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「酔うと本性が出る」は本当だと思う。酒の席で見える、その人の素顔

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飲み会に行くと、たまに別人になる人がいる。

最初の一杯くらいなら、まだ普通だ。

仕事の話をしたり、最近あった出来事を話したり、料理を食べながら笑ったりしている。

ところが、二杯、三杯と酒が進んでいく。

少しずつ声が大きくなる。

普段なら言わないようなことを言い始める。

誰かの悪口が始まる。

「あいつ、ほんま仕事できへんからな」

「俺、前から思っててんけど」

そんな言葉が次々に出てくる。

店員さんへの態度まで変わる人もいる。

さっきまでは「ありがとうございます」と言っていたのに、いつの間にか注文するときの口調が偉そうになっている。

もっとひどくなると、人に絡む。

説教を始める。

物に当たる。

喧嘩をする。

暴れる。

周りが必死に止めるような状態になって、それでも本人は翌日になれば、

「昨日は酔ってたから」

で済ませようとする。

僕は昔から、この言葉に少し違和感がある。

酔っていたから。

確かにそうなのだろう。

素面だったら、そんなことはしなかったのかもしれない。

でも、酔っていたら昨日のあなたは、あなたではないのだろうか。

酒を飲んだ瞬間に、どこかから別の人格がやってきて、その人の体を乗っ取ったわけではない。

怒鳴ったのも本人だ。

悪口を言ったのも本人だ。

店員さんに横柄な態度を取ったのも本人だ。

暴れたのも本人だ。

僕は、酔っ払った姿には、その人の本性が出ると思っている。

目次

酒が人を変えるのではなく、隠していたものが出てくる

よく、

「酒を飲むと人が変わる」

と言う。

でも、本当に酒がその人を変えているのだろうか。

僕は少し違うと思っている。

酒によって、それまで存在しなかった性格が突然生まれるというより、普段は理性によって抑えているものが出やすくなる。

普段なら、

「これは言わないほうがいい」

と思って飲み込んでいる言葉。

腹が立っても、

「ここで怒ったら面倒なことになる」

と抑えている感情。

誰かを羨ましいと思っていても、そんな自分を見せたくなくて隠している気持ち。

自慢したい。

認められたい。

寂しい。

腹が立つ。

悔しい。

誰かが嫌いだ。

本当は不安だ。

そういうものは、普段からその人の中にある。

ただ、表に出していない。

社会で生きている以上、誰だってある程度は自分を抑えている。

思ったことを全部そのまま口にしていたら、人間関係なんて簡単に壊れてしまう。

職場で腹が立つことがあっても怒鳴らない。

嫌いな人にも最低限の礼儀は守る。

店員さんの対応が少し遅くても、普通は怒鳴ったりしない。

頭の中に浮かんだことを、いったん自分の中で止める。

その役割をしているのが理性なのだと思う。

ところが酒を飲む。

少しずつ、その蓋が緩んでいく。

普段なら止めていた言葉が口から出る。

普段なら抑えていた感情が態度に出る。

だから僕には、「酒が人を変えた」というより、

酒によって、普段隠していたものが見えやすくなった

ように思える。

酒を飲んだ全員が暴れるわけではない

もちろん、酒を飲めば全員が暴れるわけではない。

ここは結構大事だと思う。

同じように酒を飲んでも、ずっと楽しそうに笑っている人がいる。

眠くなる人がいる。

普段よりよく喋るようになる人がいる。

やたら人を褒め始める人もいる。

「いつもありがとうな」

なんて、普段なら絶対に言わないようなことを言い始める人もいる。

一方で、攻撃的になる人もいる。

人を馬鹿にする人もいる。

昔の恨みを延々と話し始める人もいる。

何か気に入らないことがあると、急に怒り出す人もいる。

同じ酒を飲んでいるのに、出てくるものは人によって全然違う。

だからこそ、僕は面白いと思う。

もし酒そのものが人を攻撃的にするのであれば、酔っ払った人はみんな喧嘩を始めるはずだ。

でも、そうではない。

笑う人もいれば、泣く人もいる。

怒る人もいれば、優しくなる人もいる。

ずっと喋る人もいれば、そのまま寝る人もいる。

酒を飲んだときに何が出てくるのか。

そこには、その人が普段抱えているものが少なからず関係しているのではないか。

僕はそう思っている。

「酒癖が悪い」で済ませたくない

特に僕が気になるのは、酒を飲むと攻撃的になる人だ。

普段はものすごく穏やか。

職場でも優しい。

誰にでも感じがいい。

ところが、酒を飲むと豹変する。

人に絡む。

怒鳴る。

暴れる。

店員さんに偉そうな態度を取る。

そういう人がいたとして、

「普段はいい人なんだけど、酒癖だけ悪いんだよね」

と言われても、僕は少し引っかかる。

酒癖「だけ」なのだろうか。

もちろん、普段その感情を抑えて生活していることまで否定するつもりはない。

腹が立っても怒鳴らない。

誰かが嫌いでも、仕事では普通に接する。

それだって、その人が自分で選んでいる行動だ。

でも同時に、酒を飲んだときに出てきた姿も、その人だ。

僕はそちらだけを、

「酔っていたから」

という理由で無かったことにはできない。

だって、その怒りはどこから来たのだろう。

その攻撃性はどこから来たのだろう。

その人を馬鹿にする言葉は、どこから来たのだろう。

全部、酒が一から作ったものなのだろうか。

僕にはそうは思えない。

化けの皮は、いつか剥がれると思っている

僕は、普段どれだけ取り繕っていても、いつか化けの皮が剥がれるときが来ると思っている。

少し強い言い方かもしれない。

でも、人間がずっと完璧に自分を演じ続けるのは難しい。

酒を飲んだときだけではない。

ものすごく疲れているとき。

自分が追い詰められたとき。

思い通りにならなかったとき。

自分より立場の弱い人を前にしたとき。

余裕がなくなったとき。

普段なら隠せているものが、ふっと出てくる瞬間がある。

だから僕は、酒の席で見えた嫌な部分を、

「まあ、酔ってたしな」

だけで片づけない。

酒は、化けの皮を少し剥がれやすくする。

そんなものだと思っている。

普段なら何年も付き合わなければ分からなかった部分が、一晩の飲み会で見えることだってある。

それがいいものなら、それでいい。

でも、そこで見えたものが僕にとって受け入れられないものだったら、距離を取る。

別に本人に、

「あなたの本性が分かったので、今日から距離を置きます」

なんて宣言する必要はない。

静かに離れればいい。

付き合う人を選ぶのは自由だ。

普段どれだけ感じのいい人でも、酔ったときに店員さんを見下すような人とは、僕はあまり深く付き合いたくない。

酔うたびに暴れる人なら、なおさらだ。

「酔ったときだけだから」

ではなく、

酔ったときに、そういう人になる人なのだ。

僕にとって、この違いは大きい。

本性は、大きな変化だけに出るわけではない

ただ、酒の席で見える本性というのは、暴れたり、怒鳴ったりするような分かりやすいものだけではない。

むしろ、何も起こらない飲み会のほうが圧倒的に多い。

誰も暴れない。

誰も喧嘩しない。

普通に食べて、飲んで、喋って帰る。

それでも僕は、酒の席で人を見るのが面白い。

普段より少しだけ口数が増える。

いつもなら話さないことを話す。

何度も同じ話題に戻る。

急に昔の話を始める。

誰かの名前を何度も出す。

普段は明るい人が、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔をする。

そういう小さな変化もある。

本性というと、どうしても悪いものを想像しやすい。

裏の顔。

性格の悪さ。

攻撃性。

嫉妬。

でも、本性はそんなものだけではないと思う。

普段隠している優しさだってある。

恥ずかしくて言えない感謝もある。

誰にも見せていない不安もある。

強がって隠している寂しさもある。

それも全部、その人の内側にあるものだ。

酒の席では、それが少しだけ外へ出てくる。

だから僕は、豹変する人だけを見ているわけではない。

普通に酔って、普通に喋っている人のことも見ている。

その人の何が少し緩むのか。

そこが面白い。

ふと言った一言が気になる

特に面白いのが、ふと言った一言だ。

本人にとっては、何でもない一言なのかもしれない。

酔った勢いで口から出ただけ。

そのあと本人は何事もなかったように別の話をしている。

でも僕は、

「今の一言、なんだったんだろう」

と思う。

考えて考えて出した言葉ではない。

むしろ、考える前に出てしまった言葉だからこそ気になる。

普段の会話なら、人はある程度言葉を選ぶ。

これを言ったらどう思われるか。

こんなことを言うのは格好悪くないか。

変な人だと思われないか。

相手を傷つけないか。

そんな小さな判断を何度もしてから口に出す。

でも酒が入ると、その判断が少し雑になる。

すると、普段なら途中で止めていた言葉まで外へ出てくる。

そこに、その人が普段何を考えているのかが少しだけ見えることがある。

もちろん、一言だけで人間を決めつけるつもりはない。

でも、その一言を無視する必要もない。

「今の一言、どこから出てきたんやろう」

たとえば、普段は仕事をバリバリやっている人が、

「俺、別に出世したくないねんけどな」

とぽつりと言ったとする。

その場では、

「そうなんや」

で終わる。

本人もすぐ別の話を始める。

でも僕はちょっと気になる。

本当に出世したくないのだろうか。

今の仕事に疲れているのだろうか。

周りから期待されている自分と、本当に望んでいる生活がズレているのだろうか。

あるいは、本当に何となく言っただけなのかもしれない。

別の人が、

「お前はいいよな」

とふと言ったとする。

何がいいのだろう。

仕事か。

生活か。

性格か。

自由そうに見えるところか。

もしかすると、その人は普段から僕と自分を比べていたのかもしれない。

あるいは、

「俺、家に帰りたくないねんな」

なんて笑いながら言ったとする。

周りも笑う。

本人も笑っている。

でも、その一言だけ妙に引っかかる。

なぜ帰りたくないのだろう。

ただもっと飲みたいだけなのか。

家に居場所がないと感じているのか。

一人になるのが嫌なのか。

もちろん、本当のところは分からない。

たった一言から、

「この人はこういう人間だ」

と断定するのは違う。

でも、考察してみるのは自由だ。

なぜ、今この言葉が出たのだろう。

なぜ、酔ったこのタイミングだったのだろう。

普段のその人の姿と重ねてみる。

すると、それまで見えていなかったものが少しだけ見えるような気がする。

答え合わせなんてできなくてもいい。

ただ、

その一言がどこから来たのかを考えてみる。

僕はそれが結構好きだ。

何度もする話にも、その人が出る

一言だけではない。

酔った人が何度も繰り返す話も面白い。

さっきも聞いた。

一時間前にも聞いた。

それなのに、また同じ話をしている。

酔っているから忘れているだけかもしれない。

でも、

「この人にとって、この話はそんなに大事なんだな」

とも思う。

昔の成功体験を何度も話す人。

昔付き合っていた人の話を何度もする人。

仕事で評価された話を繰り返す人。

自分が誰かにされた嫌なことを何度も話す人。

家族の話ばかりする人。

将来の夢を何度も話す人。

何を繰り返すのかにも、その人が出る。

ずっと昔の武勇伝を話している人を見れば、

「この人にとって、あの頃はよほど大切なんだろうな」

と思う。

誰かに言われた一言を何年も引きずっている人なら、

「本人が思っている以上に傷ついていたのかもしれない」

と思う。

普段は何とも思っていないように見えても、酒が入ると何度も同じところへ戻っていく。

人間の頭の中には、本人すらうまく説明できない引力のようなものがあるのかもしれない。

酒を飲むと、その引力が少し見えやすくなる。

悪い本性だけが出るわけではない

もちろん、酒を飲んで見えてくるものが悪いものとは限らない。

むしろ、

「この人、こんなこと考えてたんや」

と好感を持つこともある。

普段は無愛想な人が、酔ったら家族の話ばかりする。

普段は絶対に人を褒めない人が、

「あいつ、ほんま頑張ってると思うわ」

と誰かのことを褒める。

普段は冗談ばかり言っている人が、仕事についてものすごく真面目なことを話す。

「実はあのとき、めちゃくちゃ嬉しかってん」

なんて、何年も前の感謝を突然話し始める。

それも、その人の中にずっとあったものなのだと思う。

普段は恥ずかしくて言えない。

わざわざ言うほどでもないと思っている。

キャラじゃないと思っている。

でも酒が入って理性が少し緩むと、出てくる。

そう考えると、酔っ払った人を見るのは面白い。

別に豹変する必要なんてない。

大事件が起こる必要もない。

ほんの少し、いつもと違えばいい。

普段より喋る。

普段より笑う。

普段より素直になる。

普段より寂しそうになる。

普段より誰かのことを話す。

その小さな違いを見ていると、

「ああ、この人の中にはこういう部分もあるんだな」

と思う。

僕は酒の席で、その人を観察している

だから僕にとって、誰かと酒を飲むことには、単に一緒に酔っ払って楽しむこととは別の面白さがある。

その人を見る。

もちろん、じっと顔を見ながら分析しているわけではない。

そんな飲み会は怖すぎる。

僕だって普通に喋るし、笑うし、飲む。

でも頭のどこかでは見ている。

この人は酔うとどうなるんだろう。

誰の話をするんだろう。

何を言い始めるんだろう。

どんな言葉がふと漏れるんだろう。

普段と何が変わるんだろう。

行動も見る。

言葉も聞く。

そして、ときどき気になったものを持ち帰る。

「あの一言、なんだったんだろうな」

と後から考える。

これが面白い。

だから、人の本性を知りたければ、一度一緒に酒を飲んでみるのもいいと思っている。

一回の飲み会ですべてが分かるわけではない。

そんなわけがない。

人間一人を、一晩で完全に理解できるはずもない。

でも、普段とは違う角度からその人を見ることはできる。

昼間の職場では見えなかった部分が、居酒屋のテーブルではふっと見えることがある。

それだけでも十分面白い。

では、素面の姿は偽物なのか

ここまで書くと、一つ疑問が出てくる。

酔った姿に本性が出るのなら、普段の姿は偽物なのだろうか。

僕は、そうは思わない。

腹が立った。

でも怒鳴らなかった。

これは、「怒鳴りたい」という感情だけが本当の自分で、「怒鳴らない」と判断した自分が偽物ということではない。

両方とも自分だ。

嫌いな人がいる。

でも、その人に最低限の礼儀を守る。

これも、その人自身が選んでいる。

言いたいことがある。

でも、

「これを言ったら相手が傷つくだろうな」

と思って飲み込む。

その判断も本人だ。

理性で感情を抑えることまで含めて、その人なのだと思う。

人間にはいろんな面がある。

優しい部分もある。

意地悪な部分もある。

嫉妬することもある。

誰かを心から応援することもある。

腹が立つこともあれば、それを抑えることもできる。

だから、

「酔ったときだけが本当のその人だ」

とまで言うつもりはない。

ただし、

酔ったときに出てきたものも、その人の中にある。

僕が言いたいのは、そこだ。

本性があることと、それを出すことは別の話

誰だって、きれいな感情だけで生きているわけではない。

人を羨ましいと思う。

嫌いになる。

腹が立つ。

自慢したくなる。

認めてもらいたいと思う。

そんな感情があること自体は普通だと思う。

僕にだってある。

だから酒を飲んだ人が少し愚痴を言ったくらいで、

「はい、本性発見。この人は性格が悪い」

なんて思うわけではない。

そんなことをしていたら、付き合える人なんていなくなる。

僕が見ているのは、その中身と程度だ。

酒を飲むたびに人を傷つける。

弱い立場の人にだけ強く出る。

何度も同じ人を馬鹿にする。

暴力的になる。

そこまでいけば、僕にとっては無視できない。

普段理性で抑えているからこそ社会生活が成立しているのだとしても、その内側にあるものまで僕が受け入れなければならない理由はない。

相手に本性があるように、僕にも「こういう人とは付き合いたくない」という感覚がある。

だから、嫌だと思えば距離を取る。

それだけだ。

「酔っていたから」で無かったことにしない

僕が一番違和感を覚えるのは、酒の席で何か問題を起こしたときに、

「酔っていたから」

という言葉ですべてを切り離してしまうことだ。

酔っていた。

だから普段とは違った。

そこまでは分かる。

でも、

酔っていた。

だから、あれは本当の自分ではない。

ここまで行くと、僕にはよく分からなくなる。

では、あれは誰だったのだろう。

酒なのか。

ビールが怒鳴ったのか。

ハイボールが店員さんに偉そうな態度を取ったのか。

そんなわけはない。

酔っていたとしても、その人がやったことには変わりない。

そして僕は、その姿を見た。

見てしまったものを、

「これはノーカウントです」

とはできない。

人間関係というのは、そういうものだと思う。

何年も付き合っていれば、いろんな姿を見る。

機嫌がいいとき。

悪いとき。

余裕があるとき。

ないとき。

成功したとき。

失敗したとき。

そして、酔ったとき。

全部を含めて、その人を見る。

酒を飲まない人なら、本性は分からないのか

では、酒を飲まない人の本性は分からないのか。

もちろん、そんなことはない。

酒は一つのきっかけにすぎない。

人の内側が見える瞬間は、ほかにもいくらでもある。

トラブルが起きたとき。

予定が狂ったとき。

自分が損をしたとき。

誰かに否定されたとき。

疲れているとき。

自分より弱い立場の人と接するとき。

そういうときにも、その人の普段隠れている部分は出る。

ただ、酒の席は、それが少し起こりやすい。

普段より口が軽くなる。

普段より感情が出る。

普段より警戒が薄くなる。

だから、人を見る場所として面白い。

別に無理やり飲ませる必要なんてない。

飲めない人に酒を飲ませて本性を暴こうなんて話でもない。

酒を飲む人と自然に飲みに行ったとき、そこに普段とは少し違う姿が現れる。

僕はそれを見ているだけだ。

酒の席で見えるものは、答えではなくヒントなのかもしれない

人の本性を知りたい。

そう言っても、本性というものが一枚のカードみたいにどこかに隠されていて、酒を飲めばそれが「正解」として出てくるわけではない。

人間はもっと複雑だ。

昨日は機嫌が悪かっただけかもしれない。

仕事で嫌なことがあったのかもしれない。

たまたま触れられたくない話題が出たのかもしれない。

だから一回の飲み会で、その人のすべてを決めつけるつもりはない。

それでも、そこで見たものは一つのヒントになる。

普段の姿。

酔った姿。

追い詰められたときの姿。

余裕があるときの姿。

そういうものを少しずつ重ねて、僕たちは相手という人間を知っていくのだと思う。

その中でも酒の席は、かなり面白いヒントが落ちている。

大げさな行動だけではない。

ほんの一言。

一瞬の表情。

何度も戻ってくる話。

普段なら言わない感謝。

そういう小さなものまで含めて、その人を見る。

人の本性を知りたければ、一度一緒に酒を飲んでみる

人の本性なんて、本当は簡単には分からない。

十年一緒にいても分からないことだってあるだろう。

自分自身の本性すら、自分で分かっているのか怪しい。

だから、

「一回飲みに行けば、その人のすべてが分かる」

なんて言うつもりはない。

それでも僕は、その人を深く知りたいと思ったら、一度一緒に酒を飲んでみたい。

酒を飲んだとき、何を話すのか。

誰の話をするのか。

人への態度は変わるのか。

何度も繰り返す話はあるのか。

ふと、どんな一言を漏らすのか。

そして、それを普段のその人と重ねて考えてみる。

「ああ、この人にはこんな部分があるんだ」

と分かることがある。

いい部分が見えることもある。

嫌な部分が見えることもある。

何も変わらない人だっている。

ただ、もしそこで自分には受け入れられないものが見えたら、僕は距離を取る。

「酒の席だから」

とは考えない。

酔った姿も、その人だからだ。

逆に、普段は見えなかった優しさや弱さが見えたなら、その人を見る目が少し変わることだってある。

酒は人を別人にするものではない。

僕には、普段その人が上手に隠しているものを、少しだけ表へ連れてくるものに見える。

怒りかもしれない。

寂しさかもしれない。

嫉妬かもしれない。

優しさかもしれない。

愛情かもしれない。

本人すら気づいていない何かかもしれない。

だから酒の席は面白い。

ただ酔っ払って騒ぐ場所ではない。

そこには、ときどき昼間には見えなかった人間がいる。

もちろん、その姿だけがその人のすべてではない。

理性で自分を抑えている姿も、その人だ。

それでも、酒によって出てきたものもまた、その人だ。

僕は、そのどちらも見ている。

そして、ときどき口からこぼれた何気ない一言を拾って、

「今の言葉、なんだったんだろう」

と考える。

たぶん本人は、もう忘れている。

その一言の奥に何があったのかなんて、結局分からないかもしれない。

それでもいい。

人間は、分からないから面白い。

酒の席では、その分からない人間の奥が、ほんの少しだけ見える。

だから僕は思う。

酔っ払った姿には、その人の本性が出る。

大きく出る人もいる。

ほんの少しだけ漏れる人もいる。

暴れる人もいれば、普段言えない「ありがとう」を言う人もいる。

そのどれも、突然どこかから現れた別人ではない。

もともと、その人の中にあったものだ。

酒は、その人を作るのではない。

普段は閉じている扉を、少しだけ開ける。

その向こうから出てきたものが嫌なら、僕は距離を取る。

思いがけず優しいものが出てきたなら、その人を見る目が変わるかもしれない。

何も大きなことが起きなくても、ふと漏れた一言について考えてみる。

それだけでも、その人を昨日より少し深く知れる。

僕は酒の席で、その扉の向こうを見ている。

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