MENU

満員電車で扉にもたれて、こっちを向いてる人。あれは何なんだ。

当ページのリンクには広告が含まれています。

満員電車に乗っていると、たまにいる。

扉に背中を預けて、車内側を向いている人。

扉にもたれる。

それ自体は分かる。

背中を預けられる。

ちょっと楽だ。

電車が揺れても安定する。

かなり空いている電車なら、僕だってやる。

なんなら好きだ。

扉にもたれて、ぼーっとする。

誰にも迷惑をかけない。

目の前にも誰もいない。

好きにすればいい。

僕が気になるのは、そこではない。

満員電車である。

人が多い。

かなり多い。

座席は全部埋まっている。

つり革も埋まっている。

通路にも人がいる。

扉付近にも人が集まっている。

みんな少しずつ身体をずらしながら、なんとか自分の居場所を確保している。

そんな中、一人のおっさんが扉の前に立った。

そして、

クルッ。

180度回転。

背中を扉につける。

車内側を向く。

僕の方を向く。

近い。

非常に近い。

なんだこれ。


目次

なんで、わざわざこっちを向くんだ

最初に思うのは、これだ。

なんで、わざわざこっちを向くんだ。

満員電車だから、人との距離が近くなるのは仕方ない。

僕だって分かっている。

好きで近づいているわけではない。

お互い様だ。

肩が当たることもある。

腕が当たることもある。

足が当たることもある。

それは仕方ない。

満員なのだから。

でも、向きは選べる。

少なくとも、

真正面から僕を見る向き以外にも選択肢はある。

横を向いてもいい。

少し斜めを向いてもいい。

扉の窓から外を見てもいい。

スマホを見てもいい。

なのに、なぜかこっちを向いている。

しかも近い。

僕の目の前に、知らないおっさんの顔がある。

別にそのおっさんが悪いわけではない。

普通のおっさんだ。

たぶん僕と同じように仕事へ向かっている。

何もされていない。

ただ立っているだけだ。

でも言いたい。

きもい。とりあえず向こう向いてくれ。

おっさんがきもいのではない。

この配置がきもい。


なんで、わざわざ見つめ合うんだ

僕は座っている。

あるいは、同じ扉付近に立っている。

そして目の前にはおっさん。

お互い、真正面。

距離は近い。

でも会話はない。

当たり前だ。

知らない人なのだから。

なのに身体だけは向かい合っている。

なんなんだ。

なんで、わざわざ見つめ合うんだ。

もちろん、本当に見つめ合っているわけではない。

むしろ、お互い必死で見ないようにしている。

これがまた変なのだ。

身体は完全に向かい合っている。

でも目だけは合わせない。

僕は床を見る。

おっさんは広告を見る。

僕はスマホを見る。

おっさんは路線図を見る。

僕は一瞬顔を上げる。

おっさんも一瞬顔を上げる。

目が合う。

気まずい。

すぐ逸らす。

何をやっているんだ、僕たちは。

知らないおっさん二人が、朝から至近距離で、

「あなたのことは見ていません」

という芝居を延々と続けている。

こんな時間、人生に必要なのだろうか。


まだお姉さんなら……

いや。

これがまだ、綺麗なお姉さんなら――

……。

やめておこう。

話がおかしな方向へ行きそうだ。

今、僕の目の前にいるのはおっさんだ。

そして僕もおっさんだ。

つまりこれは、

おっさんとおっさんが、朝から至近距離で向かい合っている時間

である。

誰が望んだ。

僕は望んでいない。

たぶん向こうも望んでいない。

なのに、なぜか成立している。

恋人でも、こんな距離でずっと向かい合わないんじゃないか。

しかも僕たちは名前すら知らない。

年齢も知らない。

仕事も知らない。

趣味も知らない。

知っているのは、

お互い今、この電車に乗っている

ということだけ。

それなのに距離だけは近い。

関係性ゼロ。

距離30センチ。

バランスがおかしい。


見つめ合うと……

そして一瞬、目が合う。

その瞬間、なぜか僕の頭の中にサザンが流れそうになる。

違う。

やめろ。

そういう見つめ合いではない。

僕たちの間に恋はない。

あるのは満員電車だけだ。

そもそも素直におしゃべりする予定もない。

今日もない。

明日もない。

たぶん一生ない。

この電車を降りたら、二度と会わない可能性が高い。

なのに今だけは、誰よりも近い。

変な話だ。

家族より近い。

友人より近い。

職場の人より近い。

今日初めて会ったおっさんが、朝一番、僕の顔面から数十センチの場所にいる。

人間関係とは、一体なんなのだろう。

いや。

そんな壮大な話ではない。

向こう向いてくれ。


そもそも、なんでそこまでもたれたいんだ

ここで一番の疑問に戻る。

なんで、そこまでしてもたれたいんだ。

扉にもたれると楽なのは分かる。

僕だって空いている電車ならやる。

背中を預けられる。

姿勢が安定する。

少し疲れていると気持ちいい。

分かる。

めちゃくちゃ分かる。

でも満員だ。

目の前には知らない人がいる。

その人と至近距離で向かい合うことになる。

それでも、

背中を預けたい。

そんなにか?

そんなに背中は疲れているのか?

数十分くらい、自分の脚で立てないのか。

壁にもたれることで、一体どれほどの体力が温存されるのだろう。

消費カロリーが劇的に変わるのだろうか。

HPが毎秒回復するのだろうか。

僕には分からない。

その人は、

「知らないおっさんと至近距離で向かい合う」

という代償を払ってまで、

背中の快適さ

を選んでいる。

かなり強い意志だ。


お前の背中の快適さと引き換えに

しかも、本人は快適だ。

扉に背中を預けている。

後ろから人に押されることもない。

背中側は完全に守られている。

壁だ。

最強の防御である。

満員電車の中で、一人だけ背後を確保している。

一方、僕はどうだ。

前を見る。

おっさん。

少し右を見る。

人。

左を見る。

人。

後ろにも人。

逃げ場がない。

つまり、

お前の背中の快適さと引き換えに、僕の視界がおかしなことになっている。

これが納得できない。

お前は背中が楽。

僕は知らないおっさんの顔を見る。

交換条件として釣り合っているだろうか。

僕にも何かくれ。

せめてポイントをくれ。

一駅につき10ポイントくらい。

十駅耐えたらコーヒー一杯と交換させてくれ。

何もない。

ただ、おっさんがいる。


景色を見た方がいいだろ

そして思う。

景色を見た方がいいだろ。

電車の外には景色がある。

街が流れている。

建物がある。

空がある。

駅がある。

ホームがある。

朝なら朝日が差していることもある。

夜なら街の明かりが流れていく。

別に絶景ではない。

毎日見ている景色かもしれない。

それでも、

僕よりはいいだろ。

なぜ景色を捨てる。

なぜ流れる街並みではなく、僕を選ぶ。

僕にはそんな価値はない。

ずっと見ていても何も起こらない。

顔が変形するわけでもない。

突然歌い出すわけでもない。

ただの僕だ。

なのに、おっさんは扉に背中を預け、こちらを向いている。

景色を背中側へ追いやって。

僕を見る方向を選んでいる。

そこで、ある可能性が頭をよぎった。

もしかして、僕が好きなのか?

いや。

違う。

出会って三駅だ。

そしてたぶん、

こいつは、もたれたいだけだ。


空いているなら、僕もやる

ここは大事なので、もう一度言っておきたい。

僕は「扉にもたれる人」が嫌いなのではない。

空いているなら、僕もやる。

ガラガラの電車。

座席も空いている。

立っている人もほとんどいない。

そんなとき、扉のところに立って背中を預ける。

いい。

自由だ。

誰とも向かい合わない。

目の前には十分な空間がある。

誰かが乗ってきても、邪魔にならないくらいなら問題ない。

僕だってやる。

だから僕が聞きたいのは、

「なぜ扉にもたれるのか」

ではない。

「なぜ満員電車で、知らないおっさんと向かい合ってまで、もたれたいのか」

である。

そこまでして欲しい快適さなのか。

背中を預けるという行為には、それほどの魔力があるのか。

僕にはない。

少なくとも、

「知らないおっさんと見つめ合わなくて済む」

と

「背中がちょっと楽」

なら、

僕は前者を取る。

圧倒的に前者だ。


もう、ひっくり返って僕にもたれてくれ

でも、そこまでもたれたいのなら仕方ない。

分かった。

僕が折れよう。

もう扉でなくてもいい。

ひっくり返って、僕にもたれてくれ。

背中をこっちへ向けろ。

そして僕にもたれろ。

その代わり、顔だけは向こうへ持っていってくれ。

僕はもう背中くらい貸す。

多少重くても我慢する。

朝から知らないおっさんの顔を見続けるくらいなら、背中を支える方がまだいい。

おっさん一人くらい支えてやる。

僕も男だ。

来い。

……。

いや。

想像したら、もっと嫌だった。

普通に立ってくれ。

なぜ僕は、朝の電車で知らないおっさんを背負おうとしているのだ。

話がどんどんおかしくなっている。

全部、扉にもたれるからだ。


朝から、なんで知らんおっさんをずっと見ないといけないんだ

しかも、これが朝なのがつらい。

朝だ。

一日はまだ始まったばかり。

これから仕事へ行く。

まだ頭も完全には起きていない。

できれば静かに過ごしたい。

スマホを見る。

音楽を聴く。

ぼーっとする。

窓の外を見る。

そうやって少しずつ一日を始めたい。

なのに、

顔を上げる。

おっさん。

スマホを見る。

しばらくして顔を上げる。

まだおっさん。

駅に着く。

人が降りる。

また顔を上げる。

おっさん継続。

なんで朝から、知らんおっさんをずっと見とかないといけないんだよ。

僕の一日は、こんな始まり方をする予定ではなかった。

せめて景色を見せてくれ。

朝日でもいい。

ビルでもいい。

駅の看板でもいい。

広告でもいい。

なんだったら、何もない壁でもいい。

なぜ今日、最初にじっくり見るものがお前なんだ。


どんな仕事よりも苦痛だ

仕事なら、まだ分かる。

仕事には給料がある。

嫌なことがあっても、

「まあ、お金もらってるしな」

と思える。

でもこれは違う。

一円にもならない。

僕はただ、満員電車で知らないおっさんと向かい合っている。

業務内容。

知らないおっさんと向かい合う。

勤務時間、約二十分。

給与、ゼロ円。

交通費。

むしろ僕が払っている。

おかしい。

こちらがお金を払って、知らないおっさんを見ている。

何のサービスだ。

しかも休憩なし。

視線を外すことはできる。

でも顔を上げれば、いる。

業務から完全には逃れられない。

どんな仕事よりも苦痛だ。

僕はこれから仕事へ行くのだ。

なのに職場へ着く前から、すでに一仕事終えた気分になっている。

朝から謎の勤務が発生している。

退職したい。

どこに退職届を出せばいいのだろう。

駅員さんだろうか。

「すみません。おっさん対面業務を本日付で退職したいのですが」

困るだろう。

駅員さんも。


でも、たぶん向こうも同じだ

ここまで完全に僕側から書いているけれど、冷静に考えると向こうも同じだ。

おっさんから見れば、

僕も知らないおっさんだ。

向こうも朝から僕を見ている。

僕が、

「なんで朝から知らんおっさん見ないといけないんだ」

と思っているとき、

向こうも、

「なんで朝から知らんおっさんおるねん」

と思っている可能性がある。

いや。

だったらなおさらだ。

向こう向こうや。

お互いに得する。

僕はおっさんを見なくて済む。

おっさんも僕を見なくて済む。

Win-Winだ。

誰も傷つかない。

景色も見られる。

完璧ではないか。

なのに、おっさんは動かない。

扉にもたれ続ける。

ということは、やはり、

僕との対面を避けることより、背中の快適さの方が上なのだ。

どれだけ背中が大事なんだ。


満員電車では「向き」が距離になる

考えてみると、満員電車では、人との物理的な距離を取ることができない。

人が多いから仕方ない。

30センチ離れたいと思っても、離れられない。

もっと混んでいれば、身体が触れるくらい近くなる。

だから僕たちは無意識に、

身体の向きや視線で距離を作っている

のかもしれない。

同じ方向を向く。

少し斜めを向く。

スマホを見る。

窓を見る。

目を閉じる。

物理的には近い。

でも、

「あなたを見ていません」

という形を作る。

それによって、知らない人同士でもなんとか同じ空間にいられる。

エレベーターでもそうだ。

知らない人が何人も乗ってくると、だいたい全員が扉の方を向く。

わざわざ向かい合わない。

もしエレベーターに乗ってきた知らないおっさんが、扉に背中を向けて僕と真正面から向かい合ったら、

かなり怖い。

「なんで?」

となる。

でも電車では、それをやる人がいる。

満員で物理的な距離がないのに、

心理的な距離まで消してくる。

だから妙に気になるのだと思う。


背中一枚のために

そう考えると、扉にもたれるというのは、満員電車では結構ぜいたくな姿勢なのかもしれない。

背中側に誰もいない。

押されない。

壁がある。

自分の身体を完全に預けられる。

でも、その快適さを得るためには、車内側を向くことになる。

そこには人がいる。

つまり、

自分の背中の快適さと、他人との距離感を交換している。

本人にそんな意識はないだろう。

ただ楽だからやっている。

それだけだと思う。

でも僕からすると、

「そこまでして、もたれたい?」

となる。

数十分だ。

何時間も立ち続けるわけではない。

しかも僕たちは、これから働きに行く。

職場では何時間も働く。

その前の二十分だけ、背中を休ませる。

そのために知らないおっさんと見つめ合う。

僕には割に合わない。


やっと、おっさんが降りた

そんなことを考えているうちに、駅に着いた。

目の前のおっさんが動いた。

どうやら降りるらしい。

助かった。

長かった。

ようやく終わる。

おっさんは扉から背中を離し、ホームへ降りていった。

視界が開けた。

僕の前から、おっさんが消えた。

なんという開放感。

退勤だ。

僕は無給のおっさん対面業務から、ようやく解放された。

お疲れさまでした。

今日もよく頑張った。

僕は誰にも褒められない自分を、心の中で褒めた。

これで普通の朝に戻れる。

そう思った。

人が降りる。

人が乗ってくる。

新しい乗客が車内へ入ってくる。

一人のおっさんが、僕の前に来た。

そして。

クルッ。

背中を扉につけた。

こっちを向いた。

……。

お前もか。


なんなんだ、このシステムは

一人目のおっさんがいなくなった。

二人目のおっさんが来た。

僕の目の前のおっさんの数は、

一人。

変わっていない。

なんなんだ、このシステムは。

一人減ったら、一人補充される。

在庫管理でもされているのか。

僕の正面には、常におっさんを一名配置しなければならないという規則でもあるのだろうか。

一人目が降りる。

二人目が乗る。

クルッ。

配置完了。

早い。

引き継ぎも完璧だ。

「お疲れさまです」

「交代します」

そんな声が聞こえてきそうだ。

やめてくれ。

僕はそのサービスに申し込んでいない。

サブスクなら今すぐ解約したい。

おっさん自動補充システム。

需要がない。

少なくとも僕にはない。


残業が始まった

さっき僕は退勤したはずだった。

一人目のおっさんが降りた。

業務終了。

給与ゼロ円。

まあいい。

終わったのだから。

ところが二人目が来た。

クルッ。

こっちを向く。

残業が始まった。

聞いてない。

残業申請もしていない。

上司の許可も取っていない。

そもそも社員ではない。

なのに残業だけ発生した。

しかも残業代も出ない。

僕は再びスマホを見る。

少しして顔を上げる。

二人目のおっさん。

一人目とは顔が違う。

当然だ。

でもやっていることは同じ。

僕は思った。

これはもう、個人の問題ではない。

一人目だけなら、

「あのおっさん、扉にもたれるタイプなんだな」

で終わる。

二人目も同じことをした。

となると、

場所を疑うしかない。


あそこだけ回転床にでもなっているのか

二人とも同じなのだ。

乗ってくる。

扉の前へ行く。

そして、

クルッ。

なんなんだ。

あそこだけ、

回転床にでもなっているのか。

おっさんが指定位置に到達すると、床が自動的に180度回転する。

ウィーン。

クルッ。

僕と向かい合う。

一人目。

クルッ。

二人目。

クルッ。

もしかすると三人目も来るのだろうか。

僕には見えていないだけで、扉の前に小さな矢印でも書いてあるのかもしれない。

「ここに立った方は、車内側を向いてください」

そんなルールがあるのか。

ない。

絶対にない。

だったら、なぜ全員回る。

頼む。

その機能をオフにしてくれ。


人はなぜ、少しの快適さを取りにいくのか

前にも、端の席が空いた瞬間に横へ移動する人を見て不思議に思ったことがある。

すでに座れている。

あと数十分。

それでも端へ移動する。

今回も少し似ている。

普通に立てる。

あと数十分。

それでも扉にもたれる。

人間は思っている以上に、

小さな快適さを取りにいく生き物

なのかもしれない。

端の方が少し楽。

だから移動する。

背中を預けた方が少し楽。

だからもたれる。

たったそれだけ。

本人からすれば、何も不思議ではないのだろう。

空いている。

使える。

楽になる。

なら使う。

むしろ僕みたいに、

「知らない人と向かい合うの嫌やな」

「必死に見えへんかな」

「あと十五分くらいやし、このままでいいか」

と考えている方が面倒くさいのかもしれない。

でも。

それでも僕は思う。

知らんおっさんと向かい合うくらいなら、普通に立つ。

ここだけは譲れない。


電車は他人との距離感がおかしくなる

そもそも電車という場所は不思議だ。

普段なら絶対に近づかない距離まで、知らない人と近づく。

肩が触れる。

背中が触れる。

息遣いが分かるくらい近くなることもある。

なのに、誰も喋らない。

名前も知らない。

数十分後には別れる。

たぶん二度と会わない。

身体だけが近くて、人間関係は何もない。

だからこそ、みんな少しずつ工夫しているのだと思う。

視線を外す。

身体を少しずらす。

同じ方向を向く。

イヤホンをする。

スマホを見る。

そうやって、

「近いけれど、あなたの世界には入っていません」

という状態を作る。

それが満員電車の暗黙の距離感なのだろう。

でも扉もたれマンは、突然こちらを向く。

近い。

そして正面。

僕の世界に顔だけ入ってくる。

頼んでない。


たぶん、本人は何も考えていない

とはいえ、ここまで僕が延々と考えている一方で、本人は何も考えていないと思う。

「疲れたな」

「ここ空いてるな」

「もたれよ」

たぶん、これだけだ。

僕と向かい合いたいわけではない。

僕を見たいわけでもない。

景色より僕を選んだわけでもない。

僕が好きなわけでもない。

おっさん自動補充システムに所属しているわけでもない。

回転床もない。

ただ、もたれたい。

それだけだ。

分かっている。

全部分かっている。

それでも僕は、目の前におっさんが来るたびに思ってしまう。

なんでこっち向くねん。

そして二人目まで同じ動きをしたら、

なんなんだ、このシステムは。

となる。

人間は、他人の何気ない行動に勝手に意味をつける。

向こうにとっては三秒の行動。

僕はそれについて、ここまで考えている。

どちらがおかしいのか。

たぶん僕だ。


それでも、向こうを向いてほしい

だから僕は、扉にもたれる人を責めたいわけではない。

空いているなら好きにしてほしい。

僕だってやる。

疲れている日もある。

腰がしんどい人もいる。

体調だって分からない。

何か事情があるかもしれない。

だから、

「絶対にもたれるな」

なんて言うつもりはない。

ただ。

満員電車。

目の前には人。

距離30センチ。

真正面。

この条件が揃ったときだけは、一度考えてほしい。

本当に、今、もたれなければならないのか。

あなたが背中を扉に預けた瞬間、

目の前では知らないおっさんとの対面イベントが始まっている。

しかもその知らないおっさんも、

あなたを見ながら同じことを思っているかもしれない。

だったら、もう終わりにしよう。

お互い自由になろう。


今日も、扉の前で誰かが回る

電車が次の駅に着く。

二人目のおっさんが降りた。

今度こそ終わった。

僕の目の前から人がいなくなる。

少しだけ空間ができる。

快適だ。

これだ。

これでいい。

僕は何も贅沢を言っていない。

広い座席が欲しいわけでもない。

特別車両に乗りたいわけでもない。

ただ、

朝から知らないおっさんと見つめ合いたくない。

それだけだ。

扉が開く。

新しい乗客が入ってくる。

僕は少し警戒する。

一人の男性がこちらへ歩いてくる。

扉の前で止まる。

まさか。

いや。

さすがに三人目はない。

男が身体を回す。

クルッ。

こっちを向く。

僕は目を閉じた。

もう知らない。

なんなんだ、このシステムは。

もしかすると、本当にあそこだけ回転床なのかもしれない。

僕が知らないだけで、この電車にはそういう設備が搭載されているのかもしれない。

扉前に人が立つ。

センサーが反応する。

180度回転。

おっさん、配置完了。

そして僕の勤務が始まる。

通常勤務。

残業。

追加勤務。

給料は出ない。

僕はこれから本当の仕事へ向かうというのに、もう疲れている。

前を見る。

おっさん。

目を逸らす。

また少しして前を見る。

やっぱり、おっさん。

僕はもう何も望まない。

もたれてもいい。

そこに立ってもいい。

疲れているなら仕方ない。

背中を休ませたい気持ちも分かる。

でも頼む。

せめて。

せめて――。

とりあえず、向こう向いてくれ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次