友人と居酒屋に行った。
4人でだ。
席に着くと、一人が言った。
「とりあえずビールでいい?」
出た。
とりあえずビール。
僕は以前から、この言葉がよくわからない。
なぜビールなのだ。
ビールは仮の飲み物なのか。
そもそも、なぜ全員がビールを飲むことになっているのだろう。
まあ、この疑問については別の記事で詳しく書いているので、そちらを読んでほしい。
今回の問題はビールではない。
唐揚げだ。
ちなみに、僕はカルピスサワーを注文した。
甘くてうまい。
別にビールが嫌いというわけではない。
ただ、僕はカルピスサワーが飲みたかったのだ。
飲みたいものを飲む。
それだけの話である。
さて、飲み物が決まると、次は料理だ。
「何食べる?」
友人がメニューを開いた。
決まっているだろう。
唐揚げと枝豆だ。
僕にとって、居酒屋の定番である。
もちろん、ほかの料理も食べる。
しかし、この二つは外せない。
枝豆をつまみながらカルピスサワーを飲み、熱々の唐揚げを食べる。
最高ではないか。
特に、この店の唐揚げはうまい。
以前にも食べたことがある。
衣はサクサク。
中はジューシー。
揚げたてを口に入れると、熱々の肉汁がジュワッと溢れ出す。
そこに甘いカルピスサワーを流し込む。
これだ。これを食べに来たのだ。
僕の頭の中では、すでに完璧な食事が始まっていた。
そして、しばらくして唐揚げが運ばれてきた。
見るからにうまそうだ。
こんがりと揚がった衣。
立ち上る湯気。
食欲を刺激する香り。
僕は箸を手に取った。
よし。
いただくか。
その瞬間だった。
事件は一瞬で起きた
友人の一人が、唐揚げの皿に手を伸ばした。
何をするのだろう。
取り分けるのか。
そう思った。
しかし、彼が手に取ったのは唐揚げではなかった。
黄色い物体。
レモンだ。
……。
まさか。
いや、待て。
お前、何をするつもりだ。
僕が状況を理解するよりも早く、彼はレモンを持ち上げた。
そして。
ギュウウウウッ!
搾った。
唐揚げに。
勝手に。
何の確認もなく。
レモンをかけやがったのだ。
衝撃だった。
事件だ。
目の前で、とんでもないことが起きた。
僕は言葉を失った。
さっきまで、あんなに輝いていた唐揚げ。
サクサクの衣。
熱々の肉汁。
カルピスサワーとの完璧な組み合わせ。
そのすべてが、一瞬にして変更されてしまった。
しかも、まだ一口も食べていない。
僕の唐揚げ人生における、最も楽しみな瞬間だったというのに。
そして、さらに恐ろしいことが起きた。
犯人が、何事もなかったかのように喋り始めたのだ。
「それでさ、昨日の仕事なんやけど」
……。
おい。
待て。
今、何をした。
なぜ普通に会話を続けているのだ。
お前の目の前で事件が起きたんだぞ。
しかも、お前が起こした事件だ。
それなのに、笑っている。
ヘラヘラしている。
サイコパスだ。
もちろん、本当にそういう意味で言っているわけではない。
ただ、僕にはそれくらい理解できない行動だった。
自分が何をしたのか、まったく自覚していない。
恐ろしい。
さらに恐ろしいのは、ほかの友人たちも普通に会話していることだ。
誰も騒がない。
誰も止めない。
誰も唐揚げの心配をしない。
このテーブルで事件に気づいているのは、僕だけなのか。
僕は唐揚げを見つめた。
レモン汁が染み込んでいる。
もう元には戻らない。
どうしてくれるんだ。
俺の唐揚げ。
「え?」じゃない。こっちが「え?」だ
僕は、ついに口を開いた。
「おい! お前、今何した?」
友人がこちらを見た。
「え?」
え? じゃない。
「今、何したって聞いてるんだよ」
「え? レモンかけたけど?」
知っている。
見ていたのだ。
目の前で堂々とやっていただろう。
問題は、何をしたかではない。
なぜ、勝手にやったのかだ。
「何、勝手にかけてんだ! レモン!」
すると、彼は不思議そうな顔をした。
「え? レモンかけた方が美味しいやん」
は?
「え?」
いや、お前が「え?」じゃない。
こっちが「え?」なのだ。
レモンをかけた方がおいしい。
なるほど。
そうかもしれない。
お前にとってはな。
なぜ、お前がおいしいと思うものを、全員がおいしいと思う前提で話しているのだ。
いつから、お前の舌がこのテーブルの基準になった。
誰がお前を唐揚げの味付け責任者に任命したのだ。
僕は、レモンをかけていない唐揚げが好きなのだ。
そのまま食べたいのだ。
せっかく揚げたてなのだから、衣の香ばしさと肉の旨味を楽しみたい。
そこに強烈な酸味はいらない。
「いや、さっぱりして美味しいやん」
だから。
それはお前の感想だろう。
僕は嫌いなのだ。
好き嫌いの話をしているのに、自分の好みを正解として説明されても困る。
しかも、彼には悪気がない。
これがまた腹立たしい。
本人としては、いつもどおりレモンをかけただけなのだろう。
しかし、僕からすれば大事件だ。
想像してみてほしい。
友人4人で楽しく飲んでいる。
突然、一人がコップの水を手に取った。
そして、隣の友人の頭から水をぶっかける。
そのあと、何事もなかったように会話を続ける。
「それでさ、昨日の仕事なんやけど」
いや、待て。
今、人に水をぶっかけただろう。
なぜ普通に喋っているのだ。
僕にとっては、それくらいの衝撃なのだ。
もちろん、人に水をかけることと、唐揚げにレモンをかけることは同じではない。
それはわかっている。
わかっているが、僕の心の中では同じくらいの事件なのである。
勝手にかけるな。
ただ、それだけなのだ。
「レモンくらいで」だと?
僕が怒っていると、ほかの友人たちが止めに入った。
「まあまあまあ」
「落ち着けって」
「レモンくらいで、そんな怒らんでもええやん」
……。
くらいだと?
今、何と言った。
レモンくらい?
お前たちにとっては、たかがレモンかもしれない。
しかし、僕にとっては違う。
楽しみにしていた唐揚げだ。
揚げたてだ。
サクサクだ。
肉汁が溢れるのだ。
それを甘いカルピスサワーで流し込む。
その完璧な計画が、一瞬にして崩壊したのである。
なのに、なぜ僕が落ち着かなければならないのだ。
僕は何もしていない。
ただ、唐揚げを食べようとしていただけだ。
それなのに、勝手に味を変えられた。
そして、怒ったら怒ったで「レモンくらいで」と言われる。
被害者が怒ったら、被害者が悪いことになるのか。
何だ、この理不尽な世界は。
もっとも、友人たちの言い分もわからなくはない。
楽しい飲み会で、唐揚げのレモンを巡って口論する男。
客観的に見れば、なかなか面倒くさい人物だ。
それは認めよう。
しかし、僕にも譲れないものがある。
お前たちはレモンを見ている。僕は失われた唐揚げを見ているのだ。
この違いを、どうかわかってほしい。
まあ、僕も大人だ。唐揚げは食べた
とはいえ、僕も大人だ。
いつまでも怒っているわけにはいかない。
せっかくの飲み会である。
友人たちとの時間を台無しにするのもよくない。
僕は怒りを飲み込んだ。
そして、箸を手に取った。
目の前には、レモンのかかった唐揚げ。
仕方がない。
食べよう。
一個。
二個。
三個。
モリモリ食べた。
あれほど怒っていたのに。
あれほどレモンを憎んでいたのに。
しっかり食べた。
なぜなら、唐揚げが好きだからだ。
レモンがかかっていようが、唐揚げは唐揚げである。
捨てるなんてもったいない。
しかも、ここの唐揚げはもともとうまい。
レモンがかかっていても、食べられないわけではない。
ただ、僕が食べたかった味ではないのだ。
そこが重要なのである。
レモンは嫌いだ。しかし、唐揚げに罪はない。
僕はカルピスサワーを飲んだ。
甘い。
うまい。
少しだけ気持ちが落ち着いた。
しかし、頭の中には疑問が残っていた。
そもそも、なぜあいつは勝手にレモンをかけたのだろう。
そして、なぜ僕はここまで腹が立ったのだろう。
せっかくだ。
真面目に考えてみよう。
なぜ勝手に唐揚げにレモンをかけるのか?
① レモンをかけた方がおいしいと信じているから
まず考えられるのが、これだ。
本人は本気で、レモンをかけた方がおいしいと思っている。
だから、みんなにもかけてあげる。
なるほど。
親切心なのかもしれない。
しかし、問題がある。
おいしいかどうかは、人によって違うのだ。
僕は食べ物をシンプルに味わうのが好きだ。
唐揚げなら、そのまま。
たこ焼きなら、普通のソースで十分。
変わったソースや、余計なトッピングはあまりいらない。
もちろん、好きな人を否定するつもりはない。
マヨネーズを大量にかけてもいい。
チーズをのせてもいい。
激辛ソースをかけてもいい。
好きにすればいい。
ただし、自分の分にしてほしい。
僕は、料理そのものの味を楽しみたいのだ。
せっかく料理人が作ってくれたのだから、まずはそのまま食べたい。
そこに、いきなり別の味を加える必要はない。
「レモンかけた方がおいしいやん」
その言葉を聞いて、僕は思った。
お前の味覚を世界標準にするな。
② 唐揚げとレモンはセットだと思っているから
唐揚げを注文すると、レモンが添えられていることがある。
当たり前のように、皿の端に置かれている。
おそらく、これも原因のひとつだろう。
レモンがある。
だから、かける。
本人にとっては自然な流れなのだ。
しかし、ちょっと待ってほしい。
添えられていることと、全員分にかけていいことは別問題だ。
レモンは、使いたい人が使えばいい。
使いたくない人は、そのまま置いておけばいい。
それだけではないか。
例えば、ラーメン屋にコショウが置いてあったとする。
だからといって、友人のラーメンに勝手にコショウを振りかけるだろうか。
普通はしない。
「コショウかけた方がおいしいやん!」
そんなことを言われても困る。
唐揚げのレモンだって同じはずだ。
なぜかレモンだけ、勝手にかけてもいいような雰囲気がある。
不思議で仕方がない。
③ 気が利く人間だと思われたいから
これもあるのかもしれない。
飲み会では、率先して動く人がいる。
料理を取り分ける。
空いたグラスを確認する。
追加注文を聞く。
そして、唐揚げにレモンをかける。
本人は気を利かせているつもりなのだろう。
確かに、ありがたい行動もある。
しかし、レモンは違う。
それは気配りではなく、味付けだ。
料理を取り分けることと、料理の味を変えることは同じではない。
そこを混同しないでほしい。
もし本当に気を利かせたいのなら、聞けばいい。
「レモンかける?」
たった一言だ。
それだけで、僕は救われる。
むしろ、その一言こそが気配りではないだろうか。
④ 何も考えていないから
個人的には、これが一番ありそうだと思っている。
いつもかけている。
だから、今回もかけた。
ただ、それだけ。
誰かが嫌がるかもしれないなんて、考えたこともない。
だから、僕が怒ったときも「え?」という反応だったのだろう。
本人からすれば、突然怒られたようなものだ。
しかし、僕からすれば突然レモンをかけられたのである。
お互いに、相手の行動が理解できない。
何というすれ違いだろう。
悪意がないからこそ、厄介なのかもしれない。
なぜ僕は、ここまでイライラするのか?
さて、今度は自分のことを考えてみたい。
レモンが嫌い。
それは間違いない。
しかし、怒りの原因はそれだけではない気がする。
① 楽しみにしていたものを奪われたから
僕は唐揚げを注文した瞬間から、楽しみにしていた。
サクサクの衣。
熱々の肉汁。
甘いカルピスサワー。
頭の中では、すでに味まで想像していた。
ところが、食べる直前に変更された。
しかも、僕の意思とは関係なく。
これは、なかなか悲しい。
例えば、楽しみにしていた映画を見ようとした瞬間、隣の人に結末を全部話されたらどうだろう。
映画自体は見られる。
しかし、最初に想像していた楽しみ方はできなくなる。
僕にとって、唐揚げのレモンはそれに近い。
楽しみを勝手に書き換えられたのだ。
② 自分で選ぶ権利を奪われたから
これが一番大きいのかもしれない。
レモンをかけるか、かけないか。
本来なら、自分で選べる。
しかし、友人は勝手にかけた。
僕には選択する機会すらなかった。
「かけていい?」
この一言があれば、何の問題もなかった。
「僕は嫌いだから、かけないで」
それで終わりだ。
ところが、確認もなく実行された。
僕の唐揚げの運命を、他人が勝手に決めたのだ。
大げさに聞こえるかもしれない。
しかし、僕はこういうことが嫌いなのだと思う。
自分のことは自分で決めたい。
小さなことでも、勝手に決められたくない。
ましてや、大好きな唐揚げである。
③ 一度かけたら元に戻せないから
ここも重要だ。
レモンをかけていない唐揚げに、あとからレモンをかけることはできる。
しかし、レモンをかけた唐揚げから、レモン汁だけを取り除くことはできない。
つまり、選択肢が一方通行なのだ。
かけることはできる。だが、なかったことにはできない。
これほど恐ろしいことがあるだろうか。
いや、もっと恐ろしいことは世の中にいくらでもある。
それはわかっている。
しかし、今は唐揚げの話をしているのだ。
例えば、友人が勝手に僕の髪を切ったとしよう。
「こっちの方が似合うやん!」
いや、知らん。
切った髪はすぐには戻らない。
唐揚げも同じだ。
……同じではないかもしれない。
だが、気持ちは似ている。
元に戻せないことを、勝手にするな。
④ レモンの破壊力が大きすぎるから
そして、これだ。
レモンは小さい。
皿の端に、ちょこんと置かれている。
いかにも控えめな顔をしている。
しかし、油断してはいけない。
あいつは、とんでもない力を持っている。
ギュッと搾るだけで、料理全体の味を変えてしまうのだ。
唐揚げの下味。
肉の旨味。
衣の香ばしさ。
そこに、突然レモンの酸味が割り込んでくる。
レモンは脇役の顔をして、主役を奪いにくるのだ。
しかも、少量でも存在感がある。
あんなに小さいのに。
お前、何者なのだ。
なぜ、そんな小さな体で唐揚げ全体を支配できるのだ。
もちろん、レモンが好きな人には、その酸味が魅力なのだろう。
それは理解できる。
しかし、僕には強すぎる。
ただの飾りではない。
料理の印象を大きく変える調味料なのだ。
だからこそ、勝手にかけないでほしい。
⑤ 相手が悪いと思っていないから
これも腹が立つ理由だろう。
もし友人が、
「あ、ごめん! 勝手にかけちゃった!」
と言っていたら、僕もここまで怒らなかったかもしれない。
しかし、実際は違った。
「レモンかけた方が美味しいやん」
この一言だ。
謝罪ではない。
説明だ。
しかも、自分の好みの説明である。
お前がなぜレモンを好きなのか、今は聞いていない。
僕が嫌だったことを、まず理解してほしかったのだと思う。
⑥ 周囲に「レモンくらいで」と言われたから
これも大きい。
最初は、レモンを勝手にかけた友人に怒っていた。
しかし、周囲から「レモンくらいで」と言われた瞬間、別の怒りが生まれた。
僕が嫌だと思っていることを、軽く扱われた気がしたのだ。
もちろん、友人たちは場を収めようとしてくれたのだろう。
その気持ちはわかる。
ただ、僕にとっては重要な問題だった。
他人にとって小さなことでも、本人にとっては大きなことがある。
唐揚げのレモンだって、そうなのだ。
……いや、唐揚げのレモンでここまで語る僕も、相当しつこいとは思う。
それは認めよう。
では、どうすればいいのか?
ここまで、ずいぶん長いこと考えてきた。
なぜ勝手にかけるのか。
なぜ僕は怒るのか。
親切とは何か。
選択する権利とは何か。
レモンの破壊力とは何か。
しかし、解決方法は驚くほど簡単だった。
自分の唐揚げを取れ。そして、それにだけレモンを搾れ。
以上。
これだけだ。
会議もいらない。
議論もいらない。
唐揚げレモン問題対策委員会を設立する必要もない。
まず、自分の皿に唐揚げを取り分ける。
そして、好きなだけレモンを搾る。
食べる。
終わり。
なぜ、これほど簡単なことができないのだ。
この方法なら、誰も損をしない。
レモンが好きな人は、好きなだけかけられる。
嫌いな人は、そのまま食べられる。
全員が幸せだ。
平和ではないか。
世界平和を語る前に、まず目の前の唐揚げを平和にしてほしい。
ちなみに、「みんな、レモンかけていい?」と聞く方法もある。
しかし、これにも注意が必要だ。
「いいよー!」
「俺もいいよ!」
「僕は嫌だ」
4人中3人が賛成。
「じゃあ、かけるね!」
いや、待て。
多数決で決めるな。
唐揚げは選挙ではない。
3人が賛成していても、僕は嫌なのだ。
全員分にかける必要はない。
自分の分にだけかければいい。
それで解決する。
なぜ、わざわざ争いを生み出そうとするのだ。
もし僕が勝手にマヨネーズをかけたら?
ここで、逆の立場を考えてみたい。
もし僕が、全員分の唐揚げに大量のマヨネーズをかけたらどうだろう。
「おい! 何してんねん!」
きっと誰かが怒る。
そこで僕は、こう答える。
「え? マヨネーズかけた方が美味しいやん」
どうだろう。
腹が立たないだろうか。
「いや、俺マヨネーズ嫌いやねん!」
「え? 美味しいやん」
まったく同じことを言っているだけだぞ。
あるいは、勝手に激辛ソースをかけたらどうだろう。
「辛い方がうまいやん!」
そんな理屈が通用するはずがない。
なぜか唐揚げのレモンだけ、特別扱いされている気がする。
レモンなら許される。
レモンなら当たり前。
レモンくらいで怒るな。
そんな空気がある。
しかし、僕は言いたい。
レモンにも、好き嫌いがあるのだ。
当たり前の話ではないか。
レモンは悪くない。悪いのは人間だ
ここまでレモンを散々悪者にしてきた。
しかし、冷静に考えてみると、レモンそのものは何も悪くない。
レモンは、ただそこに置かれていただけだ。
自分から唐揚げに飛び込んだわけではない。
「僕を搾ってください!」
そんなことを言ったわけでもない。
勝手に手に取られ、ギュウウウッと搾られた。
考えてみれば、レモンも被害者なのかもしれない。
かわいそうに。
……。
いや、レモンの心配をしている場合ではない。
僕の唐揚げを返してくれ。
とはいえ、今回の問題はレモンそのものではないのだろう。
本当の問題は、他人の好みを勝手に決めてしまうことだ。
自分がおいしいと思うから、みんなもおいしいはず。
自分が好きだから、相手も好きなはず。
自分にとって大したことではないから、相手にとっても大したことではないはず。
そんな思い込みが、今回の事件を生んだのかもしれない。
もちろん、友人に悪気がなかったことはわかっている。
僕だって、知らないうちに誰かの嫌がることをしているかもしれない。
だからこそ、少しだけ相手の好みを考えたい。
唐揚げなら、たった一言でいい。
「レモンかける?」
それだけで、事件は防げるのだ。
最後に。僕の唐揚げは僕に決めさせてくれ
結局、僕はレモンのかかった唐揚げをモリモリ食べた。
友人とも、そのあと普通に話した。
飲み会は楽しかった。
だから、別に大きな恨みが残っているわけではない。
ただ、今でも思い出す。
あの瞬間を。
僕が唐揚げを食べようとした、まさにそのとき。
友人が何のためらいもなくレモンを手に取った姿。
そして、ギュウウウッと搾った姿。
そのあと、何事もなかったかのようにヘラヘラ笑っていた姿。
忘れられない。
いや、そろそろ忘れた方がいいのかもしれない。
たかが唐揚げだ。
たかがレモンだ。
わかっている。
しかし、僕は食べ物を自分の好きな味で楽しみたいのだ。
レモンをかけたい人は、かければいい。
好きなだけかけてくれ。
二切れでも三切れでも構わない。
何なら、レモンを丸ごと持参してもいい。
ただし、自分の唐揚げにな。
僕の唐揚げには、何もしないでほしい。
サクサクの衣を噛みしめたい。
熱々の肉汁を味わいたい。
そして、甘いカルピスサワーで流し込みたい。
それだけなのだ。
もし次に同じ友人と居酒屋へ行くことがあったら、僕は先に言っておこうと思う。
「唐揚げ、レモンかけんといてな」
すると、彼はきっとこう言うだろう。
「え? レモンかけた方が美味しいやん」
……。
だから、それはお前の唐揚げでやってくれ。
