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一人ビジネスホテルが好き。どこも同じなのに、なぜこんなにワクワクするのか。

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たまに、一人でビジネスホテルに泊まりたくなる。

別に出張ではない。

仕事もない。

どうしても行きたい観光地があるわけでもない。

ただ、少し遠くへ行って、知らない街を歩いて、ビジネスホテルに泊まりたくなる。

そして夜になったら、スーパーかコンビニで酒と食べ物を買って、部屋で一人で飲む。

本も持っていく。

これが、妙に楽しい。

何がそんなに楽しいのかと聞かれると、少し困る。

高級ホテルではない。

温泉があるわけでもない。

部屋に露天風呂がついているわけでもない。

窓から海が見えるわけでもない。

正直に言ってしまえば、ビジネスホテルなんて、どこもそんなに変わり映えしない。

ベッドがある。

小さな机がある。

テレビがある。

小さな冷蔵庫がある。

ユニットバスがある。

電気ケトルがある。

窓を開ければ絶景。

とは限らない。

隣のビルの壁だったりする。

それでも僕は、ビジネスホテルの部屋のドアを開ける瞬間、少しワクワクする。

カードキーをかざす。

ピッ。

ガチャ。

ドアを開ける。

「おお。今日はここか」

何がおお、なのだろう。

昨日まで知らなかっただけの、ごく普通の部屋である。

でも、その「知らなかった」ということが、どうやら大事なのだと思う。

今日はここが、僕の部屋になる。

明日の朝まで。

その感じが好きなのだ。

目次

行きたい場所があるから行くわけではない

普通、旅行には目的地がある。

あの観光地を見たい。

あの美術館へ行きたい。

あの店で食べたい。

だから電車を予約して、ホテルを取る。

僕の場合は、たまに順番がおかしくなる。

なんとなく、

「ビジネスホテルに泊まりたいな」

と思う。

そこから、

「じゃあ、どこ行こう」

と考える。

ホテルが先なのである。

もちろん、せっかく知らない街へ行くのだから、観光もする。

有名な神社があれば行く。

城があれば見る。

商店街があれば歩く。

気になる本屋があれば入る。

川があれば、なんとなく眺める。

でも、絶対に行きたいわけではない。

基本的には、

せっかくだし。

僕の観光に対する情熱は、だいたいこの五文字でできている。

だから予定もあまり決めない。

朝から何時にここへ行って、その次はここ、昼はこの店で、午後はここ。

そんなふうに詰め込まない。

その日に行きたくなったら行けばいい。

行きたくなかったら行かなければいい。

本でも読んでおけばいい。

せっかく旅行へ来たのに?

いいのだ。

僕は観光地をすべて回るために来たわけではない。

何ならホテルのベッドで二時間本を読んでもいい。

昼寝してもいい。

知らない街の喫茶店でぼーっとしてもいい。

この旅には、取りこぼしというものがない。

何も決めていないのだから、予定を達成できなかったという失敗もない。

少し遠くへ行く。

でも、そんなに遠くまでは行かない。

大移動ではない。

知らない街だと思えるくらい、日常から離れれば十分だ。

だから、あまり疲れない。

旅行から帰ってきて、

「楽しかった。でも、めちゃくちゃ疲れた」

となることがある。

朝から晩まで観光地を回って、一日に二万歩くらい歩いている。

旅行なのに、何かの競技みたいになっている。

もちろん、そういう旅行も楽しい。

でも、僕が定期的にやりたいのは、もっと小さな旅だ。

知らない駅で降りる。

適当に歩く。

気になるものがあったら見る。

疲れたら休む。

そして15時を過ぎたあたりから、僕の心はだんだんホテルへ向かい始める。

観光地の説明を読みながら、

「もうチェックインできるな」

と思っている。

すまない。

今日のメインイベントは、まだ始まっていないのだ。

知らない街を歩く

知らない街を歩くのが好きだ。

別に何かがある必要はない。

むしろ、普通の街でもいい。

駅前。

商店街。

住宅街。

スーパー。

コンビニ。

昔からありそうな喫茶店。

地元の人しか使わなさそうな道。

普段なら何とも思わないものなのに、知らない街にあるだけで少し気になる。

「あの道、どこにつながってるんやろ」

と思う。

曲がってみる。

特に何もない。

それでいい。

旅行というと、名所を見るものだと思ってしまう。

でも僕は、その街の「何でもないところ」を歩いている時間も好きだ。

観光地には、その街が見せたいものがある。

でもスーパーには、その街で暮らしている人の日常がある。

夕方になれば、仕事帰りの人が惣菜を見ている。

学生が飲み物を買っている。

家族が晩ご飯の材料を選んでいる。

僕はその中に混ざって歩く。

昨日まで存在すら意識していなかった街なのに、少しだけその街の生活に入り込んだような気がする。

もちろん、僕は住民ではない。

明日には帰る。

でも今日だけは、この街に部屋がある。

それがいい。

そして、ホテルへ向かう

チェックインする。

名前を書く。

カードキーをもらう。

エレベーターに乗る。

廊下を歩く。

自分の部屋番号を探す。

この時間も好きだ。

503。

あった。

カードキーをかざす。

ピッ。

ドアを開ける。

部屋に入る。

まず荷物を置く。

そして、なぜか一通り確認する。

ベッド。

机。

テレビ。

冷蔵庫。

風呂。

窓。

別に確認したところで何かが変わるわけではない。

でも見る。

冷蔵庫なんて、開けたところで空である。

それでも開ける。

「うん、冷蔵庫」

知っている。

そしてベッドに座る。

場合によっては、そのまま一回寝転ぶ。

「よし」

何がよしなのかは分からない。

ただ、よしなのである。

正直、家の方が快適だ。

家の方が広い。

冷蔵庫も大きい。

風呂も慣れている。

枕も自分のものだ。

Wi-Fiのパスワードを探す必要もない。

条件だけを並べれば、完全に家の勝ちである。

それでも、この小さな知らない部屋が楽しい。

不思議だ。

「せっかくだから、飲食店に行けよ」

さて。

ここからが本番である。

夕方になったら、僕はホテルを出る。

向かうのは、スーパーかコンビニ。

今夜の晩酌を買うためだ。

すると、こう思う人もいるだろう。

「せっかく旅行に来たんだから、地元の飲食店に行けよ」

そう。

君の気持ちも分かる。

僕だって、旅行先でその土地の名物を食べる楽しさは知っている。

有名な居酒屋へ行く。

地元の料理を食べる。

地酒を飲む。

それは絶対に楽しい。

分かる。

でも、違うんだ。

今回のメインは、これなのだ。

僕はビジネスホテルの部屋で晩酌をしたいのである。

そのために、今、知らない街のスーパーを歩いている。

ここからは結構真剣だ。

刺身。

唐揚げ。

焼き鳥。

寿司。

ポテトサラダ。

枝豆。

お菓子。

カップ麺。

全部買えばいいわけではない。

今夜の僕を最も幸せにする布陣を考えなければならない。

せっかく遠くまで来たのだから、その土地らしいものも食べたい。

地元の魚があれば気になる。

見たことのない惣菜も気になる。

でも結局、

「唐揚げ、うまそうやな」

となる。

旅情は唐揚げに負ける。

酒も選ぶ。

ビールにするか。

ハイボールにするか。

チューハイにするか。

一本でいいか。

いや、もう一本欲しくなったときに、またホテルを出るのは面倒だ。

二本買っておこう。

お菓子も一つ。

いや、これはいらないか。

でもホテルで食べたくなるかもしれない。

入れておこう。

こうして予定より少しずつ宴が大きくなっていく。

僕は何をしにこの街まで来たのだろう。

たぶん、これをしに来た。

「それ、家でもできるやん」

ホテルへ戻る。

そして風呂に入る。

ここは重要だ。

先に風呂を済ませてしまう。

部屋着になる。

もう今日は外へ出ない。

この状態を完成させる。

テレビをつける。

買ってきたものを、小さな机に並べる。

冷蔵庫から酒を出す。

さて。

ここでも、また君は言いたくなるだろう。

「それ、家でもできるやん」

いや、違うんだ。

聞いてくれ。

確かにできる。

家でも酒は飲める。

スーパーの惣菜も食べられる。

テレビも見られる。

本も読める。

なんなら家の方が快適だ。

さっきも言った。

分かっている。

僕もそこまで馬鹿ではない。

でも、違う。

家でスーパーの唐揚げを机に置いて、缶ビールを開ければ、それは普通の晩ご飯だ。

ところが、知らない街を一日歩いて、知らないスーパーで酒と惣菜を買い、知らないビジネスホテルへ帰って、風呂に入って、部屋着になって、小さな机に全部並べる。

そして、

プシュッ。

同じ缶ビールなのに、急に宴になる。

場所が変わっただけだ。

酒の味は変わっていない。

唐揚げも、おそらく家の近所で買ったものと大差ない。

でも、僕の状況がまるで違う。

今日はもう帰らなくていい。

電車にも乗らなくていい。

終電も気にしなくていい。

会計もない。

店を出る必要もない。

なぜなら、

もう帰っているからだ。

これが最高なのである。

酒を一口飲む。

唐揚げを食べる。

テレビを見る。

また飲む。

刺身を食べる。

スマホを見る。

少し本を読む。

また飲む。

誰にも急かされない。

「次、どこ行く?」

もない。

「もう一軒行く?」

もない。

ラストオーダーもない。

僕が飽きたときが閉店時間である。

そして閉店しても、ベッドまで数歩だ。

こんな便利な飲み屋があるだろうか。

ビジネスホテルで、ビジネスをしない

夜のビジネスホテルには、いろいろな人がいる。

エレベーターでスーツ姿の人と一緒になることがある。

大きな鞄を持った人もいる。

仕事帰りらしい人もいる。

ビジネスホテルというくらいなのだから、仕事で泊まっている人も多いのだろう。

明日の商談のために来た人。

会議のために来た人。

出張で何日も泊まっている人。

部屋へ戻ったあと、パソコンを開いている人もいるかもしれない。

明日のプレゼン資料を確認している人もいるかもしれない。

僕には、プレゼンの資料はない。

持っているのは、本だけだ。

パソコンを開く必要もない。

明日の会議もない。

朝一番で取引先へ行く必要もない。

今夜、僕が確認しなければならないものといえば、冷蔵庫の酒がちゃんと冷えているかどうかくらいである。

隣の部屋では誰かが、

「明日の資料、これで大丈夫かな」

と考えているかもしれない。

僕は、

「唐揚げ、あと二個あるな」

と考えている。

同じビジネスホテルの夜である。

なんだか少し申し訳ない。

いや、別に悪いことはしていない。

宿泊代も払っている。

堂々と飲もう。

そもそも僕は、この「ビジネスホテルでビジネスをしない」という感じも好きなのかもしれない。

仕事のために作られたような簡素な机。

そこにノートパソコンではなく、酒と唐揚げと本を置く。

明日に備えるための部屋で、今日を楽しんでいる。

それが妙に楽しい。

本は、隠れたメインイベントだ

この旅には、必ず本を持っていく。

着替え。

充電器。

財布。

そして、本。

何を持っていくか考える時間から、少し楽しい。

旅先で読むなら、どんな本がいいだろう。

知らない街のホテルで読むことを考えながら一冊選ぶ。

これも、この旅の準備の一部だ。

ホテルにチェックインした直後、ベッドに寝転んで読むこともある。

晩酌のあと、テレビの音を少し小さくして読むこともある。

翌朝、コーヒーを飲みながら読むこともある。

もちろん、本なんて家でも読める。

また君が何か言いたそうだ。

分かっている。

さっきから正論ばかり言うな。

同じ本である。

家で読んでも、ホテルで読んでも、文章は一文字も変わらない。

でも、知らない街の知らない部屋で読むと、少し違って感じる。

窓の外には、知らない街がある。

手元には、知らない物語がある。

現実でも少し遠くへ来て、物語の中でも別の場所へ行く。

二重に旅をしているような感じがする。

酒を一口飲む。

本を読む。

また酒を飲む。

ページをめくる。

最高だ。

ただし、酒を飲みすぎると同じところを何度も読むことになる。

三ページ進む。

内容が分からない。

二ページ戻る。

また読む。

これも旅である。

たぶん。

家には、僕の日常が置いてある

では、なぜ家では駄目なのだろう。

ここがずっと不思議だった。

家の方が快適なのに。

同じ酒が飲めるのに。

同じ本が読めるのに。

わざわざ電車に乗って、金を払って、家より狭い部屋へ行く。

冷静に考えると、かなりおかしなことをしている。

でも、最近少し分かってきた。

家には、僕の日常が置いてある。

服がある。

荷物がある。

パソコンがある。

やりかけのものがある。

いつもの景色がある。

いつもの生活がある。

部屋にいるだけで、昨日までの自分と今日の自分がつながっている。

それが悪いわけではない。

当然だ。

家なのだから。

でも、知らない街のビジネスホテルには、それがない。

昨日の僕がいない。

この部屋で失敗したこともない。

この机で悩んだこともない。

ここで仕事をしたこともない。

洗濯物もない。

やりかけの何かもない。

僕の生活の痕跡が、ほとんど何もない。

あるのは、今日持ってきた荷物だけだ。

それが妙に軽い。

ホテルの部屋が小さいからではない。

そこに置かれている「僕」が少ないのだと思う。

遠くまで来た距離も、たぶん必要なのだ

家の近所のビジネスホテルでも同じことができるだろうか。

たぶん、少し違う。

僕にとっては、ある程度の距離も必要なのだと思う。

ものすごく遠くなくていい。

でも、いつもの生活圏から少し離れたい。

電車に乗る。

いつもの駅を通り過ぎる。

知っている景色が減っていく。

知らない駅名が増えていく。

乗っている時間の分だけ、日常から少しずつ離れていく。

この移動があるから、ホテルへ着いたときに、

「来たな」

と思える。

距離には、不思議な力がある。

何十キロ離れたから人間が変わるわけではない。

もちろん、僕は僕のままだ。

でも、いつもの場所から物理的に離れることで、いつもの自分とも少し距離ができる。

仕事場はここにはない。

いつもの道もない。

いつものスーパーもない。

僕を知っている人も、たぶんいない。

誰も僕を待っていない。

明日どこへ行くかも決まっていない。

そういう場所に自分を置くと、頭の中まで少し静かになる。

知らない場所では、思考まで少し違う

毎日同じ場所で暮らしていると、思考にも「いつもの道」ができるのかもしれない。

同じ部屋。

同じ駅。

同じ道。

同じ景色。

そこで考えていると、昨日考えていたことの続きを、今日も考えている。

もちろん、それが悪いわけではない。

生活とはそういうものだ。

でも、たまに知らない街へ行くと、その道から少し外れる。

知らない駅で降りる。

知らない道を歩く。

知らない店を見る。

「この道、どこにつながってるんやろ」

と思う。

曲がる。

何もない。

でも、そんなことをしているうちに、普段とは違うことを考えている。

この商店街、昔はもっと人がいたのかな。

この川はどこまで続いているんだろう。

この古い家には誰が住んでいるんだろう。

どうでもいい。

本当にどうでもいい。

でも、そのどうでもいいことを考えている時間がいい。

いつもの問題について考えていないからだ。

頭の中まで、知らない道を歩いている。

凝り固まっていた思考が、知らない場所や空間に触れて、少しずつほぐされていく。

別に、人生の答えが見つかるわけではない。

ビジネスホテルに一泊したくらいで悟りを開いたら、それはそれで怖い。

翌日には普通に帰る。

またいつもの生活が始まる。

でも、それでいい。

全部を変える必要なんてない。

少しだけ場所を変える。

すると、少しだけ見え方が変わる。

そのくらいが、ちょうどいい。

僕は、非日常的なことをしたいわけではないのかもしれない

考えてみれば、この旅でやっていることは、ほとんど日常である。

歩く。

スーパーへ行く。

酒を買う。

晩ご飯を食べる。

本を読む。

テレビを見る。

風呂に入る。

寝る。

何一つ、すごいことをしていない。

スカイダイビングもしない。

絶景の露天風呂にも入らない。

星付きレストランにも行かない。

むしろ、

「それ家でやれよ」

と言われそうなことばかりしている。

でも、たぶん僕が欲しいのは、非日常的な体験ではない。

日常的なことを、非日常の場所でしたいのだ。

知らない街で歩く。

知らないスーパーで買い物をする。

知らない部屋で酒を飲む。

知らないベッドで本を読む。

やっていることは生活なのに、自分の生活ではない。

一晩だけ、別の街で別の生活を借りているような感覚。

これが、僕をワクワクさせるのかもしれない。

一万円くらいで、知らない一日を買う

この旅には、そんなに大金もいらない。

場所や時期にもよるけれど、安いビジネスホテルを探して、電車で少し遠くへ行く。

スーパーで酒と食べ物を買う。

一万円くらいあればできることも多い。

もちろん、もっと安くなることもあれば、高くなることもある。

でも、少なくとも僕にとっては、大げさな旅行ではない。

何か月も前から計画する必要もない。

長い休みもいらない。

大量の荷物もいらない。

着替えと、必要なものと、本。

それくらいでいい。

一万円あれば、いろいろなものが買える。

服も買える。

ちょっといいものも食べられる。

欲しかった何かを買える。

僕はたまに、その一万円で、

知らない一日を買う。

翌日には何も残らない。

ホテルの部屋は返す。

酒は飲んでしまう。

唐揚げもなくなる。

電車に乗って家へ帰る。

手元に残るのは、持ってきた本くらいだ。

それでもいい。

知らない道を歩いたこと。

ホテルの窓から見た、どうでもいい景色。

知らないスーパーで何を買うか迷ったこと。

小さな机で酒を飲んだこと。

本を読んだこと。

そんなものが少し残る。

物ではない。

でも、僕にはそれで十分だ。

何もしないことが失敗にならない旅

翌朝。

目が覚める。

一瞬、

「ここどこや」

となる。

カーテンを開ける。

知らない街がある。

この瞬間も好きだ。

昨日までは名前くらいしか知らなかった街で、自分が朝を迎えている。

コーヒーを飲む。

本を開く。

今日はどうしよう。

近くに有名な観光地があるらしい。

行ってみようかな。

でも、本の続きも読みたい。

さて。

そのときの気分で決めればいい。

行きたくなければ、行かない。

本を読んでおけばいい。

「せっかくここまで来たのに」

とは、なるべく思わない。

この旅では、何もしないことも予定のうちだからだ。

いや、予定すらない。

何もしないことが失敗にならない。

それがいい。

観光地を三つ回ったから成功。

一つしか回れなかったから失敗。

そんな採点をしなくていい。

ホテルで本を読んで終わった。

それでもいい。

知らない街のスーパーしか行かなかった。

それでもいい。

何なら、そのスーパーが一番面白かったかもしれない。

旅行まで効率よくしなくていい。

僕は別に、この街を攻略しに来たわけではない。

ただ少し、いつもの場所から離れに来ただけだ。

だから僕は、定期的にこの旅をする

チェックアウトの時間が来る。

荷物をまとめる。

忘れ物がないか確認する。

昨日、あれだけ「今日はここが僕の部屋だ」と思っていた場所を出る。

カードキーを返す。

それで終わり。

数時間後には、また別の誰かがあの部屋に泊まるのだろう。

昨日まで僕のものだった部屋は、もう僕のものではない。

そもそも最初から僕のものではない。

一晩借りていただけだ。

それがいい。

ずっと続かないから、特別なのかもしれない。

家に帰れば、いつもの生活がある。

いつもの道。

いつもの部屋。

いつもの自分。

それも嫌いではない。

だからこそ、ときどき離れたくなる。

知らない街を歩く。

知らない道を曲がる。

知らない部屋のドアを開ける。

スーパーで酒とつまみを選ぶ。

小さな机に並べる。

風呂に入る。

部屋着になる。

プシュッと酒を開ける。

本を読む。

眠くなったら寝る。

たったそれだけ。

何かを成し遂げる旅ではない。

人生を変える旅でもない。

自分探しでもない。

僕は自分を探していない。

ちゃんとここにいる。

ただ、同じ場所にずっといると、頭の中まで同じ形に固まっていくことがある。

だから、少しだけ場所を変える。

知らない場所に自分を置く。

すると、いつもの自分が少し薄くなる。

知らない街を見て、知らないことを考える。

凝り固まっていたものが、少しだけほぐれる。

その程度でいい。

だから僕は、定期的にこの旅をする。

次にどこへ行くかは、まだ決めていない。

別に、どうしても行きたい観光地もない。

それでいい。

少し遠くに、知らない街があればいい。

普通のビジネスホテルがあればいい。

近くにスーパーがあれば、なおいい。

荷物も少なくていい。

僕にはプレゼンの資料はない。

持っていくのは、本だけだ。

そして夜になったら、酒を買う。

ホテルへ戻る。

風呂に入る。

小さな机に、今夜の宴を並べる。

窓の外には、知らない街。

正直、部屋はいつものビジネスホテルとほとんど変わらない。

ベッドがあって。

机があって。

テレビがあって。

冷蔵庫がある。

それなのに、なぜかワクワクする。

たぶん、次もドアを開けた瞬間、僕は言うのだろう。

「おお。今日はここか」

そして冷蔵庫を開ける。

何も入っていない。

知っている。

そこに、買ってきた酒を入れる。

本をベッドの横に置く。

準備完了。

今夜も、僕には仕事がない。

プレゼンもない。

会議もない。

あるのは、知らない街と、一冊の本と、冷えた酒だけだ。

それでいい。

いや。

それがいい。

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