腹が痛い。
猛烈に痛い。
これはまずい。
僕は駅の構内を歩きながら、腹を押さえていた。
最初はちょっとした違和感だった。しかし、時間が経つにつれて、腹の中で何かが暴れ始めた。
もう限界だ。
早くトイレに行かなければならない。
幸い、すぐ近くにトイレがあった。
助かった。
僕は足早に男子トイレへ向かった。
しかし、そこで信じられない光景を目にした。
全部埋まっている。
嘘だろ。
一つくらい空いていてもいいじゃないか。
個室の扉を順番に確認する。
使用中。
使用中。
使用中。
全滅である。
なんということだ。
こんなにもトイレを必要としている人間が、今ここにいるというのに。
仕方がない。待とう。
きっとすぐに誰かが出てくる。
しかし、出てこない。
誰も出てこない。
一体、何をしているんだ。
こっちは腹が痛いんだ。
早くしてくれ。
今にも、こんにちはしそうなんだ。
腹の中の住人が、玄関の扉を開けようとしている。
まだだ。
まだ出てくるんじゃない。
僕は必死に耐えた。
しかし、個室の扉は一向に開かない。
もういい。
別のトイレを探そう。
そういえば、近くにショッピングモールがあった。
あそこなら個室も多いはずだ。
僕は最後の希望を胸に、ショッピングモールへ向かった。
ショッピングモールへの決死の移動
歩く。
腹が痛い。
さらに歩く。
もっと腹が痛い。
走りたい。
しかし、走ったら何かが出てしまいそうだ。
かといって、ゆっくり歩いている余裕もない。
僕は絶妙な速度で歩き続けた。
もはや競歩である。
ただし、オリンピックの競歩選手とは事情が違う。
彼らはゴールを目指して歩いている。
僕は便器を目指して歩いている。
途中、何度も腹痛の波が襲ってきた。
そのたびに立ち止まり、必死に耐えた。
頼む。
あと少しだ。
頑張ってくれ。
自分の体に語りかける。
普段、僕は自分の肛門に感謝することなんてない。
しかし、このときばかりは違った。
よく頑張っている。
本当にありがとう。
あと少しだけ耐えてくれ。
そして、ついに到着した。
ショッピングモールだ。
助かった。
僕はトイレの案内表示を探した。
あった。
急いで向かう。
ここまで来れば大丈夫だ。
今度こそ助かる。
そう思っていた。
しかし。
そこに光はなかった。
個室が埋まっていた。
全てが。
一つ残らず。
僕は絶望した。
なんなんだ。
この街の男たちは、一体どうなっているんだ。
全員うんこをしているのか。
そんなことがあるのか。
今日は全国一斉うんこ大会でも開催されているのだろうか。
しかも、誰も出てこない。
もう、漏れてもいい。
いや、よくない。
全然よくない。
でも、もう疲れた。
いっそのこと、この個室の前でやってやろうか。
そんな恐ろしい考えまで浮かんできた。
もちろん、実行するわけにはいかない。
そんなことをすれば、僕が一番迷惑な男になってしまう。
僕は必死に耐えながら、ふと思った。
こいつらは、中で何をしているんだ。
耳を澄ませてみた。
静かだ。
一体、何をしているのだろう。
そもそも、男のトイレというのは、そんなに時間がかかるものなのか。
僕は考え始めた。
今から、個室の中にいる男たちの生態について考察してみたい。
もちろん、何をしているのかは分からない。
全て僕の勝手な想像である。
しかし、これだけ待たされたのだ。
少しくらい考察させてほしい。
① スマホを触っている説
これが最有力候補だ。
SNS、ゲーム、YouTube、漫画、ニュース。
今の時代、スマホ一台あれば何時間でも暇を潰せる。
しかし、ちょっと待ってほしい。
お前の家でやってくれ。
ここはネットカフェの個室じゃないぞ。
Wi-Fi完備のプライベートルームでもない。
駅のトイレだ。
そもそも、なぜ便座に座ってまで動画を見たいんだ。
そんなに続きが気になるのか。
今、めちゃくちゃいいところなのか。
ラスボスと戦っているのか。
だったら一度セーブしてくれ。
こっちはセーブポイントどころか、ゲームオーバー寸前なんだ。
お前が画面の中で世界を救っている間に、僕の世界が終わろうとしている。
頼む。
スマホをポケットにしまって、出てきてくれ。
② 便秘・体質の問題説
これは仕方ない。
便秘で苦しんでいるのなら、話は別だ。
僕だって今、腹痛と戦っている。
僕たちは同じ戦士なのだ。
片や、出したくても出ない男。
片や、出したくなくても出そうな男。
正反対の悩みを抱えながら、同じトイレで戦っている。
なんという皮肉だろう。
ほかにも、お腹が弱い人や持病のある人だっている。
一度出したと思っても、また便意が襲ってくる人もいるだろう。
本人だって、好きで長居しているわけではないはずだ。
そう考えると、少し申し訳なくなってきた。
僕はさっきから「早く出てこい」と心の中で叫んでいる。
しかし、向こうも「早く終わってくれ」と願っているのかもしれない。
敵だと思っていた男は、実は同じ苦しみを抱える仲間だったのだ。
すまなかった。
好きなだけ使ってくれ。
無理に急がなくてもいい。
僕は応援する。
頑張れ。
負けるな。
諦めるな。
お前が出すまで、僕も出さない。
いや、違う。
僕は出したくても、出す場所がないんだ。
頼むから、どちらか一人だけでも先に勝利してくれ。
③ 寝ている説
まさかとは思うが、寝ているんじゃないだろうな。
確かに、個室は静かだ。
誰にも邪魔されない。
座る場所もある。
扉には鍵までついている。
しかし、ちょっと待ってほしい。
ここは寝室じゃない。便所だ。
なぜ、わざわざ便座の上で眠るんだ。
そんなに眠いのか。
昨日、何時間寝たんだ。
そもそも、あんな不安定な場所でよく眠れるな。
お尻は丸出しなのか。
それとも、ズボンを履いたまま座っているのか。
どちらにしても理解できない。
頼むから家に帰って布団で寝てくれ。
しかも、もし本当に寝ているのなら、いくら待っても出てこないじゃないか。
僕が個室の前で人生最大の危機を迎えている間、お前は夢の世界を旅している。
こっちは悪夢の真っ最中なんだ。
せめて夢の中だけでも、僕にトイレを譲ってくれ。
④ 仕事をサボっている説
これは十分にあり得る。
仕事中、ちょっと疲れた。
上司がうるさい。
同僚と話したくない。
もう働きたくない。
そんなとき、トイレの個室に逃げ込む。
実は、僕もやる。
これは僕が長年の社会人生活で身につけた奥義の一つだ。
名付けて、「うんこをしているふりして休憩する術」。
個室に入って鍵を閉める。
これだけで完成だ。
無敵モード突入である。
誰も話しかけてこない。
上司も入ってこない。
仕事を頼まれることもない。
たった一枚の扉が、僕を社会のあらゆる面倒事から守ってくれる。
もはや結界だ。
素晴らしい。
だから、僕はこの男たちを責められない。
気持ちは痛いほど分かる。
むしろ、同志として握手を交わしたいくらいだ。
だが、公共のトイレではやめてくれ。
職場のトイレでサボる気持ちは分かる。
しかし、駅やショッピングモールのトイレは違う。
そこには、本当に切羽詰まった人間がいる。
今にも漏れそうな人間がいる。
僕だ。
お前が仕事から逃げている間、僕は自分の肛門から逃げようとしている。
しかも、今の僕は結界の外側にいる。
普段は自分が使っている奥義を、他人に使われるとこんなにも腹が立つのか。
なんとも身勝手な男である。
今日だけは、真面目に働いてくれ。
⑤ 小便も座ってする律儀な方説
世の中には、小便を座ってする男性もいる。
便座に座り、静かに用を足す。
飛び散らない。
トイレも汚れない。
素晴らしい心がけだ。
実に律儀な方である。
僕もその姿勢は見習いたい。
しかし、ひとつだけ言わせてほしい。
今は立ってしてくれないか。
すぐそこに小便器があるじゃないか。
何台も並んでいる。
しかも空いている。
もちろん、座ってしたい事情もあるだろう。
それは分かる。
だが、こっちは座らなければできないんだ。
お前には立つという選択肢がある。
僕にはない。
いや、正確にはある。
あるにはあるが、そんなことをすれば大惨事だ。
そして、もう一つ疑問がある。
でも、なんでそんなに長いんだ?
小便なんて数十秒もあれば終わるんじゃないのか。
まさか、座ったついでにスマホを触っているのか。
それとも、せっかく座ったから少し休憩しているのか。
律儀なのか、のんびり屋なのか、どっちなんだ。
結局、最初の疑問に戻ってしまった。
お前は中で何をしているんだ。
⑥ 瞑想している説。あるいは、ただぼーっとしている説
これもあり得る。
現代社会はストレスだらけだ。
仕事、人間関係、将来への不安。
たまには一人になって、心を落ち着かせたいのだろう。
静かな空間で目を閉じる。
背筋を伸ばす。
ゆっくり息を吸う。
そして、吐く。
何も考えない。
ただ、今この瞬間に意識を向ける。
素晴らしい。
実に健康的だ。
あるいは、瞑想とまではいかなくても、ただぼーっとしている人もいるのではないだろうか。
スマホを触るわけでもない。
本を読むわけでもない。
ただ便座に座って、壁を眺めている。
分かる。
僕だって、何もせずにぼーっとする時間は嫌いじゃない。
現代人には、そういう時間も必要だと思う。
しかし、ひとつ言わせてほしい。
なぜ便所なんだ。
公園じゃ駄目なのか。
自宅じゃ駄目なのか。
瞑想なら寺にでも行ってくれ。
そもそも、駅のトイレで落ち着けるものなのか。
人が出入りする音が聞こえ、水が流れ、時には異臭も漂ってくる。
そんな環境で心を無にできるのなら、もはや達人だ。
お前が心の平穏を取り戻している間、僕の心は完全に崩壊している。
お前が無の境地に達しようとしている間、僕のパンツには有が生まれようとしている。
しかも、よく考えてみれば、今の僕も頭の中は一つのことでいっぱいだ。
仕事のことも、将来のことも、昨日の夕飯のことも、全て消え去った。
うんこ。
ただ、それだけを考えている。
ある意味、僕の方が瞑想に近い状態なのかもしれない。
ただし、心はまったく穏やかではない。
悟りを開く前に、扉を開いてくれ。
⑦ 彼女やパートナーからの脱出説
これもあり得る。
彼女や奥さん、パートナーと一緒にショッピングモールへ買い物に来た男性。
最初は楽しかったのだろう。
服を見て、雑貨を見て、あっちの店へ行き、こっちの店へ行く。
「これ、どう思う?」
「こっちとどっちがいい?」
「ちょっと、ちゃんと見てる?」
もう疲れた。
帰りたい。
しかし、そんなことを言えば機嫌を損ねてしまうかもしれない。
そこで男は、ある作戦を思いつく。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
完璧だ。
誰も文句を言えない。
そして個室に入り、鍵を閉める。
無敵モード突入である。
ようやく手に入れた自由。
誰にも話しかけられない。
服を選ばされることもない。
ただ一人、便座に座って静寂を楽しむ。
なるほど。
気持ちは分からなくもない。
しかし、なぜ僕まで巻き込まれなければならないんだ。
お前が彼女から逃げている間、僕はうんこから逃げている。
しかも、お前には帰る場所がある。
待ってくれている人がいる。
僕にはない。
僕を待っているのは、パンツの中の大惨事だけだ。
そろそろ彼女のところへ戻ってくれ。
きっと心配しているぞ。
いや、もしかすると、もう怒っているかもしれない。
お前が個室に長居すればするほど、彼女の機嫌も僕の肛門も悪化していく。
誰も幸せにならない。
お前は彼女と向き合ってくれ。
僕は便器と向き合いたい。
⑧ 時間潰し説
待ち合わせまで、あと30分。
電車が来るまで、あと20分。
映画が始まるまで、あと15分。
微妙に時間が余ってしまった。
カフェに入るほどでもない。
かといって、外で立って待つのも面倒くさい。
そこで思いつく。
「そうだ。トイレに行こう」
いや、待て。
なぜそうなるんだ。
駅にはベンチがある。
ショッピングモールには休憩スペースもある。
それなのに、なぜわざわざトイレの個室を選ぶんだ。
確かに無料だ。
椅子もある。
鍵もかかる。
雨風もしのげる。
冷暖房だって効いているかもしれない。
しかし、ここは無料の待合室じゃないぞ。
お前が暇を持て余している間、僕には一秒の余裕もない。
お前は時間を潰しているのかもしれない。
だが、僕は今、肛門を潰して必死に耐えているんだ。
外には店もある。
本屋もある。
歩いているだけでも暇は潰せるだろう。
お前の暇潰しに、僕のパンツを巻き込まないでくれ。
⑨ 変態説
これは、あまり考えたくない。
しかし、可能性としてはゼロではない。
もしかすると、個室の中で何かとんでもないことをしているのではないだろうか。
人には言えない趣味。
誰にも見せられない行動。
一人きりにならなければできない、秘密の儀式。
お前、一体何をしているんだ。
いや、聞きたくない。
聞いてはいけない気がする。
そもそも、なぜ駅のトイレなんだ。
自宅では駄目なのか。
そんなに個室が好きなのか。
便器に何か特別な魅力でも感じているのか。
頼むから便器を本来の目的で使ってくれ。
もちろん、実際に何をしているのかは分からない。
ただ普通に用を足しているだけかもしれない。
僕の想像が暴走しているだけだ。
しかし、ここまで待たされると、もはや何でも疑いたくなってくる。
お前が何を愛し、どんな秘密を抱えていようが自由だ。
ただ、その情熱を今だけは便器以外のものに向けてくれ。
こっちはもう、別の意味でパンツを脱ぎそうなんだ。
⑩ 着替えている説
もしかすると、個室の中で着替えているのかもしれない。
仕事帰りに私服へ着替える。
これからデートに行く。
スポーツの帰りで汗をかいた。
なるほど。
事情は分かる。
しかし、ここで一つ疑問がある。
お前、何着着替えているんだ。
シャツを脱ぐ。
ズボンを脱ぐ。
新しい服を着る。
普通なら数分で終わるだろう。
まさか、鏡もない個室の中でコーディネートを考えているのか。
「このシャツには、このズボンかな」
「いや、こっちの方が似合うな」
ファッションショーでも開催しているのか。
ここは試着室じゃないぞ。
お前がおしゃれに変身している間、僕の顔色はどんどん悪くなっている。
お前は素敵な服を着て出てくるのかもしれないが、僕はこのままだと汚れた服で帰ることになる。
⑪ 髪型を整え、香水をつけている説
これも考えられる。
これから大事な人と会うのだろう。
髪型を整えたい。
香水もつけたい。
身だしなみを完璧にしたい。
分かる。
第一印象は大切だ。
しかし、なぜ個室なんだ。
洗面台に鏡があるじゃないか。
個室の中でワックスをつけ、前髪を整え、香水を振りかける。
お前、今から誰に会うんだ。
そんなに気合いを入れる相手なのか。
それは素晴らしい。
応援したい。
しかし、僕は今、お前の恋愛を応援している場合ではない。
そもそも、便所で香水をつけるというのも不思議な話だ。
いい香りと悪い香りが混ざって、何とも言えない空間になりそうである。
お前がモテるかどうかより、今は僕が漏れるかどうかの方が重要なんだ。
少なくとも、僕にとっては。
⑫ 荷物を整理している説
個室に入って、カバンを開く。
財布を取り出す。
書類を整理する。
不要なレシートを捨てる。
荷物を詰め直す。
なるほど。
確かに、誰にも邪魔されず荷物を整理できるかもしれない。
しかし、ひとつ言わせてほしい。
お前の部屋でやってくれ。
なぜ、今なんだ。
なぜ、ここなんだ。
何かを探しているのか。
家の鍵か。
イヤホンか。
それとも、人生で失った大切なものでも探しているのか。
もしそうなら、ここにはないと思う。
僕が探しているものは、すぐ目の前にある。
空いている便器だ。
お前の探し物が見つかることを願っている。
だから、僕の探し物も早く使わせてほしい。
⑬ 食事をしている説
まさかとは思うが、食事をしているのではないだろうか。
いわゆる、便所飯である。
人に見られず、一人で食事をしたい。
そんな事情を抱える人もいると聞く。
しかし、なぜトイレなのだろう。
世の中には、食事をする場所がたくさんある。
公園。
ベンチ。
フードコート。
飲食店。
それなのに、なぜ便器の上で弁当を食べるんだ。
お前、そこで何を食べているんだ。
おにぎりか。
サンドイッチか。
まさか、カレーじゃないだろうな。
いや、メニューの問題ではない。
食事をする場所の問題だ。
もちろん、一人で食事をする姿を見られたくないという気持ちは理解できる。
でも、衛生的にもおすすめできない。
何より、今の僕には食事のことなんて考えられない。
お前が食べている間、僕は出したくて仕方がないんだ。
食事と排泄。
人間が生きるうえで欠かせない二つの行為。
しかし、できれば別々の場所でお願いしたい。
⑭ ただ単に動作が遅い説
最後に、これも考えられる。
別にスマホを触っているわけでもない。
寝ているわけでもない。
サボっているわけでもない。
ただ、何をするにもゆっくりなのだ。
ズボンを下ろす。
ゆっくり。
便座に座る。
ゆっくり。
用を足す。
ゆっくり。
お尻を拭く。
ゆっくり。
ズボンを上げる。
ゆっくり。
お前、全部スローモーションなのか。
もちろん、動作がゆっくりな人もいる。
年齢や体の状態によっては、急いで動けない人だっている。
それは仕方ない。
しかし、もし単にのんびりしているだけなら、少しだけ周囲のことも考えてほしい。
外には待っている人間がいる。
しかも、今にも限界を迎えようとしている人間がいる。
僕だ。
お前の時間はゆっくり流れているのかもしれないが、僕の時間はものすごい速度で減っているんだ。
友達のトイレが長すぎる問題
そういえば、トイレの長さについて、もう一つ思うことがある。
友達と一緒に出かけているときだ。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう、待ってるわ」
何気ない会話である。
僕はその場で待つ。
しかし、帰ってこない。
5分。
帰ってこない。
10分。
まだ帰ってこない。
おい、何をしているんだ。
ちょっとトイレに行ってくると言ったじゃないか。
ちょっとって何分なんだ。
お前の「ちょっと」と僕の「ちょっと」は、時間の流れが違うのか。
もしかして、トイレから異世界に転生したのか。
それとも、便器に吸い込まれたのか。
心配になってくる。
しかし、連絡するのもおかしい。
「今、うんこしてる?」
こんなLINEを送るのも嫌だ。
そして、ようやく友達が戻ってくる。
「お待たせー」
お待たせー、じゃないんだ。
お前がうんこしている間、僕はずっと立っていたんだぞ。
しかも、本人は何事もなかったかのように歩き始める。
一体、あの長い時間、何をしていたんだ。
聞きたい。
ものすごく聞きたい。
でも、聞いたところで、
「いや、うんこしてた」
と言われたら、それ以上何も言えない。
うんこは、あらゆる追及を封じ込める魔法の言葉なのだ。
実際、男のトイレはどれくらい長いのか
ここまで、僕の勝手な想像を並べてきた。
しかし、そもそも男性のトイレは本当に長いのだろうか。
気になったので、実際の調査にも目を向けてみた。
2024年10月から12月にかけて、ある施設で個室の滞在時間を測定したとされる調査では、男性の平均が5分40秒、女性の平均が2分12秒という数字が紹介されている。
男性の方が2倍以上長いという数字だ。
ただし、この調査は一次資料や測定条件を確認できていないため、現時点では参考情報にとどめたい。全国平均というわけでもない。
それでも、僕は考えた。
5分40秒。
短いようで、長い。
普通に過ごしているときなら、あっという間だろう。
しかし、腹痛を抱えて個室の前で待っているときの5分40秒はどうだろう。
とんでもなく長い。
しかも、前に一人だけとは限らない。
全ての個室が埋まっているのだ。
誰かが出てくるまで、あと何分かかるのかも分からない。
終わりの見えない待ち時間。
これがつらい。
さらに、個室に入った男性が本当に排便しているのかも分からない。
小便かもしれない。
スマホかもしれない。
僕が先ほど挙げた、謎の瞑想かもしれない。
だからこそ、余計に気になる。
一体、お前たちは何をしているんだ。
そもそも、男性トイレの個室が少なすぎるのではないか
ここで、もう一つ疑問が浮かんできた。
そもそも、男性トイレの個室は足りているのだろうか。
男性トイレには、小便器が並んでいる。
その奥に、個室が数個。
そんな構造が多い。
小便器はたくさんあるのに、個室は少ない。
もちろん、施設によって違う。
しかし、駅のように大勢の人が利用する場所では、個室が数個しかないと、あっという間に埋まってしまう。
そして、全て埋まった瞬間、僕のような人間が誕生する。
腹痛を抱えた、行き場のない男だ。
小便器が何台空いていようが関係ない。
僕が必要としているのは個室なのだ。
これは利用者だけの問題ではないのかもしれない。
個室の数。
利用者の人数。
混雑する時間帯。
設備の配置。
そういった問題もあるのだろう。
だから、僕から一つ提案したい。
緊急うんこ専用個室を作ってくれ。
普段は誰も使わない。
しかし、本当に限界の人間だけが使える。
入室条件は厳しい。
腹痛。
冷や汗。
顔面蒼白。
肛門の限界。
これらを総合的に判断する。
どうやって判断するのかは知らない。
でも、僕なら確実に合格する自信がある。
いや、そんな個室を作るより、普通に個室を増やした方がいいかもしれない。
そして、僕も誰かを待たせているのかもしれない
ここまで散々、個室に長居する男性たちに文句を言ってきた。
しかし、ふと思った。
僕だって、トイレが長いときはある。
腹痛がひどければ、なかなか出られない。
用を足したあとも、お腹の調子が落ち着くまで待つことがある。
もしかすると、その間、外では誰かが待っているのかもしれない。
「おい、早く出てこい」
そう思われているのかもしれない。
なんということだ。
僕もまた、誰かにとっての「トイレが長いやつ」だったのかもしれない。
しかも、職場ではトイレの個室に逃げ込んで、仕事をサボる奥義まで使っている。
自分がやるときは、最高の休憩場所。
他人がやるときは、迷惑な場所。
なんとも都合のいい考え方である。
だから、全ての人に早く出てこいと言いたいわけではない。
便秘なら仕方ない。
体調が悪いなら仕方ない。
持病があるなら、もちろん仕方ない。
急いで出ようとして、体に負担をかける必要もない。
ただ、もしスマホを触っているだけなら。
もしゲームをしているだけなら。
もし、ただ時間を潰しているだけなら。
そろそろ出てきてくれないか。
お前が個室を出れば、誰かが救われるかもしれない。
少なくとも、あの日の僕は救われたはずだ。
最後に。僕はただ、うんこがしたかっただけなのだ。
駅のトイレに駆け込んだ。
全部埋まっていた。
ショッピングモールへ向かった。
必死に耐えた。
なんとか到着した。
しかし、そこも全部埋まっていた。
僕は絶望した。
そして、個室の中にいる男たちが何をしているのか、真剣に考え始めた。
考えれば考えるほど、可能性は広がっていった。
しかし、結局のところ、真相は分からない。
扉の向こう側で何が行われているのか。
それは、本人にしか分からないのだ。
ただ、一つだけ確かなことがある。
トイレの個室は、誰かにとって最後の希望になることがある。
普段は何とも思わない。
ただの便器だ。
しかし、腹痛に襲われた人間にとっては違う。
そこは救いの場所なのだ。
だから、どうかお願いしたい。
本当に必要な人が使えるように、用が済んだら出てきてほしい。
スマホは外でも触れる。
ゲームも外でできる。
瞑想だって公園でできる。
でも、うんこだけは違う。
うんこは、どこでもできるわけではないのだ。
いや、物理的にはできる。
しかし、社会的にはできない。
そこには人間として守らなければならない一線がある。
僕はあの日、その一線を必死に守っていた。
だからこそ、個室の中にいる男たちに伝えたい。
お前たちにも事情があるのだろう。
分かる。
理解したい。
でも、頼む。
本当に用が済んでいるのなら、早く出てきてくれ。
僕は別に、贅沢を言っているわけではない。
広い個室が欲しいわけでもない。
最新式のウォシュレットが欲しいわけでもない。
温かい便座だって、この際どうでもいい。
ただ、扉が開いていてほしい。
それだけなのだ。
僕はただ、うんこがしたかっただけなのだ。
