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タバコ吐く息うるさい人。スーハーという音。うざい。

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休憩中に喫煙所へ行く。

やっと休憩だ。

仕事中の休憩というのは、何かをするための時間ではない。少なくとも僕にとってはそうだ。

スマホを見たいわけでも、誰かと話したいわけでもない。

ただ座って、タバコを吸って、ぼーっとしたい。

何も考えない時間がほしい。

喫煙所に入る。

椅子に座る。

タバコに火をつける。

静かだ。

いい。

こういうのでいい。

誰も喋っていない。

換気扇の音がして、たまにライターの音がする。それくらいだ。

僕も黙って煙を吐く。

ようやく仕事から少し離れた気がする。

そのとき、扉が開いた。

一人のおっさんが入ってきた。

別にそれはいい。

ここは僕専用の喫煙所ではない。

おっさんにも吸う権利がある。

好きなだけ吸ってくれ。

おっさんがタバコに火をつけた。

そして、

スーーーーーーーーーー。

ハァァァァァァァァァ。

うっせええええええ。

何なんだ、そのスーハーは。

一回ならいい。

いや、よくはないけど、一回ならまだ耐えられる。

ところがおっさんは、吸うたびにやる。

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

しばらくして、

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

僕はもうタバコを吸っていない。

おっさんの呼吸を聞いている。

しかも、一度気づいてしまうと次が分かる。

そろそろ来る。

ほら。

スーーーーーーーー。

来た。

次は吐く。

ハァァァァァァァ。

知ってた。

何だこのゲーム。

おっさんの呼吸当てゲームが始まってしまった。

しかも正答率100%である。

全然うれしくない。

僕は静かに休憩したかっただけなのに、いつの間にか隣のおっさんの肺の活動状況を逐一把握している。

吸えている。

吐けている。

分かった。

健康そうで何よりだ。

いや、健康かどうかは知らない。

とにかく、

そんなに音いる?

煙は見れば分かる。

音声解説はいらない。

僕のタバコは無声映画だ。

おっさんのタバコはドルビーアトモス。

臨場感いらんねん。

ふと周りを見る。

ほかにも何人かタバコを吸っている。

よく聞いてみる。

静かだ。

無音の人もいる。

僕も吸ってみる。

スー。

……。

吐く。

……。

ほら。

吸えるやん。

静かに吸えるやん。

ということは、タバコを吸うという行為そのものが、あの音を必要としているわけではない。

では、

なんでこのおっさんは、こんなにうるさいんだ。

休憩中、僕は急におっさんのスーハーについて考え始めた。

目次

ただの癖なのかもしれない

まず思いついたのは、単純に癖なのではないかということだ。

長年この吸い方をしていて、もう本人にとってはこれが普通。

僕が右足から靴を履くのか左足から履くのかを、いちいち意識していないように、おっさんも、

「よし、今から大きな音を出して吸うぞ」

なんて思っていない。

火をつけたら、

スーーーー。

吐いたら、

ハァァァァァ。

それだけ。

本人にとっては歯を磨くのと同じくらい自然な動作なのかもしれない。

これなら分かる。

というか、たぶん一番ありそうだ。

でも、それだけでは僕の休憩中の脳は納得しなかった。

なぜ、その癖になったんだ。

最初からそんな吸い方だったのか。

初めてタバコを吸った十八歳――。

いや、ダメだ。

二十歳のおっさんが、

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

とやっていたのだろうか。

初めてならむしろゴホゴホしていたかもしれない。

いつからお前はそんな立派なスーハーを身につけたんだ。

その吸い方の方が美味しいのかもしれない

そこで次に考えた。

もしかすると、

その吸い方の方が美味しいのではないか。

僕は静かに吸う。

おっさんは深そうに吸って、長く吐く。

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

こうした方が、本人の中では「タバコを吸っている感」が強いのかもしれない。

ちょっと想像してみる。

ちょこんと吸って、すぐ吐く。

それよりも、たっぷり吸って、ゆっくり吐く。

その方が一本をしっかり味わっている感じはする。

もちろん、本当に味がよくなるのかは知らない。

でも、おっさんにとってはあの吸い方まで含めて「美味しい」なのではないか。

スーーーーーーーー。

「うまい」

ハァァァァァァァ。

「これこれ」

そういうことなのかもしれない。

だとしたら少し分かる。

僕だって好きなものは好きな食べ方で楽しみたい。

おっさんにとって、あれが一番美味しい吸い方なら仕方がない。

……。

かもしらんけど、やめろ。

お前が美味しくなるたびに、僕の休憩がまずくなっている。

ストレスを音で吐き出しているのかもしれない

さらに考える。

ストレスもあるんじゃないか。

仕事中ずっと何かを我慢している。

上司に何か言われた。

客に腹が立った。

仕事が終わらない。

家に帰ってもやることがある。

知らん。

おっさんの職業すら知らん。

でも、人間、生きていれば何かしらある。

それを喫煙所まで持ってきて、

スーーーーーーーー。

吸う。

ハァァァァァァァ。

吐く。

煙と一緒に、仕事中に溜まったものまで吐き出しているのかもしれない。

普通のため息なら、

「はぁ……」

だ。

でもタバコを持っていると、

「ハァァァァァァァァァ」

までいける。

タバコという大義名分がある。

もしかすると喫煙所というのは、堂々と巨大なため息をつける場所でもあるのかもしれない。

そう考えると、おっさんのスーハーが少し違って聞こえてくる。

あれは呼吸音ではない。

今日一日の、

「もうしんどい」

なのかもしれない。

スーーーー。

上司。

ハァァァァ。

消えろ。

スーーーー。

仕事。

ハァァァァ。

終われ。

知らんけど。

僕がおっさんの人生を勝手にブラック企業にしている。

実はめちゃくちゃ仕事が楽しくて、今夜は家族で焼肉かもしれない。

ただ、ストレスを音で発散すること自体は何となく分かる。

僕らも疲れたときに「はぁー」と息を吐く。

風呂に入って「あぁぁぁ」と言う人もいる。

ビールを飲んで「プハァ」と言う人もいる。

別に言わなくても風呂には入れるし、ビールも飲める。

でも音が出る。

ということは、おっさんにとっての、

ハァァァァァァァ。

も、何かを外へ出している感覚があるのかもしれない。

問題は一つ。

おっさんがストレスを吐き出すたびに、僕にストレスが発生している。

おっさんのストレスが100だったとする。

スーーーー。

ハァァァァァ。

80。

もう一回。

スーーーー。

ハァァァァァ。

60。

一方の僕。

休憩開始時、ストレス20。

スーーーー。

ハァァァァァ。

40。

もう一回。

スーーーー。

ハァァァァァ。

60。

おい。

ストレスの受け渡しをするな。

僕も休憩中だ。

おっさんが晴れやかな顔で喫煙所を出る頃、僕だけ疲れている可能性がある。

何だこのシステム。

不安を落ち着かせているのかもしれない

さらに、不安とか緊張もあるのかもしれないと思った。

何か不安なことがあるとき、人は息を整えようとする。

大事な場面の前に深く吸って、ふーっと吐く。

おっさんにとってタバコは、そのきっかけになっているのかもしれない。

このあと嫌な仕事がある。

誰かに報告しないといけない。

帰ったら何か話さないといけない。

あるいは理由なんてなく、なんとなく落ち着かない。

そこで一本。

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

落ち着く。

また吸う。

また吐く。

そう考えると、僕には騒音でしかない音が、おっさんにとっては自分を落ち着かせる音なのかもしれない。

同じ音なのに、

片方は落ち着き、片方はイライラする。

面白い。

いや、面白がってる場合じゃない。

僕は今休憩している。

存在を認知してほしいのではないか

そして、ここから僕の考察はどんどん勝手な方向へ進んでいった。

もしかすると、このおっさん。

自分の存在を誰かに認知してほしいんじゃないか。

自分で考えておいて、何を言っているんだと思う。

たかがスーハーである。

でも、少し考えてみる。

普段、おっさんはどんな扱いをされているんだろう。

会社で意見を言っても聞いてもらえない。

何かしても当たり前。

いてもいなくても変わらないような扱いをされる。

家でも誰も話を聞いてくれない。

帰ってきても、

「あ、おったん」

くらい。

……待て。

勝手におっさんを無碍に扱うな。

僕がおっさんを一番無碍に扱っている。

実際には職場で頼られまくっていて、家に帰れば犬が全速力で玄関まで迎えに来る人気者かもしれない。

休日には孫から、

「じいじー!」

と抱きつかれているかもしれない。

知らん。

だから、これは完全に僕の妄想だ。

でも、人間には多少なりとも、

「自分はここにいる」

と感じたい気持ちはあるんじゃないだろうか。

誰にも認知されないというのは、たぶん寂しい。

もし普段から存在を軽く扱われることが多かったら、その何かが、本人にも分からない形で外へ漏れることはないのだろうか。

それが、

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

だったりして。

「俺はここにいる」

なんて本人は思っていない。

誰かに見てほしいとも思っていない。

ただ、音だけが大きい。

ここが僕には妙に面白かった。

本人も、自分で気づいていない

もし意識してやっているなら、話は簡単だ。

「存在感を出したい人なんだな」

で終わる。

でも、

本人が自分でも気づいていないとしたら。

自分でも知らない欲求が、呼吸音になって外へ出ている。

本人には聞こえていない自分が、他人には聞こえている。

なんだそれ。

ちょっと面白い。

おっさんは僕の方を見ない。

スマホを見ている。

僕の存在なんて気にしていないだろう。

なのに僕は、

スーーーー。

来た。

次は吐く。

ハァァァァァ。

ほら。

おっさんの呼吸のタイミングまで分かるようになっている。

安心してくれ。

もし存在を認知してほしいのなら、目的は達成している。

僕はお前を完全に認知している。

むしろ認知しすぎている。

一吸い目で十分だった。

スーーーー。

はい、います。

ハァァァァァ。

分かりました。

二吸い目。

スーーーー。

もう知ってる。

三吸い目。

ハァァァァァァ。

おるって。

消えてない。

大丈夫だ。

僕の世界に、お前はめちゃくちゃいる。

自分の音って、自分では分からないのかもしれない

ただ、ここで少し怖くなった。

本人は自分がうるさいことに、本当に気づいているのだろうか。

たぶん気づいていない。

気づいていたら、もう少し音を抑える気もする。

いや、気づいたうえで「これくらい普通やろ」と思っている可能性もある。

でも、自分が毎日出している音って、自分では案外分からない。

鼻をすする。

貧乏ゆすりをする。

ペンをカチカチする。

独り言を言う。

机に物を置く音が妙に大きい。

本人にとっては日常すぎて、もう意識に上がってこない。

だとしたら、おっさんのスーハーもそうなのかもしれない。

本人の耳には、

スー。

ハー。

くらい。

僕の耳には、

スーーーーーーーーーー。

ハァァァァァァァァァァ。

音量設定がおかしい。

そして、もっと嫌なことに気づいた。

僕にもあるんじゃないか。

僕は自分のタバコは静かだと思っている。

本当に?

自分だから気づいていないだけじゃないのか。

僕が普通に吸っている横で、誰かが、

「こいつ、なんでこんな音出すんだ」

と思っている可能性はないのか。

急に不安になって、自分の次の一吸いを確認する。

スー。

……。

吐く。

……。

大丈夫。

静かだ。

たぶん。

……。

なんだ「たぶん」って。

おっさんだって、自分では「たぶん静か」と思っているかもしれない。

そう考えると、人間には自分では見えない自分が結構あるんだろう。

鏡を見ないと自分の顔が分からないように、自分の生活音も他人の方がよく知っていることがある。

おっさん自身も知らないおっさんを、僕は今聞いている。

なんか文学みたいになってきた。

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァ。

いや、うるさい。

文学を返せ。

単純にタバコの吸いすぎなのかもしれない

もう一つ、単純な可能性もある。

タバコの吸いすぎだ。

長年吸っているうちに、この吸い方になったのかもしれない。

最初は、

スー。

ハー。

だった。

何年も経って、

スーーー。

ハァァァ。

さらに経って、

スーーーーーーーー。

ハァァァァァァァァ。

進化するな。

もちろん、実際にタバコの吸いすぎがこの音の直接の原因なのかは僕には分からない。

呼吸の状態が関係しているのか、単なる吸い方の癖なのか、それすら分からない。

僕は医者ではない。

喫煙所で隣のおっさんの呼吸音を聞きながら、勝手に考察しているだけの男だ。

本人に聞けば早い。

「すみません」

「はい?」

「タバコを吸うとき、スーーーー、ハァァァァって結構大きな音を出されますけど、あれはなぜですか?」

無理だ。

怖すぎる。

しかも、おっさんからしたら、

「え? 俺そんな音出してる?」

となる可能性がある。

それはそれで面白い。

本人が初めて自分のスーハーを認知する瞬間に立ち会える。

「出てます。かなり」

「マジで?」

「はい。僕、次に吸うタイミングまで分かります」

怖いのは僕だ。

そんな会話をするくらいなら、黙って耐える。

もしかすると、何の意味もない

結局、僕には分からない。

癖なのかもしれない。

その吸い方の方が本人には美味しいのかもしれない。

深く吸って長く吐くことで、一服した満足感が強くなるのかもしれない。

仕事のストレスを煙と一緒に吐き出しているのかもしれない。

不安や緊張を落ち着かせているのかもしれない。

普段どこかで無碍に扱われていて、本人も気づかないまま「俺はここにいる」が音として漏れているのかもしれない。

長年の喫煙で身についた、ただの癖なのかもしれない。

あるいは、

何の意味もないのかもしれない。

これが一番ありそうな気もする。

僕が休憩中にここまで考えている横で、おっさんは本当に何も考えていない。

ただ、

スーーーー。

ハァァァァァ。

うまい。

それだけ。

僕だけが勝手に、おっさんにストレスを与え、不安を与え、孤独を与え、存在を認知してほしいという欲求まで与えている。

おっさんの人生を勝手に作るな。

でも、不思議だ。

一つの音だけで、ここまで考えられる。

普段なら気にも留めない人なのに、たった数分、同じ喫煙所にいただけで、僕はおっさんの内面まで想像している。

音というのは、それくらい他人の存在を強くするものなのかもしれない。

静かな人は、そこにいても気にならない。

でも音を出す人は、嫌でも意識に入ってくる。

本人が望んでいようがいまいが、

「ここに誰かいる」

と分からせる。

だからやっぱり、存在を認知してほしい説は、僕の妄想ではあるけれど面白い。

意識ではなく、もっと本人にも分からないところで。

誰にも見つけてもらえなかった何かが、

スーーーー。

ハァァァァァ。

と出てきている。

そんなことも、もしかしたらあるのかもしれない。

そして本人は今日も、

「俺、スーハーうるさいな」

なんて一度も思わずにタバコを吸っている。

その横で僕だけが、

「このおっさんは、もしかすると存在を認知してほしいのではないか」

などと考えている。

温度差がすごい。

おっさんは一本吸っているだけだ。

僕はおっさんの深層心理まで潜ろうとしている。

頼まれてもいないのに。

かもしらんけど、やめろ

そう考えると、少しだけ優しい気持ちになってきた。

おっさんも疲れているんだろう。

何かあるんだろう。

この一服が大切なんだろう。

この吸い方が一番美味しいのかもしれない。

ストレスが溜まっているのかもしれない。

不安なのかもしれない。

本人すら気づいていない何かがあるのかもしれない。

好きなだけ吸えばいい。

僕だってタバコを吸いに来ている。

同じ喫煙者だ。

お互い様だ。

僕はタバコを吸う。

静かに煙を吐く。

おっさんも吸う。

スーーーーーーーーーーーー。

ハァァァァァァァァァァァァ。

……。

かもしらんけど、やめろ。

全部かもしらん。

ストレスかもしらん。

不安かもしらん。

美味しいのかもしらん。

存在を認知してほしいのかもしらん。

自分では気づいていないのかもしらん。

タバコの吸いすぎかもしらん。

お前にはお前の事情があるのかもしらん。

分かった。

かなり考えた。

僕なりにお前へ歩み寄った。

だから、お前も少しだけ僕に歩み寄ってくれ。

音量を下げろ。

吐くなとは言っていない。

静かに吐け。

スーーーー。

おるって。

ハァァァァァァ。

分かったって。

僕はただ、何も考えずにタバコを一本吸いたかっただけなんだ。

休憩を返してくれ。

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