だっている。
それくらいの選択肢は残しておいてほしい。
ライブは誰が一番暴れたかを競う大会ではない
あと、ライブには時々、盛り上がっている人ほど偉いような空気がある。
大きく手を上げる。
跳ぶ。
叫ぶ。
激しく動く。
その方が「ライブを楽しんでいる人」に見える。
逆に静かに見ていると、
「ノリ悪いな」
となる。
でも、外から見える運動量と、本人の楽しさは別物だ。
僕がステージをじっと見ているとき、頭の中ではめちゃくちゃ忙しい。
このベースラインかっこいい。
今のドラムいい。
ギターの音、音源と違う。
ボーカル、こんな歌い方するんだ。
次この曲か。
うわ、最高。
全部、内側で起きている。
それを外から見たら、
突っ立っている男。
それでいい。
ライブは、誰が一番大きく動いたかを競う大会ではない。
消費カロリーで優勝者を決めるわけでもない。
終演後に、
「本日の優勝は、モッシュで推定1800キロカロリーを消費した田中さんです!」
とはならない。
だったら僕は僕の方法で楽しませてほしい。
静かに楽しむ人間を、勝手に「楽しんでいない人」にしないでくれ。
僕から見れば、逆にあなたの方が演奏を見ていないように見える。
でも本当は、あなたもあなたなりに楽しんでいるのだろう。
だったら答えは簡単だ。
お互い放っておけばいい。
ただし、
物理的にこっちへ来るな。
精神的な距離は好きに取れる。
物理的な体当たりは取れない。
そこだけ頼む。
モッシュ専用ゾーンを作ってくれ
だから僕は提案したい。
モッシュを完全になくせ、とまでは言わない。
好きな人がいるのも分かる。
あの一体感がいいという人もいるのだろう。
体を動かすことで音楽を全身で感じる人もいるのだろう。
日常ではできないことをライブで解放するのが気持ちいい人もいるのだろう。
分かった。
好きにしてくれ。
ただし、
専用ゾーンを作ってくれ。
そしてできれば、
檻で分けておいてくれ。
中では好きにしていい。
走れ。
回れ。
ぶつかれ。
「うおおおおお!」
好きなだけやってくれ。
運動会を開催してくれ。
入りたい人だけ、自分からそこへ入る。
全員が暴れたい人なのだから、彼らにとっても最高の環境ではないか。
僕は檻の外で普通にステージを見る。
たまに横を見る。
檻の中で人間たちがぐるぐる走っている。
「ああ、今日も元気だな」
と見ておく。
これなら平和だ。
誰も損していない。
モッシュしたい人は思う存分できる。
したくない人は巻き込まれない。
小柄な人も安心して前で見られる。
僕も知らない男から突然体当たりされない。
柵一本で世界平和だ。
音楽の楽しみ方はそれぞれ。それは分かる
ここまで散々書いてきたが、音楽の楽しみ方が人それぞれなのは本当に分かっている。
僕の楽しみ方だけが正しいとは思っていない。
モッシュが最高だと思う人もいる。
ダイブに解放感を感じる人もいるのだろう。
僕には分からない。
怖い。
正直、気持ち悪いと思ってしまう。
でも、僕に理解できないから禁止しろ、とは言わない。
楽しみ方はそれぞれ。
否定しない。
ただ、三つだけ言いたい。
迷惑をかけるな。
強要するな。
他人を危険に晒すな。
これだけだ。
「ライブは暴れてなんぼ!」
知らん。
強要するな。
「モッシュ嫌なら前に来るな!」
なんでこっちがどかなあかんねん。
「棒立ちで何が楽しいの?」
音楽を見て、聴いている。
めちゃくちゃ楽しい。
放っておいてくれ。
自分の楽しみ方を持つのは自由だ。
でも、自分の楽しみ方を「正しいライブの楽しみ方」に昇格させて、他人に押し付けた瞬間に話が変わる。
自由に楽しむことと、周囲を無視して楽しむことは同じではない。
好きに楽しめ。ただ、他人の楽しみまで奪うな
僕はライブで音楽を見たい。
そして聴きたい。
ただそれだけだ。
じっと立っているかもしれない。
腕を組んでいるかもしれない。
ベースの手元をずっと見ているかもしれない。
でも、めちゃくちゃ楽しんでいる。
あなたは走りたい。
いい。
回りたい。
いい。
モッシュしたい。
それも、周りが全員同意していて安全にできる場所なら好きにすればいい。
僕には何が楽しいのか分からないけれど、あなたには楽しいのだろう。
そこまで否定するつもりはない。
だから同じように、僕の楽しみ方も放っておいてほしい。
そして何より、
僕を巻き込まないでほしい。
あなたの「楽しい」のために、僕が怖い思いをする必要はない。
あなたがよく見えるために、僕の視界が全部あなたの背中になる必要もない。
あなたがテンション上がったからといって、僕の頭上にペットボトルが飛んでくる必要もない。
音楽の楽しみ方は自由だ。
でも、
他人の楽しみを奪う自由まであるわけではない。
それでも、どうしても走りたい。
どうしてもぶつかりたい。
人間にぶつからないと音楽を感じられない。
そこまで言うなら仕方がない。
家に帰ろう。
好きな音楽を流そう。
音量を上げよう。
サビが来る。
「うおおおおお!」
そして、
壁にぶつかっとけ。
ドンッ。
もう一回。
ドンッ。
好きなだけやればいい。
誰も巻き込まれない。
誰も怖がらない。
僕も押されない。
壁なら、
「モッシュ嫌なら後ろ行け」
とも言わない。
黙って全部受け止めてくれる。
最高のモッシュ仲間じゃないか。
まあ、
壁には少し申し訳ないけれど。
