「フンフフ〜ン♪」
仕事中に鼻歌を歌う人がいる。
「フ〜ン♪ フフフ〜ン♪」
うるさい。
こっちは仕事をしているんだ。
集中したい。
聞きたくもない曲を勝手に聞かされる。
静かに仕事をさせてくれ。
そう思っている人もいるだろう。
分かる。
確かに仕事中の鼻歌は気になる。
では、なぜ仕事中に鼻歌なんて歌うのだろう。
歌っている本人は何を考えているのか。
僕なりに考えてみたい。
なぜなら。
歌っているのは僕だからだ。
すまない。
僕だ。
「フンフフ〜ン♪」
とやっている。
完全に歌う側の人間である。
なぜ僕は仕事中に鼻歌を歌うのか
まず自分自身に聞いてみた。
なぜ歌う。
仕事が楽しいから?
違う。
仕事が大好きで、
「今日も働けて幸せだなあ!」
という喜びが抑えきれず、メロディーになって口からあふれているのか。
全然違う。
むしろ逆である。
仕事なんておもんない。
だから歌う。
黙って延々と作業する。
それより、
「フンフフ〜ン♪」
とやっている方がちょっと楽しい。
ただそれだけだ。
会社が僕を楽しませてくれるわけではない。
仕事そのものが僕の機嫌を取ってくれるわけでもない。
だったら自分で自分の機嫌を取る。
僕にとって鼻歌は、そのための小さな道具なのだと思う。
仕事そのものは変わらない。
作業量も減らない。
給料も増えない。
帰る時間も早くならない。
でも、
「フンフ〜ン♪」
と数秒歌う。
ちょっとだけ楽しい。
その程度である。
壮大な理由なんてない。
仕事がおもんない。
だから自分でBGMをつけている。
セルフ有線放送である。
よく聞いてみると、僕以外にもいた
自分が鼻歌を歌っていることを意識するようになってから、ふと周りの人にも注目してみた。
正確には、耳を澄ませてみた。
すると。
「フンフ〜ン♪」
いた。
僕ではない。
別の人だ。
その人が一日中歌っているわけではない。
数秒だけ。
しばらくすると静かになる。
また別の時間。
違う場所から、
「フフ〜ン♪」
聞こえてくる。
またいた。
別の人だ。
もちろん、大量にいるわけではない。
その場で何人も同時に歌っているわけでもない。
一日中、
「フンフンフンフンフンフンフンフン♪」
と歌い続けている人もいない。
そんな人がいたら、もう仕事より鼻歌の方が本業である。
でも、一日を通して意識して聞いてみると、数人くらい鼻歌を歌っている。
朝にちょっと歌う人。
昼に数秒だけ歌う人。
移動しながら歌っている人。
そして僕。
僕だけではなかった。
鼻歌マンは大量発生しているわけではない。
一日のところどころに出現する。
普段はソロ活動である。
出演時間も決まっていない。
タイムテーブル非公開。
突然、
「フンフ〜ン♪」
と始まり、数秒で終わる。
ゲリラライブである。
では、みんな何で歌っているのだろう
ここで気になった。
僕が鼻歌を歌う理由は分かった。
仕事がおもんないから、少しでも楽しくするため。
では、他の人はどうなのだろう。
当然、本人たちに聞いたわけではない。
だから、ここからは僕の勝手な想像である。
鼻歌を歌う人にも、いろんなタイプがいるのではないか。
考えてみた。
単純に機嫌がいい説
これは分かりやすい。
いいことがあった。
好きな曲を聴いた。
仕事が順調。
今日の晩ご飯が楽しみ。
理由は何でもいい。
とにかく機嫌がいい。
その気分が、
「フンフ〜ン♪」
となって外に漏れている。
人は機嫌がいいと鼻歌を歌う。
いかにもありそうだ。
外から見ても、
「あの人、今日ご機嫌やな」
と分かる。
鼻歌は、
機嫌の音漏れ
なのかもしれない。
ただし僕には当てはまらない。
僕の場合は、
機嫌がいいから歌うのではない。
機嫌をよくするために歌っている。
似ているようで逆である。
鼻歌の結果として機嫌がいいのか。
機嫌がいい結果として鼻歌が出るのか。
鶏が先か卵が先か。
知らん。
僕は仕事がおもんない。
無意識に歌っている説
これもかなりありそうだ。
本人は歌っていることに気づいていない。
頭の中で流れていた曲が、そのまま口から少し漏れた。
「フンフ〜ン♪」
本人に、
「今、鼻歌歌ってましたよ」
と言ったら、
「え? 歌ってた?」
となる。
無自覚ライブである。
これはちょっと怖い。
本人が開催したことすら知らないライブを、周囲だけが聞かされている。
観客はいる。
出演者だけが出演したことを知らない。
どういう公演だ。
でも、自分にもありそうで怖い。
僕は「仕事を楽しくするため」と思っているけれど、全部の鼻歌を意識して歌っているかと言われると怪しい。
気づいたら、
「フンフ〜ン♪」
とやっているときもある。
もしかすると僕が把握している以上に歌っているのかもしれない。
自分のライブ回数を自分が把握していない。
まずい。
退屈すぎる説
僕にかなり近い。
暇。
単調。
同じ作業。
刺激がない。
脳が、
「何かくれ」
と言っている。
でも何もない。
だから自分で音を作る。
「フンフ〜ン♪」
ちょっと刺激が生まれる。
また作業。
しばらくすると、
「フフ〜ン♪」
これ、暇つぶしとしてはものすごく手軽である。
スマホはいらない。
イヤホンもいらない。
楽器もいらない。
電源もいらない。
口さえあればいい。
コスパ最強の娯楽である。
ただし、周囲に音が漏れる。
そこだけが致命的だ。
作業のリズムを取っている説
鼻歌によって作業のテンポを作っている人もいるのかもしれない。
「フン♪ フン♪ フン♪」
身体を動かす。
「フン♪ フン♪」
次の作業へ。
音楽を聴きながら作業するとテンポが出るように、自分でリズムを作っている。
これはなんとなく分かる。
単調な作業ほど、リズムがある方がやりやすい。
でも。
周りからすると、
知らんリズムを共有させられている。
本人は気持ちよく作業している。
僕は隣で、
「何拍子やねん」
と思っている。
頭の中の曲が漏れている説
これもあるだろう。
朝に聴いた曲。
昨日聴いた曲。
CM。
昔好きだった曲。
なぜか突然、頭の中で再生される。
脳内だけで終わればいい。
でも、我慢できない。
「フンフフ〜ン♪」
漏れた。
人間Bluetoothスピーカーである。
接続していない。
こちらはペアリングを許可していない。
なのに勝手に再生が始まる。
しかも曲名が分からない。
「フンフ〜ン♪」
何やそれ。
知っている曲なら、さらに厄介だ。
「あ、それ○○や」
と気づいた瞬間、こっちの頭でも続きを再生してしまう。
鼻歌マンはもう歌うのをやめている。
なのに僕の頭の中では、
まだ曲が続いている。
何してくれてんねん。
曲だけ置いて帰るな。
構ってくれ説
これもあるのではないか。
鼻歌って絶妙なのだ。
「誰か話しかけて!」
とは言っていない。
でも、
「フンフフ〜ン♪」
音は周囲に届く。
すると誰かが、
「それ何の曲?」
と言うかもしれない。
「今日ご機嫌やな」
と言われるかもしれない。
知っている曲なら、
「それ○○やろ?」
と反応されるかもしれない。
つまり。
自分から会話は始めていない。でも会話が始まる種だけ撒いている。
鼻歌、会話の撒き餌説である。
「フンフ〜ン♪」
誰も反応しない。
少しして、
「フンフ〜〜ン♪」
……。
構ってほしいんか。
もちろん、本人にそんな意図はないかもしれない。
無意識にやっているだけかもしれない。
でも、鼻歌から会話が始まることはありそうだ。
では僕は構ってほしいのか。
考えてみた。
たぶん違う。
僕はただ仕事がおもんない。
結局ここへ戻ってくる。
「俺、鼻歌歌えるくらい余裕です」説
これはちょっと嫌な説である。
周囲が真剣に働いている。
忙しい。
みんな黙々と作業している。
そんな中。
「フンフフ〜ン♪」
なんだ。
その余裕は。
もしかすると、
「俺、この仕事でいっぱいいっぱいじゃないですよ」
という無言のアピールなのではないか。
みんなが必死に働いている横で、
「フ〜ン♪」
俺は鼻歌を挟む余白まであります。
仕事に追われる俺ではない。
俺が仕事を追っている。
鼻歌マウントである。
もちろん、
「よし。今から俺の余裕を見せつけてやろう」
と思って鼻歌を歌う人なんて、ほとんどいないだろう。
でも、余裕があるから自然と鼻歌が出るということはあるかもしれない。
そして周囲から見ると、
「あいつ余裕そうやな」
となる。
では僕はどうなのか。
僕は余裕を見せつけたいのか。
違う。
本当に余裕がある。
……。
最悪である。
ストレスを逃がしている説
鼻歌は「楽しい」の表現だけではないのかもしれない。
仕事で疲れる。
ちょっとイライラする。
気分が重い。
そこで、
「フンフ〜ン♪」
少しだけ気分を変える。
そう考えると、鼻歌は小さなストレス発散でもある。
僕もこれに近い。
仕事そのものが楽しいわけではない。
でも自分でちょっと遊びを入れることで、退屈や面倒くささを薄めている。
外から見れば、
「あの人ご機嫌やな」
でも本人は、
「いや、これがないとおもんないねん」
なのかもしれない。
鼻歌を歌っている人が全員幸せとは限らない。
むしろ、
仕事を乗り切るために歌っている人もいる。
そう思うと、少し見え方が変わる。
でも、鼻歌を嫌っている人は結構いる
鼻歌についていろんな記事や意見を見ていると、仕事中の鼻歌にイライラしている人はいる。
「うるさい」
「集中できない」
「気になる」
「やめてほしい」
歌う側の僕としては、
そんな嫌なん?
と思った。
僕にとっては数秒だ。
「フンフ〜ン♪」
これだけ。
ライブを開催しているつもりもない。
大声で熱唱しているわけでもない。
でも、嫌な人からすれば、その数秒が積み重なる。
朝。
「フンフ〜ン♪」
昼。
「フ〜ン♪」
夕方。
「フフフ〜ン♪」
本人は毎回数秒でも、聞かされる側には、
また始まった。
となる。
なるほど。
これはちょっと申し訳ない。
なぜ小さな鼻歌にイライラするのか
考えてみると不思議だ。
鼻歌なんて、それほど大きな音ではない。
工事現場のような爆音ではない。
電車が走る音より小さい。
普通の会話より小さいことだってある。
なのに、なぜ気になるのか。
一つは、
聞こうとしていないのに耳に入ってくるから
ではないか。
「フンフ〜ン♪」
……。
静かになる。
しばらくして、
「フフ〜ン♪」
……。
また静か。
そして忘れたころに、
「フ〜ン♪」
いつ来るねん。
ずっと一定の音なら、そのうち環境音になるかもしれない。
でも鼻歌は突然始まって、突然終わる。
予測できない。
そのたびに少しだけ意識を持っていかれる。
集中している人には、これがかなり嫌なのかもしれない。
自分は楽しい。他人はうるさい。
そして僕は最悪の可能性に気づいた。
自分が歌っているとき。
「フンフフ〜ン♪」
楽しい。
では、隣のおっさんが歌っていたら。
「フンフフ〜ン♪」
うるさい。
……。
もし僕がそう思うなら。
最低である。
自分の鼻歌は楽しい。
他人の鼻歌はうるさい。
何という身勝手なシステムだ。
しかも、一日の中で数人が鼻歌を歌っている。
同時ではない。
朝に一人。
昼に一人。
夕方に一人。
僕。
出演者が時間帯ごとに入れ替わる。
もうライブ会場である。
いや。
フェスかもしれない。
タイムテーブルは非公開。
出演者本人すら出演時間を知らない。
突然始まる。
「フンフ〜ン♪」
終わる。
しばらくして別のステージから、
「フフフ〜ン♪」
そして前で黙々と仕事をしている人。
地獄である。
僕ら出演者は楽しい。
前の人は仕事をしたいだけだ。
チケットも買っていない。
なのに一日を通して何組かの鼻歌マンを聞かされる。
無料フェスである。
無料でもいらないものは、いらない。
鼻歌の音量に正解はあるのか
だったら小さく歌えばいい。
そう思った。
周囲に迷惑をかけないように、ほんの少しだけ。
「……フン……フフン……」
……。
怖い。
これはこれで怖い。
隣からギリギリ聞こえる。
「……フ〜ン…………フフ……」
何してんねん。
大きな鼻歌。
うるさい。
普通の鼻歌。
気になる。
ものすごく小さな鼻歌。
怖い。
正解がない。
特に静かな場所で、少し離れたところから、
「……フン……フフフ〜ン……」
と聞こえてきたら怖すぎる。
誰だ。
どこにいる。
人おる?
暗い場所だったら完全にホラーである。
「……フン……フフ〜ン……」
近づいてくる。
やめろ。
普通に歌ってくれ。
いや。
歌うな。
どっちなんだ。
もしかすると鼻歌には適正音量が存在しないのかもしれない。
大きければ迷惑。
小さければ不気味。
残された音量は、
0。
つまり。
歌わない。
自分で自分を追い詰めてしまった。
僕の幸福度は上がる。でも誰かの幸福度は下がる
僕が鼻歌を歌う。
「フンフ〜ン♪」
僕の機嫌。
+3。
ちょっと楽しい。
仕事がおもんない気持ちが少し薄れる。
ところが前の人。
「また歌ってる……」
機嫌。
-5。
社会全体では-2である。
幸福の収支が赤字になっている。
何をしているんだ僕は。
もちろん、実際に全員がイライラしているわけではない。
何とも思わない人もいるだろう。
そもそも聞こえていない人もいる。
「楽しそうやな」
くらいに思う人もいるかもしれない。
でも、鼻歌をかなり嫌う人がいるのも確かだろう。
問題は、歌っている側からは分からないことだ。
前の人が何も言わない。
だから僕は、
「フンフ〜ン♪」
と歌う。
前の人、
「…………」
僕、
「フフ〜ン♪」
前の人、
「…………」
もしかしたら心の中では、
「うるせえええええええ!!!」
なのかもしれない。
怖い。
言ってくれ。
いや。
言われる前にやめろ。
でも同時に思う。鼻歌くらい歌わせてやれよ
ここまで考えると、
「じゃあ鼻歌なんて絶対禁止だ」
となりそうだ。
でも。
僕は同時に思ってしまう。
鼻歌くらい歌わせてやれよ。
仕事なんて、ただでさえおもんない。
決められた時間に来る。
決められた作業をする。
疲れる。
帰る。
また来る。
その途中で数秒、
「フンフ〜ン♪」
と歌う。
それでちょっと楽しくなる。
それくらいいいじゃないか。
マイクを持っているわけではない。
スピーカーを持ち込んでいるわけでもない。
机の上にミラーボールを設置しているわけでもない。
数秒の鼻歌だ。
その人がそれで少し楽しく働けるなら、
鼻歌くらい許してやれよ。
とも思う。
鼻歌を歌えるくらいの余裕がある職場。
それって、ある意味では平和なのかもしれない。
怒号が飛び交っている。
全員が切羽詰まっている。
一秒の余裕もない。
そんな職場では、
「フンフ〜ン♪」
なんて出てこないだろう。
誰かの鼻歌が聞こえる。
それはもしかすると、
まだ鼻歌を歌えるくらいには平和だ
ということなのかもしれない。
……。
前の人はイライラしているかもしれないけど。
それでも僕はやめる
鼻歌くらい歌わせてやれよ。
今でもそう思う。
僕自身、悪いことをしている感覚なんてなかった。
仕事がおもんないから、少し楽しくしたい。
それだけだった。
誰かを不快にしてやろうなんて、一度も思ったことはない。
でも。
悪意がないことと、うるさくないことは別だ。
僕にとっては、
「鼻歌くらい」
でも。
誰かにとっては、
「また鼻歌か」
なのかもしれない。
集中したい人もいる。
静かに働きたい人もいる。
鼻歌そのものが嫌いな人もいる。
そして何より。
僕は鼻歌を歌わなくても仕事ができる。
鼻歌をやめたところで、命に関わらない。
仕事ができなくなるわけでもない。
だったら。
やめる方が賢明だろう。
鼻歌くらい歌わせてやれよ。
そう思いながら、
僕は鼻歌をやめる。
矛盾しているようだけど、それでいい。
「こんなん別にええやん」
と思うことと、
「でも嫌な人がいるならやめとくか」
は両立する。
僕が少し我慢すれば済む話だ。
明日から気をつけよう。
「フンフ〜ン♪」
……。
いや。
もう歌ってるやないか。
最後に、解散ライブだけ開かせてほしい
鼻歌をやめる。
決めた。
でも。
一つだけお願いがある。
解散ライブだけ開かせてほしい。
これまで一日のどこかで突然現れていた鼻歌マン。
朝に、
「フンフ〜ン♪」
と歌っていた人。
昼に、
「フフ〜ン♪」
と歌っていた人。
移動中だけ、
「フ〜ン♪」
と歌っていた人。
そして僕。
全員集めよう。
これまでソロで活動していた鼻歌マンたち。
最初で最後の集合である。
ライブタイトル。
『HUMMING FESTIVAL 2027 ~最後の鼻歌~』
歌詞は禁止。
マイクも禁止。
楽器も禁止。
全曲、
「フン」
だけでお届けする。
一人目。
「フンフフ〜ン♪」
観客、
「……?」
二人目。
「フ〜ン♪ フンフン♪」
観客、
「何の曲?」
三人目。
「フフフ〜ン♪」
知らん。
そして僕。
「フンフフ〜ン♪」
観客、
「さっきの人と同じ曲ちゃうん?」
鼻歌なので分からない。
そして最後。
出演者全員がステージへ。
それぞれ好きな曲を鼻歌で歌う。
「フンフ〜ン♪」
「フフフ〜ン♪」
「フ〜ンフン♪」
「フンフフフ〜ン♪」
曲が全員違う。
地獄である。
客席を見る。
最前列には、これまで僕らの鼻歌を聞かされ続けた人。
今日だけは無料招待した。
感謝の気持ちである。
たぶんその人は思っている。
「職場でも毎日無料で聞かされてたわ」
申し訳ない。
でも今日で最後だ。
僕たちはこのライブをもって解散する。
活動期間。
1日。
結成と解散が同じ日。
伝説の鼻歌グループである。
ライブの最後。
僕はステージの中央に立つ。
観客を見る。
深く頭を下げる。
「これまで僕たちの鼻歌を聞いていただき、本当にありがとうございました」
誰も聞きたくて聞いていたわけではない。
「今日をもちまして、僕たちは解散します」
客席から拍手。
たぶん喜びの拍手だ。
やっと終わるから。
そして最後の一曲。
「フンフフ〜ン♪」
何の曲かは言わない。
歌詞もない。
ただ鼻歌だけ。
曲が終わる。
僕はもう一度頭を下げる。
ステージを降りる。
明日から僕は静かに働く。
仕事がおもんないのは変わらない。
自分の機嫌は、別の方法で取ればいい。
だから。
仕事中の鼻歌が嫌いな皆さん。
これまで申し訳ありませんでした。
僕はやめます。
ただ。
今日だけは許してほしい。
これが最後だから。
「フンフフ〜ン♪」
鼻歌マン。
これにて解散である。
