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電車で化粧はみっともない?気持ち悪い?僕は賛成派。なぜマナー違なのか。

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電車で化粧をしている女性がいる。

鏡を取り出し、ファンデーションを塗り、眉毛を描き、口紅を塗る。

朝の通勤電車では、時々見かける光景だ。

どうやら、これを「みっともない」と感じる人がいるらしい。

「電車で化粧するなんて非常識」

「人前ですることではない」

「見ているこっちが恥ずかしい」

「社会人としてのマナーがなっていない」

なるほど。

まあ、言いたいことは分からなくもない。

では、僕はどう思うのか。

別にいいんじゃないか。

化粧したければすればいい。

僕は賛成派だ。

ただ、積極的に「皆さん! 電車でどんどん化粧しましょう!」と推奨しているわけでもない。

正直に言おう。

どうでもいい。

僕は電車に乗っている間、基本的に本を読んでいる。

隣の女性がファンデーションを塗っていようが、向かいの女性が眉毛を描いていようが、別に構わない。

僕には僕の世界がある。

今、主人公が大変なことになっているのだ。

それどころではない。

もちろん、化粧品の粉が飛んできたり、肘がぶつかったりすれば話は別だ。

しかし、静かに自分の顔に化粧をしているだけなら、何が問題なのだろう。

そもそも、電車にはもっと気になる人がいる。

大股を広げて座っている人。

満員なのにドアの横から頑なに動かない人。

大声で電話している人。

鼻をほじっている人。

豪快なくしゃみを周囲にまき散らす人。

そういう人たちと比べれば、静かに化粧をしている女性なんて、かわいいものではないか。

いや、別にかわいいかどうかは知らない。

顔を見ていないのだから。

僕は本を読んでいる。

それなのに、なぜ電車で化粧をする女性は、これほど批判されるのだろう。

少し考えてみたい。

目次

電車で化粧する女性は、なぜみっともないと言われるのか

電車で化粧をすることに否定的な人は、一定数いる。

理由はいろいろあるようだ。

公共の場所ですることではない。

周囲の人に不快感を与える。

化粧は家で済ませるべきだ。

女性として品がない。

中には、化粧をしている姿そのものが気持ち悪いと感じる人もいるらしい。

なかなか厳しい。

僕は不思議に思う。

そもそも、何がそんなにみっともないのだろう。

化粧というのは、自分の身だしなみを整える行為だ。

少しでも綺麗に見せたい。

顔色をよく見せたい。

自分の好きな顔に近づけたい。

理由は人それぞれだろう。

ところが、身だしなみを整えているはずなのに、その行為自体が身だしなみの悪さとして批判される。

なんだこれは。

身だしなみを整えているのに、身だしなみがなっていない。

なかなか不思議な話ではないか。

もちろん、化粧をする場所によって印象が変わることは理解できる。

家で化粧をする。

問題ない。

化粧室で化粧をする。

これも問題ない。

電車で化粧をする。

突然、みっともない。

どうやら、問題は化粧そのものではなく、化粧をしているところを他人に見せることらしい。

しかし、それならなおさら疑問が残る。

他人に化粧をしている姿を見せることは、そんなに悪いことなのだろうか。

そもそも、どこからがマナー違反なのか

僕には、どうしても分からないことがある。

電車で化粧をするのがマナー違反だとして、いったいどこからがアウトなのだろう。

例えば、リップクリーム。

唇が乾燥したので、リップクリームを塗る。

これはいいのだろうか。

おそらく、多くの人は気にしないだろう。

では、色付きリップクリームは?

保湿効果がある。

しかし、唇に色も付く。

これは化粧なのか。

それとも保湿なのか。

どちらなのだ。

さらに、口紅。

これは完全に化粧だろう。

では、リップクリームはよくて、口紅はダメなのか。

色が付いた瞬間、マナー違反になるのだろうか。

なんだ、その境界線は。

ほかにもある。

手鏡で顔を確認する。

前髪を整える。

眉毛を描く。

ファンデーションを塗る。

アイラインを引く。

つけまつげを付ける。

フルメイクを完成させる。

どこからがアウトなのだろう。

誰か、明確な基準を教えてほしい。

例えば、電車で色付きリップを塗った瞬間、車内アナウンスが流れるのだろうか。

「お客様にお知らせいたします。ただいま、三号車にて化粧行為が確認されました」

「なお、保湿目的であれば問題ございません」

「しかしながら、発色が確認されたため、マナー違反と判断いたします」

そんな電車は嫌だ。

しかも、男性が電車で髪型を整えることもある。

僕だって、前髪が気になれば直すことくらいある。

それはいいのだろうか。

ワックスを付けたら?

眉毛を整えたら?

結局、何をしているかだけではなく、どれくらい周囲に影響があるのかも重要なのだと思う。

しかし、単に「化粧だからダメ」というなら、あまりにも境界線が曖昧ではないか。

化粧をしなくてもマナー違反。電車でしてもマナー違反

ここで、もう一つ考えたいことがある。

そもそも、女性はなぜ化粧をしなければならないのだろう。

もちろん、化粧が好きな女性もいる。

化粧そのものを楽しんでいる人もいる。

それは素晴らしいことだと思う。

しかし、全員がそうなのだろうか。

本当は化粧なんて面倒くさい。

できることなら、すっぴんで出勤したい。

そう思っている女性もいるのではないか。

それなのに、職場によっては化粧をすることが当然のように求められる。

「社会人なんだから、最低限の化粧くらいしなさい」

「身だしなみを整えなさい」

そんな価値観が、今でも残っているところはあるだろう。

では、化粧をするための時間はどうするのか。

朝、早く起きなければならない。

眠い。

疲れている。

少しでも長く寝ていたい。

それでも化粧をする。

ところが、時間がなくなって電車で化粧をすると、今度はこう言われる。

「電車で化粧するなんて、マナー違反だ!」

化粧をしなくてもマナー違反。電車で化粧してもマナー違反。

どうしろというのだ。

もちろん、家で済ませればいいという意見も分かる。

しかし、そもそも化粧をしなければならないという前提については、どうなのだろう。

男性なら、顔を洗って、寝癖を直して、そのまま出勤できる職場も多い。

一方、女性にはそれ以上の身だしなみが期待されることもある。

だったら、僕は思う。

女性だって、すっぴんで出勤していいじゃないか。

化粧をしたければすればいい。

したくなければ、しなくてもいい。

もちろん、仕事によって服装や衛生面などの決まりがあることは理解できる。

しかし、女性だからという理由だけで、化粧を当然の義務にする必要があるのだろうか。

そして、もし化粧を求めるのであれば、そのための負担についても考えるべきではないか。

電車で化粧をする女性を批判する前に、そもそも女性に化粧を求める社会について考えてみてもいい気がする。

みっともないって、そもそも何なのだろう

電車で化粧をする姿は、みっともない。

そう言われる。

では、みっともないとは何なのだろう。

見苦しいこと?

品がないこと?

他人に不快感を与えること?

僕にはよく分からない。

例えば、僕が電車でボケーッとしているとする。

口を半開きにして、虚空を見つめている。

何も考えていない。

ただ、ボケーッとしている。

相当みっともない顔をしているかもしれない。

では、これはマナー違反なのだろうか。

「お客様、口が開いております」

「その表情は、周囲のお客様に不快感を与える可能性がございます」

そんな注意を受けるのだろうか。

困る。

僕はただ、ボケーッとしていただけなのだ。

さらに、電車で寝ている人。

疲れているのだろう。

口を開けて眠っている。

首がガクンと落ちる。

また戻る。

また落ちる。

見方によっては、みっともないかもしれない。

しかし、だからといってマナー違反なのだろうか。

僕たちは、品よく眠らなければならないのか。

背筋を伸ばし、口を閉じ、上品な表情を保ちながら眠る。

無理だ。

寝ているのだから。

もちろん、隣の人にもたれかかったり、通路を塞いだりするのは困る。

でも、単に寝顔がみっともないというだけなら、別にいいではないか。

そもそも、他人の顔にそこまで厳しくする必要があるのだろうか。

共感性羞恥?だったら見なければいい

電車で化粧をしている女性を見ると、共感性羞恥を感じるという意見もある。

本人は恥ずかしいと思っていないのに、見ているこちらが恥ずかしくなる。

なるほど。

そういう感覚があることは理解できる。

僕だって、他人の行動を見て恥ずかしくなることはある。

ただ、一つ思う。

そもそも、見なければいいじゃないか。

電車で化粧している女性がいる。

みっともない。

見ているこっちが恥ずかしい。

気持ち悪い。

だったら、視線を外せばいい。

別に、その女性はあなたに化粧を見せつけているわけではない。

「皆さん! 今から私のメイクをご覧ください!」

と、車内で実演販売を始めたわけでもない。

ただ、自分の顔に化粧をしているだけだ。

それを見て、勝手に恥ずかしくなって、やめてほしいと思う。

なぜ、そんなに一生懸命見ているのだ。

例えば、道端で野糞をしている人間を見かけたとする。

もちろん、野糞は衛生上の問題もあるし、公共の場での化粧とはまったく違う。

そこは分けて考えなければならない。

しかし、見たくない光景に出くわしたとき、僕たちは普通どうするだろう。

まじまじと観察するのか。

「うわあ! みっともない!」

「なんて恥ずかしいんだ!」

と言いながら、最後まで見届けるのだろうか。

普通、目をそらすだろう。

少なくとも、僕はそうする。

そして、できればその場を離れる。

そもそも、野糞をしている人間を観察している僕まで、何かおかしな人間に見られそうだ。

もちろん、見なければすべて解決するという話ではない。

実際に迷惑をかけられているなら、目をそらしたところで解決しない。

しかし、単に見ていて恥ずかしいというだけなら、見ないという選択肢もあるのではないか。

自分が恥ずかしいと感じることと、相手が恥ずべきことをしていることは、別の話だ。

僕はそう思う。

周囲の乗客を人間扱いしていない?

電車で化粧をする女性は、周囲の乗客を人間扱いしていない。

そんな考え方もあるらしい。

どういうことだろう。

例えば、同じ電車に片思いの相手がいたら、化粧をするだろうか。

付き合い始めたばかりの恋人がいたら?

直属の上司がいたら?

おそらく、化粧をしないのではないか。

なぜなら、相手の目が気になるから。

ところが、知らない乗客の前では平気で化粧をする。

つまり、知らない乗客のことはどうでもいいと思っている。

そういう理屈らしい。

なるほど。

言いたいことは分かる。

しかし、僕は思う。

そら、知らない人の前ではそこまで気にしないだろう。

僕だって、好きな女性と会うときは服装を気にするかもしれない。

髪型も整えるだろう。

鏡を見る回数も増えるかもしれない。

しかし、近所のコンビニに行くときはどうだろう。

適当な服装で行く。

寝癖が付いているかもしれない。

では、僕はコンビニの店員を人間扱いしていないのだろうか。

そんなことはない。

相手によって、自分の見せ方が変わる。

それは自然なことではないか。

そもそも、知らない人に好かれようとしないことと、知らない人を尊重しないことは違う。

僕は電車で隣に座っているおじさんに、格好いいと思われたいわけではない。

しかし、そのおじさんが困っていたら助けることもあるだろう。

邪魔になれば身体を動かす。

必要なら席だって譲る。

それでいいのではないか。

他人を人間として尊重することと、他人によく思われたいことは、まったく違う。

それに、電車で化粧をしている女性が、周囲の人間をどう思っているのかなんて分からない。

単に時間がないだけかもしれない。

化粧をしている姿を見られることに抵抗がないだけかもしれない。

恋人の前でも普通に化粧する人だっているだろう。

それなのに、化粧をしているという行動だけで、その人の人間性まで判断する必要があるのだろうか。

僕には、少し大げさに感じられる。

電車には、もっとみっともない人がいる

そもそも、電車で化粧をする女性がみっともないというなら、僕にはもっと気になる人がいる。

例えば、大股を広げて座っている人。

一人で二人分のスペースを使っている。

隣の人は窮屈そうだ。

これはどうなのだろう。

満員電車なのに、ドアの横から頑なに動かない人もいる。

降りる人がいる。

乗る人もいる。

それなのに動かない。

まるで、ドアの横に住んでいるかのようだ。

ほかにも、大声で電話をしている人。

鼻をほじっている人。

周囲を気にせず豪快なくしゃみをする人。

足を投げ出して座っている人。

電車には、本当にいろんな人がいる。

僕からすれば、静かに化粧をしている女性より、よほど気になる。

もちろん、これは僕の感覚だ。

化粧をしている姿の方が気になるという人もいるだろう。

それはそれでいい。

ただ、ここで考えたいのは、みっともないことと、実際に迷惑をかけていることは同じではないということだ。

例えば、大股を広げて座っている人は、隣の人のスペースを奪っているかもしれない。

ドアの横から動かない人は、乗り降りの邪魔になっているかもしれない。

大声で電話をしている人は、周囲の静けさを壊している。

では、静かに化粧をしている女性はどうだろう。

もちろん、粉が飛んだり、肘が当たったりすることはあるかもしれない。

しかし、そうでない場合は?

単に、化粧をしている姿が気に入らない。

それだけなのだろうか。

自分が不快に感じることと、相手が実際に迷惑をかけていることは、分けて考えたい。

「品がない」はマナー違反の理由になるのか

電車で化粧をする女性は、品がない。

そう感じる人もいる。

なるほど。

別に、その感覚を否定するつもりはない。

人によって、美しいと思うものも、みっともないと思うものも違う。

しかし、僕は思う。

品がないと感じる行為は、すべてマナー違反になるのだろうか。

例えば、僕が電車で口を開けて寝ていたとする。

品がない。

そう感じる人もいるだろう。

では、僕は眠ることをやめなければならないのか。

あるいは、電車でお腹が鳴ったらどうだろう。

グゥゥゥ。

なかなか大きな音だ。

恥ずかしい。

しかし、僕だって鳴らしたくて鳴らしているわけではない。

お腹が勝手に鳴ったのだ。

「お客様、ただいまのお腹の音は品位を欠いております」

そんなことを言われても困る。

もちろん、わざと大きな音を立てたり、周囲に迷惑をかけたりする行為は別だ。

ただ、品があるかどうかという評価は、かなり主観的なものでもある。

ある人にとっては不快な光景でも、別の人にとっては何とも思わない。

だったら、誰か一人の美意識を、そのまま全員のルールにしていいのだろうか。

僕は、そこに疑問を感じる。

品がないと思う自由はある。でも、品がないと思った相手に、何でもやめさせていいわけではない。

そういうことではないだろうか。

電車は公共の場所だから、化粧をしてはいけない?

電車は公共の場所だ。

だから、化粧をするべきではない。

これもよく聞く意見だ。

確かに、電車は自分一人の空間ではない。

いろんな人が利用する。

だから、周囲への配慮は必要だ。

それは僕も同意する。

しかし、公共の場所だから個人的な行為をしてはいけないというなら、どこまでが許されるのだろう。

本を読む。

スマホを見る。

音楽を聴く。

眠る。

髪を整える。

化粧をする。

どれも個人的な行為だ。

僕なんて、電車に乗るとすぐに本を開く。

目の前で何が起きているのか、ほとんど気にしていない。

では、僕は公共の場所を私物化しているのだろうか。

そんなことはないだろう。

もちろん、読書と化粧では周囲への影響が違う場合もある。

だから、まったく同じ行為だと言いたいわけではない。

ただ、公共の場所だからという理由だけでは、化粧をしてはいけない理由として少し足りない気がする。

電車は、いろんな人が同じ空間を共有する場所だ。

だからこそ、お互いに配慮する必要がある。

しかし、それは全員が同じ行動をしなければならないという意味ではないはずだ。

公共の場所であることと、個人的なことを一切してはいけないことは、別の話だ。

逆に、化粧しているところを見ていたら面白いんじゃないか

ここまで、電車で化粧をすることについて考えてきた。

しかし、僕にはもう一つ思うことがある。

逆に、見ていたら面白いんじゃないか。

化粧をしている女性の顔が、少しずつ完成されていく。

ファンデーションを塗る。

眉毛を描く。

アイラインを引く。

口紅を塗る。

完成だ。

すごい。

一人の人間の顔が、目の前でどんどん変わっていく。

僕は化粧に詳しくない。

だからこそ、その技術には純粋に興味がある。

特に、アイライン。

あれはすごいと思う。

目元に細い線を引くのだろう。

しかも、揺れる電車の中で。

僕なんて、電車の中で文字を書こうとしても、まともに書ける自信がない。

それを、自分の目元に細い線を引く。

なかなかの技術ではないか。

もちろん、実際には電車が揺れて危ないこともあるだろう。

だから、積極的におすすめするつもりはない。

ただ、その器用さには感心する。

それに、女性同士なら、自分のメイクと比較してみることもできるのではないか。

「あっ、その順番で塗るんだ!」

「そんな道具があるのか!」

「なるほど、その技術は知らなかった!」

そんな発見があるかもしれない。

知らんけど。

僕は化粧をしたことがないので、何が正解なのかも分からない。

そもそも、化粧に正解があるのかどうかも知らない。

でも、他人のメイクを見ることで、新しい技術を知る人もいるのではないだろうか。

つまり、同じ光景でも、見る人によって感想は違うということだ。

みっともないと思う人もいる。

気持ち悪いと思う人もいる。

面白いと思う人もいる。

技術に感心する人もいる。

そして、僕のように、どうでもいいと思う人もいる。

もちろん、だからといって、知らない女性の顔をじろじろ観察するつもりはない。

そんなことをしたら、今度は僕の方が迷惑な人間になってしまう。

電車で化粧する女性をみっともないと批判していたら、隣で知らない男がずっと化粧を観察している。

そっちの方が怖いだろう。

だから、僕は本を読む。

メイクが完成する瞬間まで見届けることは、おそらくない。

電車で化粧することは、そんなに悪いことなのだろうか

ここまでいろいろ考えてきたが、僕の意見は最初から変わっていない。

別にいいんじゃないか。

電車で化粧をする女性を見て、みっともないと思う人がいる。

それは自由だ。

気持ち悪いと感じる人もいるかもしれない。

それも、その人の感覚だ。

僕は、その感覚まで否定するつもりはない。

ただ、だからといって、相手が必ずしも悪いことをしているとは限らない。

もちろん、周囲への配慮は必要だ。

化粧品の粉が飛んでくる。

強い匂いがする。

肘が当たる。

道具を広げて隣の人の邪魔になる。

そういうことがあれば、問題だと思う。

しかし、それは化粧をしていること自体というより、周囲への迷惑の問題だ。

静かに、自分のスペースで化粧をしている。

それなら、僕は別に構わない。

そもそも、僕たちは他人の行動を気にしすぎなのかもしれない。

電車には、いろんな人がいる。

仕事に向かう人。

学校に向かう人。

遊びに行く人。

疲れて眠っている人。

本を読んでいる人。

化粧をしている人。

それぞれに事情がある。

朝、少しでも長く寝ていたかったのかもしれない。

急いで家を出てきたのかもしれない。

単純に、電車で化粧をすることが習慣になっているだけかもしれない。

僕には分からない。

そして、分からなくてもいいと思う。

知らない人の事情を、すべて理解する必要なんてない。

ただ、周囲に迷惑をかけないようにする。

それだけで十分ではないだろうか。

もちろん、これは僕個人の考えだ。

電車で化粧をすることに抵抗がある人もいるだろう。

その感覚を無理に変えてほしいとも思わない。

ただ、みっともないという理由だけで、他人の行動を否定する必要があるのか。

そこは、少し考えてみてもいい気がする。

僕は今日も電車に乗る。

席に座り、本を開く。

目の前には、まだ読んでいない物語が広がっている。

隣で誰かが化粧を始めるかもしれない。

ファンデーションを塗るかもしれない。

眉毛を描くかもしれない。

口紅を塗るかもしれない。

別にいい。

お好きにどうぞ。

僕は僕で、好きなことをしている。

他人の顔より、今は目の前の小説の続きが気になるのだ。

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