職場の喫煙所でタバコを吸っていると、今日も現れた。
「タバコ一本ちょうだい」
出た。
タバコ一本ちょうだいおじさんである。
このおじさん、今日だけではない。
昨日もいた。一昨日もいた。おそらく明日もいる。
毎日、喫煙所にいる誰かからタバコをもらっているのだ。
僕からもらう日もあれば、別の人からもらう日もある。
まるで、喫煙所にタバコを受け取りに来ているかのようだ。
いや、ここはタバコの無料配布所ではない。
みんな自分のお金で買ったタバコを吸いに来ている。
しかし、おじさんは違う。
自分のタバコを持っていなくても、堂々と喫煙所に現れる。
そして、誰かに声をかける。
「一本ちょうだい」
お前はいつになったら自分のタバコを買うんだ。
しかも、このタバコ一本ちょうだいおじさん、職場だけに生息しているわけではない。
たまに、まったく知らないおっさんからも言われる。
「兄ちゃん、タバコ一本ちょうだい」
誰やねん、お前。
名前も知らない。今日初めて会った。
というより、会ったという認識すらない。
それなのに、いきなりタバコを要求してくる。
自己紹介より先に物資の調達である。
僕たちはまだ、タバコを一本分け合うほどの関係ではない。
なぜ、そんなに自然に言えるのだろう。
今回は、そんな「タバコ一本ちょうだいおじさん」の心理と、僕なりに考えた対処法について書いてみたい。
タバコ一本30円。毎日もらえば年間いくらになる?
「タバコ一本くらい、あげればいいじゃないか」
そう思う人もいるだろう。
確かに、一本だけなら大した金額ではない。
仮に一箱600円、20本入りだとする。
一本30円。
しかし、毎日一本もらえばどうなるか。
一か月30日で900円。
一年365日なら10,950円。
年間一万円を超えるのだ。
もちろん、職場のおじさんが本当に一年間毎日もらっているかは知らない。
ただ、一本30円でも、積み重なればそれなりの金額になる。
しかも、このおじさんは毎日違う人からもらっている。
今日はAさん。
明日はBさん。
明後日はCさん。
一人ひとりの負担は小さい。
しかし、おじさんだけは確実に得をしている。
みんなの小さな善意を集めて、タバコ代を節約しているのだ。
何だ、このビジネスモデルは。
元手はゼロ。
必要なのは「一本ちょうだい」と言う勇気だけ。
恐るべき経営手腕である。
断った僕がケチになるという理不尽
金額以上に厄介なのが、断りづらさだ。
「タバコ一本ちょうだい」
そう言われて断ると、何だかこちらがみみっちい人間になったような気がする。
たった一本もあげないのか。
30円くらい惜しいのか。
そんな空気を感じてしまう。
もちろん、実際に相手がそう思っているかどうかはわからない。
しかし、断る側には妙な心理的負担がある。
いや、待て。
毎日人からタバコをもらっているおじさん。
それを断った僕。
どっちがみみっちいんだ。
僕は何も奪っていない。
自分のお金で買ったタバコを、自分で吸おうとしているだけだ。
それなのに、なぜか罪悪感を覚える。
おかしくないか。
もし、毎日誰かから30円をもらっている人がいたらどうだろう。
「30円ちょうだい」
今日も30円。
明日も30円。
明後日も30円。
そんな人がいたら、少し不思議に思うはずだ。
ところが、それがタバコ一本になると、なぜか許されやすくなる。
物になると、お金を渡している感覚が薄れるのだろうか。
しかも、30円という金額が絶妙なのだ。
300円なら断りやすい。
3,000円なら、もっと断りやすい。
しかし、30円となると、断る方が気まずくなる。
少額だからこそ、断る側が悪者になりやすい。
これが、もらいタバコの面倒くさいところだと思う。
たまになら、別にあげる
誤解しないでほしい。
僕は、タバコを一本もあげたくない人間ではない。
たまたま切らしてしまった。
買いに行く時間がない。
そんなとき、たまに「一本もらっていい?」と言われるなら、別に構わない。
あげる。
一本くらい、どうぞ。
困ったときはお互いさまだと思う。
問題は、頻度なのだ。
今日も切らした。
昨日も切らした。
一昨日も切らした。
そして明日も切らす。
一度なら、うっかりかもしれない。
二度なら、たまたまかもしれない。
しかし、毎日となれば話は違う。
最初から人にもらうつもりで喫煙所に来ているのではないか。
そんな疑問まで浮かんでくる。
もちろん、本当の事情は本人にしかわからない。
ただ、毎回同じ人がもらう側で、周囲があげる側という関係は、助け合いとは少し違う。
一方通行の善意である。
なぜ人からタバコをもらうのか?7つの心理
では、なぜ毎日人からタバコをもらうのだろう。
僕なら、タバコを切らしていても、まず我慢する。
どうしても吸いたければ買いに行く。
見知らぬ人に一本もらうという選択肢は、なかなか出てこない。
遠慮とか、申し訳なさはないのだろうか。
もちろん、本人の気持ちはわからない。
ただ、考えられる心理はいくつかある。
① タバコ代を節約したい
まず思いつくのが、節約である。
タバコは決して安くない。
一箱600円として、毎日一箱吸えば30日で18,000円。
年間なら20万円を超える。
なかなかの出費だ。
だから、少しでも節約したい。
その気持ちはわかる。
しかし、だからといって他人から毎日もらっていい理由にはならない。
自分のタバコ代を節約するために、他人のタバコ代を増やしているだけではないか。
節約するなら、本数を減らすなり、禁煙を考えるなり、別の方法があるだろう。
他人の財布を節約術に組み込まないでほしい。
② 一本くらい大したことないと思っている
本人にとっては、たった一本なのかもしれない。
「一本くらい、誰でもくれるだろう」
そう考えている可能性がある。
しかし、一本を軽く考えているのは、もらう側だけではないだろうか。
あげる側は、自分のお金で買っている。
その一本をどうするかは、持ち主が決めることだ。
一本くらいと言うなら、自分の一本をあげてみてほしい。
もっとも、そもそも持っていないから、もらいに来ているのだが。
③ 断られないことを知っている
職場なら、明日も顔を合わせる。
一本くらいあげておいた方が、面倒なことにならない。
そう考える人もいるだろう。
そして、おじさんも経験的にそれを知っているのかもしれない。
頼めば誰かがくれる。
断られても、別の人に頼めばいい。
喫煙所にいる人数だけ、チャンスがある。
何だか、くじ引きみたいになってきた。
ただし、当たりを引いたところで、景品はタバコ一本である。
④ 遠慮する感覚が薄くなっている
最初は申し訳なかったのかもしれない。
「すみません、一本もらってもいいですか?」
恐る恐るお願いした。
すると、相手が快くくれた。
次ももらえた。
その次ももらえた。
そして、いつの間にか慣れてしまった。
最初はお願いだったものが、日課になる。
「一本ちょうだい」
言うことへの抵抗が、少しずつなくなっていったのかもしれない。
慣れとは恐ろしい。
もらう側は慣れていく。
しかし、あげる側が同じように慣れているとは限らない。
⑤ 人との距離感が近すぎる
まったく知らないおじさんから「一本ちょうだい」と言われることもある。
これも不思議だ。
もしかすると、本人は気軽なコミュニケーションのつもりなのかもしれない。
喫煙者同士なのだから、一本くらい分け合って当然。
そんな感覚があるのだろうか。
しかし、僕からすると、いきなり距離を詰められているように感じる。
まだ挨拶すらしていない。
名前も知らない。
それなのに、僕のタバコを要求してくる。
僕たちの関係は、まだそこまで進展していない。
まずは天気の話でもしよう。
いや、別にしたくない。
僕は静かにタバコを吸いたいだけなのだ。
⑥ 他人の負担を考えていない
タバコ一本30円。
金額だけ見れば、小さな負担かもしれない。
しかし、負担はお金だけではない。
毎回声をかけられる。
断るかどうか迷う。
断ったら気まずくなるかもしれない。
あげたら、また明日も来るかもしれない。
そんなことを考えなければならない。
僕はただ、タバコを吸いに来ただけなのに。
なぜ喫煙所で、人間関係の駆け引きをしなければならないのだ。
相手は、こちらが感じている面倒くささに気づいていない可能性もあると思う。
⑦ タバコがなくても、どうにかなると思っている
そして、僕が特に大きいと思うのがこれだ。
「タバコなんて、持っていなくてもどうにかなる」
この感覚が染み付いているのではないだろうか。
普通なら、タバコがなくなれば買いに行く。
買えなければ我慢する。
しかし、このおじさんには第三の選択肢がある。
「誰かにもらえばいい」
喫煙所に行けば誰かがいる。
誰かがいれば、誰かがタバコを持っている。
頼めば一本くらいくれる。
つまり、自分で用意しなくても何とかなる。
おじさんにとって、喫煙所そのものが巨大なタバコの箱になっているのだ。
しかも、中身は自動で補充される。
お金もかからない。
なんという便利なシステムだ。
ただし、一つ問題がある。
そのシステムを運営しているのは、僕たちである。
しかも、誰も運営に同意していない。
これまで何度ももらえているから、今日も何とかなると思う。
そうやって、もらいタバコが習慣になっているのかもしれない。
タバコ一本ちょうだいおじさんへの7つの対処法
では、どうすればいいのだろう。
毎回あげていたら、いつまでも終わらない。
かといって、断るのも気まずい。
そこで、僕なりに7つの対処法を考えてみた。
実用的なものもあれば、くだらないものもある。
参考になるかどうかはわからない。
① 空箱作戦
吸い終わったタバコの空箱を捨てずに持っておく。
そして、おじさんが現れたら、その空箱を取り出す。
「兄ちゃん、一本ちょうだい」
「ああ、すみません。もうないんですよ」
パカッ。
空である。
ないものはあげられない。
断ったわけではない。
あげたくても、あげられないのだ。
もちろん、本当のタバコは別のポケットに入っている。
つまり、僕は今、二つの箱を持ち歩いている。
一つは自分が吸うため。
もう一つは、おじさんに吸わせないため。
何なんだ、この生活は。
タバコを吸うだけなのに、なぜ僕はマジシャンみたいなことをしているのだ。
② 金欠なんで作戦
「タバコ一本ちょうだい」
「すみません。今、金欠なんで」
これである。
相手が金欠だからタバコをもらおうとしているのかは知らない。
しかし、こちらだって金欠なのだ。
一本30円。
その30円が惜しい。
お前だけが経済的に苦しいと思うな。
僕にも生活がある。
家賃がある。光熱費がある。食費がある。
そして、タバコ代がある。
「一本くらいいいやん」
いや、よくない。
その一本を吸うために、僕は働いているのだ。
この作戦のいいところは、タバコを持っているのが見えていても使えることだ。
ただし、毎日金欠と言い続けるのも少し悲しい。
③ 残り一本作戦
「すみません。これ最後の一本なんです」
これも使えそうだ。
喫煙者にとって、最後の一本は特別な存在である。
次に吸いたければ買いに行かなければならない。
そんな貴重な一本を他人に譲れというのは、なかなか酷な話だ。
しかし、この作戦にも弱点がある。
毎日使えないのだ。
月曜日。
「これ最後の一本なんです」
火曜日。
「これ最後の一本なんです」
水曜日。
「これ最後の一本なんです」
僕は毎日、最後の一本を吸っている男になる。
計画性がなさすぎる。
おじさんから「もっとまとめて買ったら?」と心配されるかもしれない。
いや、お前にだけは言われたくない。
④ アイコスに切り替え作戦
紙巻きタバコを吸っているおじさんなら、これも一つの方法だ。
「すみません。アイコスに変えたんですよ」
紙巻きタバコを持っていないのだから、あげようがない。
ただし、重大な問題がある。
本当にアイコスに切り替えなければならない。
翌日、普通に紙巻きタバコを吸っていたらどうなる。
「あれ? アイコスに変えたんちゃうん?」
終了である。
しかも、相手もアイコスを吸っていたら意味がない。
「俺もアイコスやで。一本ちょうだい」
お前、どこまでついてくるんだ。
タバコ一本を断るために、喫煙スタイルそのものを変える。
冷静に考えると、とんでもない話だ。
なお、断るために実際に製品を買い替える必要はない。
完全に大掛かりすぎる作戦である。
⑤ イヤホン作戦
喫煙所でイヤホンをつけておく。
「兄ちゃん、タバコ一本ちょうだい」
聞こえない。
いや、正確には聞こえている。
聞こえていないことにするのだ。
遠くを見つめる。
目を合わせない。
僕は今、音楽の世界にいる。
おじさんの声など届かない。
しかし、ここで問題が発生する。
肩をトントン。
「兄ちゃん、タバコ一本ちょうだい」
お前、そこまでして欲しいのか。
仕方がない。
イヤホンを外す。
「えっ? 何ですか?」
「タバコ一本ちょうだい」
「ああ、すみません。無理です」
結局、断ることになった。
何のためのイヤホンだったのだ。
ただし、職場では周囲の音に気づけることも大切だ。
使うなら安全やルールには気をつけたい。
⑥ 急に用事ができた作戦
「兄ちゃん、タバコ一本ちょうだい」
「あっ! すみません! ちょっと用事思い出しました!」
そう言って、その場を去る。
これである。
用事なんてない。
何も思い出していない。
ただ、おじさんにタバコをあげたくないだけだ。
タバコ一本のために、存在しない予定を作り出したのだ。
しかし、ここで問題がある。
その場を去った以上、本当にどこかへ行かなければならない。
すぐに喫煙所へ戻ってきたら不自然だ。
仕方がない。
とりあえずトイレに行こう。
僕はタバコを吸いに来たのに、なぜかトイレに向かっている。
おじさんは喫煙所に残り、僕は喫煙所から追い出される。
あれ?
これ、どっちが勝ったんだ?
⑦ はっきり断る作戦
そして、最後がこれだ。
はっきり断る。
「タバコ一本ちょうだい」
「すみません。あげられません」
以上。
空箱を用意する必要もない。
金欠のふりをする必要もない。
突然用事を思い出す必要もない。
ただ、断るだけだ。
毎日頼まれているなら、
「毎回はあげられないので、自分で買ってください」
と伝えてもいい。
これが一番シンプルで、現実的な方法だと思う。
そして、この作戦には大きなメリットがある。
明日から言ってこなくなるかもしれないのだ。
「あいつはタバコをくれない」
そう認識してもらえれば、それでいい。
もちろん、少し嫌われるかもしれない。
ケチなやつだと思われるかもしれない。
でも、考えてみてほしい。
毎日人からタバコをもらっているおじさんに嫌われたところで、僕の人生にどんな影響があるのだろう。
ない。
少なくとも、僕には思いつかない。
むしろ、好かれているから毎日タバコをねだられるのだとしたら、嫌われた方がいい。
もちろん、職場で無駄に揉める必要はない。
怒鳴ったり、相手を馬鹿にしたりする必要もない。
落ち着いて断ればいい。
相手がどう思うかまで、こちらが責任を負う必要はないのだ。
まとめ|僕はタバコを吸いに来たのであって、おじさんに好かれに来たわけではない
タバコ一本ちょうだいおじさん。
なぜ毎日人からタバコをもらうのか。
節約したいのかもしれない。
一本くらい大したことないと思っているのかもしれない。
あるいは、タバコがなくても誰かにもらえば何とかなるという感覚が染み付いているのかもしれない。
本当の理由は、本人にしかわからない。
ただ、僕はこう思う。
自分が吸うタバコくらい、自分で用意してほしい。
たまに困っているなら、一本くらいあげる。
でも、それを毎日の習慣にされるのは違う。
そして、断ったからといって、こちらが悪いわけでもない。
親切は義務ではないのだ。
昨日あげたからといって、今日もあげなければならないわけではない。
一度親切にしたからといって、永久にタバコを提供する契約を結んだわけではない。
そんな契約書にサインした覚えはない。
そもそも、契約書すら存在しない。
あるのは、おじさんの「一本ちょうだい」という一言だけである。
もし断ったことで嫌われたとしても、それでいい。
僕は別に、おじさんに好かれたいわけではない。
静かにタバコを吸いたいだけなのだ。
僕はタバコを吸いに来たのであって、おじさんに好かれに来たわけではない。
そして、もし明日もおじさんが現れたら、こう言ってみようと思う。
「すみません。自分で買ってください」
それでもなお、翌日また現れたらどうしよう。
そのときは、いよいよ空箱の出番かもしれない。
タバコ一本吸うだけなのに、何でこんなに頭を使わなければならないのだ。
