MENU

Instagramのフォロワーが1万人になった。でも、生活は何も変わらなかった。

当ページのリンクには広告が含まれています。

Instagramを始めて、一年と少し。

なんとか、フォロワーが1万人になった。

1万人。

これは僕にとって、ちゃんと一つの目標だった。

だから、数字が「10,000」になった瞬間は、普通に嬉しかった。

「おお。本当にいった」

何度か画面を見た。

スクショもした。

別にスクショを撮ったところで、フォロワーが逃げるわけではない。

それでも撮った。

こういうものは撮るのである。

一年と少し、本を読んで、感想を書いて、投稿を作って、コメントを返して、また本を読んだ。

その積み重ねが、一つの数字になった。

嬉しかった。

かなり嬉しかった。

そして翌日。

僕は目を覚ました。

何も変わっていなかった。

いや、何か変われよ。

昨日まで4桁だった数字が、5桁になったのである。

もう少し何かあってもいいんじゃないか。

朝起きた瞬間、部屋が少し広くなっているとか。

コンビニに行ったら、

「フォロワー1万人のお客様ですね」

とコーヒーを一本もらえるとか。

電車の運賃が少し安くなるとか。

ない。

当たり前だ。

普通に腹が減る。

普通に眠い。

仕事にも行く。

スーパーでは値段を見る。

家に帰れば本を読む。

フォロワーが1万人になった翌日も、僕の一日は昨日の続きとして始まった。

Instagramの画面だけを見ると、確かに一つの大きな数字を超えた。

でも、僕の生活にはファンファーレも鳴らなかったし、エンドロールも流れなかった。

人生というものは、どうやらそんなに演出してくれないらしい。

目次

フォロワー1万人になったら、何か変わるのか

Instagramを始める人の中には、その先に何があるのか期待している人もいると思う。

フォロワーが増えたら、どうなるのだろう。

1万人になったら、仕事が来るのか。

お金になるのか。

企業や出版社から連絡が来るのか。

有名になるのか。

生活が変わるのか。

何か、今までとは違う世界に入れるのか。

気になる人もいるだろう。

僕も1万人になる前、そこに何があるのかは分からなかった。

「1万人」という数字には、妙な区切り感がある。

999人から1000人。

9999人から1万人。

桁が変わると、人間は勝手に意味を感じる。

9,999人と10,000人。

差は一人である。

冷静に考えれば、本当に一人だ。

それなのに「9,999」と「10,000」では、見た目が全然違う。

10,000になった瞬間、何かの扉が開くような気がする。

僕も、少しくらいはそう思っていたのかもしれない。

では実際、どうだったのか。

僕の場合を書いてみようと思う。

結論から言えば、

劇的に何かが変わる、ということはなかった。

本当に、劇的には変わらない。

ただし。

「何も変わらなかった」と言ってしまうと、それも少し違う。

変わったことは、確かにある。

「何も変わらなかった」は、少し嘘だ

フォロワーが増えて、以前より投稿を見てもらえるようになった。

これはかなり大きい。

一冊の本を読んで、

「これ、面白かったな」

と思う。

その気持ちを文章にして、画像を作って、Instagramに投稿する。

すると、たくさんの人が見てくれる。

いいねをくれる。

保存してくれる。

コメントをくれる。

「読んでみたいです」

「この投稿を見て買いました」

そんな言葉をいただくこともある。

これは素直に嬉しい。

僕が一人で読んで、一人で面白いと思った本が、投稿を通して知らない誰かのところまで届いていく。

僕自身は家にいる。

たぶん、いつもと同じ場所でスマホを触っている。

でも、僕が作った投稿だけが、僕の知らないところへ飛んでいく。

始めたばかりの頃より、その距離は明らかに伸びた。

僕の生活範囲は大して広がっていないのに、僕の言葉が届く範囲は広がった。

これは、1万人まで続けてきて感じる、ちゃんとした変化だと思う。

出版社さんから、

「本を読んでください」

と声をかけていただくことも出てきた。

本が好きで、本を紹介している僕にとっては、もちろん嬉しい。

フォロワーさんからDMをいただくこともある。

投稿へのコメントとはまた違って、わざわざ文章を書いて送ってくれる。

自分の投稿を見て本を手に取ったこと。

昔好きだった本を思い出したこと。

紹介した作品について、自分はこう感じたということ。

そんなメッセージを読む。

Instagramを始めていなければ、おそらく一生言葉を交わすことのなかった人たちだ。

そう考えると、不思議である。

僕はただ本を読んでいただけなのに。

正確には、読んで、感想を書いて、画像を何枚も作っているので「ただ」ではないのだが。

それでも始まりは、自分が本を読むことだった。

一人で完結していたはずの読書が、いつの間にか誰かにつながっている。

そういうことは、以前にはなかった。

Instagramからボーナスが入ることもある。

数千円程度だ。

もちろん、ありがたい。

ありがたいのだが、

数千円である。

人生は変わらない。

突然仕事を辞めて、

「今日からInstagram一本で生きていきます」

とはならない。

そんなことをしたら、翌月の僕が泣く。

だから「1万人になったら人生が変わりました」と言えるような派手な話は、今のところ僕にはない。

でも、何も起きていないわけでもない。

出版社さんから声をかけていただく。

フォロワーさんから嬉しいDMが届く。

投稿を以前よりたくさんの人に見てもらえる。

自分が紹介した本を、誰かが読んでくれる。

少しだけお金も入る。

こうして並べてみると、ちゃんと変わっている。

だから、

「1万人になっても何も変わらなかった」

というのは、半分本当で、半分嘘なのだと思う。

僕の生活は、ほとんど変わっていない。

でも、

僕の発信が届く距離は、確実に変わった。

1万人が目の前にいたら、たぶん逃げる

それにしても、1万人とはどれくらいなのだろう。

スマホの画面で見ると、ただの数字である。

「10,000」

あるいは表示によっては「1万」。

小さい。

指先より小さい。

しかし、その一人ひとりが実際の人間なのだと考えると、急に怖くなる。

1万人を一か所に集めてみる。

僕の投稿を見てくれている人たちが、全員目の前にいる。

無理だ。

たぶん逃げる。

「いつも投稿見てます」

と1万人に囲まれたら、僕はどうしたらいいのだ。

とりあえず会釈をするのだろうか。

1万人に。

首が終わる。

大きな会場に人がずらっと並んでいて、その人たちが全員、自分のアカウントをフォローしている。

そう考えると、とんでもない。

なのにスマホに入ると、

「10,000」

で終わる。

人間、圧縮されすぎである。

だから数字ばかり見ていると、感覚がおかしくなるのかもしれない。

1万人になった瞬間は嬉しい。

次の日には、

「1万100人になった」

を見る。

そのうち、

「今日はあまり増えなかったな」

なんて思う。

おかしい。

目の前に100人増えたら大事件である。

僕の部屋には入らない。

それをスマホの数字にすると、「100増えた」になる。

SNSは、人を数字として見せるのがうますぎる。

もちろん、運用していれば数字は見る。

どんな投稿がたくさん見られたのか。

どんな本に反応があったのか。

保存されたのか。

フォローにつながったのか。

そういうものを見るのは面白いし、次の投稿を考える材料にもなる。

でも、ときどき忘れそうになる。

数字の向こうには人がいる。

「1万」という一つの塊がいるわけではない。

一人がいて、また一人がいて、その積み重ねが1万人になっている。

そう考えると、達成したときとは少し違う嬉しさがある。

「1万人になったぞ」という達成感だけではない。

こんなにたくさんの人が、本の投稿を見るためにここにいてくれる。

それは、やっぱり嬉しい。

1万人になれば、何者かになれると思っていたのか

別に、僕は1万人になった瞬間から有名人になれると思っていたわけではない。

街を歩けば声をかけられるとも思っていない。

そんなことになったら困る。

そもそも本を紹介しているアカウントである。

僕より本の表紙の方が圧倒的に登場回数が多い。

ただ、それでも「1万人」という数字を目標にしていると、そこが一つの境界線のように見えてくる。

ここを越えたら何か変わる。

そんな感覚が、どこかにあった。

ゲームなら分かりやすい。

レベルが上がる。

新しい技を覚える。

行けなかった場所に行ける。

装備できなかった武器が装備できる。

しかし現実では、フォロワーが9,999人から10,000人になっても、

僕自身には何のアップデートも配信されなかった。

新しい技も覚えない。

能力値も上がらない。

「本紹介+5」みたいな効果もない。

昨日の僕と今日の僕は、ほぼ同じである。

考えてみれば当たり前だ。

1万人になったから投稿を作れるようになったわけではない。

投稿を作り続けていたから、1万人になったのだ。

1万人になったから本を読むようになったわけでもない。

その前から読んでいる。

1万人になったから感想を書くようになったわけでもない。

ずっと書いていた。

つまり僕は、

1万人になるためにやっていたことを、1万人になったあとも普通にやっている。

本を読む。

考える。

感想を書く。

投稿を作る。

コメントを返す。

そして次の本を読む。

ゴールだと思っていた場所に着いたら、そこにも普通の日常があった。

これが、実際に1万人になって一番面白かったことかもしれない。

目標達成には、エンドロールがない

僕たちは目標を立てる。

何万人。

何円。

何キロ。

何冊。

何点。

数字は分かりやすい。

そこへ向かって進んでいる感覚も持ちやすい。

そして達成する前は、達成したあとの自分を少し特別に想像する。

でも実際には、目標を達成した翌日も朝は来る。

これは当たり前なのに、実際に到達すると少し不思議だ。

映画なら、大きな目標を達成したところで音楽が流れる。

主人公が笑う。

周りの人も笑う。

空がきれいだ。

そしてエンドロール。

その先は映らない。

でも現実にはエンドロールがない。

達成した次の日がある。

その次の日もある。

1万人になった翌日に投稿を休めば、投稿は出ない。

当たり前すぎる。

誰も、

「昨日1万人になったので、今日は自動的に投稿を作っておきました」

とは言ってくれない。

Canvaもそこまで優しくない。

次の本だって、自分で読む。

文章だって、自分で考える。

だから目標達成というものは、思っているより静かなのかもしれない。

「やった!」

とはなる。

僕もなった。

でも、その喜びの横から、普通の日常がすぐに入ってくる。

「おめでとうございます。ところで今日どうします?」

みたいな顔をして。

人生、切り替えが早い。

それでも、1万人を目指してよかった

では、1万人を目標にしたことに意味がなかったのか。

そんなことは全然ない。

僕は1万人になれて嬉しかった。

これは変わらない。

目標があったから、続ける理由の一つにもなった。

どうすれば本の魅力が伝わるのか考えた。

一枚目の画像を考えた。

文章を考えた。

どんな本をまとめたら面白いのか考えた。

投稿して、反応を見た。

全然伸びないこともあった。

思っていた以上に見てもらえることもあった。

そういうことを一年以上繰り返して、1万人まで来た。

数字だけを切り取れば「10,000」で終わる。

でも、その数字になるまでに作った投稿や、読んだ本や、考えた文章や、もらったコメントまで含めれば、僕にとってはかなり大きい。

だから、

「1万人になっても人生なんて変わらないから、目指しても意味ないよ」

と言いたいわけではない。

むしろ逆だ。

目指してよかった。

ただ、

1万人は魔法ではなかった。

それだけだ。

数字が5桁になった瞬間、別人になるわけではない。

突然すべてがうまくいくわけでもない。

でも、そこまで歩いてきた分だけ、以前にはなかったものが少しずつ増えていた。

僕の場合、それは投稿を見てくれる人だった。

嬉しい言葉だった。

出版社さんとのつながりだった。

知らなかった本との出会いだった。

自分の紹介をきっかけに本を手に取ってくれる人だった。

そういう小さな変化は、確かに積み重なっている。

劇的ではない。

だからこそ、気づきにくい。

ある日突然人生が変わるのではなく、振り返ったら以前とは少し違う場所にいる。

SNSの成長って、案外そういうものなのかもしれない。

「1万人になったら稼げますか?」と聞かれたら

これは気になる人もいると思う。

Instagramを始める理由は人それぞれだ。

好きなものを発信したい人もいれば、仕事につなげたい人もいる。

収益を期待して始める人もいるだろう。

1万人という数字を見て、

「ここまで行けば、結構稼げるのでは?」

と思う人もいるかもしれない。

僕の場合は、今のところそんなことはない。

Instagramからのボーナスが入ることはある。

でも、数千円程度だ。

もちろん、ゼロ円と数千円は違う。

自分が好きで作っている投稿からお金が発生するのは、不思議だし嬉しい。

ただ、それで生活が変わるほどではない。

これだけで家賃を払えるわけでもない。

明日から働かなくていいわけでもない。

「1万人達成! 会社辞めます!」

とはならない。

僕の場合は、である。

ここは大事だと思う。

同じフォロワー1万人でも、発信しているジャンルも違えば、仕事へのつなげ方も違う。

商品を売っている人もいる。

サービスを提供している人もいる。

企業との仕事が多い人もいる。

だから「1万人なら月いくら」なんて、たぶん簡単には言えない。

僕は本を紹介している。

そして僕の場合、1万人になった現在はこうだった。

数千円のボーナス。

ときどき出版社さんから本を送っていただく。

投稿は以前より多くの人に届く。

フォロワーさんから嬉しい言葉をいただく。

そして僕は今日も普通に生活している。

以上である。

かなり普通だ。

でも、僕はこの普通さが嫌いではない。

一番嬉しい変化は、たぶん「広がること」だった

お金も嬉しい。

本を送っていただけるのも嬉しい。

でも、僕が1万人になって一番実感している変化は、たぶん投稿が広がるようになったことだ。

一冊の本には、読む人が必要だ。

どれだけ面白い本でも、知らなければ手に取れない。

本屋にはものすごい数の本が並んでいる。

毎月、新しい本も出る。

過去の名作も山ほどある。

その中から一冊に出会うのは、かなり偶然に近い。

僕自身も、誰かの紹介で知った本がたくさんある。

だから、自分の投稿がその「出会うきっかけ」の一つになるのは面白い。

僕が書いた数行を見て、

「これ読みたい」

と思う人がいる。

本屋で探してくれる人がいる。

読んだあと、感想を送ってくれる人がいる。

すると、一人で読んでいたはずの本が少しずつ広がっていく。

これはフォロワーが増えたことで、明らかに起こりやすくなった。

もちろん、1万人全員が毎回投稿を見るわけではない。

全員が反応するわけでもない。

それでも、始めた頃とは届き方が違う。

ここは数字以上に嬉しい。

僕は「1万人」という数字が欲しかった。

それは本当だ。

目標だったから。

でも、実際にそこまで来てみると、数字そのものより、

「この本、面白かったですよ」

と言ったときに、それを聞いてくれる人が増えたことの方が面白かった。

1万人という数字の正体は、もしかするとそこなのかもしれない。

何者かになれる数字ではない。

人生が切り替わる数字でもない。

自分の声が、昨日より少し遠くまで届くようになる数字。

少なくとも、今の僕にはそう見えている。

僕は、そんなに変わりたいわけでもなかった

ここまで書いていて、もう一つ思った。

そもそも僕は、Instagramで人生を全部変えたかったのだろうか。

たぶん、そうでもない。

本を読むのが好きだった。

本について書くのも好きだった。

それを誰かに見てもらえたら面白そうだった。

始まりは、そのくらいだった。

もちろん、伸びれば嬉しい。

数字も見る。

1万人も目指した。

次の目標だってある。

でも、フォロワーが増えた結果、今まで好きだった生活を全部捨てて別人になりたいわけではない。

むしろ、本を読んで、考えて、文章を書いている今の延長に何かがあればいい。

だから「生活が劇的に変わらなかった」という事実は、考えてみれば悪いことでもない。

僕は今日も本を読める。

投稿を作れる。

気になった文章について考えられる。

昨日と同じように、次に読む本を選べる。

その一方で、以前より多くの人に届く。

だったら、それでかなりいい。

生活を壊すほどの変化ではなく、生活の外側が少しずつ広がっていく。

今はそんな感じなのかもしれない。

次の目標は、3万人

1万人になった。

では次はどうするのか。

今の目標は、3万人くらいかなと思っている。

なぜ3万人なのか。

なんとなくである。

こういうものは、案外なんとなくでいい。

1万人の次にいきなり10万人と言うと、さすがに遠い。

山を登って一つ目の展望台に着いた瞬間、

「次、エベレスト行きます」

みたいになってしまう。

まず3万人。

今の僕には、ちゃんと遠い。

でも、1万人だって始めた頃には遠かった。

だから、やっていれば見えてくるかもしれない。

3万人になったら、何か変わるのだろうか。

今より投稿が広がるのか。

もっといろんな人と本の話ができるのか。

本にまつわる新しい何かにつながるのか。

それとも、

「3万人になった。でも、劇的には何も変わらなかった」

とまたブログを書いているのか。

十分ありえる。

そのときは、そのときである。

僕はまた同じように、

「いや、何か変われよ」

と書けばいい。

その先に、10万人という数字もある

3万人のさらに向こうには、10万人がある。

10万人。

これはもう、今の僕にはかなりよく分からない数字だ。

1万人でも実際に集まったら逃げるのに、その10倍である。

逃げるどころではない。

たぶん存在を消す。

でも、もしそこまで行ったら、見える景色は変わるのだろうか。

これは少し気になる。

もっと本にまつわる仕事ができるようになるのだろうか。

今は想像していないような話が来るのだろうか。

出版社や本屋さんと何かできることが増えるのだろうか。

あるいは、本を紹介することから、さらに別の何かにつながっていくのだろうか。

分からない。

まだ行っていないから。

だから面白い。

「10万人になれば絶対に人生が変わる」

とは思わない。

1万人になった今、それを言う方が不自然だ。

数字は魔法ではないと、一度知ってしまった。

10万人になった瞬間、空から光が差してくるわけではないだろう。

たぶん普通に朝が来る。

腹も減る。

眠い日もある。

本も自分で開かないと読めない。

でも、1万人になるまでにも、始めた頃にはなかった出来事が少しずつ増えた。

だったら10万人までの途中にも、今の僕には想像できないことがあるのかもしれない。

僕が興味があるのは、たぶんそっちだ。

10万人という数字を画面に表示させたいだけではない。

そこへ行く途中で、何が起きるのかを見てみたい。

どんな本と出会うのか。

どんな人が投稿を見てくれるのか。

どんな言葉をもらうのか。

どんな仕事につながるのか。

そして、そのとき僕が何を面白いと思っているのか。

今は分からない。

未来なのだから、当たり前だ。

1万人はゴールではなく、途中だった

1万人を目標にしていた頃は、そこがゴールに見えていた。

でも着いてみると、普通に道が続いていた。

当たり前である。

Instagramが、

「おめでとうございます。1万人達成です。これにて終了です」

とアカウントを閉じてくるわけではない。

困る。

まだ投稿したい。

だから次の日も投稿する。

また本を読む。

また文章を書く。

また誰かが見てくれる。

そうやって続いていく。

たぶん目標というものは、遠くから見るとゴールに見えるけれど、近づくとただの通過点になる。

でも、それでいいのだと思う。

通過点だから価値がないわけではない。

そこで一度、

「ここまで来たな」

と振り返ればいい。

僕にとって1万人は、まさにそんな場所だった。

一年と少し前には、ここにいなかった。

投稿を見てくれる人も今よりずっと少なかった。

出版社さんから連絡をいただくこともなかった。

フォロワーさんから本についてDMをいただくことも、今ほどなかった。

自分の投稿をきっかけに本を買ったと言ってもらえる機会も少なかった。

そう考えれば、景色はちゃんと変わっている。

ただ、僕自身の日常が映画みたいに変わらなかっただけだ。

それを「何も変わらなかった」と感じていた。

でも、たぶん違う。

変化というものを、僕が少し派手に想像しすぎていたのだ。

人生が変わるより、少し広がるくらいがいい

「人生が変わりました」

という言葉は強い。

分かりやすい。

何かを始める前とあとで、すべてが違う。

そんな話は読みやすい。

でも実際の生活は、もっと地味なのだと思う。

昨日までなかったDMが一通届く。

知らなかった本が一冊届く。

投稿を見てくれる人が少し増える。

コメント欄で誰かと本の話をする。

数千円のボーナスが入る。

また一冊読む。

そういうものが少しずつ増えていく。

一つひとつは、人生をひっくり返すほどではない。

でも、一年前と比べれば確実に違う。

僕は今、そのくらいの変化がちょうどいい気もしている。

いきなり全部変わるより、今の生活を続けながら、その外側に知らないものが少しずつ増えていく。

昨日までなかった扉が一つできる。

開けてみる。

その向こうにまた何かある。

そんな進み方も悪くない。

1万人は、その途中にあった一つの扉だったのかもしれない。

開けた瞬間、別世界が広がっていたわけではない。

開けたら、

「あ、まだ道あるわ」

だった。

それでいい。

むしろ、その方が面白い。

これからも、本を読んで、発信する

結局、1万人になった僕が今日やることは、1万人になる前と大して変わらない。

本を読む。

面白かったら考える。

文章を書く。

投稿を作る。

発信する。

誰かが見てくれる。

ときどきコメントを返す。

また次の本を読む。

地味である。

フォロワー1万人の華々しい生活とは程遠い。

そもそも、そんな生活が何なのか知らない。

でも、僕はこの繰り返しが嫌いではない。

むしろ、これを続けた結果として1万人になったのだから、急に別のことを始める必要もないのだろう。

次は3万人。

そこまで行ったとき、何が変わっているのか。

少し楽しみだ。

そして、いつか10万人まで行けたら。

そのとき僕は、何をしているのだろう。

もっと本にまつわる仕事をしているかもしれない。

今とはまったく違う形で、本に関わっているかもしれない。

想像していなかった場所にいるかもしれない。

あるいは。

今とほとんど変わらず、本を読んで、感想を書いて、画像を作っているかもしれない。

そしてブログを開いて、

「Instagramのフォロワーが10万人になった。でも、劇的には何も変わらなかった。」

そんな記事を書いているのかもしれない。

その可能性は、かなりある。

そのときの僕もきっと、

「いや、何か変われよ」

と書くのだろう。

まあ、それでもいい。

今の僕には、この先どうなるのか分からない。

3万人になったときの景色も。

10万人になったときの景色も。

もっと本にまつわる何かが待っているのかも。

何も待っていないのかも。

分からないから、見に行ってみたい。

劇的に人生を変えるためではない。

今より少し遠くまで、自分の好きな本の話を届けるために。

そして、その先で何が起きるのかを見るために。

どんな未来になるのか。

それを楽しみに、これからも発信を続けたい。

とりあえず、次は3万人。

そこまで行ってみようと思う。

まあ、その前に。

今日も一冊、本を開く。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次