付き合うって、なんだ?
いや。
本当に。
なんなんだ。
「好きです。付き合ってください」
人生で何度も聞く言葉だ。
ドラマでも見る。
漫画でも見る。
小説でも読む。
現実でも使われる。
あまりにも当たり前すぎて、これまで特に疑問にも思わなかった。
でも、あるときふと思った。
「付き合ってください」って、何を?
「好きです」
これは分かる。
あなたに好意があります。
恋愛感情があります。
分かる。
「結婚してください」
これも分かる。
夫婦になってください。
家族になってください。
分かる。
では、
「好きです。付き合ってください」
何をするんだ。
僕は一度これを考え始めると、止まらなくなってしまった。
そして考えれば考えるほど、
付き合うということの意味が分からなくなった。
とりあえず「付き合う」の意味を調べてみる
分からない言葉があれば、調べればいい。
人類には辞書がある。
僕が見つけた「付き合う」の説明には、こんな意味があった。
〔利害関係は二の次にして〕互いに行き来したりして、親しい間柄を保つ。
なるほど。
……。
友達もやないか。
学生時代から付き合いのある友人。
近所付き合い。
仕事上の付き合い。
たしかに全部「付き合う」だ。
どうやら「付き合う」という言葉そのものは、恋人だけに使うものではないらしい。
では、僕たちが恋愛で使う、
「あの二人、付き合ってるらしいよ」
の「付き合う」とは何なのだ。
親しい間柄を保つこと?
それなら友達でもいい。
むしろ親友なんて、めちゃくちゃ親しい。
僕は辞書を引けば解決すると思っていた。
終わらなかった。
余計に分からなくなった。
「好きです」は分かる。「付き合ってください」が分からない
改めて、告白というものを考えてみる。
「好きです」
「私も好きです」
ここまでは完璧だ。
お互いに好意を確認した。
おめでとう。
しかし、そのあとである。
「付き合ってください」
「はい」
交際開始。
早い。
何か重大なことが決まった。
らしい。
昨日まで恋人ではなかった二人が、その「はい」の瞬間から恋人になる。
でも、よく考えてみてほしい。
何に「はい」と言ったんだ。
契約書はない。
利用規約もない。
重要事項説明もない。
「それでは交際にあたりまして、連絡頻度は週4回以上、デートは月2回、異性との二人きりの食事につきましては――」
そんな説明もない。
「好きです。付き合ってください」
「はい」
以上。
それなのに、その瞬間から暗黙のルールが大量に発生する。
他の人とキスをしたら浮気なのか。
異性と二人でご飯へ行ったらどうなのか。
毎日連絡を取るのか。
週に何回会うのか。
誕生日は祝うのか。
記念日は?
クリスマスは?
将来は?
全部カップルによって違う。
契約内容まで個別設定なのか。
なんなんだこれは。
付き合った瞬間、何が変わるんだ
もっと具体的に考えてみる。
付き合う前からLINEをしていた。
付き合ったあともLINEをする。
付き合う前から二人でご飯へ行っていた。
付き合ったあとも二人でご飯へ行く。
付き合う前から好きだった。
付き合ったあとも好きだ。
付き合う前からデートのようなことをしていた。
付き合ったあともする。
では、
昨日と今日で何が変わったんだ。
肩書き?
昨日までは「友達」。
今日から「彼氏」「彼女」。
それだけなのだろうか。
もちろん、付き合ってから初めてすることもあるだろう。
手をつなぐ。
キスをする。
もっと身体的な関係になる。
でも、それだって交際していないと絶対にできないことではない。
お互いが大人で、お互いが望んでいるなら、付き合っていなくてもキスをする人はいる。
デートだってできる。
旅行だってできる。
毎日連絡だってできる。
つまり、恋人らしい行動を一つずつ取り出してみると、
意外と「付き合っていないとできないこと」が見つからない。
じゃあ何だ。
付き合うって。
「私たちって何?」をなくすためなのか
付き合っていない。
でも毎日連絡を取る。
よく二人で出かける。
お互い好きなのは何となく分かっている。
キスもする。
かなり親密だ。
でも、付き合ってはいない。
すると、いつか出てきそうな言葉がある。
「私たちって何?」
おお。
これかもしれない。
付き合うという言葉は、
二人の関係に名前をつけるためにあるのではないか。
友達なのか。
恋人なのか。
よく分からない関係なのか。
その曖昧さをなくす。
「あなたは僕の恋人です」
「僕はあなたの恋人です」
二人でそれを確認する。
なるほど。
少し分かってきた。
付き合うとは、恋人らしい行動をするための許可証ではない。
二人の関係を定義することなのかもしれない。
「付き合っている」という関係そのものが安心になる
さらに考えてみる。
関係に名前がつくと、安心できる。
付き合っていない状態なら、
「この人は僕のことをどう思っているんだろう」
「明日、別の人と付き合うかもしれない」
「自分だけ特別だと思っているのではないか」
そんな不安があるかもしれない。
でも、
「僕たちは付き合っています」
となれば、少なくとも今の時点では、
お互いを特別な相手として選んでいる。
という確認になる。
なるほど。
付き合うこと自体が、
安心と保証になるのか。
もちろん、絶対的な保証ではない。
明日別れるかもしれない。
浮気する人だっている。
結婚する保証でもない。
一生一緒にいる保証でもない。
だから未来を保証するものではない。
でも、
「少なくとも今、僕はあなたを恋人として選んでいます」
という保証にはなる。
これは確かに、友達とは少し違う。
おお。
付き合う意味。
ちょっと分かってきたぞ。
第三者への牽制にもなっているのかもしれない
そして「付き合っています」という状態は、二人だけのものでもない。
「彼氏がいます」
「彼女がいます」
この言葉には、単なるプロフィール以上の意味がある場合もある。
「現在、恋愛関係にある相手がいます」
という周囲への表示になる。
場合によっては、第三者への牽制にもなる。
もちろん、恋人がいる人を好きになってはいけないという法律はない。
恋人がいてもアプローチしてくる人もいる。
でも一般的には、
「恋人がいる」
と分かれば、一歩引く人は多いだろう。
つまり付き合うとは、
自分には安心を与え、
相手には関係を保証し、
周囲には、
「僕たちは恋愛関係にあります」
と知らせる役割まで持っているのかもしれない。
悪く言えば、
予約済み。
いや。
人間をホテルの部屋みたいにするな。
でも、機能だけを乱暴に取り出せば、少し似ている。
それって相手をキープしているだけじゃないのか
ここまで考えると、今度は嫌な疑問が出てくる。
付き合うことで、
「あなたは僕の恋人です」
「僕はあなたの恋人です」
と確認する。
そして一般的には、他の人とは同じような恋愛関係を作らないことを期待する。
つまり、
お互いを恋愛相手としてキープしているだけではないのか。
言い方が悪い。
めちゃくちゃ悪い。
でも、そういう側面も少しはあるのではないか。
「僕はあなたを選ぶので、あなたも僕を選んでいてください」
という約束。
キープと呼べば嫌な感じがする。
でも、
お互いを選び続ける約束
と呼べば、とても綺麗になる。
同じものをどちら側から見るかで、ずいぶん印象が変わる。
付き合うとは独占なのか。
安心なのか。
保証なのか。
約束なのか。
……。
また分からなくなってきた。
付き合うと「責任」が少し生まれるのかもしれない
ただ、恋人という名前がつくことで、もう一つ変わるものがある。
責任だ。
もちろん、
「恋人なんだから毎日LINEしろ」
「恋人なんだから毎週会え」
みたいな話ではない。
そんなルールは二人で決めればいい。
でも友達よりは、相手の気持ちに対して少し責任を持つ関係になるのかもしれない。
急に連絡を断つ。
何か月も放置する。
相手が不安になっているのに何も話さない。
他の人と恋愛関係になる。
友達なら許されることでも、恋人なら「それは違うだろう」となることがある。
つまり付き合うとは、
「あなたを特別な人として扱います」
という約束でもあるのかもしれない。
なるほど。
また少し分かった。
安心。
保証。
牽制。
責任。
意外と付き合う意味、あるやん。
……。
でも、ここで僕には大きな問題がある。
結婚する意味は分かる。でも僕は結婚したくない
僕は結婚することの意味は分かる。
結婚すれば夫婦になる。
家族になる。
生活を共にすることも多い。
法的な関係も変わる。
さまざまな権利や義務も生まれる。
子どもを持つなら、家庭を作っていくことにもつながる。
結婚前と結婚後には、明確な違いがある。
だから、
「結婚って何?」
と聞かれたら、僕なりに説明できる。
ただし。
僕自身は結婚したいと思っていない。
ここが問題だ。
「付き合うのは結婚するためです」
と言われたら、付き合う意味はものすごく分かりやすい。
でも僕は結婚したくない。
では、
僕は何のために付き合うんだ。
また迷子になった。
付き合う期間は「結婚への助走」なのか
付き合う意味として、一番分かりやすいのはこれかもしれない。
結婚への助走。
付き合って相手を知る。
性格を知る。
価値観を知る。
金銭感覚を知る。
喧嘩したときの態度を見る。
一緒にいて疲れないか確かめる。
将来について話す。
そして、
「この人となら一緒に生活していけそうだ」
となったら結婚する。
なるほど。
これは分かる。
いきなり結婚するより、まず恋人として関係を作る。
合理的だ。
ようやく謎が解けた。
付き合うとは、結婚への助走なのだ。
よし。
……。
しかし。
僕は結婚したくない。
じゃあ何のために助走してるんだ。
ずっと走っている。
飛ぶ予定はない。
なんなんだこれは。
「ずっと一緒にいたいから付き合う」も少し分からない
「好きな人とずっと一緒にいたいから付き合う」
これもよく分かる。
いや。
分かるのだが。
また僕の面倒くさい頭が動き始める。
ずっと一緒にいたいなら、結婚したらいいんじゃないのか。
もちろん、現実はそんな単純ではない。
お金の問題もある。
仕事もある。
住む場所もある。
年齢もある。
家族の事情もある。
付き合う前には分からなかった部分もある。
だからまず付き合う。
相手を知る。
なるほど。
じゃあ3年付き合った。
まだ知るのか。
5年付き合った。
まだ調査中なのか。
10年付き合った。
大型研究プロジェクトになってきた。
もちろん10年付き合ってから結婚する人もいる。
二人にとってそれが一番いいタイミングだったのだろう。
他人が口を出すことではない。
分かっている。
でも僕の頭の中には、
「何待ちなんだ」
という疑問が浮かんでしまう。
信号か。
青になったら婚姻届を出すのか。
ただ、こんなことを言っている僕自身が結婚する気はない。
「ずっと一緒にいたいなら結婚したらええやん」
と言いながら、
お前が一番結婚せえへんやないか。
その通りである。
将来を想定するために付き合う?
では、
「この人との将来を想定するために付き合う」
これはどうだろう。
かなり納得できる。
付き合う前には分からないことがある。
友達として相性がよくても、恋人になると違うかもしれない。
恋人として最高でも、一緒に生活すると合わないかもしれない。
だから、まず付き合う。
そのうえで、
「この人と将来を作れるか」
を考える。
なるほど。
ただ、ここでも僕は思ってしまう。
将来をまったく想定できない相手と、そもそも付き合うなよ。
「この人とは絶対に結婚しません」
「将来一緒にいることも考えていません」
「でも付き合っています」
となると、
何を確認しているんだ。
もちろん、
「今が楽しいから」
でもいい。
恋愛に必ず結婚というゴールが必要なわけではない。
頭では分かる。
でも僕は、どうしても、
「それなら付き合うという形にする必要があるのか?」
に戻ってしまう。
本当に面倒くさい。
付き合わないとできないことは、本当にあるのか
付き合わなくても、ご飯には行ける。
映画にも行ける。
旅行にも行ける。
連絡もできる。
お互いが望むならキスだってできる。
じゃあ、
恋人になることでしかできないことは何だ。
行動だけを見れば、ほとんどないのかもしれない。
ここまで来ると、
「じゃあ別に付き合わなくてもいいんじゃないか」
と思えてくる。
好き。
会いたい。
じゃあ会う。
一緒にいたい。
じゃあ一緒にいる。
それでいいじゃないか。
わざわざ、
「今日から僕たちは恋人です」
と名前をつけなくてもいいのではないか。
……と思った。
でも。
これは僕一人の話ではない。
相手も「付き合わなくていい」と思っているとは限らない
ここを忘れてはいけない。
僕が、
「別に付き合わなくてもよくない?」
と思っていたとしても、相手が同じとは限らない。
相手は、
「ちゃんと恋人になりたい」
と思っているかもしれない。
曖昧な関係が嫌かもしれない。
自分が相手にとって何なのか分からない状態が不安かもしれない。
「好きなら会えばいい」
「付き合うとか別にいらなくない?」
と言われたら、
「いや、私はいるんだけど」
となる。
当たり前だ。
恋愛は一人ではできない。
僕だけが納得する関係を作ればいいわけではない。
二人の関係なのだから、相手が安心できる形も考えなければならない。
そう考えると、
「付き合う」
という言葉はやっぱり便利なのかもしれない。
二人で、
「僕たちは恋人として関係を作っていきます」
と確認する。
僕が思っていたより、ちゃんと意味がある。
でも、結婚しない僕が相手をキープしていいのか
そして今度は、別の疑問が出てくる。
僕は結婚したくない。
相手は結婚したいかもしれない。
それなのに僕が、
「付き合ってください」
と言う。
付き合えば一般的には、お互い他の人との恋愛をある程度制限することになる。
僕は結婚しない。
でも相手には恋人でいてほしい。
もし相手が将来結婚したい人なら、
僕はその人をキープしているだけにならないのか。
もちろん、最初から二人とも、
「結婚する気はない」
と分かったうえで付き合っているなら何も問題はない。
二人が納得していれば、それが二人の関係だ。
でも、一方は結婚したい。
もう一方は絶対にしたくない。
その状態を何年も曖昧にしたまま付き合う。
それはどうなんだろう。
僕は「付き合う意味が分からない」と言って別れることがある。
でももしかすると、
意味が分からないまま相手を恋人という場所に置き続ける方が、失礼なのではないか。
そんなことも考える。
だから余計に、
付き合うとは何なのか。
ちゃんと考えたくなる。
そして考えすぎて、
分からなくなる。
長年付き合って別れる。何してんだ
そして僕が昔から不思議なのがこれだ。
「5年間付き合っていました」
おお。
「別れました」
……。
5年間、何してたんだ。
いや。
分かっている。
5年間ずっと無駄だったと言いたいわけではない。
楽しい思い出もあるだろう。
旅行にも行っただろう。
いろんな話をしただろう。
お互い支え合ったこともあるかもしれない。
でも、交際を「結婚への助走」だと考えると、
5年間助走した。
そして、
飛ばなかった。
滑走路を走り続けて、
そのまま格納庫へ帰っていった。
なんだったんだ。
10年間付き合って別れた。
10年間助走して飛ばなかった。
ものすごい脚力である。
もちろん、本人たちにとってはそんな単純な話ではない。
それでも僕は、
「何のための10年間だったんだろう」
と考えてしまう。
付き合うと、別れたあとにスタート地点より遠くなることがある
しかも恋愛には、さらに不思議なことがある。
最初は友達だった。
仲良くなる。
好きになる。
付き合う。
もっと親密になる。
そして、
別れる。
すると、
他人になる。
なんでや。
友達。
↓
恋人。
↓
元恋人。
↓
連絡しません。
会いません。
SNSも外します。
場合によっては顔も見たくありません。
スタート地点より遠くなってるやないか。
付き合わなければ、友達として10年続いたかもしれない。
でも付き合ったことで、一年後には完全に関係がなくなることもある。
関係を深めるために付き合ったはずなのに、
関係を終わらせる装置にもなりうる。
なんなんだ。
昨日まで恋人だった。
今日、別れた。
今日から元恋人。
昨日まで普通にキスしていたのに、
本日より禁止です。
切り替えがすごい。
人間関係ってそんなにスイッチ式だったのか。
でも、終わったからといって無意味なのか
ここまで考えていて、僕は一つ気づいた。
僕はもしかすると、
「最後に終わったもの=意味がなかった」
と考えすぎているのかもしれない。
5年間付き合って別れた。
何してんだ。
そう思った。
でも。
映画は終わる。
2時間後には終わる。
だからといって、
「どうせ終わるなら映画なんて観る意味ないやん」
とは思わない。
旅行だって終わる。
数日後には家に帰ってくる。
「結局家に帰ってくるなら、旅行なんて何してんだ」
とは思わない。
本だって読み終わる。
ライブだって終わる。
楽しかった一日だって終わる。
桜だって散る。
終わるものなんて、いくらでもある。
でも、終わるから無意味なのではない。
その時間が楽しかった。
その時間に救われた。
何かを知った。
何かを感じた。
それだけでも、その時間には意味がある。
だったら、
5年間付き合って別れたとしても、
その5年間が失敗だったとは限らない。
10年間付き合って別れたとしても、その10年間に二人が幸せだったなら、それはそれで成立しているのかもしれない。
結婚しなかった。
だから失敗。
別れた。
だから無駄。
そんなに単純ではない。
ここで僕は初めて、
「あれ。付き合うこと自体が目的でもいいのか」
と思った。
恋愛には、ゴールなんていらないのかもしれない
僕は付き合うということを、ずっと道として考えていたのかもしれない。
付き合う。
↓
相手を知る。
↓
関係を深める。
↓
結婚。
だから結婚しない僕には、
「じゃあこの道、どこへ向かってるんだ」
となる。
でも、そもそも道ではないのかもしれない。
その場所で二人が一緒に過ごしていること自体が、目的なのかもしれない。
好きだから会う。
会うと楽しい。
一緒にいると落ち着く。
話したい。
相手にも自分を特別だと思ってほしい。
自分も相手を特別に思っている。
その関係に、
「恋人」
という名前をつける。
付き合うことで安心する。
お互いに関係を確認する。
相手を少し大切に扱う責任を持つ。
周囲にも、
「この人は僕の大切な人です」
と示す。
そして、その関係が続くあいだ、一緒に過ごす。
それだけでもいいのかもしれない。
結婚するかどうかは、その先の話だ。
僕は付き合うことに「意味」を求めすぎていたのかもしれない
僕はたぶん、付き合っている途中で考えすぎる。
僕たちは何をしているんだろう。
何のために付き合っているんだろう。
この先に何があるんだろう。
結婚しないなら、どこへ向かっているんだろう。
付き合うとは何なんだ。
考える。
考える。
さらに考える。
そして、
分からない。
だから、
「意味が分からないなら、もう別れてもいいか」
となる。
でも今回、改めて考えてみて思った。
もしかすると、
もっとシンプルでいいのかもしれない。
好きだから会う。
一緒にいたいから一緒にいる。
相手も自分と恋人でいたい。
自分も相手と恋人でいたい。
だったら付き合う。
それでいいのかもしれない。
「この交際の目的は?」
「最終目標は?」
「何年後にどうなりますか?」
そんな企画書みたいなものを恋愛に求めなくてもいい。
恋愛は事業計画ではない。
KPIもいらない。
交際3年目、前年比112%。
何が伸びたんだ。
付き合うって、たぶん「今」の約束なんだ
付き合うという関係は、永遠を保証してくれない。
結婚も保証してくれない。
別れない保証もない。
相手が絶対に自分を傷つけない保証もない。
そう考えると、ものすごく頼りない。
でも、
未来を保証するものだと思うから頼りなく見えるのかもしれない。
付き合うというのは、
「一生あなたといます」
ではなく、
「今、僕はあなたと特別な関係でいたいです」
という約束なのかもしれない。
明日のことは分からない。
5年後も分からない。
結婚するかも分からない。
でも今は、この人と一緒にいたい。
相手も同じ。
だったら、
「付き合う」
という名前をつける。
それくらいのものなのかもしれない。
次は、もう少し考えずに付き合ってみようと思う
付き合うってなんだろう。
この記事を書き始めたとき、僕には本当に分からなかった。
いや。
今も完全には分かっていない。
安心なのか。
保証なのか。
約束なのか。
牽制なのか。
責任なのか。
結婚への助走なのか。
今を一緒に楽しむことなのか。
たぶん全部少しずつ入っているのだと思う。
そして、その割合はカップルによって違う。
結婚するために付き合う人もいる。
結婚する気はないけれど恋人でいたい人もいる。
毎日会いたい人もいる。
月に数回でいい人もいる。
ずっと一緒にいたい人もいる。
いつまで続くかなんて考えない人もいる。
だから「付き合うとはこれだ」と一つに決めようとすること自体、無理なのかもしれない。
僕はそこを無理やり理解しようとしていた。
そして理解できなくなると、
「じゃあ、もういいか」
と関係そのものまで終わらせていた。
でも。
意味が分からないからといって、すぐに終わらせなくてもいいのかもしれない。
好き。
一緒にいると楽しい。
また会いたい。
相手もそう思っている。
それなら、その時点では十分なのかもしれない。
結婚するか。
何年続くか。
最後に別れるのか。
そんなことは、そのとき考えればいい。
終わったとしても、それまでの時間まで消えるわけではない。
僕はたぶん、
恋愛に意味を求めすぎていた。
次に誰かを好きになったら。
もう少しシンプルに考えてみようと思う。
好きだから会う。
一緒にいたいから一緒にいる。
お互いが恋人でいたいなら、付き合ってみる。
その先に何があるのかは、
そのとき考えればいい。
……まあ。
実際に付き合い始めたら、三日後くらいには、
「ところで、付き合うって何なんだ?」
と考えている気もする。
でも次は。
もう少しだけ、
分からないまま付き合ってみてもいいのかもしれない。
