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人に舐めた態度を取る人って、どういう心理なんだろう。

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最近、自分が人に舐めた態度を取っていることに気づいた。

相手は上司だった。

別に喧嘩をしたわけではない。

「お前なんか上司として認めない!」

なんて言ったわけでもない。

そもそも、そんな熱い展開は僕の人生にはない。

ただ、ふと自分の態度を振り返ったときに思った。

あれ。僕、この人のこと舐めてないか。

返事が雑になる。

何かを言われても、素直に「はい」とは思わない。

「なんで?」

と思う。

ときには、そのまま聞く。

心の中ではもっとひどい。

何してんねん、こいつ。

普通にそう思っていた。

たまにではない。

結構思っていた。

何か変なことをしている。

「何してんねん、こいつ」

よく分からない指示を出している。

「何言ってんねん、こいつ」

さっきと言っていることが違う。

「またか、こいつ」

もう完全に「こいつ」だった。

上司である。

一応。

でも、僕の心の中では「こいつ」になっていた。

これはもう、たぶん舐めている。

そこで少し気になった。

そもそも、人を舐めるって何なんだろう。

そして、なぜ人はわざわざ舐めた態度を取るんだろう。

目次

「舐める」って、ただ腹が立っているのとは違う

最初は、単純に腹が立っているだけなのかと思った。

でも、どうも違う。

腹が立つというのは感情だ。

たとえば、尊敬している人から理不尽なことを言われても腹は立つ。

「いや、それはおかしいやろ」

と思う。

でも、その人への尊敬までなくなるとは限らない。

今日は腹が立った。

でも明日になれば普通に話している。

これはよくある。

不機嫌とも違う。

寝不足だった。

仕事で嫌なことがあった。

お腹が空いている。

なんとなく機嫌が悪い。

そういうとき、人は返事が短くなったり、あまり喋らなくなったりする。

でも、それは相手を馬鹿にしているわけではない。

ただ機嫌が悪いだけだ。

ところが「舐める」には、もう少し相手への評価が入っている気がする。

この人、大したことないな。

この人の言うこと、そんなに真剣に聞かなくていいな。

この人にどう思われても別にいいな。

そういうものが混ざっている。

つまり、

「腹が立つ」は自分の感情。

「舐める」は相手への評価。

なのかもしれない。

だから、腹が立っていなくても人を舐めることはできる。

実際、僕も毎回怒っていたわけではない。

むしろ途中からは、そんなに腹も立っていなかった。

「またなんか言ってるわ」

くらいだった。

これは怒りより、ある意味ひどい。

怒るほどでもなくなっている。

期待していないからだ。

人を舐める=弱い相手を馬鹿にする、だと思っていた

「人を舐める」と聞くと、僕は最初、弱そうな相手に強く出る人を想像した。

「こいつなら言い返してこない」

「こいつなら雑に扱っても大丈夫」

「どうせ何もできない」

そんな感じだ。

後輩や部下にだけ偉そうにする人もいる。

上司には、

「はい! 分かりました!」

と元気よく返事をするのに、後輩には、

「それやっといて」

と雑になる。

僕はこういう感覚があまり分からない。

後輩だろうが、新人だろうが、普通に接したらいいと思う。

経験が少ないことと、人として雑に扱っていいことは全く別だ。

知らないなら教えればいい。

仕事がまだできないなら、できるようになるまで教えればいい。

それだけだ。

立場が下だからといって、

「こいつの意見なんて聞かなくていい」

「多少雑に扱ってもいい」

になるのは、普通によくないと思う。

だから僕の中では、「舐める」というのはそういうものだった。

自分より弱いと思った相手を軽く扱う。

でも、考えてみればおかしい。

上司を舐める人だっている。

僕だ。

めちゃくちゃ舐めていた。

上司は少なくとも会社の立場では僕より上だ。

それなのに、僕は心の中で、

「何してんねん、こいつ」

と思っている。

では、これは何なんだろう。

上司を舐めるにも、いろんな種類がありそうだ

考えてみると、「上司を舐める」と言っても、中身は全部同じではなさそうだ。

まずは、無害認定型。

「この人、怒らないな」

「多少ふざけても大丈夫そう」

「遅刻してもそんなに怒られないだろう」

そうやって少しずつ態度が大きくなる。

学校でもあった。

めちゃくちゃ怖い先生の授業では静かなのに、優しい先生の授業になると急に教室が動物園になる。

先生は同じ先生なのに。

優しいという長所が、なぜか「何をしてもいい」に変換される。

人間は恐ろしい。

次に、能力軽視型。

「役職は上だけど、俺の方が仕事できるやん」

というやつだ。

上司の判断より自分の判断の方が正しいと思っている。

だから指示をまともに受け取らなくなる。

「はい」と言いながら、心の中では、

「いや、それ絶対ちゃうやろ」

と思っている。

次は、権威否定型。

「上司だから何?」

というタイプ。

そもそも肩書きそのものにあまり価値を感じていない。

部長だろうが課長だろうが店長だろうが、

「それは会社の役割でしょ」

くらいに思っている。

だから肩書きだけを理由に態度を変えない。

本人としては舐めているつもりがなくても、上下関係を大事にする人から見ると、

「あいつ、上司のこと舐めてるな」

になる。

そして、反抗型。

これは相手がどうこうではない。

「人から指図されたくない」

というタイプだ。

上から何か言われた瞬間、

「なんで?」

となる。

内容が正しいかどうかより、「命令された」ということ自体が気に入らない。

次は、見せつけ型。

「俺、上司にもこんなこと言えるで」

というタイプ。

これはちょっとイキっている。

上司にタメ口を使う。

みんなの前で茶化す。

強めに言い返す。

それによって、

「俺は権力なんかにビビらない人間だ」

と周りに見せたい。

知らんがな。

好きにしてくれ。

そして、距離近すぎ型。

最初はちゃんと敬語だったのに、仲良くなりすぎて、

「これくらい大丈夫やろ」

となる。

上司も笑っている。

本人も悪気はない。

でも第三者から見ると、

「あいつ、上司のこと舐めてない?」

となる。

さらに、諦め型。

これはもう、

「何を言っても無駄やろ」

という状態だ。

怒りもしない。

反論もしない。

「はいはい」

で終わる。

ある意味、失望の最終形なのかもしれない。

こうやって考えると、同じ「舐めた態度」でも全然違う。

そして僕はどれなんだろうと考えた。

たぶん、僕はこれだった。

失望型。

僕は上司に期待していた

最初から馬鹿にしていたわけではない。

むしろ逆だった。

僕は上司という人たちに、勝手に期待していた。

上司なんだから、ちゃんとしているだろう。

上司なんだから、部下より仕事を分かっているだろう。

上司なんだから、何か問題が起きたら判断してくれるだろう。

上司なんだから、言っていることに一貫性があるだろう。

上司なんだから、責任を取るだろう。

考えてみれば、ずいぶん期待している。

「上司」という二文字に、いろんなものを詰め込んでいた。

でも実際に働いていると、

「あれ?」

と思うことがある。

言っていることと、やっていることが違う。

昨日と言っていることが違う。

現場を見ずに指示を出す。

自分ではやらない。

何かあったら部下に任せる。

そこで最初は腹が立つ。

「いや、お前がそれやったらあかんやろ」

と思う。

同僚なら流せることでも、上司だと引っかかる。

なぜなら、

上司なんだから。

という期待があるからだ。

ここが大きかった。

期待していたから、失望した

考えてみれば、失望というのは不思議な感情だ。

最初から期待していない人には、そんなに失望しない。

道端ですれ違った知らないおじさんが仕事をできなくても、僕は何とも思わない。

そりゃそうだ。

知らないおじさんだからだ。

でも上司が同じことをすると、

「何してんねん」

となる。

つまり、僕が腹を立てていたのは、相手の行動そのものだけではなかった。

「上司ならこれくらいできるだろう」という僕の期待と、現実との落差にも腹を立てていた。

期待する。

「あれ?」

となる。

また期待する。

「あれ?」

となる。

それが何度も続く。

すると、だんだん期待しなくなる。

そして、期待がなくなると同時に、尊敬も薄くなっていった。

最初は、

「なんでそんなことするんですか?」

と本気で思っていた。

でも、そのうち、

「またか」

になる。

そして最後には、

「何してんねん、こいつ」

になった。

気づけば僕は、上司をめちゃくちゃ馬鹿にしていた。

尊敬していないことと、舐めることも少し違う

ただ、ここでも一つ疑問が出てきた。

尊敬していないだけなら、別に舐めなくてもいい。

世の中の全員を尊敬している人なんて、たぶんいない。

僕だって、コンビニで前に並んでいる知らない人を尊敬しているわけではない。

でも舐めてもいない。

普通にそこにいる人だ。

つまり、

「尊敬していない」=「舐める」

ではない。

尊敬していないなら、フラットに接すればいい。

それなのに僕は、心の中で「何してんねん、こいつ」と馬鹿にして、態度にも少し出していた。

なぜだろう。

ここで、もう一つ思った。

僕は失望していることを、相手に伝えたかったのかもしれない。

「あなたには失望しました」なんて言えるわけがない

上司に直接、

「あなたには失望しました」

と言っている自分を想像してみる。

やばい。

完全に何かが始まる。

「以前は尊敬していたんですが、最近のあなたの言動を見て、その気持ちは失われました」

もっとやばい。

退職前の最終面談みたいだ。

さらに、

「正直、あなたのことを最近かなり馬鹿にしています」

これはもう終戦ではない。

開戦である。

そんなこと、普通は言わない。

言葉にした瞬間、強すぎる。

でも、自分の中では確実に評価が変わっている。

以前と同じように接するのも、なんだか違う。

そこで出てくるのが、態度なのかもしれない。

以前なら素直に「はい」と言っていたところで、

「なんでですか?」

と言う。

納得できないことには、納得できない顔をする。

以前なら飲み込んでいたことを、そのまま聞く。

愛想よくする必要も感じなくなる。

言葉では、

「あなたには失望しています」

なんて一度も言っていない。

でも態度では、

「以前と同じようには見ていませんよ」

と伝えている。

そう考えると、舐めた態度というのは、場合によっては言葉にすると強すぎる感情を、少し薄めて相手に伝える方法なのかもしれない。

もちろん、それがいい方法なのかは別の話だ。

でも、伝えてどうするんだ

ここまで考えて、また分からなくなった。

失望していることを態度で伝える。

なるほど。

でも、

伝えてどうするんだ。

相手に、

「あれ? 最近こいつ俺のこと舐めてるな」

と思わせて、その先に何があるんだろう。

反省してほしいのか。

変わってほしいのか。

「ちゃんとしてくれ」と言いたいのか。

それとも単純に、

「僕はあなたを以前ほど評価していませんよ」

と知らせたいだけなのか。

たぶん、僕自身そこまで考えていなかった。

舐めた態度を取るときに、

「よし。これによって相手に心理的な圧力をかけ、行動変容を促そう」

なんて考えていない。

そんな戦略家ではない。

ただ、

今まで通り敬意を払う気になれなかった。

それだけだった気がする。

自分の中で相手への評価が下がった。

だから態度も変わった。

心と態度を一致させただけとも言える。

でも、その結果として相手には、

「舐められている」

と伝わる。

人間関係とは面倒なものである。

舐めた態度は、少しだけ仕返しなのかもしれない

もう少し嫌な言い方をすれば、仕返しのような部分もあるのかもしれない。

「あなたの行動によって、僕は失望しました」

だから、

「あなたも、僕から尊敬されなくなったことを少し感じてください」

ということだ。

これはかなり人間臭い。

直接怒鳴るほどではない。

喧嘩をするほどでもない。

でも何もなかったことにはしたくない。

そこで態度に出る。

返事が少し雑になる。

表情に出る。

「なんで?」が増える。

これくらいなら、まだ逃げ道もある。

もし相手から、

「お前、俺のこと舐めてるやろ」

と言われても、

「いや、そんなことないですよ」

と言える。

言ってないからだ。

心の中では、

「めちゃくちゃ舐めてます」

と思っていたとしても。

態度というのは便利だ。

伝えられる。

でも、言い切らなくていい。

なんとも卑怯で、人間らしい伝達手段である。

でも、僕にも原因があるんじゃないか

ここまで考えているうちに、少し見方が変わった。

もちろん、相手の行動に問題がある場合もある。

何をしても、

「僕が勝手に期待したのが悪かったんです」

で済ませる必要はない。

それでは何でもこちらの責任になってしまう。

でも一方で、僕自身が勝手に期待値を上げていた部分もあった。

「上司なんだから」

この言葉だ。

そもそも、なんで上司なら何でもできると思っていたんだろう。

上司も人間だ。

判断を間違える。

仕事が苦手なこともある。

コミュニケーションが下手な人もいる。

部下より詳しくないことだってある。

そりゃそうだ。

上司になった瞬間、頭の上から光が降り注いで、すべての能力値が20ずつ上がるわけではない。

昨日まで普通の人だった人が、辞令一枚で突然スーパーマンになるわけでもない。

役職がついただけだ。

それなのに僕は、

「上司」という肩書きを見ただけで、その人の能力まで勝手に高く設定していた。

そして、その期待に届かなかったら失望する。

よく考えれば、少し勝手な話でもある。

上司への最初の期待値を、ぐーーっと下げた

だから僕は、いつからか上司に対する最初の期待値を、

ぐーーっと下げた。

「上司だから、きっと仕事ができる」

と思わない。

「上司だから、きっと判断が正しい」

とも思わない。

「上司だから、尊敬できる人だろう」

とも思わない。

ただ、

「この人が僕の上司なんだな」

くらいにする。

それだけだ。

期待値をものすごく低いところに置く。

すると不思議なもので、ちゃんとしているだけで、

「おお」

となる。

話をちゃんと聞いてくれる。

「おお」

判断が分かりやすい。

「おお」

言っていることが昨日と同じだ。

「おおお」

責任を取ってくれる。

「上司やん」

となる。

当たり前のことをしているだけなのかもしれない。

でも、それでいい。

最初から勝手に100点を置いて、70点だったから、

「なんやこいつ!」

と怒るよりずっと平和だ。

最初は20点くらいにしておく。

そこから、その人の行動を見て上げていけばいい。

尊敬は肩書きではなく、あとからついてくるものでいい

これは上司だけではないのかもしれない。

年上だから。

先生だから。

社長だから。

有名だから。

フォロワーが多いから。

何か肩書きがあると、僕たちはその人自身を見る前に、勝手にいろんなものを足してしまう。

きっと賢い。

きっと立派だ。

きっと人格者だ。

きっと自分よりすごい。

でも、本当はそんなこと分からない。

肩書きは、その人についている情報の一つにすぎない。

尊敬するかどうかは、実際にその人を見てから決めればいい。

仕事をしているところを見る。

人への接し方を見る。

困ったときの対応を見る。

言っていることと、やっていることを見る。

その結果、

「この人すごいな」

と思ったら尊敬すればいい。

逆に、

「この部分はあんまり尊敬できないな」

と思うこともある。

それでいい。

少なくとも僕は、

「上司なんだから尊敬しなければならない」

とは思わなくなった。

でも同時に、

「尊敬できないから馬鹿にしていい」

とも違う。

ここは大事だと思う。

僕はそこをごちゃ混ぜにしていた。

上司だから尊敬しない。上司だから馬鹿にもしない

振り返ってみると、僕は結構極端だったのかもしれない。

最初は、

「上司なんだから、ちゃんとしているだろう」

と期待する。

期待を裏切られる。

失望する。

尊敬しなくなる。

そして、

「何してんねん、こいつ」

と馬鹿にする。

100から一気に20くらいまで落としていた。

ジェットコースターである。

だったら、最初から50くらいにしておけばいい。

いや、20でもいい。

知らない人なのだから。

そこから見ていけばいい。

ちゃんとしていたら上げる。

すごいと思ったら、さらに上げる。

尊敬できるところがあれば尊敬する。

逆に、よく分からないところがあれば、

「そこはよく分からんな」

で止めておく。

人間全部を、

「尊敬できる人」

「舐めていい人」

の二種類に分ける必要なんてない。

考えてみれば当たり前だ。

僕自身だって、誰かから見れば尊敬できる部分もあれば、

「何してんねん、こいつ」

と思われる部分もあるだろう。

たぶん結構ある。

舐める心理を考えていたら、自分の期待の話になった

最初は、

「人に舐めた態度を取る人って、どういう心理なんだろう」

という単純な疑問だった。

弱い相手だから。

馬鹿にしているから。

自分の方が上だと思っているから。

反撃されないと思っているから。

いろんな理由がある。

でも、自分のことを考えてみると、それだけではなかった。

僕の場合は、

期待していた。

その期待を裏切られたと思った。

失望した。

尊敬がなくなった。

馬鹿にするようになった。

そして、それが態度にも出た。

たぶん、そんな流れだった。

つまり僕の「舐める」は、最初から相手を下に見ていたから生まれたものではない。

むしろ逆だった。

最初に相手を上に置きすぎていた。

だから落ちた。

高いところに置いていたから、落差が大きかった。

それなら最初から、そんな高いところに置かなければいい。

上司だからといって、勝手に台の上に乗せない。

普通の高さから始める。

そして、その人自身を見る。

今はそう思っている。

人を舐めないために、期待するのをやめた

なんだか変な結論になった。

人を舐めないようにするために、

「もっと人を尊敬しよう」

ではなかった。

「相手のいいところを見つけよう」

でもなかった。

僕の場合は、

最初の期待値を下げることだった。

上司だから期待しない。

上司だから尊敬しない。

でも、上司だから馬鹿にもしない。

その人が何をするのかを見る。

それから決める。

ちゃんとしていたら、

「この人、ちゃんとしてるな」

と思えばいい。

すごかったら、

「すごいな」

と思えばいい。

尊敬できたら、そのとき初めて尊敬すればいい。

たぶん、その方が僕には合っている。

そして最近は、上司が何かよく分からないことをしていても、以前ほど腹が立たなくなった。

期待していないからだ。

「ああ、そういう人なんだな」

で終わる。

少し冷たいようにも聞こえる。

でも、以前みたいに勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に馬鹿にするよりは、ずっといい気がする。

そもそも相手からしたら、

「勝手に期待して、勝手に失望すんな」

という話でもある。

その通りである。

僕は上司に期待しすぎていた。

上司という肩書きに期待しすぎていた。

だから僕は、その期待値を、

ぐーーっと下げた。

上司は、上司という役職についている人。

まずはそれだけ。

尊敬するかどうかは、そのあとだ。

舐めるかどうか――

いや。

舐める必要なんて、そもそもなかった。

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