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「何を考えてるかわからない」と、よく言われる。当然だろ。

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「何を考えてるかわからない」

これまでの人生で、何度か言われたことがある。

僕は、この言葉があまり好きではない。

言われるたびに、なんとなく嫌な気持ちになる。

もちろん、言った側に悪意はないのかもしれない。

「ミステリアスだね」くらいの意味なのかもしれないし、単純に僕のことをもっと知りたいと思ってくれているのかもしれない。

でも、僕にはどうしても褒め言葉には聞こえない。

「何を考えてるかわからない」

その言葉の後ろに、

「ちょっと怖い」

「信用しにくい」

「付き合いにくい」

そんな言葉が、勝手にくっついているような気がする。

だから言われるたびに、

「ああ、またか」

と思う。

そして少しだけ、自分に問題があるような気分になる。

目次

確かに、僕はわかりにくいのかもしれない

考えてみれば、言われる理由に心当たりがないわけではない。

僕は、自分のことを何でも話すタイプではない。

今日あったことを全部誰かに話したいとも思わないし、嬉しいことがあったからといって「聞いて聞いて」となることも少ない。

何か嫌なことがあっても、とりあえず自分の中で考える。

そして、そのまま終わることも多い。

リアクションも、たぶんそんなに大きくない。

「えええええ! ほんとですかあああ!」

とは、あまりならない。

「へえ、そうなんや」

くらいで終わる。

心の中では、

「ほおおおおお」

くらい思っているかもしれない。

でも、口から出ると、

「へえ」

になる。

出力が弱いのである。

だから、相手からすればわかりにくいのだろう。

何が好きなのか。

何が嫌いなのか。

今、楽しいのか。

怒っているのか。

何を考えているのか。

表情や言葉から読み取りにくい。

そこまではわかる。

でも、あるとき思った。

いや、何を考えてるかわからないなんて、当然じゃないか。

めちゃくちゃ考えている。ただ言っていない

「何を考えてるかわからない」と言われると、まるで頭の中が真っ白みたいに聞こえる。

安心してほしい。

普通にいろいろ考えている。

今日の晩ご飯は何にしよう。

帰ったら何を読もう。

あの猫、めちゃくちゃ太ってるな。

前を歩いている人の靴、ものすごく尖ってるな。

この電車、冷房効きすぎじゃないか。

そして、ときには、

この話、あと何分続くんだろう。

めちゃくちゃ考えている。

ただ、言っていないだけである。

人間は頭の中に字幕をつけて歩いているわけではない。

もし字幕が出ていたら、それはそれで困る。

「なるほどですね」

と言いながら、

《全然なるほどと思っていない》

と頭上に表示される。

社会生活は一日で崩壊するだろう。

考えていることと、口から出てくることは違う。

そんなの、みんな同じじゃないだろうか。

「わかりやすい人」は、本当にわかりやすいのか

そもそも僕は、「わかりやすい人」という言葉も少し不思議に思う。

よく笑う人。

よく喋る人。

感情を表に出す人。

嬉しいときには嬉しいと言い、腹が立ったら怒る。

そういう人は「わかりやすい」と言われる。

確かに、僕よりはわかりやすいのだと思う。

でも、

本当にその人のことをわかっているのだろうか。

いつも笑っている人が、いつも楽しいとは限らない。

よく喋る人だって、考えていることを全部喋っているわけではない。

「大丈夫です」と笑っている人が、本当に大丈夫なのかもわからない。

もしかすると「わかりやすい人」というのは、その人自身がわかりやすいのではなく、

僕たちが「この人のことはわかった」と思いやすい人なのかもしれない。

人間なんて、そんなに簡単じゃない。

僕だって、あなたが何を考えているのかわからない

「何を考えてるかわからない」

と言われるたびに、僕は少し不思議に思う。

僕だって、あなたが何を考えているのかわからない。

でも、それを不思議だとは思わない。

目の前で笑っていても、本当に楽しいのかはわからない。

「また行きましょう」と言われても、本当にまた行きたいのかはわからない。

「大丈夫」と言われたら、とりあえず大丈夫なのだろうと思う。

でも、その人の頭の中まで見えたわけではない。

それでいいと思っている。

だって、

他人なんだから。

むしろ、他人のことを全部わかったつもりになる方が、僕には少し怖い。

「あの人はこういう人だから」

「あいつは絶対こう思ってる」

「あなたってこういうタイプだよね」

人は、他人に名前をつけると安心する。

優しい人。

冷たい人。

明るい人。

暗い人。

わかりやすい人。

何を考えてるかわからない人。

そうやって分類すると、その人を理解できたような気がする。

でも、人間はそんなに綺麗に分類できない。

昨日は好きだったものが、今日は嫌いかもしれない。

いつも優しい人だって、機嫌の悪い日はある。

僕なんて、自分自身についてすら、

「なんで今こんなにイライラしてるんやろ」

と思うことがある。

自分でも自分がわからない。

そんな人間を、他人が完全に理解できるはずがない。

もちろん、伝えなければいけないことはある

とはいえ、

「他人なんだから、わからなくて当然だろ」

ですべてを終わらせるのも違うと思う。

仕事で必要なことを何も言わない。

嫌なことがあるのに黙り続けて、突然怒る。

恋人に不満があるのに、

「言わなくてもわかるでしょ」

と察してもらおうとする。

それは、さすがに無理がある。

他人だからこそ、伝えなければわからないことがある。

必要なことは言葉にした方がいい。

僕だって、そこまで「察してくれ」の精神で生きているわけではない。

ただ、

必要なことを伝えることと、自分の内側を常にわかりやすく展示しておくことは、別の話だと思う。

嬉しいときに大きく喜ばなくてもいい。

何でも自分から話さなくてもいい。

沈黙している時間があってもいい。

考えていることの全部を、誰かに説明しなくてもいい。

僕の頭の中には、僕しか知らない場所があっていい。

あなたの中にも、僕の知らない場所があっていい。

わからないままでいい

人間関係というものは、「お互いのことを理解し合うこと」が大切だと言われる。

もちろん、わかろうとすることは大切だと思う。

でも、

全部わかる必要はないんじゃないか。

わからない部分を残したままでも、一緒に働ける。

飯を食える。

くだらないことで笑える。

たまには喧嘩もする。

それで十分な関係だってある。

むしろ、「この人には自分の知らない部分がある」と思っているくらいの方が、相手を勝手に決めつけずに済むのかもしれない。

僕はこれからも、

「何を考えてるかわからない」

と言われることがあると思う。

たぶん、そのたびに少し嫌な気持ちにもなる。

できれば言わないでほしい。

でも、以前ほど気にしなくてもいいのかなとも思っている。

僕には、僕にしかわからない部分がある。

あなたには、あなたにしかわからない部分がある。

それは欠点ではなくて、

たぶん、人間としてごく普通のことなのだ。

だから次に、

「何を考えてるかわからない」

と言われたら、心の中でこう返そうと思う。

当然だろ。

僕だって、あなたが何を考えているのかわからない。

それでも普通に話している。

それでいい。

他人なんだから。

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