出た。お得意の指トントンだ。
トン、トン、トン、トン。
また始まった。
職場である。
僕の職場には、机を指でトントン叩く人がいる。
最初は一定のリズムを刻んでいる。
トン、トン、トン、トン。
ところが、しばらくすると次第に不規則になっていく。
トン、トトン……トン、トントントン。
なんだ? セッションがしたいのか?
残念ながら、僕は参加するつもりはない。
そもそも、ここは職場である。ジャズバーではない。
それとも、俺を試しているのか? こいつ。
どこまで叩けば僕が反応するのか。僕の忍耐力の限界を測定しているのか。
本人は何食わぬ顔で机を叩き続けている。
そして、ようやく止まる。
終わったか。
そう思っていると、しばらくして再び始まる。
トン、トン、トン。
アンコールを頼んだ覚えはない。
しかも、この人の指トントンは一度始まったら終わり、というものではない。止まったり、始まったりを繰り返す。
そのたびに僕は思う。
またか。
うるさい。
うるさすぎる。
もちろん、机を叩く音だけで仕事ができなくなるわけではない。大音量の音楽を流しているわけでもない。
ただ、気になるのである。
トン、トン、トン。
一度気になり始めると、どうしても耳が拾ってしまう。
何を考えているのだろう。
いや、そもそも何も考えていないのかもしれない。
そこで僕は、なぜ人は机を指でトントン叩くのか、その心理を考えてみることにした。
① 無意識の癖になっている
まず考えられるのは、単純に癖になっているということだ。
考え事をしているとき、気づけば指が動いている。本人にとっては、髪を触ったり、足を組み替えたりするのと同じような行動なのかもしれない。
人間には、意識しなくても繰り返してしまう動作がある。
ペンを回す。爪を触る。髪をいじる。貧乏ゆすりをする。
指トントンも、その一つなのだろう。
ある動作を何度も繰り返していると、特定の状況で自然に出る習慣になることがある。考え事をすると机を叩く。待ち時間になると机を叩く。
本人にとっては、もはや考えてから行う行動ではないのかもしれない。
なるほど。
しかし、ここで一つ疑問が生まれる。
なぜ机なのか。
指を動かすだけなら、膝の上でもいい。手を握ったり開いたりしてもいい。
それなのに、わざわざ音の鳴る机を選ぶ。
もちろん、本人は机を楽器として選んでいるわけではないだろう。
ただ、結果として音が出ている。
しかも、その音を周囲の人間が聞いている。
無意識の癖だから仕方がない、という考え方もあるかもしれない。
しかし、無意識であることと、周囲に影響がないことは別である。
例えば、無意識にペンをカチカチ鳴らしている人がいたとする。本人は気づいていなくても、隣の人間は気になるかもしれない。
そのとき、癖だから何をしてもいい、とはならないだろう。
もちろん、癖は簡単に直せないこともある。
だからこそ、まずは自分が何をしているのか気づくことが大切なのではないだろうか。
② ストレスや緊張を発散している
次に考えられるのは、ストレスや緊張を和らげるために指を動かしているという理由だ。
人は不安や緊張を感じると、体を動かすことで落ち着こうとすることがある。
貧乏ゆすりやペン回しと同じように、指をトントン動かすことが、本人にとって気持ちを整える行動になっている可能性もある。
なるほど。
自分を落ち着かせるために机を叩いているのか。
しかし、待ってほしい。
あなたが落ち着くたびに、僕が落ち着かなくなっている。
本人のストレス解消が、他人のストレス発生装置になっているのである。
なんという仕組みだろう。
こちらは何もしていない。
ただ仕事をしていただけなのに、突然ストレスを受け取ることになった。
まるで、相手のストレスが指先から机へ、机から空気へ、空気から僕の耳へと移動しているようである。
ストレスの受け渡しである。
しかも、僕は受け取りを希望していない。
もちろん、指を叩いている人が必ずストレスを抱えているとは限らない。
ただ、もし本当に落ち着くための行動なのだとしたら、少し皮肉な話ではないだろうか。
一人が落ち着くために、もう一人が落ち着かなくなる。
それは本当に、よいストレス解消法なのだろうか。
③ 退屈している
三つ目は、単純に暇だからという可能性だ。
待ち時間や手持ち無沙汰なとき、人は何となく体を動かすことがある。
何もすることがない。
とりあえず机を叩く。
トン、トン、トン。
なるほど。
暇なのか。
しかし、暇なのはあなたであって、僕ではない。
僕は仕事をしている。
なぜ、あなたの退屈を僕の騒音に変換する必要があるのだろう。
そもそも、退屈を紛らわせる方法はほかにもある。
手を組む。指を軽く動かす。姿勢を変える。頭の中で今日の夕飯でも考える。
何でもいい。
ただ、なぜ机を叩くのか。
もしかすると、本人は音を出したいのではなく、単に指を動かしたいだけなのかもしれない。
それなら、なおさら疑問である。
音を出さずに動かせばいいのではないか。
僕は別に、あなたの指の自由を奪いたいわけではない。
動かしたければ、好きなだけ動かせばいい。
ただ、その動きを周囲に音で報告する必要はないと思うのである。
④ 集中するために動かしている
四つ目は、集中するために指を動かしているという可能性だ。
考え事をしているとき、体を少し動かすことで思考を進めやすく感じる人もいる。
ペンを回したり、足を動かしたりするのと同じように、指でリズムを刻むことが集中の助けになっているのかもしれない。
これは理解できなくもない。
僕にも、考え事をするときに無意識に体を動かしていることはあるだろう。
しかし、ここでも問題が生まれる。
あなたは集中できる。
僕は集中できない。
一人の集中力を高めるために、隣の人間の集中力が犠牲になっている。
なんという非効率な仕組みだろう。
しかも、本人は集中しているのかもしれないが、僕はその音が気になって集中できない。
トン、トン、トン。
何を考えているのだろう。
トン、トトン。
何かひらめいたのか。
トントントン。
今度は何だ。
気づけば、僕の方が相手の思考状況を分析し始めている。
別に知りたくもないのに。
考え事をするのは自由である。
ただ、その思考過程を机に実況させる必要はないと思う。
⑤ せっかちで、待つことが苦手
五つ目は、焦りや落ち着かなさが指の動きに表れている可能性だ。
早く終わってほしい。
次に進みたい。
待っている時間がもどかしい。
そんな気持ちが、指先の動きとして表れることもあるだろう。
ただし、指を叩いているというだけで、その人がせっかちな性格だと決めつけることはできない。
それでも、もし待ちきれない気持ちから机を叩いているのだとしたら、僕は言いたい。
机を叩いても、時間は早く進まない。
時計の針が速く動くわけでもない。
仕事が早く終わるわけでもない。
ただ、僕の苛立ちだけが順調に加速していく。
トン、トン、トン。
何を急いでいるのだろう。
トントントン。
そんなに急いでいるなら、何か別のことをすればいいのではないか。
もっとも、本人が焦っているかどうかもわからない。
こちらが勝手に意味を考えているだけで、実際には何の意味もない音なのかもしれない。
それがまた腹立たしいのである。
⑥ 自分の出す音に慣れている
最後は、本人が自分の出す音を気にしていないという可能性だ。
毎日同じことを繰り返しているうちに、その音が日常の一部になっているのかもしれない。
本人にとっては、ただ指を動かしているだけ。
しかし、周囲にはトントンという音が聞こえている。
人は自分で起こす動作をある程度予測できる。
次にいつ指を動かすのか、自分ではわかっている。
一方、他人にはわからない。
しかも、僕の職場にいる人の場合、最初は一定のリズムなのに、次第に不規則になっていく。
トン、トン、トン、トン。
トン、トトン……トントントン。
本人にとっては何でもない癖なのだろう。
しかし、こちらは次にいつ叩くのか予測できない。
そして、突然止まる。
終わったか。
そう思った頃に、また始まる。
本人は自分の音に慣れている。
僕はその音に慣れるどころか、ますます敏感になっている。
同じ音を聞いているはずなのに、感じ方はまったく違うのである。
なぜ小さなトントン音が、空調や車の音より気になるのか
ここで、もう一つ疑問がある。
指で机を叩く音は、それほど大きな音ではない。
職場には空調の音もある。人の足音もある。物を動かす音もある。
屋外なら車の走行音の方が、よほど大きいだろう。
それなのに、なぜ指トントンだけが妙に気になるのか。
音の不快さは、単純な音量だけで決まるものではない。
音の種類や繰り返し方、突然鳴るかどうか、聞いている人の状態なども関係する。
例えば、空調の音は比較的一定である。
ゴーッという音が続いている。
最初は気になっていても、しばらくすると意識しなくなることがある。
ところが、指トントンは違う。
トン、トン、トン。
音が途切れる。
トントン。
また始まる。
しかも、途中からリズムが変わる。
一定の背景音とは違って、音の始まりや変化が注意を引きやすいのだろう。
さらに、机を叩く音には独特の硬さがある。
指先が机に当たる、短く乾いた音。
音量は小さくても、周囲の持続的な音とは違う特徴を持っている。
だからこそ、耳が拾ってしまうのかもしれない。
もちろん、すべての人が指トントンを不快に感じるわけではない。
何とも思わない人もいるだろう。
ただ、僕にとっては非常に気になる音なのである。
そして厄介なのは、気になり始めると、その音だけが妙にはっきり聞こえることだ。
周囲にはいろいろな音がある。
しかし、僕の耳は指トントンを選んでしまう。
頼んでもいないのに。
なぜ一度気になると、次の一打を待ってしまうのか
これが、指トントンのもっとも厄介なところかもしれない。
一度気になり始めると、音が止まっている時間まで気になるのである。
トン、トン、トン。
止まった。
よし、終わったか。
……。
まだ鳴らない。
今度こそ終わりだろうか。
トン。
来た。
そして、また始まる。
トン、トントン、トン。
何をしているのだろう、僕は。
本来なら仕事に集中していればいい。
それなのに、僕の意識は相手の指先に奪われている。
しかも、音を聞きたくないはずなのに、次に鳴る瞬間を待っている。
まるで、相手の演奏開始を心待ちにしているかのようである。
違う。
僕は待っていない。
待っていないはずなのに、待ってしまう。
人の注意は、不快だと感じた刺激に引き寄せられることがある。
また鳴るかもしれないと思うと、その音を警戒してしまう。
すると、音が鳴っていない時間にも意識が向く。
そして、ようやく別のことを考え始めた頃に。
トン。
また来た。
この繰り返しである。
しかも、最初は一定のリズムだった音が不規則になると、次の一打がさらに予測しにくくなる。
トン、トン、トン、トン。
ここまではまだいい。
しかし、突然。
トン、トトン……トントントン。
なんだ、そのアレンジは。
こちらは音を無視したいのに、相手は勝手に演奏を変化させてくる。
結果として、僕は指トントンのリズムに詳しくなってしまった。
まったく望んでいない専門知識である。
本人のストレス解消が、周囲のストレスになる矛盾
もし指トントンがストレス解消のための行動なのだとしたら、少し考えてほしいことがある。
本人は、落ち着くために机を叩いている。
しかし、その音を聞いている周囲の人間は、落ち着かなくなっているかもしれない。
つまり、一人のストレスを減らす行動が、別の人間のストレスを増やしている可能性がある。
これは、なかなか皮肉な構図である。
もちろん、本人が悪意を持っているわけではないだろう。
僕を苛立たせるために机を叩いているとは思わない。
ただ、悪意がないからといって、影響がなくなるわけではない。
例えば、誰かが鼻歌を歌っているとする。
本人は気分がよくなるかもしれない。
しかし、隣で仕事をしている人は集中できなくなるかもしれない。
指トントンも、それに似ている。
自分にとって快適な行動が、他人にとっても快適とは限らない。
しかも、本人は自分が落ち着いていることに満足しているのかもしれない。
その一方で、僕はどんどん苛立っている。
トン、トン、トン。
あなたのストレスが減る。
僕のストレスが増える。
これは一体、どんな交換制度なのだろう。
しかも、僕には拒否権がない。
できれば、この取引からは撤退したい。
なぜ他人の癖のために、こちらが我慢しなければならないのか
こうした話をすると、「そのくらい我慢すればいい」と言われることがある。
確かに、公共の場や職場では、ある程度の生活音を受け入れる必要がある。
誰かが歩けば足音がする。
物を置けば音がする。
仕事をしていれば、さまざまな音が発生する。
すべてを迷惑だと言い始めたら、何もできなくなってしまう。
それはわかる。
しかし、僕は指トントンを、仕事に必要な音と同じようには考えられない。
机を叩かなくても、仕事はできる。
指を動かしたければ、音が出ない方法もある。
つまり、避けられる可能性がある音なのだ。
それなのに、なぜ音を聞かされる側だけが我慢しなければならないのだろう。
もちろん、誰か一人が不快だと感じたからといって、周囲がすべて合わせるべきだとは思わない。
人によって感じ方は違う。
ただ、簡単に避けられる行動なら、少し配慮してもいいのではないか。
例えば、隣でペンをカチカチ鳴らしている人がいたとする。
その音が気になると伝えたとき、「そんな小さな音くらい我慢しろ」と言われたらどうだろう。
ペンを鳴らすのをやめるという選択肢もあるはずだ。
なぜ、音を出し続けることが当然で、気になる側が我慢することだけが正解になるのだろう。
僕には、その考え方がよくわからない。
しかも、こうした小さな音の問題は、注意する側にも負担がある。
「その音、少し気になるのでやめてもらえますか」
たったこれだけのことを言うにも、相手との関係を考えなければならない。
細かい人間だと思われるかもしれない。
神経質だと思われるかもしれない。
職場の空気が悪くなるかもしれない。
だから、結局何も言わずに我慢する。
一方、本人は今日も何食わぬ顔で机を叩いている。
トン、トン、トン。
なんという理不尽な構図だろう。
指を動かしたいなら、なぜ音が出ない方法を選ばないのか
ここまで考えて、僕は結局、最初の疑問に戻ってくる。
なぜ机を叩くのか。
指を動かしたいという気持ちは理解できる。
緊張しているのかもしれない。
退屈しているのかもしれない。
集中したいのかもしれない。
しかし、音を出す必要はあるのだろうか。
例えば、机に触れずに指を動かすこともできる。
膝の上で指を動かしてもいい。
手を握ったり開いたりしてもいい。
本人にとって、机を叩く感触が特別に落ち着くという場合もあるのかもしれない。
ただ、それでも周囲に音が聞こえていることは考えてほしい。
僕は別に、指を動かすこと自体を禁止したいわけではない。
あなたの指は、あなたのものだ。
好きに動かせばいい。
しかし、その指が机に当たることで、音が発生する。
そして、その音はあなた一人のものではなくなる。
周囲の人間にも届くのである。
指を動かす自由と、音を出し続けることは、必ずしも同じではない。
この違いを、少しは考えてもらえないだろうか。
もっとも、本人が無意識にやっているのなら、そもそもこんなことを考えたこともないのだろう。
それはそれで、困った話である。
指トントンはマナー違反なのか
では、机を指で叩くことは、マナー違反なのだろうか。
これは簡単には決められない。
指トントンを禁止する明確なルールがある職場ばかりではないだろうし、音の大きさや頻度によっても印象は変わる。
一度や二度、机を軽く叩いたくらいなら、僕も気にしない。
しかし、何度も繰り返されると話は違う。
しかも、止まったり始まったりする。
終わったと思ったら、また始まる。
これが厄介なのだ。
職場は、一人だけの空間ではない。
周囲には仕事をしている人がいる。
考え事をしている人もいれば、集中したい人もいる。
その中で、必要のない音を繰り返し出し続けることは、少なくとも配慮が足りない行動になり得るのではないだろうか。
もちろん、僕自身も知らないうちに誰かを不快にさせている可能性はある。
足音が大きいかもしれない。
物を置く音がうるさいかもしれない。
自分では気づかない癖があるかもしれない。
だから、僕も気をつけたいと思う。
ただ、だからといって、他人の指トントンが気にならなくなるわけではない。
自分にも欠点があることと、目の前の音がうるさいことは、別の話である。
なぜ最初は一定なのに、途中から不規則になるのか
ところで、僕の職場にいる人の指トントンには、一つ特徴がある。
最初は一定のリズムなのに、途中から不規則になるのだ。
トン、トン、トン、トン。
ここまではいい。
しかし、次第に。
トン、トトン……トン、トントントン。
何があった。
急に曲調を変えるな。
もしかすると、考え事の内容や気分の変化が指の動きに表れているのかもしれない。
あるいは、単に無意識の動作だから、一定のリズムを保つ必要がないだけなのかもしれない。
もちろん、リズムの変化だけで心理状態を判断することはできない。
ただ、聞かされている側としては、妙に気になるのである。
最初は規則的だから、次の音をある程度予測できる。
しかし、途中から不規則になると、次にいつ鳴るのかわからなくなる。
しかも、しばらくすると突然止まる。
終わったか。
そう思っていると、また始まる。
トン、トン、トン。
何度でも言おう。
アンコールを頼んだ覚えはない。
しかも、こちらが演奏を楽しんでいるわけでもない。
そもそも、演奏会だと認識しているのは僕だけなのかもしれない。
本人はただ、指を動かしているだけなのだろう。
それなのに、僕の頭の中では勝手にジャズセッションが始まっている。
なんという無駄な想像力だろう。
結局、なぜこんなにも腹が立つのか
ここまで、指トントンをする人の心理や、音が気になる理由を考えてきた。
無意識の癖なのかもしれない。
ストレスや緊張を和らげているのかもしれない。
退屈しているのかもしれない。
集中するためなのかもしれない。
焦りや落ち着かなさが表れているのかもしれない。
自分の出す音に慣れているだけなのかもしれない。
どれも、あり得る話だと思う。
しかし、僕にはどうしても納得できないことがある。
なぜ、その行動を周囲の人間にまで聞かせる必要があるのか。
指を動かしたいなら、動かせばいい。
考え事をしたいなら、考えればいい。
ストレスを解消したいなら、できるだけ周囲に迷惑をかけない方法を選べばいい。
もちろん、本人に悪気はないのだろう。
ただ、悪気がないことと、周囲が不快に感じていないことは別である。
そして今日も、職場で始まる。
トン、トン、トン、トン。
出た。
お得意の指トントンだ。
最初は一定のリズム。
やがて、不規則になっていく。
トン、トトン……トントントン。
なんだ? セッションがしたいのか?
それとも、俺を試しているのか? こいつ。
ようやく止まった。
終わったか。
そう思った瞬間。
トン、トン、トン。
また始まった。
うるさい。
うるさすぎる。
本人は何も考えていないのかもしれない。
しかし、こちらはその音について、こんなにも考えてしまっている。
頼むから、その指だけでも休憩させてやってくれ。
