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スーツにリュックはださい?ありえない?マナー違反なのか。

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スーツにリュックはダサいらしい。

どうやら、そういう意見があるらしいのだ。

僕は驚いた。

スーツにリュック。

別にいいじゃないか。

何がいけないのだろう。

調べてみると、いろいろな理由がある。

「スーツとの調和が崩れる」

「シルエットが美しくない」

「学生っぽく見える」

「ビジネスマナーとしてふさわしくない」

なるほど。

言いたいことは、なんとなく分かる。

しかし、僕には一つ、大きな疑問がある。

なんで通勤するだけなのに、そんなに美しさを保っていなければならないんだ。

僕たちは会社に行くのである。

ファッションショーに出場するわけではない。

朝から眠たい目をこすり、駅まで歩き、満員電車に揺られ、会社へ向かう。

それだけだ。

なのに、スーツと鞄の調和まで求められる。

一体、僕たちは何と戦っているのだろう。

今日は、スーツにリュックは本当にダサいのか。そして、マナー違反なのかについて考えてみたい。

なお、最初に言っておく。

僕はリュックの味方だ。

リュックを舐めないでいただきたい。

目次

スーツにリュックはなぜダサいと言われるのか?

まずは、ダサいと言われる理由を考えてみよう。

どうやら、主な理由はスーツとリュックの組み合わせにあるらしい。

スーツはフォーマルな服装だ。

一方、リュックにはカジュアルな印象がある。

学生が背負っている。

旅行者が背負っている。

登山をする人も背負っている。

だから、スーツと組み合わせると違和感が生まれるというわけだ。

なるほど。

確かに、登山用の巨大なリュックを背負い、スーツ姿で会社に現れたら、少し驚くかもしれない。

「おはようございます」

「おはよう。今日、どこか登るの?」

「営業先です」

「山頂じゃなくて?」

そういう会話が生まれる可能性はある。

しかし、世の中にはビジネス用のリュックもある。

黒くてシンプルなもの。

薄型で、パソコンを収納できるもの。

書類が折れないように設計されたもの。

仕事で使うことを前提に作られている。

それなのに、リュックというだけで学生っぽいと言われる。

お前の中のリュック、いつから時間が止まっているんだ。

リュックだって進化している。

いつまでも遠足のイメージを背負わせないでほしい。

背負うのは荷物だけで十分だ。

「スーツとの調和が崩れる」って、今からパリコレにでも出るのか?

特に気になったのが、この意見だ。

「スーツとの調和が崩れる」

調和。

なんだか美しい言葉である。

色彩の調和。

音楽の調和。

自然との調和。

そして、スーツとリュックの調和。

いや、待ってくれ。

今からパリコレにでも出るんか。

僕たちは会社に行くのだ。

駅の改札を抜け、電車に乗り、職場へ向かう。

誰もランウェイを歩いていない。

改札を通った瞬間、スポットライトが当たるわけでもない。

「本日の通勤スタイルをご覧ください。紺色のスーツに黒のリュック。肩のラインが少々惜しいですね」

誰やねん、お前。

朝から審査しないでくれ。

しかも、スーツとの調和が崩れるということは、スーツの方が絶対的な基準になっている。

なぜだろう。

なぜ、リュックがスーツに合わせなければならないのか。

スーツをリュックに合わせたらいいじゃないか。

これではいけないのだろうか。

リュックを背負っても格好よく見えるスーツ。

肩ひもを通しても形が崩れにくいスーツ。

動きやすくて、荷物も運びやすいスーツ。

そういう方向に進化したっていいはずだ。

なのに、なぜかリュックばかりが責められる。

「君がいると、スーツの美しさが損なわれる」

そんなことを言われても、リュックだって困るだろう。

スーツがリュックに似合っていない可能性は、なぜ考えないんだ。

少しくらい、スーツ側も歩み寄ってほしい。

そもそも、なぜリュックが悪者なのか?

考えれば考えるほど、不思議である。

リュックは何も悪いことをしていない。

ただ、荷物を運んでいるだけだ。

パソコンを運ぶ。

書類を運ぶ。

弁当を運ぶ。

水筒を運ぶ。

折り畳み傘だって運ぶ。

しかも、両手を自由にしてくれる。

重い荷物を左右の肩に分散してくれる。

仕事へ向かう人間を、黙って支えているのだ。

こんなに働き者なのに、スーツと組み合わされた途端、批判される。

「品がない」

「格好悪い」

「社会人らしくない」

リュック舐めんなよ。

お前ら、リュックの何を知っているんだ。

毎朝、どれだけの荷物を背負っていると思っている。

雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も。

一言も文句を言わず、僕たちと一緒に通勤している。

なのに、スーツの隣に立っただけで悪者扱いだ。

まるで会社の風紀を乱す不良生徒である。

「お前、ちょっと服装が乱れているぞ」

「いや、僕は鞄です」

「スーツに合わせろ」

「僕は荷物を運びに来ただけなんですが」

かわいそうではないか。

もちろん、リュックにも欠点はある。

背負い方によってはスーツの生地が傷むこともあるし、混雑した場所では周囲の邪魔になることもある。

そこは気をつければいい。

しかし、それはリュックそのものが悪いという話ではない。

使い方の問題だ。

道具の役割を果たしているだけなのに、見た目が気に入らないという理由で責められる。

なんとも理不尽な話である。

スーツにリュックはマナー違反?そもそも誰が決めたんだ?

次に気になるのが、マナーの問題だ。

「スーツにリュックはビジネスマナーとしてふさわしくない」

そういう意見もある。

僕は聞きたい。

何のマナーなんだ。

スーツには手提げのビジネスバッグ。

誰が決めた?

いつ決まった?

法律か。

社則か。

国際条約か。

全日本スーツ鞄調和協会でも存在するのだろうか。

会長がいるのかもしれない。

毎年、全国からスーツ愛好家が集まり、鞄のあり方について議論している。

「今年度も、リュックの使用は認めない方針でよろしいでしょうか」

「異議なし!」

「ただし、黒色の薄型リュックについては再検討すべきでは?」

「静粛に!」

何をしているんだ。

早く仕事に行ってほしい。

もちろん、会社によって服装の規定はあるだろう。

取引先を訪問するときや、格式を重視する場面では、手提げのビジネスバッグが好まれることもある。

相手や場所に合わせることは大切だ。

そこは否定しない。

しかし、特定の職場や場面で求められることと、社会全体のマナーは別である。

そもそも、マナーとは何だろう。

周囲への配慮。

相手への敬意。

人を不快にさせないための振る舞い。

そういうものではないだろうか。

では、スーツにリュックを背負って通勤すると、誰にどんな迷惑がかかるのか。

「カジュアルに見えるから失礼です」

なぜ、カジュアルに見えると失礼なのか。

「ビジネスマンとしてふさわしくありません」

なぜ、ふさわしくないのか。

「スーツとの調和が……」

また調和か。

結局、個人の美意識や昔からの慣習が、いつの間にかマナーという言葉に置き換わっている場合もあるのではないだろうか。

自分が格好悪いと思うこと。

自分が見慣れていないこと。

自分が好ましくないと感じること。

それらを全部「マナー違反」と呼んでしまったら、何でも禁止できてしまう。

嫌いなものを禁止するために、マナーという言葉を使わないでほしい。

じゃあ、何ならいいんだ?手提げバッグなのか?

ここで、一つ質問したい。

スーツにリュックがダサいのなら、何を持てばいいのだろう。

どうやら、手提げのビジネスバッグがいいらしい。

なるほど。

確かに、昔からよく見る組み合わせである。

スーツ姿の会社員が、片手に鞄を持って歩いている。

見慣れた光景だ。

しかし、僕には疑問がある。

手提げバッグの何がそんなに優れているんだ。

いや、もちろん便利な部分もある。

書類を取り出しやすい。

商談の場で置きやすい。

きちんとした印象を与えるデザインも多い。

それは分かる。

でも、片手が塞がる。

荷物が重ければ腕が疲れる。

雨の日には、もう片方の手で傘を持つ。

これで両手が塞がった。

スマホを取り出したい。

定期券を確認したい。

ちょっと飲み物を飲みたい。

そのたびに鞄や傘の持ち方を変えなければならない。

それでも、

「手提げの方がスマートです」

どこがスマートなんだ。

そもそも、リュックなら両手が空く。

荷物を背負ったまま歩ける。

必要に応じて前に抱えることもできる。

十分スマートではないか。

なのに、スーツの見た目を守るために、わざわざ手を塞ぐことを求められる。

なんだか不思議である。

鞄の持ち手の位置によって、人間の品格が決まるのだろうか。

背中にあれば失礼。

手に持てば礼儀正しい。

一体、何が変わったんだ。

荷物が多かったら、手提げバッグを二個持つのか?

さらに考えてみよう。

荷物が多い日はどうするのだろう。

パソコン。

書類。

弁当。

水筒。

着替え。

折り畳み傘。

これだけあれば、小さなビジネスバッグ一個では収まらないこともある。

リュックなら、ある程度まとめて収納できる。

しかし、リュックはダサいと言われる。

では、どうするのか。

手提げバッグを二個持つしかない。

右手にビジネスバッグ。

左手にもう一個のバッグ。

両手に荷物をぶら下げて出勤する。

……いや。

そっちの方がダサくないか。

スーツにリュックは美しくない。

だから、両手にバッグを持つ。

本当に、それでいいのだろうか。

肩のラインは守られている。

しかし、両手には大量の荷物。

腕は疲れ、歩くたびにバッグが揺れる。

雨が降ってきた。

傘を持つ手がない。

どうする。

バッグを一個、脇に挟むのか。

それとも、歯で傘をくわえるのか。

スーツのシルエットを守るために、人間のシルエットが崩れているではないか。

何をしているんだ。

もはや本末転倒である。

しかも、手提げバッグ二個なら必ず格好いいというわけでもないだろう。

僕には、リュック一個の方がよほどすっきり見える。

もちろん、これも僕個人の美意識だ。

だから、手提げバッグを二個持つ人を否定するつもりはない。

好きなように持てばいい。

ただ、リュックをダサいと言う人には聞いてみたい。

手提げバッグ二個は、スーツとの調和が取れているんですか?

そもそもスーツ自体、そんなに快適なのか?

ここで、少し話を戻そう。

スーツとリュックの組み合わせが問題だと言うが、そもそもスーツ自体はそんなに快適なのだろうか。

夏は暑い。

動きにくいものもある。

手入れが必要だ。

汚れにも気を使う。

もちろん、最近はストレッチ素材や通気性のいいスーツもある。

それでも、スーツがあらゆる場面で最も快適な服装とは限らない。

そんなスーツを着て、朝から会社に向かう。

それだけでも十分頑張っている。

なのに、さらに鞄まで制限される。

「リュックはシルエットが崩れるので、手提げにしてください」

どこまで通勤を修行にしたいんだ。

暑さに耐える。

混雑に耐える。

眠気に耐える。

そして、鞄の不便さにも耐える。

一体、何の精神修行なのだろう。

会社に着く頃には、もう悟りを開いているかもしれない。

「おはようございます」

「おはよう。今日もよろしく」

「はい。すべては無常です」

仕事をしてくれ。

僕は、スーツを着ること自体が悪いとは思わない。

格好いいスーツもあるし、着ることで気持ちが引き締まる人もいるだろう。

ただ、服装の美しさを優先するあまり、通勤する人間の快適さが後回しになるのはおかしいと思う。

仕事をするために服を着ているのか。

服を美しく見せるために仕事へ行くのか。

順番を間違えないでほしい。

スーツにリュックが学生っぽい?学生の何が悪いんだ

もう一つ、気になる意見がある。

「スーツにリュックは学生っぽい」

これも、よく分からない。

学生っぽいと何がいけないのだろう。

若々しく見えるということか。

それとも、社会人として未熟に見えるということか。

もちろん、場面によっては落ち着いた印象が求められることもある。

しかし、リュックを背負っているだけで、仕事ができない人間に見えるというのなら、ずいぶん単純な判断ではないだろうか。

手提げバッグを持った瞬間、急に仕事ができるようになるのか。

昨日までリュックだった新人社員が、今日から手提げバッグに変えた。

「おお、君も立派な社会人になったな」

そんなわけがない。

中身は昨日と同じ人間だ。

仕事の能力も、経験も、知識も変わっていない。

変わったのは、鞄の持ち方だけである。

もちろん、見た目の印象が大切な仕事もある。

それは理解できる。

ただ、学生っぽいという理由だけで、リュックを否定するのは少し乱暴ではないだろうか。

学生だって、ちゃんと荷物を運んでいる。

リュックは何も悪くない。

ここでも、またリュックが責められている。

いい加減にしてほしい。

本当にマナーを考えるなら、鞄の種類より使い方ではないか?

ここまでリュックを擁護してきたが、もちろん何をしてもいいと言いたいわけではない。

例えば、満員電車。

大きなリュックを背負ったまま、周囲の人にぶつけている。

これは迷惑だ。

本人は気づいていなくても、背中のリュックが人を押していることがある。

だから、混雑した車内では、鉄道会社の案内や周囲の状況に応じて、前に抱えたり、手に持ったりする配慮が必要だ。

ただし、これは手提げバッグでも同じである。

大きな鞄を振り回して歩けば、周囲の人にぶつかる。

足元に置いて通路を塞げば、邪魔になる。

つまり、問題なのは鞄の種類ではない。

どう使っているかだ。

リュックだから迷惑なのではない。

手提げだから礼儀正しいのでもない。

周囲に配慮しているかどうか。

本来、マナーとして考えるべきなのは、そちらではないだろうか。

「スーツにリュックはダサい」

そう思うのは自由だ。

「私は手提げバッグの方が好きです」

それも自由だ。

しかし、そこから一歩進んで、

「だから、あなたも手提げバッグにするべきです」

となると、話は変わってくる。

自分の好みと、他人が守るべきルールは違う。

僕はそう思う。

他人の通勤姿を、そんなに真剣に見ているのか?

それにしても、少し不思議である。

朝の通勤時間。

駅にはたくさんの人がいる。

眠そうな人。

急いでいる人。

スマホを見ている人。

音楽を聴いている人。

そして、スーツにリュックを背負っている人。

その一人ひとりを見ながら、

「あの人はスーツとリュックの調和が取れていない」

と考えている人がいるのだろうか。

だとしたら、なかなか忙しい。

「おっ、あの人は手提げバッグ。素晴らしい」

「こちらの方はリュック。残念」

「おや、あちらはショルダーバッグ。判定が難しいですね」

朝から何の審査員をしているんだ。

僕なら、そんなことを考えるより、一分でも長く寝ていたい。

もちろん、他人のファッションを見るのが好きな人もいるだろう。

それ自体は悪いことではない。

ただ、通勤中の人間は、必ずしも誰かに見せるために服を選んでいるわけではない。

仕事へ行くために、動きやすさや荷物の運びやすさを優先している人もいる。

そこにまで美しさを求められたら、たまったものではない。

僕たちは出勤しているのだ。出場しているのではない。

ちなみに僕は、スーツにポシェットで通勤したい

ここまで書いておいて、最後に一つ言いたいことがある。

僕は、スーツにポシェットで通勤したい。

そう。

ポシェットだ。

小さな鞄を斜めに掛ける。

中身は財布。

スマホ。

家の鍵。

必要なものだけを入れて、身軽に出勤する。

いいではないか。

両手も空く。

荷物も軽い。

必要なものをすぐに取り出せる。

僕にとっては、十分便利である。

しかし、おそらく言われるだろう。

「スーツにポシェットはちょっと……」

なぜだ。

「ビジネスマンとしてはカジュアルすぎます」

そうなのか。

「スーツとの調和が……」

またお前か、調和。

一体、何回登場するんだ。

もういい加減にしてほしい。

スーツにリュックはダサい。

スーツにポシェットもダサい。

スーツには手提げバッグがいい。

でも、荷物が多ければ二個持つことになる。

それは格好いいのか。

僕には分からない。

そもそも、全員が同じ鞄を持つ必要なんてないはずだ。

手提げが好きなら手提げでいい。

リュックが好きならリュックでいい。

ポシェットが好きならポシェットでいい。

必要な荷物も、通勤方法も、仕事の内容も、人によって違う。

それなのに、全員に同じ格好を求める方が、よほど不自然ではないだろうか。

僕は、仕事に必要なものを持って、快適に通勤したい。

ただ、それだけだ。

もちろん、職場の決まりや訪問先への配慮が必要なときは、それに合わせればいい。

周囲の人に迷惑をかけないことも大切だ。

しかし、誰かが勝手に決めた美意識にまで、毎朝付き合うつもりはない。

スーツのシルエット。

鞄との調和。

社会人らしい品格。

いろいろあるのだろう。

ただ、僕のポシェットは小さい。

そんなにたくさんのものは入らない。

財布とスマホと鍵で、もう十分だ。

「社会人としてのマナーは、持ってきましたか?」

そう聞かれたら、僕は答えよう。

「マナーは嵩張るので、置いてきた。」

もちろん、周囲への配慮は忘れていない。

それは鞄に入れるものではなく、身につけておくものだからだ。

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