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「とりあえずビール」が死ぬほど嫌い。僕とビールに失礼だ。

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「とりあえずビールでいい?」

飲み会で、たまにこの言葉を聞く。

ん?

なんで?

僕は昔から、この「とりあえずビール」という言葉がどうにも苦手だ。

先に言っておく。ビールが嫌いだからではない。ビールに恨みがあるわけでもない。夏の暑い日に飲むビールがおいしいという気持ちも分かるし、焼肉や唐揚げと一緒に飲みたくなる人がいるのも分かる。

僕が引っかかっているのは、ビールではない。

「とりあえず」だ。

そもそも、とりあえずって何だ。

「とりあえず病院に行こう」
「とりあえず座ろう」
「とりあえず今日は寝よう」

これは分かる。

先のことはまだ決まっていないけれど、まず今やることを決める。ひとまずここから始めよう、という意味だ。

では、「とりあえずビール」は何なのだ。

ビールを飲んだあと、何が始まるんだ。

僕は身構えてしまう。

「とりあえず」と言うからには、これはまだ本番ではないのだろう。ビールは序章。ウォーミングアップ。準備運動。

もしかしたら、このあとさらなる試練が待っているのかもしれない。

まずビールで体を慣らす。

次に日本酒。

その次に焼酎。

そして満を持して、ウイスキーをロックで。

そういう壮大な飲酒計画が、僕の知らないところですでに組まれているのだろうか。

だったら少し分かる。

「今日は長い戦いになる。まずはビールで体を作っておけ」

そういうことなら、「とりあえず」にも意味がある。

僕は覚悟を決めてビールを飲む。

そして一杯目が空になる。

すると相手が聞く。

「次、何飲む?」

え?

僕は相手を見る。

相手も僕を見る。

「え?」

僕も言う。

「え?」

いや、次なんですか?

こっちは「とりあえずビール」と言われたから飲んだのだ。てっきりこの人が今日一日のお酒の流れを料理と合わせて考えてきてくれたのだと思っていた。

最初はビール。

刺身が来たら日本酒。

肉料理には赤ワイン。

終盤はウイスキー。

締めには何か軽いもの。

そこまで綿密に考えたうえでの「とりあえずビール」なのだと思っていた。

ありがたい。

僕は何も考えなくていい。

今日はこの人に身を委ねよう。

そう思っていたのに、一杯目を飲み終えた瞬間、

「次、何飲む?」

急に自由を返してきた。

遅い。

自由を返すのが遅い。

「好きなの頼んだらいいやん」

いや、最初からそうさせてくれ。

何なんだ。

僕の飲酒人生のオープニングだけ勝手にプロデュースして、そのあとはセルフサービスなのか。

だったら何を「とりあえず」決めてくれてんねん。

腹が立ってきた。

しかも、ビールで腹が膨れた。

こっちは今からご飯を食べるのだ。

唐揚げも食べたい。ポテトも食べたい。焼き鳥も食べたい。最後に何か締めも食べたい。

なのに、最初にジョッキ一杯の炭酸を入れられた。

腹が膨れたやんけ。

「とりあえず」のくせに存在感が強すぎる。

「とりあえず軽く食べておこう」と言って、カツ丼を二杯食べる人はいない。

とりあえずとは、本番を邪魔しない程度にしておくものではないのか。

なのにビールは、堂々と腹に居座る。

そして、その後の計画は何もない。

何なんだ、本当に。

目次

「とりあえず」なら、軽いものからじゃないのか

百歩譲って、酒を飲むためのウォーミングアップだとしよう。

それなら、僕にはもう一つ疑問がある。

なぜビールなんだ。

徐々に体を酒に慣らしていくのなら、もっと軽いものからでもいいんじゃないか。

軽めのカクテルでもいい。

少し飲む。

「よし、大丈夫だ」

次にサワー。

「体が酒を理解してきた」

そこからビール。

さらに日本酒。

最後にウイスキーをロックで。

これなら一応、段階を踏んでいる。

ゲームでいえば、最初の草原でスライムを倒してレベルを上げ、少しずつ強い敵へ向かっている。

ところが「とりあえずビール」は違う。

席に着いた。

メニューもろくに見ていない。

いきなりビール。

最初から中ボスが出てきたようなものだ。

しかも、倒したところで次の敵を教えてくれない。

「次、何飲む?」

だから僕が聞きたい。

次は何なんだ。

僕はウイスキーロックに行くのか。

日本酒を一升抱えるのか。

それとも、ここでコーラに戻っていいのか。

「とりあえず」という言葉には、その先がある感じがする。

だから僕は期待してしまう。

何か続きがあるのだろう、と。

でも、ない。

ただビールを一杯飲んだだけ。

そう考えると、「とりあえずビール」という言葉はずいぶん思わせぶりだ。

そもそも何杯も飲むことが決まっているのか

もう一つ気になる。

「とりあえずビール」と言うとき、なぜか二杯目の存在までうっすら確定していないだろうか。

「とりあえず」ということは、これは暫定だ。

まず一杯目としてビールを飲み、そのあと別の何かへ進む。

そんな空気がある。

でも、僕は一杯で終わるかもしれない。

今日は少しだけ飲んで、あとはコーラにするかもしれない。

そもそも酒を一滴も飲まないかもしれない。

なのに「とりあえずビール」と言われると、僕の中にはまだ存在していなかった二杯目が、勝手にうっすら誕生する。

やめてほしい。

勝手に未来を作らないでほしい。

僕はまだ一杯目すら頼んでいない。

それなのに、もう二杯目の影が見えている。

飲み物をビールに決められ、順番を一杯目に決められ、さらにその先も飲むことを匂わせてくる。

たった「とりあえずビール」の一言で、僕の飲酒スケジュールに介入しすぎではないか。

せめて僕にも相談してほしい。

「生の人、手あげてー」が嫌いだ

そして、飲み会にはもう一つ僕の苦手な言葉がある。

「生の人、手あげてー」

これだ。

何で飲み物を頼むだけで挙手しないといけないんだ。

学校か。

先生が何か確認しているのか。

「明日の遠足、参加する人ー」

なら分かる。

「生の人ー」

一斉に手が上がる。

僕は上げない。

すると、妙なことが起きる。

ビールを頼む人たちは、一斉に手を上げるだけで注文が完了する。

一方、手を上げなかった僕には次の質問がやってくる。

「え、何飲むん?」

コーラです。

「え、飲まへんの?」

始まった。

僕はまだ何もしていない。

誰にも迷惑をかけていない。

ただ手を上げなかっただけだ。

なのに、もう説明を求められている。

なぜ酒を飲まないのか。

ビールが苦手なのか。

今日は体調が悪いのか。

車なのか。

何か理由があるのか。

いや。

コーラが飲みたい。

以上。

僕は飲み物を選んだだけなのに、何か思想を表明したような空気になる。

これが不思議で仕方がない。

「生の人、手あげてー」という言葉は、注文をまとめるためには便利なのだろう。

でも同時に、誰が多数派で、誰がそこから外れているのかを一瞬で可視化する。

手がたくさん上がる。

僕の手だけ上がらない。

ああ、僕は今、「その他」なんだなと思う。

別にいい。

その他で。

でも、たかが飲み物でここまで分類される必要があるのだろうか。

注文が楽だから?

「とりあえずビール」が定着した理由の一つとして、注文が楽だからという話は分かる。

大人数の宴会で、一人ひとり違うものを頼んだら大変だ。

「生ビール七つ、ハイボール三つ、レモンサワー二つ、梅酒一つ。梅酒はロック? ソーダ? え、ウーロン茶も?」

確かに面倒くさい。

全員がビールなら、

「生、十個!」

で終わる。

合理的だ。

なるほど。

僕は一度、納得しかける。

そしてテーブルの端を見る。

パネルがある。

もう一度見る。

やっぱりパネルがある。

そこにあるやん。

各自で押したらいい。

ビールが飲みたい人はビールを押す。

ハイボールが飲みたい人はハイボールを押す。

レモンサワーが飲みたい人はレモンサワーを押す。

僕はコーラを押す。

一台しかない?

回したらいい。

隣の人に渡せばいい。

ビール、ポチッ。

はい、次。

ハイボール、ポチッ。

はい、次。

コーラ、ポチッ。

はい、次。

人類はその程度の連携ならできる。

何も全員の飲み物を統一しなくてもいい。

最近は自分のスマホからQRコードを読み取って注文できる店まである。

もう僕たちは、自分の飲み物くらい自分で選べるところまで文明を進めてきた。

なのに飲み会になると、

「とりあえず生でいい?」

なぜそこだけ昔のシステムが生き残っているんだ。

もちろん、何十人も集まる大宴会なら、まとめて注文した方が店側も幹事も楽なことはあるだろう。

それは分かる。

でも四人くらいのテーブルで、

「とりあえず生でいい?」

と言われると、僕は思う。

一人ずつ言おう。

僕らには口がある。

「ビールください」
「ハイボールください」
「コーラください」

終わりだ。

乾杯が三十秒くらい遅れるかもしれない。

でも大丈夫だ。

僕たちの人生は、その三十秒で致命的に変わらない。

なぜそんなに乾杯を急ぐのか

注文を早くする理由として、「乾杯を早くしたい」というのもあるのだろう。

みんなの飲み物が揃うまで待つ。

全員揃ったらグラスを持つ。

「かんぱーい!」

飲み会が始まる。

分かる。

僕も乾杯そのものが嫌いなわけではない。

でも、ここでも少し疑問が出てくる。

なぜそんなに急ぐんだ。

僕のコーラが来るまで一分待てないのか。

そんなに喉が限界なのか。

砂漠を歩いてきたのか。

もし僕のコーラだけ少し遅れているなら、先に飲んでもらっても構わない。

僕は怒らない。

「お前ら、俺のコーラが来る前に飲んだな」

そんなことで絶交したりしない。

飲み会はもっと自由でいいと思う。

同じタイミングで同じ飲み物を口に入れないと始まらない儀式ではない。

それぞれ好きなものを頼んで、届いた人から飲んで、話して、食べる。

それでいい。

なのに僕たちは、乾杯という一瞬をきれいに揃えるために、その前の選択まで揃えようとする。

考えてみると、ちょっと不思議だ。

「でいい?」も、よく考えると変だ

さらに僕は、「とりあえず」の後ろについている「でいい?」も気になってきた。

「とりあえずビールでいい?」

この聞き方、絶妙だ。

「何飲む?」ではない。

「ビール飲みたい?」でもない。

もうビールを飲むところまでは、ほとんど決まっている。

最後にこちらへ残されているのは、

「それでいい」

と承認する権利だけだ。

会社の会議みたいだ。

すでに作られた案を持ってこられて、

「こちらでよろしいでしょうか」

と聞かれている。

いや、企画段階から参加させてくれ。

僕の飲み物だ。

僕が飲む。

僕の胃に入る。

なのに、なぜか他人が原案を作っている。

しかも原案は毎回ビール。

たまには、

「とりあえずミックスジュースでいい?」

と聞いてくれ。

それなら僕も、

「今日は攻めるな」

と思う。

「とりあえずホットミルクでいい?」

でもいい。

何が始まるんだ、と少し怖くなるけれど、少なくとも新鮮だ。

でも結局、一番簡単なのはこれだ。

「何飲む?」

たった四文字。

これで全部解決する。

僕はコーラと言う。

あなたはビールと言う。

終わり。

人間は長い歴史の中で、もっと難しい問題をいくつも解決してきたはずだ。

飲み会の一杯目くらい、各自で決められる。

「最初くらいビール」の「くらい」も怖い

コーラを頼もうとすると、

「最初くらいビールでええやん」

と言われることがある。

この「くらい」も怖い。

最初くらい。

つまり相手も、僕がビールを飲みたがっていないことは分かっている。

分かっているのに、

「一杯くらい我慢して飲めばいい」

という方向へ進む。

いや、飲み物って我慢して飲むものだったか。

薬なら分かる。

「苦いけど一回くらい我慢して飲み」

分かる。

でもこれは飲み会だ。

楽しむために来ている。

なぜ開始早々、僕だけ小さな修行を課されているんだ。

しかも、その修行を終えたところで何ももらえない。

経験値も入らない。

レベルも上がらない。

ただ腹が膨れる。

だったら最初からコーラを飲ませてほしい。

逆に僕が、

「最初くらいコーラでええやん」

と言ったらどうだろう。

ビールを飲みたい人に、僕がコーラを差し出す。

「まあまあ。最初くらい」

絶対に言われる。

「いや、なんで?」

そう。

それだ。

僕もずっとそう思っている。

相手の好きな飲み物を押しのけて、自分が普通だと思っている飲み物を勧める。

ビールなら自然に見えるのに、コーラに置き換えた瞬間、急に変に見える。

この入れ替えをすると、「普通」というものがどれだけ強いかよく分かる。

全員コーラなら、何か問題があるのか

試しに世界を逆にしてみる。

飲み会に入る。

幹事が言う。

「とりあえずコーラでいい?」

全員がうなずく。

「コーラの人、手あげてー」

全員が手を上げる。

一人だけビールを頼もうとする。

すると、

「え、ビール?」

「飲むん?」

「最初くらいコーラでよくない?」

変だ。

ものすごく変だ。

でも、やっていることは同じだ。

多数派の飲み物がビールからコーラに変わっただけ。

この世界なら、ビールを頼む人が理由を説明しなければならない。

「いや、今日はちょっとビールが飲みたくて」

「へえ、珍しいな」

たぶんビール好きは腹が立つだろう。

好きだから頼んでいるだけなのに。

それが、僕がコーラを頼んだときに感じることだ。

僕は別に反抗しているわけではない。

場を乱したいわけでもない。

「みんながビールなら、あえて俺だけコーラにしてやろう」

なんて考えていない。

そこまで暇ではない。

ただコーラが飲みたい。

それだけだ。

それなのに、周りと違うというだけで、その選択に意味が付け足される。

酒を飲まない人。

付き合いが悪い人。

ノリが悪い人。

そういう評価まで勝手についてくることがある。

飲み物一杯に背負わせすぎだ。

コーラはただのコーラだ。

「みんな同じ」が本当に楽なのか

もちろん、みんな同じものを頼む気楽さもある。

考えなくていい。

注文をまとめやすい。

乾杯も揃う。

場の流れも止まらない。

人は毎回すべてを一から考えていたら疲れるから、こういう決まりごとがあること自体は悪くないと思う。

問題は、その便利な型がいつの間にか「従うのが当然」に変わることだ。

全員が本当にビールを飲みたいなら、何も問題はない。

「みんなビールがいい?」

「いいよ」

これで終わる。

僕が嫌なのは、確認する前から決まっていることだ。

「みんな同じ方が楽」という理由で、誰か一人が飲みたくないものを飲むなら、その楽さは誰のためのものなのだろう。

幹事が十秒楽になるために、僕がジョッキ一杯飲む。

交換条件として釣り合っているのか。

だったら僕が十秒働く。

パネルを回す。

注文を入力する。

その代わりコーラを飲ませてくれ。

たぶん、その方が全員幸せだ。

便利な習慣は便利なままでいい。

でも、そこから外れたい人が出たときに、

「どうぞ」

と言えるくらいのゆるさは残しておきたい。

飲み会なんて、そのくらいでちょうどいい。

僕が「コーラ」と言うと、空気が変わる

僕が一番嫌なのは、たぶんここだ。

「何飲む?」

「コーラで」

すると、たまに一瞬だけ変な空気が流れる。

露骨に何か言われるわけではない。

でも分かる。

「あ、コーラなんだ」

みたいな顔。

「飲まへんの?」

「最初くらいビールでええやん」

そんな言葉が続くこともある。

僕は毎回、不思議に思う。

なぜコーラには理由が必要なんだ。

僕が「コーラ」と言うと、

なぜ?

が発生する。

でも誰かが「ビール」と言っても、

なぜ?

とは聞かれない。

「なんでビールなん?」

そんな質問をする人はほとんどいない。

でも、本来は同じだ。

メニューの中から一つの飲み物を選んでいるだけ。

ビールもコーラも、ハイボールもウーロン茶も、選択肢の一つだ。

なのに、多数派になったものだけは、いつの間にか「選んだもの」ではなく「普通」になる。

そして普通から外れた側だけが、理由を説明することになる。

これは飲み会に限った話ではないのかもしれない。

人は「みんながやっていること」に対して、だんだん理由を聞かなくなる。

なぜそれをするのか。

本当に自分もそれをしたいのか。

別の選択肢ではだめなのか。

最初は理由があった習慣でも、長く続けば「そういうものだから」に変わっていく。

すると、従う側には説明がいらなくなる。

外れる側だけが説明する。

僕はそれが面白い。

そして、少し変だと思う。

そもそも、あなたは本当にビールが飲みたいのか

ここまで考えて、さらに気になることが出てきた。

「とりあえずビールでいい?」

そう言ったあなた。

あなたは本当にビールが飲みたいのか。

僕の希望を聞いていないのは分かった。

でも、よく考えると、あなた自身の希望も怪しい。

本当に今、心の底からビールが飲みたいのだろうか。

メニューを開いた瞬間から、

「今日は絶対ビールだ」

と思っていたのならいい。

飲んでくれ。

好きなだけ飲んでくれ。

僕は何も言わない。

でも、

「最初は普通ビールでしょ」

という理由だけで選んでいるのなら、ちょっと待ってほしい。

あなた、本当はハイボールが飲みたいんじゃないか。

レモンサワーが飲みたいんじゃないか。

梅酒が飲みたいんじゃないか。

もしかして。

お前もコーラ飲みたいんちゃうんか。

だったら飲め。

誰も止めていない。

コーラを頼め。

僕と一緒にシュワシュワしよう。

「とりあえずビール」という習慣の面白いところは、言っている本人まで本当にそれを選んでいるのか分からなくなるところだ。

選んでいるようで、選ばされている。

もちろん、本当にビールが好きで一杯目に飲みたい人はたくさんいる。

それは何もおかしくない。

僕が気になるのは、飲みたいからではなく、「そうするものだから」でビールを選ぶときだ。

もし全員がそうだったら、かなり変な光景になる。

誰も強く飲みたいと思っていないビールを、全員で飲んでいる。

そして一人だけコーラを頼んだ僕を見て、

「え、コーラ?」

と言う。

いや。

もしかしたら僕が一番、自分の飲みたいものを素直に頼んでいるだけかもしれない。

「とりあえず」はビールにも失礼だ

ここで僕は気づいた。

僕はずっと、「とりあえずビール」が僕に失礼だと思っていた。

僕の飲み物を勝手に決めるな。

僕の一杯目を勝手に決めるな。

僕が何杯飲むかまで勝手に想定するな。

コーラを選んだくらいで変な顔をするな。

そう思っていた。

でも、考えてみれば、失礼なのは僕に対してだけではない。

ビールにも失礼ではないか。

「とりあえずビール」

ビールからしたらどうなんだ。

「俺、とりあえずなん?」

そう思うかもしれない。

せっかく麦を育てて、麦芽を作って、ホップを使って、発酵させて、メーカーの人たちが一生懸命作ったビールだ。

それを、

「まあ、とりあえずお前で」

雑すぎる。

ビールは前座ではない。

つなぎでもない。

次の酒が来るまでの待機場所でもない。

ビールが飲みたいなら、

「ビールが飲みたい」

と言えばいい。

その方がビールだって嬉しいだろう。

たぶん。

知らんけど。

ここまでずっと僕はビールと戦っているつもりだった。

でも違った。

僕とビールは敵ではなかった。

同じ側だった。

僕も勝手にビールを飲まされる。

ビールも勝手に僕に飲まされる。

被害者が二人いる。

悪いのはビールではない。

「とりあえず」だ。

好きなものを飲めばいい

結局、ものすごく長く考えた末にたどり着く答えは、驚くほど普通だ。

好きなものを飲めばいい。

ビールが好きならビール。

ハイボールが好きならハイボール。

日本酒が好きなら日本酒。

コーラが好きならコーラ。

水が飲みたいなら水。

一杯で終わりたいなら一杯で終わればいい。

何杯も飲みたいなら飲めばいい。

最初からウイスキーをロックでいきたい人がいるなら、それも自由だ。

僕は少し離れて見ている。

強いな、と思いながら。

飲み会は、本来そういう場所でいいはずだ。

同じものを飲むから仲間になるわけではない。

同じタイミングでアルコールを体に入れたから仲良くなるわけでもない。

僕がコーラで、あなたがビールでも、乾杯はできる。

グラスは当たる。

カチン、と鳴る。

何も問題ない。

むしろ、それぞれが本当に飲みたいものを持って乾杯する方が、僕には自然に思える。

ビールを飲みたい人が、うまそうにビールを飲む。

僕はコーラを飲む。

それでいい。

次の飲み会でやってみようと思う

だから次に飲み会へ行ったら、僕から聞いてみようと思う。

席に着く。

みんながメニューを開く前に言う。

「とりあえずコーラでいい?」

たぶん誰かが言う。

「なんでコーラやねん」

そのとき、僕は答えたい。

僕が聞きたい。

なんでビールなんだ。

コーラでは何がいけない。

注文が大変?

そこにパネルがある。

回せ。

乾杯が遅くなる?

一分くらい待て。

腹が減っているなら、その間に枝豆でも見ていればいい。

「最初はビールやろ」

なんで?

僕はたぶん、また最初の疑問に戻る。

結局、「とりあえずビール」をどれだけ考えても、僕の中ではこの「なんで?」が消えない。

でも、それでいいのかもしれない。

当たり前になっていることほど、ときどき「なんで?」と聞いてみると面白い。

ちゃんと理由が見つかることもある。

昔は合理的だったと分かることもある。

今も便利なことだってある。

そのうえで、

「でも、今の僕にはいらないな」

と思ったなら、自分で選べばいい。

僕はコーラを選ぶ。

あなたは好きなものを選んでくれ。

そして、もし僕がコーラを頼んだだけで嫌な顔をする人がいたら。

とりあえず、どつきたい。

でも、大人だからやめておく。

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