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アイドルのコールはうるさい?いらない?誰が考えてるのか。

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僕はたまに、アイドルのライブに行くことがある。

熱心なアイドルオタクというわけではない。

でもライブは好きだ。

普段イヤホンから聴いている曲を目の前で本人が歌っている。音源とは違う歌い方をしたり、ダンスをしたり、客席を煽ったりする。

やっぱり生で見るライブには、音源とは違う楽しさがある。

そしてアイドルのライブへ行くと、かなりの確率で出会うものがある。

コールである。

「オイ!」

「オイ!」

「オイ!」

「オイ!」

曲によってはメンバーの名前を叫ぶ。

さらにMIXと呼ばれる、初見では何を言っているのか分からない長い掛け声が始まることもある。

僕も別に嫌いではない。

周りが「オイ!」と言えば、僕も「オイ!」と言うことがある。

楽しい。

何百人、何千人という人間の声が同じタイミングで揃ったときの熱量はすごい。

家でイヤホンをして音楽を聴いていても、絶対に味わえない。

ライブだからこそ存在する音だと思う。

でも、ライブへ行くたびに少しだけ思うこともある。

コール、入れるところ多すぎない?

目次

僕はアイドルの歌を聴きに来た

もちろんライブの楽しみ方は自由だ。

歌をじっくり聴く人もいる。

ダンスを見る人もいる。

ペンライトを振る人もいる。

コールする人もいる。

全部やる人もいる。

そしてコールは基本的に強制されているものでもない。

周りが、

「オイ! オイ!」

と言っているからといって、僕まで絶対に言わなければならないわけではない。

知らないなら黙っていてもいい。

やりたくなければやらなくてもいい。

だから僕は、コール文化そのものを否定したいわけではない。

むしろ後で書くが、素晴らしい文化だと思っている。

ただ、一つだけ思う。

僕はもう少し音楽も聴きたい。

アイドル本人が目の前で歌っている。

せっかくの生歌だ。

ところが30センチ横から、

「オイ!!!!」

近い。

お前は近すぎる。

ステージ上のアイドルは20メートルくらい離れている。

横のおっさんは30センチである。

距離では圧倒的におっさんが勝っている。

音響的にも強い。

せっかくアイドルの生歌を聴きに来たのに、気づけば一番鮮明に聞こえているのが、

知らないおっさんの生コール。

僕はこの人のライブに来たのだろうか。

コールって、そもそも誰が考えているんだ?

ライブへ行くと不思議に思う。

みんな同じところで声を出す。

「オイ!」

全員揃う。

別のところではメンバーの名前を叫ぶ。

また揃う。

MIXも始まる。

また揃う。

なんで全員知ってるんだ。

誰が決めた。

作詞家だろうか。

作曲家だろうか。

運営だろうか。

アイドル本人だろうか。

それとも、

知らないおっさんだろうか。

気になったので調べてみた。

すると、これが思った以上に面白かった。

もちろん、すべてのアイドル、すべての楽曲で同じではない。

演者や運営側からコールを提示したり、コール動画などでファンへ伝えたりする場合もある。

一方で、研究ではAKB48劇場のコールやMIX、口上について、劇場やメンバーから指示されるのではなく、ファン側から自然発生して定着していくものがあることが報告されている。

実際、ある楽曲では初披露時にはほとんど存在しなかったコールが、公演を繰り返すうちにファンの間で形成され、やがて会場全体で行われるようになったという。

つまり、本当にあるのだ。

最初の一人が。

最初に叫んだやつ、メンタル強すぎるだろ

新曲が初披露される。

当然、まだ誰もその曲のコールを知らない。

イントロが流れる。

みんな聴いている。

そのとき、一人の男が思う。

「……ここ、オイ入るな」

そして、

「オイ!!」

周囲、

「…………」

怖い。

僕なら無理だ。

誰も言っていない。

正解かどうかも分からない。

その状態で一人だけ、

「オイ!!」

相当なメンタルである。

実際、コールまとめサイトを作ったファンへのインタビューでも、コールは「メンタルの強い一人のファン」から自然発生的に生まれることが多く、そこから周囲へ広がっていくと説明されている。

複数の人が別々のコールを始めて、よく分からない状態になることまであるらしい。

面白すぎる。

最初のライブ。

一人。

次のライブ。

三人。

その次。

十人。

さらに次。

百人。

そして数年後。

新規ファンが古参ファンに聞く。

「ここって、何て言えばいいんですか?」

古参ファン。

「ここは『オイ!』ですね」

伝統になった。

最初のお前、すごいな。

誰かが作ったものが「文化」になる

これを知ると、僕はコール文化を少し好きになった。

誰か偉い人が会議室で、

「それではAメロの3小節目に『オイ』を配置しましょう」

と全部決めているわけではない。

ファンが始める。

周りが真似する。

「ここ気持ちいいな」

となる。

次のライブでもやる。

また次でもやる。

いつの間にか何百人、何千人が知っている。

すごくないだろうか。

誰かが作ったルールではない。

みんなで遊んでいるうちに、自然とルールが生まれている。

それが何年も受け継がれていく。

もはや小さな伝統芸能である。

しかも曲によって違う。

グループによって違う。

現場によって違う。

だから初めて行った人からすると、

「何が起きてるんだ?」

となる。

でも何度か行くと、

「あ、ここか」

と分かってくる。

そして自分も参加する。

こうしてまた一人、文化の中へ入っていく。

一人なら叫び声。千人ならライブになる

僕はコールの一番すごいところは、これだと思っている。

一人だけが、

「オイ!」

と言ったら、ただの大きな声である。

場合によってはちょっとうるさい。

でも1000人が同じ瞬間に、

「オイ!!!!」

と言う。

すると全く別のものになる。

音圧が変わる。

空気が変わる。

会場そのものが鳴っているように感じる。

アイドルが歌う。

客席が返す。

またアイドルが歌う。

また客席が返す。

アイドル → 観客 → アイドル。

エネルギーが一方通行ではない。

ステージから受け取ったものを、客席が声にして返している。

それを受けて、アイドルがさらに煽る。

また客席が大きくなる。

この往復は、音源では絶対に味わえない。

だから、

一人の「オイ!」はうるさい。

でも、

千人の「オイ!」はライブになる。

僕はこれは普通にかっこいいと思う。

客席も一つの楽器なのかもしれない

考えてみれば、不思議な音である。

CDや配信音源には入っていない。

でもライブへ行けば存在する。

ギター。

ベース。

ドラム。

ボーカル。

そして、

客席。

客席もライブ限定の一つの楽器なのかもしれない。

特に、歌のない部分に入るコールは面白い。

アイドルが歌う。

客席は聴く。

メロディーが一瞬なくなる。

そこで、

「オイ!」

また歌が始まる。

客席は戻る。

これなら、歌を潰しているというより、

曲の隙間に客席が入っている。

そして何千人という巨大な楽器が、一瞬だけ鳴る。

そう考えるとコールはかなり面白い。

だから僕は、

コールなんて全部なくせ

とは全く思わない。

むしろ、なくなったら寂しい曲もあると思う。

コール込みでライブの景色が完成している曲だってあるだろう。

だからこそ僕は思うのだ。

もうちょっと減らしてもよくない?

空いているところ全部に入れなくてもいい

曲には余白がある。

ボーカルが歌っていない場所もある。

間奏もある。

静かなところもある。

音数が少なくなるところもある。

それも含めて音楽だ。

でもコール文化が強い曲を聴いていると、

空いているところを全部埋めようとしてない?

と思うことがある。

イントロ。

「オイ!」

Aメロ。

名前。

Bメロ。

「オイ!」

サビ。

また何か。

間奏。

MIX。

2番。

また別のコール。

いつ休むねん。

そして、

いつ歌聴くねん。

作曲家が、

「ここは一度音数を減らして、余韻を……」

客席、

「オイ! オイ! オイ! オイ!」

作曲家、

「…………」

みたいになっていないだろうか。

空白を全部埋めなくてもいい。

余白は余白として楽しませてほしい。

コールは薬味くらいでいい

コールは料理でいう薬味に近いのかもしれない。

少しあると、めちゃくちゃうまい。

「ここ!」というところで入る。

曲が締まる。

ライブ感が出る。

会場が一つになる。

でも、

全部薬味にしたら何を食べているのか分からない。

ネギが好きだからといって、丼いっぱいのネギだけを出されても困る。

僕はラーメンを食べに来た。

ネギ祭りに来たわけではない。

コールも同じだと思う。

好きだ。

あった方がいい。

でも、主役ではない。

主役はあくまでステージにいるアイドルと、その人たちが歌っている音楽だ。

コールは、それをさらにおいしくするものだと思う。

コールするためにライブへ行ってないか

コールが増えすぎると、だんだん目的と手段が逆転してくる。

本来は、

アイドルを見る。

音楽を聴く。

そのライブをさらに盛り上げるために、

コールする。

だと思う。

ところが、

「今日はMIXめちゃくちゃ決まった!」

「コール最高だった!」

「喉潰れた!」

となってくる。

いや、

アイドルどうやったん。

歌は?

ダンスは?

ライブは?

喉が潰れるほど叫んだお前が、一番ライブしてるやん。

そのうち、

コールをするためにライブへ行く。

そして、

その後ろでアイドルが歌っている。

みたいになってしまう。

それはさすがに違うだろう。

コールはライブを盛り上げるためのもの。

ライブはコールをするためのものではない。

僕はこの順番だけは逆転させない方がいいと思う。

アイドルの生歌を聴きに来たのに、おっさんの生コールを聴いている

そして、コールをしない人のことも少し考えたい。

コールは自由だ。

やりたい人はやる。

やりたくない人はやらない。

僕もそれでいいと思う。

強要されているわけではない。

でも一つだけ問題がある。

やる・やらないは選べる。

しかし、

聞く・聞かないは選べない。

隣のおっさんが、

「オイ!!!!」

と言ったら、僕の耳にも入る。

僕は、

「本日はコール音声をOFFにします」

という設定にはできない。

しかも先ほど書いた通り、

おっさんは近い。

アイドルより圧倒的に近い。

僕はアイドルの生歌を聴くためにチケットを買った。

ところが実際に最もクリアな音質で耳へ届いているのは、

30センチ横のおっさんの「オイ!」

である。

お前、音源より高音質やないか。

生声だから当然である。

だからこそ、適度な量がいい。

全員でポイントを合わせて叫ぶなら、会場全体の演出になる。

一人だけずっと叫んでいたら、

隣のおっさんによる副音声

になる。

しかもOFFボタンがない。

新規ファンからしたら「何でみんな知ってるの?」

そしてもう一つ。

コールが複雑になりすぎると、新規ファンには少し入りづらい。

初めてアイドルのライブへ行く。

曲は知っている。

楽しみだ。

ライブが始まる。

突然、

「オイ!」

全員揃う。

「おお、すごい」

これは分かる。

次。

知らない言葉を全員が完璧なタイミングで叫び始める。

自分だけ、

「…………」

何だこれは。

次の曲。

また違う。

「…………増えた。」

周囲は全部知っている。

自分だけ知らない。

そうなると、

「これ、覚えてから来ないとダメなの?」

と思う人がいても不思議ではない。

実際、初心者向けにコールを解説する記事やサイトが存在し、「初ライブでコールが分からず合わせられなかった」という戸惑いを前提にした解説もある。

もちろん覚えなくてもいい。

僕はそう思う。

ライブに試験なんてない。

予習していなくても行っていい。

知らなければ聴いていればいい。

やりたくなったら周りを見ながら参加すればいい。

でも、あまりに複雑になると、

ライブに試験勉強が発生する。

「明日のライブに備えてMIXを覚えないと……」

単語帳でも作るのか。

一体感を作る文化が、壁を作ったらもったいない

コールの魅力って、一体感だと思う。

知らない人同士が同じ瞬間に声を出す。

年齢も仕事も名前も知らない。

ライブが終わったら二度と会わないかもしれない。

でもその瞬間だけ、

全員で同じことをする。

これが楽しい。

だったら、新規ファンも入りやすい方がいい。

一曲に数か所。

分かりやすいところで、

「オイ!」

これくらいなら初めてでも分かる。

一番では、

「ここなんだ」

と見る。

二番。

周りが構える。

自分も、

0.5秒遅れて「オイ!」

ちょっと遅い。

でもいい。

次のライブ。

今度は揃う。

そのくらいの入り方でいいと思う。

一体感を生むはずの文化が、

「これ全部覚えている人だけ一緒に楽しめます」

という壁になったら、少しもったいない。

減らすことは、コール文化を弱くすることではない

だから僕は、コールを減らした方がいいと思っている。

でもこれは、

コール文化を弱くしろ

という意味ではない。

むしろ逆だ。

減らした方が一発一発が強くなるんじゃないか。

ずっと100のテンションで叫んでいたら、それが普通になる。

オイ。

オイ。

オイ。

オイ。

オイ。

またオイ。

ずっと続く。

でも普段は歌を聴く。

20。

20。

20。

そして、

ここだ。

1000人「オイ!!!!!!」

ドンッ。

こっちの方が絶対に気持ちいい。

落差がある。

待っていた時間がある。

「ここ!」というポイントがある。

その瞬間、客席全体が爆発する。

コールを減らすことは、盛り下げることではない。

コールの希少価値を上げることだ。

50発打つんじゃない。2、3発に魂を込めろ

僕の理想は、一曲に数か所くらいでいい。

もちろん曲によって違う。

掛け合いそのものが魅力になっている曲なら多くてもいい。

アイドル本人が客席とのやり取りを求める曲だってある。

全部一律に「三回まで」と決める話ではない。

そんな法律を作りたいわけではない。

でも基本的には、

ここぞというところに絞った方がかっこいい。

僕はそう思う。

50回、

「オイ!」

と言う。

それより、

静かに歌を聴く。

待つ。

まだ待つ。

ここだ。

会場全体で、

「オイ!!!!!!」

一発。

その方が熱い。

だから僕は全国のコール職人たちに言いたい。

50発打つんじゃない。

2、3発に魂を込めろ。

僕もそこなら全力で参加する。

コール文化は素晴らしいと思う

ここまで「多い」「減らせ」と散々書いてきたが、誤解されたくない。

僕はコール文化そのものを否定していない。

むしろ調べれば調べるほど、

面白い文化だな

と思った。

誰か一人が始めたものが広がる。

ファン同士で受け継がれる。

何百人、何千人が同じタイミングで声を出す。

演者もそれを受け取る。

次のライブでも続く。

やがて、その曲に欠かせないものになる。

研究で報告されているように、初披露時にはほとんど存在しなかったコールが、公演を重ねるうちに自然と形成され、会場を震わせるほど定着することさえある。

すごいことだと思う。

誰かが命令したわけでもない。

ファンが勝手に始めて、勝手に育てて、いつの間にかみんなが知っている。

音源には存在しないのに、ライブでは存在する音。

そんなもの、なかなかない。

だから、なくす必要なんてない。

うるさい?――うるさいときはある

ではタイトルの問いに答えよう。

アイドルのコールはうるさいのか。

うるさいときはある。

特に隣のおっさんが本日の第二ボーカルになっている場合は、かなりうるさい。

近い。

本当に近い。

でも、全員の声が揃ったときのコールは、単なる騒音とは思わない。

それはライブの一部だと思う。

では、

コールはいらないのか。

僕はいらなくないと思う。

むしろ、あった方が楽しい。

僕自身もやる。

全員揃った瞬間は気持ちいい。

ライブへ参加している感じもする。

アイドル側から声を求められて、それに客席全体が返す瞬間なんて最高だ。

ただし、

多い。

僕が言いたいのは、たったそれだけなのかもしれない。

コールはライブを盛り上げるためにある

僕はアイドルのライブへ行ったら、音楽を聴きたい。

歌を聴きたい。

ダンスを見たい。

アイドルを見たい。

そして、

コールもしたい。

全部やりたい。

だからこそ、どれか一つが全部を食ってしまうのはもったいない。

コールは主役ではない。

でも、いなくてもいい脇役でもない。

ここぞという瞬間に登場して、ライブ全体の温度を一気に上げる。

それくらいが一番かっこいい。

普段は歌を聴く。

間奏を聴く。

音楽を楽しむ。

そしてその瞬間が来る。

何百人、何千人が息を合わせる。

誰も指揮していない。

隣の人の名前も知らない。

それでも、

全員で一発。

「オイ!!!!」

会場が揺れる。

僕はそういうコールが好きだ。

新規の人だって、そのくらいなら途中から入れる。

一番で分からなくてもいい。

二番で分かる。

次は一緒に声を出す。

そしていつの間にか、その人も客席という巨大な楽器の一部になる。

それでいいんじゃないだろうか。

コールするためにライブへ行くのではない。

ライブをもっと楽しくするためにコールする。

だから、全部の隙間を埋めなくてもいい。

静かな時間があっていい。

歌だけを聴く時間があっていい。

そして、ここぞという瞬間。

その一発に全部乗せる。

僕も次にアイドルのライブへ行ったら、きっとまたコールする。

でも50発はいらない。

2、3発でいい。

その代わり、

魂を込めて「オイ!」と言おう。

30センチ横の人には、

少しだけ申し訳ないけれど。

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