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失礼・不快な態度をとる人には、そのままの態度を返してやれ。

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僕は、失礼な態度をとってくる人が嫌いだ。

まあ、好きな人はいないだろう。

こちらは普通に接している。

何もしていない。

なのに、なぜかめちゃくちゃ感じが悪い。

目を合わせない。

返事が雑。

言い方がいちいち冷たい。

露骨にめんどくさそう。

「なんでそんなに機嫌悪いねん」

と思うような人が、たまにいる。

そういう人に出会ったとき、大人ならどうするべきなのだろう。

気にしない。

笑顔で接する。

丁寧な態度を崩さない。

相手と同じレベルに落ちない。

きっと、それが正しいのだと思う。

立派だ。

とても大人だ。

僕も34歳なので、それくらいは分かっている。

分かったうえで言いたい。

僕は嫌だ。

なぜ僕だけが大人でいなければならない。

そっちが好き勝手に感じ悪くしてきたのに、なぜ僕だけがニコニコしながら、

「ありがとうございます!」

と気持ちよく帰らなければならないのだ。

だから僕は、明らかに失礼な態度を向けられたとき、その人に似たような態度を返すことがある。

しかも、少しだけ馬鹿にした感じを添えて。

性格が悪い。

知っている。

でも、僕にはこっちの方が合っている。

目次

鬼ふてこい店員が現れた

例えばコンビニに行く。

飲み物とお菓子でも持ってレジへ向かう。

店員さんがいる。

商品を置く。

「お願いします」

ここまでは普通である。

僕だって、コンビニに入った瞬間から、

「おい! 早く会計しろ!」

なんて言わない。

そんな奴がいたら怖い。

ところが、たまにいる。

登場から鬼めんどくさそうな店員。

もう顔から出ている。

「なんで俺がこんなことしなあかんねん」

みたいな空気を全身から放っている。

商品を扱う動きも雑。

こちらを見ない。

声も明らかに面倒くさそう。

別に無口なのはいい。

静かな店員さんなんていくらでもいる。

僕だってコンビニで、

「いやー! 今日は暑いですね! ところでお仕事は何をされているんですか?」

なんて会話を求めていない。

怖い。

そうじゃない。

明らかに、こちらへ向けて感じが悪い。

そういう人がいる。

袋について聞かれる。

その聞き方まで鬼ふてこい。

その瞬間、僕の中で何かが切り替わる。

なるほど。

分かった。

今日はその感じでいくんですね。

了解しました。

それなら僕も合わせます。

「そんなんええ、ええ」

ちょっと雑に返す。

支払い方法を聞かれたら、

「ペイペイでお願いちマース」

急に僕も感じの悪い客になる。

さらに店員が鬼の形相をしていたら、

「うわー、こわっ(笑)」

とか言うかもしれない。

「めっちゃ機嫌悪いやん(笑)」

いやな客だ。

自分で書いていても思う。

なんやこいつ。

でも、おそらく向こうも思っている。

「なんやこの客。感じ悪いな」

そうだ。

それである。

今あなたが感じているその感覚を、僕は少し前に感じた。

僕が突然、理由もなく感じの悪い人間になったわけではない。

あなたが僕に向けてきたものを、僕が似た形で返しただけだ。

お前の態度を鏡で返しただけだ。

気に入らなかった?

奇遇だ。

僕も気に入らなかった。

普通の店員さんには普通に接する

もちろん、普通の店員さんにこんなことはしない。

「袋はご利用ですか?」

「大丈夫です」

「お支払い方法は?」

「PayPayでお願いします」

最後に、

「ありがとうございます」

それで終わる。

丁寧な店員さんなら、僕も丁寧になる。

ちょっと親切にしてくれたら、こちらも自然と柔らかくなる。

新人さんが緊張してモタモタしているくらいで、感じ悪くしたりもしない。

そんなもん、見たらだいたい分かる。

不慣れなのと、ふてこいのは違う。

僕は店員に偉そうにしたいわけではない。

「客は神様だぞ」

なんて思っていない。

店員と客。

それ以前に、人と人だ。

だから僕の中では単純である。

普通に接してくれる人には、僕も普通に接する。

優しくしてくれる人には、僕も優しくする。

そして、

明らかに失礼な態度を向けてくる人には、その態度を返す。

ただそれだけだ。

「相手と同じレベルになるだけでは?」

こういう話をすると、おそらく言われる。

「そんなことしたら、相手と同じレベルになるだけだよ」

なるほど。

確かにそうだ。

というか、

そうしている。

わざと。

僕はその瞬間だけ、相手と同じところまで降りている。

ただし、そこで暮らすつもりはない。

永住しない。

住民票も移さない。

30秒だけ降りる。

店員が感じ悪い。

分かった。

それでは僕も今から30秒間だけ、感じの悪い人間になります。

「そんなんええ、ええ」

「ペイペイでお願いちマース」

「うわー、こわっ(笑)」

ピッ。

支払い完了。

商品を持つ。

店を出る。

はい、戻りました。

終了である。

ずっと感じの悪い人間でいたいわけではない。

その人が感じ悪かったからといって、一日中そのテンションで過ごすつもりもない。

その瞬間だけ降りる。

返す。

終わったら戻る。

だから僕にとっては、

「相手と同じレベルに落ちてしまった」

ではない。

「その瞬間だけ、わざと同じところまで降りた」

なのだ。

ずっとそこに居座ったら、それはもう本当に同じ人なのかもしれない。

僕は用事が終わったら帰る。

短期滞在である。

そもそも僕は、不快になりたくない

そして最近、もう一つ理由が分かった。

僕がこういうことをするのは、

自分が不快にならないためでもある。

相手がめちゃくちゃ感じ悪い。

こちらはずっと普通にしている。

すると、だんだん腹が立ってくる。

「なんやねん、こいつ」

「なんでこんな態度されなあかんねん」

相手の不機嫌に、こちらの気分まで引っ張られていく。

僕はこれが嫌なのだ。

相手が機嫌悪いのは勝手だ。

でも、

なんでお前の機嫌の悪さによって、僕まで不快にならなあかんねん。

そこで僕は切り替える。

「あ、今日はこのゲームなんですね」

と。

鬼ふてこい店員が出現した。

なるほど。

それなら僕もいこう。

「そんなんええ、ええ」

「ペイペイでお願いちマース」

「うわー、こわっ(笑)」

すると不思議なことに、さっきまでただ不快だった出来事が、少し面白くなってくる。

鬼ふてこい店員というイベントが発生しただけになる。

別に相手を笑いものにしてやろうという壮大な計画があるわけではない。

僕自身が、その人の不機嫌に飲み込まれないためだ。

真正面から全部受け取るから不快になる。

だから少し横にずれる。

「なんやこいつ」

ではなく、

「おお、すごいの来たな」

くらいにしてしまう。

すると僕の機嫌を、相手に全部持っていかれずに済む。

相手が不機嫌だからといって、

僕まで不機嫌になる必要はない。

だから少しふざける。

少し茶化す。

僕にとっては、それも自分の機嫌を守る方法なのだと思う。

「だったら普通に接すればいいじゃん」

でも、こう思う人もいるだろう。

「相手を変えたいわけでもないなら、普通に接して帰ればいいじゃん」

その通りだ。

たぶん、それが一番大人なのだろう。

相手がどれだけ感じ悪くても、

「ありがとうございます」

と普通に言って帰る。

立派だ。

僕にもできないわけではない。

できる。

でも僕の場合、それをすると残ることがある。

店を出てから、

「なんやったん、あいつ」

と思う。

電車に乗って、

「なんであんな態度やったんや」

と思う。

家に帰ってから、ふと思い出す。

風呂に入って、

「いや、やっぱり感じ悪かったよな」

布団に入って、

「なんやねん、あいつ」

なんで僕の家まで連れて帰ってんねん。

もう店員は目の前にいない。

なのに僕の頭の中では、まだ接客中である。

そんなに好きなんか。

違う。

僕はその人のことを、そんなに長時間考えたくない。

だから、その場で終わらせたい。

嫌な態度を受け取った。

少し返した。

はい。

精算完了。

コンビニだけに。

普通に接することが「我慢」になることもある

もちろん、普通に接して、そのまま何とも思わず忘れられる人なら、それでいい。

その方が平和だ。

僕も毎回こんなことをするわけではない。

どうでもよければ、そのまま帰ることもある。

ただ、

「大人なんだから我慢しよう」

と全部飲み込む方が、僕には不快なときがある。

こちらは普通にしている。

相手は好き放題感じ悪くしている。

それでも僕は、

「ありがとうございます」

と丁寧に返す。

店を出る。

そして後から腹が立つ。

だったら僕は、その場で少し返した方が楽だ。

別に勝ちたいわけではない。

「俺の勝ち!」

なんて思わない。

コンビニで何の大会をしているのだ。

僕は勝ちたいのではない。

不快になりたくない。

そして、

終わらせたい。

たぶん、この二つが大きい。

なぜ普通に注意しないのか

だったら、

「あなた、態度悪いですよ」

と普通に注意すればいい。

そう思う人もいるだろう。

でも僕は、あまりそれをしようと思わない。

なぜなら、

別に、その人が変わることを期待していないからだ。

僕が、

「もう少し丁寧に接客した方がいいですよ」

と言ったところで、

「ご指摘ありがとうございます。今後は接客態度を見直します」

となることを期待していない。

明日からその人がどう接客するのかは、その人の人生だ。

僕は上司でもない。

親でもない。

教育係でもない。

別に育てようとも思っていない。

変わるなら変わればいい。

変わらないなら、それでもいい。

僕には関係ない。

ただ、それでも僕が態度で返すのには、もう一つ理由がある。

言葉で気づくのと、態度で気づくのは違う

「あなた、態度悪いですよ」

と言われる。

すると人はいくらでも逃げられる。

「そんなつもりありませんけど」

「普通にしてただけです」

「そっちが気にしすぎなんじゃないですか?」

確かにそうかもしれない。

態度なんて数値で測れない。

レジの上に、

本日のふてこさ 87点

なんて表示されるわけではない。

だから、

「態度悪いですよ」

と言ったところで、それは僕の意見でしかない。

でも、自分が似たような態度を向けられたらどうだろう。

「そんなんええ、ええ」

「ペイペイでお願いちマース」

「うわー、こわっ(笑)」

そこで店員が、

「なんやこいつ。感じ悪っ」

と思ったとする。

それでいい。

その「感じ悪っ」が、僕がさっき感じたものだからだ。

言葉で、

「あなたの態度は人を不快にさせますよ」

と説明されるのと、

実際に似た態度を自分が向けられて、

「うわ、感じ悪い」

と自分で感じるのは違う。

言葉は説明だ。

態度は体験だ。

もしかしたらそこで、

「あれ? 俺もこんな感じだった?」

と一瞬くらい思うかもしれない。

思わないかもしれない。

どちらでもいい。

そこまでは期待していない。

僕は説教したいわけではない。

鏡を置いただけだ。

見るかどうかは、その人に任せる。

そして相手も、文句を言いにくい

この方法には、もう一つ妙なところがある。

相手も文句を言いにくい。

もちろん、実際には何を言うのも自由だ。

でも、もし相手から、

「なんなんですか、その態度」

と言われたら、僕はたぶんこう思う。

いや、お前のや。

今あなたが不快だと思ったその感じ。

さっき僕が受け取ったやつだ。

僕は新しい攻撃方法を開発したわけではない。

どこかから最新型の嫌な態度を仕入れてきたわけでもない。

返品しただけである。

「感じ悪いですよ」

そうですか。

僕もそう思いました。

「なんでそんな言い方するんですか」

そうですか。

僕もさっきそう思いました。

もちろん、

「私はそんな態度してませんけど」

と言われるかもしれない。

そうですか。

僕もそんな態度してませんけど。

鏡なので。

相手が僕の態度を見て、

「感じ悪い」

と思ったのなら、それはそれでいい。

僕が説明する必要すらない。

そう。それ。今あなたが感じたやつ。僕もさっき感じました。

それだけである。

鏡に映った自分を見て腹を立てられても困る。

僕はその鏡を30秒置いているだけだ。

普段の人間関係でも同じだ

これはコンビニだけの話ではない。

普段の人間関係でも同じだ。

普通に話しかけたのに、めちゃくちゃ素っ気ない。

挨拶しても適当。

こちらを見もしない。

返事も、

「はい」

「別に」

「知らないです」

みたいな感じ。

そんな人に対して、

「どうしたの?」

「怒ってる?」

「僕なんかした?」

と追いかける人もいる。

僕はあまりしない。

もちろん、自分に明確な非があるなら謝る。

大切な相手なら、何かあったのか聞くこともある。

でも、理由も分からないのに相手が勝手に感じ悪くなって、その機嫌を僕が直しに行く。

なんで僕が関係修復係なんだ。

知らんがな。

あなたがその温度で来るなら、僕もその温度でいく。

素っ気ないなら、僕も素っ気なくなる。

普通に戻ったら、僕も普通に戻る。

それだけだ。

「人によって態度を変える人は嫌い」

よく聞く言葉がある。

「人によって態度を変える人って嫌い」

僕も、偉い人にだけペコペコして、立場が弱い人には横柄になるような人は嫌いだ。

でも、

人によって態度が変わること自体は、当たり前じゃないかと思う。

僕に優しい人。

僕に失礼な人。

この二人に、まったく同じ態度で接する必要があるのだろうか。

僕はないと思う。

優しくされたら、僕も優しくなる。

丁寧にされたら、僕も丁寧になる。

楽しそうに話してくれたら、僕も楽しくなる。

逆に、明らかに失礼な態度を向けられたら、僕も冷たくなる。

役職や肩書きで態度を変えているわけではない。

相手が僕をどう扱うかで、僕の態度も変わる。

ある意味、

僕の態度は、あなたが決めている部分もある。

僕に優しくしてほしいなら、僕に優しくすればいい。

たぶん僕も優しくなる。

単純である。

ただし、一回返したら終わり

ここは大事だと思う。

相手が感じ悪かった。

僕も感じ悪く返した。

すると相手が、

「なんやこいつ」

と思って、さらに感じ悪くなる。

それを見て僕が、

「なんやこいつ!」

とさらに感じ悪くなる。

向こうも、

「なんやこいつ!」

僕も、

「なんやこいつ!」

感じの悪さ永久機関の完成である。

世界中がこれを始めたら大変だ。

Aが感じ悪くする。

Bが返す。

Aがさらに返す。

Bも返す。

永遠に終わらない。

どこかで誰かが止めなければならない。

だから僕は、一回返したらもういい。

増幅させない。

翌日まで持ち越さない。

今日感じ悪かった人が、明日、

「おはようございます」

と普通に来たら、

僕も、

「おはようございます」

でいい。

「昨日お前感じ悪かったよな?」

なんて始めない。

もう終わった話だからだ。

昨日の感じ悪い僕を、今日まで継続する必要はない。

僕はあなたを永久に嫌いになったわけではない。

昨日のあなたの態度に、昨日の僕が返しただけだ。

今日のあなたが普通なら、今日の僕も普通だ。

それでいい。

そして僕も、鏡を向けられる側になる

ただ、この話を書いていて思った。

僕はずっと、

「相手が感じ悪かったから、僕が返す」

という前提で話している。

でも待て。

僕が先に感じ悪かった可能性もある。

これは普通にある。

僕は自分では普通にしているつもりでも、相手から見れば、

「今日なんかこいつ感じ悪いな」

と思われているかもしれない。

その人が僕と同じ考え方だったらどうなる。

僕が無意識に感じ悪くする。

相手が感じ悪く返す。

僕はそれを見て、

「なんやこいつ。感じ悪いな」

と思う。

そしてさらに返す。

相手も、

「なんやこいつ」

となる。

鏡と鏡が向かい合っている。

感じの悪さが無限反射している。

最悪である。

だから誰かの態度が急に悪くなったとき、

「こいつ感じ悪いな」

で全部終わらせるのではなく、一度くらいは考えた方がいいのかもしれない。

「待て。これ、僕が先に投げたやつ返ってきてない?」

僕は人に鏡を向ける。

だったら当然、僕も誰かから鏡を向けられることがある。

その鏡に、とんでもなく感じの悪い34歳男性が映っていたら。

「あいつ感じ悪いな!」

ではない。

お前だ。

僕だ。

ごめんなさい。

自分だけが常に正しいと思い始めたら、この方法はただの嫌な奴になる。

だから、鏡は自分にも向く。

そこだけは忘れないようにしたい。

もしかすると、これは僕なりの儀式なのかもしれない

ここまで考えて、ようやく少し分かってきた。

僕はなぜ、わざわざ相手と同じような態度を返すのだろう。

相手を変えたいわけではない。

勝ちたいわけでもない。

喧嘩したいわけでもない。

ずっと嫌われたいわけでもない。

むしろ、その場では少しふざけている。

だったら、なぜ返すのか。

たぶん、

不快なものを、自分の中に残しておきたくないからだ。

その瞬間もそうだ。

相手の不機嫌を真正面から受け止めて、不快になりたくない。

だから少し茶化す。

ゲームみたいにする。

「今日はこの感じなんですね」

と切り替える。

そして、その後もそうだ。

嫌な態度を向けられる。

何も返さず、全部飲み込む。

すると僕の中に残る。

「あいつなんやったんや」

「なんであんな態度されたんや」

「僕なんかした?」

相手はとっくに僕のことなんて忘れている。

次の客を接客している。

仕事が終わって、ご飯でも食べているかもしれない。

なのに僕だけ、まだ考えている。

それが嫌なのだ。

だから僕は、その場で返す。

受け取ったものを、その場で返却する。

「これ、あなたのですよ」

と。

そして帰る。

態度、返品完了。

たぶんこれは、僕なりの儀式なのだ。

その場で自分の機嫌を守るための儀式。

そして、嫌なことを翌日まで持っていかないための儀式。

僕は嫌な人を、家まで連れて帰りたくない

嫌な人のことをずっと考えるのは、もったいない。

家に帰ったら、本を読みたい。

ブログも書きたい。

面白いことを考えたい。

飯も食いたい。

寝たい。

やりたいことはいくらでもある。

そこに、

「今日コンビニにいた鬼ふてこい店員について考える」

という予定を入れたくない。

そんな予定、Googleカレンダーにも入れていない。

22:00〜23:00

『コンビニ店員の態度について怒る』

嫌すぎる。

だから店の中で終わらせる。

返す。

店を出る。

外の空気を吸う。

そして、

「なんやったんや、あいつ」

と一瞬思う。

少し歩く。

でも、そのうちどうでもよくなる。

もしかしたら朝から嫌なことがあったのかもしれない。

仕事が死ぬほど嫌なのかもしれない。

誰かと喧嘩したのかもしれない。

単純に腹が減っていただけかもしれない。

本当のところは知らない。

知る必要もない。

そして最後には、

「まあ、なんかあいつにも今日いいことあったらいいなー。はっはー」

くらいになっている。

それでいい。

僕は人を嫌い続けないために、その瞬間だけ嫌な奴になる

考えてみれば、不思議だ。

僕は相手に嫌な態度を返している。

一見すると、めちゃくちゃ性格が悪い。

実際、少し悪いと思う。

でもその目的は、相手をずっと嫌い続けることではない。

むしろ逆なのかもしれない。

嫌い続けないために、その瞬間だけ嫌な奴になる。

そして、

自分まで不快にならないために、少しふざける。

相手の機嫌に、自分の機嫌まで支配させない。

その場で返す。

終わらせる。

持って帰らない。

翌日まで保存しない。

相手が普通に戻れば、自分も普通に戻る。

そして、自分が誰かから同じ態度を返されたら、

「待てよ。僕が先にやってなかったか?」

と一度くらい考える。

完璧な方法だとは思わない。

誰にでもおすすめするつもりもない。

普通に接して、そのまま忘れられる人なら、その方がいい。

ただ僕には、このやり方が合っている。

我慢しない。

でも、

憎み続けもしない。

僕は説教しない。

相手が変わることも期待しない。

ただ、鏡を一瞬だけ置く。

「今のあなた、僕にはこんな感じに見えましたよ」

と。

相手が僕を見て、

「感じ悪いな」

と思ったなら。

そう。

それです。

僕もさっき、それを感じました。

でも、そこで終わり。

鏡を片づける。

会計を済ませる。

店を出る。

明日また同じコンビニに行って、昨日の鬼ふてこい店員が普通に、

「いらっしゃいませ」

と言ってきたら。

僕も普通に、

「お願いします」

と言う。

会計が終われば、

「ありがとうございます」

と言う。

昨日のことなんて、もういい。

昨日返したから。

精算は済んでいる。

僕はあなたを嫌い続けるほど暇ではない。

今日普通なら、それでいい。

もしかしたら今日は、あいつにも何かいいことがあったのかもしれない。

それならよかった。

はっはー。

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