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怖い話を聞くと眠くなるし落ち着くのはなぜ?寝るときに怪談を聞く心理を考察。

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僕は、寝るときにいつも怖い話を聞いている。

YouTubeには、一時間ほど怪談を語ってくれるチャンネルがある。

僕は毎晩、その動画を再生して布団に入る。

部屋の明かりを消して、目を閉じる。

今日も、どこかで恐ろしい出来事が起こっている。

誰もいないはずの部屋から聞こえてくる足音。

真夜中、枕元に立っている見知らぬ女。

誰も乗っていないはずのエレベーターから聞こえてくる声。

何とも恐ろしい。

普通なら、ここで怖くなって、ドキドキして、眠れなくなるのではないか。

そう思うだろう。

そう。僕も思う。

ところが、どうだ。

怪談に身を委ねていると、あら不思議。

騒がしかった心が、少しずつ落ち着いていく。

頭の中を駆け巡っていた考え事が、いつの間にか静かになっている。

そして、眠くなってくる。

気がつけば、朝である。

何とも不思議な現象だ。

そして、その日の夜。

僕は再び布団に入る。

YouTubeを開く。

怪談動画を再生する。

また、恐ろしい話を聞きながら眠ろうとしている。

……。

なんで?

いや、僕も思う。

なぜ、わざわざ怖い話を選ぶのだ。

世の中には、もっと穏やかな音声があるはずだ。

波の音。

雨の音。

小鳥のさえずり。

それなのに、僕が選ぶのは怪談である。

どうやら僕にとって、幽霊は小鳥よりも安眠効果があるらしい。

一体、どういうことなのだろう。

今回は、怖い話を聞くと眠くなる理由について、自分自身の奇妙な習慣を振り返りながら考えてみたい。

目次

そもそも僕はホラー小説が好きだ

まず、前提として伝えておきたいことがある。

僕はホラー小説が好きだ。

幽霊、怪奇現象、呪い、得体の知れない存在。

現実では絶対に遭遇したくないものばかりである。

しかし、物語の中では違う。

不気味な出来事が起こるほど、先が気になる。

何が起こっているのか。

誰が、何のために、こんなことをしているのか。

あるいは、最後まで正体が分からないまま終わるのか。

そうした不気味さや不可解さに惹かれる。

怖いから嫌なのではない。

怖いからこそ、面白い。

もちろん、実際に幽霊と遭遇したいわけではない。

夜中に目を覚まして、枕元に知らない人が立っていたら困る。

いや、困るどころの話ではない。

すぐに出ていってほしい。

できれば、最初から来ないでほしい。

僕が好きなのは、あくまで物語の中の恐怖なのだ。

そう考えると、怪談を聞きながら眠るという習慣にも、ある程度の説明がつく。

そもそもホラーというジャンルが好きだから、怖い話を聞くこと自体が楽しいのだろう。

しかし、ここで一つ疑問が生まれる。

好きなものに触れると楽しいことと、眠くなることは、必ずしも同じではない。

面白い小説を読んでいたら、続きが気になって眠れなくなることもある。

好きな映画を見ていたら、最後まで見届けたくなることもある。

それなのに、怪談を聞いていると眠くなる。

好きだからこそ目が冴えるのではなく、好きだからこそ眠れる。

何とも不思議である。

どうやら、ホラーが好きという理由だけでは説明しきれないらしい。

普通の朗読も試した。でも、何かが違う

実は、普通の朗読を試したこともある。

怖い話を聞いて眠れるのなら、別に怖くない話でも眠れるのではないか。

そう考えたのだ。

人の声を聞いていると落ち着くのであれば、怪談である必要はない。

普通の小説でもいい。

穏やかな物語でもいい。

何なら、昔話でもいいだろう。

そう思って聞いてみた。

しかし、何かが違う。

うまく説明できないのだが、これじゃない感がある。

別に朗読が悪いわけではない。

語り手の声が気に入らないわけでもない。

物語がつまらないという話でもない。

ただ、眠るときに聞くものとしては、何かが違うのだ。

どうにも頭に入ってこない。

ところが、怪談になると違う。

不思議と、すんなり耳に入ってくる。

無理に集中しようとしなくても、自然と物語を追いかけられる。

そして、話に耳を傾けているうちに、少しずつ眠くなってくる。

……。

何を求めているのだ、僕は。

安眠か。

恐怖か。

それとも、その両方なのか。

自分でもよく分からない。

しかし、この違いには、何か理由があるような気がする。

もしかすると、眠る前の僕には、ただ穏やかな話を聞くよりも、少し不気味で、先が気になる物語のほうが合っているのかもしれない。

もちろん、これは僕自身の感覚である。

誰もが同じように感じるわけではないだろう。

ただ、普通の朗読ではしっくりこなかったのに、怪談では落ち着く。

この事実は、なかなか興味深い。

どうやら僕の脳は、眠る前に一度、怖い思いをしたいらしい。

どういう脳なのだ。

怖い話を聞くと眠くなる理由① 考え事から離れられるから

では、なぜ怪談を聞くと眠くなるのだろう。

まず考えられるのは、頭の中の考え事が減るからではないか、ということだ。

寝る前というのは、不思議な時間である。

日中は忙しくて考えなかったことが、突然、頭の中に浮かんでくる。

明日の予定。

今日やり残したこと。

仕事のこと。

これからやりたいこと。

別に今、考えなくてもいいことまで考え始める。

もう寝る時間なのに。

考えたところで、今すぐ何かが解決するわけでもない。

それでも、頭の中では次から次へと考え事が始まる。

静かな部屋にいるはずなのに、頭の中だけが騒がしい。

そんな経験はないだろうか。

僕の場合、怪談を聞いていると、その騒がしさが少しずつ消えていく。

なぜなら、意識が物語へ向かうからだ。

誰もいないはずの廊下から足音が聞こえた。

何だ、それは。

振り返っても誰もいない。

おかしい。

しかし、足音は近づいてくる。

どういうことだ。

気がつけば、僕はその話を追いかけている。

さっきまで考えていた明日の予定は、どこかへ消えている。

仕事のことも、やりたいことも、いったん頭から離れている。

自分自身のことを考える代わりに、物語の中で起こっている出来事を考えているのだ。

これが、僕にとって心地よいのかもしれない。

もちろん、怖い話を聞けば必ず考え事が減るというわけではない。

むしろ、恐怖によって不安が強くなる人もいるだろう。

ただ、僕の場合は違う。

怪談を聞いていると、頭の中にあったいくつもの考え事が、一つの物語に置き換わっていくような感覚がある。

そして、その物語を追いかけているうちに、眠くなってくる。

怪談は、僕にとって考え事を中断するための道具なのかもしれない。

それにしても、ずいぶん物騒な道具である。

そもそも、現実の方がよっぽど怖いではないか

ここまで考えていて、ふと思った。

そもそも、怪談というのは、それほど恐ろしいものなのだろうか。

いや、もちろん怖い。

幽霊が出てくる。

呪われた家がある。

夜中に知らない誰かが立っている。

何とも恐ろしい。

しかし、よく考えてみてほしい。

現実の方がよっぽど怖いではないか。

仕事、人間関係、お金、将来。

考え始めれば、不安なんていくらでも出てくる。

しかも、怪談の幽霊は動画を止めれば消えてくれる。

しかし、現実の問題はそうはいかない。

スマートフォンの電源を切ったところで、明日の仕事が消えるわけではない。

布団を頭までかぶったところで、支払わなければならないお金がなくなるわけでもない。

目を閉じたところで、将来への不安が解決するわけでもない。

幽霊よりも、よっぽど厄介である。

例えば、怪談の中に恐ろしい幽霊が登場したとする。

その幽霊は、毎晩決まった時間に現れる。

何とも恐ろしい。

しかし、現実には毎朝決まった時間に鳴る目覚まし時計がある。

こちらは、どれだけ無視したくても、なかなか無視できない。

幽霊なら、物語が終われば姿を消す。

しかし、現実の予定は、物語が終わったところで待ってくれない。

何とも世知辛い話である。

もちろん、現実が恐ろしいことばかりだと言いたいわけではない。

楽しいこともある。

嬉しいこともある。

幸せを感じる瞬間だってある。

ただ、現実には、自分の意思だけではどうにもならないことがある。

それに対して、怪談は違う。

聞くかどうかを、自分で決められる。

怖くなったら止めればいい。

別の話を聞きたくなったら、動画を変えればいい。

現実の問題には、そう簡単にできないことが多い。

そう考えると、僕が怪談を聞いて落ち着くのも、少し分かる気がする。

僕は怖い話を聞くことで、もっと怖い現実から少しだけ離れているのかもしれない。

幽霊の話を聞いている間は、自分自身の問題を考えなくて済む。

誰かの恐怖体験に耳を傾けながら、僕自身は静かに眠りへ向かっていく。

何とも奇妙な話である。

しかし、これが案外、僕にとって大切な時間なのかもしれない。

怖い話を聞くと眠くなる理由② 安全な場所で恐怖を楽しめるから

次に考えられるのは、怖い話を聞いている自分自身は、安全な場所にいるということだ。

怪談の中では、恐ろしい出来事が起こっている。

誰かが何者かに追いかけられている。

誰もいないはずの家から声が聞こえてくる。

見てはいけないものを見てしまう。

しかし、僕はどうだろう。

布団の中にいる。

暖かい。

横になっている。

何なら、もう目を閉じている。

物語の登場人物は大変なことになっているが、僕自身は安全な場所から話を聞いている。

ここには、大きな違いがある。

ホラー小説やホラー映画を楽しめるのも、現実の危険とは距離があるからだろう。

怖い出来事を、物語として体験する。

これは、現実に怖い目に遭うこととは違う。

ただし、安全な場所で怖い話を聞けば眠くなる、という因果関係が証明されているわけではない。

あくまで、僕が考える理由の一つである。

それでも、安心できる環境だからこそ、怖い物語を楽しめているというのは、十分にありそうな話だ。

もっとも、僕が聞いている怪談には、寝室で起こる恐怖体験も登場する。

夜中に目を覚ますと、誰かが立っていた。

布団の中にいると、足元から何かが近づいてきた。

目を閉じていると、耳元で声がした。

……。

いや、やめてくれ。

今、僕がいる場所ではないか。

なぜ、わざわざ寝る前にそんな話を聞くのだろう。

自分でも分からない。

それでも、翌日にはまた再生している。

もはや不思議というより、少し心配になってくる。

怖い話を聞くと眠くなる理由③ 語り手の声が心地よいから

怪談を聞いていて思うことがある。

語り手の声というのは、案外重要なのではないだろうか。

僕が寝るときに聞いているのは、YouTubeにある一時間ほどの怪談動画だ。

短い動画を次々と選ぶというより、長い動画を再生して、そのまま眠る。

怪談を語る声が、部屋の中に流れている。

怖い話だからといって、ずっと大声で叫んでいるわけではない。

落ち着いた調子で、淡々と語られる話もある。

その声を聞いていると、不思議と心が落ち着いてくる。

もしかすると、僕は怪談の内容だけでなく、語り手の声にも安心しているのかもしれない。

一定の調子で続く声。

次から次へと流れてくる物語。

それをぼんやり聞いているうちに、眠気がやってくる。

子どもの頃に聞く昔話や、寝る前の読み聞かせに、少し似ているのだろうか。

ただし、僕が聞いているのは怪談である。

昔話のように、最後はみんな幸せになりました、とは限らない。

むしろ、最後まで救いのない話だってある。

それなのに、僕は眠る。

どうやら、話の結末よりも、聞いている時間そのものが心地よいのかもしれない。

とはいえ、声だけが理由なら、普通の朗読でもよさそうなものだ。

しかし、実際には何かが違った。

つまり、語り手の声だけではなく、怪談というジャンルとの組み合わせが、僕には合っているのだろう。

好きな物語を、心地よい声で聞く。

それが僕にとって、ちょうどいい入眠環境になっているのかもしれない。

ただ、その物語に幽霊が登場するというだけの話である。

いや、それが問題なのだが。

怖い話を聞くと眠くなる理由④ 毎晩の習慣になっているから

もう一つ考えられるのが、習慣の力である。

僕は、寝るときにいつも怪談を聞いている。

今日だけではない。

昨日も聞いた。

その前の日も聞いた。

そして、今夜も聞くつもりでいる。

こうして繰り返しているうちに、怪談を聞くこと自体が、眠る前の合図になっているのかもしれない。

人間には、ある行動と別の出来事を結びつけて覚える働きがある。

毎晩、同じような行動を繰り返していると、その行動が次に起こることを予測する手がかりになる場合がある。

僕の場合は、それが怪談なのだろうか。

布団に入る。

YouTubeを開く。

怪談を再生する。

眠る。

この流れが、いつの間にか出来上がっている。

そう考えると、怪談を聞くと眠くなるというより、眠る時間になると怪談を聞きたくなる、という関係もありそうだ。

ただし、ここで少し気になることがある。

僕は一体、いつからこんな習慣を身につけてしまったのだろう。

普通なら、寝る前に静かな音楽を流すとか、読書をするとか、そういう習慣を思い浮かべる。

ところが、僕の場合は怪談である。

誰に勧められたわけでもない。

自分で選んだ。

そして、毎晩続けている。

一体、何をしているのだろう。

まあ、眠れているのだからいいのかもしれない。

それでも、なぜ怪談なのかという疑問は残る。

習慣というのは、なかなか不思議なものである。

怖い話を聞くと眠くなる理由⑤ ちょうどいい刺激があるから

最後に考えたいのは、刺激の強さである。

眠るときには、静かな環境がよい。

一般的には、そう考える人が多いだろう。

もちろん、騒音が睡眠を妨げることはある。

しかし、僕の場合、何も聞かずにいるよりも、怪談に耳を傾けているほうが落ち着くことがある。

なぜだろう。

もしかすると、怪談には僕にとって、ちょうどいい刺激があるのかもしれない。

普通の朗読では、何かが違う。

しかし、怪談なら自然と耳に入ってくる。

先が気になる。

不気味な出来事が起こる。

何が起こっているのか知りたくなる。

その程度の刺激があるから、余計な考え事をせずに済むのではないだろうか。

もちろん、刺激が強ければ強いほど眠れるという話ではない。

怖すぎて眠れなくなる人もいるだろう。

僕自身も、あまりに大きな音が突然鳴れば驚くと思う。

ただ、聞き慣れた怪談の語りには、興味を持って耳を傾けられる一方で、無理に集中しなくてもいいという心地よさがある。

これは、僕のホラー好きという性格とも関係していそうだ。

興味がない話では、意識が別のところへ向かってしまう。

一方、興味がありすぎて興奮する話では、眠れなくなる。

その中間に、怪談がある。

そう考えると、少し納得できる。

怖い話だから眠れるのではなく、僕にとって怪談が、眠る前にちょうどいい物語なのかもしれない。

しかし、そうなると、また別の疑問が生まれる。

なぜ僕にとって、幽霊の話がちょうどいいのだろう。

そこについては、いまだに分からない。

ただし、たまに金縛りに遭う

ここまで、怪談を聞きながら眠ることの心地よさについて語ってきた。

しかし、一つだけ伝えておかなければならないことがある。

僕は、たまに金縛りに遭う。

……。

おい。

話が違うではないか。

安心して眠れるのではなかったのか。

怖い話を聞いて、心を落ち着かせて、穏やかな眠りにつく。

そんな話をしていたはずである。

ところが、金縛りである。

もちろん、怪談を聞いたことが原因だと決まったわけではない。

金縛りは、医学的には睡眠麻痺と呼ばれる現象で、眠りに入るときや目覚めるときに、意識があるのに身体を動かせなくなることがある。

睡眠不足や不規則な睡眠などが関係する場合もあるとされている。

怪談を聞いたから金縛りに遭った、と断定することはできない。

それは分かっている。

分かっているのだが、何とも間が悪い。

怖い話を聞きながら眠って、金縛りに遭う。

あまりにも出来すぎているではないか。

そして、さらに不思議なのは、その翌日である。

僕はどうするのか。

怪談を聞くのをやめるのか。

普通の朗読に戻るのか。

波の音でも流すのか。

いや、違う。

また怪談を再生する。

……。

なぜ、懲りないのだ。

自分でもそう思う。

しかし、結局は怪談に戻ってくる。

それだけ、僕にとって心地よい習慣になっているということなのだろう。

とはいえ、金縛りが頻繁に起こったり、睡眠に支障が出たりする場合には、睡眠の状態を見直すことも大切だ。

怪談が好きだからといって、睡眠不足まで楽しむ必要はない。

そこは、きちんと区別しておきたい。

毎晩聞いているのに、話の内容をほとんど覚えていない

さて、ここで一つ、大きな問題がある。

僕は毎晩、怪談を聞いている。

一時間ほどの動画を再生して、恐ろしい物語に耳を傾けている。

それならば、これまでに聞いた怪談について、いろいろ語れるはずである。

面白かった話。

恐ろしかった話。

印象に残っている話。

せっかくなので、いくつか紹介しようと思う。

……。

何も覚えていない。

いや、本当に。

ほとんど何も覚えていないのだ。

毎晩聞いているというのに。

一体、どんな話を聞いたのか。

幽霊が出てきたのか。

呪われた家の話だったのか。

何が起こって、最後にどうなったのか。

ほとんど説明できない。

これは、どういうことなのだろう。

僕は本当に怪談を聞いているのか。

ただ音声を流しているだけではないのか。

しかし、不思議なことに、まったく記憶に残っていないわけでもない。

以前聞いた怪談を、もう一度再生することがある。

すると、途中で気づくのだ。

「あれ? この話、聞いたことあるぞ」

そう。

聞いたことがあるのだ。

確かに知っている。

でも、自分からは思い出せなかった。

これは、心理学でいう「再生」と「再認」の違いに近いのかもしれない。

再生とは、手がかりがない状態で記憶を思い出すこと。

再認とは、もう一度見たり聞いたりしたときに、以前経験したものだと気づくこと。

一般的には、何も手がかりがない状態で思い出すよりも、手がかりを与えられて思い出すほうが容易なことが多い。

だから、怪談の内容を自分から説明できなくても、聞き直せば「あれ、知っている」となるのは、そこまで不思議なことではないのだろう。

加えて、僕は眠るために聞いている。

途中から眠気が強くなれば、話の内容を十分に覚えられないこともありそうだ。

そう考えると、納得できる部分はある。

しかし、何とも妙な話である。

ホラーが好きだから怪談を聞く。

怪談を聞くと落ち着く。

落ち着くから眠くなる。

眠くなるから、内容を覚えていない。

そして、翌日の夜。

また怪談を聞く。

僕は一体、何のために怪談を聞いているのだろう。

もしかすると、結末を知ることが目的ではないのかもしれない。

怖い話を聞いている時間そのものが、心地よいのだ。

だから、途中で眠ってしまっても構わない。

結末を知らなくても、満足している。

そして、また別の日に同じ話を聞く。

「あれ、これ聞いたことあるぞ」

そう思いながら、再び眠る。

何とも平和である。

いや、聞いている話は平和ではないのだが。

怖い話で眠れる人と、眠れなくなる人の違いは何だろう

ここまで考えてみると、一つ分かることがある。

怖い話を聞いたときの反応は、人によって違うということだ。

ホラーが苦手な人にとって、怪談は恐怖そのものだろう。

夜中に聞けば、物音が気になるかもしれない。

部屋の隅が気になるかもしれない。

トイレに行くのが怖くなるかもしれない。

そういう人に、寝る前の怪談を勧めても、逆効果になる可能性がある。

一方、僕のようにホラーが好きな人にとっては、怖い話を聞くこと自体が楽しみになっている場合もある。

ただし、ホラー好きなら誰でも怪談で眠れるというわけではないだろう。

好きだからこそ興奮して、最後まで聞きたくなる人もいるはずだ。

つまり、ホラーが好きかどうかだけではなく、怪談を聞いたときにどの程度怖さを感じるか、どんな声や語り方を好むか、普段どんな睡眠習慣があるかなど、いくつもの要素が関係しているのかもしれない。

僕の場合は、それらが偶然うまく組み合わさっているのだろう。

好きなジャンルである。

自然と耳に入ってくる。

考え事から離れられる。

語り手の声が心地よい。

毎晩の習慣になっている。

そして、眠くなる。

そう考えると、奇妙に思えた習慣にも、それなりの理由がありそうだ。

もっとも、これらは僕自身の体験から考えた仮説である。

怪談そのものに特別な睡眠効果があると証明されたわけではない。

だから、眠れない人全員に効果があるとは言えない。

それでも、自分にとって心地よい音声を見つけるという意味では、怪談も一つの選択肢なのかもしれない。

眠れない人は、一度試してみる価値があるかもしれない

もし、なかなか眠れないという人がいたら、一度、怪談を聞いてみるのもいいかもしれない。

僕のように、不思議と心が落ち着いて、眠くなってくる可能性もある。

ただし、逆に怖くなって眠れなくなるかもしれない。

布団に入っても、部屋の隅が気になって仕方がなくなるかもしれない。

少しの物音にも敏感になるかもしれない。

そんなときは、無理に聞き続ける必要はない。

怪談が合わないなら、別の音声を選べばいい。

また、YouTubeを使うなら、画面を見続けたり、次々と動画を探したりして、かえって寝る時間が遅くならないようにしたい。

僕にとって心地よい習慣でも、誰にとってもよい睡眠方法とは限らないのだ。

何しろ、たまに金縛りに遭う僕が言っているのである。

説得力があるのか、ないのか。

自分でも分からない。

だから、声を大にしておすすめすることはできない。

ただ、少なくとも僕にとって、怪談は立派な子守唄なのだ。

怖い話を聞いていると、騒がしかった心が落ち着いていく。

考え事が静かになり、眠くなってくる。

そして、いつの間にか朝を迎えている。

昨夜、どんな怪談を聞いたのか。

ほとんど覚えていない。

しかし、それでいいのだろう。

僕が求めているのは、恐ろしい物語の結末ではなく、その物語に身を委ねている時間なのかもしれない。

さて、今夜もそろそろ寝る時間だ。

僕は布団に入る。

YouTubeを開く。

そして、今日も恐ろしい話を探し始める。

できれば、まだ聞いたことのない話がいい。

そう思って動画を再生する。

しばらくすると、聞き覚えのある展開が始まった。

「あれ? この話、聞いたことあるぞ」

まあ、いいか。

僕は目を閉じる。

今日もまた、騒がしかった心が少しずつ静かになっていく。

そして、眠りにつく。

どうか今夜も、怖い夢を見ませんように。

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