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夜のお風呂で目を閉じると怖いのはなぜ?シャンプー中に背後が気になる心理

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僕は、ホラーが好きだ。

映画も好きだし、小説も好きだ。心霊現象や怪談にも興味がある。

どれくらい好きなのかというと、寝るときに怪談を聞くくらい好きである。

普通なら怖くて眠れなくなりそうなものだが、僕の場合は違う。

むしろ、落ち着く。

怖い話を聞いていると、安心して眠れるのだ。

そんな僕には、一つだけ不思議なことがある。

シャンプーをしていると、たまに背後が怖くなるのだ。

……。

何ということだ。

あれほどホラーが好きな男が、シャンプー中に怖がっている。

しかも、自分の家のお風呂である。

廃墟でもない。

心霊スポットでもない。

毎日のように入っている、ごく普通の浴室だ。

それなのに、目を閉じた瞬間、ふと思うことがある。

今、背後に誰かいたらどうしよう。

いや、いるわけがない。

僕は一人暮らしである。

玄関の鍵も閉めている。

そもそも、誰が入ってくるというのだ。

しかし、一度そう考えてしまうと、妙に気になる。

何かいるのではないか。

誰かに見られているのではないか。

背後に、得体の知れないものが立っているのではないか。

そんな想像が、勝手に膨らんでいく。

おかしい。

非常におかしい。

僕は、ホラー映画を見てもほとんど怖くならない。

怪談を聞きながら眠ることだってできる。

それなのに、シャンプーをしていると、たまに怖くなる。

一体、僕は何と戦っているのだろう。

今回は、夜のお風呂で目を閉じると怖くなる理由や、シャンプー中に背後が気になる心理について、自分自身の体験を交えながら考えてみたい。

目次

ホラーを見ているときは怖くないのに、お風呂では怖くなる

まず、不思議なのは、怖くなるタイミングである。

僕の場合、毎回怖くなるわけではない。

普段は何とも思わない。

普通にお風呂に入り、普通にシャンプーをして、普通に洗い流す。

それだけである。

しかし、たまに背後が気になることがある。

そして、そのタイミングを振り返ってみると、ある共通点に気づいた。

ホラー作品に触れたあとが多いのだ。

例えば、怖い映画を見る。

幽霊が登場する。

不気味な場面が続く。

しかし、僕は怖くない。

むしろ、面白いと思って楽しんでいる。

何という発想なのだ。

こんな演出があるのか。

そんなことを考えながら鑑賞している。

そして、映画が終わる。

そのあと、お風呂に入る。

シャンプーを手に取る。

目を閉じる。

……。

何か、背後が気になる。

おかしい。

さっきまで、あんなに平気だったではないか。

映画を見ているときには、まったく怖くなかった。

それなのに、なぜ今になって怖くなるのだ。

映画の中では何とも思わなかった幽霊が、僕の浴室に引っ越してきた途端、怖くなる。

何とも理不尽な話である。

もちろん、本当に幽霊がいると思っているわけではない。

頭では分かっている。

誰もいない。

何も起こっていない。

しかし、背後が気になる。

この不思議な現象には、どんな理由があるのだろうか。

心理① 目を閉じると、背後の状況が分からなくなる

まず考えられるのは、視界が遮られることによる不安である。

僕たちは普段、目から多くの情報を得ている。

部屋に誰がいるのか。

どこに何が置いてあるのか。

周囲で何が起こっているのか。

そうしたことを、視覚によって確認している。

しかし、シャンプー中は違う。

目を閉じている。

周囲が見えない。

当然、背後の様子も分からない。

ここが重要なのかもしれない。

例えば、浴室で目を開けているとする。

誰もいない。

何も動いていない。

いつもと同じ光景である。

しかし、目を閉じた瞬間、その情報が得られなくなる。

さっきまで誰もいなかった。

だから、今も誰もいないはずだ。

そう考えるのが自然だろう。

しかし、人間は必ずしも理屈だけで行動しているわけではない。

見えないことで、何かが起こる可能性を想像してしまうことがある。

何もいないことと、何もいないと確認できることは、少し違うのだ。

そして、背後という場所は、もともと確認しにくい。

正面なら、目を開ければ確認できる。

しかし、背後は振り返らなければならない。

しかも、シャンプー中である。

目には泡がついている。

すぐに確認できない。

つまり、ただでさえ見えにくい場所が、さらに見えなくなっているのだ。

これなら、背後が気になる理由も理解できる。

しかし、ここで一つ疑問がある。

僕は毎日、目を閉じている。

眠るときだって、目を閉じる。

それなのに、なぜシャンプー中だけ怖くなることがあるのだろう。

寝るときには、怪談を聞いているというのに。

僕の恐怖心は、シャンプーにだけ反応する仕組みなのだろうか。

もちろん、そんなわけはない。

どうやら、視界が遮られること以外にも、理由がありそうだ。

心理② シャワーの音で、周囲の物音が聞こえにくくなる

次に考えられるのは、音の問題である。

お風呂では、さまざまな音がする。

シャワーの音。

水が床に落ちる音。

排水口へ流れていく音。

浴室の壁に反響する音。

普段は何とも思わない。

しかし、よく考えてみると、シャワーの音はなかなか大きい。

水を流している間は、周囲の小さな物音が聞こえにくくなることもある。

つまり、シャンプー中は、視覚だけでなく聴覚からも周囲の情報を得にくい場合があるのだ。

目を閉じている。

シャワーの音が響いている。

背後の様子は分からない。

そんな状況で、ふと考える。

今、誰かが後ろに立っていたらどうしよう。

……。

いや、待て。

誰かが後ろに立っていたら、足音が聞こえるのではないか。

しかし、シャワーの音で聞こえないかもしれない。

何ということだ。

自分でシャワーを出しておきながら、その音のせいで不安になっている。

ならば、シャワーを止めればいいではないか。

そう思うかもしれない。

しかし、シャンプーを洗い流している最中なら、止めるわけにもいかない。

そもそも、何も起こっていない。

ただ、僕が勝手に想像しているだけである。

それなのに、音まで気になり始める。

何とも面倒な話だ。

浴室という場所は、音が反響しやすい。

そのため、物音の方向や正体が分かりにくく感じられることもあるだろう。

もちろん、これだけが恐怖の原因とは限らない。

しかし、視界が遮られることと重なれば、警戒心が高まる可能性はありそうだ。

心理③ ホラー作品の記憶が、あとからよみがえる

僕の場合、特に関係していそうなのが、ホラー作品の記憶である。

先ほども書いたように、僕がシャンプー中に背後を気にするのは、ホラーに触れたあとが多い。

しかも、その作品を見ている最中は、まったく怖くない。

ここが不思議なのだ。

なぜ、怖くなかったものを、あとから怖いと感じることがあるのだろう。

考えられるのは、記憶が状況によって呼び起こされるということだ。

人間は、何かを見たり、聞いたり、似た状況に置かれたりしたとき、関連する記憶を思い出すことがある。

例えば、映画の中に暗い浴室が登場したとする。

鑑賞中は、特に怖くない。

しかし、その日の夜、自分がお風呂に入る。

すると、ふと映画の場面を思い出す。

ああ、そういえば、こんな場面があったな。

そして、想像が始まる。

もし、自分の背後に何かいたらどうしよう。

こうした記憶の働きが、恐怖につながっている可能性はあるだろう。

もちろん、ホラー映画に浴室が登場していなくても、似たことは起こり得る。

暗闇。

背後から近づく気配。

誰もいない場所に現れる何か。

そうした場面の記憶が、目を閉じたときに浮かぶのかもしれない。

つまり、ホラーを見ている最中に怖くなかったからといって、その内容が記憶に残っていないわけではないのだ。

むしろ、僕はホラーが好きである。

たくさんの作品に触れている。

それだけ、怖い場面を想像する材料も持っているのかもしれない。

何という皮肉だろう。

ホラーに慣れすぎた結果、ホラーの知識だけが豊富になってしまった。

映画を見ても怖くない。

しかし、浴室で目を閉じると、その知識が勝手に働き始める。

頼んでもいないのに。

普段は何とも思わない浴室が、突然ホラー映画の舞台になってしまうのだ。

心理④ 「背後に何かいたら」という想像が恐怖を生み出す

もう一つ考えられるのは、想像そのものが不安を強めているということだ。

最初から怖いわけではない。

普通にシャンプーをしている。

ところが、突然、頭の中に疑問が浮かぶ。

今、背後に誰かいたらどうしよう。

たった、それだけである。

実際には何も起こっていない。

音がしたわけでもない。

誰かに触られたわけでもない。

何かを見たわけでもない。

ただ、想像しただけなのだ。

しかし、一度そう考えてしまうと、妙に気になる。

もし、本当にいたら。

もし、振り返った瞬間に何かが見えたら。

もし、目を開けたとき、鏡に知らない顔が映っていたら。

……。

やめろ。

誰がそんなことを考えろと言ったのだ。

僕である。

僕が勝手に考えている。

そして、勝手に怖くなっている。

何とも自作自演の恐怖である。

実際に危険が迫っていなくても、何かが起こるかもしれないと予測することで、不安が生じる場合はある。

特に、周囲の状況が分かりにくいときには、そうした想像が働きやすくなるのかもしれない。

ただ、面白いのは、想像している本人が、その内容を信じているとは限らないということだ。

僕は、背後に幽霊がいると確信しているわけではない。

むしろ、いないと思っている。

それなのに、気になる。

頭では分かっている。

しかし、感覚が追いつかない。

考えてみれば、ホラー映画でも同じことが起こる。

登場人物が暗い廊下を歩いている。

何も起こっていない。

しかし、観客は何かが起こるのではないかと想像する。

そして、その想像が恐怖を生む。

つまり、僕は浴室で、勝手に自分をホラー映画の登場人物にしているのかもしれない。

しかも、監督も脚本家も僕である。

出演者も僕だ。

観客も僕だ。

一人で何役やっているのだ。

心理⑤ 映画では観客なのに、浴室では当事者になる

僕がホラー作品を見ても怖くない理由の一つに、作品として楽しんでいるということがある。

映画なら、演出を楽しむ。

小説なら、文章や構成を楽しむ。

怪談なら、語り方や不思議な展開を楽しむ。

つまり、僕は作品を鑑賞しているのだ。

幽霊が登場しても、画面の向こうの出来事である。

恐ろしい場面があっても、物語の中の出来事だ。

しかし、浴室では違う。

自分自身が、そこにいる。

目を閉じているのも僕。

シャンプーをしているのも僕。

背後が気になるのも僕である。

つまり、映画では観客だった僕が、浴室では当事者になってしまうのだ。

もちろん、実際に心霊現象が起こっているわけではない。

ただ、自分の身に置き換えて想像しているだけである。

しかし、その違いは大きいのかもしれない。

例えば、ホラー映画の登場人物が、暗い浴室でシャンプーをしている。

背後には、得体の知れない何かが立っている。

そんな場面を見ても、僕はあまり怖くない。

しかし、自分がシャンプーをしているときに、同じような状況を想像すると、少し気になる。

何ということだ。

他人の浴室では平然としているのに、自分の浴室では警戒している。

非常に勝手な男である。

ただ、フィクションとして安全に楽しむことと、自分の身に何か起こるかもしれないと想像することは、別の体験なのだろう。

ホラー耐性が高いからといって、自分に関係する不安まで感じなくなるわけではない。

僕自身の体験を考えると、なかなか納得できる説明である。

シャンプー中に背後が怖くなるのは、ストレスが原因なのか?

この現象について調べていると、興味深い記事を見つけた。

ロケットニュース24の「髪を洗っていると後ろに気配がするのはなぜか?」という趣旨の記事である。

そこでは、心理カウンセラーへの取材を通じて、シャンプー中に背後の気配を感じる理由について考察されていた。

そして、ストレスが関係している可能性についても触れられていた。

なるほど。

ストレスか。

……。

いや、僕は別にストレスが溜まっていないのだが。

何ということだ。

僕はただ、シャンプーをしていただけである。

それなのに、いつの間にかストレスを抱えていることになっている。

待ってくれ。

そんなつもりで髪を洗っていたわけではない。

もちろん、ストレスが影響する人もいるのだろう。

心理的な負担が大きいときに、周囲の刺激へ敏感になることは考えられる。

また、自分ではストレスを自覚していない場合もある。

だから、専門家の見解を否定するつもりはない。

ただ、僕の場合は少し違う気がするのだ。

そもそも、背後が気になるのは、ホラー作品に触れたあとが多い。

そして、毎回怖くなるわけでもない。

たまにである。

普段は何とも思わない。

このことを考えると、僕の場合はストレスよりも、ホラー作品の記憶や、目を閉じたときの状況が関係しているのではないだろうか。

もちろん、これも僕自身の体験から考えた仮説である。

原因が確定したわけではない。

しかし、一つだけ言えることがある。

ストレスが溜まっていなくても、人間は怖くなることがある。

暗い場所。

見えない背後。

聞き取りにくい物音。

そして、ホラー作品の記憶。

そうした条件が重なれば、一時的に警戒心が高まることもあるだろう。

だから、シャンプー中に背後が気になるからといって、必ずストレスが溜まっていると考える必要はない。

僕は、そう思う。

ただ、もし本当にストレスが原因だったとしても、少し困る。

何しろ、本人に自覚がないのだ。

僕はただ、髪を洗っているだけである。

せめて、お風呂くらいは平和に入らせていただきたい。

シャンプー中に背後が怖いときの対処法6選

さて、ここまで怖くなる理由について考えてきた。

しかし、理由が分かったところで、怖さが消えるとは限らない。

頭では理解できても、感覚として背後が気になることはあるだろう。

そこで、シャンプー中に背後が怖くなったときの対処法についても考えてみたい。

① お風呂場を明るくする

まずは、浴室の照明である。

暗い場所では、周囲の様子が分かりにくくなる。

影が不気味に見えることもある。

だから、できるだけ明るい環境にしておく。

単純な方法だが、不安を減らす助けになるかもしれない。

ただし、僕の場合は少し問題がある。

そもそも、浴室の電気はつけている。

真っ暗な中でシャンプーをしているわけではない。

それなのに、たまに怖くなる。

明るさだけでは、どうにもならない場合もあるらしい。

② ホラー作品を見た直後の入浴を避ける

僕の場合、これは効果があるかもしれない。

ホラー作品に触れたあと、背後が気になることが多いからだ。

それなら、ホラーを見た直後にお風呂へ入らなければいい。

少し時間を空ける。

別のことをする。

気分を切り替えてから入浴する。

そうすれば、ホラーの記憶を思い出す機会が減るかもしれない。

ただし、これにも問題がある。

僕はホラーが好きなのだ。

できれば、好きなときに楽しみたい。

それなのに、お風呂のためにホラー鑑賞の時間を調整しなければならない。

なぜ僕の生活が、シャンプーを中心に回らなければならないのだ。

何とも納得がいかない。

③ 好きな音楽を流す

次に考えられるのは、音楽である。

怖い想像が浮かんできたとき、好きな音楽を流して気分を切り替える。

これも、一つの方法だろう。

明るい曲でもいい。

落ち着く曲でもいい。

自分が安心できる音楽を選べばいい。

ただし、大音量は避けたい。

もともとシャワーの音で周囲の物音が聞こえにくいのだから、さらに大きな音を加える必要はない。

また、音楽によっては、逆に不気味な雰囲気になってしまう可能性もある。

例えば、ホラー映画のサウンドトラック。

……。

いや、何を流しているのだ。

怖さを紛らわせたいのなら、もう少し選曲を考えるべきである。

④ シャンプー前に周囲を確認する

これも、分かりやすい対処法だ。

シャンプーをする前に、浴室を確認する。

誰もいない。

何もおかしなものはない。

いつもと同じ浴室である。

それを確認してから、目を閉じる。

周囲の安全を確かめることで、安心できる場合もあるだろう。

ただし、何度も確認し続ける必要はない。

確認した直後に不安になり、また確認する。

そして、また不安になる。

それでは、いつまでたってもシャンプーが終わらない。

僕は髪を洗いたいのであって、浴室の警備員になりたいわけではない。

一度確認したら、それ以上は気にしすぎない。

そのくらいがちょうどいいのかもしれない。

⑤ 逆を向いてシャンプーする

そして、僕が考えた対処法がある。

逆を向いてシャンプーするのだ。

どういうことか。

普段、僕たちは浴室の鏡に向かってシャンプーをすることが多い。

その場合、背後には浴室の空間が広がっている。

つまり、誰かが立てる場所がある。

もちろん、実際には誰もいない。

しかし、空間があるからこそ、何かがいるかもしれないと想像してしまう。

だったら、どうすればいいのか。

簡単だ。

逆を向けばいい。

鏡のある壁を背にして、反対側を向く。

すると、背後には壁がある。

誰かが立てるような空間は、ほとんどない。

これなら、安心できるのではないだろうか。

何とも合理的な方法である。

もちろん、浴室の構造によっては難しい場合もあるし、滑らないように注意する必要はある。

しかし、背後の空間が気になる人には、一つの工夫として試す価値があるかもしれない。

ただし、ここで一つ問題がある。

背後は、鏡である。

……。

鏡。

ホラー作品では、なかなか危険な存在ではないか。

鏡の中に、知らない人が映っている。

振り返っても、誰もいない。

もう一度鏡を見ると、さっきより近づいている。

……。

やめろ。

なぜ、そんなことを想像するのだ。

背後の空間をなくしたかっただけではないか。

それなのに、今度は鏡が気になり始めた。

何ということだ。対処法を考えた結果、新しいホラーが始まってしまった。

しかし、現実的には、背後を壁にすることで安心できる人もいるだろう。

少なくとも、背後に広い空間があることへの不安は減らせるかもしれない。

⑥ 怖い想像を無理に打ち消そうとしない

最後は、考え方の問題である。

シャンプー中に、ふと背後が気になる。

そんなとき、無理に考えないようにする必要はないのかもしれない。

「怖いことを考えるな」

「絶対に思い出すな」

そう意識すると、かえってそのことが頭から離れなくなる場合がある。

それなら、こう考えてみる。

ああ、またホラーを思い出したな。

今は目を閉じているから、少し気になっているだけだろう。

そうやって、浮かんできた想像を受け流す。

実際に何かが起こっているわけではない。

ただ、怖いことを考えてしまっただけである。

そのように受け止めれば、必要以上に警戒せずに済むかもしれない。

もちろん、すぐに効果が出るとは限らない。

しかし、怖い想像が浮かぶこと自体を問題にしなくてもいいのだと思う。

僕だって、たまに背後が気になる。

それでも、普通にシャンプーを終えている。

毎回、大騒ぎしているわけではない。

そもそも、ホラー耐性マックスの男である。

これくらいのことで、いちいち動揺していては困る。

……。

いや、実際には少し動揺しているのだが。

ホラー耐性が高くても、怖くなることはある

今回、シャンプー中に背後が気になる心理について、いろいろ考えてみた。

視界が遮られること。

シャワーの音で周囲の様子が分かりにくくなること。

ホラー作品の記憶がよみがえること。

想像によって警戒心が高まること。

映画では観客なのに、浴室では自分が当事者になること。

こうして整理してみると、どれも納得できる部分がある。

特に僕の場合は、ホラー作品の記憶が関係している可能性がありそうだ。

もちろん、はっきりした原因は分からない。

しかし、少なくとも、ストレスが溜まっているからと決めつける必要はないだろう。

それにしても、不思議なものだ。

僕はホラーが好きだ。

映画も見る。

小説も読む。

怪談も聞く。

そして、怖い話を聞きながら眠る。

そんな僕でも、たまにシャンプー中の背後が気になる。

つまり、ホラー耐性が高いからといって、あらゆる状況で恐怖を感じなくなるわけではないのだ。

考えてみれば、当たり前の話かもしれない。

作品としての恐怖と、自分自身がその場にいるときの警戒心は違う。

それに、人間は想像する生き物である。

何もない場所に、何かを想像する。

何も起こっていないのに、何かが起こるかもしれないと考える。

そして、勝手に怖くなる。

何とも不思議な生き物だ。

しかし、僕はそんな想像力も、嫌いではない。

なぜなら、ホラーというジャンルそのものが、人間の想像力によって成り立っているからだ。

見えないものを想像する。

分からないものを恐れる。

説明できない現象に、物語を与える。

そうして、さまざまな恐怖が生まれてきた。

僕は、その世界が好きなのだ。

だから、シャンプー中に背後が気になることも、ある意味ではホラーを楽しんでいる証拠なのかもしれない。

いや、そこまで前向きに考える必要もないか。

ただ、髪を洗っているだけである。

今日も僕は、目を閉じる

さて、そろそろお風呂に入ろう。

僕は浴室へ向かう。

いつもと同じお風呂だ。

電気をつける。

シャワーを出す。

髪を濡らす。

シャンプーを手に取る。

そして、目を閉じる。

……。

何も起こらない。

当たり前である。

ここは僕の家だ。

誰もいない。

何も怖がる必要はない。

しかし、ふと思う。

もし、今、背後に何かいたらどうしよう。

……。

いや、待て。

そんなことを考える必要はない。

今回、あれほど心理について考えたではないか。

視界が遮られるからだ。

ホラーの記憶が関係しているのかもしれない。

想像力が働いているだけだ。

分かっている。

すべて分かっている。

それでも、少し気になる。

仕方がない。

僕は、逆を向くことにした。

鏡のある壁を背にする。

これで、背後に誰かが立てる空間はなくなった。

完璧ではないか。

僕は安心して、シャンプーを続ける。

そして、ふと思う。

……。

今、背後の鏡に何か映っていたらどうしよう。

もう駄目だ。

僕は今日も、シャンプーに敗北した。

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