「すみません」
「あ、すみません」
「本当にすみません」
世の中には、やたらと謝る人がいる。
何かをお願いするときも、すみません。
質問するときも、すみません。
仕事を手伝ってもらったときも、すみません。
別に悪いことをしたわけではない。
誰かに迷惑をかけたわけでもない。
それなのに、とにかく謝る。
もはや挨拶のようなものである。
おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
すみません。
一日の始まりから終わりまで、すみません。
そんな人に対して、イライラするという意見がある。
何度も謝られると面倒くさい。
こちらが責めているような気分になる。
毎回「大丈夫ですよ」と返すのが疲れる。
確かに、そう感じる人がいるのも理解できる。
しかし、僕は思う。
そもそも、なぜその人はそんなにも謝るのだろう。
何も悪いことをしていないのに、なぜ謝る必要があるのか。
本人は、謝りたくて謝っているのだろうか。
それとも、謝らなければならない理由があるのだろうか。
そして、もう一つ。
「すみません」が口癖の人にイライラしているあなたは、その人が安心して話せる相手になっているだろうか。
今回は、「すみません」が口癖になる人の心理と、周囲がイライラする理由、そして口癖を直す方法について考察してみたい。
「すみません」が口癖の人は、なぜ何度も謝るのか
まず考えたいのは、謝るという行為そのものだ。
謝罪とは、本来、自分に非があるときに行うものである。
約束を破ってしまった。
相手に迷惑をかけてしまった。
何かを間違えてしまった。
そんなときに「すみません」と伝える。
これは自然なことだ。
しかし、世の中には、謝る必要がない場面でも謝ってしまう人がいる。
例えば、職場で仕事を頼まれたとする。
「これ、お願いしてもいい?」
「あ、すみません!」
……。
なぜ謝ったのだ。
まだ何もしていない。
失敗もしていない。
仕事を頼まれただけである。
あるいは、何かを教えてもらったとき。
「ここは、こうすればいいですよ」
「あ、すみません!ありがとうございます!」
いや、別に謝らなくてもいい。
ありがとうだけで十分ではないだろうか。
もちろん、日本語の「すみません」は謝罪だけを意味する言葉ではない。
人に声をかけるときにも使う。
感謝を表すときにも使う。
「すみません、駅はどちらですか?」
「わざわざすみません、助かりました」
こうした表現は、日常的に使われている。
だから、「すみません」と言う回数が多いだけで、その人が必要以上に謝っているとは限らない。
問題は、本人に非がない場面でも、まるで自分が悪いことをしたかのように謝り続ける場合だ。
そこには、どのような心理があるのだろう。
① 相手に嫌われたくない心理
一つ目に考えられるのは、相手に嫌われたくないという気持ちだ。
人は、誰かから悪く思われることを避けようとする。
特に職場では、周囲との人間関係が日々の働きやすさに関わってくる。
上司に嫌われたくない。
同僚と揉めたくない。
面倒な人間だと思われたくない。
そんな気持ちから、必要以上に低姿勢になってしまうことがあるのかもしれない。
例えば、何かを質問したいとする。
しかし、相手は忙しそうだ。
話しかけていいのだろうか。
邪魔にならないだろうか。
嫌な顔をされないだろうか。
そんなことを考えているうちに、口から出てくる。
「すみません」
まだ質問すらしていない。
しかし、すでに謝っている。
質問すること自体を、相手への迷惑だと感じているのかもしれない。
もちろん、相手への配慮は大切だ。
忙しい人に声をかけるなら、タイミングを考えた方がいい。
しかし、必要な質問まで申し訳ないことだと感じるようになれば、本人も疲れてしまうだろう。
嫌われないための謝罪が、いつの間にか会話の前提になっている。
そんな可能性があるのではないだろうか。
② 怒られることを避けたい心理
二つ目は、怒られることへの恐怖だ。
これは、かなり重要な要因だと思う。
例えば、過去に何度も強く叱られた経験がある人。
些細なミスでも怒鳴られる。
質問すると嫌な顔をされる。
自分の意見を言うと否定される。
そんな経験が積み重なると、人と関わるときに身構えるようになる可能性がある。
何か言われる前に謝る。
相手が不機嫌になる前に謝る。
自分に非があるか分からなくても、とりあえず謝る。
そうすれば、相手の怒りを少しでも和らげられるかもしれない。
心理学では、不快な結果を避けるために、ある行動が習慣化することがある。
謝ることで叱責を回避できた経験があれば、その行動が繰り返されやすくなることも考えられる。
ただし、「すみません」が口癖の人すべてに、そうした経験があるわけではない。
単なる習慣の場合もある。
それでも、謝ることが自分を守る手段になっている人がいるかもしれないという視点は、持っておきたい。
そう考えると、何度も謝る人への見方が少し変わってくる。
この人は、なぜこんなにも謝るのだろう。
もしかすると、謝らずに話すことが怖いのかもしれない。
そんな可能性を考えることも必要ではないだろうか。
③ 自分に自信がない心理
三つ目は、自信のなさだ。
自分の判断に自信がない。
自分の発言に自信がない。
自分が正しいことをしているのか分からない。
そんな状態では、相手の反応を過剰に気にしてしまうことがある。
例えば、仕事を終えて報告するとき。
「終わりました」
これだけでいいはずだ。
しかし、自分の仕事に自信がなければ、どうだろう。
「すみません、一応終わったんですけど……」
なぜか謝罪から始まる。
何か間違っているかもしれない。
怒られるかもしれない。
そんな不安が、言葉に表れているのかもしれない。
ただ、ここで気をつけたいことがある。
「すみません」が多いからといって、その人に自信がないと決めつけることはできない。
単に丁寧な話し方が身についている場合もある。
それでも、相手の反応を必要以上に恐れているなら、謝罪が増える理由の一つにはなりそうだ。
④ 長年の習慣になっている心理
四つ目は、単純に口癖になっている場合だ。
これは意外と見落とせない。
僕たちには、それぞれ口癖がある。
「えっと」
「あの」
「なるほど」
「確かに」
「いや」
「まあ」
こうした言葉を、無意識に繰り返すことがある。
「すみません」も、その一つなのかもしれない。
本人は、謝っているつもりすらない。
会話を始めるときの決まり文句になっている。
何かを頼むとき。
人に声をかけるとき。
話を終えるとき。
気づけば、すみません。
こうした場合、必ずしも強い不安や恐怖があるとは限らない。
だからこそ、口癖だけで相手の性格や過去を判断するのは危険だ。
人間の言葉遣いは、そんなに単純ではない。
その人は、友達の前でも「すみません」と言っているのだろうか
ここで、僕は一つの疑問を抱いた。
「すみません」が口癖の人は、友達と話しているときにも同じように謝っているのだろうか。
例えば、友達とご飯を食べに行く。
「何食べる?」
「ラーメン!」
「いいね、行こう!」
ごく普通の会話である。
しかし、職場ではどうだろう。
「これ、お願いしてもいい?」
「あ、すみません!」
同じ人間なのに、相手が変わると返事が変わる。
もちろん、友達の前でも謝る人はいるだろう。
しかし、親しい相手には自然に話せるのに、職場では何度も謝ってしまう人もいるはずだ。
だとすれば、そこには重要な違いがある。
本人の性格だけではなく、相手との関係性が言葉遣いに影響しているのではないだろうか。
友達には、多少くだけた言葉を使える。
何かを聞いても、怒られるとは思わない。
間違ったことを言っても、必要以上に責められる心配がない。
しかし、職場ではそうとは限らない。
相手が上司なら、立場の違いがある。
同僚でも、関係が良好とは限らない。
何かを言う前に、相手の表情を確認する。
機嫌をうかがう。
怒られない言葉を選ぶ。
その結果、最初に出てくる言葉が「すみません」になる。
もしそうなら、その口癖を本人だけの問題として片づけていいのだろうか。
僕は、そうは思わない。
そもそも、あなたたちの職場環境はどうなのだ
ここからが、今回最も考えたいことだ。
「すみません」が口癖の人にイライラする。
そんな意見を聞くと、僕は思う。
そもそも、あなたたちの職場環境はどうなのだ。
普段から、相手を萎縮させるような言い方をしていないだろうか。
何か質問されたとき、面倒くさそうな顔をしていないだろうか。
些細なミスを必要以上に責めていないだろうか。
「前にも言ったよね?」
「何で分からないの?」
「ちゃんと考えてから聞いて」
こうした言葉が、日常的に飛び交っている職場はないだろうか。
もちろん、仕事で間違いを指摘することは必要だ。
何でも優しく言えばいいという話ではない。
しかし、指摘することと、相手を萎縮させることは違う。
同じ内容でも、伝え方によって受け取る側の気持ちは変わる。
例えば、仕事で分からないことがあったとする。
勇気を出して質問する。
すると、相手がため息をつく。
「はあ……前にも説明したよね?」
こんな反応をされたら、次から質問しづらくなる人もいるだろう。
そして、次に質問するときには、こうなる。
「すみません、また聞いてしまって……」
しかし、相手は言う。
「何でそんなに謝るの?」
……。
いや、待て。
あなたが謝らせるような雰囲気を作っているのではないか。
もちろん、実際にその人が原因だとは限らない。
しかし、自分の言動を振り返らずに、相手の口癖だけを批判するのは違うと思う。
謝らなければ怒る。
謝りすぎてもイライラする。
では、その人はどうすればいいのだ。
謝る人を変えたいのなら、まず謝らなくても安心できる環境なのかを考える必要がある。
僕は、そう思う。
「すみません」が口癖の人にイライラする心理
とはいえ、何度も謝られることに疲れてしまう人の気持ちも考えてみたい。
なぜ、必要以上の謝罪はイライラにつながるのだろう。
一つは、返答を求められているように感じるからだ。
「すみません」
「大丈夫ですよ」
「本当にすみません」
「いえ、気にしないでください」
「申し訳ありません」
……。
何度も謝られると、そのたびに相手を安心させなければならない気がする。
もちろん、謝った本人にそんな意図があるとは限らない。
しかし、聞いている側が負担に感じることはあるだろう。
もう一つは、こちらが責めているような気分になることだ。
別に怒っていない。
何も責めていない。
それなのに、相手が何度も謝る。
すると、まるで自分が怖い人間であるかのように感じることがある。
「そんなに謝らなくてもいいのに」
そう思う気持ちは理解できる。
ただし、ここで重要なのは、その後の反応だ。
何度も謝られてイライラする。
そのイライラが表情や言葉に出る。
すると、相手はどうなるだろう。
さらに不安になるかもしれない。
そして、また謝る。
謝る。イライラされる。怖くなる。さらに謝る。
これでは悪循環である。
謝罪を減らしてほしいはずなのに、自分の態度によって謝罪を増やしてしまっている可能性がある。
何という皮肉だ。
だからこそ、僕は思う。
イライラしている場合ではない。
相手が何度も謝る理由を考えた方が、よほど建設的ではないだろうか。
「すみません」が口癖の人は、どうすれば直せるのか
では、本人が「すみません」という口癖を直したい場合、どうすればいいのだろう。
まず大切なのは、謝罪が必要な場面と、そうではない場面を区別することだと思う。
本当に迷惑をかけたとき。
自分のミスで相手に負担をかけたとき。
そんなときは、きちんと謝ればいい。
しかし、何も悪いことをしていないのなら、必ずしも謝る必要はない。
例えば、仕事を手伝ってもらったとき。
「すみません、助かりました」
これを、
「ありがとうございます、助かりました」
と言い換えてみる。
質問に答えてもらったときも同じだ。
「すみません、教えていただいて」
ではなく、
「ありがとうございます。よく分かりました」
と伝える。
謝罪を感謝に変えるだけで、相手への伝わり方も変わる。
ただし、すべての「すみません」を「ありがとうございます」に変えればいいわけではない。
日本語には、状況に応じた自然な表現がある。
人に声をかけるときの「すみません」は、別におかしくない。
大切なのは、機械的に言葉を置き換えることではない。
本当に謝りたいのか、それとも感謝を伝えたいのか。
自分の気持ちに合った言葉を選ぶことだ。
また、口癖は一度で直るものではない。
長年使ってきた言葉なら、無意識に出てしまうこともある。
だから、少しずつ意識すればいい。
一日に何度も謝っていた人が、突然まったく謝らなくなる必要はない。
そもそも、謝ること自体が悪いわけではないのだから。
職場が変わらなければ、口癖だけ直しても意味がない
しかし、ここで忘れてはいけないことがある。
本人がどれだけ言葉遣いを意識しても、職場の雰囲気が変わらなければ、根本的な解決にならない場合があるということだ。
例えば、質問するたびに嫌な顔をされる職場。
ミスをすると必要以上に責められる職場。
常に誰かの機嫌をうかがわなければならない職場。
そんな環境で、本人だけに「謝る癖を直しなさい」と言っても、難しいのではないだろうか。
謝ることで自分を守っている人にとっては、謝らないことの方が怖いかもしれない。
必要なのは、言葉遣いの矯正だけではない。
質問しても大丈夫だと思えること。
分からないことを分からないと言えること。
ミスをしても、人格まで否定されないこと。
こうした安心感が大切なのだと思う。
組織心理学には、心理的安全性という考え方がある。
簡単に言えば、質問や意見、失敗の報告などをしても、対人関係上の不利益を過度に恐れずに済む状態のことだ。
もちろん、心理的安全性があれば誰も謝らなくなる、という単純な話ではない。
しかし、必要以上に相手の反応を恐れなくていい環境なら、過剰な謝罪が減る人もいるのではないだろうか。
「すみません」が口癖の人を見つけて、イライラする。
その前に、考えてみてほしい。
あなたは普段、その人にどんな言葉をかけているだろう。
どんな表情で接しているだろう。
相手が安心して質問できる雰囲気を作れているだろうか。
もし、そこに問題があるのなら、直すべきなのは本人の口癖だけではない。
あなた自身の接し方かもしれない。
謝ること自体は、悪いことではない
ここまで考えてきたが、僕は「すみません」という言葉そのものを否定したいわけではない。
謝れることは、大切だ。
自分が間違えたときに、きちんと謝る。
相手に迷惑をかけたときに、申し訳なかったと伝える。
それは、人間関係を築くうえで必要なことだと思う。
むしろ、絶対に謝らない人の方が問題になることもあるだろう。
明らかに自分が間違っているのに、謝らない。
言い訳をする。
責任を押しつける。
そんな人もいる。
それに比べれば、必要以上に謝ってしまう人は、少なくとも相手への配慮を大切にしているのかもしれない。
もちろん、謝りすぎることで周囲とのコミュニケーションが難しくなる場合もある。
だから、本人が直したいと思うなら、少しずつ変えていけばいい。
しかし、周囲が一方的に「うざい」「イライラする」と責める必要はない。
そもそも、人間の口癖なんて、誰にでもある。
自分では気づいていないだけで、僕にもあるだろう。
他人の口癖ばかり気にしていたら、きりがない。
大切なのは、その言葉の奥に何があるのかを考えることではないだろうか。
おわりに|イライラする前に考えたいこと
今回は、「すみません」が口癖の人の心理と、その直し方について考えてみた。
謝りすぎる理由は、人によって違う。
相手に嫌われたくないのかもしれない。
怒られることが怖いのかもしれない。
自分に自信がないのかもしれない。
あるいは、単なる習慣なのかもしれない。
だから、口癖だけを見て、その人の性格を決めつけることはできない。
そして、僕が最も伝えたいのは、職場環境についてだ。
もし、友達の前では自然に話せる人が、職場では何度も謝っているのなら。
その違いには、何か理由があるのかもしれない。
相手との関係性。
普段の言葉遣い。
職場全体の雰囲気。
そうしたものが影響している可能性もある。
だからこそ、僕は思う。
「すみません」が口癖の人に、イライラしている場合ではない。
なぜ、その人は謝るのか。
なぜ、何も悪いことをしていないのに謝るのか。
そして、自分たちはその人に、どんな接し方をしてきたのか。
まずは、そこを考えるべきではないだろうか。
「謝らなくていいよ」と言うだけでは、解決しないこともある。
必要なのは、謝らなくても安心して話せる関係を作ることだ。
質問しやすい雰囲気を作る。
相手を必要以上に責めない。
感謝の言葉を交わす。
そんな小さな積み重ねが、人の言葉遣いを少しずつ変えていくのかもしれない。
直すべきなのは、本人の口癖だけとは限らない。
周囲の人間にも、変えられることがあるはずだ。
僕は、そう思っている。
まあ、いろいろと偉そうなことを言ってしまった。
言い過ぎてすみません。
