以前、後輩と話していたときのこと。
突然、こんなことを言われた。
「〇〇先輩って、最初はアンニュイな人だと思ってました」
ん?
アンニュイ?
聞いたことはある。
意味もなんとなく分かる。
なんとなくオシャレな言葉だ。
悪口ではなさそう。
たぶん褒められている。
そう判断した僕は、
「えへへへ!ありがとう!」
と答えた。
嬉しそうに。
後輩も笑っていた。
そのときは、それで終わった。
しかし、あとになって思った。
待て。
アンニュイって何だ?
僕は何を褒められたんだ。
というか。
本当に褒められていたのか?
「えへへへ!ありがとう!」
なんて言ってしまったぞ。
もし悪口だったらどうする。
僕は悪口を満面の笑みで受け取ったことになる。
気になったので、アンニュイについて調べてみることにした。
そもそも「アンニュイ」とは何なのか
まず言葉の意味から調べてみた。
「アンニュイ」はフランス語の「ennui」に由来する言葉らしい。
意味として出てくるのは、
「退屈」
「倦怠」
「物憂さ」
など。
……。
ダメじゃないか。
退屈。
倦怠。
物憂い。
どれも、
「えへへへ!ありがとう!」
と受け取る言葉ではない気がする。
後輩は僕に、
「先輩って最初、めちゃくちゃ倦怠感ありましたよね」
と言っていたのか。
それに対して僕は、
「えへへへ!ありがとう!」
何を喜んでいる。
しかし、さらに調べてみると、日本で人に対して使われる「アンニュイ」は、本来の意味そのままではないようだ。
気だるげ。
物憂げ。
落ち着いている。
どこか儚げ。
ミステリアス。
独特の雰囲気がある。
そんなものが合わさった、魅力的な人に対して使われることがあるらしい。
なるほど。
それなら悪くない。
むしろ褒められている可能性が高い。
よかった。
えへへへ!ありがとう!
やっぱり僕の返事は間違っていなかった。
……。
いや。
待て。
後輩はこう言った。
「最初はアンニュイな人だと思ってました」
最初は?
今は?
そこが一番気になる。
アンニュイな人って、どんな人なんだ
改めて考えてみる。
アンニュイな人。
この言葉を聞いたとき、なんとなく人物像は浮かぶ。
静か。
落ち着いている。
少し気だるそう。
あまり感情を大きく表に出さない。
どこか遠くを見ている。
何を考えているのか分からない。
でも不思議と目を引く。
そんな感じだ。
ところが、よく考えると変である。
「静かな人」なら分かる。
「明るい人」も分かる。
「よく喋る人」も分かる。
でも、
「アンニュイな人」って何だ。
アンニュイは性格なのか。
顔なのか。
表情なのか。
服装なのか。
喋り方なのか。
雰囲気なのか。
そもそも、本人はアンニュイになろうとしているのか。
謎が多すぎる。
そこで僕は、アンニュイな人に共通しそうなものを考えてみることにした。
アンニュイは「顔」なのか
まず気になったのが顔だ。
アンニュイな顔という言葉もある。
一般にアンニュイな印象を与えやすいものとして、眠たげな目元、伏し目がちな表情、力の入りすぎていない顔、感情を全面に出さない表情などが挙げられる。
確かに想像すると分かる。
目をカッと開いて、
「おっしゃあああああ!!!」
と叫んでいる人を見て、
「アンニュイだなあ」
とはあまり思わない。
アンニュイが一瞬で吹き飛ぶ。
むしろアンニュイの反対側にいる。
表情には、かなり関係がありそうだ。
でも、顔だけなのだろうか。
例えばアンニュイな顔をしている人が、
「おっしゃー! 今日もやったるでー!」
と言いながら走ってきたらどうだろう。
顔は変わっていない。
目元も同じ。
でも、
アンニュイではない。
やっぱり顔だけではなさそうだ。
雰囲気も必要なのではないか
顔だけではないとすると、やっぱり雰囲気が大きいのだと思う。
喋り方。
声。
動き。
姿勢。
表情。
服装。
髪型。
人との距離感。
それらが全部混ざる。
静かに座っている。
動きがゆっくり。
必要以上に喋らない。
遠くを見る。
表情も大きく変わらない。
そこに顔立ちや服装なんかがうまく重なる。
すると、
「なんかアンニュイ」
になる。
たぶん、これなのだと思う。
「目がこうだからアンニュイ」
ではない。
「髪型がこうだからアンニュイ」
でもない。
いろんな要素がうまく合わさった結果、
アンニュイが醸し出される。
香水みたいなものなのかもしれない。
本人が、
「よし。今日はアンニュイをまとっていこう」
と思っているわけではない。
勝手に出ている。
だからこそ魅力的なのだろう。
自分から、
「僕ってアンニュイなんですよ」
と言った瞬間、なんとなくアンニュイではなくなる気もする。
アンニュイは自称するものではない。
他人が感じるものなのかもしれない。
美男美女じゃないと成立しないのか問題
ここで避けて通れない疑問がある。
顔は本当に関係ないのか。
例えばカフェの窓際。
頬杖をついて、ぼーっと外を見ている人がいる。
一人には、
「あの人、アンニュイだな」
と思う。
もう一人には、
「めちゃくちゃ疲れてるな」
と思う。
同じことをしているのに。
なぜだ。
おい。
結局、顔なのか。
これは少し悲しい問題である。
同じように伏し目がち。
同じように無口。
同じようにぼーっとしている。
なのに片方は、
「ミステリアスで素敵」
もう片方は、
「大丈夫? 寝た?」
ひどい。
ただ、顔だけでも説明できない。
どれだけ整った顔をしていても、大声で騒ぎながら猛烈な勢いで動き回っていたら、アンニュイには見えにくい。
逆に、特別に派手な顔立ちではなくても、静かな表情や佇まい、服装、話し方が合わさってアンニュイな雰囲気を持つ人はいるだろう。
つまり、
顔も関係ある。
でも、
顔だけではない。
顔、目元、表情、髪型、服装、姿勢、仕草、声、静けさ。
それらの総合点。
なんとも曖昧な世界である。
アンニュイ判定士がいたとしても、かなり苦労すると思う。
アンニュイと無愛想は何が違うのか
もう一つ気になった。
アンニュイな人は、あまり喋らないイメージがある。
静か。
表情も控えめ。
では、無愛想な人との違いは何なのだろう。
例えば、
「おはようございます」
「…………」
返事なし。
これはアンニュイなのか。
違う。
たぶん感じが悪いだけだ。
店員さんから、
「ありがとうございました」
と言われる。
「…………」
無視。
窓の外を見る。
いや。
そこで窓の外を見てもダメだ。
アンニュイにはならない。
一方で普段は静か。
あまり自分から喋らない。
でも、
「おはようございます」
「おはようございます」
ちゃんと返す。
そしてまた静かになる。
これはアンニュイっぽい。
つまり、
アンニュイにも最低限の社会性が必要なのではないか。
無口と無視は違う。
静かと感じが悪いも違う。
アンニュイという言葉には、やっぱりどこか「魅力」が含まれている。
ただ喋らないだけでは成立しないのだろう。
アンニュイと「眠い人」の違いは何なのか
さらに難しい。
アンニュイな人の特徴を並べてみる。
眠たげな目。
ぼーっとしている。
動きがゆっくり。
口数が少ない。
表情が穏やか。
頬杖。
遠くを見る。
……。
これ、眠い人じゃないか。
昨日3時間しか寝ていない人も、だいたい同じことをする。
「今日の僕、アンニュイ?」
違う。
寝ろ。
疲れている人もそうだ。
仕事終わり。
カフェの窓際。
頬杖。
虚ろな目。
コーヒー。
遠くを見る。
写真だけ切り取ったらアンニュイかもしれない。
でも頭の中では、
「早く家帰りたい」
しか考えていない可能性がある。
見る側には分からない。
となると、アンニュイとは本人の状態ではなく、
見る側がそこに魅力を感じるかどうか
も大きいのではないか。
同じ「ぼーっとしている」でも、
「あの人、疲れてそう」
になることもあれば、
「なんかアンニュイで素敵」
になることもある。
境界線があまりにも曖昧だ。
そういえば、僕はよくぼーっとしている
ここまで考えて、後輩がなぜ僕をアンニュイだと思ったのか、少し分かってきた。
僕は結構ぼーっとしている。
何も考えていないわけではない。
むしろ何かを考えていることが多い。
一人で黙って、
ぼーっ。
遠くを見る。
また考える。
外から見ると、何を考えているのか分からないだろう。
あまり喋ったことがない人からすれば、
「静かな人だな」
「何考えてるんだろう」
「ちょっと不思議な人だな」
となるのかもしれない。
それに顔や表情なんかがうまく合わさって、
アンニュイ判定された。
なるほど。
なんとなく分かる。
ただし。
実際にそのとき僕が何を考えているのか。
例えば電車でぼーっとしている僕を、少し離れた場所から誰かが見る。
「あの人、物思いにふけってる」
と思うかもしれない。
実際の僕。
「なんでおっさんのくしゃみって、あんなにデカいんやろ」
である。
物思いにはふけっている。
確かに考えている。
でも内容がアンニュイではない。
外見。
物憂げ。
中身。
おっさんのくしゃみ。
かなりの温度差である。
話したことがある人には、たぶんバレている
そして、後輩の言った、
「最初は」
の謎も解けてきた。
僕と話したことがない。
静か。
ぼーっとしている。
何を考えているか分からない。
アンニュイ。
でも、話す。
「えへへへ!」
ふざける。
しょうもないことを言う。
意味のないことを考えている。
またふざける。
アンニュイ終了。
話したことがある人からすれば、
「物憂げでミステリアスな人」
ではない。
たぶん、
ふざけたおっさん
である。
顔は変わっていない。
ぼーっとする癖も変わっていない。
変わったのは、相手が僕の情報を持ったこと。
これ、かなり重要なのではないか。
アンニュイは「知らない」が作るのかもしれない
僕らは、知らない人を見ると情報が少ない。
静かな人がいる。
なぜ静かなのか分からない。
遠くを見ている。
何を考えているのか分からない。
あまり笑わない。
普段はどんな人なのか分からない。
分からない。
この「分からない」が、ミステリアスにつながるのではないか。
見る側が勝手に想像する。
「何か考えているのかな」
「落ち着いた人なのかな」
「ちょっと影があるのかな」
余白がある。
その余白を、こちらが勝手に埋める。
だからアンニュイという雰囲気が生まれる。
ところが、仲良くなる。
情報が増える。
「昨日さあ」
「えへへへ!」
「うんこ」
余白が埋まった。
もう想像する必要がない。
正体が分かった。
アンニュイ消滅。
もしかするとアンニュイとは、その人自身が持っているものだけではなく、
僕らがその人をまだよく知らないから生まれる魅力
でもあるのかもしれない。
実際にアンニュイな人を探してみた
ここまで考えているうちに、あることを思った。
アンニュイについて文章や写真を見ているだけでは分からない。
だったら。
実際に街で探してみよう。
アンニュイな人。
いるのだろうか。
僕は街を歩きながら、人を観察してみることにした。
もちろん、ジロジロ見るわけではない。
何となく周囲を見る。
駅。
ベンチに座っている人がいる。
一人。
静か。
遠くを見ている。
お。
アンニュイか?
……。
違う。
電車待ってるだけだ。
そりゃ遠くも見る。
電車が来るんだから。
次。
歩道。
一人で静かに歩いている人。
スマホも触っていない。
落ち着いている。
アンニュイ?
……。
ただ歩いているだけだ。
難しい。
思っていた以上にアンニュイが見つからない。
「疲れてる」と「アンニュイ」の判定が難しすぎる
さらに探す。
少し疲れたような表情で歩いている人。
目元に力がない。
動きもゆっくり。
これは。
アンニュイ……。
いや。
仕事帰りかもしれない。
僕は何をしているんだ。
勝手に知らない人をアンニュイ判定しようとしている。
でも面白いことに気づいた。
実際の人間を目の前にすると、
「アンニュイ」と断言するのがめちゃくちゃ難しい。
写真なら簡単だ。
光。
表情。
服装。
構図。
全部が整っている。
「アンニュイな写真」
と言われれば納得できる。
でも現実の人間は動く。
スマホを見る。
あくびする。
髪を触る。
急に走る。
友達と喋る。
笑う。
一瞬アンニュイに見えても、次の瞬間には普通の人になる。
アンニュイって、かなり儚い。
アンニュイそのものがアンニュイである。
何を言っているのか分からなくなってきた。
もしかして、アンニュイな人なんていないのか
しばらく観察していると、自信がなくなってきた。
そもそも、
「アンニュイな人」なんて本当にいるのか?
アンニュイな瞬間があるだけなのではないか。
誰だってぼーっとする。
誰だって静かなときがある。
誰だって疲れる。
誰だって窓の外を見る。
その一瞬を切り取って、
「アンニュイ」
と僕らが呼んでいるだけなのではないか。
後輩が僕を最初アンニュイだと思ったのも、たまたま僕の静かな部分だけを見ていたからかもしれない。
喋った。
ふざけた。
笑った。
正体が見えた。
すると、
「違った」
となる。
そう考えると、アンニュイ探しなんて無理なのかもしれない。
僕は諦めかけた。
そして。
少し休もうと思って、カフェに入った。
あ。
コーヒーを注文する。
席を探す。
そのときだった。
窓際。
一人で座っている人がいた。
スマホを触っていない。
静かに座っている。
少し伏し目がち。
コーヒー。
窓の外。
ぼんやり遠くを見る。
姿勢にも妙な力が入っていない。
服装も落ち着いている。
周囲から少し切り離されたように、一人でそこにいる。
僕は思った。
あ。
出た。
アンニュイだ!
いた!
いたぞ!!
ついに発見した。
街中を探し回って、最後の最後。
カフェの窓際にいた。
もちろん声には出さない。
心の中である。
「アンニュイいたああああああ!!!」
その瞬間、一番アンニュイから遠いのは僕だった。
何がアンニュイなんだろう
少しだけ、その人の雰囲気を見てみる。
やっぱり、一つではない。
顔だけではない。
目元。
表情。
髪型。
服装。
姿勢。
動き。
静かさ。
窓の外を見る仕草。
一人でいること。
全部が少しずつ重なっている。
どれか一つを取り出して、
「これがアンニュイです」
とは言えない。
でも、
なんかアンニュイ。
これなのだ。
僕が最初に考えていた通りだった。
アンニュイは顔だけではない。
雰囲気だけでもない。
顔と雰囲気。
さらに仕草や表情。
いろんなものが、ちょうどいい具合に混ざったとき、
醸し出される。
だから説明するのが難しい。
そして、だからこそ魅力的なのかもしれない。
その人も、話したら全然違うのかもしれない
でも、そこでふと思った。
僕はこの人のことを何も知らない。
ただカフェで見ただけだ。
話したこともない。
性格も知らない。
何を考えているのかも知らない。
もしかすると頭の中では、
「晩ご飯、唐揚げにしよっかな」
くらいしか考えていないかもしれない。
友達が来た瞬間、
「うぇーーーい!」
と立ち上がるかもしれない。
しょうもないことを言って爆笑する人かもしれない。
つまり。
この人も僕と同じなのではないか。
知らない僕から見れば、
アンニュイな人。
でも知っている人から見れば、
全然違う。
その人の一部分だけを見て、僕が勝手に「アンニュイ」と感じている。
そう考えると、後輩の言葉がまた戻ってきた。
「〇〇先輩って、最初はアンニュイな人だと思ってました」
ああ。
そういうことなのかもしれない。
僕はアンニュイな人なのか
結局、僕はアンニュイな人なのだろうか。
たぶん、
そうでもあり、そうでもない。
僕と話したことがない人。
少し離れたところから僕を見る。
一人。
静か。
ぼーっとしている。
何かを考えている。
表情もそれほど大きく動かない。
もしかすると、
「あの人、アンニュイだな」
と思う人がいるかもしれない。
でも僕と話したことがある人。
「えへへへ!」
しょうもないことを言う。
ふざける。
変なことを考えている。
たぶん、
アンニュイとは思わない。
どちらも僕である。
静かな僕も本物。
ふざけている僕も本物。
外から見れば物思いにふけっていても、頭の中では、
「おっさんのくしゃみ、何であんなデカいんやろ」
と考えている。
それも本物だ。
アンニュイとは、一瞬の印象なのかもしれない
今回、アンニュイについて調べて、街まで歩いて人を見てみた。
そして思った。
アンニュイというのは、顔の種類でも性格の種類でもないのかもしれない。
顔。
表情。
目元。
髪。
服。
姿勢。
仕草。
声。
静けさ。
そして、
その人についてまだ知らないという余白。
それらがうまく重なったとき、
僕らはその人を、
「アンニュイだ」
と感じる。
だから同じ人でも、見る人によって違う。
同じ人でも、時間によって違う。
話す前と話したあとでも違う。
アンニュイとは、その人そのものではなく、
その人の一瞬を見た僕らの中に生まれる印象なのかもしれない。
そう考えると、後輩の、
「最初は」
という言葉にも納得できる。
僕は変わっていない。
後輩が僕を知ったのだ。
ミステリアスだった男の正体が、
ふざけたおっさんだった。
ただそれだけである。
カフェを出る。
ガラスに自分の姿が映った。
一人。
静か。
少しぼーっとしている。
……。
あ。
いた。
もう一人。
アンニュイな人がいた。
僕はガラスに映った自分を見た。
そして、
「えへへへ!」
と笑った。
アンニュイは消えた。
