ドスン。
……。
ドスドスドス。
まただ。
僕は天井を見上げた。
一体、何をしているのだ。
上の階の住人である。
どういうわけか、毎日のように足音が響いてくる。
ドスドス。ドスン。ドスドスドス。
何という力強い足取りだろう。
まるで、床に恨みでもあるかのようだ。
いや、歩くなと言っているわけではない。
人間なのだから、歩くのは当然である。
トイレにも行くだろう。冷蔵庫にも向かうだろう。玄関まで荷物を取りに行くこともあるだろう。
それはわかる。
しかし、なぜそんなに力強く歩く必要があるのだ。
ドスン。
まただ。
何だ、その一歩は。
大地を踏みしめるにも限度というものがある。
上の階には力士でも住んでいるのだろうか。
それとも、毎日何かの訓練をしているのか。
僕は天井を見上げながら、まだ会ったこともない住人の生活を想像する。
顔も知らない。
名前も知らない。
年齢も知らない。
知っているのは足音だけである。
それなのに、僕の中ではすでに「ドスドス歩く人」という人物像が完成している。
何とも失礼な話だ。
しかし、うるさいものはうるさい。
今日は、この上の階から聞こえてくる足音について、じっくり考えてみたいと思う。
なぜ上の階の足音はドスドス響くのか
そもそも、足音というのは、なぜあんなに響くのだろう。
人が歩いているだけではないか。
何かを落としているわけでもない。
大声を出しているわけでもない。
ただ、歩いている。
それなのに、下の階ではドスンという衝撃音になる。
不思議なものである。
調べてみると、足音には床を通じて伝わる振動が関係している。
特に、かかとから強く着地する歩き方は、床に衝撃を与えやすい。
いわゆる「かかと歩き」である。
なるほど。
あの住人は、かかとを使いすぎているのかもしれない。
ドスン。
かかと。
ドスン。
また、かかと。
何というかかとへの信頼だろう。
もう少し足の裏全体を使っていただきたい。
せっかく足には、つま先というものもあるのだ。
しかし、これは本人にとって普通の歩き方なのかもしれない。
普段からかかとを強く着地させる癖があれば、自分が大きな音を出しているという自覚はないだろう。
さらに、建物の構造も関係する。
床の厚さや材質、防音性能によって、足音の伝わり方は変わる。
硬い床材では衝撃が伝わりやすい場合もあるし、建物の構造によって振動が別の部屋まで響くこともある。
つまり、足音が大きいからといって、必ずしも住人が乱暴に歩いているとは限らない。
普通に歩いているだけなのに、下の階では大きく聞こえている可能性もあるのだ。
そう考えると、少し気の毒にもなる。
本人はただ、冷蔵庫から麦茶を取り出しただけかもしれない。
しかし、下の階では大事件である。
ドスドスドス。
麦茶を飲むにも、ずいぶん迫力がある。
ストレス発散で足を踏み鳴らしているのか
足音があまりに大きいと、僕は別の可能性まで考えてしまう。
もしかすると、ストレスがたまっているのではないか。
仕事で嫌なことがあった。
人間関係に疲れた。
何かに腹を立てている。
その怒りを、足音にぶつけているのかもしれない。
ドスン!
「くそっ!」
ドスン!
「何なんだ、あいつは!」
ドスドスドス!
そんな光景が頭に浮かぶ。
いや、待て。
それなら、なぜ毎日なのだ。
毎日そんなに腹を立てることがあるのか。
ずいぶん大変な人生ではないか。
もちろん、実際にストレスや怒りによって動作が荒くなることはあるだろう。
イライラしていると、ドアを強く閉めたり、物を乱暴に置いたりする人もいる。
足を踏み鳴らして怒りを表現する人だっているかもしれない。
しかし、足音だけで相手の心理を判断することはできない。
単なる歩き方の癖かもしれないし、建物の問題かもしれない。
それなのに、僕は勝手に相手の人生まで想像している。
何なら、仕事で嫌なことがあった設定までつくってしまった。
上の階の住人も、まさか自分の足音からここまで分析されているとは思わないだろう。
ただし、一つだけ言わせてほしい。
もし本当にストレス発散のために床を踏み鳴らしているのなら、別の方法を探していただきたい。
僕の天井は、あなたのストレスを受け止めるために存在しているわけではない。
なぜそんなに家の中を歩き回るのか
足音そのものも気になるのだが、僕にはもう一つ疑問がある。
上の階の住人は、なぜあんなに歩き回るのだろう。
ドスドスドス。
しばらく静かになる。
ようやく落ち着いたか。
そう思った瞬間、
ドスドスドス。
また歩き始める。
何をしているのだ。
一体、どこへ向かっているのだ。
家の中なのだから、移動できる範囲にも限界があるはずだ。
玄関からリビング。
リビングからキッチン。
キッチンからトイレ。
そんなところだろう。
それなのに、何度も足音が聞こえる。
何をそんなに探しているのだ。
財布か。
スマートフォンか。
眼鏡か。
もしかすると、忘れ物が多い人なのかもしれない。
冷蔵庫まで歩いた。
しかし、何を取りに来たのか忘れてしまった。
いったん戻る。
思い出した。
また冷蔵庫へ向かう。
ドスドスドス。
なるほど。
それなら少しは理解できる。
しかし、そんなことが毎日起きるものだろうか。
あるいは、家の中で運動しているのかもしれない。
歩数を稼ぐために、室内を往復している。
健康的な生活を心がけているのだろう。
それは結構なことだ。
しかし、こちらとしては複雑である。
上の階の住人が健康になるほど、僕の生活環境が悪化していく。
何という皮肉だろう。
もちろん、実際に何をしているのかはわからない。
そもそも、本当に歩いているのかどうかすら確かではない。
家具を動かしているのかもしれない。
何かを床に置いているのかもしれない。
子どもが走り回っているのかもしれない。
僕が足音だと思っている音も、別の原因によるものかもしれないのだ。
しかし、音だけを聞いていると、どうしても想像が膨らんでしまう。
顔も知らない上の階の住人が、僕の頭の中では毎日家中を駆け回っている。
何とも忙しい人物である。
なぜ一度気になると、足音ばかり聞こえるのか
不思議なことに、足音というのは、一度気になり始めると、どんどん気になる。
最初は、ただの生活音だったはずだ。
ドスン。
ああ、上の階で誰かが歩いているな。
それだけだった。
しかし、何度も聞こえるうちに、少しずつ意識が向くようになる。
まただ。
また歩いている。
さっきも歩いていなかったか。
そして、あるときから、足音が鳴っていない時間まで気になり始める。
静かだ。
ようやく終わったか。
いや、待て。
また歩き始めるのではないか。
ドスン。
ほら来た。
何ということだろう。
僕は、足音を聞いているだけではなく、次の足音を待ってしまっている。
もちろん、待ちたくて待っているわけではない。
しかし、不規則な音は、いつ鳴るかわからない。
その予測できなさが、余計に気になってしまうのだと思う。
一定のリズムで鳴っている音なら、まだ慣れることもあるかもしれない。
しかし、足音は違う。
ドスドス。
……。
ドスン。
…………。
ドスドスドス。
何という不規則な演奏だろう。
曲名をつけるなら「上の階の住人」である。
しかも、演奏時間がわからない。
一曲で終わるのか。
アンコールがあるのか。
そもそも、いつ始まったのか。
僕は客席に座っているつもりなどないのに、毎日強制的に聴かされている。
そして、静かな夜ほど足音は目立ちやすい。
周囲の音が少なくなると、床を伝わる衝撃音が際立つ。
眠ろうとしているときなら、なおさらだ。
ドスン。
今か。
今、歩くのか。
人間なのだから夜中に歩くこともあるだろう。
それはわかる。
しかし、頭では理解していても、気持ちが追いつかないことがある。
こちらが静かに過ごしたいときほど、他人の生活音は気になるものなのかもしれない。
上の階の住人は、自分の足音に気づいていないのか
ここで、もう一つ疑問が浮かぶ。
上の階の住人は、自分の足音が下に響いていることを知っているのだろうか。
もし知っているのなら、少しは気をつけてほしい。
しかし、知らない可能性も十分にある。
そもそも、自分の足音が他人の部屋でどのように聞こえているかを確認する機会など、ほとんどない。
上の階では、普通に歩いているだけ。
床が少し鳴る程度かもしれない。
ところが、下の階ではドスンと響いている。
そんなことが起きている可能性もある。
つまり、本人に悪気がない場合もあるのだ。
これは難しい。
僕からすれば、毎日ドスドスと歩いている迷惑な住人である。
しかし、本人からすれば、ただ家の中を移動しているだけかもしれない。
「もう少し静かに歩いてください」
そう言われても、
「え? 普通に歩いているだけですけど」
となる可能性がある。
それもそうだ。
歩いている本人には、何が問題なのかわからないのだろう。
さらに、建物の防音性能が低ければ、歩き方を少し変えただけでは改善しない場合もある。
スリッパやカーペットなどで衝撃を和らげられることもあるが、すべての音をなくせるわけではない。
生活音を完全に消すことは難しい。
人間は歩く。
物も置く。
椅子も動かす。
たまには何かを落とす。
それが生活というものだ。
僕だって、生活している。
しかし、それでも思う。
もう少し静かに歩いていただけないだろうか。
この気持ちを、どうすれば伝えられるのだろう。
天井ドンはしていいのか
上の階の足音がうるさいとき、ふと考えることがある。
天井を叩いたらどうだろう。
いわゆる「天井ドン」である。
ドスン。
上の階から足音が聞こえる。
こちらも天井をドン。
これなら、うるさいという意思表示になるのではないか。
言葉を交わす必要もない。
わざわざ顔を合わせる必要もない。
ただ、天井を叩くだけである。
何と簡単な方法だろう。
しかし、待て。
本当にそんなことをしていいのだろうか。
結論から言えば、天井ドンは避けた方がいい。
まず、相手がどう受け取るかわからない。
こちらは「少し静かにしてください」という意味で叩いたつもりでも、相手は挑発されたと感じるかもしれない。
すると、どうなる。
ドスン!
上の階から、さらに大きな足音が聞こえる。
こちらも負けじと、
ドン!
向こうも、
ドスン!
こちらも、
ドン!
何をしているのだ。
もはや騒音の応酬である。
どちらが先に始めたのかなど、途中からどうでもよくなってしまいそうだ。
しかも、天井を叩く音が別の部屋にも響く可能性がある。
関係のない住人からすれば、上からも下からも何かが聞こえてくる。
迷惑極まりない。
さらに、強く叩けば天井を傷つける可能性もある。
破損させれば、修理費の問題になることだってあるだろう。
足音がうるさいからといって天井を叩いた結果、自分が騒音を出す側になってしまう。
何とも本末転倒である。
それに、上の階の住人が天井ドンを聞いたとしても、こちらの意図が正確に伝わるとは限らない。
「何か音がしたな」
それだけで終わるかもしれない。
あるいは、
「下の階のやつ、うるさいな」
と思われるかもしれない。
お前だ。
と言いたくなる。
しかし、その言葉も届かない。
結局、天井を叩いても、問題が解決するとは限らないのだ。
では、手紙を入れるのはどうだろう
天井ドンが駄目なら、手紙はどうだろう。
文章で丁寧にお願いするのである。
「突然のお手紙、失礼いたします」
いい出だしだ。
礼儀正しい。
「足音が下の階まで響いているようです」
これも問題ないだろう。
「お心当たりがございましたら、ご配慮いただけますと幸いです」
何と丁寧な文章だろう。
しかし、ここで僕は考える。
本当に、この手紙を入れて大丈夫なのだろうか。
相手がどんな人物なのかわからない。
顔も知らない。
名前も知らない。
知っているのは足音だけである。
そんな相手に、突然手紙を送るのか。
しかも、内容は苦情である。
何とも不穏な文通の始まりではないか。
こちらは丁寧に書いたつもりでも、相手が不快に感じる可能性はある。
逆恨みされるかもしれない。
わざと足音を大きくされるかもしれない。
もちろん、そんな人ばかりではないだろう。
手紙を読んで、初めて足音に気づく人もいるはずだ。
「そんなに響いていたんですね。気をつけます」
そう言ってくれるかもしれない。
しかし、相手の反応はわからない。
それに、直接手紙を入れれば、誰が苦情を言っているのか推測される可能性もある。
匿名にしたところで、完全に安心とは限らない。
僕は、ただ静かに暮らしたいだけなのだ。
足音の問題を解決しようとして、別の問題を抱えるのは避けたい。
そう考えると、直接手紙を入れることにも慎重になる。
そもそも、なぜ僕がこんなに文章を考えなければならないのだ。
足音を出しているのは向こうである。
それなのに、僕が言葉遣いを気にしている。
「いつも元気に歩いていらっしゃいますね」
嫌味だ。
「かかとをもう少し優しく扱ってください」
意味がわからない。
「毎日、あなたの足音を聞いています」
怖すぎる。
駄目だ。
どれも送れない。
結局、手紙一枚を書くことすら難しいのである。
管理会社に相談するのが現実的なのか
天井ドンも危険。
直接の手紙も慎重になった方がいい。
では、どうすればいいのだろう。
現実的な方法としては、管理会社や大家さんへの相談が考えられる。
騒音が気になる日時や時間帯、音の種類などを記録して、状況を伝える。
例えば、毎晩何時ごろに足音が聞こえるのか。
どのくらい続くのか。
歩くような音なのか、何かを落とすような音なのか。
そうした情報があれば、管理会社も状況を把握しやすくなるだろう。
必要に応じて、建物全体への注意喚起や、該当する住戸への連絡を検討してもらえる場合もある。
なるほど。
最初からそうすればよかったのかもしれない。
しかし、ここでも疑問が浮かぶ。
管理会社に相談したところで、本当に静かになるのだろうか。
注意文が配られたとする。
「生活音には十分ご配慮ください」
上の階の住人は、それを読む。
そして思う。
「そうだな。生活音には気をつけないとな」
ドスドスドス。
終わりである。
本人に自覚がなければ、注意文を読んでも自分のことだと思わないかもしれない。
もちろん、実際には注意をきっかけに改善することもあるだろう。
ただ、必ず解決するとは限らない。
その場合は、騒音の記録を続けて、改めて管理会社に相談することになる。
録音などで状況を残せる場合もあるが、低い振動音は機器によって記録しにくいこともある。
また、管理会社がどこまで対応できるかは、建物や契約、騒音の状況によって異なる。
場合によっては、床材や建物の構造そのものが問題になっている可能性もある。
つまり、住人に注意するだけでは解決しないこともあるのだ。
自分の部屋でできる対策として、寝る場所を変えたり、家具の配置を工夫したりする方法も考えられる。
しかし、低い衝撃音は簡単には防ぎにくい。
耳栓なども、すべての振動を遮断できるわけではない。
そう考えると、騒音問題というのは、思っていた以上に厄介である。
僕はただ、上の階の住人に静かに歩いてほしいだけなのだ。
それなのに、記録を取って、相談して、対策を考えている。
何という大仕事だろう。
そもそも、本当に上の階の住人なのか
ここまで上の階の住人について、散々考えてきた。
かかと歩きなのか。
ストレスがたまっているのか。
家の中を何往復しているのか。
足音に気づいていないのか。
しかし、ここで重大な疑問が生まれた。
そもそも、本当に上の階の住人が原因なのだろうか。
建物の構造によっては、音や振動が思わぬ方向へ伝わることがある。
真上から聞こえているように感じても、斜め上の部屋や、別の場所が発生源という可能性もあるらしい。
何ということだ。
では、僕がこれまで想像していた上の階の住人は、一体何だったのだろう。
力士かもしれない。
ストレスがたまっているのかもしれない。
毎日冷蔵庫とリビングを往復しているのかもしれない。
そんな人物像を勝手につくり上げていた。
しかし、実際には何の関係もない可能性がある。
上の階の住人は、静かに読書をしているだけかもしれない。
ソファに座って、穏やかな時間を過ごしているのかもしれない。
それなのに、下の階では僕が天井を見上げながら怒っている。
「何をしているんだ、あいつは」
何もしていないかもしれない。
何という冤罪だろう。
これでは、天井ドンなどしていたら大変なことになっていた。
何の関係もない人の床を、突然下から叩くことになる。
相手からすれば、意味がわからない。
手紙だって同じである。
「足音がうるさいです」
そんな手紙を受け取ったところで、本人には心当たりがない。
「何のことでしょうか」
そうなるだろう。
騒音の発生源を決めつけるのは、思っている以上に危険なのかもしれない。
僕はまだ、相手の顔すら知らないのだ。
知らない相手を、音だけで判断している。
これは少し反省しなければならない。
しかし。
ドスン。
まただ。
反省している最中にも、足音が聞こえてくる。
何というタイミングだろう。
結局、どうすればいいのだろう
ここまで考えて、僕は少し疲れてしまった。
足音がうるさい。
ただ、それだけの話だったはずだ。
ところが、原因を考え始めると、いろいろな可能性が出てくる。
かかと歩きかもしれない。
建物の構造かもしれない。
ストレスによって動作が荒くなっているのかもしれない。
室内で運動しているのかもしれない。
そもそも、足音ですらないのかもしれない。
さらに、対処法も簡単ではない。
天井ドンは危険だ。
直接手紙を入れるのも不安がある。
管理会社に相談する方法はあるが、必ず改善するとは限らない。
そして、音の発生源が本当に真上なのかもわからない。
何という難題だろう。
僕はただ、静かに過ごしたいだけなのだ。
それなのに、建物の構造から他人の心理まで考えなければならない。
騒音というのは、音そのものだけでなく、原因がわからないことや、自分では止められないことも厄介なのだと思う。
もし上の階の住人に直接会って、話をする機会があれば、案外あっさり解決するのかもしれない。
「すみません。そんなに響いていましたか」
そう言って、気をつけてくれるかもしれない。
しかし、反対にトラブルになる可能性もある。
だからこそ、まずは管理会社などを通して、落ち着いて対応するのがよいのだろう。
感情的になっても仕方がない。
相手にも生活がある。
僕にも生活がある。
お互いに少しずつ配慮しながら暮らしていくしかないのだ。
そうだ。
冷静になろう。
足音が聞こえたからといって、毎回腹を立てる必要はない。
少しくらいの生活音なら、仕方がない。
集合住宅なのだから。
人間が暮らしているのだから。
僕はそう自分に言い聞かせた。
ドスン。
……。
ドスドスドス。
いや、待て。
やっぱりうるさい。
何を考えているんだ、上の階のやつは。
ドスドス、ドスドスと。
毎日毎日、信じられない。
少しは下の階の住人のことも考えてほしいものだ。
まったく。
何度も何度も、家の中を歩き回って。
一体、何をしているのだ。
そんなに歩きたければ、外を散歩すればいいではないか。
僕は天井を見上げた。
ドスン。
まただ。
いい加減にしてほしい。
……。
そういえば、頼んでいた本が届いているかもしれない。
僕は郵便受けへ向かった。
中には、一通の手紙が入っていた。
差出人は、下の階の住人だった。
僕は封筒を開けた。
「足音がうるさいです」
……。
僕か。
