スーパーのレジに並んでいると、イライラしている人を見かける。
前のお客さんの会計がなかなか終わらない。
店員さんの動きが遅い。
隣のレジはどんどん進んでいるのに、自分の列だけ動かない。
ため息をつく。
時計を見る。
何度も前をのぞき込む。
中には、舌打ちをする人までいる。
僕はそんな人を見るたびに思う。
そんなにイライラしなくてもいいじゃないか。
たしかに、早く会計が終わるに越したことはない。
僕だって、できれば早く帰りたい。
でも、たかが数分だ。
その数分のために自分の機嫌を悪くしてしまうなんて、あまりにももったいない。
しかも、イライラしたところでレジが速くなるわけでもない。
だったら、もう少し気楽に待っていればいいじゃないか。
今日は、そんなレジ待ちのイライラについて考えてみたい。
並んでいる時間があったのに、会計になってから財布を探す人
スーパーのレジには、いろんな人がいる。
中でも不思議なのが、会計になってから財布を探し始める人だ。
前のお客さんの会計が終わる。
ようやく自分の番だ。
店員さんが商品をスキャンする。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
「合計で1,583円になります」
すると、お客さんがカバンを開ける。
ゴソゴソ。
ゴソゴソ。
どうやら財布を探している。
今!?
いや、さっきまで並んでいたじゃないか。
財布が必要になることくらい、分かっていたはずだ。
何だったら、レジに並ぶ前から分かっていたはずだ。
ようやく財布が見つかる。
これで会計が終わると思ったら、今度は小銭を探し始める。
十円玉。
五円玉。
一円玉。
あと三円。
あと二円。
財布の中で宝探しが始まった。
後ろのお客さんは、だんだん落ち着かなくなってくる。
時計を見る。
ため息をつく。
隣のレジを見る。
気持ちは分かる。
僕だって、財布くらい先に出しておけばいいのに、とは思う。
でも、それだけだ。
まあ、そういう人もいるよね。
財布を探している人に腹を立てたところで、財布が早く見つかるわけではない。
小銭を探している人をにらんだところで、三円玉が突然生まれるわけでもない。
そもそも、日本には三円玉なんてない。
一円玉を三枚探すしかないのだ。
だったら、もう少し待ってあげようじゃないか。
もちろん、準備しておいた方がいい。
それは間違いない。
でも、準備しなかった人にイライラすることと、実際に待たされることは別の問題だ。
僕が怒ったところで、状況は何も変わらない。
丁寧すぎて、なかなか進まない店員さん
お客さんだけではない。
店員さんにも、いろんな人がいる。
仕事が速い人。
ゆっくりな人。
無駄のない動きをする人。
一つひとつ確認しながら進める人。
ものすごく丁寧な人。
そして、丁寧すぎて時間がかかる人。
商品を一つずつ慎重に扱う。
袋詰めも丁寧。
お釣りも丁寧に確認する。
言葉遣いも丁寧。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
ただし、遅い。
後ろには長い列ができている。
隣のレジはどんどん進んでいる。
こちらはまだ同じお客さんの会計をしている。
そんな場面もあるだろう。
でも、僕は思う。
まあ、そういう店員さんもいるよね。
全員が同じ速さで仕事をできるわけではない。
新人もいれば、ベテランもいる。
器用な人もいれば、不器用な人もいる。
丁寧さを大切にする人もいれば、スピードを重視する人もいる。
自分が理想とする速度で、全員が動いてくれるわけではないのだ。
それに、その店員さんはサボっているわけではない。
目の前のお客さんに、きちんと対応しようとしている。
その結果、少し時間がかかっている。
もちろん、丁寧ならどれだけ遅くてもいいとは思わない。
仕事である以上、ある程度の速さも必要だ。
でも、少し遅いというだけで、そこまで怒る必要があるのだろうか。
接客業をしていた僕が、隣のレジを見て思っていたこと
実は、僕も接客業をしていたことがある。
だから、店員さんの立場も分かる。
僕はどちらかというと、仕事が速いタイプだった。
レジでも、とにかくお客さんをさばいていた。
次。
はい、次。
ありがとうございます。
次。
もちろん、必要な確認はする。
でも、できるだけ無駄な動きを減らして、次々と会計を終わらせていた。
一方、隣のレジを見る。
めちゃくちゃ丁寧な接客をしている。
商品の扱いも丁寧。
言葉遣いも丁寧。
ただ、なかなか進まない。
そして、並んでいるお客さんを見る。
明らかにイライラしている。
時計を見ている。
ため息をついている。
隣のレジを何度も見ている。
僕は思う。
おいおい、大丈夫か。
そろそろ爆発するんじゃないか。
頼むから、もうちょっと速くしてくれ。
お客さんが怒り始めたらどうするんだ。
そんな心配をしていた。
正直に言うと、僕もイライラしていた。
ただし、店員さんが遅いから単純に腹を立てていたわけではない。
お客さんが爆発するかもしれない。その心配が大きかった。
クレームになったら面倒だ。
せっかく丁寧に接客しているのに、怒られてしまうかもしれない。
何してんねん。
もう少し速くしてくれ。
そう思いながら、僕はまた目の前のお客さんをさばいていた。
でも、今振り返ると、隣の店員さんが悪かったとも思わない。
僕は速さを重視していた。
隣の人は丁寧さを重視していた。
どちらにも大切なものがある。
僕の接客が、すべての人にとって正解だったわけでもないだろう。
ただ、接客の現場では、待っているお客さんが怒り出すかもしれないという緊張感がある。
だからこそ、客としてレジに並ぶときには思う。
そんなに怒らんでもええやん。
店員さんだって人間なのだ。
「大変お待たせいたしました」は、謝らなければいけないことなのか
レジでよく聞く言葉がある。
「大変お待たせいたしました」
僕も接客業をしていたから、何度も言ったことがある。
当たり前の接客用語だ。
でも、よく考えてみてほしい。
店員さんは、何か悪いことをしたのだろうか。
普通に仕事をしている。
前のお客さんの会計をしている。
それが終わったから、次のお客さんを案内する。
ただ、それだけだ。
もちろん、この言葉が必ずしも謝罪を意味するわけではないことは分かっている。
待ってくれた人への気遣いだ。
接客の礼儀でもある。
僕も必要な言葉だと思う。
ただ、言われる側としては、そんなに申し訳なく思わなくてもいいのにな、と感じることがある。
だって、レジは順番に会計する場所なのだから。
前にお客さんがいれば、待つことになる。
当たり前の話だ。
店員さんが普通に仕事をしているだけなら、僕は別に怒っていない。
だから「お待たせいたしました」と言われても、心の中ではこう思っている。
いやいや、全然いいですよ。
むしろ、こちらこそ大量に買ってすみません。
いや、待て。
僕も謝る必要はないか。
お互い普通に買い物と仕事をしているだけなのだから。
僕はスーパーで大量に買う。めちゃくちゃ気まずい
ここで、僕自身の話をしよう。
僕はスーパーで、一度に大量の買い物をする。
一週間分くらいまとめて買うことが多い。
鶏むね肉。
玉ねぎ。
卵。
納豆。
キムチ。
うどん。
パスタ。
その他いろいろ。
カゴはパンパンだ。
なかなかの量である。
そして、そのカゴを持ってレジに並ぶ。
前のお客さんは商品が三つ。
すぐに会計が終わる。
次は僕だ。
店員さんがスキャンを始める。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
まだまだある。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
全然終わらない。
ふと後ろを見る。
お客さんが並んでいる。
手にはパンが一個。
やめてくれ。
なんで僕の後ろに並ぶんだ。
隣のレジに行ってくれ。
僕の会計は長いぞ。
まだ半分も終わっていないぞ。
僕は急に申し訳ない気持ちになる。
後ろの人は、きっとこう思っている。
「こいつ、どんだけ買うねん」
絶対に思っている。
いや、実際には分からない。
でも、そう思われている気がしてならない。
しかも、後ろの人が持っているのはパン一個だ。
その人の会計なら、あっという間に終わるだろう。
なのに、僕のせいで待たされている。
なんだか気まずい。
しかし、ここで僕は思う。
いや、なんで僕が気まずくなっているんだ?
僕は何も悪いことをしていない。
ちゃんと商品を選んだ。
ちゃんとレジに並んだ。
ちゃんとお金を払う。
しかも大量に買っている。
スーパーからしたら、ありがたいお客さんじゃないか。
むしろ胸を張っていいはずだ。
見てくれ。
このカゴいっぱいの商品を。
僕は店の売上に貢献しているのだ。
鶏むね肉も買った。
玉ねぎも買った。
卵も買った。
納豆だって買った。
店の経営を支えている。
いや、そこまでではないか。
でも、少なくとも迷惑なことはしていない。
なのに、なぜこんなに肩身が狭いのだろう。
買えば買うほど、肩身が狭くなる。
おかしな話だ。
そして、もう一つ不思議なことがある。
僕は前のお客さんが大量に買っていても、別に何とも思わない。
ああ、いっぱい買っているな。
それくらいだ。
でも、自分が大量に買うと、後ろの人がイライラしているんじゃないかと気になる。
自分は待つことに寛容なのに、人を待たせることには臆病なのだ。
他人も自分と同じように考えているとは限らない。
だから気になるのだろう。
でも、レジなんてお互いさまだ。
僕が誰かを待つこともある。
誰かが僕を待つこともある。
それくらい、普通のことじゃないか。
そもそもレジは時間がかかるものだと思っておこう
僕は、レジというものは時間がかかるものだと思っている。
前にお客さんがいれば待つ。
大量に買っている人がいれば、もっと待つ。
財布を探す人もいる。
小銭を数える人もいる。
店員さんが丁寧なこともある。
バーコードが読み取れないこともある。
支払いで何か問題が起こることだってある。
そんなことは、普通に起こり得る。
だったら、最初から時間がかかると思っておけばいい。
そして、レジに誰も並んでいなかったら。
めちゃくちゃラッキー!
今日はついている。
すぐに会計が終わった。
最高じゃないか。
反対に、何人も並んでいたら?
まあ、そういうものだ。
この違いは大きいと思う。
すぐに終わるのが当たり前だと思っていると、少し待たされただけで損した気分になる。
でも、待つのが当たり前だと思っていれば、早く終わったときに得した気分になる。
同じレジなのに、考え方だけで気分が変わる。
待つことを不運にするか、早く終わることを幸運にするか。
僕なら後者を選びたい。
「こっちは急いでるんだよ!」いや、知らんがな
レジでイライラする人の中には、本当に急いでいる人もいるだろう。
仕事に遅れそう。
電車の時間が迫っている。
次の予定に間に合わない。
だから早く会計を終わらせたい。
その気持ちは分かる。
でも、僕は思う。
それ、店員さんに関係ある?
店員さんは普通に仕事をしている。
前のお客さんは普通に買い物をしている。
誰も悪いことをしていない。
あなたが急いでいるからといって、他人まで急ぐ義務はない。
そもそも、レジに時間がかかることなんて珍しくもない。
だったら、その時間も考えて行動すればいい。
それでも時間がない?
じゃあ、スーパーに寄らんかったらいいやん。
仕事に遅刻しそうなのに、なぜ買い物をしているんだ。
電車に間に合わないのに、なぜレジに並んでいるんだ。
もちろん、どうしても必要な買い物もあるだろう。
予想外の事情で急いでいる日もある。
でも、それは自分の事情だ。
店員さんや他のお客さんの責任ではない。
自分の都合を、他人の責任にしてはいけない。
どうしても急いでいるなら、できることもある。
セルフレジを使う。
空いている時間帯に買い物をする。
買い物にかかる時間を多めに見積もる。
もちろん、すべての店でできることではない。
それでも、自分で工夫できることはあるはずだ。
他人を変えようとするより、自分の行動を変える方が簡単なこともある。
僕のカゴいっぱいの玉ねぎを恨んでも、電車の出発時刻は変わらないのだ。
自分のレジだけ進まない。謎の競争が始まる
レジ待ちには、もう一つ不思議な現象がある。
隣の列が気になるのだ。
自分の列はなかなか進まない。
一方、隣のレジはどんどん進んでいる。
さっき自分より後ろにいた人が、もう会計を終えている。
「あっちに並べばよかった!」
そう思う。
気持ちは分かる。
でも、よく考えてみてほしい。
別に競争しているわけじゃない。
隣の人より先に会計を終わらせたところで、何かもらえるわけでもない。
優勝賞金が出るわけでもない。
表彰台に上がれるわけでもない。
店員さんから金メダルを渡されるわけでもない。
ただ、少し早く店を出られるだけだ。
それなのに、なぜか負けた気分になる。
おそらく、待ち時間そのものよりも、隣と比較して損した気分になることが大きいのだろう。
もし隣のレジがなかったら、そこまで気にならなかったかもしれない。
でも、比較する対象があると、自分の列の遅さが目立ってしまう。
そしてイライラする。
レジは買い物を終える場所であって、勝負する場所ではない。
隣の人が先に帰った。
それでいいじゃないか。
おめでとう。
今日のレジ選手権は、あなたの勝ちだ。
僕はもう少し待ってから帰る。
イライラしたら、その原因を自分で突き止めてみる
ここで、一つ考えてみたい。
そもそも、なぜレジでイライラするのだろう。
本当に、店員さんが遅いことだけが原因なのだろうか。
僕は、そうとも限らないと思う。
例えば、次の予定がある。
時間が迫っている。
だから焦っている。
あるいは、仕事で疲れている。
早く家に帰りたい。
だから、普段なら気にならない数分が気になる。
お腹が空いているのかもしれない。
別のことで嫌なことがあったのかもしれない。
ただ退屈なのかもしれない。
隣のレジが速いから、損した気分になっているだけかもしれない。
実は、イライラの原因は自分の中にあるのではないか。
そう考えてみる。
次の予定があるなら、次からもう少し余裕を持って行動しよう。
疲れているなら、帰ってゆっくり休もう。
お腹が空いているなら、帰ったら何を食べようか考えよう。
退屈なら、何か楽しいことを考えよう。
もちろん、実際に店員さんの対応が悪い場合もある。
それはそれで別の話だ。
でも、自分の中に原因があるのに、目の前の店員さんのせいにしてしまうこともあるんじゃないだろうか。
店員さんは、たまたまそこにいただけなのかもしれない。
自分のイライラの正体を知る。
それだけでも、少し気持ちが落ち着くことがあると思う。
数分待っただけなのに、何分も文句を言う
そして、僕が一番もったいないと思うのがこれだ。
レジで三分待たされた。
イライラする。
ようやく会計が終わる。
店を出る。
でも、まだ怒っている。
家族や友人に話す。
「今日のスーパーの店員、めちゃくちゃ遅くてさ!」
そこから五分間、文句を言い続ける。
いや、待たされた時間より長いやんけ。
三分待たされたことに腹を立てていたのに、自分でさらに五分使っている。
しかも、その五分間はずっと不機嫌だ。
何だったら、帰宅してからも思い出して腹を立てる。
もうレジは終わっている。
買い物も終わっている。
店からも出ている。
なのに、まだ心の中でレジに並んでいる。
なんともったいない。
もちろん、嫌なことを誰かに話して、気持ちがすっきりする場合もある。
それならいい。
でも、文句を言うたびに怒りが大きくなるなら、話は別だ。
三分を無駄にされたくなくて怒っていたのに、そのあと何十分も不機嫌で過ごしてしまう。
時間だけではない。
自分の気分まで失っている。
レジで失った数分は取り戻せない。でも、そのあとの一日まで失う必要はない。
僕はそう思う。
イライラしても、レジが速くなるわけではない
そもそも、イライラすることに何かメリットはあるのだろうか。
ため息をつく。
時計を見る。
舌打ちする。
店員さんをにらむ。
それで会計が速くなるなら、まだ分かる。
でも、実際にはそうとは限らない。
むしろ店員さんが焦ってしまうかもしれない。
焦って商品を落とす。
お釣りを間違える。
確認が必要になる。
さらに時間がかかる。
急かした結果、もっと遅くなる。
そんなことだってある。
それに、周りのお客さんまで嫌な気分になる。
本人は自分の不満を表現しているつもりかもしれない。
でも、他の人からすれば、ただ不機嫌な人が一人増えただけだ。
もちろん、イライラという感情が湧くこと自体は仕方がない。
僕だって腹が立つことはある。
ただ、その感情をどこまで育てるかは考えたい。
「遅いなあ」
それで終わってもいいじゃないか。
わざわざ怒りを大きくしなくてもいい。
待っている時間にも、できることはある
レジで待たされている。
暇だ。
何もすることがない。
だからイライラする。
でも、本当に何もできないのだろうか。
今日の晩ご飯を考える。
明日の予定を整理する。
次に読みたい本を考える。
週末に何をしようか考える。
好きな曲を頭の中で歌う。
なんなら、周りの人を観察してみてもいい。
あの人は、なぜ会計になってから財布を探し始めたのだろう。
なぜ、あんなに小銭を持っているのだろう。
なぜ、隣のレジだけあんなに速いのだろう。
よし、今度ブログに書こう。
こうして、この記事が生まれる。
待ち時間だって、考え方によっては使い道がある。
もちろん、スマホを触ってもいい。
ただし、順番が来たことには気づこう。
自分がスマホに夢中になって、今度は後ろの人を待たせてしまったら、なかなか面白いことになる。
でも、僕は別に、待ち時間を有効活用しなければいけないとも思わない。
何かを考えてもいい。
何も考えなくてもいい。
ぼーっとしていてもいい。
数分くらい、何もしない時間があったっていいじゃないか。
毎日、何かをしていなければいけないわけではない。
時間を一秒も無駄にしてはいけないわけでもない。
待ち時間を無駄にしないことに必死になって、またイライラしてしまったら本末転倒だ。
何もしない時間も、人生の一部なのだ。
そんなに毎日、急がなくてもいいじゃないか
考えてみると、僕たちは日常のいろんな場面で急いでいる。
レジが遅い。
エレベーターが来ない。
信号が赤になった。
電車が少し遅れた。
前を歩く人が遅い。
何でも早く進んでほしい。
もちろん、時間は大切だ。
僕だって、やりたいことがたくさんある。
早く帰って好きなことをしたい日もある。
でも、ふと思う。
そんなに一分一秒を争わなくてもいいじゃないか。
早く進むことばかり考えていると、少しでも立ち止まることが嫌になってしまう。
待つことが苦痛になる。
自分の思い通りに進まないことが許せなくなる。
でも、世の中には自分以外の人間がたくさんいる。
みんな違う速度で生きている。
歩くのが速い人もいる。
遅い人もいる。
仕事が速い人もいる。
丁寧に時間をかける人もいる。
大量に買い物をする人もいる。
パン一個だけ買う人もいる。
その全員が、自分の理想の速度で動いてくれるわけではない。
当たり前のことだ。
他人には他人のペースがある。
自分にも自分のペースがある。
それを少し認めるだけで、日常のイライラは減らせるんじゃないだろうか。
たった数分のことで、一日を不機嫌にするのはもったいない
レジで財布を探す人がいる。
丁寧すぎて遅い店員さんがいる。
大量に買い物をする人がいる。
僕もその一人だ。
みんな、何かしらの事情を抱えて買い物をしている。
もちろん、できるだけ周りに迷惑をかけないようにすることは大切だ。
財布は先に用意しておいた方がいい。
店員さんも、丁寧さと速さの両方を意識できたらいい。
僕も会計の準備くらいはしておこう。
でも、それでも時間がかかることはある。
完璧な人間なんていない。
自分だって、知らないところで誰かを待たせているかもしれない。
だったら、他人の数分くらい、もう少し気楽に待ってもいいじゃないか。
レジに並んでいたら、待つこともある。
誰も並んでいなかったら、めちゃくちゃラッキー。
それくらいでいい。
イライラする理由を探すより、気楽に過ごす方法を探したい。
早く終わったら喜ぶ。
遅かったら、まあそういう日もある。
待っている間に何かを考えてもいい。
ぼーっとしていてもいい。
人生、もう少し余白を持って生きていこう。
たった数分のことで、自分の一日を不機嫌にするなんてもったいない。
そして今日も、僕はスーパーへ行く。
鶏むね肉を買う。
玉ねぎを買う。
卵も納豆も買う。
カゴはパンパンだ。
レジに並ぶ。
後ろを見る。
パン一個のお客さんがいる。
またしても気まずい。
でも、もういいじゃないか。
僕だって買い物をしているのだ。
大量に買って何が悪い。
堂々としていよう。
店員さんが商品をスキャンする。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
まだまだ終わらない。
後ろのお客さんが時計を見る。
僕は心の中でつぶやく。
すまない。僕のカゴは今日もパンパンだ。
まあ、それくらいの余白を持って待っていてくれ。
