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職場の仮眠室で寝られない。汚い、うるさい、臭い、地獄。

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「ゆっくり休んでください」

休憩時間になると、そう言われる。

ありがたい話だ。夜勤で働いていると、途中で少しでも横になれる時間があるのは助かる。眠れなくても、ベッドで目を閉じているだけで違う。そう思っていた。

仮眠室を見るまでは。

目次

仮眠室とかいう地獄

初めてその部屋に入ったとき、僕は少し固まった。

狭い。

そして、その狭い部屋に二段ベッドが二つ置いてある。

つまり、四人部屋だ。

カーテンはない。仕切りもない。個室感を演出しようという努力すらない。ただ二段ベッドが二つ、堂々と置かれている。

ここで寝るのか。

知らない人と。

四人で。

ホテルの相部屋ならまだわかる。そういう宿泊形態を自分で選んでいる。でも、ここは職場の仮眠室だ。「では皆さん、ここで休んでください」と突然、人間を四人まとめて寝かせる。

寝るという行為を、ずいぶん気軽に考えていないだろうか。

僕は他人がいるところで眠るのが苦手だ。

誰かがいるだけで気になる。寝返りを打ったらうるさくないだろうか。布団が擦れる音は大丈夫だろうか。咳をしたら起こさないだろうか。

相手は僕のことなんて気にしていないのかもしれない。でも僕は気にする。

眠る前から、すでに眠る以外のことを考えている。

このシーツ、最後いつ洗濯したんだ

とりあえず、上段に上がった。

シーツが敷いてある。

僕はそれを見た。

……これ、最後いつ洗濯したんだ。

いや、考えるな。

職場が用意しているものだ。きっと交換されている。たぶん。おそらく。そうであってほしい。

このシーツで何人が寝たのだろう。

考えるな。

誰が寝たのだろう。

考えるな。

汗は。

やめろ。

知らない方が幸せなことは世の中にたくさんある。仮眠室のシーツの最終洗濯日も、その一つなのだと思う。

しかも、この寝具は僕専用ではない。

仮眠時間が終われば僕が出る。そのあと別の人が入る。人が入れ替わりながら、同じベッドを使っていく。

もちろん毎回その場でシーツを全部剥がし、洗濯したてのものに交換している様子はない。

そのまま入れ替わる。

この「そのまま」が怖い。

椅子なら気にならない。電車の座席だって、さっきまで誰が座っていたかなんて考えない。飲食店の椅子も、公園のベンチも平気だ。

でも寝具になると、急に話が変わる。

枕には顔を置く。

シーツには身体を預ける。

眠っている間は汗もかく。

距離が近すぎるのだ。

知らない人が座っていた椅子には座れるのに、知らない人がついさっきまで寝ていた布団に「はい、次どうぞ」と案内されると、一気にその人の存在を感じる。

僕の前に誰がここで寝ていたのか。

その人の前は誰なのか。

このリレーはどこから始まったのか。

考えてはいけない。

仮眠室で最も必要なのは、睡眠薬でも高級マットレスでもない。

想像力を止める能力なのかもしれない。

僕は横になった。

枕がある。

何気なく枕を匂ってみた。

くさっ。

なぜ嗅いだ。

さっきまで「考えるな」と自分に言い聞かせていた人間が、自ら答え合わせをしてしまった。

人間には、知らなくていいことがある。

僕は開始数分でその真理に辿り着いた。

しかし、もう遅い。

一度知ってしまった臭いは、知らなかった頃には戻せない。

枕に頭を置く。

さっきまでただの枕だったものが、「臭い枕」に変わっている。

寝たい。

でも、鼻のすぐ横に臭い枕がある。

どうして僕は嗅いだんだ。

いびき、口臭、靴下。休ませる気はあるのか

後悔しながら天井を見つめていると、下から音が聞こえてきた。

グォォォ……。

真下の人は、すでに寝ていた。

早い。

僕がシーツの歴史を考え、枕の臭いを確認し、自分の行動を後悔している間に、この人はもう夢の中にいる。

グォォォ……。

いびきが響く。

二段ベッドなので、当然近い。

さらに困ったことがあった。

臭う。

口臭なのか。

それとも靴下なのか。

たぶん両方だ。

下から何かが上がってくる。

空気というものは、こんなにも人の存在を運んでくるものなのか。

僕はそっと呼吸をした。

いや、呼吸をしないわけにはいかない。

せめてカーテンをくれ。

そう思った。

カーテン一枚あれば、視界くらいは遮れる。少なくとも「知らない人と一緒に寝ている」という感覚は少し薄くなる。

いや。

カーテンじゃない。

空気清浄機をくれ。

死んでしまう。

僕が求めているものが、プライバシーから生命維持に変わった。

何が「ゆっくり休んでください」だ。

ゆっくり休める要素を探してみる。

ベッドがある。

以上。

仮眠室なのに、五感が休む暇がない

目を閉じる。

すると今度は、外から声が聞こえてきた。

「はい、お世話になっております」

仕事の電話だ。

仮眠室の外で誰かが電話をしている。

もちろん、その人は悪くない。仕事をしているのだ。むしろ正しい。

でも、こっちは寝ようとしている。

「はい、確認いたします」

確認しなくていい。

いや、仕事だから確認してくれ。

でも今だけは静かにしてくれ。

僕の中で社会人と睡眠欲が戦っている。

下からはいびき。

外からは仕事の電話。

枕は臭い。

シーツはいつ洗ったかわからない。

まだ始まったばかりなのに、もう帰りたい。

ふと横を見る。

向かい側の上段にも人がいる。

スマホを見ている。

暗い部屋の中で、顔だけがぼんやり光っている。

眩しい。

しかも動画を見ているらしい。

しばらくすると、

「フフッ」

笑った。

楽しそうで何よりだ。

僕は寝たい。

横では知らないおっさんがスマホを見ながら笑っている。

下では別の知らないおっさんがいびきをかいている。

外では知らない誰かが仕事の電話をしている。

僕は天井を見ている。

これは何の時間なんだ。

休憩とは、こんなに情報量の多いものだっただろうか。

視覚、聴覚、嗅覚。

全部忙しい。

休憩中なのに、感覚器官だけがフル稼働している。

突然の寝言。そして歯ぎしり

そのとき、斜め下から声がした。

誰かと話しているような声だった。

おもむろに喋り出した。

ね、寝言か?

誰かと会話しているわけではない。

寝ている。

寝ながら喋っている。

すごい。

僕はまだ眠りの入口にすら立てていないのに、この人はすでに夢の中で会話まで始めている。

しばらくすると静かになった。

よかった。

一つ減った。

そう思った。

ギリッ。

……ん?

ギリギリギリッ。

今度は歯ぎしりが始まった。

レパートリーが多い。

寝言が終わったと思ったら、第二部が始まった。

僕は目を閉じたまま思った。

何なんだこれは。

地獄絵図だ。

ただ、不思議なのは、誰も悪くないことだ。

いびきをかいている人は寝ているだけ。

寝言を言っている人も寝ているだけ。

歯ぎしりだって本人は知らない。

横の人はスマホを見ているだけ。

外の人は仕事をしているだけ。

僕も寝ようとしているだけ。

全員がそれぞれ普通のことをしている。

なのに、それらを一つの小さな部屋に集めると地獄になる。

人間とは不思議だ。

何が楽しくて、知らんおっさんの寝顔を見ないといけないのか

しばらくすると、横のスマホの光が消えた。

お。

寝たようだ。

よかった。

これで一つ、眠れない理由が消えた。

僕は何気なく横を見た。

????

こっちを向いている。

寝ている。

なぜか、こっちを見ながら寝ている。

いや、目は閉じている。

だから正確には見ていない。

でも、こっちを向いている。

暗闇の中、知らないおっさんの寝顔がある。

何が楽しくて、知らんおっさんの寝顔を見ないといけないのか。

どんな休憩なんだ。

目を閉じる。

でも、いる。

目を開ける。

いる。

もちろん相手に罪はない。

寝相だ。

寝ている人間に「こっちを向くな」と言うわけにもいかない。

だから僕が目を閉じるしかない。

でも目を閉じると、下からいびきが聞こえる。

ギリギリと歯ぎしりも聞こえる。

臭いもする。

逃げ場がない。

漫画喫茶の方が、よっぽど極楽だ

漫画喫茶を思い出した。

漫画喫茶の方が、よっぽど極楽だ。

個室や仕切りがある。

知らない人の寝顔は見えない。

空調もある。

店によってはフラットな席もある。

そもそも漫画喫茶は、寝るためだけの施設ですらない。

漫画を読むための場所に負けてどうする。

こっちは「仮眠室」だぞ。

仮眠という言葉を看板に掲げている部屋が、漫画喫茶より眠りにくい。

豪華なベッドなんていらない。

高級マットレスもいらない。

せめてカーテンを。

いや、空気清浄機をくれ。

死んでしまう。

「寝なければ」と思うほど眠れなくなる

そもそも「仮眠」という言葉には、もっと軽やかな響きがある。

ちょっと横になる。

少し目を閉じる。

起きたら頭がスッキリしている。

僕が想像していたのは、そういうものだった。

実際には違った。

仮眠室へ入った瞬間から、僕の仕事が増えた。

どこに寝るかを確認する。寝具を気にする。音を気にする。臭いを気にする。人の気配を気にする。自分が音を出していないかまで気にする。

普段の仕事より気を配っているんじゃないかと思う。

休憩なのに、気配りだけは残業している。

しかも寝ようとしているから、逃げることもできない。

起きているならスマホでも見ればいい。本でも読めばいい。でも「せっかく仮眠時間があるのだから寝ないともったいない」と思う。

この「もったいない」がさらに僕を追い詰める。

寝なければ損。

早く寝ろ。

あと四十分。

あと三十分。

あと二十分。

睡眠がどんどん締め切りのある作業になっていく。

こんなに焦って眠ろうとしたことがあるだろうか。

眠るために頑張っている時点で、もう何かがおかしい。

僕は再び目を閉じた。

寝たい。

とにかく寝たい。

少しでも眠れば、この後の仕事が楽になる。

何も考えないようにしよう。

無になる。

グォォォ……。

無になる。

ギリギリギリ……。

無になる。

外から話し声。

無になれない。

眠ろうとすればするほど、眠れない。

「寝なければ」と思った瞬間から、睡眠は仕事になる。

あと何分ある。

今寝れば何分眠れる。

早く寝ないと。

そう考えるたびに、残り時間だけが減っていく。

時計を見る。

まだ大丈夫。

目を閉じる。

また時計を見る。

え。

こんなに時間経った?

寝てない。

もう一度目を閉じる。

たぶん今度こそ眠れる。

……。

時計を見る。

ん?

俺の仮眠時間は……終わった?

終わっていた。

一睡もしていない。

みんなスッキリして仕事に戻っていく

仮眠室にいた。

ベッドにも横になった。

目も閉じた。

でも、仮眠はしていない。

仮眠室にいたことと、仮眠したことは、まったく別だった。

僕は二段ベッドから降りた。

真下の人も起きる。

斜め下の人も起きる。

横の人も起きる。

そして、みんな普通に仕事へ戻っていく。

なんならスッキリしている。

顔が違う。

休んだ人の顔をしている。

僕だけ疲れている。

休憩前より疲れている気さえする。

何なんだ。

同じ部屋にいたよな?

同じ時間を過ごしたよな?

僕が臭い枕と格闘している間、みんな本当に休憩していたのか。

それにしても、周りの人たちの切り替えは見事だった。

さっきまで完全に無防備な顔で眠っていたのに、時間になれば起きる。靴を履く。仕事の顔になる。そして何事もなかったように持ち場へ戻っていく。

僕はその後ろ姿を見ながら、少し置いていかれた気分になった。

同じ「休憩」を与えられたはずなのに、向こうは体力を回復し、僕は知らない人の睡眠習慣に詳しくなっただけだ。

いびきをかく人。

寝言を言う人。

歯ぎしりをする人。

寝る直前までスマホを見る人。

そして僕。

全部気になる人。

四人の中で、一番休憩が下手なのは間違いなく僕だった。

だからといって、上手くなりたいかと聞かれると困る。

仮眠室で上手に休めるようになるために、仮眠室へ通って鍛える。

それはもう休憩ではなく部活だ。

「今日もいびきに耐えられた」

「昨日より歯ぎしりが気にならなかった」

「ついに臭い枕で寝落ちできた」

そんな成長記録はいらない。

そもそも、なんでこいつらは寝れるんだ?

そこで、初めて疑問が浮かんだ。

そもそも、なんでこいつらは寝れるんだ?

あの部屋だぞ。

狭い。

知らない人がいる。

いびきが聞こえる。

歯ぎしりが聞こえる。

寝言も聞こえる。

外では仕事の電話。

シーツの最終洗濯日は不明。

枕は臭い。

それでも寝る。

しかも起きたらスッキリしている。

僕にはできない。

もしかすると、仮眠室がおかしいのではなく、僕が弱いのだろうか。

いや、弱いという表現も違う。

彼らが強すぎるのだ。

そうか。

日々の訓練の賜物だ。

彼らは今日突然ここに放り込まれたわけではない。

何度もこの部屋で眠ってきたのだろう。

最初はいびきが気になったのかもしれない。

最初は臭いが気になったのかもしれない。

最初は知らない人の寝顔が気になったのかもしれない。

でも、何度も挑むうちに耐性がついた。

いびき耐性。

歯ぎしり耐性。

寝言耐性。

生活臭耐性。

他人の寝顔耐性。

そして今では、すべてを無視して眠れる。

僕はレベル1で、装備も持たずに来てしまった

僕はレベル1で、装備も持たずに来てしまったのだ。

耳栓なし。

アイマスクなし。

マスクなし。

素耳、素目、素鼻。

丸腰である。

そりゃ勝てない。

真下のおっさんなんて、自ら「いびき」という攻撃を放ちながら寝ている。

強い。

斜め下は寝言と歯ぎしりの二属性持ちだ。

横はスマホの光で攻撃したあと、こちらを向いて眠る。

僕だけ何のスキルも持っていない。

なるほど。

経験値が足りなかったのだ。

これから何度もこの仮眠室へ入り、少しずつレベルを上げていけばいい。

そのうち僕も、いびきを環境音として受け流し、枕の臭いにも動じず、知らないおっさんと向かい合ったまま眠れるようになる。

いつの日か僕も、仮眠時間終了と同時に爽やかな顔で起き上がり、「よし、仕事するか」と言える日が来るのかもしれない。

いや。

そもそもレベルなんて上げたくない。

何の成長なんだ。

知らないおっさんの口臭を気にせず眠れるようになるために、僕は経験値を積みたいわけではない。

歯ぎしりを聞き流せる人間になりたいわけでもない。

知らないおっさんの寝顔を見ても何も感じない境地に辿り着きたいわけでもない。

人間は環境に適応する生き物だという。

確かにそうなのだろう。

最初は嫌だったものにも、そのうち慣れる。

音にも、臭いにも、人にも慣れる。

それは生きていくうえで大切な能力だと思う。

でも、何にでも慣れればいいというものでもない。

慣れたくないものだってある。

「ここでは休めない」と感じる自分を、無理やり「ここでも休める自分」に改造する必要があるのだろうか。

嫌なら離れてもいい。

静かな場所を探してもいい。

漫画喫茶に行ってもいい。

少なくとも僕は、この仮眠室に適応した自分を想像して、あまり嬉しくならない。

「どこでも寝れる」という人を、ここに連れてきたい

稀に、「僕、どこでも寝れるんですよ」と言う人がいる。

これまで、その言葉を聞いても何とも思わなかった。

へえ。

そうなんだ。

それくらいだった。

でも今は少し違う。

どこでも?

本当に?

僕はそういう人を、ここに連れてきたい。

「どこでも寝れる」と言ったな。

では、どうぞ。

二段ベッドの上段へ。

カーテンはありません。

真下からはいびきが聞こえます。

運が悪ければ、口臭と靴下の臭いも上がってきます。

斜め下からは突然の寝言。

その後、歯ぎしり。

横ではスマホが光ります。

動画を見て笑うこともあります。

やがてスマホを置きます。

そして、なぜかあなたの方を向いて寝ます。

外では仕事の電話が始まるかもしれません。

シーツが最後にいつ洗濯されたかは、僕も知りません。

枕は、嗅がないことをおすすめします。

さあ。

ゆっくり休んでください。

これで眠れたら、認める。

あなたは本当に「どこでも寝れる人」だ。

しかも、ぐっすり眠って、仮眠終了と同時に起き、「いやー、スッキリした」と言ったなら、もう尊敬する。

あれは睡眠ではない。

特殊能力だ。

僕にはない。

そして、たぶん今後も身につける予定はない。

ベッドがあるだけでは、人は休めない

考えてみれば、眠るというのはかなり無防備な行為だ。

目を閉じる。

周囲を見るのをやめる。

意識を手放す。

自分のすぐ近くに誰かがいても、その人を警戒するのをやめる。

家で一人で寝ているときには意識しないけれど、僕たちは安心しているから眠れるのだと思う。

ベッドがあるから眠れるわけではない。

横になる時間を与えられたから休めるわけでもない。

「ここなら大丈夫」と身体が思えないと、眠りには入れない。

そう考えると、「休憩時間を与える」ということと、「休める」ということも別なのだと思う。

三十分でも一時間でも、時間だけ渡されて「休んでください」と言われても、そこで神経が働き続けていたら休憩にはならない。

静かな場所が落ち着く人もいる。

少しくらい音があった方が落ち着く人もいる。

一人がいい人もいれば、誰かがいた方が安心する人もいる。

僕の場合は明らかに、一人がいい。

知らない人と二段ベッドで眠るという状況に、身体がまったく納得してくれない。

頭ではわかっている。

同じ職場の人だ。

危険な場所ではない。

みんな寝ている。

何も起きない。

それでも、眠れないものは眠れない。

たぶん僕の身体にとって、あの部屋は「休む場所」ではなく、「周囲を監視する場所」になっている。

だから小さな音も拾う。

スマホの光も気になる。

臭いも拾う。

横の人がこっちを向いただけで気づく。

一方、慣れている人たちの身体は、あの部屋をちゃんと「寝る場所」と認識しているのだろう。

同じ場所なのに、身体がつけている名前が違う。

彼らにとっては仮眠室。

僕にとっては地獄。

そう考えると、みんながスッキリして仕事に戻っていった理由も少しわかる。

彼らは本当に休んでいたのだ。

僕だけが休憩時間いっぱいを使って、臭い、音、光、人の気配を観察していた。

そりゃ疲れる。

休憩時間にフィールドワークをしていたようなものだ。

しかも研究対象は、知らないおっさんたちである。

何の研究なんだ。

僕は仮眠室レベル1のままでいい

僕は別に、「職場の仮眠室は全部個室にしろ」とまで言いたいわけではない。

スペースにも限界がある。

設備にもお金がかかる。

四人部屋になる事情もあるのだろう。

それはわかる。

でも。

せめてカーテンを。

……いや。

やっぱり空気清浄機をくれ。

あの空気だけは何とかしてほしい。

そして、できれば枕も洗ってほしい。

僕はもう嗅がない。

絶対に嗅がない。

次に入ることがあったとしても、枕の真実には近づかない。

知らなくていい。

シーツの最終洗濯日も聞かない。

人間には、知らないことで守られる睡眠もある。

ただ、それでも眠れる気はしない。

きっとまた横のおっさんが気になる。

下のいびきが気になる。

誰かが寝返りを打つ。

外から声がする。

僕は時計を見る。

あと何分。

まだ寝ていない。

早く寝ないと。

そうしているうちに、また仮眠時間が終わる。

そして周りのみんながスッキリ起きる。

僕だけが思う。

何が「ゆっくり休んでください」だ。

漫画喫茶の方が、よっぽど極楽だ。

だから僕は、仮眠室レベル1のままでいい。

経験値はいらない。

耐性もいらない。

装備を揃えてまで、このダンジョンを攻略したくない。

「どこでも寝れる」という特殊能力も、少し羨ましいけれど、ここで修行して手に入れたいとは思わない。

もし今後、「俺、マジでどこでも寝れるから」と得意げに言う人に出会ったら、僕はたぶん笑顔で思う。

そうですか。

それなら、一度うちの仮眠室へどうぞ。

僕が上段まで案内します。

枕だけは、嗅がない方がいいですよ。

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