「ピアノを弾いてみたい」
そう思ったことがある大人は、結構いるんじゃないだろうか。
でも、その次にこう思う。
「いや、もう遅いか」
ピアノといえば、子どもの頃から習っているイメージが強い。
幼稚園や小学生の頃からピアノ教室に通い、バイエルをやって、発表会に出て、中学生、高校生になって難しい曲を弾く。
そんな世界だ。
30歳になって突然、
「よし、今日からピアノを始めよう」
と言ったところで、
「いやいや、遅いだろう」
と思ってしまう。
指も動かなさそうだ。
楽譜も難しそうだ。
両手で違う動きをするとか意味が分からない。
ましてや、難しい曲なんて弾けるわけがない。
そう思って、始める前から諦めてしまう人もいると思う。
でも、僕は言いたい。
大人になってからピアノなんて無理だと思わないでほしい。
いける。
僕は30歳になってから、ピアノ教室に通い始めた。
そう。
いい年だ。
そして僕は、ピアノに関しては初心者だった。
もちろん、僕には高校時代にベースを弾いていた経験がある。
だから完全な音楽初心者ではない。
楽譜もある程度読めたし、楽器は練習しないと弾けるようにならないことも知っていた。
これは最初に書いておきたい。
「30歳まで音楽を一切やったことがありませんでした!」
という話ではない。
ただ、ピアノの鍵盤をまともに弾いた経験はなかった。
そんな僕が30歳からピアノを始めて、約1年後。
発表会で「上級」と書かれた曲を、グランドピアノで弾いた。
途中で止まったけど。
それでも最後まで弾いた。
さらに、自分で曲をアレンジするようになり、オリジナル曲も一曲完成させた。
結局、ピアノ教室には1年半くらい通ってやめた。
プロにもなっていない。
アドリブ演奏もできるようにはならなかった。
それでも、たった1年半でこれだけのことができるようになった。
だから今、
「大人になってからピアノを始めても無理かな」
と思っている人に、僕の体験を書いてみようと思う。
30歳、僕はピアノ教室の門をくぐった
なぜ30歳になって突然ピアノを始めようと思ったのか。
理由はいくつかある。
まず、単純にピアノの音が好きだった。
そして、作曲がしたかった。
さらに言えば、
弾けたらかっこいい。
これも大きい。
ピアノの前に座って、サラサラッと弾く。
かっこいい。
理由なんて、それくらいでいい。
仕事にもある程度慣れてきた頃、僕はピアノ教室に行ってみることにした。
まずは体験レッスンだ。
そこで初めて、まともにピアノの鍵盤を弾いた。
そして思った。
重い。
なんだこれ。
なんでこんなに重いんだ?
もっと軽くしてくれ。
鍵盤なんて、もっとスコスコ押せるものだと思っていた。
ところが実際に触ってみると、僕が想像していたものとは全然違う。
たしか最初はハノンのような簡単な指の練習をしたと思う。
指を一本ずつ動かす。
思ったようには動かない。
特に薬指なんて、
「お前は本当に僕の指なのか?」
と言いたくなる。
ただ、僕はベースをやっていたので、楽譜そのものにはある程度慣れていた。
音符を読むこと自体が完全に未知だったわけではない。
体験レッスンを終えて、僕は思った。
「あれ、意外といけるかもしれない」
というより、
「別に練習したら、できそうや」
くらいだった。
そして僕は、その体験レッスンを担当してくれた先生に、そのまま習うことにした。
なぜかジャズピアノを選んだ
さて。
ピアノ初心者の僕が選んだコースは何だったのか。
クラシックの初心者コース。
ではない。
ジャズピアノである。
何を思ったのだろう。
アホだ。
かっこつけすぎだ。
数日前まで鍵盤すらまともに触ったことがない30歳のおじさんが、
「ジャズピアノをやりたいです」
と言っている。
しかも僕は先生に、
「作曲もしたいです」
と言った。
だから音楽理論も教えてもらうことになった。
さらに、
「アドリブ演奏とかもしたいです」
とも言った。
ピアノ。
ジャズ。
音楽理論。
作曲。
アドリブ。
詰め込みすぎだ。
レッスンは週に1回、1時間のマンツーマンだった。
先生はどう思っていたのだろう。
「困ったおじさんがやってきたな」
と思われていたかもしれない。
ただ、先生は僕の無茶な要望を否定することなく、いろいろ教えてくれた。
最初は基礎練習をしながら、簡単な曲を弾いていった。
その一つが『アメイジング・グレイス』だった。
ここから、僕のピアノが一気に面白くなっていく。
「アメイジング・グレイスを自分でアレンジしてきてください」
ある日、先生から宿題を出された。
『アメイジング・グレイス』のコードを、自分のやりたいようにアレンジしてきてください。
僕は思った。
ははは!
できるわけないだろう!
数週間前まで鍵盤すら触っていないんだぞ。
何を言っているんだ。
アレンジ?
僕が?
そして僕は家に帰った。
家にあるのはピアノではない。
キーボードだ。
そう。
ピアノなんて持っていない。
とりあえずキーボードの前に座り、教えてもらったことを思い出しながらコードを鳴らしてみる。
すると、
「あれ?」
となった。
このコードを入れてみる。
「あれ、意外といけるぞ」
違うコードにしてみる。
「あれ、このコードの方がめちゃくちゃ合うぞ」
もう一つ試す。
「あれ、これは合わんなあ」
また変える。
「こっちはいいな」
なんだこれ。
楽しい。
正解を当てるゲームではない。
自分の耳で、
「こっちの方が好きだな」
を選んでいく。
気づけば僕は、いろんなコードを試していた。
そして、もう一つ僕には目的があった。
先生をびっくりさせたい。
今のところ先生から見た僕は、
「突然ジャズピアノを始めて、作曲もしたい、アドリブもしたいと言っている変なおじさん」
である。
ここで一発、
「おっ」
と思わせたい。
試行錯誤した。
そして、
できた。
初心者の『アメイジング・グレイス』が。
次のレッスンで先生に聴いてもらった。
先生はびっくりしていた。
よし。
変なおじさんから、
ちょっとやる変なおじさん
くらいには昇格したかもしれない。
次は『聖者の行進』。そしてテンションコード
次に出された曲は『聖者の行進』だった。
さらに先生は、テンションコードについても教えてくれた。
コードに音を加えることで、独特の響きが生まれる。
ジャズっぽい。
かっこいい。
ただ、初心者の僕からしたら、
「ははは!できるわけがない!」
である。
数週間前まで鍵盤すら触っていないんだぞ。
しかし、また家に帰る。
キーボードの前に座る。
鳴らしてみる。
すると、
「あれ、なんだこのコードの響きは」
となる。
面白い。
メロディに対して、どのテンションが合うのか。
これを入れたらどうなる。
こっちはどうだ。
「あ、これは好きだ」
「これは違うな」
また始まった。
楽しい楽しい。
そして、
完成した。俺の『聖者の行進』が。
次のレッスン。
先生は今度もびっくりしていた。
もちろん、突然才能が開花したわけではない。
僕は家でかなり練習していた。
ここは大事なので、後でもう一度書く。
僕は結構やった。
その後も何曲か課題を出してもらい、自分なりにアレンジする日々が続いた。
先生から教えてもらう。
家に帰る。
試す。
分からなくなる。
次のレッスンで聞く。
また教えてもらう。
そして家に帰って練習する。
この繰り返しだった。
先生「発表会があります」
そんなある日、先生から言われた。
発表会がある。
そして聞かれた。
「何の曲をしますか?」
僕には好きな曲があった。
ジェイコブ・コーラーさんがアレンジした、サザンオールスターズの『いとしのエリー』だ。
僕は先生にそれを伝えた。
先生はおもむろに動画を流し始めた。
一緒に見る。
かっこいい。
やっぱり弾きたい。
そして楽譜をダウンロードして見てみる。
そこには、
「上級」
と書いてあった。
当然だ。
僕は思った。
これは無理だろう。
先生も、
「これはまだ難しいですね」
と言うと思った。
ところが先生は言った。
「いけます!できるようになります!」
え?
僕はできないと言われると思っていた。
さらに先生は、
「これくらい目標があった方がいいです」
と言った。
先生は、本当に僕ならできると思ってくれていたのだと思う。
その思いが嬉しかった。
先生がそこまで言ってくれるなら、やってみよう。
発表会までは約半年。
ここから僕の猛練習の日々が始まった。
上級曲。もちろん弾けない
家に帰って弾いてみる。
弾けない。
当然だ。
楽譜に「上級」と書いてある。
僕は数か月前まで、
「鍵盤重っ」
と言っていた人間である。
でも、全部を一気に弾こうとはしなかった。
一箇所ずつやった。
弾けないところを、
何回も。
何回も。
何回も。
そこだけやる。
少しできるようになる。
次へ行く。
また弾けない。
また繰り返す。
ハノンもやった。
曲もやった。
またハノン。
また曲。
ものすごく地味だ。
「30歳からピアノを始めて、一年で上級曲を弾きました」
と結果だけ書けば、なんだか才能があったように見えるかもしれない。
でも、実際にやっていたことは、
弾けないところを、弾けるまで何回もやる。
ほとんどこれだ。
そして約1か月後。
僕は気づいた。
「あれ? 1番、できてるぞ」
最初は、
「こんなの弾けるわけがない」
と思っていた。
でも、一箇所ずつ潰していったら、1番が形になっていた。
上級曲という巨大な壁を登っていたつもりだった。
でも実際には、
目の前にある小さな段差を、一個ずつ上がっていただけだった。
2番はアドリブ。これ、どうするんだ?
さて。
1番ができてきた。
問題は2番である。
アドリブ演奏だ。
僕は楽譜を見ながら思った。
「これ、どうするんだ?」
アドリブをやりたいと言ったのは僕だ。
ピアノ教室に入ったとき、
「アドリブ演奏とかしたいです!」
と威勢よく言った。
ついに来た。
念願のアドリブだ。
そして僕は先生に聞いた。
先生は言った。
「アドリブはいきなりは無理なので、メロディでいきましょう」
それはそうだ。
よかった。
先生にも、
「それはまだ無理」
という概念があった。
上級曲については、
「いけます!」
と言った先生も、アドリブについては冷静だった。
ということは、2番も1番と同じようにメロディを弾けばいい。
さらにラストのサビも、ほぼ同じ。
……。
完成だ。
早い。
発表会まで、まだかなり時間がある。
もちろん、弾けるようになっただけで完成度は低い。
ここから1番と2番をさらに詰めていく必要はある。
でも、曲全体の形は思っていたより早く見えてきた。
ただし。
まだ一つ残っていた。
アドリブをコピーすることほど難しいことはない
曲の最後にもアドリブ部分があった。
そこについては先生と相談して、
楽譜に書かれているアドリブを、そのままコピーして弾こう
ということになった。
なるほど。
自分でアドリブするのは無理。
でも、書いてあるものをそのまま弾けばいい。
それならいける。
……と思うだろう。
違う。
アドリブをコピーすることほど難しいことはない。
少なくとも当時の僕には地獄だった。
普通のメロディとは違う。
音の動きが複雑だ。
リズムも難しい。
そして、弾いている本人の手癖もある。
ジェイコブ・コーラーさん本人にとっては自然に出てくる指の流れなのかもしれない。
しかし僕からすると、
「なんでそこからそこに行くんだ?」
である。
音は分かる。
楽譜も読める。
でも、
指が意味分からん。
何回もやる。
できない。
またやる。
できない。
もう頭が痛い。
地獄の日々だった。
「楽譜通りコピーしましょう」
という言葉だけ聞けば簡単そうだ。
でも、熟練した人が自然に弾いたフレーズを、ピアノ歴数か月の初心者がそのままコピーする。
無茶だ。
そこで僕は考えた。
「よし。多少違ってもバレないだろう」
なんせ、
アドリブなんだから。
強い。
間違えたのではない。
これは僕のアドリブだ。
そういうことにしよう。
そもそも僕は、それまで何曲も自分なりにアレンジしてきた男である。
『アメイジング・グレイス』もやった。
『聖者の行進』もやった。
コードも自分で選んだ。
テンションも試した。
ピアノ歴は短いが、
僕はこれまで自分なりにアレンジしてきた男だ。
急に歴戦のジャズマンみたいな顔をし始めた。
そして、どうしてもえぐい箇所については、自分が弾けるように少しアレンジした。
基本的には楽譜をコピーする。
でも、どうしても難しいところは自分なりに変える。
これでいこう。
同時に、1番と2番もさらに詰めていった。
「とりあえず弾ける」から、
「ちゃんと弾ける」
へ。
少しずつ曲が仕上がっていった。
本番はグランドピアノらしい
そして発表会が近づいてきた頃、僕は知った。
本番はグランドピアノである。
僕は家で何を使って練習しているのか。
キーボードだ。
嫌な予感がする。
僕が初めてピアノを触った日の感想を思い出してほしい。
「重い」
である。
このまま本番当日に初めてグランドピアノを弾くのは、さすがに怖い。
そこで僕は、グランドピアノを弾けるスタジオを予約した。
実際に座ってみる。
弾く。
そして思った。
重い。
全然違う。
全く別の楽器だ。
家のキーボードでは普通に弾けていたところが、同じ感覚では弾けない。
鍵盤の感触が違う。
最初にピアノ教室へ行った日に、
「なんでこんなに重いんだ?」
と思った。
それから何か月も練習した。
そしてグランドピアノを弾いて、また思った。
重い。
成長していない。
いや、そんなことはない。
でも、このスタジオでグランドピアノに触れておいたことは、後から考えるとものすごく大きかった。
上手く弾けたかどうかだけではない。
本番で使う楽器がどういうものなのか、一度知ることができた。
これが大きい。
本番当日に初めて触って、
「うわ、何これ!」
となるのとは全然違う。
未知ではなくなった。
たったそれだけでも、かなり安心できた。
そして、発表会をかましてきた
ピアノを始めてから約1年。
ついに発表会の日が来た。
30歳でピアノを始めた。
最初は鍵盤の重さに驚いた。
なぜかジャズピアノを選んだ。
コードを覚えた。
テンションコードを覚えた。
自分でアレンジした。
ハノンもやった。
上級と書かれた『いとしのエリー』を、一箇所ずつ何回も練習した。
アドリブコピーで頭が痛くなった。
えぐいところは自分なりにアレンジした。
グランドピアノにも触っておいた。
そして僕は、
発表会をかましてきた。
本番。
グランドピアノの前に座る。
弾き始める。
順調だ。
いける。
あれだけ練習したんだ。
指も動いている。
ところが途中。
突然、
頭が真っ白になった。
次が出てこない。
「あ、やべえ」
僕は止まった。
一瞬の無音。
発表会のステージ。
目の前にはグランドピアノ。
後ろには観客。
そして僕は止まっている。
何か月も音を出すために練習してきたのに、その瞬間だけ、
音がない。
でも、僕は冷静になった。
考えた。
そして、
思い出した。
もう一度、指を動かした。
そこから、
最後まで駆け抜けた。
完璧ではなかった。
途中で止まった。
それでも最後まで弾いた。
30歳までピアノを弾いたことがなかった僕が、約1年後、グランドピアノの前に座って、上級と書かれた曲を最後まで弾いた。
それで十分だった。
1年で上級曲を弾くくらいにはなれる
だから、
「大人からピアノを始めても、難しい曲なんて弾けないんじゃないか」
と思っている人に伝えたい。
少なくとも僕は、約1年で上級と書かれた曲を発表会で弾くくらいにはなった。
もちろん、
「誰でも一年で上級曲を完璧に弾けます!」
なんて言うつもりはない。
僕にはベース経験があった。
楽譜もある程度読めた。
週1回、1時間のマンツーマンレッスンを受けていた。
そして何より、
家でかなり練習した。
だいたい2時間くらい。
休みの日はもっとやっていたと思う。
一箇所を何回も何回も繰り返した。
ハノンもやった。
アドリブ部分では頭が痛くなるほど格闘した。
だから、
「週に一回ピアノ教室へ行っていたら、勝手に一年で上級曲が弾けるようになりました」
という話ではない。
そんな魔法はない。
レッスンに行くだけでは弾けるようにならない
これは、ピアノを始めようと思っている人に一番伝えておきたいことかもしれない。
レッスンだけで弾けるようになるわけではない。
僕の場合は、
先生に教えてもらう。
家に帰る。
練習する。
疑問が出てくる。
次のレッスンで聞く。
先生に教えてもらう。
また家に帰る。
練習する。
この繰り返しだった。
僕にとってレッスンは、
「先生に弾けるようにしてもらう場所」
ではなかった。
どちらかというと、
「次に何を練習すればいいのかを教えてもらう場所」
だった。
家で練習するから、疑問が生まれる。
「ここ、指どうするんだ?」
「このコードでいいのか?」
「このアレンジは変じゃないか?」
「ここだけどうしても弾けない」
それを次のレッスンに持っていく。
先生に聞く。
答えをもらう。
また一週間やってみる。
先生と自主練のキャッチボールだ。
先生が道を教えてくれる。
でも、実際に歩くのは自分だ。
これはピアノに限らないのかもしれない。
習い事って、たぶんそういうものだ。
作曲も一曲完成させた
そういえば、僕が最初にピアノ教室へ行ったとき、先生に言ったことがある。
「作曲がしたいです」
ピアノ初心者なのに。
ジャズもやりたい。
アドリブもやりたい。
作曲もしたい。
欲張りすぎである。
でも、作曲についても一つ結果が出た。
僕は、
オリジナル曲を一曲、最後まで完成させた。
先生に聴いてもらった。
先生はびっくりしていた。
最初に、
「作曲がしたいです」
と言っていた男が、本当に一曲作ってきた。
僕としても嬉しかった。
ただし。
もう一つ最初に言っていたことがある。
「アドリブ演奏とかしたいです」
こちらは、
できるようにはならなかった。
残念。
全部は無理だった。
でも、それでいい。
約1年や1年半で何でもできるようになるわけではない。
できるようになったこともある。
まだできないこともある。
それが普通だと思う。
僕は1年半くらいでピアノ教室をやめた
そして僕は結局、
1年半くらいでピアノ教室をやめた。
今もずっと続けています。
毎日ピアノを弾いています。
ピアノが人生になりました。
そんな美しい話ではない。
やめた。
でも僕は、
「1年半しか続かなかった」
とは思っていない。
むしろ、
1年半でこれだけのことができた。
と思っている。
30歳でピアノを始めた。
コードを覚えた。
テンションコードを知った。
自分でアレンジした。
ジャズピアノに触れた。
上級曲に挑戦した。
発表会に出た。
グランドピアノを弾いた。
途中で止まった。
でも最後まで弾いた。
そしてオリジナル曲を一曲作った。
アドリブはできなかった。
まあ、それくらい残っていた方がいい。
たった1年半でも、始める前の僕にはできなかったことが、これだけできるようになった。
それなら十分じゃないだろうか。
プロにはなれない。これで飯を食うなんて無理だ
もちろん、僕はプロにはなれない。
30歳からピアノを始めて、
「よし、世界的ピアニストになるぞ!」
という話をしているわけではない。
これで飯を食っていくなんて、僕には無理だ。
子どもの頃から何時間も練習してきた人。
音大で専門的に学んだ人。
毎日のように演奏している人。
そんな人たちと同じ土俵で勝負できるとは思っていない。
でも、
趣味にそこまで必要だろうか。
僕はピアノで飯を食いたかったわけではない。
ピアノを弾いてみたかった。
好きな曲を弾いてみたかった。
ジャズっぽいコードを鳴らしてみたかった。
アレンジしてみたかった。
作曲してみたかった。
そして、
弾けたらかっこいい。
それで始めた。
そして、そのほとんどは経験できた。
だったら十分だ。
「プロになれないから始めても意味がない」
なんて考えたら、大人になってから何も始められない。
サッカーを始めてもプロにはなれない。
絵を描き始めても画家として食えるとは限らない。
小説を書いても作家になれるとは限らない。
でも、
プロにならないと楽しんではいけないなんてルールはない。
何歳からでも、新しく楽しめるものは増やせる。
僕はピアノを始めて、それを知った。
僕は1年半に詰め込みすぎた
ただ、今振り返ると一つ思う。
僕は1年半に詰め込みすぎた。
ピアノ。
ジャズ。
音楽理論。
コード。
テンション。
アレンジ。
作曲。
アドリブ。
発表会。
上級曲。
家では2時間くらい練習。
休みの日はもっと。
何をそんなに急いでいたんだ。
アホである。
だから、これを読んで、
「毎日2時間練習しないとダメなのか」
と思わないでほしい。
そんなことはない。
僕が勝手にやっていただけだ。
もっとゆっくりでいいと思う。
半年かけて一曲でもいい。
一年かけてもいい。
右手だけ練習する日があってもいい。
今日は10分だけでもいい。
忙しいなら弾かない日があってもいい。
大人には仕事がある。
家事もある。
いろいろある。
別に発表会まで半年しかないわけでもない。
誰かと競争しているわけでもない。
試験があるわけでもない。
大人の趣味なんだから、自分のペースでいい。
僕はアホみたいに詰め込んだ。
あなたは、もっとゆっくりでいい。
「大人になってからピアノなんて無理」と思わないでほしい
僕がこの記事で一番言いたいのは、これだ。
大人になってからピアノなんて無理だと思わないでほしい。
30歳だから。
40歳だから。
50歳だから。
60歳だから。
子どもの頃に習っていなかったから。
指が動かなさそうだから。
楽譜が読めないから。
そんな理由で、
始める前から諦めないでほしい。
もちろん、年齢によって違いはあると思う。
プロを目指すなら話は別だ。
僕だってプロにはなれない。
ピアノで飯を食うなんて無理だ。
でも、
ピアノを楽しむことに、年齢なんて関係ない。
好きな曲を一曲弾けるようになりたい。
それでいい。
簡単な曲から始めればいい。
一箇所ずつやればいい。
弾けなかったら、そこだけ何回もやればいい。
今日できなかったら、明日またやればいい。
僕もそうだった。
最初から『いとしのエリー』が弾けたわけじゃない。
楽譜を見たときは、
「できるわけない」
と思った。
実際、できなかった。
一箇所ずつやった。
何回もやった。
ハノンもやった。
また曲に戻った。
それを繰り返していたら、一か月後、
「あれ? 1番、できてるぞ」
となった。
たぶん上達って、そういうものなんだと思う。
ある日突然、魔法みたいに弾けるようになるわけじゃない。
できない。
もう一回。
まだできない。
もう一回。
少しできた。
次の日、またやる。
そしてしばらくして振り返る。
「あれ?」
昨日までの自分と比べていると分からない。
でも、一か月前の自分と比べたら全然違う。
それを積み重ねていく。
絶対に上達するから
僕は30歳でピアノを始めた。
初めてまともに鍵盤を触ったとき、
「重っ」
と思った。
もっと軽くしてくれと思った。
それから約1年。
僕はグランドピアノの前に座っていた。
上級と書かれた『いとしのエリー』を弾いていた。
途中で頭が真っ白になった。
「あ、やべえ」
止まった。
一瞬の無音。
でも、冷静になった。
思い出した。
そして、
最後まで駆け抜けた。
完璧じゃない。
別にいい。
僕はプロではない。
その後もずっとピアノを続けたわけでもない。
1年半くらいでやめた。
アドリブだって、結局できなかった。
でも、
これだけのことができるようになった。
それでいいじゃないか。
だから、今、
「ピアノやってみたいな」
と思っている人。
でも、
「もう大人だしな」
と思っている人。
大人になってからピアノなんて無理だと、始める前から決めないでほしい。
僕みたいに1年半へ全部詰め込む必要もない。
ゆっくりでいい。
一年かけて一曲でもいい。
もっとかかってもいい。
先生に教えてもらう。
家に帰って練習する。
分からないことが出てくる。
また先生に聞く。
そして、また練習する。
弾けないところは、一箇所ずつ。
何回も。
何回も。
今日できなければ、また明日。
それを続けていれば、
絶対に上達するから。
プロにならなくていい。
ピアノで飯を食わなくていい。
昨日より少しだけ弾けるようになる。
昨日まで出せなかった音が出る。
弾けなかった一小節が弾ける。
一小節がつながって、一曲になる。
そして、いつかきっと思う。
「あれ? 意外といけるぞ」
僕も、そこから始まった。
大人になってからでも遅くない。
年齢なんて関係ない。
弾いてみたいなら、弾いてみればいい。
最初はきっと、うまくいかない。
鍵盤も思ったより重いかもしれない。
そのときは僕と一緒に言おう。
「もっと軽くしてくれ。」
