職場に、よく話しかけてくるおばさんがいる。
いや。
「よく話しかけてくる」という表現では、少し弱い。
めちゃくちゃ絡んでくる。
僕が何かをしていると、
「あれ?」
が飛んでくる。
「あれ? どこ行くの?」
「あれ? その書類って……」
「あれ? それ手順おかしくない?」
「あれ? 今日そこ担当なの?」
あれ?
あれ?
あれ?
こっちが「あれ?」だ。
なんでそんなに僕を見ている。
僕はあなたの息子ではない。
新人でもない。
ちなみに立場は同じである。
二人とも主任だ。
年齢は向こうの方が上だが、仕事上の立場としては同じである。
なのに、ときどき僕は思う。
いつから僕の教育係になったんだ。
別に嫌いなわけではない。
ここは最初に言っておきたい。
悪い人でもない。
意地悪をしてくるわけでもない。
陰口を言われたわけでもない。
僕を困らせようとしているわけでもない。
おそらく、
悪意はゼロだ。
むしろ本人としては、親切なのだと思う。
だからこそ困る。
悪意のある人なら簡単だ。
「こいつ嫌な奴だな」
で終われる。
距離を取ればいい。
でも、親切でやっている人に対して、
「うるせえええええええええええ!!!!」
とは言いづらい。
もちろん、口には出していない。
心の中である。
表面上の僕は、
「はーい」
と言っている。
人間とは恐ろしい。
心の中では絶叫しているのに、口から出る言葉は、
「はーい」
なのである。
「今日も落ち着いて仕事しようね」
ある日、その人に言われた。
「今日も落ち着いて仕事しようね。焦ったらミスが増えます」
正しい。
何一つ間違っていない。
焦ればミスは増える。
仕事は落ち着いてやった方がいい。
百点満点のアドバイスである。
ただ僕は、心の中で思った。
いや、あなたはもう少し焦ってください。
その人は、とにかく丁寧なのだ。
めちゃくちゃ丁寧。
僕から見ると仕事はかなり遅い。
でも雑なのかと言われれば、まったく逆だ。
丁寧。
とにかく丁寧。
僕なら「これで大丈夫やろ」と次へ行くところを、まだ確認している。
そして、もう一度確認している。
まだ確認している。
いつ終わるんだ。
でも、終わったものを見るとちゃんとしている。
綺麗だ。
いや、綺麗なんかい。
だから文句も言いづらい。
たぶん僕とその人では、仕事に対する優先順位が違う。
その人は、
丁寧さ > 速さ
なのだと思う。
僕はどちらかというと、
必要な品質までできたら、さっさと終わらせたい。
もちろん雑にやればいいとは思っていない。
でも100点を取るために倍の時間を使うなら、僕は80点や90点で次へ行きたい。
だから向こうから見ると、
「そんなに急がなくてもいいのに」
なのかもしれない。
そして僕から見ると、
「急いでるんじゃない。これが普通の速度なんだ」
となる。
仕事の価値観が違う。
ただ、それだけなのだ。
どちらが絶対的に正しいという話でもない。
だから余計に難しい。
休憩中まで「あれ? どこ行くの?」
仕事中だけなら、まだ分かる。
同じ職場なのだから、確認が必要なこともある。
問題は休憩中である。
僕が立ち上がる。
すると、
「あれ? どこ行くの?」
と聞かれる。
……。
どこでもええやろ。
休憩中だぞ。
トイレかもしれない。
飲み物を買いに行くのかもしれない。
少し歩きたいだけかもしれない。
もしかしたら、
うんこかもしれない。
いちいち、
「大便へ行ってまいります。予定所要時間7分です」
と報告すればいいのだろうか。
嫌だ。
僕はそこまで自分の行動予定を共有したくない。
もちろん相手としては、ただ聞いただけだと思う。
「どこ行くの?」
たったそれだけ。
雑談みたいなものだ。
悪意なんてない。
それも分かっている。
でも、これが一日に何回も積み重なると、
うるせええええええええええ!!
となる。
一個ずつ裁判にかけたら、
全部無罪。
「どこ行くの?」
無罪。
「焦らないでね」
無罪。
「その手順大丈夫?」
無罪。
むしろ親切。
しかし、一日全部浴びると、
有罪にしたくなる。
不思議なものである。
悪い人ではない。だから余計に疲れる
僕はこの人を観察してみた。
たぶん、人を放っておけないのだ。
誰かが何かをしている。
気になる。
「あれ?」
となる。
誰かが困っていそう。
気になる。
声をかける。
誰かがいつもと違うことをしている。
気になる。
また声をかける。
本人の中では、
「気にかけてあげている」
なのかもしれない。
それ自体は悪いことではない。
むしろ職場によっては、ありがたい人だと思う。
新人が困っていても完全放置。
ミスしそうでも知らん顔。
誰にも興味なし。
そんな職場よりは、人を気にかけてくれる人がいた方がいい。
でも、人にはそれぞれ心地いい距離がある。
頻繁に声をかけてもらった方が安心する人もいる。
何かあればすぐ教えてほしい人もいる。
僕みたいに、
必要なときだけお願いします。それ以外は放っておいてください。
という人間もいる。
親切の量にも適量があるのだと思う。
水だって必要だ。
でも毎日バケツ10杯ぶっかけられたら困る。
「水は体に必要だから!」
と言われても、
今、溺れている。
そういう話である。
親切と干渉の境界線は難しい
たぶん今回の話で一番難しいのはここだ。
どこまでが親切で、どこからが干渉なのか。
これは人によって違う。
「どこ行くの?」
と聞かれても何とも思わない人もいる。
むしろ、
「コンビニ行くけど何かいる?」
と会話が始まるかもしれない。
僕は、
放っておいてほしい。
「そのやり方大丈夫?」
と聞かれて、
「気にかけてくれてありがたい」
と思う人もいるだろう。
僕は何度も続くと、
僕を信用してくれ。
と思う。
つまり、相手が悪いか僕が悪いか、そんな単純な話でもない。
相性もある。
距離感の違いもある。
仕事の価値観の違いもある。
そして僕は気づいた。
タイトルでは「職場のおばさんがうざい」と書いているが、
よく考えたら、
若い女でもうざい。
おっさんでもうざい。
若い男でもうざい。
毎日「あれ?」「あれ?」と言われ続けたら、たぶん誰でもうざい。
なんだ。おばさん関係ないやん。
問題は年齢でも性別でもない。
僕が苦手なのは、
必要以上にこちらの行動へ入ってくる人
なのだ。
じゃあ、どうすればいいのか
とはいえ、職場である。
「もう話しかけないでください」
と言うわけにもいかない。
喧嘩したいわけでもない。
仕事上、必要なコミュニケーションは取らなければならない。
僕だって、本当に間違っていたら教えてほしい。
必要な報告もする。
挨拶もする。
ただ、
必要のない会話まで全部受け取る必要はない。
そこで僕は、いろいろ試した。
そして現在。
ほとんど絡まれなくなった。
僕には効果があった。
なので、僕なりの対処法を書いてみようと思う。
① 会話を強制シャットアウトする
これが基本である。
相手から話しかけられたとき、会話を育てない。
「今日も落ち着いて仕事しようね」
「はーい」
終了。
「ちゃんと確認してね」
「はーい」
終了。
ここで、
「そうですよね。この前もちょっと焦っちゃって、それで――」
と続けてはいけない。
自分で延長戦を始めている。
相手がボールを投げてきた。
一回受け取る。
そして、
地面に置く。
投げ返さない。
これだけでいい。
② 絶妙に面倒くさそうな「はーい」を使う
ここには注意点がある。
「はいっ!ありがとうございます!」
ではダメだ。
元気がよすぎる。
営業中である。
「そうですよねー!気をつけます!」
これもダメ。
シャッター全開。
相手からすれば、
「この人は私と話すのを嫌がっていない」
となる。
僕がおすすめするのは、
「はーい」
である。
ポイントは、
0.3くらい面倒くさそうに言う。
怒ってはいけない。
「はぁ?」
まで行くと喧嘩になる。
無視もしない。
ただ、
「聞こえています」
「理解しました」
「でも、この話はここで終わりです」
この三つを、
「はーい」の三文字に詰め込む。
語尾は伸びている。
しかし、
会話は伸びない。
素晴らしい。
③ 最終兵器「ウィス」
「はーい」でも終わらないときがある。
そんなとき、僕にはもう一つ武器がある。
「ウィス」
である。
「焦ったらミス増えるからね」
「ウィス」
「ちゃんと確認してね」
「ウィス」
「昨日も言ったけど――」
「ウィス」
圧倒的に情報量が少ない。
質問もない。
感想もない。
相手への興味もない。
ただ、聞こえたことだけは伝わる。
そして僕は、この「ウィス」を質問にも使う。
「あれ? どこ行くの?」
「ウィス」
そのまま歩く。
どこに行くのか。
一切答えていない。
でもいい。
僕は「どこ行くの?」と聞かれたからといって、必ず行き先を説明しなければならないわけではない。
答える必要のない質問なら、質問の形式に従わなくてもいい。
「ウィス」
これは返答ではない。
受領確認である。
「あなたが何か言ったことは確認しました」
以上。
相手は思うかもしれない。
いや、どこ行くねん。
知らん。
僕はもういない。
④ ペコペコしない。堂々としておく
これも大事だった。
何か言われるたびに、
「あ、すみません」
「すみません、気をつけます」
「ありがとうございます」
とペコペコしない。
もちろん、本当にミスをしたなら謝る。
助けてもらったら、お礼も言う。
それは普通のことだ。
でも、何も悪いことをしていないのに、
反射的に「すみません」と言う必要はない。
「あれ? それ手順おかしくない?」
と言われた。
確認する。
自分のやり方で問題ない。
なら、
「大丈夫でーす」
でいい。
なぜ謝る。
僕、何したんだ。
しかも立場は同じ主任である。
年齢は上。
それはそう。
でも、
年上=上司ではない。
年齢が上だからといって、僕の主任が突然「主任補佐」に降格するわけではない。
普通に対等でいい。
偉そうにする必要はない。
胸を張って威嚇する必要もない。
ただ、
普通に堂々としていればいい。
⑤ 気に入られようとしない。むしろ少しくらい嫌われてもいい
ネットで人間関係の対処法を調べると、
「相手に感謝を伝えましょう」
「相手の良いところを見つけましょう」
「相手を立てましょう」
「良好な関係を築きましょう」
みたいな話がよくある。
なるほど。
僕はいらない。
今回、僕が欲しいのは、
良好な関係ではなく、適度な距離である。
もちろん嫌がらせをする必要はない。
わざと傷つける必要もない。
でも、気に入られる努力もしなくていい。
そもそも僕が困っている理由は、
構われすぎていることなのだ。
そこで、
「いつも気にかけてくださってありがとうございます!」
なんてやったらどうなる。
相手からすれば、
「この人、声をかけると喜んでくれるんだ」
となるかもしれない。
さらに構われる努力をしてどうする。
だから僕は、少しくらい嫌われてもいいと思っている。
正確には、
嫌われることを恐れない。
「あの人、ちょっと愛想ないな」
くらいでいい。
「話しかけてもあんまり広がらんな」
と思われたら、
むしろ成功である。
目指すのは、
嫌な奴ではない。
絡みがいのない奴だ。
⑥ 「この人に嫌われても困らない」状態を作っておく
ただし、嫌われてもいいと思うためには条件がある。
その人に依存しないことだ。
仕事で分からないことがある。
その人にしか聞けない。
必要な情報もその人からしか入ってこない。
困ったときも、その人に助けてもらわないと何もできない。
これでは嫌われるのが怖くなる。
当然だ。
だから、
「この人に嫌われても、僕の仕事は普通に回る」
という状態を作っておく。
他にも聞ける人を作る。
必要なルールは自分でも理解しておく。
誰か一人だけに依存しない。
これは別に、職場中のみんなと仲良くなれという話ではない。
僕はそんなことをしたくない。
ただ、
一人の機嫌で自分の仕事が左右される状態を作らない。
それだけだ。
そうすると、ペコペコする必要がなくなる。
「嫌われたらどうしよう」
ではなく、
「まあ、嫌われても仕事はできるしな」
になる。
この差は大きい。
⑦ 自分から頼りすぎない
世話を焼いてくる人に、こちらから何でも相談するのもやめた。
「これどうしたらいいですか?」
「あれってどうなんですか?」
「これ大丈夫ですか?」
何でも聞いていると、
相手の中で、
「この人は私が見てあげないと」
という関係が完成してしまうかもしれない。
もちろん分からないことは聞く。
仕事なのだから、勝手な判断でミスするより聞いた方がいい。
でも、自分で分かることまで全部聞かない。
自分で判断できることは、自分で判断する。
必要なときだけ頼る。
自分から教育係を作らない。
⑧ 物理的に距離を取る
精神論だけではどうにもならないこともある。
なら、
離れればいい。
休憩中なら、少し場所を変える。
仕事が終わったら、その場に残らない。
用事が済んだら移動する。
そして話しかけられても、必要がなければ立ち止まらない。
「あれ? どこ行くの?」
「ウィス」
歩行続行。
ここで立ち止まって、
「えっとですね、ちょっとトイレに行こうかなと思ってて、そのあと飲み物も買おうかなと……」
なんて始めたら、
会話会場が設営される。
椅子まで並び始める。
設営させてはいけない。
歩く。
僕には目的地がある。
たとえ目的地が、
うんこでも。
堂々と行けばいい。
⑨ 情報を渡さない
これもかなり大事だった。
絡んでくる人に、自分の情報を必要以上に渡さない。
「昨日何してたの?」
「特に何もしてないっす」
「休みの日どこ行くの?」
「まあ、適当に」
「最近どう?」
「普通っすね」
情報量、
ほぼゼロ。
なぜなら、自分の情報は、
次に話しかける材料になるからだ。
「昨日あんまり寝てなくて」
と言えば、
次の日、
「昨日ちゃんと寝た?」
が生まれる。
「最近ちょっと腰が痛くて」
と言えば、
「腰、大丈夫?」
が生まれる。
「昨日、本屋行ってきて」
と言えば、
「どこの本屋?」
「何買ったの?」
「本好きなの?」
と、新しい扉が次々開く。
全部、悪意はない。
むしろ親切だ。
だから困る。
自分から新しい「あれ?」を製造する材料を渡さない。
必要な情報は伝える。
でも、それ以上は渡さなくていい。
⑩ 相手の機嫌を取らない
そして、これもかなり大事だと思う。
少し冷たく返したあと、
「あれ、感じ悪かったかな」
と考えない。
「嫌われたかな」
と確認しない。
次の日になって、
「昨日ちょっと冷たかったから、今日は愛想よくしよう」
としない。
せっかく閉めた店を、自分から翌朝オープンするな。
昨日、
「はーい」
でシャッターを閉めた。
今日、
「おはようございます!」
挨拶は普通にする。
それでいい。
でも、
「昨日はすみませんでした。ちょっと疲れてて……」
なんて説明はいらない。
昨日の「ウィス」を謝罪する必要もない。
嫌われてもいいと思うなら、
嫌われたかどうかまで確認しない。
相手が僕をどう思うか。
それは相手の自由だ。
僕が管理することではない。
僕は僕の仕事をする。
必要な会話をする。
挨拶をする。
それで十分だ。
本当に間違っていたら、普通に聞けばいい
ここまで書くと、
「何を言われても全部無視するのか」
と思われるかもしれない。
もちろん違う。
「あれ? その手順違わない?」
と言われて確認する。
本当に僕が間違っている。
なら、
「あ、ほんまや。ありがとうございます」
でいい。
直す。
終わり。
意地を張る必要はない。
僕が欲しいのは自由であって、
間違い続ける権利ではない。
正しい指摘まで、
「ウィス」
で突破して事故を起こしたら、ただのアホである。
相手の言葉が正しいかどうかと、
その人に頻繁に絡まれて疲れることは、
別の問題だ。
必要なものは受け取る。
いらないものは受け取らない。
それくらいでいい。
そして、本当に絡まれなくなった
僕はこんな感じの対応を続けた。
「今日も落ち着いてね」
「はーい」
「それ大丈夫?」
「大丈夫でーす」
「どこ行くの?」
「ウィス」
ペコペコしない。
必要以上に説明しない。
質問を返さない。
自分から頼りすぎない。
情報を渡しすぎない。
機嫌も取らない。
そして、
気に入られようとしない。
すると、あるとき気づいた。
最近、
ほとんど絡まれていない。
「あれ?」
が減った。
僕が立ち上がっても、何も言われない。
僕が仕事をしていても、以前ほど口を挟まれない。
平和だ。
ついに僕は、
「こいつに絡んでもおもんない」
という認定を受けたのかもしれない。
嬉しい。
社会人として正しい評価なのかは知らない。
でも、
僕の勝ちである。
相手を変えたわけではない。
「もっと僕を放っておいてください」
と説教したわけでもない。
喧嘩もしていない。
ただ、
僕が絡みがいのない人間になった。
それだけだった。
ところが、新入社員に鬼絡みしている
平和になった。
そう思っていた。
ある日、少し離れたところを見ると、その人が誰かと話していた。
新入社員だった。
「あれ?」
聞こえてくる。
「あれ、それは?」
また聞こえる。
何かを説明している。
さらに説明している。
まだ説明している。
めちゃくちゃ絡んでいる。
おい。
僕にしていたやつ全部そっち行ったんかい。
そこで、僕はようやく分かった。
別に僕だけが特別気になっていたわけではないのだ。
たぶん本当に、
人を放っておけない人なのだ。
僕への絡みが減ったからといって、その人の性格が変わったわけではない。
僕という場所から、
別の場所へ移っただけだった。
新入社員を見る。
なんとなく、
顔が引きつっているように見えた。
もちろん、本当に嫌がっていたのかは分からない。
緊張していただけかもしれない。
真剣に話を聞いていただけかもしれない。
僕が勝手にそう見えただけかもしれない。
でも、そのとき、
目が合った。
僕は静かに頷いた。
新入社員も、
静かに頷いた。
言葉はない。
何の確認もしていない。
あの頷きが何を意味していたのか、僕には分からない。
「分かってくれますか」
だったのかもしれない。
あるいは、
「お前、見てないで助けろよ」
だったのかもしれない。
僕は心の中で言った。
がんばれ。
そして、
助けには行かなかった。
薄情な先輩である。
だって僕は、
ようやく平和を手に入れたのだ。
ここで近づいたら、
僕まで再捕獲されるかもしれない。
すまない、新入社員くん。
君ならできる。
まずは、
「はーい」
を覚えるんだ。
それでもダメなら、
「ウィス」だ。
嫌われないことより、自分の快適さを守る
職場では、どうしても人間関係がある。
全員と仲良くできれば、それは素晴らしいことなのかもしれない。
でも僕は、全員に好かれる必要はないと思っている。
嫌われないように。
怒らせないように。
機嫌を損ねないように。
そんなことばかり考えていると、
自分の方が疲れてしまう。
もちろん仕事だから、最低限の礼儀は必要だ。
挨拶をする。
必要な報告をする。
困ったら聞く。
助けてもらったらお礼を言う。
自分が悪ければ謝る。
それで十分ではないだろうか。
それ以上に、
「この人に好かれておかなければ」
まで背負う必要はない。
今回の人だって、僕は嫌いではない。
たぶん、いい人だと思う。
丁寧だし、人を気にかける。
困っている人を放っておけないのかもしれない。
そういうところに助けられる人だって、きっといる。
ただ、
僕には量が多かった。
それだけだ。
人間関係というのは、善人と悪人に分けられるほど単純ではない。
いい人だけど、一緒にいると疲れる。
親切だけど、少し放っておいてほしい。
嫌いではないけど、距離は取りたい。
そんな関係だって普通にある。
だから僕は、相手を悪人にするのをやめた。
そして同時に、
自分が我慢するのもやめた。
相手を変えなくていい。
自分も無理に相手へ合わせなくていい。
ただ、
自分が心地いいところまで、
一歩、距離を取ればいい。
「あれ? どこ行くの?」
「ウィス」
僕はそのまま歩いていく。
どこへ行くのかは、
言わない。
僕には僕の行き先がある。
そして最近、
その声すらほとんど飛んでこなくなった。
少し離れたところでは今日も、
新入社員が捕まっている。
目が合った。
僕は静かに頷く。
がんばれ。
心の中で応援しながら、
僕は自分の仕事へ戻った。
