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予定は、当日になると死ぬほどめんどくさい。

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予定を立てた僕を、問い詰めたい

予定を立てるのは、嫌いじゃない。

「来週、ご飯行かへん?」

「いいね、行こ行こ」

このときの僕は、本当に行きたいと思っている。

無理をして返事をしているわけでもないし、相手が嫌いなわけでもない。

むしろ、ちょっと楽しみだったりする。

カレンダーに予定を入れる。

土曜日、19時。

よし。

楽しみが一個増えた。

未来の僕も、きっと喜んでいるだろう。

そして一週間後。

土曜日。

朝、目が覚める。

行きたくない。

死ぬほどめんどくさい。

誰だ。

今日、予定を入れたやつ。

僕だ。

一週間前の僕を呼び出して、一時間くらい説教したい。

なぜ、休日の19時に予定を入れた。

お前は今日という日を、なんだと思っている。

予定を立てたときは、確かに楽しみだったはずなのだ。

行きたい店だったり、会いたい人だったりする。

なのに当日になると、全部めんどくさくなる。

不思議で仕方がない。

19時の予定が、朝から僕を支配している

しかも、19時からの予定なのに、朝からもう落ち着かない。

午前10時。

まだ9時間もある。

本を読む。

面白い。

でも頭の片隅に、

「本日19時、予定があります」

という小さな札がぶら下がっている。

誰がぶら下げた。

一週間前の僕だ。

12時。

昼ご飯を食べる。

まだ7時間ある。

全然余裕だ。

なのに、

「何時くらいに風呂入ろう」

という計算が始まる。

まだ入らんでいい。

「18時くらいに家出たらいいか」

まだ出んでいい。

「電車、何分やったっけ」

まだ調べんでいい。

体は自宅にいるのに、心だけ先に待ち合わせ場所へ向かっている。

そして15時。

ここから一気に時間の自由が失われる。

あと4時間。

いや、移動に1時間かかるから、実質3時間。

着替えたり準備したりするから、実質2時間半。

なんやかんやあるから、実質2時間。

なんやかんやって何だ。

わからない。

でも、なんやかんやは必ずある。

結果、19時の予定に対して15時くらいから臨戦態勢に入っている。

もう何も始められない。

映画?

無理だ。

途中で終わったら嫌だ。

昼寝?

危険すぎる。

読書?

できる。

でも、時計を見る。

17時。

あと2時間。

また時計を見る。

17時07分。

7分しか経っていない。

予定がある日の時計は、妙に仕事が遅い。

予定の直前、家が急に楽園になる

そして18時。

いよいよ家を出る時間が近づいてくる。

ここで、ソファが急に魅力を増す。

普段はただのソファなのに、予定の直前だけは僕を全力で引き止めてくる。

座り心地がいい。

部屋は静か。

エアコンもちょうどいい。

冷蔵庫には飲み物もある。

Wi-Fiもある。

トイレもある。

本もある。

ここ、完璧やん。

なぜ僕は、ここから出なければならないのだろう。

外には人がいる。

電車もある。

靴も履かなければならない。

靴。

急に靴すらめんどくさくなる。

玄関で靴を履くだけなのに、体感としては登山の準備に近い。

そして、ほんの一瞬だけ思う。

「今日、なしにならんかな」

最低である。

自分から楽しみにしていたくせに。

予定がなくなった瞬間、人生を取り戻す

そんなとき相手から、

「ごめん、今日ちょっと行けなくなった」

なんて連絡が来たら、

「全然大丈夫! また行こ😊」

と返す。

そしてスマホを置いた瞬間、

自由だ。

最低である。

相手の体調を心配しろ。

でも、予定が消えた瞬間のあの開放感はすごい。

19時から23時まで空いた、というだけではない。

15時くらいから奪われていた僕の心まで、一気に返却される。

急に本が読める。

映画も観られる。

風呂なんていつ入ってもいい。

18時17分に寝てもいい。

誰にも止められない。

予定がなくなっただけなのに、人生を取り戻したような気持ちになる。

ただ、ここで一つ問題がある。

実際に予定へ行くと、普通に楽しいのだ。

「来てよかったな」

と思ったりする。

美味しいものを食べて、くだらない話をして、笑って帰る。

帰りの電車では、

「また行きたいな」

くらい思っている。

そして言う。

「また行こ」

おい。

待て。

今日の朝を思い出せ。

お前は布団の中で、今日の予定を入れた人間を恨んでいたはずだ。

それなのにもう、次の予定を作ろうとしている。

人間は学ばない。

少なくとも僕は学ばない。

2時間の予定が、一日を食っている

考えてみると、僕は予定そのものが嫌いなのではない気がする。

嫌いなのは、

予定が近づいてくる時間だ。

予定が一つあるだけで、その前の時間まで予定の一部になってしまう。

19時から2時間の予定。

カレンダー上では、それだけだ。

でも僕の中では違う。

15時から少し落ち着かなくなり、

17時から時計を見始め、

18時から準備して、

19時に到着する。

場合によっては朝から、

「今日は予定がある日」

として一日を認識している。

つまり僕の場合、

2時間の予定が、一日を食っている。

食いすぎだろ。

もう少し遠慮してほしい。

予定には予定の時間だけ使ってほしい。

19時集合なら18時59分まで僕を自由にしてほしい。

できれば瞬間移動させてほしい。

たぶん僕は、何もない時間が好きなのだ。

何もしないという意味ではない。

本を読むかもしれない。

ブログを書くかもしれない。

散歩するかもしれない。

昼寝するかもしれない。

急にラーメンを食べに行くかもしれない。

大事なのは、

その瞬間の僕が決められること。

「何をしてもいい」と「何もしなくてもいい」が同時に存在している時間が好きなのだと思う。

予定が入ると、それが少しだけ失われる。

未来の自分が、現在の自分に命令してくる。

「19時になったら、ここに来てください」

知らんがな。

お前、誰やねん。

僕だ。

未来の僕は、今日の僕の気持ちを知らない

だから、予定を立てたときの僕と、当日の僕は、たぶん別人なのだ。

予定を立てる僕は楽天的だ。

「来週ならいけるやろ」

「来月なら余裕やろ」

未来には、無限の時間があると思っている。

一方、当日の僕は現実主義者だ。

「今日やん」

この一言ですべてが終わる。

一週間前なら軽々しく差し出せた3時間が、当日になると急に惜しくなる。

未来の時間は無料に見える。

今日の時間だけ、めちゃくちゃ高い。

だから予定を立てる僕は、今日も未来の僕の時間を勝手に使う。

そして未来の僕は、当日になって怒る。

たぶん、これからも繰り返す。

「また今度、ご飯行こ」

「行こ行こ」

カレンダーを開く。

日付を決める。

楽しみにする。

そして当日。

朝、目が覚める。

カレンダーを見る。

19時。

僕は思う。

誰だ。

今日、予定を入れたやつ。

僕だ。

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