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別れても会う心理。元カノ・元彼に会うべきか迷う。なぜ会いたくなるのか。

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別れた。

もう恋人ではない。

だったら、連絡しない。会わない。

それが普通なのかもしれない。

でも僕は、少し不思議に思う。

なんで別れた途端に、0になるのだろう。

昨日まで毎日連絡していた人だ。

「おはよう」と送り、仕事が終われば「終わった」と送る。くだらない出来事を話して、面白いものを見つけたら写真を送る。休みになれば会う。

それが「別れよう」となった途端、

連絡、0。

会う回数、0。

昨日まで一番近くにいた人が、急に知らない人みたいになる。

恋人としての関係が終わるのは分かる。

でも、なんで人としての関わりまで一緒に消えるのだろう。

100だった関係が0になる。

別に10くらい残っていてもよくないか。

目次

別れたのに会いたくなるのは、おかしいのか

「元カノに会いたい」

「元彼から連絡が来た」

「別れたあとも、たまに二人で会っている」

こういう話をすると、すぐに「まだ好きなんじゃない?」「未練があるんじゃない?」という話になりやすい。

もちろん、それもあると思う。

でも、全部が全部そうなのだろうか。

別れたあとに会いたくなる理由なんて、一つではない。

まだ好きなのかもしれない。

復縁したいのかもしれない。

寂しいのかもしれない。

長く一緒にいた安心感が恋しいのかもしれない。

ただ元気にしているのか気になるだけかもしれない。

恋人としては合わなかったけれど、人としては今でも好きなのかもしれない。

全部を「未練」の一言で片づけるのは、少し雑な気がする。

まだ好きだから会いたい

一番分かりやすいのは、まだ好きだから会いたいという気持ちだと思う。

別れたからといって、恋愛感情までその日に消えるとは限らない。

頭では終わったと分かっている。

でも気持ちは昨日の続きにいる。

だから会いたくなる。声を聞きたくなる。連絡したくなる。

これは別に不思議ではない。

人間の感情には「交際終了」というボタンがついていない。

別れ話が終わった瞬間に、恋愛感情まで自動的にログアウトしてくれたら楽なのだろうけれど、そんな便利にはできていない。

復縁したくて会う人もいる

「まだ好き」と「復縁したい」は、似ているけれど少し違う。

好きな気持ちは残っている。でも、もう付き合わない方がいいと思っている人もいる。

一方で、本当にもう一度付き合いたくて連絡する人もいる。

「久しぶり。元気?」

表面だけ見れば、ただの一言だ。

でもその裏には、「久しぶりに話したかった」だけの人もいれば、

「もう一度、100に戻したい」

と思っている人もいる。

だから元恋人から連絡が来ただけで、「復縁したいんだ」とも「ただの友達だ」とも決めつけられない。

同じ一通でも、その意味は人によって全然違う。

寂しいから会いたくなる

恋人がいなくなれば、単純に寂しくなることもある。

今まで週末に会っていた。毎晩連絡していた。何かあれば話していた。

その相手が突然いなくなる。

予定が空く。スマホも静かになる。

そんなとき、一番簡単に思い浮かぶのは、やっぱり今まで一緒にいた人なのかもしれない。

新しい誰かと一から関係を作るより楽だ。

自分のことを知っている。説明しなくても通じる。好きなものも嫌いなものも知っている。

これは「復縁したい」とは少し違う。

恋人が恋しいのではなく、そこにあった安心感が恋しい。

そんなこともあると思う。

一時的な寂しさで会いたくなることもある

そして、ずっと寂しいわけではない場合もある。

普段は普通に生活している。

仕事もしている。一人の時間も楽しめている。元恋人のことなんて普段はほとんど考えていない。

でも、ふとした瞬間に寂しくなる。

夜、一人で家にいるとき。

休日に予定がなくなったとき。

嫌なことがあった帰り道。

お酒を飲んだ夜。

周りのカップルを見たとき。

そんな瞬間に突然、

「元気かな」

と思う。

そして連絡したくなる。

でも、それは「まだ好き」とも「復縁したい」とも限らない。

ただ、その瞬間だけ寂しい。

夜中には猛烈に連絡したかったのに、朝起きたら、

「別にええか」

となっていることだってある。

元恋人は、一度は自分の寂しさを埋めてくれていた人でもある。だから寂しくなった瞬間に頭へ浮かびやすいだけなのかもしれない。

そんなときは、少し時間を置いてもいい。

明日になっても会いたいのか。一週間後でも会いたいのか。

朝になったらどうでもよくなっているなら、元恋人に会いたかったというより、昨日の夜の寂しさを誰かに埋めてほしかっただけなのかもしれない。

習慣が残っているだけかもしれない

長く付き合っていたら、相手への連絡そのものが習慣になっている。

面白いものを見つける。

「あ、これ送ろう」

と思う。

その瞬間に、

「あ、もう別れたんだった」

となる。

美味しそうな店を見つけて「ここ好きそうだな」と思う。嬉しいことがあれば「これ言いたいな」と思う。

何年も続けた習慣が、別れた翌日から全部なくなる方が難しい。

会いたいと思ったからといって、必ずしも恋愛感情とは限らない。

体に残った生活の癖みたいなものだってあると思う。

思い出を共有している人だから会いたい

元恋人は、自分の過去をかなり知っている。

二人で行った場所。一緒に見た映画。旅行先で起きたしょうもない事件。二人にしか分からない話。

「あの店、まだあるかな」

この一言だけで、同じ景色を思い出せる人がいる。

それは少し特別だと思う。

友達とも家族とも違う、自分のある時期をかなり近い場所から見ていた人だ。

だから元恋人に会いたいとき、もしかすると僕たちは、その人だけに会いたいわけではないのかもしれない。

その人と一緒にいた頃の自分に、少し会いたいのかもしれない。

戻りたいわけではない。

今の方がいいと思っている。

それでも昔を懐かしく思うことはある。

人に対しても、そういうことはあるんじゃないかと思う。

都合のいい関係を求めている場合もある

ただ、別れたあとも会いたがる理由が、必ずしも綺麗なものとは限らない。

寂しいときだけ連絡する。

暇なときだけ会う。

恋人としての責任は負いたくない。でも、恋人だった頃の安心感や優しさだけは欲しい。

身体の関係だけ続けたい人もいるだろう。

新しい恋人ができるまで、なんとなくつながっていたい人もいるかもしれない。

それは僕が考えている「10」とは少し違う。

関係が残っていることと、都合よく残されていることは違う。

普段は0なのに、自分が寂しくなったときだけ10を取りに来る。

新しい人とうまくいっている間は0。うまくいかなくなったら、また10。

そんな関係なら、一度考えた方がいい。

10を残すなら、その10の中にも相手への敬意は必要だと思う。

でも、そもそも僕は思う。なんで0が当たり前なんだ

いろいろな心理を考えてみた。

未練。復縁。寂しさ。一時的な寂しさ。安心感。習慣。思い出。近況が気になる。都合のいい関係。

確かにいろいろある。

でも僕は、もっと手前のところで引っかかっている。

そもそも、なんで別れたら0になるのが当たり前なんだ。

付き合っているときが100だったとする。

毎日連絡する。よく会う。何でも話す。相手を優先する。

別れた。

恋人ではなくなった。

だから100ではなくなる。

これは分かる。

でも、

100から0にしなければならない理由は何なんだろう。

10でもよくないか。

10くらい残っていてもいい

毎日連絡していたのを、たまににする。

毎週会っていたのを、半年に一回にする。

何でも話していたのを、本当に何かあったときだけにする。

誕生日に一言送る。

久しぶりにご飯を食べる。

何年か経って「元気?」と連絡する。

僕は、それくらい残っていてもいいと思う。

恋人としての関係は終わっている。

でも、人としての関係まで完全に消す必要はない。

100だった関係が10になった。それもちゃんと「別れた」だと思う。

「会ってるなら別れた意味なくない?」

そう言われるかもしれない。

でも100と10は全然違う。

毎日一緒にいる関係と、半年に一度ご飯を食べる関係を同じだとは思わない。

別れるというのは、必ずしも相手を人生から削除することではない。

関係の形を変えることでもいいんじゃないか。

なんで僕は10を残したいんだろう

ここまで考えて、今度は自分に疑問が出てきた。

そもそも、なんで僕は10を残したいんだろう。

未練があるから?

寂しいから?

復縁したいから?

もちろん、相手や時期によってはそういう感情が混ざることもあると思う。

でも、もっと単純なのかもしれない。

人として好きだった部分まで、別れた瞬間になくなるわけではないからだ。

恋人としては合わなかった。

だから別れた。

でも、話していて面白かった。尊敬しているところがあった。一緒にいる時間が楽しかった。自分のことを理解してくれた。

そういう部分まで全部なくなるわけではない。

昨日まで面白かった人が、今日突然つまらない人になるわけでもない。

恋人として一緒にいるのは難しくても、人として嫌いではない。

だったら、少しくらい関係が残っていてもいい。

僕が10を残したい理由は、たぶんそれなのだと思う。

関係を終わらせることと、人とのつながりを消すことは違う

たぶん僕は、

関係を終わらせることと、人とのつながりを消すことを同じだと思っていない。

恋人という関係を終わらせる。

これは分かる。

でも、その人とのつながりそのものまで削除する。

そこまでは必ずしも必要ないんじゃないかと思う。

学校を卒業しても友達とは会う。

職場を辞めても、仲の良かった同僚と連絡することはある。

同じ場所に所属しなくなっても、人としての関係は残る。

なのに恋愛だけは、別れた途端に、

はい、人間関係も終了。

となりやすい。

もちろん恋愛には強い感情がある。未練も嫉妬もある。傷ついた記憶もある。

だから0にすることで救われる人もいる。

それでも僕は、「恋人関係が終わった」と「人間関係まで終わった」を必ずセットにする必要はないと思う。

ただ、二人とも10とは限らない

とはいえ、ここで問題がある。

僕が10のつもりだからといって、相手も10とは限らない。

僕は、

「久しぶりに飯でも行こう」

くらいの気持ちかもしれない。

でも相手は「まだ好き」かもしれない。

僕にとっては10。

相手にとっては80。

あるいは100に戻りたいと思っている。

同じ二時間、一緒にご飯を食べる。

僕は「楽しかった。またな」で帰る。

相手は帰り道で「やっぱり好きだ」と思っているかもしれない。

僕は翌日から普通の生活に戻る。

相手は次の連絡を待っている。

同じ時間を過ごしていても、その意味は全然違う。

振った側と振られた側でも違う

特に、振った側と振られた側では温度差が生まれやすいと思う。

もちろん全員がそうではない。

でも振った側は、別れを切り出すまでに考える時間があった場合がある。

悩んで、考えて、別れるという結論を出した。

だから別れた時点ですでに10くらいになっていることもある。

一方、振られた側は突然かもしれない。

昨日まで100だった。

今日、別れを告げられた。

まだ80も90も残っている。

そこへ振った側から「元気?」と普通に連絡が来る。

振った側は10のつもりでも、振られた側は期待するかもしれない。

「まだ可能性あるのかな」

「もしかしたら戻れるかもしれない」

一人にとっては10でも、もう一人にとっては100に戻るための10かもしれない。

だから、自分が平気だから相手も平気だとは思わない方がいい。

どちらかが辛いなら、無理に10を残さなくていい

僕は10を残したい。

でも、10を残すべきだとは思っていない。

相手がまだ好きで、連絡するたびに辛くなる。

会うたびに期待してしまう。

会った日は楽しいのに、帰宅した瞬間に苦しくなる。

それなら、無理に連絡しなくていいと思う。

0にした方がいいことだってある。

僕が10を残したいからといって、相手にも10を求めるのは違う。

人として関わりたいと思うなら、相手が「もう関わりたくない」と思う気持ちも、人として尊重したい。

僕は0を否定したいわけではない。

「0しか正解がない」という考え方に違和感があるだけだ。

新しい恋人ができたら、また話は変わる

二人とも完全にフラット。

お互い10。

たまにご飯を食べる。

それで成立していたとしても、どちらかに新しい恋人ができたら状況は変わる。

自分たちは、

「別に何もないよ」

と思っていても、新しい恋人は嫌かもしれない。

逆に、特に気にしない人もいる。

ここにも一つの正解はない。

ただ、新しい恋人ができたなら、もう「元恋人の二人だけが納得していればいい」という話でもなくなる。

だから僕の10は固定ではない。

10だったものを5にすることもある。

0にすることもある。

状況が変われば、距離も変えていい。

元恋人と友達になれるのか。答えなんてない

よくある。

「元恋人と友達になれる?」

なれるという人もいる。

絶対無理という人もいる。

僕は、答えなんてないと思う。

人による。

相手による。

別れ方による。

時間にもよる。

同じ人でも、一人の元恋人とは普通に話せて、別の元恋人とは二度と会いたくないことだってある。

それでいい。

そもそも「友達」という名前をつけなくてもいいと思う。

恋人ではない。

友達と呼ぶほど頻繁には遊ばない。

でも完全な他人でもない。

たまに連絡する。

数年ぶりに会えば普通に話す。

昔すごく近かった、今はたまに話す人。

それくらいの曖昧さでいい。

むしろ僕が残したい10というのは、「友達になりたい」というより、この曖昧な部分なのかもしれない。

100か0か。

恋人か他人か。

友達になれるかなれないか。

そんなふうに二択にすると、少し窮屈になる。

人間関係なんて、もっと中途半端でいい。

10は固定しなくていい

僕は基本的には10くらい残したい。

でも、

「元恋人とは必ず10残す」

という自分ルールを作りたいわけではない。

相手を見る。

自分を見る。

今の状況を見る。

二人ともフラットなら10。

どちらかが辛いなら5や0。

何年か経って、普通に話せるようになって20になることだってあるかもしれない。

逆に10が自然に3になって、そのまま0になることだってある。

それもいい。

数字なんて、本当はどうでもいい。

僕が10という言葉を使っているのは、

0か100だけじゃなくてもいい

と言いたいからだ。

会うべきか迷ったら、会ったあとの自分を見る

じゃあ結局、元カノ・元彼には会うべきなのか。

会わない方がいいのか。

どっちやねん。

ここまで書いて、自分でもそう思う。

でも僕は、「元恋人だから」という理由だけで決めなくていいと思う。

一つ見るなら、会ったあとの自分だ。

会って楽しかった。

「じゃあまたな」で別れる。

家に帰る。

普通に風呂に入る。

普通に寝る。

翌日からまた自分の生活をする。

次の連絡が一か月後でも半年後でも気にならない。

それなら、別にいいんじゃないかと思う。

でも、会ったあとずっと相手のことを考える。

返信を待つ。

次にいつ会えるのか気になる。

新しい恋人がいるのか調べたくなる。

「あの言葉ってどういう意味だったんだろう」と何度も考える。

期待してしまう。

苦しくなる。

それなら、今は少し距離を置いた方がいいのかもしれない。

会いたいと思った自分だけではなく、会ったあとの自分を見る。

こっちの方が分かりやすい気がする。

もちろん相手についても同じだ。

自分にとって心地いい10が、相手を苦しめていないか。

そこは考えたい。

別れたのに会っている。別におかしくない

だから、別れたあとも元恋人と会っている人が、

「こんな自分たち、おかしいのかな」

なんて思う必要はないと僕は思う。

別れたのに連絡している。

たまにご飯に行く。

誕生日に連絡する。

二人ともそれで苦しくない。

新しい関係の邪魔にもなっていない。

都合よく利用しているわけでもない。

だったら、それでいい。

外から見た人が「元恋人なのに?」と思ったとしても、その二人の関係はその二人にしか分からない。

恋人として別れたからといって、人としてまで別れなければならないわけではない。

僕は、できれば10くらい残したい

僕なら、できれば10くらい残したい。

毎日連絡しなくていい。

頻繁に会わなくていい。

相手の予定を全部知らなくていい。

でも何年かして「元気?」と送れる。

どこかで会ったら「久しぶり」と普通に話せる。

たまにご飯を食べて、「じゃあ、また」と帰れる。

それくらいでいい。

なぜ残したいのか。

たぶん僕は、恋人という関係が終わったからといって、その人と出会ったことまで終わらせたいわけではないのだと思う。

一度は大切だった。

一緒に過ごした。

お互いのことを知った。

その事実まで0にする必要はない。

もちろん、相手がそれを望まないなら0でいい。

僕が辛くなるなら0にする。

相手に恋愛感情が強く残っているなら、距離を置く。

新しい恋人ができれば、また考える。

都合のいい関係になっているなら離れる。

10を守るために誰かを傷つけるくらいなら、10にこだわる必要はない。

でも、二人とも10で心地いいなら。

僕はその10を、わざわざ0にしなくてもいいと思う。

別れたら0。

連絡しない。

会わない。

それも一つの形だ。

でも、それだけが正解ではない。

100だった関係が10になる。

恋人ではなくなる。

それでも、人として少しつながっている。

そんな別れ方があってもいい。

だから今、元カノや元彼と会っていて、

「別れたのに会っている自分たちは変なのかな」

「連絡を取っているのはおかしいのかな」

と悩んでいる人がいたとしても、僕は別におかしいとは思わない。

相手も自分も苦しくないなら、それでいい。

二人の関係を、周りの「普通」に無理やり合わせる必要はない。

関係を終わらせることと、その人とのつながりを全部消すことは、同じではない。

少なくとも僕は、そう思っている。

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