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社会人バンドが長く続かないのはなぜか。人間関係は難しい。

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僕は社会人になってから、五つくらいのバンドをやった。

五つ。

なかなかの数だと思う。

では、そのバンドたちはどうなったのか。

ほぼ自然消滅した。

解散ライブをしたわけではない。

メンバー全員で集まり、「今日をもって解散します!」と宣言したわけでもない。

音楽性の違いによって、壮絶な喧嘩を繰り広げたわけでもない。

ただ、いつの間にか活動しなくなっていた。

不思議なものだ。

バンドを結成するときは、みんな楽しそうなのだ。

「どんな曲をやろうか」

「月に何回くらいスタジオに入ろうか」

「いつかライブもしたいね」

そんな話をする。

僕もベースを弾くのが好きだった。

ギターが鳴る。

ドラムが入る。

そこにベースを重ねる。

一人で演奏しているときには味わえない楽しさがある。

ところが、しばらくすると、少しずつ集まる回数が減っていく。

次の練習日が決まらない。

誰かの予定が合わない。

仕事が忙しい。

また今度にしよう。

そして、その「また今度」が来なくなる。

解散したわけではない。でも、活動もしていない。

これは一体、どういう状態なのだろう。

正式に解散していないのだから、今でもバンドは存在しているのかもしれない。

だとしたら、僕は現在も五つくらいのバンドに所属していることになる。

なかなか忙しいベーシストだ。

一つも活動していないけれど。

そもそも、なぜ社会人バンドは長く続かないのだろう。

音楽が好きな人たちが集まっている。

誰かに強制されたわけでもない。

自分たちで始めた趣味なのだ。

それなのに、なぜ続かなくなるのか。

これまでの経験を振り返りながら、少し考えてみたい。

目次

① 社会人バンドは、人生に余白があるときに結成される

僕は、社会人バンドが続かない大きな理由は「余白」にあると思っている。

仕事が落ち着いてきた。

休日に時間がある。

生活にも慣れてきた。

昔やっていた音楽を、もう一度始めたい。

そんなときに、人はバンドを組もうと思うのではないだろうか。

もちろん、全員がそうとは限らない。

しかし、仕事と生活だけで精一杯の状態では、なかなか新しいバンドを始めようとは思えない。

時間がある。

お金にも多少の余裕がある。

何より、音楽を楽しもうと思える心の余裕がある。

社会人バンドは、人生に余白があるときに生まれる。

ところが、この余白はずっと続くとは限らない。

仕事が忙しくなる。

部署が変わる。

結婚する。

子どもが生まれる。

引っ越す。

生活環境が変わる。

バンドを結成したときには余裕があった人も、数年後にはまったく違う生活を送っているかもしれない。

そして、バンドは一人ではできない。

四人組のバンドなら、四人分の余白が必要になる。

しかも、その余白が同じ日時に重ならなければならない。

考えてみれば、なかなか難しい。

自分が暇でも、ほかの三人が忙しければスタジオには入れない。

逆に、ほかの三人が暇でも、自分が忙しければ集まれない。

さらに、余白とは単純な空き時間のことではない。

休日に予定がないからといって、必ずしも元気とは限らない。

仕事で疲れている。

人間関係に疲れている。

明日からまた仕事が始まる。

そんなときは、家でゆっくりしたい日もあるだろう。

音楽は好きだ。

スタジオに行けば楽しいことも分かっている。

でも、今日は休みたい。

時間があることと、余白があることは違う。

そして、その余白を四人分そろえなければならない。

なかなかの難題だ。

社会人バンドは、それぞれの人生の余白が偶然重なったときに成立する。

そして、その重なりが少しずつ失われていく。

僕は、これが社会人バンドが続かなくなる根本的な理由なのではないかと思っている。

② メンバーによって音楽への熱量が違う

社会人バンドには、いろんな人がいる。

本気で上達したい人。

ライブをたくさんしたい人。

オリジナル曲を作りたい人。

好きなアーティストのコピーを楽しみたい人。

月に一度、スタジオで音を鳴らせれば満足な人。

全員、音楽が好きなのだ。

しかし、音楽が好きという気持ちと、バンドに求めているものは必ずしも同じではない。

例えば、あるメンバーは毎日練習している。

次のスタジオに向けて、曲を完璧に仕上げてくる。

一方、別のメンバーは仕事が忙しく、ほとんど練習できていない。

スタジオに入る。

演奏が始まる。

当然、うまく合わない。

すると、練習してきた人は思う。

「なんで練習してこないんだ?」

しかし、練習していない人にも言い分がある。

「仕事が忙しかったんだから仕方ないだろ」

どちらの気持ちも分かる。

そして、ここからが難しい。

趣味なのに、なぜ怒られなければならないのか。

そう思う人もいるだろう。

しかし、真剣に取り組んでいる人からすれば、練習してこないメンバーに不満を感じるのも自然なことだ。

せっかく時間とお金を使ってスタジオに来ているのだから、ある程度は仕上げてきてほしい。

これも分かる。

つまり、どちらが悪いという話ではない。

バンドに求めているものが違うのだ。

さらに厄介なのは、こうした温度差が最初から見えているとは限らないことだ。

結成するときは、みんな「楽しくやりたい」と言う。

しかし、その「楽しく」の意味が違う。

ある人にとっては、しっかり練習して完成度の高い演奏をすることが楽しい。

別の人にとっては、多少間違えても笑いながら演奏することが楽しい。

どちらも間違っていない。

ただ、一緒に活動すると難しい。

同じ音楽を演奏しているのに、目指している場所が違う。

これでは、長く続けるのは簡単ではない。

③ 練習日程がまったく合わない

社会人バンドの最大の敵は、音楽ではない。

スケジュール調整だ。

例えば、四人組のバンドがあるとする。

「来週の土曜日、スタジオ入りませんか?」

「すみません。仕事です」

「じゃあ、日曜日は?」

「日曜日は家族と出かけます」

「再来週は?」

「その日は予定があります」

「じゃあ、その次の週は?」

「まだシフトが出ていません」

なるほど。

では、いつなら全員集まれるのだろう。

予定を確認する。

カレンダーを見る。

連絡を取り合う。

ようやく全員の予定が合った。

三か月後だ。

三か月後。

その頃には、何の曲を練習していたのか忘れているかもしれない。

もちろん、これは極端な例だ。

しかし、社会人になると、全員の予定を合わせること自体が一つの仕事になる。

しかも、スタジオの予約も必要だ。

全員が空いている日でも、希望する時間帯にスタジオが空いているとは限らない。

ようやく予約できたと思ったら、誰かが急に仕事になってしまう。

また日程調整だ。

僕は思う。

バンドの練習をする前に、日程調整の練習が必要なのではないか。

さらに、集まる間隔が空くと、練習の効率も悪くなる。

前回どこまで進んだのか。

次は何をする予定だったのか。

誰がどの曲を練習してくることになっていたのか。

思い出すところから始まる。

せっかく曲が仕上がってきたのに、次の練習は二か月後。

また少し忘れる。

また練習する。

そして、また間隔が空く。

前に進んでいるのか、同じ場所をぐるぐる回っているのか分からない。

こうしたことが何度も続くと、少しずつ面倒になってくる。

最初は積極的に予定を合わせていたメンバーも、だんだん返信が遅くなる。

「また予定が分かったら連絡します」

その連絡が来ない。

誰かが悪いわけではない。

ただ、全員の生活を合わせることが難しいのだ。

④ 趣味だったはずなのに、いつの間にか義務になる

最初は楽しい。

好きな曲を演奏する。

大きな音を出す。

メンバーと笑い合う。

仕事とは違う時間を過ごす。

ところが、活動を続けているうちに、やらなければならないことが増えていく。

次の練習までに曲を覚えなければならない。

新しい曲を決めなければならない。

ライブの日程を調整しなければならない。

機材の準備もしなければならない。

場合によっては、集客もしなければならない。

気づけば、趣味だったはずのバンドが、もう一つの仕事のようになっている。

仕事が終わったあとに、また仕事が始まる。

もちろん、本気でバンド活動をしている人にとっては、そうした準備も楽しみの一つだろう。

しかし、気楽に音楽を楽しみたい人にとっては、負担になることもある。

例えば、ライブをすると決まった場合。

曲を仕上げる。

何度もスタジオに入る。

当日は機材を運ぶ。

リハーサルをする。

本番まで待つ。

そして、ようやく演奏する。

三十分。

三十分のために、どれだけ準備しているのだろう。

もちろん、その三十分に価値がある。

だからこそ、ライブをするのだ。

しかし、全員がそこまでしてライブをしたいとは限らない。

スタジオで演奏するだけで満足な人もいる。

ライブの達成感を求める人もいる。

この違いは大きい。

そして、僕は思う。

そもそも、バンドを組んだからといって、ライブをしなければならないのだろうか。

別に、そんな決まりはない。

しかし、いつの間にかライブをすることが当たり前になっている場合もある。

次のライブを決める。

その次のライブも決める。

また練習する。

活動を続けること自体が目的になっていく。

音楽を楽しむために始めたはずなのに。

いつの間にか、音楽を楽しむための活動に追われている。

これは少し考えたいところだ。

⑤ バンドは音楽だけではなく、人間関係でもある

バンドとは何なのだろう。

ギター。

ベース。

ドラム。

ボーカル。

それぞれが楽器を演奏して、一つの音楽を作る。

そういう集まりだ。

しかし、実際には音楽だけをやっていればいいわけではない。

人間関係がある。

これが難しい。

例えば、演奏について意見を言う。

「そこ、もう少しテンポを合わせた方がいいんじゃない?」

普通の提案だ。

しかし、言われた側はどう思うだろう。

「なんでそんな偉そうに言うんだ?」

そう感じる人もいるかもしれない。

もちろん、逆もある。

本当に改善した方がいい部分なのに、誰も指摘しない。

気まずくなるのが嫌だからだ。

すると、演奏はなかなか良くならない。

言えば揉めるかもしれない。

言わなければ改善しない。

なんだか、会社の会議みたいではないか。

しかも、社会人バンドには明確な上下関係がないことも多い。

誰がリーダーなのか。

誰の意見を優先するのか。

曲を決めるときは多数決なのか。

誰か一人が決めるのか。

そうしたことを曖昧にしたまま活動していると、小さな不満が積み重なることもある。

そして、音楽の好みも違う。

同じロックが好きでも、好きなバンドは違う。

同じアーティストが好きでも、演奏したい曲は違う。

ある人は激しい曲をやりたい。

ある人は落ち着いた曲をやりたい。

ある人はオリジナル曲を作りたい。

ある人はコピーだけでいい。

全員が好きな音楽を演奏できればいいのだが、そう簡単にはいかない。

誰かが譲る必要がある。

そして、その譲る回数が偏ってくると、不満が生まれる。

好きな音楽をやるために集まったのに、好きではない音楽を演奏することになる。

これは少し悲しい。

もちろん、ほかのメンバーが好きな音楽に触れることで、新しい発見があることもある。

それもバンドの魅力だ。

しかし、全員が同じように楽しめるとは限らない。

そして、もう一つ難しいことがある。

社会人になると、わざわざ休日に嫌な思いをしたくないのだ。

仕事では、苦手な人とも付き合わなければならない。

納得できないこともある。

我慢しなければならない場面もある。

しかし、趣味は違う。

自分が好きでやっていることだ。

それなのに、メンバーとの関係でストレスを感じる。

休日まで気を遣う。

だったら、別にやらなくてもいいのではないか。

そう考える人がいても不思議ではない。

音楽を楽しむために集まったのに、人間関係に疲れてしまう。

バンドの難しさは、ここにもあると思う。

⑥ 誰か一人に負担が集中する

社会人バンドには、音楽以外にもやらなければならないことがある。

スタジオの予約。

メンバーの日程調整。

練習する曲の提案。

ライブハウスとの連絡。

機材の確認。

お金の管理。

誰かがやらなければならない。

そして、不思議なことに、こういう仕事は特定の人に集中しがちだ。

最初はいい。

「僕が予約しておきますよ!」

「じゃあ、次の日程も決めておきますね!」

積極的に動いてくれる人がいる。

ありがたいことだ。

しかし、それが当たり前になるとどうだろう。

誰も自分から動かなくなる。

スタジオを予約するのは、いつも同じ人。

メンバーに連絡するのも、いつも同じ人。

ライブの予定を確認するのも、いつも同じ人。

バンドを組んだはずなのに、一人だけマネージャーになっている。

しかも、給料は出ない。

むしろ、スタジオ代を払っている。

なんだこれは。

そして、その人が忙しくなったらどうするのか。

その人が面倒になったらどうするのか。

その人が何も言わなくなったら、バンドの活動そのものが止まってしまうかもしれない。

ほかのメンバーは思う。

「最近、スタジオの連絡が来ないなあ」

いや、お前が連絡してもいいんだぞ。

もちろん、得意な人が運営を担当すること自体は悪くない。

ただ、それが当たり前になってしまうと、負担が偏る。

演奏する人は四人いる。

しかし、活動を動かしているのは一人。

その一人が疲れた瞬間、すべてが止まる。

バンドは楽器の音を合わせるだけでなく、メンバーの協力も必要なのだ。

⑦ 社会人バンドは、なぜ自然消滅するのか

僕が経験した五つくらいのバンドも、ほとんどが自然消滅した。

ここで不思議なのは、正式に解散していないことだ。

バンドを結成するときは、分かりやすい。

メンバーが集まる。

やりたい音楽を話し合う。

スタジオに入る。

活動が始まる。

しかし、終わるときはどうだろう。

最後のスタジオ練習。

そのとき、誰も最後だとは思っていなかったかもしれない。

「お疲れさまでした!」

「また次回!」

そう言って帰る。

次の練習日は、まだ決まっていない。

後日、日程を調整しようとする。

誰かの予定が合わない。

また今度にしよう。

しばらく連絡がなくなる。

そして、いつの間にか活動しなくなる。

始まった日は覚えているのに、終わった日は誰も知らない。

なんだか不思議な話だ。

解散する理由があったわけではない。

喧嘩したわけでもない。

誰かが脱退を宣言したわけでもない。

ただ、活動が止まった。

では、そのバンドはいつ解散したのだろう。

最後にスタジオに入った日なのか。

最後にメンバーと連絡を取った日なのか。

それとも、誰も次の練習日を決めようとしなくなった日なのか。

分からない。

もしかすると、今でも活動休止中なのかもしれない。

そして、何年後かに突然連絡が来る可能性だってある。

「久しぶりにスタジオ入らへん?」

そうなれば、活動再開だ。

便利なものだ。

解散していないのだから、再結成する必要もない。

十年間活動していなくても、まだ現役バンドなのかもしれない。

そう考えると、僕はなかなかの数のバンドを掛け持ちしていることになる。

ただし、活動実績はゼロだ。

それでも、僕は自然消滅したことを、必ずしも悪いことだとは思っていない。

バンドを結成したときには、みんなに時間があった。

音楽を楽しむ余裕があった。

しかし、少しずつ生活が変わっていった。

その結果、集まれなくなった。

ただ、それだけなのかもしれない。

そして、僕はもう一つ思う。

自然消滅というのは、必ずしも誰かがバンドを終わらせようと決めた結果ではない。

誰も終わらせようとしていない。

しかし、誰も続けようと動かなくなっている。

誰も解散を望んでいないのに、誰も活動再開のために動かない。

社会人バンドの自然消滅には、そんな不思議なところがあると思う。

⑧ そもそも、社会人バンドは長く続ける必要があるのか

ここまで、社会人バンドが続かない理由について考えてきた。

しかし、僕は途中で一つのことを思った。

そもそも、バンドを長く続ける必要なんてあるのだろうか。

もちろん、長く続けたい人は続ければいい。

何十年も同じメンバーで活動しているバンドは、素晴らしいと思う。

しかし、全員がそれを目指す必要はない。

例えば、久しぶりに昔の仲間に連絡する。

「今度、スタジオ入らへん?」

予定が合う人たちで集まる。

好きな曲を演奏する。

二時間くらい音を鳴らす。

楽しかった。

解散。

それでいいじゃないか。

次の練習日を決める必要もない。

ライブをする必要もない。

新曲を作る必要もない。

毎週集まる必要もない。

そもそも、正式にバンドを結成する必要すらないのかもしれない。

ただ、音楽が好きな人たちが集まって、演奏する。

それだけだ。

そして、また集まりたくなったら集まればいい。

一か月後でもいい。

半年後でもいい。

三年後でもいい。

別に、次がなくてもいい。

その日が楽しかったなら、それで十分ではないだろうか。

僕は、社会人バンドというものを、少し難しく考えすぎていたのかもしれない。

バンドを組む。

活動を続ける。

ライブをする。

新しい曲を作る。

もっと上達する。

もちろん、そういう楽しみ方もある。

しかし、音楽を楽しむ方法は、それだけではない。

バンドを続けるために音楽をするのではなく、音楽を楽しむために集まる。

それくらいの気楽さがあってもいいと思う。

考えてみれば、僕たちは趣味に対しても、何かと継続を求めがちだ。

せっかく始めたのだから、続けなければならない。

せっかく練習したのだから、ライブをしなければならない。

せっかくメンバーが集まったのだから、活動を止めてはいけない。

しかし、本当にそうだろうか。

例えば、友人と一日だけ旅行に行ったとする。

楽しかった。

また行けたらいいね。

それで終わっても、誰も失敗したとは思わない。

毎月旅行に行かなければならないわけではない。

同じメンバーで旅行を続けなければならないわけでもない。

なのに、バンドになると、なぜか継続することが前提になりやすい。

一日だけ集まって演奏する。

それも立派な音楽の楽しみ方ではないだろうか。

一度きりだったからといって、その時間の価値がなくなるわけではない。

むしろ、次の予定を決める必要がなければ、気楽に集まれる人もいるかもしれない。

忙しくなったら休む。

余裕ができたら、また演奏する。

そんな付き合い方でもいい。

社会人になってからは、その方が長く音楽を楽しめる人もいると思う。

まとめ|音楽は、続けることだけが正解ではない

僕は社会人になってから、五つくらいのバンドをやった。

そのほとんどが自然消滅した。

しかし、今はそれを必ずしも残念なことだとは思っていない。

バンドが続かなかったからといって、そこで過ごした時間が無駄になるわけではない。

スタジオで演奏した時間。

メンバーと笑い合った時間。

うまく演奏できたときの喜び。

何度も失敗した曲。

そういう時間があったことに変わりはない。

続かなかったことと、楽しくなかったことは違う。

社会人には、それぞれの人生がある。

仕事がある。

家庭がある。

ほかにやりたいこともある。

そして、人生の余白は少しずつ変わっていく。

だから、続かなくなることもある。

それは誰かが悪いわけではない。

人間関係が難しいこともある。

熱量が違うこともある。

予定が合わないこともある。

ただ、生活が変わっただけということもある。

もちろん、長く続けるために努力することも大切だ。

メンバー同士で話し合う。

無理のない活動頻度を決める。

お互いの生活を尊重する。

そうした工夫によって、長く続けられるバンドもあるだろう。

しかし、続けることだけを正解にする必要はないと思う。

音楽が好きなら、一人で楽器を弾いてもいい。

好きな曲を聴いてもいい。

ライブを観に行ってもいい。

そして、誰かと演奏したくなったら、また集まればいい。

一日だけでもいい。

久しぶりにスタジオに入って、好きな曲を演奏する。

「ああ、やっぱり楽しいな」

そう思えたら、それで十分だ。

僕が経験したバンドは、ほとんど自然消滅した。

今となっては、正式に解散したのかどうかも分からない。

でも、別にいい。

またいつか、誰かから連絡が来るかもしれない。

「久しぶりにスタジオ入らへん?」

そのとき、僕にも余白があれば、ベースを持って出かけようと思う。

そして、みんなで音を鳴らす。

楽しかったら、また集まればいい。

次がなくても、それはそれでいい。

音楽は、続けることだけが正解ではないのだから。

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